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2019-07-14

◇◇ 周遊旅行・長期旅行 ◇◇

※各旅行記タイトルをクリックいただきますと、旅行記一番最初のページに飛びます。


●30日間成都滞在① 〈前編〉 2019年6月7月 〈西南地方〉四川省

❖観光地❖
[成都] 東郊記憶音楽公園
[新都] -
[彭州] 大坪村
[宜賓] -

●30日間成都滞在② 〈後編〉 2019年6月7月 〈西北地方〉新疆ウイグル自治区ー〈西南地方〉四川省

❖観光地❖
[成都] -
[ウルムチ] 烏西站、石人沟、南山板房沟、南山沙沟、新疆国際大バザール、新疆民街、二道橋バザール歩行街、新疆地質鉱産博物館
[トルファン] カレーズ園、火焔山、鄯善クムタグ砂漠


●14日間成都滞在 2019年2月3月 〈西南地方〉四川省
❖観光地❖ 
[成都] 成都動物園、龍泉山桃花古里、洛帯古鎮



18年冬15天周遊 表紙用

◇15日間南方周遊 上海―九江―貴陽―成都―峨眉山―眉山―雅安―成都―上海 2018年12月
〈華東地方〉上海市―江西省―貴州省 〈西南地方〉四川省

>❖観光地❖
[上海] 外灘、旧フランス租界地、孫中山旧居、周公館、復興公園
[九江] 煙水亭(周瑜点将台旧址)、潯陽楼、鎖江楼塔、能仁寺、廬山風景区
[貴陽] 青岩古鎮、甲秀楼
[成都] ―
[楽山] 楽山大仏
[峨眉山] 峨眉山風景区
[眉山] 柳江古鎮
[雅安] 望魚古鎮


●30日間成都滞在① 2018年9月10月 〈前編〉
〈西南地方〉四川省

❖郊外観光地❖ 東山展望台、三岔山湖、平楽古鎮、五風溪古鎮、賀麟故居、龍泉山

●30日間成都滞在② 2018年9月10月 〈後編〉
〈西南地方〉四川省

❖観光地❖ チベット街、錦繍天府塔
❖郊外観光地❖ 街子古鎮、新都・宝光寺、新場古鎮、白鹿古鎮、海窝子古鎮、葛仙山



18年夏38天周遊 表紙用

◆38日間周遊①北京ー合肥ー紹興 2018年6月~7月
〈華東地方〉北京市―安徽省―浙江省

❖観光地❖ 
[北京]-
[合肥] 李鴻章故居、明教寺(曹公教弩台跡)、蘆州府城隍廟、逍遥津公園(張遼墓)、周瑜墓、三河古鎮
[紹興] 黄酒博物館、大善塔、倉橋直街、周恩来故居、魯迅故里、書聖故里

◆38日間周遊②昆明ー河口 2018年7月
〈西南地方〉雲南省

❖観光地❖
[昆明] 雲南鉄道博物館、西寺塔、東寺塔、昆明老街、石林カルスト風景区
[河口] ベトナム国境越え

◆38日間周遊③成都ー漢中ー西安 2018年7月
〈西南地方〉〈西北地方〉四川省ー陝西省

❖観光地❖
[成都] 双流老茶館、建川博物館、中国酒村、安仁古鎮、平楽古鎮、上里古鎮、龍泉山、洛帯古鎮、四姑娘山、巴朗山、文殊院
[漢中] 武候祠
[西安] 永興坊美食街、回族街

◆38日間周遊④嘉峪関ー酒泉ー中衛 2018年7月
〈西北地方〉甘粛省ー寧夏回族自治区

❖観光地❖
[嘉峪関] 魏晋壁画墓、万里長城第一墩、懸壁長城、嘉峪関
[酒泉] 鐘鼓楼、夜光杯廠、丁家閘古墓、西漢酒泉勝跡
[中衛] 沙坡頭景区、高廟保安寺、鼓楼、石空大佛寺、通湖草原

◆38日間周遊⑤呼和浩特ー二連浩特 2018年7月
〈華北地方〉内蒙古自治区

❖観光地❖
[呼和浩特] 清真大寺、大召、王昭君陵墓、金剛座舎利宝塔
[二連浩特] モンゴル国境、二連浩特国家地質公園、恐竜館
[成都]-

◆38日間周遊⑥成都ー北京 2018年8月
〈西南地方〉四川省ー北京市
❖観光地❖
[成都] 青城山后山、泰安古鎮、都江堰、寛窄巷子
[北京]-


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2019-07-14

30日間成都滞在~はじめに~

2019年6月3日から7月2日まで、成都に滞在し途中甘粛省を旅行する計画を立てていた。
この旅の目的は、成都の彼氏ジャオユーさんに会いに行くことだった。
30日間もの滞在になるので、現地で滞在記を書いていこうと思い、タブレットも持ち。
そうして1日目、2日目、3日目と滞在記を書き留め、旅行は順調なように感じられたけれども。

最初の週末は、端午の節句による三連休だった。
ジャオユーさんは昔の同僚である友達とともに、彼女が今住んでいる彭州の山の中にある農村で二泊する計画を立ててくれた。
みなは優しく、道中は楽しく、電気がかろうじて通っている山の中での夜は初めての経験のように刺激的だった。
けれどもその楽しいはずの旅の結末は、ジャオユーさんからの怒りの別れ宣告だった。
想定していたことではあったけれど、それでも私はもう、雷が落ちたような、天国から地獄に落ちたような感覚になって、心と身体がメーターを切ってしまったかと思った。
この旅行まで、グレーとはいえ一応恋人扱いだったけれど。
「そうしてきたのはマーヨーズがつらいだろうから」
その一言が結論だった。
この一カ月滞在を決めたのは4月のある日、彼の誕生日を超長距離でお祝いした後だった。
けれどもその時すでに、彼の中では私はすでに恋人ではなかった。
5月に入り彼の連絡が減り、不安な日々が続いた。
「考え過ぎないで、全部誤解だから」
不安がる私に対しそう言う彼に、安心した。それが全く別のことを示していたとも知らずに。
端午の節句の小旅行の後半、たしかに私たちは「悪い状態」だった。
山の中で私は耐えられなくなり、その家主である女性、つまりジャオユーさんの友達の前で大泣きしてしまった。
彼女は私を支えてくれて抱きしめてくれて、10月末以降こころを縛っていたきつい縄がほどけたように、底なしのように私は泣いてしまった。
結果的にこのことは、ジャオユーさんの面子をつぶすことになり、彼を大激怒させてしまったのである。
けれども彼はもともと、この小旅行から帰ってきたタイミングで、はっきりと私に宣告するつもりだったのだそう。
出発前夜、「いま幸せな気分だろう、きっと楽しい一カ月になる」
そうメッセージを送ってきた彼。あれは嫌味ではなく本気でそう思っていたのだろう。
今までのように可能性があいまいな状態ではなく、永遠に一緒になることはないだろう、という100%の宣告を受けた。彼に少しのためらいもなかった。
彼はすでに自分の今後の人生の筋道を立て始めており、私がそこに介入する隙間などなかった。

小旅行から帰った翌日から、私は甘粛一人旅に出る予定だった。
しかしあまりのつらさに、すべてキャンセルした。
私に冷たく接する彼と生活するのは針の筵のようにきつかったし、彼だって好きでもない人がいつまでも自分の部屋に居続けるのは不快に違いなかった。
早くなんとかしないと。
そう思いながらもだらだらと時間は過ぎ、それは逃げ場のない苦しみみたいだった。

こうして、私は滞在記3日目を書いたところで、その後を書き続ける勇気と気力がなくなった。
振り返って書くということは、あの天国から地獄を自分の中で再体験することであり、今の私には無理だった。
けれども毎日酸欠のような日々を消化ししばらくし、「失恋なんてことがなければ、これを滞在記に書いたのに」ということが様々あった。
やっぱり、せっかくの経験なのにもったいない。
そうして、いつもの旅行記とは少し違ったかたちになるかもしれないけれど、なんらかを残すことにした。

初めは、成都に到着してから書いた1日目から3日目は削除しようかと思っていた。
けれども、そのまま載せようと思う。
それを書いている時、もちろん私はその後の顛末を知らない。
それ以降については、日によっては簡素なかたちで、また日によっては滞在記を残すことなく、書けるとき書ける内容で記事が続いていく。

相変わらずたいへん私的な内容が続きますが、つまらなければ、飛ばしてくださって構いません。
もしご興味がありましたら、お付き合いください。

〈記 6月のある日 成都にて〉

⇒ 30日間成都滞在〈1日目〉 へ続く


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2019-07-14

30日間成都滞在〈1日目〉

2019年6月3日、北京経由で成都双流空港へ到着したのは夜11時ぴったりだった。

昨年の今頃に会社を辞めて、中国へ38日間の長期旅行に出掛けた。
その旅の途中、成都で知り合ったジャオユーさんとお付き合いすることになり、その後成都への渡航、滞在を繰り返している。
昨年秋には一度別れることになり、そのあとも「やり直そう」という話は一度もしていないけれども、なんとなく彼氏彼女のような、またそうでないような、グレーな感じで今日まできている。
「中国で、そしてできれば四川で仕事を見つけよう」
そう決意したのはお別れすることになった秋のことだった。
あれから四苦八苦しようやく得た内定に、彼もとてもよろこんでくれた。
昨年末のことである。
それから中国での就労許可手続きに入り、その結果が残念なことに不許可という形で迎えられたのが2月の半ば。
張りつめていた糸が切れてしまったかのように大泣きする私に、
「なら結婚してこちらにくればいい」
彼は力強くそう言ってくれたのだった。
手続きの準備を進めて、2月から3月にかけて再度渡航。
しかし雰囲気良く別れて帰国したところで彼から告げられたのは。
「やっぱり結婚はやめよう」だった。
いったい、いつになったら平穏な日々のスタートがきれるのだろう。
私はもう正直倒れそうだったけれども、ここは気持ちを切り替えて、再び仕事についてどうするか考え始めることにした。
とりあえず、先行きが見通せるようになるまで、短期バイトでしのいでいくことにした。
4月5月と二か月、平日は大手企業の派遣で働くことになった。
また二日のみの短期バイトと、4月の週末と10連休のゴールデンウィークには、憧れだったある観光施設でのバイトを決めた。
バイト三つ掛け持ちで5月の半ばまでほぼ無休で挑んだけれど、二か月分のお給料は以前の会社の月給分にも及ばない。
それでも、新しい出会いに新しい経験に充実し、お金を稼ぐことってこんなに大変だったんだと今更ながらに実感し、有意義な二か月だった。

「6月に会いに行ってもいい?」
4月に入り関係が良好だったので、そうジャオユーさんに訊いてみた。
「いいよ!」
二か月後にどうなっているかなんてわからないけれど、なんだかこのままうまく行きそうな雰囲気を感じたのだ。
そうして一カ月の渡航を決め、ジャオユーさんには恋人としてビザのための招待状を用意してもらい、準備は整えられた。
ところが。
日本が天皇の即位、令和到来と大型ゴールデンウィークに湧いていた5月1日。
この日、喧嘩ではないけれど私が体調を崩したことで、どうしてか彼と不穏な雰囲気になり、その後連絡が取りづらくなってしまった。
こちらから連絡しなければ向こうからはこないし、連絡すれば楽しい雰囲気の返事と冷たい雰囲気の返事が交互にやってくる。
「私、成都に行かない方がいいのかな?」
そう訊いてしまい後悔したけれど、それには返事がなかった。
悩んだ私は、一カ月の滞在すべてを成都に使うのではなく、途中に甘粛方面への旅行を入れることにした。
こうして自分の気持ちを鼓舞するとともに、彼への連絡も絶った。
昨年秋に別れて以降、やれるだけのことはやってきたつもりだ。
これ以上はできないな、と思った。
去るなら去れ、こんな頑固おやじはこちらこそ御免蒙る、まず仕事を決めるぞ。そう思うと楽になった気がした。
連絡を絶ってみると、向こうから連絡が来るようになった。
「連絡ないけどどうしてるんだ?」
「トラブルは起きていないか?」
「空港に迎えに行くぞ。連休があるから遊びに行こう」
私が途中に甘粛旅行を計画していることを伝えると、返事は来ずまた連絡が途絶えた。旅行の前後には成都に滞在したい旨を伝えても返事はなかった。
3日、成田を出発する午後、彼から連絡が入った。
「一カ月もの旅行なんて羨ましいな~」
「6月に会いに行ってもいい?」そう訊ねた4月を思い出した。
ジャオユーさんに会いに行くために用意した一カ月だったのに、彼の言い方はなんだか他人事みたいに聞こえた。
この一カ月の滞在は、安定した収入のない私にとってなかなか気合のいることだった。二か月分の収入から自由になるお金をまるまる使っても赤字になってしまう。
彼の他人風な言い方に、なんだか空回りしている自分を見た気がした。
そんなもやもやを抱えた状態での、成都双流空港への到着だったのだった。

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11時半、迎えに来てくれていたジャオユーさんと無事に合流し、マンションへ向かった。
今日は月曜日、明日はまた彼は出勤しなければならない。
寂しさは感じれども、彼には迷惑をかけてしまっているので私にそれを口にする資格はない。
微信の文字でのやり取りや音声メッセージでは感情や状況が読めずに不安になるけれども、実際に会ってみると彼は相変わらず気さくなジャオユーさんだった。
今週末は端午の節句で三連休になるので、前にも一度会ったことのあるワンさんを誘って友達のいる山里に遊びに行こう、彼はそう提案した。
連休明けに私は一人、甘粛へ向かうことになる。

二カ月ぶりの成都は、もわんとした湿気があり、深夜にも関わらずたいそう蒸し暑かった。
5月は成都も暑い日と寒い日を繰り返していたようで、それでもすでに初夏を迎えたようだ。
マンションに到着すると、部屋にも熱がこもっていた。
私たちは窓を開けて外の空気を入れようとしたけれども、悲しいことに風ひとつない。
すでに深夜1時半を迎えていたけれども、やっぱり、部屋に加わった新しいものだの、変わった家具の配置などで話がつきずに時間が過ぎていく。

〈記 6月4日 成都にて〉

⇒ 30日間成都滞在〈2日目〉 へ続く


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2019-07-14

30日間成都滞在〈2日目〉

2019年6月4日、ほとんど寝た気もしないまま、6時にけたたましいアラームが鳴った。
私のスマホである。バイトをしていた二か月間毎日鳴らしていたアラームがそのままになっていたのだった。
あわててスマホをタッチすると、ジャオユーさんは「ほとんど寝れなかった」と死んだような声を発した。

ジャオユーさんは起き上がって朝食の準備に向かった。
端午の節句には少し早いけれど、今日の朝ご飯はチマキにしよう、彼はそう言った。
日本では端午の節句はこどもの日で鯉のぼりや兜を飾るけれども、中国ではチマキを食べる。
中国でいうこどもの日はロシアが定めた6月1日で、中国各地でこどもが嬉しいイベントが開催される。
そういうわけで、ジャオユーさんは大きな箱から真空パックされたチマキを取り出し、蒸し始めた。

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こちらがそのチマキ。
始皇帝が中国を統一する少し前の時代、忠義報われず湖に飛び込み自死した屈原を偲んだのが始まりといわれている、端午の節句のチマキ。
日本ではしょっぱい系のイメージが強いが、中国には様々な具材、味覚のチマキがある。
肉や卵だけでなく、中に棗が入っていたり、具がないものに砂糖をつけて食べたり。
ジャオユーさんはパンダの絵が施されたチマキのパッケージを指し、
「パンダの肉が入ったチマキだぞ」と得意げに言い、私もそれに合わせ、
「パンダの肉なんて初めて!」とよろこぶ。
実際は具なしのチマキで、これに彼はきな粉と黒蜜を用意した。
私はしょっぱい系のチマキの方が好きだけれど、甘い方が本来のすがたなのだという。

ジャオユーさんは出勤し、私は二度寝したのちにシャワーを浴び、荷物とおみやげの整理をした。
今回は関係がぎくしゃくした中での成都行きではあったけれど、それはそれは大量のお土産を用意してきていた。

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彼へのお土産としては、うどんとそばのカップ麺、それから二日前に行った信州土産にほうとう、彼は魚が好きで海の魚が希少なので、そのまま食べれるキンメダイの焼き魚真空パック。日本の焼肉のたれ、それからよく物を忘れる彼の為に‟記憶力を維持するガム”。
それからスーパーで買った沖縄と北海道のビール。
ジャオユーさんは5月4日から禁酒していると聞いていたが、信用していなかった私はきっと喜んでもらえると思って持ってきた。
そのほか、誰と会うか予想ができないので、親戚や友達とどれだけ会ってもかまわないように山ほどの日本のお菓子。
主に、キャラクターものを選んで持ってきた。

こうして荷物の片付け、部屋の片付け、洗濯物などが終わり、遅いお昼ご飯を食べに出掛けることにした。

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毎度変わり映えしないけれど、成都にきたら大好きな抄手をまず食べたい。
いわゆる四川のワンタンだけれど、辛い物と辛くない物があり、私は悩んだ挙句紅油抄手を頼むことにした。
中サイズ、15個、これで12元である。
唐辛子の辛さの中には山椒の痺れと落花生の香ばしさ、ネギやパクチーの香味が混ざり、ほどよい油っぽさで満足する。

四川盆地の夏は蒸し暑く、それで激辛料理が発展したなんて聞くけれど、今日は本当に蒸し暑い。
去年の今頃ここを訪れた時もこんなに暑かっただろうか。
紅油抄手を一つ二つと食べていくうちに、汗が吹き出し私はたまらずティッシュを手に取った。

食べ終えて歩いて向かったのはジャオユーさんの職場近くにあるカフェ。
ここでしばらく旅行記を書き、彼の退社を待つことにした。

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頼んだのはアイスコーヒー。
オーロラコーヒーというのを頼んでみたらカフェオレのような感じでおいしい。
一杯30元で小さなグラスなので、お替りしたくても我慢。

やがてジャオユーさんがちょっと早めに5時前には仕事を終えてカフェに迎えに来てくれた。
今夜は外食ではなくて、家でご飯を作ってくれるそう。
羊を買って取り寄せたものがあるそうで、今夜は私の大好きな、羊の脚を野菜と調味料でシンプルに煮込んだものを作ってくれるのだそう。

市場に寄り野菜を買ったあと、マンションでジャオユーさんの料理ショーが始まった。
いつものように、私は助手で指示されるままに野菜を洗ったり皮を剥いたりするけれど、切ったり調理したりする役目は与えられない。

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こちらは前にも作ってくれた、大根サラダの前身。
芸術作品のように薄く細く切り刻まれた大根にたくさんの種類の調味料を混ぜていく。
砂糖、塩、山椒、油も数種、それから色々…そして今回が前回と違うのはワサビを加えたこと。
ワサビは日本人の味覚だと思っていたけれど、四川にも親しんだ味覚のよう。

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ショウガや野菜と煮込まれた羊を引き上げ、台所でそのままいただいていく。
ジャオユーさんが箸を触れると、崩れたように肉は剥がれ落ちていくやわらかさ。
彼はそれを次々と私の口へ運んでいく。
最初は味付けなしでそのまま。
次は塩を軽くつけて。
そしてその次は生のニンニクスライスを乗せて食べてみる。
堪らないおいしさで、思わず唸ってしまう。
この羊鍋は、スープもとてもおいしい。
調味料をほとんど使っていないシンプルさなので、素材の旨味がそのままがつんとくる。

「ほんとうにお酒飲まないの?」
ジャオユーさんは5月4日から禁酒を始めたと言っていたが、彼はなんどもそんなことを言っていたので端から信じてはいなかった。
会えば、飲むと思っていた。
ところが私のお土産を見て一言。
「ビールは飲めないからマーヨーズにあげるよ」
こんなことがありえるのだろうか。
大酒飲みで、どこ行くにしても何するにしても、一緒にお酒を楽しんできた。
彼はずいぶん前に煙草はやめたけれど、お酒だけはやめることはないだろうと思っていた。
何度理由を訊いても、「健康のため以外になにがあるんだ」とそっけない。
酒好きならば、おいしい料理があればどうしても飲みたくなってしまうだろう。
ところが彼はもうお酒というものが存在しないかのように反応しない。
「マーヨーズは飲めばいいよ」
そういって白酒をグラスにあけてくれたけれども、おいしさも半分だ。

私たちは食事を終えて出発の準備をした。
明日は午前中、成都から60㎞ほど離れたところにある新津という街で仕事があり、今夜のうちに行き前泊するのだという。
「行くか行かないかはマーヨーズが決めればいい」
そう言うので、私もついていくことにした。
初めて行く場所はただそれだけで楽しい。

泊りの支度を整えて、車に乗り高速道路を走った。
ジャオユーさんの車の温度計はデジタルで30度を超す数字を示している。
「夜なのにこんなに暑いなんて…」
日本も最近暑い日が続くけれど、夜になれば肌寒いほどになる。

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夜の新津の街は静かだった。
職場が用意してくれたホテルにチェックインし、私はこっそり分かれてエレベーターに、ジャオユーさんは階段で部屋に向かう。
仕事関係の人が多数宿泊しているので、私はあくまでお忍びだ。

まだ9時過ぎという時間帯で、外を散歩してみることにした。
近くの果物屋さんで西瓜を買いその場で切って食べさせてもらう。

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今どこでも見かけるのはさくらんぼに枇杷。
バナナはこんなふうに日本では見かけないバナナがそこらに売られていた。

果物屋さんを出るとジャオユーさんがふと立ち止まった。
そこには「台球」の文字。ビリヤードのお店である。
ジャオユーさんは前からビリヤードやろうと言っていたこともあり、入ってみることにした。

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一時間で二人で20元ほどだった。
私は若いころによくやった記憶があるけれど、やり方もルールもすっかり彼方へ行ってしまった。
ジャオユーさんと交互に打つも、空振りしたり勢いだけはいいものの全く落ちなかったり。
上手なジャオユーさんは私に諦めて、時々白い球を打ちやすいところに持ってきてくれた。
「上手だけどいつからやってるの?」
そう訊くと、「9時半からだ」そう返ってきてしまったので、
「どれだけの時間ビリヤードやったことがあるの?」
そうすると今度は「一時間だ」
言葉って難しいな、と思い「10年経験があるの?」と訊くとようやく、
「そうだな、それくらいかもしれない」
10年前は彼は新疆で生活していたはずなので、
「新疆にもビリヤードはあるの?」と訊くと、
「当たり前だ!バカにしてるのか!」
中国ではよくビリヤードを楽しむ人を見かける。
「中国ってビリヤード好きな人多いよね」
そういうと「多くないよ」と返ってきたけれども、日本よりかは多いかなと思う。

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中国での初めてのビリヤードを終えて外に出てみると、大粒の雨が降ってきた。
慌ててホテルに戻り、汗にまみれた身体をシャワーに流すと、ようやく人心地ついた。

〈記 6月5日 新津にて〉

⇒ 30日間成都滞在〈3日目〉 へ続く


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2019-07-14

30日間成都滞在〈3日目〉

2019年6月5日、夜中に寝言を言った気がする。
目覚めてみると、一瞬自分がどこにいるのかわからなかった。
横を見てみれば、隣のベッドにはジャオユーさんが爆睡している。
狭いツインだけれど、一緒のベッドで並んで眠ってみたものの、よく思い出してみれば夜中に「お互いの睡眠に影響を与える」と呟きながらベッドを移動する彼の記憶があった。

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彼は食堂に朝ご飯を食べに行き、私はお忍びなので食堂に行くことができずに、彼が持ち帰ってきたゆで卵を朝ご飯代わりに食べた。
彼はこれから会議に出、お昼ごろには終わるという。
私はしばらく冷房の効いた部屋でのんびり休み、10時頃に出発した。

新津は小さな街で、特にこれといった観光地もないみたいだった。
老君山という山があり「行ってみたら」と彼から勧めてもらったけれど、時間もそんなになかったし何よりも暑かったので、私は周辺を散歩することにした。

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大きな通りを抜けて裏へ入ってみると、生活感溢れる居住区に出た。
様々なお店がパラソルを並べる。

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端午の節句を目前にして、あちこちに見かけたのは粽子(チマキ)を売るもの。
道端で、くるんだ笹に器用に糯米を詰め、くるくると糸で縛り上げていく。

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そんな様子を珍しく思い写真を撮っていると、みんなが「何してるんだ?」と声をかけてくる。
四川語であることはわかったけれど、当然なんと言っているかはわからない。
あとからジャオユーさんに教えてもらったところによると、私はどうやら行く先々で「何してるんだ?」と訊かれていたようだということがわかった。

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新津の街には花や観葉植物を売るお店が多かった。
そんな中で、このような鉤に吊るされた肉は中国ではお馴染みだけれど、日本では見ない光景。
この暑さで大丈夫かな?

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おなかが空いた私は、ここを見つけた。
大好きになった涼麺に惹かれて立ち止まったけれど、ここではポテトチップも揚げてくれるよう。
三つの価格がある中で、私は真ん中の8元のを頼んでみた。

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おばさんが揚げたジャガイモスライスを、おじさんが袋に入れてくれた。
おばさんが手際いいのに対し、おじさんが袋に入れるのにやたら時間がかかっているのがなんだかおかしくて、おまけになぜかお箸までつけてくれた。
振りかけられた味付けは、四川おなじみの、「甘辛」。
唐辛子の辛さと砂糖の甘さが同居する不思議な味覚はここならではだ。
カラムーチョの粉を何倍か辛く濃くして、それが甘い状態を想像するともしかしたら近いかもしれない。
私はこの味がすっかり好きになり、しかもジャガイモが揚げたてでおいしく、蒸し暑い道を歩きながらつまみ、身体は汗でぐしょぐしょになってしまった。

12時を過ぎてジャオユーさんが仕事を終えて迎えにきてくれた。
私の服装を見て、一言。
「なんだ、この花は」
今日は大きな花柄が入った和風のワンピースを着ていた。
「きれいだねとか、かわいいねとか、似合ってるね、とかそうことは言えないの?」
私がそう言うと、
「花はきれいなものだ!つまりそういう意味じゃないか!」
しかめ面をしてそう言う。
午後にはまた職場で事務処理があるそうで時間はあまりないけれど、ここでお昼を食べていくことにした。
「昨日は肉を食べたから今日は野菜を食べるぞ」
そう言うジャオユーさんに、「麺もいいね、さっき涼麺食べるか迷ったよ」

そうして私たちは結局、雲南の名物米麺、過橋米線のお店に入った。
定番の過橋米線はあつあつの鶏だしスープに、別皿の米麺や、ハム、野菜、ウズラの卵などの具材を放り込み、スープの熱で加熱して食べる特徴ある料理。
このお店のものはそうした本当の過橋米線ではなかったけれど、まぁまぁいける。

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ジャオユーさんは辛いのを、私は鶏スープの辛くないものを。
真っ赤なスープは見ているだけで汗が吹き出しそう。
こんな辛い過橋米線があるのも四川ならではだろうか。

私たちはお昼ご飯を終えて、近くの茶館で休憩してから出発することにした。
先ほど通りがかった時にはがらがらだったお茶テーブル、麻雀台は、お昼を食べている間にあっという間にお客さんで埋まっていた。

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隅っこに空いたテーブルを見つけお茶を頼むと、なんと2元。
成都でもだいたい10元くらいで、それでも何時間いてどれだけお湯を追加しても構わないのだからとても安いのだ。
2元はさすがに想像していなくて、聞き間違えたのかと思ったが、本当だった。

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お茶を写真に撮っていると、ここでもみな「何してるの?」と訊いてくる。
「そんなに変かなぁ?」そう言うと、
「そりゃそうだ、お茶なんか写真に撮る人なんかいないからな」
「日本ではご飯食べる前、飲み物を飲む前、写真撮る人、多いんだよ」

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近くで売られていたハミ瓜を買って、それを食べながらお茶を飲んだ。
蒸し暑い四川にあり、各所にあるこうした昔ながらの茶館は、涼しげな竹椅子に座り木陰に涼み、癒される時間である。
四川、成都の人々の生活を表す表現の代表が「のんびり」であることがうなずける。

ふたたびドライブしながら成都に戻ってきた。
ジャオユーさんは職場に戻る前に、ある通りの端っこで私を下ろしてくれた。
馬鞍路という通りだった。

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ここはチマキを売るお店が並ぶことで有名な通りなのだという。
歩き始めてみると、ここがすごい。
本当にみごとにチマキ屋さんがずらりと肩を寄せ合いながら続いているのだ。
私はとうとう最後まで歩くのを断念したけれども、少なくとも数百mは続いていた。

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それぞれのお店では、店先でチマキを詰める作業をしている。
手慣れた手さばきはみごとで、あっという間に笹の葉がくるまれていく。
味は棗や卵、豚肉牛肉などさまざま。
笹を包む紐がカラフルで、具材が色分けされている。

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もう数え切れないチマキの数々で、めまいがしそうなほど。
チマキと一緒に卵が売られているのは、チマキを食べる時に卵も食べる習慣があるからなのだそう。
卵も、ピータンのように土のような何かに包まれた卵もあった。

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途中ではテレビの収録がされていた。
巨大なチマキを作るお店をレポートしていて、周囲のお客にも声をかけて巻き込んでいる。
私は一歩また一歩下がりながら、静かにカメラの視野からさりげなく抜けた。
端午の節句を目の前にして、一番賑やかなチマキストリートを体感できて満足だ。

ジャオユーさんが仕事を終え、私たちは部屋でしばらく休憩したあと、マンション階下の火鍋店に行った。
私が火鍋を食べたいと言ったからだけれど、
「火鍋は二人だと無駄が多い」
頼める具材は少ないしお金もかかる。
エレベーターの中でジャオユーさんはそんなことをぶつぶつ言っている。
知り合ってから今まで、何度も何度も火鍋を一緒に食べた。
いつもいつも、私が好きならば、と喜んで一緒に火鍋を食べてくれていた彼だったけれど。
気づけばいろんなところで、「今までのジャオユーさんだったらこうだったのに」を繰り返している自分の思考に気づいた。
関係が不透明な今、そんなふうに考えることはなかなかしんどかった。

頼んだ火鍋は、麻辣のスープに真ん中はトマトスープ。

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具材は、ジャオユーさんが必ず頼む海魚、耗儿魚。
それに私が好きだと知っていて頼んでくれたウズラの卵。
牛肉に鴨血、それから私がリクエストした豆腐皮。

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乾杯は、ジャオユーさんは元気水なる炭酸水、私は白酒。
「ほんとうに飲まないの?」
「当たり前だ」
大酒飲みのジャオユーさん、同じく酒飲みの私にとってこれほど合う酒飲み相手はいなかった。
飲み方も飲む量も飲む物も、どこに行ってもお酒が必要!というところまで、本当によく合うお酒の相性だった。
私がお酒をやめることがありえないように、彼がお酒を飲まなくなるなんてことは、ありえないと思っていた。
ジャオユーさんがお酒をやめた、今日は太陽が二つある、どちらかが嘘です。
なんて話があったら、私は迷わずジャオユーさんの禁酒の方が嘘だと考えるだろう、というほどありえないことだと思っていた。
5月4日から完全禁酒し、一年は飲まないのだという。
度数が低いビールも、一口も飲まないのだという。
5月4日は、私たちの関係が少しおかしくなり始めた時だった。
もしかして何かあったのだろうか。
「病気になったの?」
そう言って肝臓の辺りを指さすと、
「完全に病気ってわけじゃない」
では、少しは病気ってこと?
私が黙っていると、「ただ健康のためだ!80歳まで生きるんだ!」
怒ったように声を張り上げた。
今まで、だいぶお酒に助けられてきたな、と思う。
出会った時も、喧嘩した時も、別れて再会した時も、なんとなく関係がぱっとしない時も。
いつもお酒が仲を取り持ってくれていたみたいだった。

火鍋を食べ終えたらビリヤードに行き、そのあとジャオユーさんはジムに行くと言っていた。
「鍛錬は休んだらダメなんだ!」
私たちは火鍋店から歩いて近くのビリヤードお店に向かった。

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途中には冷凍輸入のサーモンと鱈を売る専門店があり、そこに寄り道してサーモンのお刺身を食べた。
ジャオユーさんは醤油をじゃぶじゃぶつけてしまう。
「お刺身っていうのはそういうふうにしたらダメなんだよ」
教えるけれども、直らない。
8月には日本に遊びに行く。
私は信じていないけれど、またそんなことを言っている。
「静岡に行ったらサーモンのお刺身を食べるんだ」
成都で食べるサーモンは確かに高いけれど、お刺身でも十分においしい。
北海道ならともかく、駿河湾で獲れた魚がおいしい静岡で、成都でも味わえるサーモンを食べるのはとてももったいないことだ。

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昨晩につづき二度目のビリヤードである。
一時間で30~40元くらいだったかと思う。
ジャオユーさんは結局ほとんど一人で打ち、私はときどき参入した。
ところが、ビリヤードがうまくいきご機嫌になった彼がとつぜんトイレに行き、戻らなくなってしまった。
お店を出てもう一度トイレに駆け込み、また出てこない。
おなかを壊したのだという。
私は他人事で笑って彼のおなかを叩き、持ってきていた正露丸を渡すと、
「きついにおいだな…」
そう顔をしかめながら三粒口に放り込んだ。
さすが正露丸で、しばらくすると腹痛は治ったよう。
しかしこれが他人事ではなかったようで、翌日の早朝、私は死ぬような腹痛に襲われ今度は私がトイレに避難することになるのだった。
二人に来たということは、昼に食べた過橋米線か、茶館で食べたハミ瓜か、それとも火鍋か…。

腹痛のジャオユーさんを置いて、屋上に夜景を見に登ってみた。
真っ暗な屋上にはすでに先約がいて、一組のカップルがごろりと横になって涼をとっていた。
スマホを見ながら爆笑している彼らの横を通り過ぎ、去年の秋に彼と二人で烤肉をやった場所に行ってみると。

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まもなく23時を迎える成都が、若干灯りを落としながらも、いまだ輝いていた。
街の雑音を聞きながら、けれども胸に溢れてきたのはおぼろげな喪失感だった。

〈記 6月6日 成都にて〉

⇒ 30日間成都滞在〈彭州へ〉前編 へ続く


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プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国四川省宜賓市にて生活を始めました。
旅行記に絞ったブログ、一つひとつは旅のあしあとです。

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