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2019-03-27

◇◇ 西南地方 ◇◇

中国地図★西南地方

※各旅行記タイトルをクリックいただきますと、旅行記一番最初のページに飛びます。

※2019年8月末より、四川省宜賓市にて生活を始めました。
 宜賓に関連した記事は、「最新旅行記」または「宜賓散歩」のページよりご覧いただけます。

30日間成都滞在① 〈前編〉 2019年6月7月 〈四川省〉

❖観光地❖
[成都] 東郊記憶音楽公園
[新都] -
[彭州] 大坪村
[宜賓] -

30日間成都滞在② 〈後編〉 2019年6月7月 〈四川省〉

❖観光地❖
[成都] ー
[ウルムチ] 烏西站、石人沟、南山板房沟、南山沙沟、新疆国際大バザール、新疆民街、二道橋バザール歩行街、新疆地質鉱産博物館
[トルファン] カレーズ園、火焔山、鄯善クムタグ砂漠


14日間成都滞在 2019年2月3月 〈四川省〉

❖観光地❖ 
[成都] 成都動物園、龍泉山桃花古里、洛帯古鎮


30日間成都滞在① 〈前編〉 2018年9月10月 〈四川省〉

❖郊外観光地❖ 東山展望台、三岔山湖、平楽古鎮、五風溪古鎮、賀麟故居、龍泉山

30日間成都滞在② 〈後編〉 2018年9月10月 〈四川省〉

❖観光地❖ チベット街、錦繍天府塔
❖郊外観光地❖ 街子古鎮、新都・宝光寺、新場古鎮、白鹿古鎮、海窝子古鎮、葛仙山


成都旅行 2013年10月 〈四川省〉

❖観光地❖ 青羊宮、錦里、寛巷子、武候祠
❖郊外観光地❖ 青城山、黄龍渓、都江堰


重慶旅行 2017年7月 〈重慶市〉

❖観光地❖ 磁器口古鎮、歌楽山景区 [白公館監獄遺址、渣滓洞監獄遺址]、朝天門広場、紅岩村景区 [紅岩革命紀念館、中共中央南方局八路軍办事处]、周公館、人民大礼堂、三峡博物館、洪崖洞


麗江旅行 2015年2月 〈雲南省〉

❖観光地❖ 麗江古城、束河古鎮、白沙
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2019-03-27

14日間成都滞在~はじめに~

2018年11月中旬、現在無職でそろそろ就職活動を始めようかという時、それならいっそ思い切って中国で仕事を探してみようか、そう考え始めた。
そして12月末、中国滞在中に四川省のある大学にて面接が入り、日本語講師として採用が決まった。

そもそも、どうして中国の大学で日本語講師をしようと思ったのか。

ひとつは、日本と中国とその両方に関わり、また日中友好に少しでも貢献できるような仕事をすることは、私にとって実現することはないと思われた夢だったから。
中国語は勉強が足りず、中国への理解もまだまだ。
けれども、一生なんらかの形で中国に関わっていきたいと思っていた。

もうひとつは、日本語に関わることをし続けたかった。
言語はツールに過ぎないけれど、そこには人間のすべての歴史と文化が詰まっている。
それはまるで絵の具のように色彩を持つ画材のようだと思っている。
さまざまな種類の画材、さまざまな色彩。
一つひとつの段階では、それらは単なる物、道具に過ぎない。
しかしその単なるものが、美を生む。 
意味を生み、感情を生む。
人の数、生まれた言葉の数だけ、色彩をもつ。
それはまるで、芸術のよう。
日本語には日本の美がある。
私は日本人として日本語が生み出す美に誇りをもっているし、その美から離れたくなかった。

そういうことで、日本語講師の仕事を探してみようと考えるようになった。
決断してからは、決して楽な道のりではなかった。
就職活動をしては問題にぶち当たり、またぶち当たり、その度に能力以前に自分の事前知識がなかったことを思い知らされた。
自分が思っている以上に、それは難しいことだった。
それでも諦めずに、どんどん狭まっていく選択肢を逃すまいと縋りつく思いだった。

エントリーした大学のひとつが面接をしてくれることになり、そちらへ実際に伺ったのはクリスマスイブの12月24日だった。
対応してくださった職員の方々はみなとても雰囲気良く接してくれ私はリラックスすることができた。
また突然の模擬授業も悲惨な内容ではあったけれども、学生たちはみなとてもかわいく、彼らが進学時に日本語を選択してくれたことを嬉しく思った。
大学の環境、生活の環境、地理なども含め、実際に自分の目と体でメリットとデメリットを見たうえで、ここがいいな、と思った。
今までの就活がうまくいかなかったからこそこの出会いがあったことを思うと、すべては縁だなと実感した。

こうして、その大学にて内定をいただき、就労の準備を始めることになった。
新学期は3月からで、大学は手続きを急いでいた。
中国での就労手続きは非常に煩雑で、また時間がかかることがわかっていたからだ。

中国で就労するにあたって、就労ビザの取得の前に、「就労許可」を得る必要がある。
この許可がおりなければ、内定が下りていようと、どんな会社であろうと、どんな人であろうと、中国での就労はいっさい認められない。
就労許可が下りさえすれば、後は日本で就労Zビザを申請し、それを持って中国へ入国し、就労許可証の発行と居留手続きをすることができ、一年の就労権が与えられる。
就労許可はここ近年で厳格化され、許可が下りないケースが頻発しているとのことで、この就労許可申請が一番の問題だった。

この就労許可申請に関わる資料を日本で集めることになったが、これが時間もかかるしお金もかかり、大変だった。
私は年始から行動開始し、申請できたのが1月24日。
現在の申請方法では、まずオンライン申請をしその予備審査を通過してようやく、窓口申請を行うことができる。
予備審査に5営業日、本審査に10営業日。
時間はきつきつだったけれど、新学期に間に合わせることを目指して、2月27日の片道航空券を購入した。
就労許可申請の結果が出てからでは間に合わないので、年始から授業準備と勉強を始め、たくさんの教材を用意した。

一度不許可通知がおり、再申請をかけた。
それも不許可となり、大学は何度も申し立てをしてくれたが、当局が示す不許可理由も二転三転し、もうどうしても覆らない様子がうかがえた。
こうして、私が中国での就労許可を得ることは今後も含め絶望的となった。
現在の中国における外国人就労の規定は非常に厳しく、再チャレンジという話ではない。
希望職種を変えてという話でもない。
以前はともかくとして、現在非常に難しくなっているのが、この中国の就労申請なのだ。

昨年から厄年かと思う程、よくないこと、うまくいかないことが連発した。
私は耐性がないし努力家でもなく、自分に非常にあまい人間なので、何度もめげそうになった。
ここ数カ月はこれまで経験したことがないほど自分の精神状態が落ち込み不安定になり、どうなることかと思った。
それでも最後に希望が見えて、就労が不許可になる可能性は十分承知していたけれども、それに賭けようと思った。
しかし賭けは失敗した。
想定内の結果ではあったけれど、やはり受け入れがたい結果だった。
この一カ月半やってきたこと、手続きのための費用、これから教学を行うためにもかなりの金額をかけたし、勉強もしたし、なによりも気持ち、そんなものが全部無駄になってしまうのかと思うと、残念でたまらない。
この一年ほど持ちこたえていた張り詰めた糸が、ぷつりと切れてしまいそうな、そんな不安感が生まれた。
中国での就労の道が絶たれた今、日本でこれから就職活動をするしかない。
けれどそれは、12月の再会以降おだやかに続いていたジャオユーさんとの関係が終わるということも意味している。
遠距離恋愛すればいいじゃないかと言う人もいるかもしれないけれど、現状それはできない予感があった。

就労許可申請をして審査結果を待つ間、ジャオユーさんは不安定になる私を見ては度々言った。
「もし方法がなくなったら、最後は結婚するという選択肢がある!」
それは決して、彼が私と生涯をともにしたくて生まれた言葉ではないことを、私は知っている。
私たちは様々な問題を抱えたことがあり、それはまだ修復途中の段階だった。
私に対し愛情はあることはあると思うけれど、彼にとって、まだとても結婚を考えられるような状態ではないはずだった。
彼はただ、結婚して中国に来ることにより、私に中国で生活する機会を与えてくれようとしただけなのだ。
私が望んでいるものを、そしてチャンスを、与えてあげようと思っただけなのだ。
100%愛情から生まれた結婚の話ではなくても、少なくとも彼の私への思いや助けたいという優しさから生まれたことではあるだろうから、感謝とともにとても嬉しかった。
しかし婚姻による配偶者ビザでの居留は、一切の就労が認められていない。
収入が得られない以上、どうするのか。
問題は山積みだったけれど、私にはもう金銭的な余裕も、精神的な余裕も、残されていなかった。
「結婚手続きをしよう」
就労許可不許可の最終通知を得たその日、私たちは電話で少し話し、そう決めた。

⇒ 14日間成都滞在~ハイライト①~ へ続く


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2019-03-27

14日間成都滞在~ハイライト①~

2019年2月27日、成田を出発し6時間のフライトを経て成都へ。
二週間成都にのんびり滞在し、3月12日香港を経由し帰国した。
2月27日の航空券は、もともと3月1日から始まる新学期のために用意していた片道切符だった。
就労許可が不許可だった場合はキャンセル料がかかることを覚悟で用意していた航空券だったが、結果無用のものとなってしまった。
正直かなり傷心だった私は、‟薬”を求めた。
あやしい表現ではあるが、薬とは中国であり成都であり、そしてグレーな関係を継続する彼氏ジャオユーさんのことである。
ジャオユーさんのOKを得て復路の航空券を用意し、航空券をキャンセルすることなく成都にそのまま向かうことにした。

私は当初、この滞在記を今までのように旅行記事としてまとめようと思い、タブレットを持参していた。
ところが成都入りして二日目の夜、四カ月ぶりではあるけれども、またもや私たち二人は揉めてしまった。
それは楽しく食事をしようという時のことだった。

「マーヨーズ、成都へ来て生活を始めたら365日働いて、休みは一日もないし早朝から深夜まで働くんだぞ」
ジャオユーさんの人柄を考えるとまったく予想をしていないことを言われ、私は聞き間違えたのかと思ってしまった。
「もちろん日本にも帰れない、旅行も行けない、物も買えない、わかってるな」
「働くのがたいへんなことはわかってる。でも一日も休みがないなんて生きてる楽しみがないじゃない」
私がそう返すと、
「マーヨーズは成都に‟仕事するために”来るんだろう?」
それなら例え仕事だけの人生でも意義があるだろう。
彼はそう言った。
「旅行は私の生きがいだよ、嫌だよそんな人生」
私は不快な表情をし、ジャオユーさんはもっと不機嫌になった。
「マーヨーズが成都に来ても、彼女自由につくるからな」
冗談の会話であればよかったけれど、彼は大真面目な様子だった。
楽しい滞在になると思っていたのに。
私は悲しくなり、だまった。
こうして私は今回の滞在が始まってすぐに、滞在記を書かないことに決めた。
これ以上私的ないざこざを、ご覧になってくださる皆さんに付き合わせるわけにはいかない、と思ったのだ。

けれども翌日になり時間をおいて考えてみると、昨晩の彼の言葉は彼の人格とどうもそぐわないと思い始めるようになった。
いくらグレーな関係とはいえ、彼が私に苦労する生活、人生を送らせるとは思えなかったし、彼女をつくるというのも‟らしくない”と思えた。
彼はもともと結婚願望がない人で、適当な男女関係をきらう。
浮気をするぐらいなら初めから結婚しないか、その時に別れるはずだと思った。
あとから共通の友人から聞いたところによると、ジャオユーさんにはジャオユーさんの葛藤があり、私が逃げの姿勢で成都に来ること、甘い考えを持ち中国での生活の厳しさを想像していないこと、それらを心配し警告したかったのだという。彼なりのやり方で。

この日以降は楽しく幸せな二週間を過ごし帰国した。
一度は滞在記を放棄したけれども、帰国して一週間ほどが経ち考えが変わり、やっぱり記録を兼ねて簡単にざっと振り返ってみることにした。


〈2月27日(水)〉

結婚手続きに必要な書類の準備のために、外務省、中国ビザセンターに立ち寄ったのちに成田空港へ。

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楽しみでいっぱいで気持ちがどんどんあがっていく。
搭乗前にビールを飲んだあと、そのお店で日本酒の小瓶を二本購入、機内へ持ち込んだ。

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四川航空で空路6時間、これから旅が始まる大好きな時間なはずなのに、もどかしくてたまらなかった。
成都双流空港に到着したのは深夜1時半。
すでに日付は変わっていた。
到着ゲートには出迎えに待つ人たちがたくさんで、その中に笑顔いっぱいのジャオユーさんがこちらに手を振っているのを見つけた。
「マーヨーズ、酒臭いぞ」
機内で二本の日本酒を飲んできたのが一秒でばれてしまった。
そう言いながら差し出してくれたのは、ライター。
ライターよりも、気持ちが嬉しかった。私のことをよくわかってくれている。

マンションに着いたのは、もう深夜でもうすぐ3時という時間。
ジャオユーさんは明日また出勤で、シャワーも浴びずにすぐ寝ようと話していたのに、
「これは前はなかったね」とか、「これ新しく買ったんだ」とそんな話で時間はどんどん朝に近づいていく。
冷蔵庫を開ければ赤ワインが開いていて、そんなの飲んでいる場合じゃないというのに、ついついグラスに注ぐ。
私は寝室へ、ジャオユーさんはソファーで。
二人分かれて眠りについたのは、いったい何時のことだっただろう。


〈2月28日(木)〉

朝起きるとジャオユーさんの姿はもうなかった。
今後結婚手続きをしてここに引っ越すとき、引っ越しの荷物に化粧品や洗剤類を詰めることができないため、この機会を利用して手荷物としていろいろ持ってきていた。
いつも旅行の際自分の荷物が少ない私なのに今回おそろしいほどの重量だった原因である。
ジャオユーさんにばれるとまた「せっかち」だの「早すぎる」だの「中国は火星じゃない、化粧品くらいある」だのと、怒られることは必須で、彼の留守中にこっそりと片付けを済ませてしまうことにした。

トリートメントやクレンジングは洗面台の引き出しに、化粧品類は物置になってほとんど使われていない客室の棚に。
あともうひとつ、持ってきていた手紙付の大きなラッピング袋。
中には彼が愛用しているブランドのシャツが入っている。
4月初旬のある日は、彼の47歳の誕生日。
その日私は日本にいてお祝いをすることができないので今回持ってきた。

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これを物置客室の使われていないプラスチックケースに隠し、当日「ここを開けて」とメッセージを送る算段だ。
47歳か、私も今年の誕生日で37歳になる。

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お昼になりジャオユーさんが帰宅して、私たちはマンション下の自貢料理のお店に入った。
頼んだのは水煮牛肉ともう一品。
水煮という名称からは想像できない真っ赤な激辛料理で、中には細切れの牛肉ともやしが沈んでいる。
自貢は四川の小都市で、四川料理の中でももっとも辛い場所なのだという。

「マーヨーズ、明日は祝日で三連休だ」
ジャオユーさんはスマホ画面の三連休通知を見せた。
そこには、2月29日~2月31日まで中国全土祝日になる旨の通知があった。
「え?明日なんの祝日?嬉しい!」
明日は金曜日、ジャオユーさんが休みになれば一緒に遊びに行ける。
胸を躍らせていると、
「地球の動きがわからない頭が悪い人だけにある祝日だ」
どういう意味だ?
「今日は何月何日だ?」
「2月28日だよ、あ、そうか!」
中国人はこの手のギャグが大好きだ。

こうしてお昼ご飯を終えて、「寝不足だろうからマンションで少し寝るといいよ」と勧めると、
「行くところがある」と言う。
車に乗って到着したのは、少し離れた開発中の商業ビル群。何度も来たことがある場所だった。
その地下駐車場に下りて、私たちは車を降りた。
エレベーターに向かうジャオユーさんを追いかけながら、ふとトヨタのランドクルーズを見つけた。
「あ、ジャオユーさんが定年したら買いたい車だよ!」
知り合ってから何度も何度も話題に出た、ランドクルーズ。
来年か再来年に新型ジムニーを買い、定年したらランドクルーズを買って中国じゅうを旅するんだ。
いつもそんなことを言っては、スマホで価格を見たりしていた。
私が駐車場に停まっているランドクルーズに反応すると、ジャオユーさんは「やっぱりかっこいいな」とうなずく。
すると突然ライトが点滅し、鍵が開いた。
鼻で笑いながらジャオユーさんが乗車し、「マーヨーズ、この車、盗もう!」
どういうことだ~!
ジャオユーさんはランドクルーズを運転しながら市街地を回った。
非常に満足気な様子。
「ねぇ、本当に盗んじゃったの?」
ジャオユーさんの‟本田”は今もあの商業ビルの地下駐車場に残ったままだ。

夕方ジャオユーさんが退社し、まだ明るい市街地をバイクで走りながら夕ご飯のお店を探した。
「この火鍋店はできたばかりだ、入ってみよう」
開店して一カ月ほどだそうで、ということは前回私が成都を訪れた時にはまだなかったことになる。
成都では毎年多くのお店がオープンするのだそうだが、その大半が経営不良で間もなく閉業してしまうのだという。
ジャオユーさんのマンション下にはイタリア人が経営する小さなピザ屋さんがあった。
9月10月の滞在時には私たちはいつもこのピザ屋さんを心配していた。
両隣のお店は外にまでお客さんが溢れているのに、ただの一度も、このピザ屋さんにお客さんが入っているのを見たことがなかったからだ。そうして一度、私たちはお昼にここのピザを食べてみた。
開店当初はたくさんのお客さんが来たのだという。
けれどもすぐに来なくなった。
ひとつは、成都人にとって外国の味覚はちょっと慣れないのだという。
もの珍しさで最初は食べてみたけれど、やがていつも食べてるものがいいよね、となる。
「中国には安いお店がたくさんあるんだ、ピザ一枚に何十元も払う人なんていないよ」
ジャオユーさんはそう言った。
そうして今回見てみると、ジャオユーさんの予言通りこのピザ屋さんは廃業していたのだった。
美食の都市、四川そして成都。
自らの食文化に誇りを持ち舌の肥えた成都人をとりこにするのは難しい。

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「このお店はなかなか悪くない」
ジャオユーさんは言った。彼は食にうるさいので、ジャオユーさんがそう言うならきっとそうなんだろう、というのが私の丸投げした判断方法だ。
狭い店内はまだ明るい時間帯にもかかわらず、すでに満席だった。
湯気をあげる火鍋店は、それだけで温かい気分になる。

「マーヨーズが成都に来たら、日本式居酒屋をやるんだ」
ジャオユーさんは何度もその話題を出し、嬉しそうだった。
私が日本の領域を担当し、そこにジャオユーさんが新疆料理を担当するのだという。
私、居酒屋は大大好きだけど、お客として好きなんだよ…。
仕事中に店のものを飲むわけにもいくまい。
「私が料理下手なの知ってるでしょ?」
逃げるためにそう言うと、「そんなの当然知ってる、できるわけないし期待もしてない」
ただ、「いらっしゃいませ~」だけ言うオーナーをやるんだ。
ジャオユーさんはそう言った。
結婚ビザで中国に居住する場合、いかなる労働も収入も不法就労になってしまい、発覚すれば罰金のうえ再入国禁止となってしまう。
残る道として、起業して法人化しそのうえでお店を出せば、会社の董事として就労許可申請をすることができ、そのことは彼に伝えてあった。
ただ飲食店の場合は営業許可をとるのが簡単ではなく、制限や規定があるよう。
せっかく部屋を確保し、厨房設備などお金をかけて準備しても、「場所がダメ」という理由で却下されれば投資もすべて水の泡。
「飲食店はリスクもあるし難しいよ」
私は教室開いてみたい、と言った。けれども彼はまるで耳に入っていないよう。


〈3月1日(金)〉

この日が「失敗の一日」だった。
ジャオユーさんが仕事を終え帰宅し、私たちは歩いて夕食のお店を探した。
歩きながら白酒の小瓶を手渡され、私たちは順番に飲みながら歩いた。
私は今日一日、朝も昼もなにも食べておらず空腹状態での白酒だったが、冷たくなった身体に体温が戻ったような気がした。

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結局私たちは徒歩からバイクに代え、以前にも行ったことのある商業ビルのきれい目なレストランに入った。
白酒を乾杯し、さあこれから食べようというその時。
この記事冒頭にしるした会話が始まってしまった。
「彼女をつくって何が悪い」
そんな会話の辺りから私はつらさに耐えられなくなった。
でもここで言い返すと、前みたいにまた別れてしまうことは確実だった。
気持ちをリセットしなきゃ。
そう思い、「トイレと、あと外で煙草吸ってきてもいい?」
そう言うと、「席外して煙草吸うなんて、中国ではすごく失礼なことだ!」
彼は怒り、「奥さんどころか彼女どころか、普通の友達すらムリ!」と剣幕しだした。
  ※後日、中国語のQ先生「別に失礼じゃありませんよ」とのこと。
「だってここ禁煙だし」
そういうと、「当然禁煙だろう」
私はとうとう海の底に達したかと思う程、沈んだ。
「食べなさい」
彼はそう言うが、こんな状態で食欲も湧かない。
「料理を無駄にするのか?」
余計に怒らせたみたいだが、食べたくないものは食べたくない。
それと同時に、大皿にならぶたくさんのエビたちに「ごめんね」と思い、そんなことなのになぜかとても悲しくなった。
それを紛らわせるように、白酒をたくさん飲んだ。
一日ひとくちも食べ物を胃に入れることなく、白酒だけがおなかを満たしていく。
やがて気持ちは軽くなり、「もう成都には行かない、あきらめる」私はそう言い、最後は笑顔でいこう、そう決意した。
その気持ちの軽さは単にアルコールがもたらしたものに過ぎないのだけど、その最中にはそれがわからないのだ。
私はかなり酔っ払った。
マンションに帰ってきたあたりの記憶がなく、記憶のかなたに、
「果物、食べたいな」
ジャオユーさんのつぶやきが残っている。
その記憶の次は、まっくらな市街地を一人うろうろし果物屋を回る自分。
マンション階下には数店舗の果物屋があったけれど、どれももうすでに閉店していた。
ジャオユーさんから微信が入った。
「どこにいるんだ?引き出しの中にいるのか?」
お酒買ったから、一緒に飲もう。
友好的な文面である。
翌日スマホを見て知ったが、私はこのとき「もう二度と関わらないから」と返していて血の気が引いた。
マンションの部屋に戻ったが、酔っ払っているため鍵穴に鍵を差し込むことができない。
がちゃがちゃがちゃがちゃやっていると、扉が開いた。
どうやら私は、
「あなたが果物食べたいっていうから探しに行ったのにみんな閉店してた」と言ったらしい。
そしてどういうことかわからないが、私たちは仲良しに戻っていた。

⇒ 14日間成都滞在~ハイライト②~ へ続く


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2019-03-27

14日間成都滞在~ハイライト②~

〈3月2日(土)〉

今日は土曜日でジャオユーさんお休みの日。
朝10時、ランドクルーズに乗って出かけたのは雑多な市場だった。
どこもかしこも車の部品を売るお店。
シートだったり、カーナビだったり、窓ガラスだったり。
すでにどのお店も慌ただしく何かを切ったり削ったり、賑やか。
お店の人なのかお客さんなのか判別できないが、とにかくたくさんの人が行き来している。
ジャオユーさんはここでオーディオを設置するよう。
「今日全部の工程でいくらだと思う?」
機械取り外して設置して、ハンドルのレザーも変えた。
ライトやあれこれもいじっている。
「日本だったらかなりかかるよ」
私がそう言うと、「中国だってそうだ。でも、ここでは今日全部で500元」
「そんなに安いの?」
ここは自動車部品の卸市場なのだった。
「じゃあみんなここでやればいいのにね」

作業には3時間ほどかかり、私たちはすぐそばに並んでいる屋台でお弁当を買った。
15元で、ご飯におかずを三品のっけてくれる。これを立ったまま食べた。
日本人の感覚からしたら衛生的でなく手が出ないかもしれないけれど、これがとてもおいしい。
お昼時でたくさんの人がそこらに腰かけてご飯をほおばっている。
「昨日は料理無駄にしてしまったから」
そういって支払うも、二人でたったの30元。
「なんだか地元民になったみたいだよ」
働く人たちと一緒に同じご飯を食べながら、感じ入った。
これから中国、成都は私の生活の場所になるんだ。
ジャオユーさんと出会って以降、今ではここ成都は私にとってすでに生活の感覚になりつつあった。
それはとても幸せな感覚だった。
「ねぇ、‟本田”はどうなっちゃうの?さよならなの?」
本来の愛車である本田は、昨日商業ビルの地下駐車場に停めたままだ。

ランドクルーズが仕上がって、出発することになった。
市場を去ろうとすると周囲の人が興味深げに近寄ってくる。
「かっこいいだろう!」
わざわざ窓を開けて近寄る人々に話しかける。
このランドクルーズにはまだナンバープレートがかかっていなかった。
「中国ではなくても問題ないの?」
「中国でもナンバーがなければもちろん問題だ」
そういって取り出したのは紙製の仮ナンバープレート。
一カ月の有効期限があり、その間はこれを携帯していればいいよう。
「スピード違反なんか今は怖くない。撮られてもナンバーがないからな!」
ジャオユーさんは調子よくスピードを上げた。
紙製のナンバープレートを見てみると、発行されたのは2月22日。
私たちが婚姻手続きすることを決めたのは2月13日だったから、もしかしたら二人で出掛けるために購入を決めてくれたのかな。

その後向かったのは六舅(六番目のおじさん)の娘さん、つまりジャオユーさんのいとこのマンションだった。
彼女とは10月に一緒に火鍋を食べた。
4月には双子を出産すると言っていたが、予定がかなり早まり、私の成都行き数日前に無事生まれたと連絡が入った。
私はお祝いとして、二人分のよだれ掛けと幸せお守り、それから彼女向けに手作りのピアスと親戚みなさん向けにもみじまんじゅうをお土産に持ってきていた。
マンションに着くと、おじさんたちも部屋にいた。
「出産おめでとう」
そう言うと、すぐそばのソファーを差す。
そこには小さな布のかたまりが二つ。
「わ、小さすぎて気づかなかったよ!」
熟睡して大人たちがどれだけ大声で会話してもまったく起きない。
「こっちの子はもう少ししたらおなかが空いて起きるよ」
「こっちの子は顔がちょっと赤くて、こっちの子は目がちょっと大きい」
双子だけれど、びっくりするぐらい小さいけれど、もうすでに違いがはっきりしているよう。
私とジャオユーさんはそれぞれ赤ちゃんを抱っこさせてもらった。
そのままソファーへ座るも、なにかあっては大変と緊張するうちに、力が入り過ぎたか腕がぷるぷるし始める。
隣りに座っているジャオユーさんはどんな様子かと思えば、ただ形だけ抱っこしたみたいな態度で慣れない様子。
私たち二人とも、この年齢で子供をもった経験がない。

マンションを出て六舅に送ってもらって私たちは戻ることにした。
成都市区に戻る道ジャオユーさんはずっとだれかと電話していたが、どうやら何かトラブルが発生したようだ。
「明らかに悪意がある。訴えるしかない」
ただごとではなく、ジャオユーさんは相当怒っているようだった。
彼は怒るとき、私とは正反対にやけに論理的な口調になる。
怒っているからこそ、感情をコントロールして論理的に話さなければ負けてしまう、と言う。
「車のこと?本田?」
「畜生!久々にこんなに腹立たしい!」
ジャオユーさんはこぶしを突き上げた。
どうやら私が気にしていた本田のことのようだった。
「‟ban jin”ってなんのこと?」
それはどうやら、車の板金のことのようだった。
ジャオユーさんはランドクルーズを購入するにあたり本田を売ろうとしていた。
けれども中古車買取業者が作成した資料には、板金を直した形跡があるため値段をつけることができない。
とても安い金額を提示されてしまったのだという。
「あの本田は新車で買って、事故だって修理だって一度もそんなことはなかったんだ」
憤るジャオユーさんに、
「本田がかわいそうだね、罪がないのに罪があるって言われているみたいで」
車には特に思い出や愛情など思い入れがあるものだし、ただ単に金額の話だけではなく100%の評価をしてもらいたい。
ジャオユーさんはクレームを報告すると言い、北京のどこかの機関に電話をした。
長く話したあと、「それでどう対応できる?まさか‟すみません”と言わせて終わりなのか?」
電話が終わって私は訊いた。
「クレーム出せば解決するの?」
「解決はしないだろう。でも少なくとも今後の被害は防止できる」

六舅たちと分かれて市区に入るまで、ずっとこれらのやり取りの電話が続いていた。
マンション近くで夕食は以前にも行ったことがある耗儿魚の火鍋。
内陸の四川にありながら、成都人が多く好んで食べる海魚だ。
開店4周年の帯が天井から下がっている。
次々と新しく飲食店がオープンしながらも次々と廃業していく、淘汰の厳しい街、成都。
そのなかで4年たってもこれだけ繁盛しているんだから、きっといいお店だね。
そんなことを話していると、オーナーがこちらにやってきてビールを一本差し出した。
私が日本人だとわかって、ウェルカムサービスしてくれるのだそう。
「このお店には欧米人は何人も来ているけど、日本人は初めてだからだって言ってたぞ」
また来るね、そう言ってお店をあとにした。


〈3月3日(日)〉

今から思い返せば、この日は桃の節句だった。
もしあのままあの大学で就労が決まっていたら、最初の授業では雛飾りについて触れてみようと考えていたんだった。
それが成都でのんびりしているとは、思ってもいなかった。

今日はジャオユーさんのお母さんのところに行き、庭先で烤羊肉、つまり羊肉オンリーのバーベキューをやろうと話していた。
新疆の友達からまたとびきり質の良い羊肉が送られてきたのだそう。
昨夜のうちに解凍しておいた。
これを細かく切り、玉ねぎみじん切りとお酒といっしょに和えておく。
お母さんの家に向かう道すがら新疆ナンを買い、向かった。
ジャオユーさん一家は、昔長い間新疆ウイグル自治区で生活していた。
だから彼らにとって、ふるさとは二つある。
一つは成都、もう一つは新疆。
お母さんは新疆を愛し、新疆の味覚もまた愛していた。
羊肉にナンは欠かせないのだそう。

マンションに着き、準備に取り掛かった。
実は昨日、自動車部品の市場へ立ち寄る前にも、お宅に少しお邪魔していた。
だから今回二度目の対面。
対面する前に、私はジャオユーさんに確認した。
「結婚のことはもう知っているんだよね?」
約束してからすでに二週間が経過している。
「まだだ」
ちょっと不安になる。
中国ではお母さんの発言権が絶大で、どれだけ本人の意思があってもお母さんが反対すれば無理、なんて話も聞くから。
私はただ普通の彼女として会うことになった。

私たちは手分けして、テーブルや椅子を庭に運び出した。
お母さんはキッチンで準備を始め、私は庭とキッチンの仲介人になった。
「ピーッ!」
向こうから口笛が聞こえてきた。
急いで音のなる方へ行くと、
「呼んでるってよくわかったな」
まるで動物みたい。
それ以降、彼は何かあるごとに口笛で私を呼ぶようになった。
これが意外と便利で、どこにいても迷子にならない。

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青空が少ない四川で、今日も空は曇っている。
けれども明るく暖かく、気持ちの良い一日だった。
「外でご飯が食べれるなんて、幸せだね」
ジャオユーさんは以前に、ベランダがあるマンションに引っ越したいと話していた。
ベランダから街の風景を見下ろしながら、風に吹かれながらお酒を飲んだり食事をしたり。
ある時には月を眺めながら、ある時には夕日を眺めながら。
なんて素敵な日々だろう、と想像する。
庭に準備した物を並べながら、そんなことを思った。

烤羊肉は始まった。
ボールに入った下ごしらえ済みの羊肉片を私が串に刺し、焼く係のジャオユーさんに手渡す。
「マーヨーズ、上手になったな」
ただ串に刺すだけとはいえ、ジャオユーさんの要求は厳しかった。
その彼からお褒めの言葉をいただく。
「将来ふたりでお店開けるぞ」
新疆の烤羊肉の味付けは、塩、唐辛子、そして孜然粉、この三種が決め手。
日本では出合えない風味である。
彼は私に合わせて時折調味料を減らして焼いてくれたが、私はこの風味に対する抵抗はいっさいない。
一番おいしいのは、なんといっても最初の一本。
そして焼き立て。
ジャオユーさんが寄こしてくれた一本にかぶりつくと、じゅわーっと肉汁が口の中に広がった。
「おいしい~!」

羊肉は大量で、しばらくして近所の人たちも呼んで振舞った。
中には腰を下ろして白酒を飲みながらおしゃべりが止まらない親父さんも。
家の前を歩いているところを呼び止めたが、お昼時この時間に白酒を片手に歩いているとはどういうことだろう。
かくいう私たちも、もともとはここでビールをいただこうと思っていた。
けれども車で来てしまったので我慢、新疆のお茶をいただく。

羊肉を食べながら、お母さんが用意してくれた野菜サラダ新疆風をいただいた。
新疆風というのは私が勝手につけた名称で、新疆に行くとこの風味に出合うのできっと新疆の味付けなんだと思う。
ピーマン、トマト、玉ねぎなど野菜の細切り、それに味付けがされているだけのシンプル料理。
味付けは、塩、砂糖、油、お酢、山椒、そんなものだっただろうか。
野菜がとてもおいしく食べれるサラダで、今まで出合ったサラダ料理の中でこれが一番好きだ。
こってりした羊肉との相性も抜群で、みんなで箸をのばす。

羊でおなかいっぱいになり、次はナンに手を伸ばした。
大きなナンをちぎって、これを炙る。
ナンは新疆の定番食、日本でいうお米みたいな存在だ。
お母さんはジャオユーさんが買ってきたナンを見て、「‟正宗(本物の味)”じゃない」と不満げに言った。
新疆から離れた場所で本物の味に出合うことは難しい。
私も「これはちょっと違うな」と思いながらも、炙ればおいしくいただけた。

烤羊肉を終えてマンションにそのまま戻るかと思いきや、向かったのは例の本田が置いてある商業ビル群だった。
ジャオユーさんはランドクルーズを道端に停め、近くにまた本田を移動してきた。
「さぁ、しばらく時間があるからここでご飯食べよう」
そうして小さな食堂に入り、おなかが空いていないので申し訳程度に料理と、それからビールを飲んだ。
「これから‟彼ら”が来るんだ」
その彼らとは、本田を買い取る中古車買取業者のことだった。
「こういうことがあったんだ、ちょっと待たせたってかまわない」
そう言ってお替りのビールを頼む。
それでも、「これ以上待たせると悪いから」と私たちは約束した場所に向かった。

201903031.jpg

そこには、二人の若い男性がいた。
彼らはジャオユーさんが地下駐車場から持ち出して停めてあった本田を確認した。
その後この二人の男性を連れて向かったのは、ジャオユーさんの職場。
ジャオユーさんの職場は巨大。
その中でひとつの建物に入り、エレベーターを昇り、ひとつの事務室に入った。
そこはジャオユーさんのデスクがある事務室だった。
土曜日の夜、建物内にはだれもいない。
まっくらな廊下に出てみると、大きな窓からはきらきらとした成都の夜景がくっきり。

ジャオユーさんの職場には何度も通りがかったことはあったけれど、内部に入ったのは初めてのことだった。
こういう事務室なんだ、こういうデスクなんだ。
事務室には二つのデスク。
私も顔見知りのワンジエと二人の事務室だ。
デスクには職場のみなさんへと渡したもみじまんじゅうの空き箱があった。
目に入るもの全部が好奇心をそそる。
ジャオユーさんの椅子に座ってみる。ふかふかで社長の椅子みたいだ。
散らばった書類や資料などを盗み見れば。
「これ、本当に漢字?アラビア語じゃなくて?」

しばらくジャオユーさんの事務室にいてなんのためかと思ったけれど、ここで中古車買取業者の上の決済を待っていたよう。
一時間ほど待ちようやく連絡が来たようで、私たちは職場を出てもといた商業ビル群へ戻った。
「マーヨーズ、成功した。今夜は飲みに行けるぞ」
ジャオユーさんは私の手を握りこっそり耳打ちした。
どうやら本来の価格で買い取ってもらえるばかりではなく、それにさらに上乗せしてもらえることになったよう。
「でも実は彼らにちょっと申し訳ないんだ」
ジャオユーさんによると、板金に修理の痕跡があるという記載は、彼らが悪意で意図的に行ったものではなかったよう。
私も実際に会ってみて、そんなに悪い人たちには感じなかった。
どうやら、意図的にというよりはミスだったらしい。
「それなのに北京の機関にクレーム報告までしてしまったから、ちょっと後悔してるんだ」

「じゃあ、本田とは‟再見”なの?さみしいね」
本田は無事売却が決まり、ここから業者が乗って持っていくことになった。
これからあの本田は誰かのものになる。
私たちが出会った去年の7月、それはあの本田との出会いでもあった。
あの車で私たちはあの日から12日間にも亘り四川を気まぐれ旅行したんだった。
四川じゅうの古鎮を巡り、四姑娘山へも、私を送るために西安までも走ってくれた。
9月10月の滞在では、私の誕生日を祝うために見晴らしの良い山へ行った。
12月の再会では、楽山、峨眉山、眉山、雅安と四川南部をぐるりし、成都へ戻った。
「マーヨーズ、知ってるか?マーヨーズと一緒にあの本田で****㎞も走ったんだぞ」
ジャオユーさんが何㎞と言ったのかは覚えていない。
けれども千の単位だった。
「本田、これからいい人に買ってもらえるといいね」


〈3月4日(月)〉

今日は月曜日でジャオユーさんは8時ころにマンションを出た。
私はぼさぼさ頭で玄関まで見送る。
「慢走(気を付けてね)」
そう言って手を振る。これが日課だった。
この先は彼には言えないけれど、もう一度暖かいベッドに戻りふたたび夢の世界へ。
そうして10時頃起き出しては、慌てて洗濯物を洗濯機にかけ、シャワーを浴び、そして化粧をする。
そんなことをしていると、ジャオユーさんがお昼休みでマンションまで戻ってくる。
けれども今日は違った。
「マーヨーズ、木曜日に大きな会議があって今日から三日間すごく忙しいんだ」
だから今日から三日間はお昼に戻ってくることができないのだそう。
お昼はどうしようと考えて、やっぱり大好きな四川の味、抄手を食べに行くことにした。
抄手を食べられるお店はそこらじゅうにあるけれども、行くとしたら決まっている。
10分ほど歩いて行くと、そのお店はすでにお客さんでいっぱいで、外のテーブルもみな埋まっている。
私はちょうど空いた一席に座り、小、中、大のサイズから中を選んだ。

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抄手とはいわゆるワンタンみたいなものだが、中サイズはこれが15個。
写真に撮りジャオユーさんに送ると、「そんなに食べるのか?」。
スープまで飲み干してしまった。

このあとはどうしよう。
せっかく外に出てマンションに戻るのはつまらなかった。
「明日も明後日もジャオユーさんは忙しいのか…」
そうだ、お弁当を作って届けよう!
ちょうどいいことに、すぐ目の前にはカルフールがあった。
カルフールであれば、外国のメーカーや外国の調味料など、私が欲しい食材が手に入るかも知れない。
10月にはイトーヨーカドーで色々買い物し料理を作ったが、
「こんなに高い物ばかり買って」と怒られてしまった。
「マーヨーズ、生活能力がないことだけはよくわかった」
イトーヨーカドーはちょっと高い。
カルフールはどうだろう。
そう思って入店してみた。

ジャオユーさんの家にはサランラップもアルミホイルもない。それからタッパーも。
ジャオユーさんはサーモンが好きでさらに健康的なものを作ると喜ぶ。
そのため、サーモンのホイル焼きとおにぎりを作ろうと思った。
彼は夜には米類をとらないので、お米を使った料理は昼にしか出せないのだ。
キッチン用品売り場を通り過ぎて次はお米。
中国のお米は日本のお米とちょっと違う。
パラパラのタイ米ではおにぎりは作れないのでどうしようかなと思っていると、秋田小町を見つけた。
見てみると、長春産と書かれている。
輸入品ではなく国内産なので、そう高くもなくて安心した。
醤油やみりん、ポン酢、料理酒、鰹節などは、私が持ってきたものがあった。
だが当然、カルフールにこれらを見つけることはできない。
かろうじて醤油があるくらいだ。
おにぎりには海苔が必須だけど、冷蔵庫にあるのは、去年私が持参し10月に開封した海苔しかない。
開封してからもう五カ月だってるんだよな…。
冷蔵庫の中にあるとはいえ、まずいだろう。
そう思って店内を探すも、見つかったのは味付け海苔のみ。
なんで普通の海苔がないんだ。
イトーヨーカドーに行けばあるだろうけどもそこまでできないので、だまって開封五カ月の海苔を使ってしまうことにした。
言わなければわからないだろう。
その後、魚売り場へ。
成都はかなり内陸なので、海の魚は非常にまれ。
ただし輸入品として冷凍でタラとサーモンはよく見かける。
いくらかな、と見てみると、これが高い。
二切れ分くらいのサイズで日本円で1000円近くの値が架かっている。
同じ輸入品でも、日本ではノルウェー産のサーモンはとても安いのに。
ここのは見てみるとチリ産だった。
仕方ないのでこれを購入。
野菜はもっと安く買いたいので、マンション近くの八百屋さんに行くことにして買い物を切り上げた。

マンション下に戻り八百屋さんに行くと、これだけ色々と野菜を選びながらもたった10元ほどだった。
大手スーパーの野菜はきれいだろう。
こうした小さな八百屋さんのは土にまみれて形も不揃いだろう。
けれども価格のことを抜きにしても私は八百屋さんの野菜の方が好きだ。
マッシュルームもミニトマトも、たとえ二三個でも構わない。
手に取って好きな分量で買うことができる。
じゃがいもも、ボールかと思う程大きいものと、卵サイズの小さいものとが混ざっている。
その中から好きなものを選んでカゴに乗せる。
大型スーパーにしかないものはそこで。
野菜や果物など、小さなお店や市場で買えるものはそこで。
それがいい。

ジャオユーさんが帰宅して、「なんだ、こんなに買って」
冷蔵庫を開けてさらに溜息をついた。
何かに期待するというよりも咎めるふうだったので、
「明日、ご飯つくって持ってくよ」
そう言うと、「‟外卖(デリバリー)”してくれるのか?」と表情が明るくなった。
けれどもジャオユーさんは食に厳しい。
失敗したらどうしよう…。

⇒ 14日間成都滞在~ハイライト③~ へ続く


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2019-03-27

14日間成都滞在~ハイライト③~

〈3月5日(火)〉

朝ジャオユーさんを「慢走」で見送り、私はキッチンへ行き米を研ぎ水に浸した。
ジャオユーさんの家には炊飯器がないので金属鍋で炊くしかないが、小学校の頃の飯盒炊飯しか経験がないので失敗する可能性がある。
それを考慮し早めに準備することにした。
炊飯器は買ってもらいたいな、そんなことを思いながらキッチンの棚を見上げてみると、そこにはぴかぴかのオーブンがあった。
今までオーブンはなかったはずだ。
グラタンやピザやクッキーと、オーブンは必需品だとジャオユーさんにお願いしたことが何度もあったけど…。
このオーブン、まだコンセントが繋がっていなくて一度も使われていない新品だった。
TOSHIBA。
彼は「電化製品は今では中国のも日本製に劣らないぞ」そういって彼の家の電化製品はすべて中国メーカーのものだった。
取扱説明書が乗っかったままになっているので開いてみると、中国語の説明とともに日本語も。
日本メーカーなのだから当然かもしれないけれど、もしかしたら私のために買ってくれた?

お米を水に浸している間に、サーモンを解凍し、おにぎりの具を準備する。
おにぎりの中身はシーチキンマヨネーズと、おかか。
日本の味を体験するには梅干しが欲しかったが、カルフールには見つからなかった。
ホイル焼きの中身はサーモンのほかに玉ねぎとにんにくとシメジ。

お米は炊きあがった。
料理苦手な私にしては上出来な炊きあがりだった。
サーモンのホイル焼きも完成しこれらをタッパーに詰め、ホイル焼きにはレモンを添えた。
そしてデザートにオレンジを二切れ。
せっかくなので私もこのお弁当を持って外で食べようと、ジャオユーさんのと私のと、袋に詰めてマンションを出た。

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職場の下に着きジャオユーさんを呼んだ。
「外卖に来たよ」
ジャオユーさんはそれは喜んでくれて、私が熊猫塔(電視塔)の方に行って食べるというと、途中まで送ってくれた。

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彼は笑顔で職場に戻っていき、私は熊猫塔近くの公園で食べることにした。
木々は遠慮気味につぼみをつけている。
青空は少ないもののいい天気で、少し歩けば汗ばむほどだった。

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お弁当を作って外で食べるのって、なんでこんなに楽しいんだろう。
料理が苦手なだけに、ただのおにぎりなのに達成感もある。

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その後公園を散歩し熊猫塔をうろうろし、近くの免税店や輸入品を扱うスーパーなどを覗き。
あちこちに見つけたパンダを写真に撮ったりしながら。
ぐるりとまわり彼の職場まで戻ってきた。
時刻はちょうど16時で、近くのカフェで読書をしながら仕事が終わるのを待つことにした。

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今回の滞在に旅行要素はいっさいない。
もう何も考えないでただゆっくりしようと思っていた私は、普段旅行に持たない読書用の本を持ってきていた。
ジャオユーさんが出勤している間ひまになるだろうと、二週間もあるのだからと分量が多い本を持ってきた。
京極夏彦の狂骨の夢。
京極夏彦は私が特に好きな作家で、製本技術ぎりぎりな本の分厚さが有名だ。
彼は本をひとつの芸術作品のようにしていて、基本的には上下巻のように分けることをしない。
けれども内容がおもしろいので、これだけ分厚くとももっと読みたくなってしまう魔の小説だ。
それなのに本を開いてすぐ、隣に座ったカップルの雰囲気が怪しくどうも深刻な話をしているようで、そちらが気になってどうも小説に集中できない。
結局数ページも進まないまま、ジャオユーさんの退社時間を迎えてしまった。

ジャオユーさんと会社の前で合流し、様子をうかがう。
「ありがとう」とか「おいしかったぞ」とか、そんなお弁当に関する言葉を期待したのに、いつまで経っても触れようともしない。
「ねぇ、おいしかった?」
しびれを切らして訊いてみると、
「マーヨーズ、おにぎりはひとつでいい!ふたつは多すぎる!」

夕ご飯に向かったのは、12月の成都最初の夜に食べた烤魚のお店。
魚の上に麻花がのっかっている烤魚だ。
ジャオユーさんは前回とは違う魚で注文してくれた。
花鰱魚というらしい。
しかしこれが骨がとてもとても細かくて。
危ないから気を付けてと注意してもらったにも関わらず、二度骨を飲んでしまった。
喉に刺さったようだ。
「うちでは子供の頃、こういう時ごはんを飲み込んだよ」
そういうと、「それはダメだ」
「じゃあどうするの?」と訊くと、
「中国では骨を飲んだ場合は病院に行くしかない」
それは困る。

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(ジャオユーさん撮影)

ジャオユーさんはこの魚をSNSにアップした。
「花鰱魚は進化した小骨でこれまで絶滅を免れてきたが、霊長類に対しては油断していた」
たしかに私はこの魚を平らげたが、喉に刺さった小骨のダメージは大きかった。
それは花鰱魚の報復だろうか。
飲み込むご飯がなかった私は、白酒を大きく一口飲み込んだ。


〈3月6日(水)〉

明日はジャオユーさんの職場で、一年のうちもっとも重要な会議が行われるのだという。
その準備に追われこの三日間は忙しく、また前日の今夜は10時を過ぎてしまうのだと話していた。
「今日もお昼は戻らないんでしょ?」
慢走の見送りの時に訊いてみた。
「今日は戻るから一緒にごはん食べよう」
夜ごはんを食べられない代わりにお昼に付き合ってくれるよう。

お昼になりバイクで向かったのは、すでに馴染みになった舗蓋麺のお店。
お昼時は収拾がつかない。
店内も店外も人でごった返し、麺を運ぶ店員が身動きとれないほど。
テーブルはすべて相席で通路も人でいっぱい、中に入り切れず外で食べる人、それでも足りず順番待ちをする人。
このお店は成都きっての評判店だが、これだけ成功しても支店をつくらなかった。
同名の店舗はあるが無関係だ。
ジャオユーさんによると、欲に誘惑されお店を増やさなかったことが、かえってこの店の質の維持に生きたのだという。
こんなありさまでどうやって注文しどうやって食べるんだろうと思っていると、ジャオユーさんが店の奥から番号札を持ってきた。
整理券があったようだ。

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ようやく順番がきて頼んだのは、雑醤麺。
挽肉のソースで私はこれが一番好き。他にも、排骨や鶏肉などの数種の味がある。
名前の由来になっている麺の特徴は、餃子の皮のサイズくらいに幅広にちぎられた麺だ。
厨房の前では四人の店員が、まるで太鼓の革のように大きなボールに掛けられた一枚の大きな麺生地を、四方から引っ張りちぎり、そして広げて形を整え、そこから厨房の鍋へ放り投げていく。

「前に豚肉好きじゃないって言って不快な気持ちにさせてごめんね」
10月にジャオユーさんはこのお店で私のために排骨麺を頼んでくれたが、雑醤麺の方がいいといって怒らせてしまった。
その時のことを言うと、意外にも。
「記憶力が悪いから忘れた」 そう言って笑う。

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お店の前には二台の果物売りが来ていた。
この舗蓋麺のお店は非常に人気なので、それにあやかろうとこうした物売りがお店の前をうろうろしている。
今まで見たことがなかった果物だったが、今回の成都であちらこちらで見かけるものだった。

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‟荸荠”というのだそう。
今成都のいたるところの果物屋さんにはこれが売られ、店先で臙脂色の皮を削る姿が見られる。
削ってくれたものを一袋買って食べさせてくれた。
味は無味にわずかな甘みがある感じで、噛むと水分が染み出してくる。
「おいしい?」
そう訊かれ、「うーん、うーん…」
「この果物のほとんどは水分なんだ」
この荸荠なにかと思い検索してみると、日本名でシログワイというものなのだそう。
水生の植物で、水中の根に付いた芋のような部分を食べる。
「美味である」 と書かれている。
きっと私の味覚がおかしいのだろう。

ジャオユーさんは職場に戻り、私はせっかく成都に来たのだからと成都動物園に行ってみることにした。
ジャオユーさんが昭覚寺まで行けば徒歩で行けると言っていたので、バスに乗り昭覚寺バスターミナルへ。
そこで訊ねてみると、「バスに乗り換えなきゃダメだよ」
昭覚寺から動物園站というのがあったので、それに乗り換え到着した。

孫悟空のモデルになったとされる金絲猿がいることでも有名だけれど、私の目的はやっぱりパンダ。
パンダを見るならパンダ基地があるけれど、行くならばちゃんと行きたいと思い未だに足を向けていない。
先にここで成都のパンダに挨拶しよう。

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他の獣舎には目もくれず、パンダ舎を目指した。
日本ではシャンシャンがパンダブームを復活させ、日本中が湧いた。
中国へ渡航するために東京へ行くと、駅もどこも、パンダグッズを売るお店やパンダをパッケージにしたお菓子やお土産がいっぱい。
微笑ましくもあり、嬉しいことでもある。
シャンシャンはもう間もなく、二歳を迎えようとしている。
二歳になったら中国へ返還すること。
そういう約束があるみたいだけれど、非常に多くの日本人がそれを残念に思っている。
返還は成都のパンダ基地になるだろうか。
もしそうなら、私と同時に成都入り、かもしれない。

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パンダ舎には数頭のパンダがそれぞれ単独のエリアを与えられていて、のんびりしていた。
それぞれが全く違う動きをしていて、後ろ歩きをするパンダ、ばてているパンダ、すごいかっこうで笹を食べるパンダ、性格もさまざまあるみたいだ。

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こんな説明も。
職業:経験豊富な国宝
役職:世界でもっとも人気者
好きな食べ物:竹
好きな色:黒と白
特技:木に登ること
魅力度:100点 (人類の魅力度は99点)

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パンダ舎のあとには熊獣舎に立ち寄ってみた。
ここの熊たちは、観光客が好きみたいだ。観光客の方を見上げ、こちらを向いて座っている。
と、その訳がわかった。
みなお菓子などの餌を投げるのだ。
あちらこちらに「餌を投げないでください」の看板が掛かっているのに。
お菓子は熊の健康を損なうのに。

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たくさんの中国人観光客は、熊を反応させてはまるで芸を見ているみたいに大笑いしている。
中には餌をあげる振りしてあげなかったり、食べ物ではないものも投げ込んだり。
これには気の毒で、胸が痛くなった。
動物園は、娯楽の場である前に学びの場であるべきではないだろうか。
けれどもここにあったのは、動物を遊びの道具にしているみたいなモラルのない光景だった。
近くにあった金絲猿の獣舎もそうだった。
ガラス張りになっていて、観光客がガラスを叩くと金絲猿が怒ったような表情をして飛びかかってくる。
そのガラス張りには誰にも目につくように、「叩かないでください」の文字。
こういうことを話すと、多くの日本人が「やっぱり中国だね」と言うし、私もそういう感覚がないわけではない。
しかし日本ではこうしたことがないかというと、残念ながらそういうわけでもない。
私が動物園でのモラルについてジャオユーさんに話すと、「そういうダメ人間は許せない」と怒った。
結局は個々がどういう人か、という問題だろうか。

雨が降り出し、時刻ももう間もなく閉園を迎えようとしていた。
私は最後に、インコオウム館と野鳥を放した巨大ケージの中に入り見学し、成都動物園をあとにした。
帰りはバスがよくわからずタクシーでマンションに戻った。

今夜ジャオユーさんの帰りは遅い。
ご飯はどうしようかなと考えて、節約することにした。
冷凍庫には昨日炊いたご飯の余りを保存してある。その中で、おこげのかたまりを食べてしまうことにした。

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おこげのダシ茶漬け。
浮かんでいるのはおにぎりに使用した海苔同様に、10月に開封し冷蔵庫に放り込まれていた味噌汁用のお麩。
おなかを壊すこともなかった。
一人だと退屈で、テレビをつけるもどれも身が入らなかった。
ジャオユーさんが帰宅したのは22時を大幅に過ぎた頃で、それなのに明日は7時過ぎには家を出るという。
急いで眠ることにした。


〈3月7日(木)〉

今日は一年でもっとも重要な会議があるということで、ジャオユーさんは朝早く出勤した。
これが終われば今夜は大酒が飲めると、二人で約束している。

今日一日私はどうしようと考えて、お昼も一人になるのでチベット街がある武候区へ行ってみることにした。
チベット街はマンションからけっこう離れているけれども、だからなかなか行く機会がない。
10月に食べたチベット料理がおいしかったので、ジャオユーさんがいない今日、一人で行ってみることにした。
チベット料理はヤクの肉を多用した料理が多く、ジャオユーさんは今でこそ私に付き合って肉料理をいろいろ食べてくれるけれどももともと肉を絶った人なので、付き合わせるのが申し訳ないと思っていた。

タクシーに乗って出かけたのは、武候区のチベット料理店が数店舗並ぶ一角。
その中で、前回ジャオユーさんと一緒に入ったのと同じお店にまた入店した。

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頼んだのも同じ、ヤク肉を使用したミートパイのようなもの。
これが食べたくてこのお店に来た。
大と小があり、店員さんが小で十分というのを疑ったが、本当に小で十分な大きさだった。
ごろごろと荒く切られたヤク肉は噛み応えもあり、お肉を食べている満足感が得られた。
それに拉薩の名前がつくビール。
お昼をちょっと過ぎているにも関わらず、店内にはたくさんのお客さんがいた。
漢族らしき人もいたし、チベット族のお客さんもいる。
きっと人気のお店なんだろう。

おなかいっぱいになって向かったのは、すぐ近くにある雑貨屋さん。
10月の旅行記でも触れた少数民族や貧しい人たちを支援するお店だ。
お店の名前は岩羊手工礼品店、Blue sheep.
オーナーは80歳を超す老齢のイギリス人女性だ。
彼女は長年、医療ボランティアのために世界中を回り、最後に中国を訪れた。
そこで、中国の少数民族が貧困に苦しみ、また貧しさが貧しさを呼ぶ負の連鎖を目の当たりにした。
貧しいがために、病気やけがをして本来であれば治せるものでも、病院に行くことができず手や足を切り落とさなければならない。
すると働くことができなくなり、さらに生活は苦しくなってしまう。
そこで彼女は支援施設を立ち上げ、そうした生活になんらかの困難を抱える人々に、工芸品などを作る技術を指導した。
ところがせっかく商品が生み出されても、それを売ることができなければ意味がない。
そうして生まれたのが、この岩羊だった。

店内には様々な雑貨がたくさんで、しかもとてもおしゃれ。
羊の毛を使ったもふもふの靴。
なめした皮に模様を焼き付けて作られたバック。
手作り感あふれるしおりやカード。
少数民族の布地を繋ぎ合わせて作られたショルダーバックにポーチ。
ヤクの毛を染め上げて作られたクッション。
一つひとつデザインの違うアクセサリー。
支援なんとかを忘れてしまう程どの商品も魅力的で、品質はどれも素晴らしい。

一つひとつにはそれを作った人のストーリーがあり、タグやカードにはそうした背景が中国語と英語で細かく記されている。
中には製作者の顔写真があるものもある。
チベット族だけでなく、ミャオ族など様々な民族。
キリスト教、イスラム教などを信仰する人。
貧しさから、親に売り飛ばされてしまった人。
最初はチベットに特化したお店かと思ったけれど、ここには様々な立場の人が生み出した作品が並ぶ。

私はこのお店がとても気に入って、10月には二度行った。
そうして今回は三度目。
お店に入ってみると、全体の印象は変わらないけれども、並んでいる商品はみながらりと様変わりしている。
たとえば、私が気に入ったあるポーチ。
柄と色の組み合わせ、それに大きさがどれも違うので迷いに迷った記憶がある。
そこを見てみると、ほとんど新しいものになっていた。

以前は中国語ネイティブのワイルドなイギリス人男性が店番をしていた。
その男性は相変わらずいたけれども、一人中国人男性の店員が加わっていた。
彼は私について商品の説明をしてくれる。これは何族のどういう人が作ったもので…。
私は商品に集中していたので、うわの空で「うんうん」とお付き合い程度にうなずく。

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そうして選んだのがこちら。
ポーチは、前回は人へのお土産に購入したので、今回は自分へのお土産として買った。
これらはチベット族がチベット伝統の布地と中国伝統の布地を使用して作ったもので、なかなか質がいい。
ファスナー付近にわずかに見える五色の柄は、チベットの聖なる五色だ。

それから、ローズクォーツのネックレス。
このネックレスはこれで220元ほどで、ちょっと高い。
店内の商品どれもが、めちゃくちゃ高くはないけれど、決して安くはない。
それはその背景に支援があるからだ。利益はそのほとんどが製作者のもとに行くようになっている。
だからこのお店で値切りはするべきではないし、受けてはもらえない。
このローズクォーツのネックレスは、親に売られてしまい学校に通うお金がない子供が作ったもので、売り上げはそうした同様の子供たちの支援として届けられるのだそう。
パーツなどは既製品で、製作者はパーツを繋げたりデザインしたりをしたものだという。

岩羊を出て、カフェを探すことにした。
時刻は16時。ジャオユーさんの退社まで中途半端で、それならばここまで迎えに来てもらおう。
彼に連絡を入れ、周囲を散策したのち結局近くの西洋レストランに入りカプチーノを頼んだ。

ジャオユーさんが迎えに来てくれて「お疲れ様」と言うと、今夜は職場の打ち上げが行われることになったのだという。
「行きたい?行きたくない?」
そう訊くので、一緒に行くことにした。

打ち上げの場所は、成都到着後「失敗の一日」にしてしまったあのきれい目レストランだった。
その奥の部屋に行くと、もうすでに円卓は埋まりメンバーは揃っていた。
メンバーのほとんどがすでに顔見知りで、その中にいた「一番若い」という男性はどうやら新入社員のようだった。
顔見知りとはいえ私はなかなか名前が覚えられず、経理部の人を「財務さん」と呼び、美人な人を「美人夫人」と呼び、一番えらい上司を「大領導」と呼び、それが外国人ぽくてなんだか許されていた。
「好!みんな‟李さん”でいいじゃないか!」
最後にはそういうことになった。

みなさん相変わらず歓迎、祝福してくれて白酒がどんどん乾杯されていく。
私は自分から乾杯を捧げられないので、ジャオユーさんが、
「今から誰々に**と言って二人で乾杯を捧げるからな」
そんなふうにリードしてくれて、無事みなさんと乾杯を捧げ合うことができた。
みなさんは、「二人が実りますように」と祝福してくれた。
みなさんが私のことを可愛いと褒めてくれれば、普通は「そんなことないよ」となるのに、ジャオユーさんは「家ではもっと可愛いんだ」とどうどうと言ってくれ、それが嬉しかった。
とにかくみんなご機嫌だったのである。

今日の会議はけっしてジャオユーさんの大げさな表現ではなく、本当にたいへんだったようだ。
上司含め、みな安堵し解放された様子。
ジャオユーさんの隣りに座っていた同僚の息子さんは日本語を勉強しているそうで、
「この本が欲しいらしいんだ」
とスマホの画面がまわってきた。

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「中国抗日ドラマ読本~意図せざる反日・愛国コメディ~」
それを見て、「これって、中国が日本嫌いっていうのだよね?」と戸惑う。
「違う違う、おもしろいらしんだ」
そういうとジャオユーさんも反応し、自分も欲しいと言い出した。
「マーヨーズ、次に来るとき二冊買ってきてくれ」
これは日本で出版された、中国の抗日ドラマを細かく解析した本のよう。
時代背景を無視した抗日ドラマはもはやコメディ同様で、それを真っ向から指摘した本ということで、21作品に対して細かな人物相関図、分析がなされているそう。
この本が、実は中国で話題になっていておもしろいと評判なんだとか。

こうしておしゃべりに花が咲き縁もたけなわ、白酒がなくなり継ぎ足してもらったところで、私たちだけ先に失礼することにした。
向かったのは、ジャオユーさんの別のマンションだった。
彼は成都に三つマンションを持っていて、一つは自分が暮らし、もう二つは観光客に民宿として貸し出している。
その民宿の一つが、最近お客がなかなか入らないので手放すことにしたのだという。
しかも、今日。
それで、最後にそのマンションに今から向かうというのだ。
生活に利用したことはないとはいえ、彼の管理の関係上、数度民宿マンションにも行ったことがあった。
なんだか寂しい。

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「マーヨーズ、写真撮っておいて」
最後の思い出に、各部屋の写真を撮る。
リビングの向かい、テレビの後ろに配置された大きな写真は、ジャオユーさん自らビルの上から成都の夜景を撮ったものだった。
その中には三つのシークレットがあった。
一つは、実は夜景の中に隠されたジャオユーさんのペンネーム。
もう二つは、ビルの夜景の灯りの中に施された加工だった。

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ジャオユーさんは思い出のものだけをテーブルに集めた。
それ以外は電化製品、ベッドなどを含めそのまま手放してしまうのだという。
ジャオユーさんが持ってきたのは、花瓶とおおかみのぬいぐるみ。
私が持ってきたのはドライヤーで、これは使えるから。
それから、観光客が忘れていった小さなパンダのぬいぐるみストラップも私がもらい受けた。
そうしていると男性がやってきて、ジャオユーさんは部屋の説明をし、
「これらは全部もらっていいけど、シーツなんかは買い替えた方がいい」なんて話をした。
この前、本田とさよならしたばかり。
今度はこのマンションとさよならだ。

マンションを出て、ジャオユーさんのご機嫌はたいそうよかった。
今日の会議のストレスが余程おおきかったんだろう。
「マーヨーズ、この前見つけた日本式居酒屋に行くぞ」
そう言って向かったのは、本田のやり取りをした商業ビル群。
ここはすでに馴染みの場所だったが、そこに桜の造花が華やかな日本式居酒屋を見つけたのだった。

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「マーヨーズ、中国語しゃべるんじゃないぞ」
日本語だけしゃべって、店員を試すんだ。そして日本人の店員がいるか訊く。
そう言って入店し、「彼女、日本人なんだ。中国語は話せないんだけど、日本人の店員はいるのか?」
ジャオユーさんは店員に訊く。
中国語話せないなんて無理があるよ、だとしたらジャオユーさんとどうやってコミュニケーションとるんだ。
そう思いながらも中国語を話すなと言われているので日本語で、
「えーと、どうしようかな」としどろもどろになる。
店員さんは困ったように、「日本人はいません」と答えた。

店内には桜の造花がいっぱいでそれが雰囲気を明るくしていた。
テーブルとテーブルの間には簾がかかり半個室のようにもなり、日本人が好む私的空間を演出しているよう。
ところが向こうのテーブルには日本人形がずらりと並び、その辺りがいかにもといった感じ。
メニューを見ると、お刺身、お寿司、焼肉といった、定番が並ぶ。
軍艦の訳は「軍艦の寿司」で、日本酒の訳が「日本の酒」、前菜は「前の料理」となっている。
メニューの中には沖縄海葡萄、松坂肉、なんてのもあるが、大丈夫だろうか。
日本酒は月桂冠や菊政宗、日本盛、松竹梅などど定番。
お刺身はサーモンと、意外にもまぐろがあった。
価格はどれも悪くない。
日本酒は日本よりも少し高い程度、お刺身も30元ちょっとくらい。
そういうことでまぐろを頼んでみると品切れということだったので、サーモンを頼んでみた。

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ジャオユーさんは量が少ないと言ったが、日本でお刺身を頼む場合はこんなものだ。
味も悪くなかった。
キリンビール、アサヒビールとある中でなぜか新疆の烏蘇ビールがあるのが気になったが、麒麟の生ビールを頼んでみた。
ところがやって来たのは瓶ビール。
しかし日本語訳のおかしさを指摘したり、変なところを笑ったり、ちょっと失礼だったなと反省した。
ただ、一日本人として中国で受け入れられている日本料理店というのはとてもおもしろいものがある。
かれらがどういうものを日本らしいと感じ、どういうものが受け入れられ、どういうものに日本の価値を感じているのかが、わかるからだ。

このお店を出て、マンションには戻らないようだった。
ジャオユーさんはそのまま高速に乗り成都の街を抜けた。
「マーヨーズ、今日はちょっと反省した。不機嫌な態度したり自分にも悪いところがあった」
どういう文脈かはわからないけれど、突然そんなことをつぶやいた。
しばらくおとなしくしていると、向かったのは私も行ったことのある街だった。
そこは、ジャオユーさんがかつて在籍していた大学がある街だった。
ジャオユーさんは高校卒業後大学を卒業し、それとは別に現職に就く際に別の大学にも入っていた。
ここはその二番目の大学のある街で、10月にも通ったことがあった。
すぐ近くにジャオユーさんの母校があるのに時間がなくて、私は「見たい行きたい」といつまでも言っていたのだった。

街はすでに遅い時間だったが、まだ賑やかだった。
大学まで来ると、ジャオユーさんはどこかで一杯やりたいとお店を探しだした。
「よく行ってたいいお店があるんだ」
けれども大学横の繁華街は夜の雰囲気を色濃くしたカラオケ店ばかりで、派手な若者たちがうろうろしている。
「当時からすっかり様変わりしてしまったな…」
ジャオユーさんが残念そうに呟いた。
昔なじみだったお店もとうとう見つけ出せず、見つからなかったのかもうなくなってしまったのか、それもわからない。
「ここにいた頃、ジャオユーさんはもうすでにおじさんだったでしょ?人気だった?」
「当たり前だ!女の子みんなから好かれたぞ」
ジャオユーさんの数年の思い出がある場所にきて、それでも実感が湧かなかった。
いかにもおじさんといった感じのジャオユーさんが若い学生たちと一緒にどんなふうにキャンパスライフを送っていたんだろう。
なんだかおかしくて、それでもどこか思い出の一部分を共有したような錯覚があり嬉しかった。

こうして私たちは諦め、成都市区に戻ることにした。
この時間成都はまだ賑やかで明るい。
一歩出るとまるで世界がちがうみたいだった。

⇒ 14日間成都滞在~ハイライト④~ へ続く


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まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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