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2018-11-07

30日間成都滞在〈1日目〉

2018年9月25日、一カ月半ぶりの中国はまたの長期滞在。
行先は四川省、成都である。
今回はその成都に30日間滞在する。

人生で一番長期の旅行へ出掛けたのは、先々月のことだった。
会社を退職し時間がある私は、念願の中国ぐるり旅へと出掛けるべく6月30日に出発し、38日間の旅程を終え、8月6日に帰ってきたばかりだ。
北京を出発し、夜行列車を利用して時計回りに合肥、紹興、昆明、河口、成都、蘭州、ウルムチ、コルラ、ハミ、嘉峪関、酒泉、中衛、フフホト、エレンホト、長春、図們とまわり、北京に戻ってくる予定だった。
けれどもベトナム国境の河口でうっかりビザを失効させてしまった私は、成都でビザの再申請を行わなければならなくなり、三日だけ滞在する予定だった成都に十日もの日数を使うことになった。
そうして大幅な旅程変更を余儀なくされたのだった。
しかし旅の縁とは不思議なもので、この成都滞在は、旅程だけでなく私の人生のベクトルの方向をすっかり変えてしまった。

成都で出会ったのはジャオユーさんという一人の男性だった。
彼は私が中国でもっとも信頼する友人の友人で、成都通過にともなって連絡先を紹介してもらっていた。
そんな折にビザの再申請と成都滞在が必要になり、ジャオユーさんはそのすべてを面倒みてくれた。
彼はこの時たまたま一人旅に出かけようとしており、長期休暇をとっていた。
その時間を使い、私たちは二人で四川を旅行してまわり、お互いに対する理解を深めた。
私たちは出会ってすぐ、自然なながれで恋人になった。
こうして38日間旅行から帰国し、私たちは5000㎞の遠距離国際恋愛を始めることになった。

8月に帰国し私はすぐに9月25日発、10月25日帰国の成都行き往復航空券を手配した。
私の誕生日は10月で、誕生日を成都で迎えるためである。
会社を辞めて収入はないが、こんな状況だからこそ、このような長期滞在ができる。
仕事をしていたら国境を跨いだ遠距離恋愛はなかなか難しいだろう。
不思議な縁とタイミングだと思う。

購入した航空券は上海経由で、時間はかかるがなによりも格安だった。
なんと、往復3万5000円ほど。
東京―成都間には全日空の直行便が出ており、できればこれを利用したいが、今は出費を抑えたい。すぐにこの航空券に決めた。
この航空券、日程は31日間。
中国の観光ビザは30日と90日の二種類がある。
前回の38日間旅行の際にはこの90日ビザを申請し、かろうじで40日ビザとして下りた。90日ビザは審査が非常に厳しいということを聞いていたので、ひやひやした記憶が新しい。
そうしたことを受けて、今回のこの31日間の航空券は、90日ビザではなく30日ビザを申請するつもりで手配したものである。
どこかで、入国日は滞在日数に含まれないという話を聞いたことがあるような気がし、舞い上がっていた私は一日でも長く滞在しようと、確かめることもせずに購入してしまったのだった。

いよいよビザを申請するべく依頼。
中国のビザは代理店を通さないと申請できないので、前回と同じところに依頼をかけた。とても対応のよい代理店と担当者だったからだ。
依頼してみると、担当は前回と違い中国人の女性だった。
「入国日も滞在日数に含まれますので、30日ビザを申請することはできません」
なんてことだ。
今までなんども繰り返してきた自分の適当さ、バカさに、うんざりする。
なんで航空券を手配する前に確認しなかったんだ。
こうしてやむを得ず、申請が下りる可能性が低い90日ビザを、ふたたび申請することにした。

またさらに面倒が。
前回帰国の際に、羽田空港で帰国スタンプをもらえなかった。顔認証かなにかで、無人のゲートにて入国審査を通過したためである。
ところがビザ申請にあたり、前回の帰国スタンプがない人は、直接ビザセンターに出頭し窓口で身分証あわせて本人確認が必要とのこと。
代理店の担当者さんと約束をとり、東京虎ノ門にある中国ビザセンターまで足を運ぶことになった。

こうして8月末のある日、出頭し本人確認はできた。
90日ビザ申請の書類はすべて整い、それも担当者さんにより提出された。
ところが。
「現在、90日ビザは申請を受け付けていません」
窓口の女性はさらりと返答した。
え、このタイミングでそれ言われても。
どうやら5月に領事が代わり、ただでさえ厳しくなっていく中国ビザだが、とうとう30日を超す観光ビザを事実上廃止することになったもよう。
「え、この前は40日で下りたんですけど…」
そう言うと、「あれは非常に稀なケースでした。通常はああいうことはないです」とのこと。
そうだったんだ。
そんなビザを私はうっかり失効させてしまったのか。
とにかく私が購入した航空券はもう使えない。
「じゃあ、航空券取り直して、30日間にして30日ビザで申請します」
となると、用意してきたすべての書類を改めて準備し直さなければならない。
「その際はまた本人出頭が必要です」
じゃあ、今日の出頭はなんだったんだ…。
それは嫌だったのでもうここですべての手配をしてしまうことに。
申請書類等は横線で訂正で足りるとのことだったので、書類をすべて直し、その場で航空券を再手配した。
帰国日を一日早め10月24日帰国のフライトで探し、申請に必要な航空券のEチケットはその場で窓口のパソコンに転送させてもらい、対応してもらうことになった。
代理店の担当者さんもとても親切で、それも幸いした。

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こうして、すんなりとはいかなかったが、無事にふたたびビザが下りた。

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14時半に羽田を発ち、乗り継ぎをする上海の虹橋空港に到着したのは17時。
上海ではいつも浦東空港を利用するので、もしかしたらこの虹橋空港は初めてかもしれない。
少なくともここで入国するのは初めてかなと思う。
色んな空港の出入国スタンプが増えてくのも楽しく記念になる。

キャリーバックの車輪が二つ壊れてしまい、死にそうになりながら地下鉄で移動し、乗り継ぎ先である第二ターミナルへ到着したとき、ちょうど辺りが夜景に変わる頃合いだった。
荷物は二つ、合わせて40㎏にもなるというのに。
私の中国旅行はどうしてこうも毎回、初日からくたくたなんだ?
成都へ向かうフライトが発つのは19時40分。
おなかが空いて牛肉麺を食べたい誘惑に襲われるが、あいにく時間がなく必死で堪える。

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さすが上海の空港で、空港内にはいたるところで上海カニが売られているのは驚きだった。
こんなカニにまで食欲をそそられるが、これを買ってどうするんだと我にかえり、ここも耐える。

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飛行機に乗り込み、ぎりぎりまでジャオユーさんと連絡を取り合う。
意気投合しラブラブだった私たちだったが、遠距離が始まりしばらくして、頻繁に喧嘩をするようになってしまった。
ある時は、言語の壁で。
ある時は、習慣の違いで。
ある時は、会えないという状況下による不安で。
ある時は、お互いに気に入らないことがあって。
実は昨日もささいなことが喧嘩に発展し、
「こんなんじゃ明日成都に行けない!」
「来たくないなら来なくていい!」
なんてことになってしまったばかりで、今日もまだぎくしゃくして変な空気を引きずったままだった。
前日私は、退職した会社の東京本社の先輩たちからの誘いを受けて一緒に旅行に行っていた。
その晩は食材を買い込んで部屋で宴会をし、私はテンションがあがりついつい飲み過ぎてしまったのだった。
翌日、記憶がまったくない。
ジャオユーさんからの連絡に打ち込んだ返信の文章は残っていたが、送信されてはいなかった。
翌日謝ると、ご機嫌ななめな様子。
風邪を引いた状況で泥酔したこと。
意識を失うまで酔っ払ったこと。
そのことに怒ったわけだが、ここでおとなしく反省していればよかったものを私がやり返したために喧嘩に発展してしまった。
あれはほど心待ちにしていた成都行き。
よりによって出発前夜がこんなことになってしまうなんて。

上海から空路三時間、成都双流空港に着陸し、にわかに緊張し始めた。
一カ月半ぶりの再会である。
ジャオユーさんはすでにラブラブモードに戻っていたが、私は喧嘩続きに少し胸を痛めていた。
どんなふうに再会すればいいんだろう。
どきどきしながら到着ゲートをくぐると、ジャオユーさんの「実物」がいた。
実物がいたとは奇妙な言い方ではあるけれど、この時の感覚はまさしくこれだった。
出会ってすぐ20日間にわたり濃い時間を共有した。
そんな時間を過ごしたあとには、超長距離。
携帯を通してのみ連絡を取り合う毎日。
このギャップは激しかった。
言葉の壁による誤解も多く、やがてお互いに音声メッセージを控えるようになり、活字でのやり取りがほとんどに。
日本人同士でもそうだけれど、携帯の文字や文章は感情が読みにくい。
そんなことで徐々に「実物感」が薄れていったのだ。少なくとも私にとっては。

一カ月半ぶりの実物は不思議な感覚だった。
彼はなんの変化もなく、依然として彼だった。
実物同士のコミュニケーションになり、離れてからの喧嘩の日々がなんだったのかと思うほど、一瞬で仲良しな私たちに戻ってしまった。

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今日は水曜日、私への出迎えの為に22時まで会社で残業をして待っていてくれた。
そうして会社からそのまま空港へ来てくれたのだ。
もうすぐ日付は変わろうとしている。
彼は明日また、出勤しなければならない。

マンションに着くと、感じたのは懐かしさではなく、未だ慣れ親しんだ感覚だった。
大量の荷物はそのままにし、明日あらためて整理をすることにした。

テーブルにはたくさんのお酒。
冷蔵庫もお酒でいっぱいだった。
少し前に喧嘩したとき、私の為に買い込んでくれたお酒の数々を「今日飲み捨ててやる!」と彼にあらかた飲まれてしまった。
私への報復である。
悔しいがとても強い効果を持つその報復に、私のダメージは大きかった。
けれどもそのあと、またさらに買い直してくれたのだった。
お酒の山の中には、あのとき開封されてしまったバランタインの瓶があり、ほんのわずかだけ残っていた。
今夜はこのウイスキーだけいただくことに。

一カ月半ぶりの成都であり中国。
携帯を通して毎日交流していたとはいえ、ただでさえレベルの低い中国語がさらにできなくなっていることに気が付いた。情けない。
ゆっくり、簡単な言葉を使って会話をしてくれるジャオユーさん。
前回成都で一緒に過ごしたときには、もっと普通な感じだったような。
言葉の壁により起こる誤解が続き、彼はすっかり慎重になってしまった。

言葉がわかっても、文法もわかっても、単語の意味もわかっても。
意味はわかるのに、その裏にある意図や感情を正しく受け取れないことがある。
また、正しく伝えることができないことがある。
友達同士だったり、旅先でのコミュニケーションなら、それでもまぁ問題はない。
けれども恋人関係になると、言葉において大事なのは、ツールとしての機能的側面それよりも、その背景のほうになる。
例えば、「好き」という言葉を使ったからといって本当に好きだとは限らないし、場合によってはあろうことか、その逆の意味を持っていることもあるように。
同じ国の人同士でもそんなふうに理解し合えないことは多いのに、言語や習慣が違えばなおさらだ。
さらに携帯上の活字であれば余計にその言葉の背景は見えにくい。
言葉の壁であることは間違いないが、一番の問題は単語や文法ではなかった。
逆に言えば、どれだけ言語が正しくなくとも、その背景にある意味をキャッチできればいい。
前回一緒に時間を過ごした時にはそれがなかなかうまくいっていたのだけれど、携帯でのやり取りになり、それがいつしかできなくなっていた。
私はそういうことを何度か伝えたかったが、ジャオユーさんはその解決方法として、言葉の選択に気を付けることにしたもよう。
「ジャオユーさんまるで、子供に話してるみたい」
私がそう言うと、
「うん、そうだそうだ。マーヨーズはまさしく子供じゃないか」そんなふうに返されてしまう。

一カ月半の空白を埋めるかのように、実物同士でおしゃべりをして、時刻はやがて深夜の2時を過ぎた。
あぁでも、空白ではないよな。
この一カ月半も、コミュニケーションの仕方は違ったけれども、確かにそれらも間違いなく二人で過ごしてきた時間なのだった。

〈記 9月26日 成都市区にて〉


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2018-11-07

30日間成都滞在〈2日目〉

2018年9月26日、昨夜成都に到着したのは遅く、眠りについたのは深夜2時を過ぎていた。
私は呑気なものだが、ジャオユーさんは出勤がある。
職場は近いので、朝7時前後に起き8時半前に家を出て間に合うが、私もそれに合わせて起きようと決めていた。
「マーヨーズはゆっくり寝ていなさい」
そう言ってくれたが、一人だけぐうたらしているわけにはいかないし、夜寝つきが悪くなってしまう。

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ジャオユーさんが出勤したあと、私は昨晩手付かずに放っておいた大量の荷物を片付けた。
衣服や化粧品を並べ持ってきた調味料なんかもキッチンにしまう。
そしてすっかり空になったキャリーバックを空き部屋に持っていった。
二つあるシャワールームのうち便利な方を勝手に私の方と決めると、洗面台は化粧品で埋まった。
旅行ではなくて一カ月ここで生活するんだな、そんな実感が湧く。

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ちなみにこちらはジャオユーさんがプレゼントしてくれたパンダのぬいぐるみ。

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犬のかぶりものを取るとパンダが出てくる。
私がパンダが好きで、さらに戌年なのでこれを選んでくれたのだという。

そういうわけで一カ月の成都滞在がスタートした。
今までと同様に滞在記を書いていくが、旅行でない中国渡航は初めてのことなので、いったいどんなふうに進めていけばいいかわからない。
時々は出かけたりするだろうが、毎日のほとんどはせいぜい、散歩に出掛けたりご飯を食べたり、そんなふうになるかと思う。

私の旅行記をご覧になってくださる方々はいろいろだ。
特定の場所に旅行を予定していて、参考のために訪れてくださった方。
中国に興味関心を持ち、覗いてくださる方。
かつて中国を旅行したりまた生活したことがあり、懐かしんで訪れてくださる方。
またはたまたま、何かのきっかけでページを開いてくださった方。
今回の成都滞在記にはそれらの方々が求めるものが、もしかしたらないかもしれない。
まさに自分の日記のようなもので、それをインターネット上で人さまにお見せするってどうなのか?とも思う。
けれども2009年以降の中国渡航のすべてを旅行記としてこのブログに残してきた私にとって、今回も重要な過程のひとつであるかぎり、やはり書いていこうと思った。
你好もまともに言えず、飛行機に乗るのも不安で、そんな私が一人旅をするようになり、中国語を学び始め中国人の友達もでき、いつまでも変わらない芯のようなものはあるけれど、それでも多くのことが変化した。
中国旅がなかったら、私の人生はまったく違う方向を向いていただろう。
一つひとつの渡航が、一つひとつの出会いが、一つひとつの出来事、風景が、今の私をつくり、また未来へとつながっている。
それぞれはまるで鎖のように繋がり、そのどれかが欠けていても、順序が違っていても、今のすがたにはならない。
今回の成都滞在もまた、この鎖の連なりのひとつ。
この旅行記ブログは、この鎖の連なりについて記録として残したものなので、やはり外すことはできないのだった。
ご覧になってくださる方々には退屈で長い内容になるかと予想され、申し訳ない気持ちにもなるが、成都での短期滞在はまだ始まったばかり。
これからの一カ月がどのようになるのかも、私がどんな滞在記を書くのかも、まったくわからない。
とりあえず、進んでみようかと思う。

ジャオユーさんはお昼に帰ってくるから一緒にご飯を食べようと言ってくれた。
11時45分にはうちに帰ってこれるし、14時までに戻れば問題ないとのこと。
私の以前の職場のお昼休憩はきっかり12時からの一時間。
日本の多くの職場がそうだと思う。
中国人は仕事といえどもお昼ご飯はしっかり食べる、なんて話は聞く。
公的な窓口でもお昼は閉まってしまったり。
かたや日本人は逆で、仕事に問題があればお昼の方を調整することが多いだろう。
私自身、お昼も仕事をし、お昼ご飯をとっていなかった日々を思い出す。

11時頃に慌てて化粧をしていると、「今から帰るよ」と連絡が。
やばい、あとマスカラだけ!とラストスパートをかけようとしたところで、その連絡と同時にドアが開いた。
「帰ったぞ!」
これ以上ないご機嫌で、ジャオユーさんは部屋に戻った。
ドア開ける直前に連絡くれても困るよ。

ここから歩いて、今日のお昼ご飯のお店に向かうことにした。
歩く道にも飲食店が絶えない。
小さな食堂から大きなお店まで、たくさんのお店が並びそのどれもが賑わっている。
日本にはないこの感覚が私は好きだ。
こんなにたくさんお店があるから、滞在中毎日違うお店を楽しんでもまだ回りきらないだろうなと思う。
「ちょうどみんな仕事のお昼休みだからどこもたくさん人がいるんだ」
ジャオユーさんは言った。
どのお店も外にテーブルを並べており、それらのテーブルはみな埋まっている。
ジャオユーさんの職場には社員食堂があるが、外に食べに出ることも多いみたいだった。
社員食堂は安くて便利なようだけど、周辺においしいお店がたくさんあるのだから、それもわかる。
もし私だったら、午前中はどこに何を食べに行くかで頭がいっぱいで、仕事が手に着かなくなりそうだ。

歩いて向かったのは、「鶏毛店」だった。
鶏毛店とは四川の味覚をそろえる庶民的なお店で、成都にたくさんの支店があるのだそう。
前回帰国の前日、成都を発つ前に、ジャオユーさんは一軒の鶏毛店の名をかかげるお店に私を連れていってくれた。
しかしたしかに以前は鶏毛店だったようだが、オーナーが方向性を変えすでに鶏毛店とはいえないお店になっていた。
鶏毛店として大事な要素はまず庶民的であることだそうだが、そのお店は店内を改装し個室なんかもできていたし、また料理も変わったよう。
ジャオユーさんはそのことをとても残念がり、ずっと「ここは偽物の鶏毛店」だと言い続けた。
そして私が帰国してまもなく、会社の人たちと「本物の鶏毛店」に来たのだといって、お店や料理の写真を送って見せてくれた。
その記憶は新しく、私は入店してすぐにこのお店がその時の「本物の鶏毛店」だということがわかった。

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頼んだのは三品。
夫妻肺片、手撕蓮白、番茄圓子。

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まずこちらが夫妻肺片。見た目の通り、辛い。
四川の有名な料理であることは知っていたが、名前にどうも魅力を感じず、食べてみようと思ったことがない。
「‟肺”っていっても肺は入ってないんだ」
羊の肺なら何度か食べたことがあったが、内臓好きな日本人も肺には惹かれない。
「ならなんで肺片っていうの?」
「昔は肺が使われていたからだよ」
この夫妻肺片は、昔ある夫婦が作り出した料理なんだ。当時は内臓は食べるものではなかったし、肺なんか特にそうだったけれど、それらを無駄にしないで料理にしてみようということで生まれた料理なんだ。
ジャオユーさんは説明してくれた。
そういうわけで、夫妻肺片という命名になったということだが、同じく四川を代表する陳麻婆豆腐のように、夫妻ではなくて夫婦ふたりの姓を命名すればよかったのに、そんなことを思った。
この夫婦肺片には現在は肺は使われていないが、それ以外の牛の内臓が使われており、腸や胃だけでなく舌や心臓もあった。
「日本には‟やきとり”っていう烤鶏肉串があって、それには心臓、肝臓、腎臓なんかもあってみんな大好きなんだよ」
ジャオユーさんが日本に来たらおいしいやきとりを紹介したいところだが、彼は肉を一切食べないのでそれは叶わない。
私はやきとりのハツが大好物だが、牛の心臓を食べたのは初めてだった。
夫妻肺片はかなり辛かったが、どの具材もとてもおいしかった。

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こちらは手撕蓮白。キャベツと豚肉を甘辛さっぱりに炒めたものだったが、回鍋肉と似ているようで違う。
こちらもとても美味しくいただいた。
番茄圓子はトマトの肉団子スープだったが、これは間違いがない美味しさ。

おなかいっぱいになり私たちはお店を出てマンションに戻り、ジャオユーさんは職場に戻った。

17時35分、ジャオユーさんはまたご機嫌な様子で帰宅した。
定時は17時半で、本当にすぐに戻ってきた。
実は明日、彼は職場で企画があり、それに参加するべく数日前から準備をしていた。
企画というのは読書会という命名だったが、数名が書籍を紹介しそれについて発表するというものだった。
「業務とまったく関係ないよ」
私がそういうと、「そうだ、こういう業務とは関係ない仕事が多いんだ、ここには」彼はそう言った。
けれども彼はこの発表にかなり意欲的な様子だった。
というのも、紹介することに決めた作品は文学作品ではなく、彼のお父さんの書籍だったからだ。力も入るわけだった。
ジャオユーさんのお父さんは大自然を撮影するカメラマンだった。
過去出版された本を開いてみれば、そのすべてのページが美しく、雄大で、厳しくて、まるでこの世の物とは思えないもので、けれども間違いなくこの世界に存在するものなのだと訴える力を持っていた。
「構想は決まった。かならず素晴らしいものになる」
ジャオユーさんは準備しながらそう言っていた。
明日はいよいよその発表で、私はなんとか会場に入れてもらえないかとお願いしていたが、結局できなかった。
前日の段階でまだ準備が完了していなかったようで、帰宅してから一時間ほど原稿を仕上げる作業をした。
私は壁へだてた別の部屋にいたが、ジャオユーさんのぶつぶつ呟く声が聞こえてくる。

「実を言うと、この本については説明しないんだ」
まず観客のみなさんにはこの成都から新疆に移動してもらう。
その**路を左折して、何百メートル行ったら**路を右折して、そうやって道案内をして、遥かな大地、新疆へまずいざなう。
そうして新疆についてまず知ってもらおう。
ここには、世界で美しいと言われるものが、みなそろっているんだ。
砂漠があり、草原があり、高山があり、高原があり、湖があり、ゴビ灘があり、雪山があり…。
こんな場所、他にあるだろうか。
ジャオユーさんが夢中になって私に説明するその生き生きした表情を見ながら、私は遥か遠い新疆の大地へ飛んだ。
「とても素敵だと思うよ」
私がそういうのがまるで耳に入っていないかのように、彼は言葉をかぶせた。
「本について説明しなくても、写真を見てもらえば言葉はいらない」
必要なのは本に対する説明ではなくて、この場所について言葉を添えればもう十分なんだ。
それで最後にこの本の紹介をする。
欲しければ無料で差し上げる。

今回テーマとして選んだ一冊の分厚い写真集は、中国国内でいくらで販売しているものなのかは知らないが、もし仮に日本で売られていたら5000円を下ることはないだろうものだった。
みんなにただであげちゃうの?とも思ったが、お金の問題ではなくて、この本の素晴らしさを、新疆の魅力を、ただ知ってもらいたいそれだけなのだ。

****

ジャオユーさんは翌日の企画の準備をし、私たちはそのあと食事に出掛けたはずだ。
私は今回の滞在記を途中までは成都で書き、途中からは日本に帰国してから書く作業に入った。
一通り書き終わりサイトにアップする作業に入ったが、ここでこの日の滞在記がここまでしか書かれていないことに気が付いた。
残念ながらこの日の記録は残っておらず、ここまでとなってしまった。


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2018-11-07

30日間成都滞在〈3日目〉

2018年9月27日、ジャオユーさんはいつも通り7時に起きて職場に出掛け、私もそれに合わせて起床した。

朝ご飯代わりに食べたのは冷蔵庫にたくさん残しておいてくれた、西梅。
新疆ウイグル自治区の友人ロンさんが大量に送ってくれたものだった。
ロンさんはジャオユーさんを私に紹介してくれた張本人であり、現在では共通の友人ということになる。
ロンさんが新疆南部で仕事をしているとき、ある日この西梅の写真を送ってくれた。
たわわに実った西梅の樹と、収穫されたもの。
それらを見て「私も食べたい!」と言うと、
「来年のこの時期ジャオユーと一緒に来ればいい」
そう言ってくれたけれど、一年後はまだまだ先。
大量の西梅が新疆から成都へ空輸されたのは、私が成都へ向かう20日と少し前だった。
ロンさんがジャオユーさんに向けて送ったものであり、ジャオユーさんたちはこれを売るように彼から委託されたのだった。
その一部をジャオユーさんは冷蔵庫で保管し、私が来るまでとっておいてくれた。
果物を20日間保存するのは難しいことだと思うけれど、うまい具合に熟した西梅を味わうことができた。

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左右がその西梅で、真ん中は紅棗。こちらも新疆から送られてきたもの。
左右の西梅はともに種類が異なる。

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右のものは丸く、濃い紫色の皮の中には少しシャキシャキした果肉で酸味が強い。
左のものは楕円形で皮は青みがかっている。
熟し加減の違いかもしれないが果肉は右のものよりもやわらかく、酸味はなく甘い。

果物を朝ご飯代わりにして、私は部屋の掃除を始めた。
ジャオユーさんのマンションはとてもきれいで、片付いていたし清潔だったけれど、とりあえず一通り掃除してみた。
部屋はきれいだったが洗濯ものが山積みで、一度では済まず三回洗濯機をまわし、物干しスペースがなくなったのでそこでひとまずやめることにした。
そんなことをしていたらあっという間に時間は過ぎ、14時に。
ジャオユーさんの発表は14時からだといっていた。
会場の写真が送られてきたのを確認し、遅いお昼ご飯を食べに行くことにした。

前回の成都滞在で、抄手というワンタンの一種と出合った。
これがおいしくて、辛いものと辛くないものの両方を食べた。
辛くないワンタンは想像通りにおいしいけれど、辛い味付けのものは新しい発見で、今回もぜひそれを食べてみたかった。

ひとりでマンションを出入りするのは初めてだった。
ジャオユーさんから部屋の鍵とマンションの出入りに必要なカードをもらっていたので、それを持って出かける。
中国はなんでも大規模だと思うけれど、このマンションも敷地内に数棟の同じ形の建物が建ち並び、また大きなオフィスビルを持っているのでそことも繋がりマンションを出る前に迷ってしまう。
地上の出入り口も地下駐車場からの出入り口も、すべて守衛さんがいてゲート式になっており、さらに敷地内にある出入口もすべてセキュリティがかかっているので、部外者には行動しにくい。
結局変な場所から出ることになって、守衛さんに方向を訊き前回抄手を食べたお店に行ってみた。

マンションを出れば抄手を売るお店はたくさんあったけれど、あえてそのお店を目指した。
賑わう大通りをまっすぐ歩き、見ればすぐにそのお店だとわかった。
さいわい時間はちょうどお昼時間を過ぎていて、数個しかないテーブルのうちひとつが空いていた。

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抄手といっても、味が分かれていた。
紅油干拌、海味、紅湯、鶏湯、それぞれ大・中・小とサイズを選ぶことができる。
辛いのだったら紅油干拌かな、とそれをひとつ選ぶ。
それだけでは足りないので、麺も頼むことに。
牛腩麺はここの名物で、これも前回食べた。
おいしかったのでそれでもいいけど、辛いのがふたつになってしまうなと、中江挂麺を選んでみた。
名前の由来はわからないけれど、トマトと卵の麺だ。トマトと卵の麺もまた中国では定番の味覚。
抄手、中江挂麺、ともに小サイズで8元。
中サイズにしようとしたが、店員さんが食べきれないというので小にしてみた。
よく見てみると、抄手は小が8個、中が15個、大が20個と書かれていた。
確かに食べきれない。

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まず中江挂麺がきた。
トマトの麺はさっぱりしていて食べやすい。
けれども卵は想像していた溶いたものではなく、分厚い目玉焼きだった。
マクドナルドの月見バーガーの卵のような、分厚い目玉焼き。

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そしてやってきた抄手。
ところが記憶にあるものと若干違う。
ラー油の上に抄手が乗り、その上に砕いた落花生がかかっている。
中国には落花生を使った料理がたくさんあるけども、四川はさらに多いなという印象がある。
店員さんは、調味料をよくつけて食べるとおいしいよ、と勧めてくれた。
前に食べた辛い抄手は赤いスープに浸かっていたけど、この抄手にスープはなく表面は乾き始めている。
それもそう、干拌なのだからスープなしだ。
スープがほしいなら紅湯を注文すべきだったが、さっきはそれが目に入っていなかった。

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おいしくいただいてお店を出て、散歩兼ねて戻ってみることに。
昨日今日と天気はあまり冴えない。
曇天にはわずかも青空を見つけることはなく、それどころか小雨が降りだしてきた。

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果物売りが並んでいて、思わず覗き込んだ。

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薄暗い天候の中、色とりどりの果物があざやかに目を引く。
ちょうど季節で一番目についたのは、葡萄。
それから柿。
このように小さな柿は初めてみた。

それから棗。今朝も冷蔵庫のものを食べた。
棗はドライフルーツにしたものに出合うことが多いが、実は私は新鮮なものが好き。小さなリンゴのような棗だが、なかなか口にする機会はなく、たくさんの棗がいっぱいになって売られているのは見ているだけで楽しい。

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梨も季節。
中国の梨といえば、新疆コルラ特産の香梨が私は好き。
洋梨のような形状の梨だ。
ここに売られていたのは、私が見たことがない梨だった。
和梨とも洋梨とも違う。
青リンゴにも似ている。
この巨大でごつい梨は、香雪梨といって、咳や痰に効能があるのだそう。

結局私は小さな柿とこの香雪梨を買って帰った。

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梨は大きく柿は小さく比較が難しいので、横に錦繍成都のタバコを置いてみた。
梨はまだ食べていないけれど、柿は夜、ジャオユーさんと一緒に食べてみた。
小さい柿は手で半分に開き、軟らかい実の部分をいただく。
渋いとはこういうことなのか?
渋柿を食べたことがないのでわからないが、口に入れた途端、果肉が化学反応を起こして口内いっぱいに張り付いてしまったような感触。
どうしようもなく、水で口を注ぐまではしゃべることもままならない。
「この柿おいしくない」
ジャオユーさんはそう言ったが、おいしくないどころではない。

果物を買いマンションに戻り滞在記を書いていると、ジャオユーさんが帰宅した。
発表はほぼ成功したようで、おしゃべりが止まらない。
自分の構想もアイデアもよかったが、投影機の調子がおかしく、せっかく用意した写真の投影がうまくいかなかったのだという。
さらに、みなさんを新疆の大地にいざなう過程で、最後にようやく新疆だとわかる道案内だったはずなのに、あろうことか最初に新疆へいざなうと口を滑らせてしまったそう。
ジャオユーさんの発想には共感するところが多かったし、彼が生み出すものはきっと素晴らしいに違いないから、会場に入れなかったのは残念だった。
ビデオ撮影がされるから、それを見ることができるとはいうけれど。
「ここにもパソコンがあるんだから、ここでもう一度私に発表してよ」
そういうと、「どうせ言ってること聞き取れないだろう」
それはそうだけど、実はけっこう傷つくのだ。中国語できないことを言われるのは。

ジャオユーさんは今日の企画の準備でお昼はなにも食べていないそう。
あれこれ考えたのち、私が食べたいといった火鍋にすることに。

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行ったのは小龍坝という火鍋店。
「あ、これ知り合って最初に連れていってくれた小龍坎だね」
小龍坎という火鍋店は有名店のようで、成都のいたるところに支店があった。
「違う、似ているけどここは小龍坎ではないんだ」
お店の外観も火鍋の様子もそっくりだけど?
「よく見てごらん、‟坎“でなくて‟坝”、似ているけど違う」
日本ではこういうのはダメだけど、中国ではよくあることなんだ。
ジャオユーさんは言った。
「あぁ、シャネルとチャネルみたいなね」
「小龍坎ではないけど、ここもまあまあだから」
そういって、屋外に並べられた席に座った。
中国で嬉しいのは、屋外で食事する場が多いこと。
「外で食べるのは楽しい、どんな高級料理よりもおいしく感じられる」
私たちはお互いに同じことを言った。

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ジャオユーさんは肉を食べないので、私は牛肉を、彼は魚と野菜などを頼んだ。
肉は私がすべて食べる。

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左は牛の胃。成都人は火鍋を食べる時かならずこれを注文するのだという。
彼は内臓も食べないが、そういうわけで前回も今回もこれを頼んだのだった。
右は魚。こんなまるごとを火鍋にいれるとは驚いた。

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さらにこちら。
左上はわかめ、右の真っ赤なのは血旺。
動物の血を固めたもので、これはおそらくダックの血のよう。
南京、重慶、そしてここ成都で、すっかりおなじみになってしまったが未だに食欲そそられない。
「味は悪くないと思うけど、日本人は血だとわかるともう受け付けられないんだ」
そういっても納得いかない様子。

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タレはこの缶にはいった香油。
一瞬なにかの飲料かと思ってしまうが、飲んではいけない。
日本ではなじみのない油のタレだけど、中国ではメジャーな味覚だ。
ゴマダレも好きだけど、私はこの香油が大好き。
これにどっさりとニンニクを加える。
これは重慶火鍋の味覚なのだという。
たしかに重慶で食べた火鍋は香油にたっぷりニンニクだった。
成都と重慶は近く、激辛料理で有名なのも共通しているけれど、四川火鍋と重慶火鍋は違うのだそう。
四川は麻辣(山椒と唐辛子)で、重慶は辣だけなのだという。

火鍋はたいそうおいしくて、私たちは持ってきた白酒の小瓶を二本と瓶ビールを数本あけた。
そうしてお会計の時。
ジャオユーさんはお店の中に入っていき、しばらくして戻ってくると私にカードを見せた。
このお店のVIPカードだ。
「今日の会計が200元で、700元でこのカードを買えば今日の200元はタダになるっていうから」
このカードで三回は火鍋食べれるぞ!
よく仕組みはわからないけど、これで火鍋に行く回数は増えそうだ。

マンションに戻り部屋にあったビールを開け、それを飲み終わらないまま、化粧も落とさず歯も磨かず眠りに落ちた。

〈記 9月27日 成都市区にて〉


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2018-11-07

30日間成都滞在〈4日目〉

2018年9月28日、眠くて眠くてたまらなく、ジャオユーさんの起床にも気づかなかった。
「会社に行くよ」
そう言って起こしに来た時、私は悪い夢を見ていた。
まだ暗いうちに一度目が覚め、水を飲んでしばらく休んだ。
その時も悪い夢を見たばかりだった。
一晩で二度も続けて悪い夢を見てしまったそのことは覚えているのだけれど、それがどんな夢だったのかまったく思い出せない。
ただ一つだけ覚えているのは、その二つともジャオユーさんの夢だったということだ。
「もうひと眠りしなさい」
そう言って彼が出勤したあと私はまた眠りに落ちた。
目覚めてみるともう10時。
この一時間半の眠りでもまた夢を見た。
また、悪い夢でしかもジャオユーさんが出てくるものだった。
それなのにそれがどんな夢でどう悪かったのか、まったく思い出せない。
一晩でなんと三回も彼が登場する悪い夢を見てしまったことだけが確かだった。

お昼にジャオユーさんが戻り、今日は天気がいいのでバイクに乗って外にご飯を食べに行こう、そういうことになった。
成都に到着してから見事な曇天が続いていたが、今日はさわやかな青空だった。
薄く広がる白い雲が秋を実感させる。
バイクに乗ってしばらくもしない場所、都会の喧騒からほんの僅か離れた場所に着いた。

そこには現代ビルが集まり、おおくの飲食店が立ち並んでいた。

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一番手前には、陳麻婆豆腐のお店があった。
陳麻婆豆腐といえば、成都でもっとも有名なお店のひとつだ。
麻婆豆腐は四川料理を代表するだれもが知るものだが、これはもともと陳さんが生み出した料理なのだという。
この陳さんのお店、もともとは小さなお店だったのだろうが、現代にあってはあちこちにその名を見る。
五年前の成都旅行の際にも、一人で行ってみた記憶がある。
一皿10元かそこらで、大量の山椒に口が痺れ、しゃべることもままならなくなった。
今日のお昼はこの陳麻婆豆腐を食べる。

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頼んだのは三品。
まず出てきたのはこちら。
山になったご飯の上に砂糖ときな粉がまぶしてあり、食べてみると甘い。
ご飯として食べるには微妙な感覚がある。
その中からは豚バラ肉が出てきた。
ご飯が甘いのはいいとして、甘い中に肉があるのは少し口が合わなかった。
四川には辛いものとともに甘いものもたくさんある。
辛い物を食べるから甘いものでお口直し、みたいな感じのようだけど。
「てことは、四川人も四川料理が辛くて辛いの?」
突然湧いてきた疑問だったが、はっきり答えてもらえなかった。

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そして目的の麻婆豆腐がやってきた。
言うまでもなく、日本で親しまれている麻婆豆腐と本場のそれは違う。
多くの料理が国境を越えるとそうなるように、この麻婆豆腐も日本にあっては日本人流に進化したものと思われる。
日本の麻婆豆腐は、挽肉の分量が多く比率として豆腐はそこまで多くない。
山椒はほとんど効いておらず香辛料は主に唐辛子だが、それも大量ではないので辛くない麻婆豆腐を食べる機会の方が多いだろう。
では中国本場のといえば、肉はほとんどなく主役は豆腐。
唐辛子というよりも大量の山椒が味の主体で、とにかく痺れる辛さ。
そして油が多い。
今回登場してきたものは、前回食べた陳麻婆豆腐よりも山椒が少ないように感じたが、それでも口にしてすぐに汗が噴き出してきた。
おいしいはおいしいが、山椒によって口の中が痺れてしまうため、もはや味覚は麻痺してしまっている。

これともう一品スープを頼み、私たちはお店を出た。
ジャオユーさんは胃が痛いようでどこか元気がなく、今夜はビールは一本だけにしようと言った。
昨日も一昨日も辛い物を食べお酒を飲んだから、というけれども私の方はなんともない。

部屋に戻り一人になり、私は自分のことをいろいろしたのち、もうすぐジャオユーさんの帰宅時間になろうとしていた。
山のような洗濯物を取り込みたたみ、そうして簡単にまた棚を拭いたり片付けをしていると。
棚に置かれたプラスチック製の容器の中になにやら身分証のようなものが見えた。
そこに見えた文字の一部に、私は直感で見てはいけないものがそこにあるとわかった。
ジャオユーさんは私よりも10歳年上で、現在46歳。
いつのことでどれくらいのことか知らないが、とても昔の若いころに数年結婚生活をしたことがあった。
少数民族でムスリムだということ、美人だったこと、最後は恨んで別れることになった、ということ以外のことを私は知らない。
私は、見てはいけないものである限り、一度見たら見なかったことにはできないということがよくわかっていたけれど、そのプラスチックの蓋を開けてしまった。
そこにあったのは身分証に類似するもので、2002年の日付と、顔写真や名前、生年月日、民族、その他の情報が記載されていた。
見なければよかった、と思った。
過去は過去であり、現在のことではなく、今目の前にあるものはなんの問題があるものではない。
浮気を見つけてしまったわけではなく、結婚歴があることは何も間違ったことではない。
過去があるのは私も同じことで、そんなのを気にすることは現在を否定することでもある。
けれども、私はその過去を気にする人間なのだということを、思い知ってしまった。
「結婚したことがあるけどすごく昔だ」
そんなふうに伝えられた時にはとくに大きな問題ではなかった。
たぶん現実味がなかったんだと思う。
どこのどんな人かもわからないのだし。
それがこの身分証もどきで、以前の奥さんは一瞬で現実の人間になった。
その身分証もどきの内容の中には、「なるほど、こういうことだったんだ」と改めて知らされる情報もあった。
さらにタイミングの悪いことに昨夜お酒を飲んだ時に、私の誘導はあったものの「できることなら別れたくなかった」ということを彼が口にしたばかりだった。
なんとも暗い気持ちになり、そのほかもろもろのことも重なり、楽しい気持ちがみるみる消えていく。

私は外に気晴らしに出ることしたが、ジャオユーさんが帰宅したのでマンションの下で落ち合った。
今夜は彼がご飯を作ってくれるという。
私のテンションはすっかり下がっていたけれど、彼に否があることではないので、気持ちを上げようとするがうまくいかない。

作ってくれたのは、エビのカレーと新疆風白菜炒め。

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カレーのルーは日本と同じだけど、水をほとんど加えないいわばカレールー炒め。
「日本ではご飯の上にかけるよ」
そういうと、そういう認識はなかったようで彼は知らないといった。
「日本ではご飯必須だよ」
そういうと、「夜に炭水化物をとるのはよくないからご飯はダメだ」という。
新疆の白菜炒めは、細切りにした白菜とトマト、唐辛子、ニンニクを炒めたもの。
ご飯はなくおかずだけだけれど、おいしかったしおなかはいっぱいになった。
「今後は外食と家食を半々にしよう」
ジャオユーさんは明るかった。

食事を終えて、バイクドライブに行くことになった。
私が最近水泳に行くことが多いので、彼も水泳を始めた。
以前はジムに行くことが多かったが、最近では水泳に行くことが多くなったよう。
そこで、私の一カ月の滞在で、一緒に水泳やジムに行ったり、散歩やジョギングなどをして生活を楽しもうと話していた。
今日は泳げないけれど、よく通うプールに連れていってくれた。

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さすが中国の大都会。
プールもまた立派だった。
屋内プールと屋外プールがあり、夏場は夜間も屋外プールが開放される。

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こちらが屋外プールの方面を写したもの。
こんな夜景の下で泳げるなんてどんな気分だろうかと思う。

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屋内プールは人でいっぱいだった。
ジャオユーさんは私の遊泳許可証を発行するのを手伝ってくれるといった。
「そんなのがいるの?」
水深2m未満であれば必要ないが、それ以上の場合、泳げるかどうかのテストをして許可証を発行してもらう必要があるということだった。
「今日は時間が遅いから、また後日テストを受けにこよう」
そう言ってプールをあとにして、私たちは成都をぐるりとバイクドライブした。

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静かな裏通りを走っていると、途中で趣のある門が見え、
「これは知らない場所だ」
とジャオユーさんはバイクを停めた。
その名も「香香巷」。
中には狭い中に小さな飲み屋さんがぎゅうぎゅうに詰まっている。
日本風居酒屋もあり、覗いてみるとなかなか日本風だなと思わせるもので、もしかしたら日本人がやってるかもしれない、と私は話した。

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こんな不思議なお酒を提供するお店もあった。
これを一杯一杯飲んでいく。
インスタ映え、みたいな感じだろうか。
「飲んでいきたい?」
そんなふうに訊いてくれたけれど、お昼にジャオユーさんが今夜はお酒を飲みたくないという話をしていたのを思い出し、断った。

その後成都中をドライブし、マンションに戻った。
成都はどこからどこまでも、眩しく賑やか。
その活気と華やかさと、そしてその中にも一歩裏には落ち着いた昔ながらの生活がある。

「またバイクドライブに連れていってね」
部屋に戻ってそう言った時、私たちの関係はまだ大丈夫だったと思う。

それからビールを開けてソファーに腰かけて、ジャオユーさんは突然真剣な表情をして話し始めた。
「今日マーヨーズに話したいことがある」
これからの二人の未来計画について話したい。
成都に来たら、どうしたい?
日本の企業に入る。
中国の企業に入る。
日本語の先生をやる。
それか、日本製品販売なんかの商売を自分でやる。

突然具体的な話に入ったが、ドライブで回復したとはいえ、今の私はこれからの二人に積極的な気分になっていなかったし、自信も喪失していた。
「待って、そんな話されてもプレッシャー感じる」
思わずそう言った。
結婚や二人の生活について話は進んでいたけれど、それはあくまでそういう話をしていたというだけで、プロポーズもされないうちに具体的な話はできないと、私はそう話していた。
いずれは考えなければならないが、私は今自分で「猶予期間」と決めていた。

「わかった、それならこういう選択肢もある」
**古鎮に古民家を買うから、そこで日本式民宿をやってみるのはどうだ?
お客さんとのコミュニケーションもできるし、マーヨーズは古鎮が好きじゃないか。
「え、待って、それじゃ別々に生活することになるじゃない」
それに、古鎮好きっていっても、旅で行くのと生活するのとでは、別問題だよ。
もし成都で生活するなら、あなたと生活するために行くんだよ。
離れて生活するなら意味ないよ。
そう言うと、「大丈夫、数十㎞の距離なんだから、同じ成都だ、いつでも会える」
いや、そういう意味じゃなくて。
「家を買ってあげるというんだぞ、なんの問題があるんだ」
彼は不満そうに言った。
「私の人生なんだから私にも考えさせて」
そういうと、「違う、“私の”ではなくて‟私たちの未来“だ。そういう言い方は好きじゃない」
ジャオユーさんは不愉快な表情をした。
ここから彼は怒りだし、彼が怒ったことに私も怒りだし、収拾がつかなくなった。

「こんな問題ばっかじゃ、これからどうなるの?」
私は言った。
「マーヨーズが別れ話を切り出すことがなければ、永遠に手放すことはない」
彼は言った。
「你不放手我不松手」(あなたが手を離さなければ自分も離さない)というのもよく言っていたことだった。
「じゃあ、手離したら?」言ってはいけないことをまた言ってしまう。
「男なんだから、追いかけるなんてことはしない、そのまま別れるにきまってる」
そうして昼間のパンドラの箱を思い出した。
「奥さんにだって、不放手不松手って言っておいて最後は手放したんじゃない」
「あれは向こうが手放したからだ!」
ジャオユーさんはとうとう噴火してしまった。
「わかった、成都へは行かない」
国内でも新しい生活環境はたいへんなのに、海外となれば私には自信がない。
結婚生活も自分に向いているとは思えず、また中国の生活や人間関係の習慣に馴染めるかどうかも微妙なところだった。
それに加えて仕事や収入。
そしてパンドラの箱はまだまだたくさんあるはずだ。
私にそれを乗り切る気力はない。
私はそんなダメ人間なのだ。
「二か月前を思い出す。あの時はこんな女性と出会えて自分が幸運だと思ったけど、今のマーヨーズは好きじゃない」
「私も二か月前は問題なかった。帰国してからすべて変わった。私も今のあなたは好きじゃない」
気が付けば小さなことが積み重なっていた。
「わかった」
ジャオユーさんは小さくつぶやき寝室へ入っていった。
私を待っていることはわかっていたが、私はそのままソファーで眠った。
夜になると寒くて、私はかぶるものがなくて仕方なくそばに置いてあったシーツを折りたたんで体にかけた。
虚しくて、部屋が寒いのか身体が寒いのか心が寒いのか、わからない。

〈記 9月29日 成都市区にて〉


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2018-11-07

30日間成都滞在〈5日目〉

2018年9月29日、昨夜そのままソファーで眠って、朝7時前に目が覚めた。
するとそのうち寝室からジャオユーさんが出てきて私たちはまた話し合ったけれどなかなか仲直りできない。
出勤までの時間は短く、彼はもう家を出なければならなかった。
すると彼は向こうから何かを持ってきて私に開けてみせた。
「少し早いけど誕生日プレゼントを渡すよ」
私の誕生日はあさっての10月1日で、もともと誕生日を一緒に過ごすために成都にやってきたのだった。

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赤い小箱の中は、少数民族のブレスレットだった。
「チベットの民芸品で、テレビで紹介されていたのを見たんだ」
チベットの聖なる五色を配していて、銀の細工は細やかにチベット文字を刻んでいた。
ところが、せっかくのプレゼントだったのに、私の気持ちはどうしてかがっかりだった。
状況が違えば、とても嬉しかったはずだ。
ところが、正直にいえば誕生日に期待しすぎていた。
二人の今後の話がどんどん具体的になっていき、成都行き少し前には「先にイミテーションの指輪を渡す」と言って指輪の絵文字が送られてきて、また「誕生日にはいろいろ計画しているから」とよく話していた。
誕生日は指輪かも、なんて期待が期待を呼んでいた。
期待をしてしまっていたのと、誕生日にいろいろ計画しているといったのにフライングでしかも喧嘩して気まずい最中に渡されたことが、私をがっかりさせた。そして神妙な空気のなか、いきなり明るい表情で喜ぶことはできなかった。
私が喜んでいないのを見て、ジャオユーさんは「会社に行く」と言って赤い小箱とブレスレットをゴミ箱に捨ててしまった。
どうしよう、この空気どうしたら回復できるんだろう。
そう思うも、自分の気持ちがどんどん沈んでいき、どうにかしようという気力がわかない。
とりあえずゴミ箱から赤い小箱とブレスレットを取り出した。

そのあと気持ちが沈みどうしようもなかった。
こんなふうになるために成都に来たわけではなかった。
気晴らししようにも、旅行できたわけではないから、はっきりいってどこに遊びにいくあてもない。
行ったことのない博物館や観光地もあったけれど、そこまで足を運んでみる気にもならない。
午前中ソファーでうつらうつらしていると、お昼にジャオユーさんが帰ってきた。
お昼にわざわざ会社から戻ってきてくれるのは彼のやさしさだった。
私はいろんなそんな彼のやさしさに慣れてしまっていることに気が付かない。
「私、ご飯いらない」
食欲がまったくわかず、そう言うと、彼はため息をついて出ていった。

午後も家の中で過ごし、これではまずいなと思い始めていた。
本来であれば、公園に出掛けてみたり、ジョギングしてみたり、買い物に出てみたり、料理を作って待っていたり、そういうことをして毎日を過ごすはずだった。
ところが、何にも充実することをしていない。
洗濯掃除だって毎日することもない。
なんとかしなければ。

そんなふうに思っていたのに、夕方ジャオユーさんが帰宅しまた向かい合った時。
「人の物を勝手に持ち出すことは問題じゃないのか?」
昨日のパンドラの箱である。
彼には勝手に見てしまったことを伝えていないのに、なんで知っているんだろう。
実は昨日、中国語のQ先生には見てしまったことを伝え、Q先生とジャオユーさんは連絡先を交換しているので、ここから伝わったことはわかった。
持ち出すっていうか、プラスチックケースに入っていたとはいっても棚にあって見えてしまったんだけど。
見えるとこに置かないでほしい。
「なんで前の奥さんのがまだあるの?」
「あれは離婚証明書だろう?それこそ離婚の証明じゃないか!」
「離婚証じゃない!」
「勝手にしろ!」
そう言ってジャオユーさんは飛び出していった。
ほんとうは私が飛びだしていこうと思ったのだが、携帯などを集めてバックに入れているうちに、彼の方が先に飛び出してしまった。
男性は荷物がないので、そこにタイム差がでた。
今私が飛びだして言ってもエレベーターで合流してしまうので、10分待ったのち私もマンションを出た。

行く当てはない。
地図もなく、何度もドライブしているとはいえ一人で行動すると、どこに何があるのかもわからない。
タクシーに乗ろうにも、行くべき場所が浮かんでこない。
目的もなく大都会のど真ん中を歩いていくと、やがて向こうに昨晩も見た電視塔、パンダ塔が見えた。
よし、とりあえずあそこを目指して歩いて行ってみよう。
成都の街並みはまぶしくてにぎやかで、それとはうらはらに心はさびしかった。
時計を度々見る。
飛び出していったのは18時。
もう一時間たつけど、なんの連絡もない。
彼は風邪気味だったので今夜はお酒を飲めないと言っていた。
軽く食事するだけならもうそろそろ部屋に戻っているよね。
そんな想像をするものの、連絡してみる勇気もない。

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二時間ほど歩き回ったのち、やっぱり帰らなければとマンション方向に戻った。
今日は一日なにも口にしていなかったので、マンションに戻る前に見かけた火鍋店に入った。

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火鍋は食べきるには時間がかかる。
しかしここでジャオユーさんから立て続けに連絡がきた。
「心配している、どこにいるんだ?」
「頼むから戻ってきてくれ、お願いします!」
まさか火鍋を満喫しているとは言えない。
「雨が降ってきた、場所を教えてくれ」
どこにいるかは答えず、「12時までに帰るから先に寝ていて」と返した。
「今日はソファーで寝るから、寝室を使いなさい」
必要なものは寝室にうつしておいたから。
そう連絡が来て部屋に戻ると、真っ暗ななかにソファーで彼が寝ているのが見えた。

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起こさないように静かに寝室へ入ると、枕の間には初日にプレゼントしてくれたパンダのぬいぐるみがはさまっていた。
これが目にはいった途端、どうしてか涙がこぼれた。

〈記 9月29日 成都市区にて〉


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プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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