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2019-12-18

宜賓散歩~冬のはじまり①~

2019年11月16日、今日は久々の休みだった。

国慶節に青海省の西寧を旅行してから、叫びたいほどの忙しさが続いた。もう、無理だ。やる気はあるんだ、でも時間と力が足りない。
私の大学は外国人に経費はいっさい出さないという。教科書も自己負担だし出張も自己負担だし、諸手続きももちろん。それにあれやれこれやれあそこ行けと言われても、それもみんな自己負担。ひいては授業資料を印刷するにしてもお金がかかり、教員室の小さな印刷機を使う場合も、置いてあるコピー用紙は中国人先生のために大学が支給したものなので、私は自分で紙を持参している。
お給料の未払いも依然。それなのに、要求だけは高い。まだ要求するのか?さらに要求するのか?与えないのに、要求に際限はない。
できることはやる。不平等や理不尽があることは覚悟できたし、できることはできるだけやろう、そう思って来た。
でも人間には能力の限界というものがあるし、体力もそう。一日の時間はみな平等に24時間と決まっている。
もう限界だ、と思った。
そうして、ちょっと理不尽な依頼を受けて、初めて断った。

次にやってきた山場は試験の準備だった。
通常の業務をぎりぎりに回していた私にとってはしんどい山場だった。試験問題の提出そのほかには大学の規定や書式があるものの、そうした説明がほとんどされず聞いても解決されない状況それ自体が山場だった。
しかも、不眠続きで作った問題用紙を一瞬で白紙にしてしまうというトラブルもあり、人にはほんとうに全部を投げ出してしまいたい時があるのだと思い知らされた。
しかし無事それらを終え、とりあえず山を越えた。初年だからたいへんだっただけで、来年度からはもう少し回せるだろうという期待もある。
そんなある日、それはつい数日前の11月12日の火曜日のことだった。
この日は朝一から授業があり、夕方最後の授業は授業態度が非常に悪い四年生の授業だった。他の学年の授業には感じないストレスが四年生の授業にはあり、夕方の6時、なんだかこの疲れを発散したくなり、校門を出てふと思い立ち、私はレンタル電動自転車に乗り気まぐれドライブに出掛けたのだった。

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レンタル電動自転車は、モバイクのように市内あちこちに配置され、けっこう便利だ。20分2元で、20分を超すと10分ごとに1元加算されていく。
最近ではバスに乗らずにこの電動自転車でマンションまで戻ることも多い。便利なこと以上に、気持ちがいいのだ。
こうして軽くそのへんをドライブするつもりが、気が付けばもっと遠くに、そしてさらに遠くへ、というふうに、結局一時間以上もかけて老城区まで行ってしまった。
老城区は、金沙江と岷江に挟まれ半島のようになった部分で、古くから賑わう地区だ。合流した二条の大河はここから長江を名乗り始める。
老城区へ着いた時、初め霧雨だった雨はやがて小雨になり、私はとうとう傘を差した。雨に濡れた街の雑踏は、まるで小さな頃に集めたビーズやボタンのようにカラフルで、魅惑的だった。
そうして雨を持て余しひとり回転火鍋に白酒を飲みビールを飲み、雨が止んだ深夜、もう日付も変わろうという時刻にふたたび電動自転車でマンションまで戻ったのだった。帰宅したのは深夜1時半、私が暮らす‟城”はひっそりと寝静まっていた。

あの時の解放感がやみつきになってしまった、のだと思う。
今まで自由な時間はほとんどなかった反動もあるだろうと思う。
仕事やもろもろの疲れやもやもやが溜まり、でも仕事の山を越え、そうした安堵があり自分へのご褒美のつもりだった。
しかし自分への慰めが大得意の私はこれに味をしめ、さらにご褒美を要求した。
久々の休日だった。
そうした特別感と解放感があり、昨晩はお酒を飲んだ上に夜更けごろマンション下のマッサージ店に初めて行ってみた。1日水含め20元と決めた予算を大きく超えた行動である。
そうして今日、目覚めたのはなんとお昼前。
ゆっくりと支度し14時頃、マンション前からレンタル電動自転車に乗り、ふたたび自転車ドライブに出発したのだった。

雨が多い宜賓にあり、たとえ曇りでも雨が降っていないだけで‟まあまあ”の天気といえる。もちろん青空があれば申し分ないけれども、それを望めばいつまでたっても出かけられない。
最近ときどきひどく冷え込むようになってきたので、そんなに寒くないことも好天気といえる一因だった。

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電動自転車のRQコードをスキャンすると、バッテリーの具合から稼働距離が計算され表示される。
私の基準としては、15㎞以上あればなかなかだ。20㎞というのはそうそう出合わない。この時えらんだものも、たしか15㎞やそこらだった。
マンションは少し前まで建物がもう全くなかったようなところに建っているので、散策するようなところもほとんどない。
西へ向かえばお気に入りの老城区方面。
東へ向かえばいまだ未踏の謎エリア。
この謎エリアをぜひ開拓してみたかった。
見るからに人気のない雰囲気だが、しかし自然地帯というわけではない。でっかい道路が二本果てまで続いているんじゃないかと思う程、果てしなく伸びており、その両脇にはでっかい現代建築がどかんどかんと並んでいる。
それなのに、人気がまったくない。
人気がないくせに高級そうなホテルがあり、何やら高級そうな施設もある。
しかし繰り返すが、人気がない。
こうした雰囲気は何も中国でここだけではなく、今までいくども出合ってきたものだった。私にとって、‟中国七不思議“のひとつだ。

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この道路のあの先には、いったいどんな街や村があるんだろう、どんな風景があるんだろう。
そんなふうにして出発してみたが、30分もしないうちにUターンをすることにした。
これはきりがない、収穫なし、と早めの見切りである。
でっかい道路には両脇に、えんえんと巨大な企業の建物が並んでいた。
しかしその割にやはり人気がまったくないのだ。
これだけの企業ビルやあるいは工場があれば、周辺はそうした人々が必要とするお店などでにぎわうはずである。
しかし、ひとつの商店がなければ、ひとつの食堂もない。
そして一人の人間も見ない。
通行人もいない。
ただ、行き交うトラック。
ただ、気の遠くなるような長い道路が通っているのみ。
今までときどきこんな疑問を中国人に投げかけてみたが、別におかしなことでもないだろうとでもいうように、「中には人がいる」と返事が返ってくるだけだった。無人なように見えて、ここには一帯、実は大勢の人がいるの?

電動自転車をUターンして、並行して走るもう一本の道路へ出た。
ここから西へ、老城区方面へ、気の向くままドライブしてみる。
こちらの道路は先ほどの無人道路よりはマシで、少しは人気があった。道路を清掃する人がいて、またバス停もあった。

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やがて見えてきた観覧車。
観覧車なんて人気がない企業ビル地帯にはあるべきではない代物だが、しかしあった。
こんなとこにあって、誰か来るのか?
そう思いながら通りがかってみると、それは見事な廃墟遊園地だった。

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孫悟空の塗装があざやかなので、もしかしたら閉園し間もないのかもしれない。
それにしてもおどろおどろしいセンスの入場門。上には恐ろしい顔をした子供が乗っかっており、とてもお客を歓迎しているようには見えない。この子供の呪いで倒産したのではないかと、そんな疑いもありえなくはない。

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ふらふらと寄り道をしながらも諦め、そんなふうにしながら開発区のマンション群に入った。
ものすごいスピードで今もたくさんの建設が進むエリアである。
ここに来て、ちょっと遅いけれど軽くお昼ご飯をとり、それから老城区へ向かってみることにした。
マンション群はそれぞれ島のようになっており、私は勝手にそれを‟城”と呼んでいる。
その中で少し前に見つけた、小さな‟城”だった。

覗いた麵屋さんにはたくさんのメニューが書かれていて、それが目を引いた。
宜賓に来て、麺といえば燃麺、紅湯牛肉麺、姜鴨麺、紹子麺、口蘑麺、ほんとうにバリエーションがなく飽き飽きしていた。だから、このメニューの多さはちょっと珍しい。
とはいえ、たくさん種類があるように見えても実はベースは同じため、メニューがたくさんあるように見えても味はそう変わらないことはすぐにわかった。
しかしそんな中で気になったのが、土豆泥醤牛肉麺。
お店のオススメマークがついている。
土豆はジャガイモ、土豆泥は、「泥?」とびっくりする字面だけれど、いわゆるマッシュポテト。大のポテト好きとしては見逃せない一品だ。
お店の人に訊くと、汁なし麺だという。

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さっそく頼んでみると、牛肉ってあの通常牛肉麺にのっているようなあれではなく、牛肉コロッケそのものだった。
これにパクチーがたっぷりかかり、辛味のついた麺と混ぜながら食べる。
麺の下には辣油と唐辛子が隠れていて、混ぜながら辛さを調節して食べることができた。
コロッケの中身と四川の辛い麺、それにパクチー。ありふれた材料と味覚でありながら斬新に感じたのは、それだけ毎日の食に飽きていたからだろうか。
辣油としっかり絡めながら食べたが、コロッケの中身の存在感が大きくほとんど辛く感じない。それが確かに辛いことを教えてくれたのは、額に浮かんだ汗だった。

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満足しお店を出て、出発するべく電力が豊富な電動自転車を物色していると、見慣れた銀色の容器が目に入った。
「あ、あんた!」とでも言うように声をかけてきたのは、お餅売りのおばちゃんだった。
そのおばちゃんはいつもは少し離れた別のもっと大きな‟城”で、同じように銀色の容器を載せたリヤカーをひっぱり商売をしている。
私は何度かそこでお餅を買ったことがあるが、二度目の時におばちゃんは私を覚えた。
こってり宜賓語でさっぱり通じないが、おばちゃんは私が日本人だと知り「日本人は給料が高いだろう」なんてそんなおしゃべりはしていた。
一つ買えば「もう一つ買ってよ」、二つ買えば「三つ買ってよ」、毎回そんなやり取りがあり、私が「日本の味を思い出すよ」なんて言えば「毎日来てよ」なんて調子よく話すおばちゃんだった。
しかし私はおばちゃんが少し‟盛って”いることを知っている。
最初にお餅を一つ買ったとき、5元だった。
二度目に行き私が日本人だとわかったとき、おばちゃんは数秒考えたのち「15元」と答えた。そのとき中国人の男の子が買おうと値段を聞いたが、歯切れ悪い返事で私の目の前では価格を言わなかった。
私はおばちゃんが価格を少し盛っていることを確信しているけれども、何も言わず毎回15元で買っている。
今日も夜になればあのいつもの大きな‟城”に行くんだという。

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「ねぇ、買っていきなよ」おばちゃんは笑顔いっぱいに言う。
「じゃあ一つちょうだい」
私がそう言うと、「三つ買いなよ」いつもの応酬だ。
「ごめん、今日はひとつでいいよ」
おばちゃんいくらと言うかなと待ってみると、ちょっと考えているようす。
「7元」
考えている時点であやしいのだけど、8元と言えばいいものを7元。二つで買うよりもほんのちょっとだけ安くなってしまった。なんだか憎めないおばちゃんだ。
おばちゃんのきな粉餅はけっこう大きくて7元でもかまわない。
内側にザラメのきな粉を挟んで折り畳み、外側に細かいきな粉をまぶしてくれる。これがおいしいのだ。
おばちゃんが作っている間に支払いをしてしまおうとQRコードにスマホをかざしていると、道端に公安の車が停まりいかめしい雰囲気の人たちが二三人降りてきてあたりはざわついた。
路上での商売を取り締まる時々目にするあれだ。
お店の外からちょっとはみ出ている看板なんかにも厳しい指導が飛び、なにもそんなに厳しくしなくても、と思う。
おばちゃんは焦った。
怖い顔をして近づいてくる警察から逃げるようにしてリヤカーを転がし、ちょっと逃げては私のお餅を作り、またちょっと逃げてはお餅に手をのばし。
「これだけ最後にやらせてよ、すぐに片付けるから!」
容赦ない警察の圧力におばちゃんは必死に抵抗した。
なんとか私にお餅を渡し、おばちゃんはすごいスピードで逃げて行った。

18㎞ほどの電力がある電動自転車を見つけ、それで再出発することにした。
自転車に乗り、向こうでおばちゃんがまたリヤカーを引っ張り出してきて商売を始めたのを見た。いかめしいあの警察はもういない。

ここからしばらく‟城”を越え橋を越え、そうしてやがて、古くからの住居や店舗がたくさん並ぶ市街地へ出た。
右手には長江が流れ、やがてそれは金沙江と名を変えた。
私は今、川を逆行している。

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右手に金沙江最後の端、金沙江戎州大橋が表れた。
こちらは先日の思いつきドライブでその金沙江戎州大橋を渡った時のものだ。
端の向こうには金沙江と岷江に挟まれた‟半島”、つまり老城区があり、都会さながらに派手な電光演出を披露している。
くるくるとその映像を変え、ビルが建ち並ぶ夜景のようなデザインから、ぱっと「長江第一城」なんて文字を映し出す。
好みはぞれぞれだが、なかなか壮観でうつくしい夜景だと私は思う。

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こちらは同じく先日のもの。
この金沙江戎州大橋を渡るとすぐそこはもう、半島の先っぽだ。
そこから岷江側の対岸には緑が鬱蒼とした山があり、そこには宜賓のシンボルともいえるような古い白塔がある。
この山全体が、夜には煌びやかにライトアップされるのだ。
この日はあいにくの雨で霞んでしまっているが、空気が澄んでいればかなり鮮やかに見える。
このライトアップは刻々と色彩を変え、青、緑、ピンク、紫、と目を離すことができない。
私はいつもそれを見て、なんだかかき氷の最後を思い出すのだ。
カッティングが美しいガラスの器に盛られたかき氷。
急いで食べても、最後は少し溶けて残ってしまう。そのきらきらとした反射の中に浮かんだまだ溶けきれない細かに残り浮かぶ氷。
私は幼い頃からあの人工的な色彩のきらめきが好きだった。

今はまだ16時半を少し回ったところで、‟かき氷の最後”を眺めることはできない。
金沙江戎州大橋を過ぎ、そこで思いついたように横道に入ってみた。

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古い住居、小さな商店、金沙江に向かいながらでこぼこ道路は下った。
そこで見つけたのは、小さな自動車学校だった。
中国をバカにするなよと言われそうだが、日本では自動車学校は大きな施設でまた高くもあるため、こんな素朴な雰囲気が珍しく思えたのだ。
しっかり教習中で、中では三台の教習車が縦列駐車などの練習をしている。
散策をしていて一番楽しいのが、こんな意味もないような発見。
特別な何かではなく、ごく普通にありふれたものたち。
そういうものを発見していくのが楽しい。

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こうしてうろうろし、金沙江へ下りてきた。
向こうに見えるのは、先ほど通り過ぎた金沙江戎州大橋。
左手に見えるのは、9月の散策で少し渡ってみた南門大橋。
ともに真っ赤なアーチが目立つ大きな橋だ。

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正面には、夜になると電飾が派手な夜景をつくりだすビル群。昼間にこうして見てみると、ごくありふれた古びたビルたちだ。
ゆったりと見えて実は結構速い水流を持つ金沙江。深い緑をたたえている。
9月の中秋節に見た時には茶色く濁っていたから、本来はこんな色をしているのだと少し驚いた。
今日は灰色の空。
稀に現れる真っ青な空の日には、いったいどんな表情をするのだろう。

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きな粉餅を買った“城”から乗ってきた電動自転車、実はブレーキが壊れていた。非常に危ないのでここで別の電動自転車に乗り換えて出発することにした。
ここからしばらくも行かないうちに、鉄橋が見えてきた。
よく見ると人が歩いて渡っているので、ここから半島側へ渡ってみることにした。
しかし鉄橋の入り口がわからないのでそれを目指して急斜面を登っていくと、気づけばあの鉄橋をすっかり越してしまっている。重慶がそうだったが、急斜面にある街というのは難しい。
また、急も急、下手したら転げ落ちると怖くなり、慌てて電動自転車を降りた。
こうして諦めてそのまま西へと進むと、今度は別の橋に出合った。
中坝大橋という橋だった。

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ここから‟半島”へ渡ろうと、車両用の道路ではなく歩行者用の通路を走り始めた。
さすが長江の前身だけあって、この橋もかなりの長さ。
見下ろす景色はなかなかのもので、こうやってどんどん向こうの橋まで知ってみたい、そんなふうにも思った。
ところがいけなかった。
私の高所恐怖症が突然ここで発症し、もうどうしようもなくなった。
この橋、かなりの高度を持っていた。
さらに、電動自転車に乗ると歩行者よりも視点が高くなる。そんなわけないのに柵を越えて落ちてしまうような錯覚に陥った。
車両用の方を走ればよかった、激しく後悔するももう橋の半ばに来ており、行くも戻るも変わらない。
パニックになった私は必死でハンドルを握り、極力内側を走るものだから今度は車両側にあるあれこれにぶつかりそうになる。
これはこれで、その反動で左によろけ川へ落ちたらどうしようと、恐怖の想像は膨らみに膨らむ。
こうして泣きそうになりながらようやく対岸に到着してみれば、なんとその先にあるのは長い階段だった。
見てみれば随分前に私を抜かした同様の電動自転車の男性が、四苦八苦して自転車を下ろしている。
しかしこんなの、高所恐怖症を発症している私にできる技ではない。
結局、しばらく通行人があるのを待ち、その人たちにヘルプをお願いし車両用の道路まで電動自転車を担いで下ろしてもらったのだった。

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こうして山場は乗り越えた。
ようやく‟半島”、金沙江と岷江に挟まれた区域に入った。
さてどこに向かってみようと顔を上げると、向こうの小さな山の中に、小さな建物を見た。
叙府酒業。
淡いブルーが暗い風景の中で違和感を放っている。
あれは、昭和の廃墟ではないだろうか。
あの色彩、あの雰囲気は昭和期のそれを想像させた。
中国で昭和とはなんだとはなるが、日本で昭和の香りが次々と消えていくのに反して、中国でそれに似た香りを感じることが多い。私が中国に郷愁を感じるのは、ひとつそういうことなのではないかとも思っている。しかしあくまで似ているだけで、それは確かに昭和のそれではない。けれども、それを見つけるととても嬉しいのだ。

四川省は白酒の代表地である。
そしてここ宜賓はその中でも秀でていて、他産地を差し置いて中国の「酒都」を名乗っている。
もっとも有名なのは五粮液で、ここには五粮液の本拠地がある。
詳しくは知らないけれど、ここにはたくさんの白酒工場があり、また古い工場遺跡や廃工場も多数残るようだ。
そういう訳だからより目を引いた、「酒業」の文字。
現在も稼働しているものか、あるいはすでに廃工場か、いずれにせよ古いもののように思い期待した。
鬱蒼とした木々に囲まれているその立地も興味を引く。
どうせ他に行くところを考えているわけではない、あの工場を探してみよう。

こうして近づいてみると、辺りは生活感あふれる市街地だった。
たくさんの車が行き交い、たくさんの人が往来する。

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見上げればすぐそこに例の酒工場が見え、すぐにでも手が届きそうだった。
ところがこれが難しくて、どこにもあそこに上っていく道が見当たらない。

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あれこれ探していると、通路に並んだ小さな市場を見つけた。
この生活感と温かい豆電球が好き。
しかし、この先は行き止まりで、ここもまた山に入っていく道ではなかった。

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今度は再び大通りに出て、小さな階段を登ってみた。石階段はかなりの古さを感じさせ、それはそれで好きだったけれど、ここも行き止まりは古い住居だった。人のお宅に勝手に入るわけにはいかないので、慌てて戻る。

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そうして三度目の正直、もう一本の古そうな小道に入ってみた。
すると道は二手に分かれ、右は地下道になっていたが完全に水没していた。
そこで左手に進んでみると。

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そこはなんと、線路だった。
古い住宅の向こうには、確かに私が狙っている叙州酒業が見える。
もうあと少しだ!
時刻はもう18時を迎え、間もなく暗くなり始める。


中国を旅行していて、なかなか線路に出る機会というのはない。
都市部なら絶対に無理だし、これも田舎ならではのことだ。

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スタンドバイミーをやってみようか。線路というのは、背徳感を背負った不思議な吸引力がある。
街から街へ、駅から駅へ。
この線路の先にはかならず何かがある。
それは一種のみちしるべだ。
ただそれを知ってみたくて歩いてみると、どうしてか、普段とはまるで違う世界にいるような気分になる。
それはきっと、そこがほんらい人の足で踏むべきではない場所だからだろう。
高校のとき、英語の課題図書でスタンドバイミーを指示されたことがあった。指示されたというのは、買った記憶はあるけれど読んだ記憶がないからで
、さぼったのかもしれない。しかし覚えているのは、原文のタイトルが「スタンドバイミー」ではなく、「ザ・ボディ」だったこと。あれは死体探しの小説であり、映画だった。

市街地にいると、ひっきりなしに汽笛が聞こえてくる。
列車が来たらどうしようとふと不安になるも、何人もの住民がここを横断し、また道代わりにして当たり前のようにして歩いている。
市街地を背にして山側を見てみると、狭い範囲に古い住宅が身を寄せ合っている。そこにはごく普通の生活風景があったが、背後は山でそこには一切の道がない。すぐ目の前は線路。
そういうわけで住民はここを平気で横断するわけだけれど、いったいどんな気分だろう。
どんな環境もそれがそこにあれば当たり前になる、それは当然のことであり不思議なことでもあるようにも思えた。

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ここに来た目的は線路ではなくあの古びた酒工場だった。
近づいてみると確かにすぐそこにそれはあったけれど、どうやらこちら方面から道はないということがわかった。

西の先には向こうに宜賓站らしきものが見え、列車がまぶしい光を放っている。
あの列車がこちらに来るかもしれないと、それを待ってみることにした。

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鉄道の上を歩いたり寝そべったりすること厳禁。
私は今それを破っている。

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その横には、「命を大切に、列車に注意」。
これだけ開放的な線路なのだから、事故が起きない方が不思議だ。

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やがてむこう宜賓站に停まっていた列車は灯りを落とした。どうやらこちらには来ないもよう。
しかししばらくして激しい汽笛の連続が聞こえたかと思うと、ものの20秒ほどで反対方向のカーブから貨物列車が姿を現した。
私は線路の上にいたため、慌てて線路の石ころをがらがら崩しながら下りた。
こんなに間近に列車の通過を目にしたのは初めてだった。
列車はここが危ない区間であることを知っているようで、これでもかこれでもかというほど、激しい汽笛を連打する。

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くだらないことかもしれないけれど、車輪の隙間から向こうが覗け、それがなんだか特別なもののような気がした。

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貨物列車が通り過ぎ、静寂ではないのに、静寂が訪れたような錯覚を得た。
ふと気づけば、こちら側の住民のための‟道”がある。
ここではああした列車の通過は、たとえば太陽が昇りやがて沈むように、そして毎日食事を摂ることのように、何度もかならず繰り返される日常なのだ。

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18時半、徐々に暗くなり灯りがともりだした。
足元がまったく見えず危ないので市街地側に戻ろうとすると、もれた灯りから人々の生活が覗き見えた。

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電信柱に電球がともる。
細かく点滅するその灯りにまた、昔懐かしい気持ちが湧く。

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賑やかな通りに出て歩いていくと、やがて向こうに翠屏山が見え、高架下に出た。
先ほどの列車はこの上の線路を通って走り去っていったものだ。
高架下には器用にお店が並び、その多くは向こう側と筒抜けになっていた。

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あちらが翠屏山、向こうには賑やかな街が広がるはずだ。
9月に来た時には登らなかった山の上には、塔が光っている。
手前には静かな川が流れ、落ち着いた雰囲気。

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ここは人民公園。
人民公園の池の上をなんとあの線路が通る。
ここから見上げる列車というのも面白いかもしれない。
しかし公園の上を通る線路なんて、初めて見た。

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こうして人民公園を抜け夕食時で賑わう街を抜け、古びた建物が多いなと思っていたら、9月にたまたま見つけた書院らしき建築がある通りに出た。

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この辺りは相当古い建築が残り、それらはみな食堂だったり小さな商店だったり。
このような塔のような石造りの建物は奇妙で、どうしてこんな形状をしているのかわからない。

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こちらは伝統風の建築をしているけれども、現代建築。
前は広場になっていて、温かければここにテーブルが並び屋外で食事やお茶を楽しむ人が集まる。
しかしあの内部は何かというと、どうやらみなカラオケ店のようだ。

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このように一部屋二部屋しか持たないだろう小さなカラオケ店が外にもずらりと並ぶ。
私は先日初めて中国のカラオケに行きデビューしたが、その派手さ豪華さに驚いた。店内はトイレに至るまで濃厚な香水のような匂いが充満し、むせるかと思った。
カラオケに来た目的は、小規模な学園祭のようなものがあり私はもう一人の先生と歌を歌うことになっており、その練習という名目だった。しかし結局練習にはならなかったのだけれど、そこで中国人先生が口にしたのは、「日本のカラオケは質素でつまらない。あれじゃ家で歌ってるのと変わらない」だった。
たしかにこんな小規模なカラオケにいたるまでこんなにド派手なのだから。

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こんなド派手カラオケの対面は古びた飲食店や商店たちである。
その対比といったら、まるで別世界のよう。

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そうそう、このお店だった。
以前に来たときに気に入った場所。
屋根の上には少し西洋を思わせる石造建築があり、清代のものではないかと想像したのだった。

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ここにある泡椒烤魚。
ここがどうしても気になり、声をかけてみた。
「まだやってる?」
「うん?なんだ?」
「まだやってる?」
「なんだ?宜賓語わからないのか?」
スキンヘッドの親父さんは、「やってるやってる」と招き入れてくれた。

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テーブルが二つほどの狭い店内だ。私の好みど真ん中のお店である。
「メニューは?」と訊こうとして、やめた。メニューは明らかにない様子で、冷蔵庫の中を覗くと魚と鶏の脚のトレーだけが入っている。
ここはどうやら烤魚一本のようだ。
だいたい烤魚のお店には他におつまみのようなものやちょっとした料理などもあるから、これはけっこう珍しい。
「烤魚おねがい」
そう頼むと、親父さんは目の前のコンロで作り始めた。
「辛いのは大丈夫かい?お酒でも飲んで、待ってるといいよ」
女一人の行動でお店の人からお酒を勧められたのは初めてのことだった。
私が酒好きなの、知っているのか?

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「谢绝外卖」の文字に親父さんのこだわりを見た気がした。
デリバリーお断り。
現代では多くのお店がデリバリー対応している。
「この魚、長江の?」と訊くと、「違う、そこの金沙江のだ」と即答。
「もう百メートルほどで長江だよ」

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烤魚はすぐに出来上がってきた。
私は冷蔵庫から白酒を一本出してきて、飲み始めることにした。
温かい出来立ての烤魚は美味しくて、酸味と辛さが混じった味は辛口の白酒によく合う。
「この店に来た初めての日本人だ、乾杯しよう」
親父さんはそう言いビールを出し、コンロの隣にある親父さん専用の椅子に座った。
「まさか日本人が来るとは思っていなかったから、韓国人だと思ったよ」
「韓国人はいるの?外国人いるの?」
私がそう言うと、
「もちろんいるさ!ここには五粮液があるだろう?あそこには日本人もイタリア人もいるんだぞ」
「え、日本人もいるの?ここに住んでるの私一人だけかと思った」
親父さんは五粮液関連の仕事でここにいる日本人を見たことがあると言った。
「でも、このお店に来た日本人はヨーマーズが初めてだ」
親父さんに訊ねられ私は自分の名前を「マーヨーズ」と名乗ったが、親父さんは頻繁に「ヨーマーズ」と呼んだ。
私の写真を撮りたいと言われ始めは断ったが、気が変わり「やっぱりいいよ」と伝えた。
「気分悪くしていないかい?この店に日本人が初めて来たから興奮しているんだ」
親父さんは本当にうれしそうな様子で、私に干渉しない微妙な位置で話をしながら、何度も乾杯をし自分のタバコを勧めてくれた。
「どうしてこの店を知ったんだ?」
そう訊かれ、以前にたまたま通りがかりこの界隈が好きになったのだと答えた。
「古い雰囲気が好きなの」

親父さんの弟さんの奥さん、つまり義理の妹は重慶で日本語関連の仕事をしているのだと言った。昔日本語を学び、留学したこともあるんだそう。
そういうことでテンションが上がった親父さんはその義妹さんに電話をし私と会話するよう勧めたが、「忙しい」と一言で断られていた。
9歳の姪っ子は母親の影響で日本語が少しできるんだそうで、「こんにちは、は早上好の意味なんだろう、姪っ子から教えてもらったんだ」と嬉しそうに話した。
「違うよ、你好の意味だよ」
「どうぞ、は请坐の意味なんだろう?」
「ちょっと違う、请の意味だよ」なんて話しては会話はなかなか盛り上がった。
そんなことをしてると、お店の前を別の男性が通った。
「おい、こっちに来て交流しよう、日本人がいるんだ」
親父さんによるとその男性も大学の時に日本語を学んだことがあるのだそう。
しかしこの男性からも「いいよ」と断られている。
「日本語を学ぶ人がこんなにいるとは思っていなかったよ」
私がそう言うと、「そりゃあいるに決まってるじゃないか」
日本は教育が素晴らしくていいところがたくさんある、それに比べ中国は…。
そんなことを話しながら、「必ず日本に旅行に行く」と熱烈に話した。
親父さんは旅行、それも団体ではなく個人旅行が好きで、色んなところに行ったことがあるから標準語がいけるのだと話した。確かに、宜賓では珍しい標準語だった。

親父さんは、「烤魚は冷めると美味しくないから」と再び火を通してくれた。
ビールを空けてまた次のビールを空けた。
そうして煙草が次々と差し出される。
一人でぼちぼち飲もうかと思っていたら思わぬ飲み友達ができてしまった。
私は飲みに行って知らない人と飲み友達になる、という酒好きによくあるパターンができない人間だ。今回は親父さんがきちんと開けてくれた微妙な距離感と話題がよかったのだと思う。
白酒が空き、私はビールを開けた。
「どうやらなかなか飲めそうだな」
親父さんはそう言いながら、自分は白酒の小瓶を三本飲めば酔っ払ってしまうと話す。
私も体調にもよるけど、二本でほろ酔い、三本目に行けばけっこう酔っ払ってしまうと思う。

そんなことを話していると、若い女の子が三人ほど「烤魚おねがい」と言って入ってきた。
そのうち一人の女の子は私と親父さんの会話を聞き、「日本人ですか?」と日本語で話しかけてきた。
彼女は大学で日本語を学び、現在は成都で日本人もいる職場で働いているのだという。
本当に日本語を学ぶ人が多いなぁと驚いた一日だった。
私は彼女と連絡先を交換し、今度なにかあったら成都でね、と約束し彼女たちはお店を出て行った。

ふらり電動自転車ドライブの一日で、まさかこんなに交流があろうとは思っていなかった。
烤魚の親父さんは私と知り合えたことをとても喜んでくれ、また多分人と話すことが大好きなんだろう、その様子に去りがたかったほどだ。
親父さんによると、私のところとは別の大学で英語を教えるイギリス人もこのお店に来るのだという。
標準語だけでなく、彼は宜賓に来て三年のうちに宜賓語も覚えた。
「この前は宜賓語で冗談を言ってたぞ」
私以外にもここに来た外国人がいたなんて。
地元民以外来ないような、ふらりとお客が入るような雰囲気ではない、そんな古くて古くて小さな烤魚のお店である。
しかし意外にもこのお店自体は古くない。古いのは建物だけだ。
親父さんは宜賓人だが、一時深圳へ行きお店を開いた。
しかし四川の味覚は広東料理が支持されるあちらでは全く受け入れられず半年で店を閉めこちらへ戻ってきたのだという。

お店を去る時、親父さんは雲南のハム月餅をわざわざ買ってきてくれて、くれた。
雲南のハム月餅は有名で、中秋節には学生からもらい食べてみた。
「ここの月餅はいいから食べてみるといい」
そうしてお会計をしてみると、「80元」。
魚が一匹48元と書いてあり白酒一瓶にビール一瓶。でも親父さんは私に10本ほど煙草を差し出しており、月餅もくれたのだから、そう得はない。
それにしても、一日の飲食費を週五日20元/日、週二日50元/日という強硬な設定をしているが、とても守れたものではない。
きつい設定だが、こうでもしないと年に二度ある休暇に旅行には行けないし、また日本にも帰ってこれない。
そのくらい私の給料は低いのだ。

「また来るね」そう声をかけてお店を出た。
しばらく歩いて行ってみたのは、大観楼。
ここは老城区へ来るたびに通りがかるが、先日の思いつきドライブの時には雨の中やってきた。
あの日は雨が降り出してしまったが、ここから東にのびる大通りには毎夜、夜市が開かれているようで、そこを歩いたのだった。

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あの時はあいにくの雨だったが、今夜はそれもなく賑やかだった。
しかしもう22時半、一部の店舗は露店を片付け始めている。
中国旅行を始めたころから好きだった、こうした夜市見物。
台湾なんかの夜市とはまた少し異なり、物としての収穫はないに等しいから、いつも見るだけなんだけれど。
私は勝手に、ガラクタ夜市、と呼んでいる。
この日の大観楼の夜市も同様に、どこの中国いつの中国と変わらずに、どうしてかわからないけれど、靴下や爪切り、スリッパなどがやまほど並んでいる。
靴下はまあいいだろう、しかしどうしてどこもこんなに爪切りが売られているのか、いつも疑問に思う。しかも、その数。しかも、中国どこに行っても大概同じ様子。爪切り、そんなに需要があるのか?

そうした‟相変わらず”はあるけれど、時代と共に変化していくものもある。
ここ10年でスマホがほぼ完全に普及した中国、スマホ依存ともいえる中国にあり、夜市の大部分をスマホ関連が占めるようになった。
それは格安のスマホを並べて売るものだったり、また多いのはスマホ修理や保護フィルムを貼り換えてくれるもの。保護フィルムはだいたい10元の価格が並んでいるからやっぱり安い。
しかしこれは今に始まったことではなく、何年も前からこんなふうになり始めた。

私がこの日ここで驚いたのは、ネイルの出店の多さだった。
出店といっても、テーブルとイスとネイルセットがあればもう店になる。
ここで簡単なネイルからネイルアートまでしてくれる。
成都のネイルショップは日本ほどまでではないけれど、やっぱりそれに近い金額がするのだそう。けれども、こうした出店はきっと安いことだろう。
見てみればかなり本格的にネイルを揃えている。
このようなお店は以前はこうした夜市では見かけなかった。
中国、そしてこんな内陸の小都市の、変化を見た気がした。
中国の夜市はもう、爪切りと靴下だけではないのだ。

この夜市の外れには確か果物売りのリヤカーが数台停まっていたはずだ。
そう思い行ってみると、もう遅い時間にも関わらず二台のリヤカーがまだ営業していた。
私はそこでひさしぶりにメロンの切り売りと、それからサトウキビを買った。
サトウキビは中国各地でそれを見るが、適当な長さに切り皮を削いでくれ、裸になったそれにかぶりついて食べる。食べるというか、噛むと硬い繊維が残るので、ガムのように汁だけ飲む。これが素朴な甘さでおいしいので、好きなのだ。

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サトウキビを片手に、それにかぶりつきながら電動自転車を運転し帰ることにした。
明日は日曜日だが、一日授業がある。
最後の授業が終わるのは20時を過ぎるから、マンションに戻るのは21時を過ぎる。
今日一日楽しみ、充電は完了した。
私はバッテリーの持ちが悪いので、きっとまたすぐに充電作業が必要になることだろう。
静まり返った帰り道、早くももう次のドライブを想像する。
みずみずしいサトウキビ、その最後のひと塊を口に放り込んだころ、向こうにマンション群が見えてきた。

〈記 11月23日 宜賓にて〉

⇒宜賓散歩~冬のはじまり②~ へ続く

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2019-12-18

宜賓散歩~冬のはじまり②~

2019年11月29日金曜日、久しぶりに連休ができた週末だった。
国慶節前に事故で入院し別の先生の授業も受け持つことになったが、その先生も退院しこの週からその授業から離れることになり、試験関連の提出も済み、また学期末までの目途もたった。
回り切らず睡眠不足が続いた日々から一転、急に時間が湧いて出てきたような感覚で、ようはそういうタイミングだった。

二週間前、成都のジャオユーさんから連絡が入った。
彼は、なかなかきつい別れ方をした元彼である。
いつ別れたかというと去年の10月末だったといえるし、しかしずっと微妙な関係が続いていたから、決定的に終わった6月だったともいえる。
昨年の夏、38日旅行の途中で出会った私たちだったが、今年の6月に一カ月滞在するために成都を訪れ、そこで振られた私は鬱になるかと思う程まいった。
しかし皮肉なことに、振られたその直後に現在はたらくこの宜賓での就労許可が下り、失恋の混乱を引きずりながらも挨拶に向かったのだった。
思えば、昨年の10月末に一度振られ、なんとか前に進みたくて四川で仕事を探すことにした。
一度は他の都市で内定が出、ジャオユーさんも協力してくれたが、就労許可が下りなかった。
今回ようやく念願の就労許可が下りたかと思えば、それは彼から最後の通達を受けた直後。
よくも悪くも、彼とのことがなければない現在だから、人生どうなるか本当に想像できないものだ。
6月の苦しい一カ月を経て、私は彼にもう関わらないことにした。
絶縁ではない。
しかし、もう連絡することもないし会うこともない。そういう決意だった。
このまま繋がっていたら本当に鬱になってしまう。
こうして諦めたことで、しかしとても楽になった。
私の頭の中は新しい仕事に新しい生活への期待や不安でいっぱい。
「もう抜けた」
そう思った。
しかし、ぽつりぽつりと、彼から連絡が入る。
‟抜けた”私は、「还好」とか「好」とか、これ以上ないほどの短い返事を返した。
8月には、日本に遊びに行きたいと連絡があった。よく日本へ行きたいと楽しそうに話していた彼を思い出して胸が痛んだけれど、その時も「時間がない」と素っ気なく断った。
引っ越して成都から入国したときにも連絡しなかった。
「もう彼氏できたのか?」「何かあったら頼ってほしい」そんな連絡が来るようになったのが最近。
素っ気なく返すと、「恋人ができなくても友達にはなれるじゃないか。なにも仇みたいにすることはない」とくるので、
「今の関係こそまさに友達じゃないの」と初めて五文字以上の返信を返した11月の初め。
あれほど私のことを嫌がって別れたのに、これではまるで逆みたい。
でもわかっていた。
彼は私と恋人も結婚も無理だけど、縁は切りたくない。以前みたいな雰囲気のままで友達ができれば理想的で、しかも理想的というよりは強くそう願っている。
私が「友達じゃないの」と返すと、音声メッセージが入った。
「マーヨーズとの結末がとてもつらいんだ。時々そう見えないかもしれないけど、本当につらいんだ。困った時は頼ってくれ。彼氏がいるならそれは彼氏の役目だけど、いないなら頼ってほしい」
びっくりした。
大男子主義で俺様でたくましいジャオユーさんの、こんな悲痛な声色を聞いたことがない。これから川にでも飛び込むのではないかと思わせるような声色に、「つらいのはこっちだよ、ばか」と思いかけてやめた。
しかしどう返していいかわからずに、結局返したのは「好的(わかったよ)」の二文字。
二週間前とはその悲痛メッセージのあとのことである。

「今週の週末、もしかしたら宜賓に行くかもしれない、いる?」
有休があと一週間ほど残っているので、四川南方旅行を考えているのだという。
「今日はマーヨーズが以前プレゼントしてくれた服を着てる」だの例の悲痛メッセージだのが続いたので、「やり直したいのか?」ふとそんな考えがもくもくと湧いてきて、慌てて消した。
これは妄想の罠だ。
これで苦しんだ一年と少しだった。
彼は決して私と恋人を再開することはない。
ふたたび同じ轍は踏めまい。
せっかく‟抜けた”のに、会えばかならずまた以前の苦しみに戻ってしまう。
それになにより、この週は仕事がつまり無休だったために、事実をそのまま伝えた。
「今週は週末もぜんぶ仕事で埋まっている」
すると「もしかしたら来週の週末に宜賓を通りがかるかもしれない」
返信をためらっていると、「屋外火鍋をやろう。白酒をごちそうするぞ」
本来罵り言葉が大好きなジャオユーさんが、微笑絵文字を連打する。
不気味だが、やっぱりどうしても憎めなかった。
ずっと素っ気ない返信を貫いてきた私だったけど、とうとう微笑絵文字を送った。

こうしてジャオユーさんは、新疆から成都旅行に来ていた私も知る一番の大親友フーさんを連れて、宜賓にやってきた。
南方旅行をしていたわけでもなく、宜賓を通りがかったわけでもなく、成都から宜賓を目指してやってきた。
日曜は午後一から授業があることを伝えると、今日から二泊で遊びに行こう、そういうことになった。

14時半になり、私の暮らすマンション下に彼らは到着した。
少し緊張する再会、こんなふうに笑顔で再会するとは。
「ひさしぶりだね」
そういうと笑顔いっぱいのジャオユーさん。
その向こうにはフーさんがいた。
フ―さんはジャオユーさんの一番の大親友で、話はよく聞いていた。
出会ったばかりのころ、ジャオユーさんは私のことで舞い上がり毎日のように私のことを彼に伝えていた。
新疆の奥地に暮らすフ―さんだから私は会ったことがなかったけれど、微信の交換はしていて、少し交流もあった。
ジャオユーさんは、「他の友達と微信交換はさせないけど、彼のことは信頼しているから」と微信を交換させたのだった。
男の熱い友情ってこういうものか、というほど仲が良く信頼し合っていて、羨ましくもあった。
ジャオユーさんは私のことを嬉しいことから悲しいことまでみんな彼に話していたから、フ―さんはジャオユーさんの苦悩も私のことも、そして私たちの成り行きを誰よりもよく知っている人でもある。
そんなわけだから、ジャオユーさんとの再会とともに、フ―さんとの初対面も私にとっては大きなことだったのだ。
お別れしてから挨拶することになるなんて、少し皮肉だけれど。
フ―さんはにこやかで優しそうな人だった。
文才があり商売の才能がなく、旅が好きでお金がなく、そうして独身でここまできた、そんな人。
しかしそんな優しい笑顔をしながら、ケンカが強いのだそう。
ジャオユーさんはもう見るからにケンカが強い人だけれど、ケンカに関してはフ―さんに勝てない、と話していた。
二人と対面し、これからの三日間がとても楽しみになった。

私は後部座席に乗りこみ、三人で出発した。
すでに見慣れた宜賓の風景をランドクルーズが走る。
不思議な気分だった。
向かうのは宜賓で数少ない観光地、李庄古鎮。
私が暮らす場所からそう遠くない比較的市街地に近いと言える古鎮である。
けれども忙しかったこの三カ月、一度も足を運ぶ機会を持たなかった。
古鎮好きのジャオユーさんも行ったことがないのだという。
走り出した車に、「方向違うよ」と地元民ぶって偉そうに指示をする。

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車内で話題は弾む。
私は大学で中国語を話すことを禁止されているし、日常生活でも中国語を使う機会がほとんどない。ただでさえレベルの低い中国語がもう救いようもないほどまでに落ちている。だからなんだかリハビリのようでもあった。
話題はいつしかジャオユーさん大好きなマナーの話になった。
「中国人は痰を吐くからダメだ。日本にはそんな人は一人もいない」とまくしたてる。
彼がわかりやすいのは、私に対し悪意を抱いている時には中国をやたら褒めるが、私との関係が平穏な時にはこのように中国を非難し日本を褒める。それがまた極端なのだ。
ジャオユーさんがあまりにも熱を上げるので、
「本当?日本にはいないの?」
フ―さんが助手席から振り返って私に訊いた。
「うーん、ほとんどいないよ」
「一人も?一人もいないの?」
そう言うので、「少ないけどいるよ、年齢が高い男性の中にはまれに」
そう答えると、「ほら、いるじゃないか、一人もいないなんて極端なんだ」
「おまえはいつもそうやって断言しすぎる」
そんなフ―さんの言葉を受けて、ジャオユーさんはバツの悪そうな様子をみせた。
「日本だって痰を吐く人はいるよ、ただ道端や店では吐かない。マナーを守ってちゃんと家の中で吐くんだ」
そう続けるフ―さんに、「待って、家の中では吐かないよ」慌てて言葉を挟む。

こうしてランドクルーズは私がまだ見たことのない風景に入っていった。
長江に作られた宜賓港を越し、長江沿いに走り、やがて大きな観光センターが見えた。
李庄古鎮に到着だ。
ここでちょっとお土産を出そう、そう思い手元を探り「あ!」
「“あ!”ってなんだ!?」
私の性格をよく知っているジャオユーさんが睨む。
「言えない」
これでだいたいわかってもらえたようだ。
私は二泊のお泊りセットと日曜日の授業道具を全てマンションに忘れてきてしまったのだった。
近いとはいえ50分近く運転してやってきた。
「だから最初に、荷物そんなに少ないのかって訊いたじゃないか!」
私は公共バスで取りに戻ると言ったけれど、結局ランドクルーズで無駄足することになってしまった。

こうして三度目の長江の風景を見ながらふたたび李庄古鎮を目指した。
道は簡単。
長江を左に見ながら下って行くだけ。

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途中で宜賓港を通り過ぎる。
「万里長江第一港」の文字が見えた。
日本では港といえば海だけれど、大河を持つ中国には川に港がある。
しかし宜賓港といっても規模は小さく、同じ長江の港でも重慶とは比較にならない。
路線バスに宜賓港行きというのがあり、ずっと気になっていた。
特になにがあるでもないが、今度バスに乗り散策に来てみたい場所だ。

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この宜賓港を過ぎれば、李庄古鎮はもうすぐそこだ。
「マーヨーズのせいでおなかが空いて死にそうだ」
怖い顔をするジャオユーさんに、「空腹は一番の調味料なんだよ」と生意気な返事をする。
時刻はもう17時をまわろうとしていた。
到着して大きな観光センターに、「そんなに観光地化した場所なの?」とも思ったが、一歩入り込んでみればそんなことはない。
古い建物が続き、四川特有の古鎮の雰囲気が漂う。
ジャオユーさんは古鎮内の民宿を予約してくれていたがそこまでは車が入っていけないため、車は古鎮入り口付近の小さなホテルに停めた。

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久しぶりの四川の古鎮だった。
先ほど四川特有の古鎮の雰囲気と書いたけれども、それが具体的にどういうものなのか説明することができない。
古鎮とは古い建築古い住居が残った街や村をいうけれど、そういうものは中国各地にあり、またその多くが似た印象を持っている。
石畳、瓦、お店の旗、そんなものは四川だけではないし、では食べ物や特産品だろうか。それに四川ならではといえば、竹椅子?
でもそういうものではなくて、それはまるで匂いのように漂っているのだ。
私が四川に恋してしまったのは、ジャオユーさんとの出会いからだった。そして一緒に巡った古鎮だった。
去年の夏に出会ってから、四川内のたくさんの古鎮を二人でまわった。
古鎮好きは二人の共通点であり、また古鎮で民宿を開くというのは私たちの夢でもあった。過去形だけれど。
四川特有の匂いとは、もしかしたら私の記憶―甘いものも苦いものもーが作り出したまやかしなのかもしれない。
こんなふうに書くと、未練だらけでうざったいだろう。
けれども、李庄古鎮に一歩踏み入れて、その通り未練でいっぱいな自分に気づいたのだった。
ああ、これでは全然だめじゃないか。

それにしてもいい古鎮だと思った。
金曜日の午後。
観光客はそう多くないが、かといって寂れてもいない。
古い建物と中身の店舗の組み合わせに違和感がなく、自然な商売がされているという感じ。
立ち止まり立ち止まり写真を撮る私とフ―さんに、「先に民宿行くぞ」とジャオユーさんが急かす。

民宿は店舗の並びから細い路地に入り込んでいったところにあった。
観光客が踏み込まない住宅地にあるその住宅のひとつが、中を改装して宿泊客を受け入れている。
一見そこが民宿だとは思わない。
またこういうところは外国人は宿泊できないのが普通なので、ジャオユーさんがいるからこそ、いたからこそ、私は今まであんなに楽しい経験ができたんだと改めて気づかされた。

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宿泊するのはこの左手。

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本当に民家そのもので、お宅の一部にお邪魔する。
古い建物のわりにしっかり改装されていて、入り口は暗証番号式。
入ってみるとまるで日本のコテージのようだった。

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まずリビングがあり、その向こうに一室寝室がある。大きくてきれいなベッドだ。

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そしてその向こうにはキッチンまであり、その隣にトイレとシャワー室がある。
トイレもシャワー室もホテル並みの内装で、トイレは最新式のウォシュレットだった。備え付けのゴミ箱もボタンで電動で開閉する。
「すごい!」

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そしてリビングからは階段で上に上がっていける。

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上は寝室のみで、でも大きなベッドがひとつ、その隣に低いけれどまた大きなベッド。
ここにもトイレがあり、これもまた最新式をシュレットだった。
一階の寝室をフ―さんが、二階の寝室を私とジャオユーさんが使うことになった。
今までジャオユーさんと古鎮に宿泊したことは何度もあるけれど、部屋の質は最低限のものなのが普通だった。
泊まれればいい、というものだったから、まさかこんなにきれいな内装と設備だとは、本当に驚いた。
しかしやはり中国、といっていいものだろうか。
入り口側の窓にガラスがはめられていないため、とにかく寒い。寒いがガラスがはまっていないためどうしようもない。
しかも、巨大な暖房があったが、壊れていてまったく動かない。

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二階のエアコンも同様だった。
リモコンがこんな有様でどうしようもない。
私のマンションのエアコンと同じものだったが、これは例え動いたとしても全然効かない。動いても効かないエアコンが壊れているので、もうどうしようもない。
宜賓は四川南部にあり冬は暖かいと聞いていたが、とんでもない。
もうめちゃくちゃ寒くてどこにも暖かい場所なんてなくて、毎日つらいのだ。
エアコンが壊れているだけではなく、窓が筒抜けなのだ。
内装の素晴らしさよりも、窓にガラスをはめエアコンを直してほしい。私はさっそく、最初の「すごい!」を取り消した。

さらに次々と問題は起こる。
二階のトイレはドアが閉まらなかった。閉まらないだけでなく、そもそも取っ手も鍵もついていない。鍵がないのはまだしも、取っ手がないとは。
そうこうしていると、「WiFiがつながらない」と騒ぐ二人。
示されているWiFiのパスワードが違うらしく、しかしこれはオーナーに電話しても結局解決しなかった。
こんなふうに問題はいろいろあったものの、私にとって大きな問題は暖房だけ。
春秋であれば、またぜひ利用したい民宿だ。
この民宿には大きな犬がいて、とても人懐っこくてかわいい。

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こうして民宿を出て散策にでかけることにした。
ジャオユーさんは見たことがないダウンジャケットを着ていて、「マーヨーズ見たことがないだろう、買ったんだ」と自慢してきた。
「ジャオユーさん、タグがまだついているよ」
すごく細かい人なのに、一方でどうしていつもこうなんだろう。ライターでタグを取ってあげる。
そのダウンジャケットの下には、私がサプライズでプレゼントしたシャツを着ていた。
4月の誕生日、私は日本にいて彼の47歳の誕生日をお祝いすることができない。だから3月に遊びに行った時に、マンションの一室に手紙付きで隠しておいた。ジャオユーさんの好きなブランドを知っていたから、そのシャツを送ったのだった。
「これ、マーヨーズがくれたシャツだ」
ジャオユーさんは笑った。

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落ち着いたいい古鎮。
ここ李庄古鎮の名物は、白肉だ。宜賓ではあちこちに「李庄白肉」と名を打った店を見る。
茹でたシンプルな豚肉のかたまりを薄くスライスしたものだ。
李庄古鎮に来てみれば、もうそこらじゅうに白肉のお店がある。
店先に丸太まな板を置き、スライスする様子をお客に見せている。

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歩いていくとすぐに長江に出た。
李庄古鎮は長江のほとりにある古鎮だ。
そこは開けた広場になっていて、ここは古びた建物の雰囲気から一転しいかにも観光地といった雰囲気。

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私が大好きなサトウキビの生絞り。
一杯5元でさっそく買って飲んでみた。
自然の恵みといった感覚いっぱいになる甘さの中のかすかな苦み、これが好き。

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こちらは古鎮から眺める長江。
この大河はこのあとますます水量と川幅を広げ、いくつもの都市を貫き、やがてまるで海のようになって上海から大海へ流れ出る。そのスケールは私の想像をはるかに超える。

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古鎮内に戻り、三人気の向くままにスマホで写真を撮る。

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やがて17時半頃、少しずつ夕暮れに向かう時刻、夕ご飯は白肉のお店に決めた。
本来であれば、着いてすぐ遅い昼ご飯を軽く食べそのあと夕ご飯を食べる予定だったが、私の「あ!」により計画が狂ってしまった。

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こちらは私たちの白肉を切っているところ。
大きな中華包丁で肉塊を薄く薄く切るのはなかなか技がいるようだ。

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こちらが出てきた白肉。
ただの豚肉、そして薄切りが数枚。だがけっこう値段が張る。
少し前に中国では豚肉の価格が急騰した。私は自炊をしないし周辺に肉を売るところもないので実感はないが、学生がその話をしていた。
白肉のお店も商売に影響があっただろうなと思う。

私たちは乾杯をして食事を始めることにした。
ジャオユーさんはエビアンのペットボトルを取り出し、
「マーヨーズ、見ろ!美しい水だ!」
まるで昔に戻ったような錯覚をさせる、いたずらな笑顔を見せた。
蓋を開けてみると。
「ジャオユーさん、これ白酒だよ」
ジャオユーさんはペットボトルのままそれをごくりと飲んだ。
彼は5月1日から禁酒を決めたはずである。
それはかなり強い意志のようで、あれだけお酒好きだった彼が一切飲まなくなった。
「おそらく禁酒はすでに成功した」
彼は自信たっぷりに言い、少なくとも一年は一滴も飲まないと誓った。
いつから禁酒をやめたのかわからないが、誓いが破られたことは明らかだ。
「禁酒するっていったよ」
私がそういうも、彼の耳には届いていないふう。
「多分彼は禁酒したことを忘れたんだ」
大真面目な顔でフーさんが言葉を挟む。
「でも、強い決意だったよ、記憶力悪いよ」
私が言うと、「歳をとってくると記憶力は悪くなるものだよ」フーさんはフォローするように言う。
確かに、強く誓ったことが守られないのは彼にはよくあることだった。

フーさんはそんなに強くないようで、私とジャオユーさんは白酒をなみなみ注ぎ、フーさんは三分の一注いだ。
乾杯した白酒はどうしてこんなにおいしい。
それはきっと、白酒の品質だけの問題ではなかっただろう。
「マーヨーズは俺より酒が強いんだ」
ジャオユーさんの酒飲みは友達ならみなよく知っている。
その彼にこういう言葉で紹介してもらうのが、実はとてもうれしい。

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他に注文したのは、名前とは裏腹にとても辛い水煮牛肉に麻婆豆腐、それにレバニラ炒め。
楽しく乾杯を重ね楽しく食事をしながら、空の色合いはだんだんと夜を迎え、やがてすっかり夜になった。
内陸の四川では日本の時間間隔よりも夜の訪れが遅い。

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食事を終えて、古鎮を散歩して民宿に戻ることにした。
李庄古鎮の夜はとても美しかった。
夜になると全部店は閉まり真っ暗闇になる古鎮も少なくないが、ここは夜も楽しませてくれるようだ。
19時を過ぎ、飲食店だけでなく商店やお土産屋さんなんかもまだ開いている。

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そんなのを物色し、ふと足を止めた。
名物の李庄白糕。
色紙に一つひとつくるまれた様子がなんとも昔懐かしく胸がきゅんとなる。
白糕は、糯米からつくったスポンジケーキ状のお菓子。
オリジナルからゴマ、落花生、それからイチゴ味など様々な味がある。
ジャオユーさんはこれが気になったようで、三人で食べるためにいくつかを購入した。

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さっそく食べてみると、食感も重さも一切感じない軽さ。
味はシンプルで甘さも控え目。余分な味がいっさいしない。
見た目がレトロなら味もレトロ、現代の子供はつまらないかもしれないその素朴さは、でも却って「味とは何か」というものを教えてくれるようなストレートさをもっていた。
二人ともこれが気に入ったようで、「なかなかいい」なんて頷きながら食べている。

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やがてまだ空が明るいころにやってきた長江に面した通りに出た。
古い建物に囲まれたエリアとはまた異なるいい雰囲気だ。
私たちは三人、何を話すでもなく、各々自由に散策しながら進む。

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こうして奥まで行きつき来た道を振り返る。
左側が真っ暗な長江。
ひっそりとしているものの、人気がないわけではない。
すぐ近くでは数人で公園ダンスをする人たちもいて、うるさくもないし静かすぎもしない、ちょうどいい雰囲気。

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ここから細い道に入ると、そこには水深を量る目盛りがあった。
よくみると隣には、いついつの洪水の時の水面が記録されている。
長江はただでさえ水量が膨大、大雨が降ったならばここはひとたまりもないだろう。

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李庄古鎮のすばらしいのは、古い建築の保存状態がよいことだ。
お店が並ぶ通りから一歩入れば、住宅が立ち並ぶ。
古いだけでなくその建築や細工もうつくしく立派だ。

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静かな照明が寒さを際立たせる。
表通りにはぱらぱらと人がいたが、一歩裏に入ればまるで無人の異世界に迷い込んだかのよう。

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石造りの陰影がうつくしい小路を曲がりまた細い道を入っていくと、今度は赤ちょうちんが幻想的な家屋が並んでいた。
これはすべて現役の住居である。
立てられた戸板から漏れる光と賑わい。
生活のにおい。
まるで嘘みたいにうつくしい。

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歩いていくと再び石造りの通りへ。
屋根まで石造りのこの建物はどうやら昼間は参観ができるようだ。

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その先には、ひときわ存在感を放つ建築。
国立同済大学医学院旧址。
もともと別の地域にあった大学医学部が、抗日戦争期にここへ移ってきたのだそう。
12月に旅行した貴陽の青岩古鎮にも同じように戦争期に疎開した大学があった。
古鎮を巡っていると時にそんな戦争の足跡を目にすることもある。

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この古鎮がすばらしいところは、ここが生活の場として生き、またそれが活き活きとしていることだ。
私たちは今、“かつてあった賑わいの残り香”を散策しているのではなく、古くから今に至るまで賑わう現代の風景を目にしている。
「生活大丈夫かな、お客さん来ないと困るよね」
そういう感覚がまったくしないのは、ここが観光に依存した古鎮ではなく、集落として自立しているからだ。

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デートだったらなかなかいい雰囲気になりそうな夜道。
哀しいかな、私たちは親父ふたりにおばさんひとり。
それぞれ自分の世界に浸りながらばらばらに歩く。

ここで民宿に戻り、リビングで三人飲みなおした。
飲むのはジャオユーさんと私の二人で、フーさんはおとなしく座っている。
ジャオユーさんはご機嫌な様子で一人でずっとしゃべっている。
私にとってジャオユーさんは中国人のなかでもっとも交流がしやすい人だったが、それでもだんだん何について話しているのかわからなくなってきた。
そこで私も好きに話す。
中国語がわかる人ならば、私たちの会話が全くかみ合っていないことがわかるだろうが、それなのにどうしてか会話が進む。
それは各々が全く相手の話すことを気にしていないからだ。
彼が何か話せば、私も何か言う。するとまた彼はそれに対し何かを言う。
しかし全く別の話題を。
それを見て、「お前たち二人は永遠にコミュニケーションがとれないよ」
フーさんが呆れたようにつぶやいた。

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ジャオユーさんは「マーヨーズと二人で散策してくる」とフーさんに言い、私をまた連れ出した。
時刻はすでに22時を回り、さすがにほとんどのお店は閉まり静まり返っていた。
私たちはまた先ほど歩いたような道を行った。
白酒を飲んだといっても大した量ではない。
私たちはご機嫌だったがほとんど酔ってはいなかった。

紛れるようにしてカラオケ店があった。
「お、酒吧か?」
ジャオユーさんは入ろうとして店を覗いたがカラオケ店だとわかりやめた。
「ほーら、足元を見てごらん」
カラオケ店に入らなかった代わりに、私はアカペラで歌った。
キロロの未来だ。
先日、大学の外国語学院主催の文化祭が行われた。
その時に私はリクエストを受けてもうひとり別の先生と未来をうたったのだった。
軽く考えていたらけっこうな規模で焦った。
私たちの前に出演したフランス人がものすごいテンションで大声援を受けたために、私は大緊張でひどいありさまだったが、学生がたくさん来てくれてスマホで私の名前を掲げてくれた。

キロロの未来は、中国で「后来」というタイトルでカバーされている。
ジャオユーさんは「この歌知っている」とその后来をスマホで流した。
「やっぱり上手だね、私は下手だよ」
そう言うと、「マーヨーズの歌の方が純粋でいい」
そう、下手な代わりにいかにも‟一生懸命歌っています”という態度で点数を稼ぐという打算もあり、学生からも好評を得た。

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この後、たった一軒開いた商店でビールを買い、私たちは民宿へ戻った。
フーさんの寝室は静まり返っており、静かに階段を上り二階へ上がった。
エアコンが壊れた民宿。極寒の部屋。
シャワーを浴びる気が起きない。
ジャオユーさんは「シャワー?もちろん浴びない」という。
寝巻もなく、今日の服装そのままで寝るようだ。
私もシャワーは諦めることにした。
私は大きなベッドに。
ジャオユーさんは隣の低いベッドに。
しばらく布団にくるまりながらビールを飲み、一緒にスマホの動画を見た。
「マーヨーズ、三人でおもしろい動画を撮って配信しよう」
なんだか6月の悪夢やその後の疎遠が嘘のようで、そんな空白は夢だったみたいだ。
でもちゃんと、わかっている。
ぜんぶ、嘘じゃない。
「晩安」
そういって彼がいびきをかき始めたのは11時半。
明け方に眠る習慣がついていて今日はお昼に起きた私だったから、こんな時間に寝付けるはずがないと思っていた。
それでもどうして、久しぶりの安眠だったようだ。
目覚めたのは朝の6時半だった。

〈記 12月4日 宜賓にて〉

⇒宜賓散歩~冬のはじまり③~ へ続く

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2019-12-18

宜賓散歩~冬のはじまり③~

2019年11月30日、朝6時半に一階のリビングからけたたましいアラームが響いて飛び起きた。
いつも自動でこの時間に鳴るように設定してあったのを解除するのを忘れていた。
一階の寝室にはフーさんがいる。
慌てて階段を下りてアラームを止めた。ここから連続で5分ごとに6度鳴ることになっている。
二階の寝室の戻ると、この騒ぎでジャオユーさんが起きた。
彼はどこかに宿泊するといつもこうだけれど、昼間のかっこうそのまんま。
今日もこの服装のまま着替えることなく行動するよう。
シャワーも浴びないそう。
いつもこんなふうなのに、それでも全然臭くないのが不思議だ。
「マーヨーズ、そんなんじゃダメだ。起きるぞ」
まだ6時半。
朝が苦手な私にとって、仕事がなければこの時間はまだ真夜中同然の時間帯だ。
日本ではこの時刻は冬でももう明るんでいただろうか。
こちら四川ではまだ真っ暗で、7時半過ぎにようやく空が明るみ始め朝を迎える感じだ。
この時間帯に起きたのはアラームが鳴ったからで、起きるためではない。
私はふたたびベッドに入りごろごろしたが、
「起きろ!」
ジャオユーさんは親のように叱ったが私が無視しているので、「運動に行ってくる」と一人外へ出掛けていった。
それでも今回はフーさんもいる。
男性二人は支度にも時間がかからないだろうが、私はこれからシャワーを浴び化粧を落としまた化粧をし、歯を磨いたりしなければならない。一時間はかかるだろう。
ジャオユーさんはともかくフーさんに申し訳ないので、私もしぶしぶ起きだした。
それにしても寒さがきつい。
息が白い気温に、ガラスなし窓、ノーエアコン。
一人旅だったらシャワーを浴びずにそのままだったかもしれない。

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ジャオユーさんの帰りを待ち、民宿を出て朝の散策に向かったのは9時前だった。
どこも戸板がはまったままで、無人の竹椅子が待っている。
そこにあるだけで、生活感、人の気配を醸し出す。この竹椅子の存在感はなかなかだ。
この竹椅子こそ四川の味で、私はこれが大好きだ。そのうち買って部屋に置きたいとも思うけれども、大きくてなかなかかなわない。淘宝でなんでも帰るよなんて言うけれど、こういうものはやっぱり古鎮で親父さんやおばちゃんから購入したいものだ。
四川の味というものの、宜賓であまりこれを見ない。
農村まで行けばたくさんあるだろうが、私の生活区域には、どちらかというと籐椅子の方が多い。
成都であれば都市ど真ん中であろうと、こうした竹椅子をたくさん見るのに。
だから李庄古鎮で竹椅子を発見したこと、実はとても嬉しかった。

まだ寝静まったような古鎮。
ジャオユーさんとフーさんは私を置いてどんどん歩く。
フーさんはすでに四川に10日滞在し、三日後の火曜日には新疆へ戻るのだという。

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途中で歴史あるお寺を通りがかり、二人は入っていった。
私は外で写真を撮ったり。
歴史だとか由来だとか、詳しいことは今度一人で来て勉強してみよう。

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静まり返った古鎮内を二人についていくと、静けさの中に活気をみつけた。
牛肉麺のお店だった。
お店の入り口に材料を広げ、麺をゆでていく。
日本中国ぞれぞれの良さがあると思うけれども、中国にあって日本にない魅力の中でトップ10に入るのがこれだと思う。
食と生活はもうイコールで結ばれるほど同義だと思うけれど、日本というのは食が表に出てこない。
日本では、食という楽しみは人目のないところで行われる。
人前で食べる行為は恥を孕んでいる。
お店の中で、建物中で、家の中で。
もちろんそれは中国も同じだけれど、その開放度がまったく違う。
たくさんの飲食店、道端の小吃。
ドアのない、屋内と屋外の中間のような食堂。露天。
そして、道を行く人を誘惑するように店先で行われる調理。
中国ではどうどうと、「食=生活」が隠されることなく行われている。
日本の生活区が人口の多さに比べ閑散としているのに対し、中国がどこに行っても活気ある風に感じるのはそれゆえだ。
私はそうした活気が大好きで、だから中国に行った、来た、といっても過言ではない。

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「わ~おいしそう!」
寒いからもう余計においしそうなのだ。
食べたい!と思っていると、ジャオユーさんはここに入店した。よし。
麺屋さんのメニューというのは、ここ宜賓ではほぼ決まってしまっている。バリエーションはもうないに等しい。
牛肉麺は辛くて油いっぱいタイプで細麺、他の地域で出合うようなうどんみたいなタイプはない。
それから牛雑麺、これは牛肉麺の牛肉が内臓になっただけ。
それからひき肉がのった紹子麺。
辛くないのが確実なのは、口磨麺、これは椎茸の麺だが鶏ガラスープと違い椎茸だし。宜賓の清湯麺はほぼこの椎茸だしであると推測していて、私はすでに飽きている。
それから鴨姜麺、これも辛い麺。定番の京醤麺。
宜賓を代表するのは燃麺だが、これは辛い油まぜそばだ。
店によっては肉あり肉なしが選べ、またスープタイプの燃麺を置くところもある。
麺が大好きな私。
毎日麺でも大丈夫、そんなふうに考えていたが全然そんなことはなかった。
麺なら麺で、他の麺が食べたい。
今はもう、牛肉麺の文字を見ても食欲が湧くことはない。
しかし今日だけは別だった。
息が真っ白な朝。
わくわくするような古鎮の静けさを歩き、沸き上がる白い湯気を見て。
この牛肉麺が食べたい。

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牛肉麺とともに、豆浆も。
豆浆は豆乳のことだが、日本の豆乳のような濃厚さがなく、さっぱりさらさらしている。私は中国の豆浆の方が好き。
「会計は私がするよ」
宿泊代や食費は二人とも私に支払いさせないことが予想できたので、せめて朝食くらいはと思いそう言ってみると、
「無料だから必要ない」
ジャオユーさんがにやりと笑う。無料なわけがないので冗談かと思っていたら、どうやら本当に無料だったよう。この牛肉麺のお店は私たちが宿泊した民宿の人が開いたもののようで、なんと朝食付きだった。

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手がかじかむ朝の李庄古鎮。
昨晩のしっとりとした幻想的な様子から一転、まるで別の場所のよう。
人気はほとんどなく、ちらりほらりと住民を見かける程度。
この通りには、まるで宋代だとか清代だとかを思わせるようなお店の看板代わりの旗がかかる。見てみれば筆で書かれていて趣がある。

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手前は理発店、と書かれている。おばあちゃんと親父さんが腰かけている。
耳を見ます、目を洗います、頭部腰部、頚椎、休めます。
そんなことを意味する言葉が並び、奥の壁には経絡図。
どこまでの範囲やってくれるのかわからないが、私も一度お世話になってみたい。
失われてほしくないこうした個人店。日本ではどんどん失われているけれど、それはここ中国も同じだ。

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次に目に飛び込んできたのは、目が覚めるような色彩。
皮にひびが入った蜜柑が水に浸かっている。
これはここの名物のひとつのようで、ここだけでなくあちらこちらに見かけた。

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砂糖がたっぷりまぶされた蜜柑の砂糖菓子みたいなものができあがる。
試食させてくれたし買おうか少し迷ったけれど、「甘すぎる」ジャオユーさんは一言言い残し去った。
昨日買った白糕はお気に入りのようで、ずっと「もっと買って帰りたい」とつぶやいていた。
このとびきり甘い蜜柑の砂糖菓子に、甘さ控えめな白糕。
ぜんぜん違う甘さに味なのに、ともにかつて甘いものがぜいたく品だった時代を思い出す。こんなことを言うと、私の世代はそんなんじゃないなんてふうにも言われるけれども、でもそんなふうに感じるのだ。

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奥に奥に進んでいくと、徐々に人気が増してきた。
お店は開き、また道端で作業をしている人も。
なにかの大きな葉っぱを洗い積み上げていく親父さん。
「これは何に使うんだろう」
フ―さんのつぶやきが聞こえる。

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レトロさ満点の建物。
「李庄粮站新集体門市」石壁に彫刻された文字。
今は石やら壺やらを売るお店みたいだが、かつては違うものだったみたいだ。

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私が欲しいあの竹椅子を売る。
四川の古鎮にくればもうたくさんのこうした竹細工に出合う。
日本の竹細工の繊細さとは異なる味があり、美と芸術を追求した日本のそれよりも、ずっと実用性が重視されている。
それも当然、四川において竹というものは、今もなお生活必需品だからだ。
竹の籠、竹のお箸、竹の器…。

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このような合成樹脂品も登場したが、品質も耐久性も竹製品にはかなわない。

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竹のおもちゃなんかもある。
その場所とは関係ないようなバッグ、装飾品、そんなものを売る古鎮の姿があたりまえの中国で、四川古鎮のなんて魅力的なことか。
歩いて覗いていくだけでも楽しいが、ぜひ何か購入していってほしいと思う。
「ここで買わなくても淘宝で買えるよ」なんていう若者は多い。
ジャオユーさんですら、しかめつらをして、「マーヨーズ、必要ない」なんて言う。
そんな言葉を聞くたびに、とても寂しく思う。

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こちらは白糕のお店の価格表。
さまざまな味。「糕」の文字がずらりと並び見ごたえがある。
「糕」はもともとお菓子の意味で、ケーキを意味する蛋糕は卵を使ったお菓子をあらわす。
ではこの白糕は何かというと、糯米をつかったお菓子。
一つ1元、1.5元だなんてわくわくする。
次回一人で遊びに来た時には、全味を買ってみよう。
どのお店も手作りで、お店のハンコウがかすれた色紙で包んである。これもまた、あと10年ももつか分からないものたちだ。
今の親父さんおばちゃんたちが引退し、もし仮にこの白糕の伝統だけは生き残ったとしても、きっとこのような昔ながらの売り方はすまい。
確実になくなることが分かっているから、貴重に思えてならない。

ちなみに白糕店の向こうには、縁日で広げられるような子供のおもちゃが並んでいる。
幼い頃、クリスマスプレゼントだか誕生日プレゼントに、近くのおもちゃ屋さんで売られているおもちゃを買ってもらった。
個人経営の小さなおもちゃ屋さんでおもちゃの数なんてたかが知れている。けれども狭い店内にうずたかく積み上げられたおもちゃたちは、私にとっておもちゃの世界のすべてだった。
当時の私たちにとって、おもちゃ屋さんというのは夢の国だった。
時代は過ぎ、小学生くらいになり、私の家の前に大型のおもちゃ屋さんができた。
それは小さな頃に特別な場所だったかつてのような夢の国ではなかった。
ちょっとした雑貨も売られ、ぬいぐるみや手帳や大人向けの難しいジグソーパズルなど、なんだか最先端の世界、大人の世界みたいで。そしてそれはすでに「夢」ではなくて「現実」の娯楽そのものだった。
私たちはもう小さなおもちゃ屋さんには行かなくなった。
その大型のおもちゃ屋さんもやがて店を閉め、もっともっと大きなショッピングセンターが主流になり、そうしてインターネット市場が当たり前になり。今となってはあの大型のおもちゃ屋さんでさえ昔懐かしい風景のようになった。
時代の変化はすごい。
今の子どもは、私がかつて宝物のようにしていたおもちゃなんて‟100円ショップ”レベルに感じるようだ。現代なんて、ゲームもなにも、昔はドラえもんのポケットの中にしかなかったようなものが次々生まれ、子どもたちはすました顔でそれを使いこなす。
でもなんだかそんな時代の流れと逆行するように、時代が進歩すればするほど私の頭の中は、あの夢の国だった小さくて狭いおもちゃ屋さんや、縁日で豆電球の下に広げられた安っぽいおもちゃたちでいっぱいになるのだ。
そしていつだったか捨ててしまった夢の国の数々を、今になりまた夢見ている自分に気づく。

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このおもちゃ屋さんと白糕店を過ぎると、活気が沸き上がるように賑やかになった。
麵や抄手のお店に包子、豆花のお店。
店先からもくもくと真っ白な湯気が沸き上がり、手がかじかむ寒さの中、寒さと温かさその両方を同時に伝える。

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時刻は9時半。
中国の朝は早い。しかしこれは世界共通だろうか、お年寄りの朝も早い。
朝が苦手な私であるから、永遠に理解できない世界かもしれない。
彼らにとって、9時半なんて早朝のうちに入らないだろう。
あちこちにある茶館には戸はなく暖房も効いていない。
にもかかわらず、どこの茶館もお年寄りで満席で、外まで溢れている。

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煙草を吸うおじいさんたち。そのほとんどは葉巻に煙管。
毎日繰り返されている日常なんだろう。
中年や若い人たちは、お茶館でも食事でもスマホを手放さない。
それに対しさすがお年寄りたち。スマホも持っているだろうけどもテーブルにも出さない。
純粋におしゃべりに盛り上がっている。
毎日そんなに話題なんてあるのかななんて思うけれど、そんなことを考える私はきっとつまらない人間に違いない。
「お茶を飲む」イコール「おしゃべりをする」
それは同じなのに、日本と中国ではその雰囲気も方式もぜんぜん違う。
中国、というより四川か。
茶館は中国全国にあるけれども、四川の茶文化は飛びぬけている。

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こうした古鎮でなくとも、中国の街歩きが楽しいのは、お店一つひとつが開けていることだ。
開けているとはどういうことかというと、戸がない。
食堂だろうと、茶館だろうと、修理屋だろうと部品屋だろうと、八百屋であろうと…。
みな戸がなく半露店のようになっている。
こんな冬には寒いけれど、それとこれとは別の問題のよう。
みなしっかりと防寒しおしゃべりを楽しんだり仕事したりしている。

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こちらの大鍋は豆花。
豆花とはなにかというと、やわらかく崩れるようなお豆腐のこと。感触としては湯豆腐に近い。
ここにはあちらこちらにたくさんの豆花のお店があり、もくもくと真っ白な湯気が温かだ。
四川料理といえば、豆腐。こちらには豆腐料理が多く、豆腐なしには四川料理を語れない。
豆腐といえば日本も豆腐を愛する国だけれど、「日本の豆腐はちょっと違う」こちらではよくそんな言葉を耳にする。
「日本の豆腐は絹ごし豆腐であっても柔らかすぎるし、それに味がない」
こちらの豆腐は日本のそれよりも少し濃厚でわずか弾力もあるしっかりした食感だ。

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歩いて行くと、息が白い冬の朝、露店の床屋さん。
三人のお客さんが並び、真っ白な泡をつけてじょりじょりと剃られていく髪。
このような露店の床屋さん。話には聞くけれど、中国旅行をこれだけ繰り返しながらも目にしたのは初めてだった。しかもこんな寒い日に、しかもこんな朝に。

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露店床屋さんの隣には、また露店の時計修理屋さん。
親父さんは寒さも賑やかさもまったく感じていないかのように、集中しながら時計を解体し細かな細かな部品を修理している。
小さな古鎮である。
都市部ならともかく、時計修理の需要がそんなにあるとは思えない。
それでも少なくとも今、親父さんは時計を修理をしている、そのことになぜか安心する。
横を見れば、フ―さんも一緒に写真を撮っている。
ジャオユーさんはというと、もうずっとその先。
「マーヨーズがのんびりしている時、もうここを一人で散策した」
なんだかずいぶんと偉そうな態度で言う。

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ジャオユーさんが足を止めたのは、砂糖売りのおばあちゃんのリヤカー。
ビニール袋にくるまれた二種類の砂糖を売っている。
白いのはお米から作った糖、琥珀色のはよく見る普通の糖の結晶。
ジャオユーさんが白いのを買うというと、おばあちゃんはトンカチで叩いて砕いた。
買ったものはそれでも石のように硬いわけではなく、手で細かく割ることができた。
細かくなったものを分けてもらうと、味はとても淡泊。
砂糖のような強い甘みはなく、ほんのり甘い風味のする飴のようだ。

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お店はどこもお客さんが入り賑やかだ。
ここはお年寄りがとっても元気、お年寄りが元気な場所はただそれだけでいい場所だなと思う。
この李庄古鎮がいままで訪れたことのある様々な古鎮と異なるのは、こうした生活の活気だった。
ここは観光客のために保存されたというよりは、保存以前に今も人々の生活の場として生きている。しかも、それは活き活きと。
昔から変わらず同じように生活をしているだけなのに、いつの間にか観光センターができていつのまにか観光客が来るようになった。でもそんなの気にしないというか、そもそもそれを知らないかのような雰囲気さえする。
日本には寂しい商店街や街が多い。
それとあまりにも対照的な風景に、感動してしまう。
豆電球がぶら下がる茶館にまだ数時間はここにいそうなおじいさんたち。
忙しそうに麺を鍋に放るおばちゃん。
大きな竹かごを背負って忙しく行き来するおばあさん。

「この古鎮、なかなかいいな」
ジャオユーさんがぼそりとつぶやいた。
「平楽古鎮よりこっちの方が好きだ」
平楽古鎮は成都から南西に100㎞ほどのところにあるなかなか規模の大きな古鎮である。
平楽古鎮はジャオユーさんの一番のお気に入りで、私にとっても何度か一緒に時間を過ごした特別な古鎮だった。
つまり、平楽古鎮よりも好きとは、彼にとっては最大の評価になる。
「どうして?」
私がそう訊くと、「生活感があっていい」
ジャオユーさんの夢は古鎮で民宿を開くこと。
私たちはどんな関係であっても、たとえ友達でも共同で日中融合式の民宿を開こうなんて話をしていたけれど、その話もおそらく4月5月頃には彼の中で消えたのだろう。
いまだに状況はまったく知らないけれど、6月には「友達ともうすぐ民宿を開く」と話していた。
いつもは古鎮に来ると、それがどんな古鎮でもかならず売りに出されている空き部屋をチェックするのに、これだけ気に入った様子を見せながら部屋を探す雰囲気はない。

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賑やかな通りから少し戻り、今度はひっそりとした裏路地に入ってみた。
先ほどの湯気がもくもくする通りがこの古鎮のひとつの‟繁華街”ならば、ここはあのおじいさんおばあさんたちが生活する居住区といったところ。

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やがて長江に出た。
天候はあいにくの曇り空で、今にも雨が降り出しそう。
この旅行記を書いている一週間後の週末は青空も見え、気温も13度ほどまで上がったから、一週間違えばずいぶん違っただろうと思う。
けれどこういうのも全部、タイミングと縁だ。

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ふたたび居住区へ入り込んでみる。
長い間の生活を感じさせる石レンガの家。

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四川には瓦屋根が多いから、農村部は日本と雰囲気が似ているなと思う。
でもよく見れば瓦はとても薄くて、何重にも重ねられている。
日本にはこんなに薄い瓦はないから、そんなところでやっぱりここは四川だな、と感じる。

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民家の向こうに、趣の異なる屋根を見つけた。
丸くて奇妙な軒ぞりを見せる飛び出た屋根は、明らかに民家ではない。
けれどもここはどうやら民家に囲まれているようで、そこに近づくことはできなかった。
どうやらあれも、歴史がある建築の残滓のようだ。
残滓というのは、もうおそらくあれは生きていないからだ。

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民家を抜けて、観光客が歩くような大きな通りに出た。
古い木壁の建物だけでなく、1900年代を想像させる石造りの建築もあり、中国のプロパガンダが目立っていた。

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大きな木。
もう何十年もここで生活する人々を眺めてきたことだろう。
左手のお店は、四川ならでは、麻の靴を売るお店。
いつか買ってみたいと思っていたけれど、今度またここに来て買ってみよう。
刺繍が施され、華やかさはないが素朴な味がある。
右手のお店はここの名物、白肉のお店。
店先に丸太のまな板を出し、通行人に見せるようにして豚肉の塊を薄く薄くスライスする。豚肉の味そのものよりも、薄くあること自体がこの料理の本質であるかのようだ。
昨夜食べてとてもおいしかったので、今度またここに来て食べたい。
宜賓市内にはもうたくさんこの李庄白肉の文字を見るけれど、やっぱりここで食べるべし、だ。

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こうして10時半頃、民宿がある古鎮入り口付近の通りまで戻ってきた。
小さな商店にはサトウキビがあり、ここでも生絞りしてくれるよう。
昨日に引き続き、今日も飲んでみる。

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一杯5元。圧縮機にサトウキビを差すと、ものすごい圧力を伝える重たい音を立て、こんなに汁が出るんだと驚くほどの抹茶色の汁が絞り出される。
これを一人こっそり飲んでいると、ジャオユーさんがまた偉そうな態度で近づいてきて、だまって私のコップをさらいごくごくと飲んだ。
友達になったとはいえ、なんだかやっぱり友達とは少し違うなとも思う。
いうならまるで、親子のようだ。
一度は疎遠になろうと離れた私。
でもジャオユーさんの友達アピールに負けた感がある。
やっぱり、他の友達とは違う。
私には、友達できないかもしれないなあ、そんなことを思い飲み干したサトウキビジュース。

このあと民宿に戻り荷物をまとめ、李庄古鎮を後にした。
今日は土曜日。明日は午後から授業があるが、今日もまた二人と行動を共にし、明日直接学校まで送ってもらうことになっている。
今日向かうのは、宜賓郊外にある蜀南竹海。
蜀南竹海とは字の如く、竹の海。
竹でいっぱいの山が広い景区となり観光客を呼ぶ場所だ。
たまたま一週間ほど前に学生と一緒に食事をした時にもこの場所の話が出た。
見せてくれた写真は光を透かしたようなうつくしい竹のトンネル。
「でも今は冬でつまらないから、春になったら行きたいね」なんて話したのだった。

蜀南竹海は宜賓市区から南東に50㎞ほどのところ、長寧県と江安県の境にあたる山間地にある。
6月に私が初めて宜賓を訪れた時、その三日後に大きな地震がここで起きた。死者が多数出てしまった地域である。

どれほどドライブしただろう、ランドクルーズはやがて山道に入った。
フ―さんは優しい。
昨日フーさんが「前へ座りなと」勧めてくれるのを私は断った。
しかし今日は、「眠りたいから後ろがいいんだ」と私に助手席に座らせた。
けれども結局、フ―さんは一睡もすることがなく、後部座席から何度も私に煙草を分けてくれ、一緒におしゃべりしながらドライブしたのだった。
初めは高速道路を、山道に入っても、ずっと竹の道だった。
四川は竹のふるさと。
その中でも宜賓は竹の多い地域のようだ。
宜賓にはイメージキャラクターがいるが、それは筍をイメージしたのものだ。
「パンダが好きそうな環境だね」
私がそういうと、ジャオユーさんは「ここにはパンダはいない」と断言していう。
「でも、竹がたくさんあるよ」
「この辺りの竹はパンダは好きじゃないんだ。食べれないからパンダも生活できない」
「なんでそんなことわかるの?ジャオユーさんパンダじゃないのに」
「俺はパンダじゃない。でもわかる」
まるで子どものような会話だけれど。
すると後ろから、「パンダ、この竹も食べれるだろう、竹にそんな違いもないだろうに」
フ―さんが入る。
フ―さんは喧嘩が強いというからジャオユーさんみたいな俺様タイプだと思っていてけれど、どちらかというとそれよりも、マイペースでおもしろい人だった。

どれだけ走った頃か、小さな山間部の街に出た。長寧県だ。
ここで、今日の火鍋の食材を調達していくのだという。

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都市にはない種類の生活感。
小さいけれど活気がありいい街だと思った。
天候は悪く少し雨が降り出していた。
私たちは現地の人に市場の場所を訊き、大きな市場へ入ってみた。

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鶏、鴨、アヒル、鳩、そんな鳥たちが、かわいそうだけれど生きたまま売られている。
足を縛られパニックになる鶏。
こんな様子を見ると、普段何気なく食べているものたちがどれだけ尊くてかけがえのないものか感じ入ってしまう。

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こちらは豆腐。
スーパーよりも、こんな市場で食材を買いたい。
でも残念、私が暮らすところにはこういうものがない。
手前の豆腐は、私はよく一人焼烤で食べる。スモークチーズみたいな風味と食感がする加工豆腐だ。

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麻袋にぎっしり詰まった、花椒の味。
こんなに大量の花椒、四川ならではの光景だ。

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そして奥に入っていくと、肉売り場。
豆電球に照らされて、牛、豚、さまざまな肉の塊がならぶ。
日本では冷蔵庫なしで常温で肉を売るなんてとんでもないが、中国ではこれがあたりまえ。私の好きな風景のひとつだ。

ここでフ―さんがつぶやいた。
「犬の肉だ」
※このあと、文章に続いて犬肉の写真があります。
犬が皮をはがされてそのまま吊り下がっている写真ですので、ご覧になりたくない方は注意してページをスクロールしてください。

「え?犬肉?」
見てみると、本当にそれは犬だった。
肉塊となりベーコンやソーセージになったものが並べられ、しかしその横には生々しく犬の姿が。
犬のかたちはそのままに、すっぱりと縦に半分になった犬が吊り下がる。
その横には、また種類の違う少し大型の犬。
これは皮が剥がされた状態で、犬のすがたそのままだった。
中国では犬肉を食べるというが、それも地方様々だ。
私が経験した範囲だと、東北の北朝鮮国境あたり、それから桂林には犬料理がたくさんあった。
しかし、四川人からすれば、「犬なんてとても食べれない」だそう。
私が授業で取り上げた長文に鯨が出てきたので、「鯨食べるなんてかわいそうだというけど、四川では兔を食べるじゃない」なんて冗談交じりに学生と話したことがある。
食の話題はけっこう盛り上がるのだ。
「まゆこ先生、それ違う。赤い目の兔は食用の兔で、ちゃんと‟かわいい兔”と‟食べる兔”は分けているんだ」なんて学生は反論するが、真偽はわからない。
その話題の延長で、「海南では鼠を食べる地域があるけどそれは受け付けない」とか、四川人がカエルを好むことを言うと、「私たちも蛇や虫は無理、広東人が特別なんだ。あの人たちなんでも食べる」だとか、話題は広がるばかり。
そういえば、魚の目玉や頭も意見が分かれた。
私はアユやヤマメは頭こそ美味しいと思う。
居酒屋でも、マグロのカマや目玉は貴重でおいしいんだ、そんな話をしたら学生が引いてしまった。
でも四川では鶏も兔も頭まで調理するよね。
以前火鍋で、私は豚の脳みそをまるごと食べたが、それも中国では「ありえない~」という人もいる。
食文化はその地域の文化や習慣について交流するのに、一番手軽でおもしろい話題だと思う。
そうした話の中で、四川では犬も猫も食べるなんてできない、という話が出たのだ。
フ―さんに訊いてみると、フ―さんも犬は食べたことがないし食べる勇気はないのだという。
でも。
吊り下がった犬の姿を見て、「え~怖い!」なんて言ってはいけないなと思った。
犬だろうが牛だろうが羊だろうが鶏だろうが虫だろうが。
ぜんぶ同じ命で同じ肉じゃないか。
これなら良くてこれならかわいそう、というのはちょっと変だ。
でも、それでも、「犬、かわいそう」というのは人情として当たり前でもある。日本人も中国人も、犬はまるで家族同然のように寄り添っているのだから。
でも、どんな肉も、尊い命を奪った結果である。
ジャオユーさんは「動物の苦痛を考えると…」といい肉を拒絶する人だが、魚はその反動のようによく食べる。
「魚も命だよ」というと、「大丈夫、魚は単純な生き物だから痛くない」
そんなふうに話すのが言い訳みたいに聞こえた。魚も痛いよ、苦しいよ。

↓↓犬の肉の写真があります。ご注意ください。

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肉売り場を越して、色彩は一転した。
日本にはない野菜もたくさん。
それなのに不思議なことに、そういう野菜ではなくジャガイモやトマトなどを差し「これ、日本にもある?」なんて訊かれることが多い。

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ここは竹のふるさと。
たけのこの聖地。
筍料理は数多く、種類も日本で出会うものと比較にならないほど多い。
鉛筆のような細さのものから、重い塊まで、様々。
私が覗き込んでいると、おばちゃんは「買ってって」と笑顔を向ける。
いつもごめんね、私は見るだけで。

宜賓に来ると、竹の葉でくるまれたお餅をよく見る。昨日の李庄古鎮でもそこらじゅうで売られていた。
これは黄粑といって、宜賓に限らず四川や中国南部で好まれるお菓子なのだという。

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こちらは李庄で写したもの。
中は茶色く、黒糖蒸しパンみたいな色合いをしている。
糯米を使ったもので、ではお餅かというと糯米の粒粒がはっきり残っているのでお餅と言い切るにはちょっと正しくない感じもする。
私はまだ食べたことがなく買おうか迷っていると、お店のおじさんも身を乗り出す。
しかしジャオユーさんがまたまるで私の親のように、「マーヨーズ、買わない」とにらみつける。

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市場を歩いて行くと、煙草屋さん。
様々な煙草の箱が、器用に積み上げられている。こうした遊び大好きだ。
「一番下のこの箱ください」なんて言ったら、売ってくれるだろうか。

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この長寧の街はとても小さくてこじんまりしたものだったけど、雰囲気がとてもよかった。
それはやっぱり、生活感。
田舎で生活大変そうだな~ではなく、みんな楽しそうに生活しているのが伝わってくる。
今度長距離バスで遊びに来てみよう。
私が暮らすのは田舎都市とはいっても宜賓の中心部。ここのような田舎感はない。
フ―さんはふと足を止めて、男性用の温かい股引みたいなのを物色しひとつ購入した。

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ランドクルーズはふたたび出発し、本格的に山の中に入った。
竹のトンネルが続く。
うっそうとした竹林。竹がまるで、人間のために道を作ってくれたみたいにきれいなアーチ。
もしこれが陽光眩しい日だったならば、かがやくような色彩があっただろうけども。
「上里古鎮へ行く途中にもこういうトンネルがあったね」
それは出会ったばかりの思い出で、上里古鎮から私たちはなんとなくいい感じになった。その上里古鎮へ向かう途中とても美しい竹のトンネルがあり、ジャオユーさんは何枚も写真を撮った。いい思い出のひとつだ。
「上里古鎮は一番好きな古鎮だ」
ジャオユーさんは言った。
確かに、交通の便が悪いこともあってか、ひっそりとしてとても雰囲気よい古鎮だった。
それなのに賑やかな酒吧があって、それを「雰囲気壊す」と思う人の方が圧倒的に多いだろうけども、酒好きな私としてはそれも魅力のひとつだった。
「上里古鎮に行く途中にね、こんな竹のトンネルがあるんだよ」
助手席から振り返って、フ―さんに教える。

やがて竹のトンネルを越し、開けた道に出た。
そこにはいくつかの商店が並び、私たちはそこでビールを買っていくことにした。
今夜は蜀南竹海の山中で一泊する。

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どの商店にもこのような竹椅子と木製の椅子が並べて売られている。
パンダの焼き印にわくわくし「欲しい!」と近づいてみると、思いのほかパンダの目つきが怖くて前言撤回した。

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小さな小さな田舎町を通り過ぎ、しばらくもしないうちに山の中に入り、やがて大きな観光センターに到着した。山の中にあり、違和感満点の観光センター。
ここ蜀南竹海は竹の風景が美しい場所。山の中だというのに、しっかりチケット代を取るようだ。
フ―さんが、ジャオユーさんの制止にもかまわず、さっと下りてチケットを買いに向かってくれた。
どうやら三人分を支払ってくれたよう。けれども、「オフシーズンなのになんでこんなに高いんだ」と怒って戻ってきた。80元もしたそうだが、想像するに三人で80元ではなく一人80元だったのだろう。
中国では、なんでこれにこんなにお金取るの?というのが多くて、貧乏の私には悩みの種だ。
しかし問題はそれで済まなかった。
女性が近寄り話しかけ、ジャオユーさんともめている。
私は聞き取ることができず状況がよくわからなかったが、ジャオユーさんに訊くと「とても面倒な話だ。マーヨーズの‟きな粉餅”と同じような話だ」という。
実は先ほど、私を外国人と見て値段を考えたあのお餅売りのおばちゃんの話をしたのだった。
長い間もめた後、女性は一緒に車に乗り込んだ。
そして私たちに紙きれを渡した。

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通行許可証のようだ。
多くの観光客はここから観光専用バスに乗り景区に入っていくのだろうと推測される。
しかし私たちは自家用車で入場し中に多数ある民宿のひとつに宿泊しようと考えている。
この女性はそうした民宿や山荘の人間のようで、この通行許可証を持ち一緒に入場する代わりにお金を要求しているような雰囲気だ。
「去年来た時にはこんなに面倒じゃなかった」
ジャオユーさんは苛立った。
ジャオユーさんもフーさんも、私と違い流される人間ではない。
しかし最後は折れて女性を乗せたところをみると、もうどうしようもなかったようだ。

景区に入りすぐに、女性の山荘はあった。
女性を下ろし、山道を走る。
高度はあがり、まるで雲の中に入っていくような感覚がする。
今日はあいにくの雨。さらにオフシーズン。刺すような寒さと雨で、観光客なんて一人もいないのではないかと思われた。

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普段であれば、きっとここから下の景色が見渡せるのだと思う。
しかし今日は一面まっしろ。
時々車を停めては三人それぞれ写真を撮った。

宿泊する場所は決めてなかったが、山道を走り一軒の山荘に決めた。
竹海にはたくさんの景区があり名前がついている。
その中で海中海という場所があり、私たちはそこにやってきた。

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山道のカーブを曲がると突然現れた飲食店の並び。
それらはどれも、昭和から残るさびれた観光地のように開店休業状態だった。
日本にもオンシーズンオフシーズンはあるが、中国では郊外や田舎、それから山の中にある観光地というのはその差が激しいと思う。
冬はお客がまったく入らない。だからジャオユーさんは、古鎮で民宿を経営して春夏秋に無休で働き冬に旅に出る、そんな話をしていた。
冬に軒並み閉ざされたお店を見て心配になったが、心配する必要はなくそういうものなのだという。
今日は小雨が降り、呼吸をするたびに真っ白い息がもわんとする。指先がひりひりし、やがて感覚を失った。

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山荘の中へはここから入ってく。
声をかけるともちろん空室はあり、というかすべて空室で、私たちは部屋を見てからここに決めた。
チェックインする場所などない。物置のようになった裏口のような場所から入っていく。こういう感覚はある人にとっては嫌な気持ちにもなろうが、私は好きだ。
しかしこういうのも、中国人がいるからこそできること。
身分証という壁があちこちにある中国では、外国人はできることが限られている。いろんな楽しみを与えてくれたジャオユーさんには感謝だし、やっぱり今も感謝すべきだ。

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とった部屋は二つ。フ―さんは物書きなので集中したいそうで、私はジャオユーさんと一部屋を借りた。
外観に比べ悪くない部屋で、ベランダにはブランコ式の椅子もある。
ところが、李庄古鎮に続きここでも問題が。
エアコンが働かない。スイッチを入れても溜息のような風ともいえぬ弱い空気がわずか流れ出るのみ。
部屋の中にいて息が白い気温なのだ。これでは眠れない。
フーさんの部屋も同様で、困った。

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スマホで天気予報を見た。
長寧県は7度。嘘だ、ぜったい5度は下回っている。おそらくこれは市街地の気温なのだろう。
中国は広大だ。
私は温暖な地方に生まれ育ったから寒さに弱いが、中国東北地方や西域では冬場は零下20度や30度、もしくはそれ以上に気温は下がる。北京なんかだってそこまでいかないといっても極寒地帯の部類に入る。とにかく厳しい寒さなのだ。
一方で南方は冬でも温かい。広州なんてコート要らず。
そんなわけで、気温に対する準備というのも地方により様々だ。
よく耳にするのは、「中途半端な地方に行くと冬寒くてつらい」ということ。
死と隣り合わせにあるといっても過言ではない中国極寒地帯の寒さだが、ゆえに室内の暖房設備は完全で、新疆の友達は冬は半袖でも大丈夫なんて話している。床暖房壁暖房が完全防備なのだ。これは日本では北海道についてこんな話をよく聞く。
一方で、その「中途半端な地方」というのは、もう四川省はまさしくそれだ!と思っている。
四川省の冬は寒くないという。宜賓は特に南方だから冬は暖かいなんて話も聞いた。
とんでもない。
北京ほどまでは寒くなくとも、10度前後だって寒いものは寒いのだ。
特に宜賓は極寒にはならないものの、冬に入るのが早いのだという。9月くらいから気温が下がり始め、しかし私のマンションのエアコンはほとんど働かず、また最悪なことに窓とドアに2㎝ほどの隙間があり冷気が入り込んでくる。堪らず電気カーペットを買いに行ったがホッカイロの方がましなほど。
中国では普通のことだが、飲食店も小さな食堂はドアがなく開放したものだし、室内の飲食店も暖房の効きがあまりよくなく、みなダウンを着て食事をしている。「え?だって服たくさん着れば済むことじゃん」ということだそうだ。
こうなると温かいやすらぎの瞬間はお風呂の時だけかといえば、シャワーの出が悪い上に温度が管理され水温を上げることができない。しかも20分経つと冷水になってしまう仕組みに設定されている。入浴中も寒いのだ。
こんな話をすると、四川人宜賓人である学生たちもみな、「宜賓は寒いよ!」と口をそろえていう。
そういうわけで、中途半端な宜賓は耐えられないほど寒いわけではないため、寒さに対する対策が甘く、結果却って寒さに苦しむ場所になってしまっているのだ。
李庄古鎮の民宿もこの山荘も同様だろう。
この寒さで暖房がかからないなんて、なんのために宿泊するのかわからない。
一時間ほど待ってみた。
しかし部屋の中にいて未だ息は白いまま。
「眠れないよ」
そういうと、「見て、ベッドには電気カーペットが入っているよ」
フーさんが教えてくれた。
見てみると、ベッドからコードが出てコンセントに繋がれている。
これがなかったら、凍死してしまうところだった。

この寒さで、私たちはこれから屋外火鍋をやろうとしている。
そういうストイックな娯楽を楽しむところが、好きなところ。
この山荘にも下に食堂があり、頼めば屋内にも火鍋をやる場所はいくらでもあった。
でも今日、屋外であることは必須条件のようだ。
二部屋のベランダの長さを測って、結局同じ大きさだということがわかったので、フーさんの部屋のベランダで準備を始めた。

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テーブルと椅子を運び出し、材料や道具を始める。
「何か‟任務”ない?」
そう訊くと、「ない」と言うので、一人でふらふら回ってみた。

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こちらは下から見た山荘のベランダ。
三間ある部屋の右ふたつが私たちの部屋。

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こちらは観光専用バスの停車場にあった景区地図。
今回の目的は火鍋だけれど、見どころはたくさんあるもよう。
見てみると、「熊猫基地站」なんてのも。
もしかしてパンダがいるのかな。ここの竹はパンダは好きじゃない、なんてジャオユーさんは言っていたけど、どんな場所なんだろう。
しかしオフシーズンの今、観光専用バスは運営していないみたいだった。こんな日にチケット代で80元もとるからフーさんは怒ったのだ。
ここは海中海站。
近くに小さな湖があることが名の由来のようだ。竹の海の中にある小さな海。
春に来ればきっとうつくしいことだろう。

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山荘下にならんだ食堂はもはやお客を期待していない。
とりあえず入り口だけでも開けておくか、といった体。
そこを覗いていくと、普段は見ない特色料理がたくさんだった。
四川は竹のふるさと。
宜賓もまた、竹の都市。
その中で蜀南竹海は、その名のとおり、竹の海。
豊富な筍料理に、竹筒を使ったご飯に豆腐、笹でくるんだもの、それに竹虫なんてものもある。これはしっかり虫の形をしていたので、なんとも気になる。どうやら竹の中で育つ幼虫のようだ。

ベランダに戻ると、フーさんがひとりで野菜を一生懸命切っていた。
ジャオユーさんはどこに行ったんだろうと思っていると、しばらくして羊を煮込んだスープを持って上がってきた。どうやら下の厨房を借りていたようだ。
食欲を誘う羊と生姜の香りが鼻をくすぐった。
「あ!なんでこんなに細かく切るんだ!ああもう!」
ジャオユーさんはフーさんがせっかく切ったたくさんの野菜を見て大きなため息をついた。
「火鍋に入れる野菜っていうのはこんなに細かくしたらダメなんだ!」
もう理解できない、というような失望した表情をする。
フーさんは「そうなのか?まあいいじゃないか」と楽観的。
「大丈夫だよ、ジャオユーさんは私にもいつも同じこというから」
慰めにもなっていないような慰めを言う。

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大好きな羊スープだったが、四川火鍋の素が投入された。
ちなみに左下にあるのは豌豆尖。
こちらではどのお店にも必ずあるおなじみの菜っ葉だ。豌豆といえば、重慶小麺の上に乗っかっているおいしいかりかりの豆。実はあの豆の葉っぱこそおいしいのだという。出会えるのは秋から冬のみで、春節が終わるころには食べれなくなるそう。

こうして準備は整った。
足の指はすでに感覚を失っている。

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投入したのは数々の野菜に、多分私が好きなのを知っていてわざわざ持ってきてくれたウズラの卵。それから四川火鍋に必須の血旺に耗儿鱼。

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白酒の乾杯を重ね、食欲は止まらない。
久し振りに食べるおいしい火鍋だった。
おしゃべりにも花が咲き、まるであの魔の6月が嘘みたいだった。
友達もできないという結論を出したわけは、単に自分の気持ち云々だけではなく、あの時2、3カ月の彼を見て「友達としても好きになれない」と結論したからだった。恋人ができないから友達、私にはそういう感覚がない。友達をやるにしても、友達としての「好き」という感覚や尊敬する感覚がないと、友達だと思えない。あの時、そういう訳で、私は彼から離れた。
しかし今になり、昨日今日の彼を見ると、昔を思い出すようで。
人として好きだったり尊敬したり、そんな気持ちを思い出したようだった。
もちろんそんな彼の態度は、恋愛関係が完全に解消されたからこそできるものだろう。
6月にはありえないものだっただろう。
大学の教師間にある少し冷めた人間関係や笑顔の裏にあるマウンティング、そんなのに少し嫌気が差し始めた時だったから、こうした中国人の‟熱情”がとても久し振りのようで、そこに癒されたというのもある。
フーさんとの親友関係を眺め、自分に友好的な感情に感動し、やっぱりこういう存在は有難いものだと改めて思った。白酒を飲みはしゃぎながら、ずっとそんなふうに考えた。
やっぱり私は彼のことが好きなのかもしれない。
でも“同志”というのは求めて得られるものではないのだ。
彼に恋人ができ結婚し、その時を想像して、まだ祝福できない確信がある。
けれども、いずれはそんなふうになれればそれが一番だ。

私のそんな思考をよそに、ジャオユーさんはかなりご機嫌だった。
スマホを、火鍋に食らいついている私に向け、「日本からきたマーヨーズ、火鍋を食べています」なんてナレーションまで入れている。
彼は別に、家に帰り私の動画を見たいわけではない。
フーさんと動画撮りの話題で盛り上がったのが昨晩で、私のおもしろ動画を撮影しネットにアップするんだと話していたのだ。
ネットにアップしたところで、私の姿など見て楽しい人など誰もいないだろう。しかし、彼の中にはおもしろいシナリオが色々あるようだ。
「マーヨーズ、そんな老人みたいな服装じゃダメだ。それからハイヒールを履くんだ」
付き合っている頃と真逆のことを言う。
老人っていうけど、言っておくけど私なりのおしゃれはしているんですけど。

火鍋を食べて、寒いどころか暑くなった。
持ってきた白酒も空き、続けてビールを飲んだ。
もうすぐ18時という時間になり、私たちは簡単に片づけをして、周辺を散策しに出てみた。

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歩いてすぐのところには、小さな湖、というより池だろうかーがあった。
私とジャオユーさんはビールを手に持ち交替で飲み、フーさんはだいぶ前からプーアール茶に転向しそれを持って出た。

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オフシーズンで閉鎖された船乗り場に茶館。
こうしてみると、この時期にこちらに来る人がほとんどいないわけがわかる。
次回は季節を変えてまた、来てみたい。

山荘に戻りすでに夜を迎えた。ジャオユーさんは私を連れてドライブに出るといい、車に乗り込んだ。フーさんは部屋で仮眠をとるのだという。

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灯り一つない真っ暗な山道。
「動物いるかな?」
真夜中に山中をドライブしていると、兎やら鹿やら狸やらが出てきて楽しいものだ。
「間違いなくいる」
けれども結局、動物に遭遇することはなかった。
こうしたドライブが好きな私はもっとたくさんドライブをしてくれることを期待したが、入り込んだ道が二度目に行き止まりだったのをきっかけに、「もう帰ろう」となってしまった。
白酒を数杯飲んだくらいでは私たちは酔っ払わない。
しかし部屋に戻ってみるとジャオユーさんは速攻でベッドに入り肘枕をしたままいびきをかき始めてしまった。
明日は授業があるため、お昼には学校に戻らないといけない。
半年ぶりに楽しく過ごせたのだ。
女友達で久しぶりに会えば、寝る前はおしゃべりタイム。近況など話は尽きない。
それなのに横を見れば、まあるい背中。
今夜もシャワーを浴びる気はないようで、それどころか着替えるつもりもなく、一昨日の服を結局一度も脱ぐことなくそのまま寝ている。
ベージュのチェック柄の起毛シャツ。
悩み悩みあれを買ったとき、今の状況をまったく想像していなかった。
「物に罪はない」日本にはそういう言葉があるよと彼に伝えた時、彼は意味を理解しなかった。
確かに罪はない。誰にも罪はない。
彼は女心を理解しないというか、マーヨーズ心を理解しない人で、それを言うなら私もまたそうだけれど、でも久し振りの再会にこのシャツを選んで着てくれたのは彼の好意だったと信じている。
恋人ができないなら友達をやりたい、時々それは「あなたばかりいいとこ取り」なんて思うけれど、でも、この半年のやり取りを思い返してみると彼の‟友達申請”はなかなか粘り強かった。それはまた、とてもとてもありがたいことではないだろうか。
一生のうちにいったい何人の「親友」と出会えるだろう。
親友もまた、恋人と同じように、‟両想い”でなければ成立しない。
特に、信用できる人をきちんと見分けなければ悲惨な目に遭うこの中国で。
身近にこういった存在があることはとても貴重なことでもある。
「俺はマーヨーズの元彼であって今彼じゃない、そうだろう?」
最高の笑顔で突然そんなことを言いだした先ほどの彼を思い出した。
まあるい背中。
やっぱり憎めないから私の負けだ。勝ち負けじゃないなんて言うけれど、やっぱり私の負けだと思った。
極寒の部屋。
けれどもベッドは電気カーペットが効き暖かい。
温まりながら白い息を吐く。
私はひとりスマホをいじり、ひとりビールを飲み、1時2時、「早く寝なさい」隣のベッドから声がかかり、明かりを消した。
いつのまにかいびきもなくなり、静かな静かな夜だった。

〈記 12月11日 宜賓にて〉

⇒宜賓散歩~冬のはじまり④~ へ続く

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2019-12-18

宜賓散歩~冬のはじまり④~

2019年12月1日、言い古されたようなセリフだけれど、一年が過ぎるのは本当に早い。今年ももう残り一カ月を残すだけとなってしまった。
蜀南竹海の山荘で12月を迎え、今学期ももうあとわずか。

朝かなり早い時間だった。
ジャオユーさんはまだ暗いうちに起きだし、「マーヨーズ、何やってるんだ、早く起きろ。今日は忙しいんだ」と私を起こした。
彼はいい気なもので、昨夜は20時にはいびきをかきはじめた。とうぜん起きるのも早い。
「もういい、忙しいんだ。朝ごはんの支度してくるから早く準備するんだぞ」
彼は私を放ってフーさんの部屋へ行った。

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化粧をしてフーさんの部屋に行ってみると、もう準備ができていた。
一目で、フーさんではなくジャオユーさんが準備したものだとわかる几帳面さ。
「見ろ!“很漂亮な(美しい)”野菜たちだ」

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山の中、寒い中で食べるインスタントラーメンはどうしてこうもおいしいのだろう。
男二人いて、ぐずぐずしていると麺がなくなるので負けじと箸をのばした。
準備なりなんなり、日本では積極的にそれをやる女性が‟女らしい”と好印象を得る。
中国でも、やっぱりやらない女性よりはやる女性の方が、それは男女というより人として良い印象を得るだろう。
でも悲しいかな、私はあまりやらない。
一応「何かやろうか?」と声はかけるものの、どうせ難しい任務は与えられないだろうとわかったうえでのずるい打算だ。
しかし仕方ないのだ。フーさんと二人で片づけをしたすべてのもの。
ジャオユーさんが階下から戻りそれを一目見て、それをすべて、やり直し始めた。
「これは持っていかない」「これはこうして入れればもっとたくさん物が入るだろう」ぶつぶつ呟いている。
私とフーさんは黙って、それに従う。

今日はここ蜀南竹海をお昼前に出発して大学まで送ってもらう。
出発する前に、周辺を観光して帰ることになった。

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竹の海というだけあり、一面、背の高い竹。
この竹の海を進み、天保洞というルートを進んでいくことになった。
看板には、「上も下も断崖絶壁」と書かれている。
高所恐怖症の私でも大丈夫だろうか。

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三人とも自分のペースで下っていく。

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どんどん下り、やがて現れたのは岩壁がせまるような道。
収納スペースのように水平に入った溝は天然のものだ。
こんなところに遊歩道を作るのもたいへんなことだっただろうと思う。

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“下界”は真っ白い雲だか霧だかに覆われ、いったいどれだけ高いのかもよくわからない。
仙人の世界だ。
凡人の私にはそんな安っぽい表現しか思い浮かばない。

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私たちが進むのはこのような道。
古くからあったルートのようで、ところどころで岩壁に文字が彫られている。
こうした断崖絶壁の道は中国ならではだ。
そして剥き出しになった赤みを帯びた岩石は宜賓ならでは。私のマンション付近の山も赤みを帯びている。

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下界が雲に覆われているのではなくて、今私たちもまた、雲の中にいるんだ。
雲だか霧だかはまるで生き物のように動き変化していく。
先ほどまで見えていた山肌はいつのまにかどこかに消え去り、その代わり別の岩肌の存在を知った。

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三人は会話をすることもなく、黙って写真を撮った。
私好みの距離感である。
おしゃべりしながら旅をするのは楽しいが、黙るところでは黙らないと、何を見たんだかなにも記憶に残らない場合も少なくない。

写真では伝わらないが、かなりの高度感である。
高所恐怖症の私は恐る恐るスマホを向けるが、やっぱり来ると思った。
ジャオユーさんが私を突き落とそうとしてきたのだ。
本気で怒った私をフーさんが笑って見ている。
二人も一度、高所恐怖症になってみればいいのだ。

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中国おそるべし。
いや、本当におそるべきなのは、このような神業がこの広大な中国の各地にあまたあることである。
時代が異なれば人も異なり、そこにある文化なども異なる。
それなのに、おそるべき断崖に文字が彫刻されたり、寺院が建てられたり、桟道が作られたり、そんなのをやろうという発想が各地あまたに存在したというのが驚きだ。
必要に迫られた桟道などならまだしも、「何もここでなくても」なんて思うようなあれこれ。「難しそうだからやめておこう」という考えにはならなかったのか。
けれどもそんなことを考えて、そうとも限らないなと思い出した。
「命じられたら断れない」
そういう一面もあっただろう。
偉い人がこの文字を彫りました。その言葉はイコール、この文字を民に彫らせました。
「中国すごいな~!」そんな私たちの感動とため息と驚きの向こうには、いったいどれだけの犠牲や苦労があったことだろう。

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この竹海は、陽光にまぶしく透かされた竹の美しさが有名なのだという。
しかし水墨画に見るような、こうした真っ白な世界に際立つ深い深い黒に近い緑、これこそ一見の価値とはいえないだろうか。

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ついつい背を丸めて歩く。

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突然、霧が晴れた。
海抜を表した地図のように段々をつくる棚田。
朝日や夕日に照らされた姿を想像した。
農家がぽつりぽつり。

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歩いていくと、トイレに行きたくなった。
二人が先に進んでしまったので、急いでトイレを借りて追いつこうと声をかけずにここに立ち寄った。
おばちゃんに断り中に入ると、ここの食堂の壁は剥き出しになった岩壁だった。まさしく、山肌に張り付いた食堂。
用を済ませ店を出ると、ジャオユーさんがしかめつらをして待っていた。ぎろりとこちらを睨む。
「マーヨーズ!」
「ごめん、ごめん」
そう言いながらサトウキビジュースに引き寄せられると、「ダメだ!」

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小さな小さな滝の後ろを通る。
事件はここで起こった。
地球が一回転したかと思った。ぐるりと世界が回ったかと思うと、激しい痛みが足と腰と右手を襲った。
一瞬なにが起きたかわからず、数秒後、自分がすべって転んだことを知った。
宜賓へ来る前に買ったコートも靴も、泥だらけ。
無意識についた手はひりひりする。
泣きたい気持ち。
ジャオユーさんは手を差し伸べながらも、「なんでこっち側を歩くんだ!あっちの歩道を歩くべきだ!」と引き続き怒りモード。
手にしていたiPhoneを見ると、画面一面に蜘蛛の巣のようなヒビが入っている。
このiPhoneを購入したとき保護シートを貼ってもらったが、これがダメダメだった。以前のエクスペリアだったら落としても無事だったものが、軽く転がした程度でヒビが入り、そんなレベルなので、すでにたくさんのヒビが入ってしまっていた。
でも今回のは致命的だった。交通事故を起こしたフロントガラス状態。
「あ…」
呆然としていると、「大丈夫、保護シートが割れただけ、中身は大丈夫だ」ジャオユーさんはそういいながらシートをバリバリ剥がした。
するとシートの下に現れたスマホ画面本体は、やっぱり同様に蜘蛛の巣だった。「役に立たない保護シートめ」心の中でつぶやくも、気持ちはどんどんしぼんでいく。
ジャオユーさんは、中国はこうした修理が安いから大丈夫だという。しかしその分修理の質が悪かったり信用できないところもあるから、店を選びなさいという。
後日談:結局後日、彼は友達を介して宜賓市街地のお店を紹介してくれた。
友達の友達なのでとても丁寧に対応してもらえ、サービスまでしてくれた。その場で手早く修理してくれ、私が欲しいといったカバーと保護シートまでつけてくれて、80元。
日本でのように初期化されることもなく、しかも目の前で解体してくれるので部品盗難などの心配もない。助かった。

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しかしこの時はまだスマホはひび割れた状態なので、心しぼんだまま歩く。
途中で小さな川が流れ、また意地悪のように高さのある飛び石が橋になっていた。そういえば、スーパーマリオでも私かならずキノコから落ちていたなぁ、なんて考えるべきではないことをここで思い出す。
私はまたへっぴり腰になりながら時間をかけてそれを渡った。
「マーヨーズ、動画を撮るの忘れた。もう一度向こうに行ってやり直して」
鬼の命令が下る。

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こんなふうにして、ぐるりと回り、気が付けばもとの山荘に戻ってきていた。
ここから車に乗りナビをスタートさせると、大学まで所要二時間の表示。
ぎりぎりの到着になりそうだ。
と同時に、突然寂しさが込み上げてきた。
フーさんはまた優しくて、「後部座席で物思いにふけりたいから」と私を助手席に座らせてくれた。物思いにと言いながらも三人でおしゃべりしながら戻ったから、きっと気を遣ってくれたのだと思う。

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様々な話をしながら戻ったけれど、なんだか不思議な気分だった。
「今後マーヨーズと二人で旅行する時に、この車だったらテントをのせたりここで寝たりできる」
ジャオユーさんが振り返ってフーさんにそう言った。
「マーヨーズ、春節に日本に行くことにした。車を用意しておくように」
寂しい気持ちが湧いてきた私の心中などまったく知る由もなし。
ジャオユーさんは私への友達申請が許可されてご機嫌な様子だ。たしかに、彼にとって今の関係は一番理想的に違いなかった。彼氏彼女だとケンカするけど、友達だと仲良くできる。
でも、私、ジャオユーさんの彼女と三人でご飯食べたりする自信はない。やっぱり私の中ではまだ友達になりきれていないよな。そんな苦悩をあれこれ巡らせながら、やがて市内に。
そしてとうとう、大学に到着してしまった。
大学の敷地内まで入り、私の授業する教室まで荷物を運んでくれた。
変な感じ。
いつも授業している教室にジャオユーさんがいる。
彼は、「マーヨーズ、時間がある時には成都に会いにおいで」今日もう何回目だったろう。最後にまた一言そう言い残して、去っていった。
もし会う気があるなら、ジャオユーさんが宜賓においでよ。
本当であれば、楽しい三日間により充電されていなければならない。
しかし一度充電されたはずの私のバッテリーは、急に放電し切れそうだ。
今日は6コマ授業がある。
夜まであるからこんなんではダメなのに。
しかし授業は少し元気ないものになってしまった。

それから数日、どんより寂しい気分が続いた。
不思議なもので、状況がまったく変わらなくても、気持ちひとつで見える景色がまったく変わってしまう。
宜賓へ来てから一人の寂しさを感じることがなかった三カ月。
それなのに、家にいても、道を歩いていても、座っていても、寂しい。
楽しさの後の寂しさ。
それかもしれないし、一度はジャオユーさんを吹っ切ったつもりが、気持ちが戻ってしまったのかもしれない。
やっぱり、一人は寂しい。
楽しさや苦しさ、それからタンスの角に小指をぶつけた、なんてどうでもいいくだらないことを話したり共感し合ったりできる人がほしい。
じゃあ探せば?といっても、誰でもいいわけではない。
しかしやっぱり以前とは状況が異なるようだ。
一週間は少し寂しかったけれども、一週間後はほぼ全開した。
ところがそんな時、「次の週末、成都へおいでよ」とジャオユーさんからお誘いがかかった。
ちょうど大学の女性教員間のあれこれ(女って怖い)に気が滅入っていた時だったこともあり、気晴らしに成都に遊びに行くことにした。
最近は授業外の時間は少し遠出してカフェに行き仕事をしたり旅行記を書いたりしている。
同じ仕事をするにしても、成都のカフェで気分を変えたい。
「火鍋を食べよう。そして白酒を飲もう」
先ほどジャオユーさんから連絡が入ったばかり。
禁酒はもうとうに無効になっているようだ。
日曜には授業があるから朝一で宜賓に帰らなければいけないけれど、限られた時間で楽しんで来よう。
やっぱり彼には感謝しなければならない。
蜀南竹海からの帰路、「白糕気に入った、帰りに買って帰ろうか」なんてつぶやいていたから、お土産に持っていこうか。
そんなことを考えながら荷造りをしている、あの三人で小旅行した三日間からおよそ10日後、成都への出発前夜の今である。

〈記 12月11日 宜賓にて〉

⇒ あとがき ~成都へ~  へ続く

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2019-12-18

あとがき ~成都へ~

2019年12月12日から日曜日の15日まで、成都に滞在した。
もとより滞在記は書かないつもりだったので、写真もほとんど撮っていないし、それに書くほどのことも何もない。
けれども先日の宜賓小旅行がきっかけで久しぶりにジャオユーさんと成都で過ごすことになり、少ない写真だけでも並べてみようか、とただ並べてみただけの無意味なページである。

「マーヨーズ、動画撮影の計画があるから成都へ来るんだ」
そんな連絡が入ったのは11月末の小旅行から一週間後のことだった。
結局動画撮影はしない、ただ遊びにおいでとなった、もう年の暮れに差し迫った週末だった。

初日はジャオユーさんに高鉄駅まで迎えに来てもらい、仕事が終わるまで彼の家で待った。
久し振りの彼のマンションは、6月7月のあの時からもう二度と訪れないはずだったから、なんとも妙な感覚で少し緊張した。
女性の痕跡を見つけないために、極力きょろきょろしないように気を付ける自分に気づき、これだけ長く引きずっている現状にあきれる。
マンションの周囲はお店が少し入れ替わっていて、たしかに時間が経過していることを実感した。
何度か一緒に食べた火鍋屋さんは、なにか新しいお店がオープンしたばかりのようで、花が飾られていた。

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夜ジャオユーさんと二人で行ったのは、何度も食べた屋外烤魚店の隣の串串香だった。

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持ってきてくれた白酒ボトルの中身は、彼の友達の家で作られた手作りの白酒。なかなかの度数があり、二人で「きっつ!」と顔をしかめた。
彼は宜賓から戻ってからお酒を飲んでおらず、今回は「私に付き合って」飲むのだという。どうやら、禁酒を完全に忘れていたわけではないらしい。
この晩は楽しくてお酒もすすみ、けっこう酔っ払った。
8月末に中国へ越してから初めての酔っ払いだったかもしれない。
ジャオユーさんは私の動画を撮り、写真も何枚も撮った。
「マーヨーズが俺と同じ気持ちなら、今とても幸せなはずだ」
そう話す彼は罪なひとだ。
私はたしかにとても幸せだったけれど、幸せと悲しみは紙一重。
「三年後、もし二人とも結婚していなかったら、一緒にいよう」
ジャオユーさんはまたまた昨年の12月と同じことを言った。
あの時は「四年後」だったけれど、あれから一年たったから「三年後」というわけだ。
彼の言葉を聞いて、私たちの矛盾関係がもうこれだけの長い時間続いてきたことを知った。
「俺は結婚もしないだろうし新しい彼女も作らないだろう」
そういい続けて、「但是(でも)!」
私は思わずそれにかぶせて、「三年も私が彼氏作らないと思ってるの?」
そう答え、いまだに「但是」のあとにどんな言葉が続いていたのか知らないまま。

串串香はいまいちだったようで、彼は落花生を買ってきてそれを食べ、最後にその袋を道端に放り投げた。
「一番いやなのは、中国人はゴミをポイ捨てすることだ!」
かんかんに怒りながらそうまくしたてる彼に、「でも今、ジャオユーさんゴミを捨てたよ」
私は思わず突っ込んだ。
「俺が捨てるのは果物の皮とか動物が食べれるゴミだからいいんだ!」
「でも、あれはプラスチックの袋だよ。動物は食べれないよ」
私が呆れてそう返すと、「うるさい!」
そう言いながらも、どこか恥ずかしそうな顔。
帰り道には、頭部に大怪我をしたおじいさんを見つけ、私たちは救急車を呼んだ。
犬の散歩をしながら自転車をこいでいたら、転んで杭に頭をぶつけてしまったようで、ひどい怪我だった。犬はリードを引きずったままうろうろし、おじいさんの傍で困っている。いくらタオルやティッシュを重ねてもすぐにびしょびしょになってしまう出血だったが、幸いなことに意識はあった。
成都という大都会、大きな病院が付近にはたくさんある。それなのに救急車のあまりの遅さ、それから到着してからも特別な措置をせず、おじいさんは自力で乗車し、さらにその後も特になにもされる様子はなく、出発も遅かった。
私がそれを言うと、「意識があるからきっと問題はないと判断したんだ」
日本と中国の違いだろうか。
そんなことを考えていると、「今日はいろんなことがあったな」ジャオユーさんのひとりごと。

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マンションに戻り、引き続き白酒を飲んだ。
かつて私が「さよなら」をしたパンダを、ジャオユーさんが写真に撮る。
11時になり明日出勤するジャオユーさんは先に眠り、私も0時頃には眠った。
大きなガラス張りになった窓にくっつけて置かれたベッドは、以前もうひとつの寝室にあったものをここに移動したものだ。ベッドにいながらすぐそばに成都の街並みを眺めることができ、開放感は満点だ。個室ではなく、彼の寝室のすぐ外、ドアの横に置かれていて、位置としては奇妙かもしれない。友達が泊まりに来てもこのようなおかしな位置では眠らず、そういった場合はソファーで眠るのだという。
私がいつも旅先で、カーテンを全開にし夜景を眺めながら眠ることを彼は知っている。もしかしたら私が独り寝しても寂しくないようにこのようにしてくれたのかも知れないし、ただ単に寝室を空けたかっただけなのかも知れない。いずれにしても、彼からウェルカムを受けている以上、今後は私専用のベッドになりそうだ。
夜中に何度も目が覚め、するといつも、少しドアの開いた寝室からはスマホの音声が聞こえてきた。お酒をたくさん飲んだ日は、いつもこう。
翌朝のだるさといったらたまらない。


二日目、朝起きるとジャオユーさんがかんかんに怒っている。
「マーヨーズ!これは子どものすることだ!」
見てみると、二つのマグカップにオレンジのゴムボールが見事にすっぽりとはまっている。
この二つのゴムボールは、ジャオユーさんが大道芸を練習してみようと思い買ったものらしいが、昨晩は二人でこのボールで遊んだその記憶はある。
その記憶はあるが、どうやら私はそのあと、このボールをマグカップにはめたらしい。しかも二つとも。
「自分でなんとかしなさい」
そう命じられたものの、完全にすっぽりはまったボールはびくともしない。
バターナイフをカップとボールの隙間に差し込んで解体に成功した私は、ようやくジャオユーさんに許してもらい、彼は安心して出勤していった。

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そしてお昼にはマンションに戻ってきてくれて、なんと限られた時間で羊鍋を作ってくれた。
私が大好きな大好きな彼の羊鍋、中国のどこを探してもこれ以上おいしいものを見つけることができない。
煮込むのに時間がかかるので出かける前に火をかけ、「10時に火を止めるように」と任務を預かった。

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羊鍋を食べ終わり私たちは一緒に出発した。
彼はもともと管理職にいたが、ちょうど一昨日に昇進したばかりで‟ちょっと偉い人”になったそうだ。
私の知らないところで知らない道を進み、変わっていく。それは友達だからあたりまえ。
お互い様だけれど。
一緒にバスに乗り、職場へ向かうことになった。
「バスが無料だからバスに乗っていこう」という。
「さすが‟偉い人”だね、バスも無料になるんだね」
私がそう言うと、「バス会社の社長じゃあるまいし、そんなことあるわけないじゃないか。しかももし偉い人ならそもそもバスなんかならない。車がつくだろうに」
本当のところは、今日は空気が悪いために市内の公共バスが無料、そういう政策なのだという。
大気汚染防止に交通を規制しているのは周知のことだが、その代わりバスに乗りましょう、ということらしい。
結果バスはぎゅうぎゅう詰めで、「何かが間違っているよ」私はつぶやいた。
この日、空気はたしかに悪く、林立するはずのビルたちは霞の向こうだった。

職場に向かうかと思えば、入ったのは歯医者さん。
ジャオユーさんは以前にバイク事故で歯をたくさんダメにしてしまい、その後遺症のようなものでまだ少し歯が悪いらしい。

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こうやって入室し覗かせてもらえるのも中国ならでは。
「見てもいいよ」
お医者さんと看護師さんも勧めてくれた。
悪い歯はたしかにたくさんあり、二本ぐらいは抜いた。
歯を引き抜くとき、「うわ!痛い!」
思わず叫んだら、「マーヨーズ、医者に影響を与えるなよ」と注意が入った。
「ジャオユーさん歯の色が汚いからクリーニングもしてもらった方がいいよ」
私が口をはさむと、「歯の色にはこだわってないから必要ない」とにやり。
歯ならびの悪い、ちょっと濁った色をしている八重歯が覗き、たしかに彼には真珠のような歯は似合わないなと納得した。
ここの歯医者さんは医者がよくて、でもその分価格が高いのだという。
「でも日本の方が高いんじゃない?」
それでも受付の女性はそう言い、私もきっとそうだなと思った。

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この後ジャオユーさんは出勤し、私は電視塔下のスターバックスでPC作業をすることにした。

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宜賓でよく利用するハロー出行のレンタル自転車。
成都にも大量にあるのでこれに乗っていこう、と鍵解除のQRコードをスキャンすると、そこでこれらがみな電動自転車ではなくただの自転車であることに気づいた。
そういえば、宜賓では電動だけど成都のはまだ自転車だとどこかで耳にしたことがあった。
電動自転車のスピード感がなく、のろのろと走らせながら電視塔へ。
そこで二三時間ほど過ごした落ち着いた時間。

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夜はバイクを走らせて、前にも来たことがある火鍋店へ。
「辛いのもお酒もダメなんじゃない?」というも、
「問題ない」という。

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またまた白酒とビールを飲みながら。
「マーヨーズ、2月の後半に十日間日本へ行く」
だから私の中国への帰国便を教えろという。
私は2月のおよそ一カ月間帰省しようと考えているが、ジャオユーさんはそれに合わせて日本へ行き一緒に中国へ帰国しようという。
実現するのか半信半疑になるもなかなか本気のようで、この晩は旅の話で盛り上がった。
「焼き鳥とサーモンを食べるんだ。それからヤマハ博物館へ行くんだ」
相変わらず同じことを言っている。
ヤマハ博物館なんて聞いたこともないが、「きっとあるに違いない」と繰り返す。
8月にも一度お誘いがかかり「ガイド費を払うから付き合ってくれ」と言われたが断った。
今度は実現するのかどうか、さっそく旅行会社に問い合わせをかけている。
私は愛車を処分してこちらへ来たから、十日間車をレンタルすることになる。
「マーヨーズ、今ちゃんと調べるんだ」
気が付けば私も乗り気になっていた。
「クリスマスも成都へおいで」そう誘う。
クリスマスはテスト真っただ中で、しかし26日に最後のテストが終了するので採点作業を急いでし、その後に成都へ行き年越しすることになった。
また、1月の一人旅が終わったら20日頃に帰っておいでと言う。
20日から春節休暇が始まるので、一緒に遊びに行こうと言う。
そうして2月の日本旅行に帰国。
なんだか彼氏彼女みたいに一緒にいるじゃない。
そんなふうに思っていると。
「マーヨーズ、俺たちはいい友達で今は面倒な恋愛関係じゃない」
ジャオユーさんは満足気ににこにこしながら話す。
「だからこれからも遠慮しないで家を好きに使うといい」
そう言う。
「友達はたくさんいるけど、自由に家を使っていいのは‟フーさん”とマーヨーズ、この二人だけだ」
つまり、マーヨーズの地位はとても高いんだ。
そんなことを言う。
そうか、地位が高いんだ。
なんだか嬉しいような悲しいような、それでもとりあえず笑っておいた、この日の晩だった。


朝起きて、この日は土曜日だった。
明日は午後一から授業があるため、朝早くマンションを出発し宜賓へ戻る。
この日はジャオユーさんもお休みだから、彼の友達を呼んで一緒に食事をすることになっていた。

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朝ごはんとしてジャオユーさんが作ってくれたのは、羊だしの新疆風味の麺。
これを食べているとチャイムが鳴り、グーリーがやってきた。
グーリーはウイグル族の若い女の子で成都に暮らしている。
彼女とジャオユーさんの家族は新疆に暮らしていたころからの付き合いで、私は彼と出会った最初に彼女のことを聞いていたが会ったことはなかった。
グーリーとはウイグル語で美女を指す。ウイグル族には名前にこの文字が入った女性が多い。
私よりも10若い彼女は名前の通りとてもきれいで、今年の9月に結婚したばかりだそうで、彼女の左手にはキラキラしたきれいな指輪がはまっていた。

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私はグーリーに食べていた麺を分けて、そのあと三人で出かけることになった。夜はジャオユーさんの親友であり成都郊外に暮らす台湾人の友達も加わり四人で食事をする模様。
先日のフ―さんもそう、グーリーも台湾の先生も、ジャオユーさんにとって特に大切な人たちと、お付き合いしている時には会う機会を得ず、完全な友達関係になってからこうして会う機会を持つのは嬉しくもあり複雑な気持ちでもあった。
実を言うと出会った当初から、「彼ら三人を紹介したい」とジャオユーさんは話していたが、「いろんな人と会ってばかりで気疲れする」と断っていたのは私本人だった。

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向かったのは成都の一番の繁華街、春熙路にある太古里。
ここは古い建物を利用し高級ブランド店やレストランが集まるエリアで、以前にも軽く来たことがあった。
しかし、三人とも高級ブランドには興味がないし、お金もない。
「マーヨーズ、ここで俺にプレゼントを買うのもいいぞ。時計がおすすめだ」
そう振ってくるので、「お金をくれたらいつでも買ってあげるよ」と返すと大きなため息が聞こえた。
お店に入ることもなく、ぶらぶらと歩き、「用がないね」と終了してしまった。

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そうして太古里をあとにしようとして最後に覗いたのは寺院。
中は現代版の寺院で、古いのは外側の建築だけのよう。
真っ黄色の落ち葉を前に異様な存在感を放っているのは、巨大な坊主像。
まるでギャグである。
お堂の内部では真面目な仏教活動が行われていたから、またこの対比がギャグのようだ。
これもまたもしかして、たくさんの人にお寺を覗いてもらい仏教に親しんでもらおうというような真剣な試みだったとしたら、私の感想はたいへん失礼なことになるけれども。でもやっぱりおかしい気もする。

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付近で鉢鉢鶏を食べ、散歩をし、たくさんのパンダグッズを見て駐車場に戻ってきた。
「三年後もし二人一緒になったら、マーヨーズ、成都で働いたっていい」
またつぶやく。
私を惑わせないでもらいたい。

このあと市場に寄り野菜を買いビールを買い、マンションで夕食の準備にとりかかった。もちろんそれをするのはジャオユーさんである。
彼はまた羊鍋を作り、おかずを作った。
彼は私に大根の薄切りをするところを見せるのが好きで、その作業に取り掛かる時には必ず私を呼ぶ。
「マーヨーズ、よく見るんだ。すごいだろう」
すごいとは思うが、もう何回も何回も見たことがあるので私もたまにはやりたい。そう訴えるも却下。

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こうして台湾のリーさんがやってきて、四人の食事会が始まった。
グーリーの旦那さんは台湾人で、このリーさんが紹介したものらしい。
漢族のジャオユーさん、ウイグル族のグーリー、台湾人のリーさん、日本人の私、多彩なメンバーだ。
リーさんはとても気さくで人が良く、しかしどうにも言葉が聞き取れず困った。私の中国語能力はヒアリング能力以前の問題があるが、それにしても聞き取れず、「台湾訛り」とジャオユーさんはフォローしてくれたがそうなのだろうか。
「中国語いけるね」
そう私にお世辞を言ってくれたリーさんに対し、「ケンカすると中国語ぜんぜん話せなくなるんだ」と笑うジャオユーさん。ケンカの過去ももう昔のことになった。
白酒はグーリーを除いた三人で乾杯をしたが、今思い返してみると彼女は飲み物がなくて羊スープで乾杯していた。お茶でも用意するべきだったと後悔している。
ここでも話題の中心は日本旅行の話だった。
ジャオユーさんは、観光地ではない日本の伝統的な農村や古鎮が見たいと繰り返す。
観光地だけどおすすめは白川郷だよ、と写真を見せると大興奮。
グーリーやリーさんも身を乗り出す。
また、和服を着たいのだという。
「マーヨーズ、男物の和服を見せてくれ」
というのでネットで検索してみせると、「これを買う」という。
そんな彼の様子を見て、やっぱりどうも憎めないのだった。

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羊鍋会は盛り上がり、その後二人を地下鉄駅まで見送った。
帰り道、ジャオユーさんが道端でトイレするというので、「日本では、‟兄弟”は並んでトイレしながら友情を深めるんだよ」と、酔っ払った私は並んで野トイレをする振りをした。
あくまで振りである。野外トイレは平気だが、いくら酔っ払った私でも都市部ではやらない。
「マーヨーズ、ダメだ!」大慌て。
ふと見上げると、静かな住宅街に立ち並ぶマンションがあった。
橋の上で立ち止まり今度は見下ろし、水面にゆらめくマンションの灯りを眺める。
右手には病院があり、たくさんの灯りがともっていた。
「こうした生活の夜景が好き」
私がそういうと、「前にマーヨーズが話していたこと、その通りだと思っている」彼はいった。
こうした街の灯りはすべて一人ひとり異なる人生をあらわしているようで、まるでいま彼らの人生そのものを眺めているみたいだ。
「見て、あっちのマンションの灯りはみんな色が違うのに、こっちの病院の灯りはぜんぶ同じ色をしているよ」
それはきっと、人の人生も生き方もみんな違うけれど、生命の重さはみんな平等だからなんだね。
単に、病院で共通の蛍光灯を使っているだけである。
しかし酔いがまわった私はポエムモードになり、どうやら感動しているようだ。しかもジャオユーさんまで同調している。
「あの灯りは、24時間やすまることなく繰り返される生命の戦いや、たくさんの苦しみ悲しみ、それから喜びそのものだよ」
私がそういうと、ジャオユーさんは頷いた。

いい気分になった私たちは道端で売られていた蜜柑を買い、セブンイレブンでお酒を買い、マンションに戻った。
私たちは、私が解体に成功したオレンジのボールを投げ合い遊んだ。
ジャオユーさんはまた、片手で二つのボールをほいほいと投げて回した。
簡単そうに見えて意外に難しい。
私は両手ならできるが、片手はとてもできなかった。
いつから始めたの?と訊くと、「一昨日から」だという。

やがてジャオユーさんは先に寝ると言い寝室に入った。
私はまだ飲むと伝え一人でしばらく飲んでいたが、やがてつまらなくなり夜景ベッドに移動した。
どうもいつも眺めていた見慣れた夜景と違うなと思っていると、向こうに見えるガソリンスタンドは新築しきれいになっていた。
こうしていろんなものが少しづつ少しづつ変化していく。
毎日見ているとなかなか気づかないけれど、少し見ないでいるとその変化はとても大きく、そして早く感じるものだ。
変化を恐れてはいけない。
きっときっと、‟美好な”未来が待っているのだから。
違う、そうではなくて、‟美好な”未来にするために、変わらなければならないんだ。そう思った。
きっとそれでも、変わるべきでないところはちゃんと残っていくはずだから。

翌日は6時に目が覚めた。
眠くて眠くて、たまらない。
高速鉄道に間に合わせるために8時には出発するが、ジャオユーさんは朝ごはんを作ってくれた。

「マーヨーズ、旅行が終わったら戻っておいで。妹も帰ってくるからお母さんと一緒に春節を迎えよう」
妹さんともいまだ会ったことがない。
私が、「実はもうジャオユーさんとは二度と会うつもりはなかったよ」
そういうと、「こっちもそうだったよ」そう彼は言った。
「中国だって、別れたらもう会わない」
でも、会ってもいいかなって思ったんだ。
「会いたかった」って言ってくれればいいのに。
けれども、私たちは‟兄弟”として新たな交友をスタートすることにした。
あとは時間をかけて私が完全な友情を築くことだ。
「これからは時間があったら成都へおいで、一緒に飲んだり食べたりしよう。時間がなかったらこっちが宜賓へ行くから。いいな?」
ジャオユーさんはそう言う。
親友だって、片思いじゃいけない。
だから友達だって得るのはそう思い通りにはいかない。
それを思えば、こんなに仲良くしてくれ大切に思ってくれる人というのは、やっぱりかけがえのない存在だ。

高鉄駅まで送ってもらったこの日、空気汚染によりジャオユーさんの車は規制対象だった。中国では車両はエコレベルで分けられ、ランドクルーズはレベル2でエコに悪いということで空気が悪い日には走行不可になるのだという。罰金覚悟で送ってくれたのである。
笑顔で見送ってくれ、渡してくれた袋にはバナナ、蜜柑、柿やリンゴがたくさん入っていた。
なんだかそれらの果物一つひとつが、いとおしくてならなかった。

〈記 12月18日 宜賓にて〉

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プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国四川省宜賓市にて生活を始めました。
旅行記に絞ったブログ、一つひとつは旅のあしあとです。

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