FC2ブログ
2016-01-24

江門旅行三日目~その一~

2016年1月10日、8時に起きてみると、外はくもり。天気予報通り今日は雨が降りそうな予感。

1601101.jpg

窓の外はこんなふう。古い家々がずっと向こうまで広がる。
本日はインインたちと出掛ける話になっていた。
息子さんと旦那さんは午前中は学校の用事で、お昼から一緒するそう。まずはインインが迎えに来てくれる。
携帯に遅れるという連絡が入ったので、それまでちょっと朝の散歩に出てみることにした。

1601102.jpg

朝のホテル周辺。
夜まで賑やかだったこの辺りも、この時間は静か。
向こうには今風の教会が見える。

うろうろしていると、小高い丘へ登っていく階段を見つけた。
門には「中山公園」の文字。
中山とは孫文のことだ。孫文は日本亡命をきっかけに孫中山と名乗った。
中国にはどこに行っても「中山公園」、「中山路」なんてものを見つけるが、孫文は広東省出身だからよりこちらの方が本場だ。
そんな訳で、気まぐれに登ってみた。

公園自体はおそらくとても小さい。
階段を登っていくとダンスをしているおばちゃんたち。

1601103.jpg

「中山紀念堂」があった。
この中山紀念堂、孫文に敬意を表して1927年に建てられたもので、その後数度に亘り改修されているのだそう。
そういえば、広州にも立派な中山紀念堂があった。
あれもまたこのように多角形を用いた建築で、正面には孫文像を配していたのだった。
懐かしい思いで入っていく。

1601104.jpg

内部はこのように会場になっている。
現在でも公式な会議や行事にはここを使うのだそう。
内部には孫文についての資料が展示してありました。

この小さな公園からは、街の風景が見下ろせてとても気分がいい。

1601105.jpg

ちょうどホテルの部屋から見えた辺りだ。
のんびりしていると、インインから連絡が入った。
ホテルに来てくれたとのことなので、急いで戻る。

途中で落ち合って、彼女の車で街を出発。

この江門旅行の目的は開平碉楼だった。
では残りの時間はどこへ行こう…と考えたが、観光地情報がろくになかった。
調べて見ると、作家・巴金が訪れたという“小鸟天堂”があり、一つはそこへ行くことに。
その他、離れた場所にはいくつか寺院初め名所があるようだったが、情報が少なく時間をかけて外国人が行くほどのものなのかは疑問だった。
その中で興味を持った、“茶庵寺”をもう一つ選んだ。
一人旅のつもりが、ところが出発数日前に江門人のインインと会うことになった。
その段階でも一人で行動するつもりだったので自分の旅行予定を伝えたところ、彼女はインターネットの記事を転送してくれた。
それは、江門市内にある“茶坑村”が、「2015年中国10大・美しい村」に選ばれたというものだった。
それは小鸟天堂すぐ近くにあるようだったので、一日でその村と合わせ三カ所を回ることに。

そして結果、この日に彼女たちとそれらを回ることになったのだった。
小鸟天堂と茶坑村は少し遠かったので、5時頃に起きて頑張って三カ所を回るつもりだったので、一緒に回ることになって「大丈夫かな…?」と若干、いやかなり不安に。
「小鸟天堂では鳥を見たいのでかなり早くに出発するよ」 そう伝えた。
だから、午前中から一人で小鸟天堂と茶坑村を回り、午後戻ってから一緒に茶庵寺へ行こうと誘ってみた。
茶庵寺は彼女たちの家に近かったからだ。
自分の中で、出発は6時くらいを予定していた。
実際、鳥を見るのには早朝が適していて、日が高く登ったら鳥は観察しにくくなるからだ。
ところが、やはりなのだが。
「鳥を見るのに朝行ってもダメだよ」
どうしても私の言葉が届くことはなく、彼女の提案通り、午前中から茶庵寺へ行き、夕方に茶坑村と小鸟天堂へ行くことに。
調べていくうちに、この三カ所には必ず行きたいと思い始めていたので、「大丈夫かな…絶対、無理だよな…」 と暗澹たる気持ちでいっぱいになった。

そんな訳で、彼女と落ち合ったのは10時頃だった。
全部回るのは厳しかった。

茶庵寺は、ホテルのある蓬江区のすぐ隣り、江海区にある。
市内バス、25路で行けるようだったので、一人だったらそのバスで向かう予定だった。

インインが運転をしてくれて、茶庵寺のてっぺんまで車で登ってきた。
茶庵寺は小高い山のてっぺんにあるのだ。
調べたところ、25路のバスは山のふもとに停まるようだったので、もともとは下から登って行こうと思っていた。

一気に上まで登ると、本堂の裏手に駐車場がありそこに車を停めた。
すると、黄土色の法衣を着た年配のお坊さんが迎えてくれた。
インインの知り合いのようで、とても歓迎されている。

1601106.jpg

本堂はなかなか立派だった。
彼女はそこで熱心に祈りを捧げ、膝をついて長い時間祈った。
私も倣いお線香をし、お祈りをするも単なる真似に過ぎないので中身が伴っていない。
いつも各所の寺院を訪れても、観光だけでお祈りをしない自分。
非常に熱心に祈りを捧げるインインの姿を見て、自分の心が少し動いた。
たとえ無信心の私でも、やっぱりこれからはお祈りしよう、そう思った。
堂内には金ぴかの巨大な仏像があった。
けれど、インインの姿を見て、ここではとても写真を撮ることができなかった。お坊さんもいることだし。

もしかしてこれで終わりなのかな、と不安に思っていると、二人は脇にある建物に下りて行く。

1601107.jpg

ここで修行するお坊さんたちの住居だ。
その一室に入って、私たちはお茶を始めた。

私にとって、これはすごい経験だった。お坊さんの部屋に入れてもらえるなんて。
入室してすぐに、インインは再び、壁の仏さまに膝をついて手をこすりながら何度も何度も頭を下げ、長い時間祈った。
私たち日本人も、寺社仏閣に祈る機会はある。
けれども、神さまや仏さまに対する信心というよりかは、形式上だったり、「いい一年になりますように」だったり、そんなところなわけで。
日本人にもいろいろいるように、中国人にもいろいろいて、一概には言えないんだけれども。
少なくとも、私は彼女のことをとても美しい人だなと思った。

お坊さんの部屋は、思っていたより普通だった。
もっと厳格で倹約的で世俗的ではないような部屋を想像していたけれど、いろんな生活雑貨があり立派なお茶台があり…。
仏さまや仏道関連の物があることを除いてはごく普通だった。

大きな椅子の方を私たちに勧め、ご自身は下座に座った。
席に着くとお坊さん、おもむろにスマホを出した時は驚いた。
あとから考えればなんの不思議もないことなんだけれども、黄土色の法衣から立派なスマホはなんだか不釣り合いだ。
インインが私の微信の番号をお坊さんへ転送した。
するとお坊さんから私の微信に登録申請が。
なんとお坊さんと微信を交換してしまった。
スタンプが送られて来たのを見たら、「南無阿弥陀仏~~」
立派な仏さまのお姿。かなり本格的なものだ。
仏門も今の姿だ。

1601108.jpg

インインはお茶を仕事にしている。
手慣れた様子でお茶を淹れてくれた。
茶碗に茶葉を淹れお湯を注ぐと、蓋をずらして器用に一杯目を捨てる。
その後は繰り返し各々に、同じように蓋をずらしてお茶を注いでくれる。

「これ、烏龍茶みたい」 そう言うと、
「違う違う!」
“白茶”だそう。
製法で分類された中国六大茶のひとつ。
紅茶もそのひとつだ。烏龍茶は青茶にあたる。私はお茶に疎いので全然わからない。

インインはお坊さんにお茶の包みを渡した。
その中に入っていたものは。

1601109.jpg

乾燥した柑橘、いわゆる陳皮の中に、茶葉が詰まっている。
茶葉は普洱茶(プーアール茶)のようだ。普洱茶は黒茶。
「これ、みかん!?」
びっくりして訊く。
この陳皮の中に普洱茶が詰まったものを、「柑普茶」といい、江門市新会区の特産のよう。
またこの辺りは陳皮の産地でもあるようで、昨日開平であちこちで売られているのを見た。
南方のお茶、普洱茶と名産の陳皮が手を組んだというところだろうか。

日本人の“お茶”のように、一杯のお茶でずっとおしゃべり~なんてしない。
美味しいうちに飲み、美味しいうちに次のを淹れる。
中国茶の飲杯はとても小さくて一口二口。
だからゆっくり長く飲むことができる。
こんなところも日本のお茶文化と違います。

お湯が切れ、新しいお湯を用意する。
ふと、インインが湯沸しの横にあった銅製のケトルを手に取った。職人さんが銅を打ってできたような美しいケトルだ。
「これどこの?」 みたいな話をしている。
わからなくて書いてもらう。
「衡阳」
衡阳は湖南省の地名で、お坊さんはここの出身なのだそう。
「衡岳があるとこ」
そうなんだ~、私は去年、五岳の泰山と恒山へ登った。
そう言うと、「すごいすごい」 と褒めてくれた。

ここで出身の話になった。
インインはもともとは江門人ではないのだという。
だから、その出身の言葉も話す。
“潮汕話”。
この潮汕話、潮州市と汕头市で話されるのでそう呼ばれるのだそう。同じく広東省だ。
だから、インインは毎日三つの言語を話すのだという。
広東語、普通話、それからこの潮汕話。
中国人同士、言葉が通じないということも普通にあるこの国の中でも、南部は特にそれが激しい。
昨日も長距離バスターミナルで、男性が近くの女性に何か訪ねてきた。
「*****?」
「はあ?何言ってるの?」
「だから、*****?」
「なんの意味?」
「もういいや」
女性は、意味わかんないね、と私に同意を求めてきた。
しかしながら、私が一番わかってない人だ。

お茶を飲みながら三人で、と言いたいところだけれど、私はほとんど会話に参加することができなかった。
二人は普通話を使って会話をしてくれたが、なかなか理解できなかったのでそのうち諦めて頷き役に徹した。

このあとの予定が気になり始めた頃、私がトイレに行きたいと言ったのをきっかけに、お茶の会はお開きになった。
トイレから戻ってくるとインインはまだ戻っていないようで、お坊さんと二人。
「このお寺って有名なの?」 訊いてみたら、
「あ?」 と、先ほどの笑顔はどこかへ行ってしまったような無口な雰囲気。
どうやら、外国人に対してどう接していいかわからず困っている様子でなんだか可笑しい。

この“茶庵寺”、特に有名な観光地がなさそうな中、なぜここを選んだかというと。

ここは、唐代に天文学者でもある僧・一行(張遂)が滞在し天体観測を行った場所なのだという。
私は星が好きなので、そこに惹かれて行ってみようと思った。
そして一行高僧が庵をつくりお茶を飲み過ごしたことから、この場所は茶庵と呼ばれるようになった。
明代にこれを敬い寺院が建てられ、「茶庵寺」と名付けられたのだという。
ならば、茶庵寺でお茶を飲み過ごしたことも、なんとも意味深いではないか。

16011050.jpg

鮮やかな彩色のお堂には、龍が彫られた立派な柱があった。
改修を重ね古い寺院ではないようだったけれど、歴史は古く美しいお寺だと思った。
それらをゆっくりまわりながら。

茶庵寺を上から降りて行く。

16011010.jpg

寺院は山のてっぺんにあり、なかなかの見晴らしだった。
下からではなく上からのスタートだったので、この景色には驚いた。
お堂にはお参りの地元民がたくさんいたが、ここにはほとんど誰もおらず、それが余計に広さを感じさせた。

16011011.jpg

振り返って。
とても立派なお寺で、やっぱり来て良かった。
何かの縁があり呼ばれたのだと、そんな風に思った。

16011012.jpg

降りてきた階段の中央には、石碑に隠れこんなものがある。
御影石のような石に、金で南無阿弥陀仏の文字。なかなか迫力がある。

16011013.jpg

駐車場に戻ってきました。
周囲は漢字で埋め尽くされた赤い布で覆われていて圧巻。
お坊さんがスマホで写真をいくつか見せてくれた。
何か「イベント」がある時にはここを利用するのだそう。
もうこれで帰るのかなと思ったら、車で下まで降りて茶庵寺の下側を観光させてくれた。

たくさんの木々が生い茂り癒しの空間。
その中に、小さな井戸があった。

16011014.jpg

「无叶井」
これは一行高僧の為に掘られたもので、井戸の上にどれだけ緑が茂ってもけっして井戸の中に葉が落ちることはなかった。
みんな覗き込んでみると、葉っぱは水面に浮かんでいたけれど。

16011015.jpg

一行高僧の像。
この奥の小さなお堂でもお祈りする。
尼さんがいて、インインと親し気に話をしていた。
「お参りしない人はご遠慮ください」 の表示。
それはそうだよな、私はどこでも観光気分だけど、信仰の場では弁えないといけない。

茶庵寺を抜ける時、門で小規模な法会?のようなものを行っていた。
前でお坊さんがお経を唱え(もちろん日本みたいのではなくて)、後ろで一般の人たちが小さな本を見ながら一緒に唱えている。
そこを突破するのがはばかられて待っていたところ、ここを車が通過していったん中断したのをチャンスに門を抜ける。

16011016.jpg

門には、「毎月9日から15日は佛七」 と書かれた布が貼られている。
今日はちょうど10日。
「9日から15日って書いてあるね」 そう言うと、
お坊さんは「うん」 と深くうなずいた。
お寺を開いてから七日間をそういうそうで、この法会のようなものはそれだろうか。

この門には「六祖道場」の文字がある。
茶庵寺は別名・六祖寺という。
中国禅宗六祖である慧能は、ここ広東省の新州という土地に育ち、この茶庵寺にも訪れている。
それにちなんでの名称らしい。
ちなみに孫文もここを二度訪れている。

いよいよ茶庵寺を去ることになって、お坊さんとはここでお別れ。
お坊さんに対して、再见という挨拶もどうなのかという気もして、困った。
思わず、黙って合掌し一礼。

⇒ 江門旅行三日目~その二~ へ続く

クリックしていただけると励みになります☆
↓↓↓
にほんブログ村 旅行ブログ 中国旅行(チャイナ)へ
にほんブログ村
2016-01-24

江門旅行三日目~その二~

茶庵寺からふたたびインインの運転で少し移動して、お宅と思われる辺りで駐車した。
ここで息子さん、ジュー・シュオくんと合流。
三人でお昼に向かった。
ジュー・シュオくんは現在小学5年生。
中国では学生は寮に入るが、テスト前でちょうど私の旅行と重なるようにして家に戻っていた。
目が大きくてかわいい男の子だ。
私は子供に慣れていないので、どう接していいかわからない。
「いくつ~?」
なんて定番の質問なんかをするも、「11歳」と短く返って来るのみ。
わんぱくタイプではなさそうだ。
ジュー・シュオくんはすでに私の名前を覚え、とても楽しみにしてくれていたのだそう。

開放的なレストランに入ると、魚介類を中心とするさまざまな食材が並んでいた。

16011017.jpg

好きな食材を好きな調理法で作ってくれる。
「どれがいい?」
けれど、中国語の魚の名称はわからず、それ以前に日本にはないような魚介類ばかりで、適した調理法もわからず。
結局おまかせに。

16011018.jpg

生け簀から上げた魚。

16011020.jpg

こちらも生け簀から上げたエビ。
これはガーリックが利いていて油いっぱいだったがとても美味しかった。
口を油まみれにして夢中になって食べてしまった。

16011019.jpg

「これ、鸡肉?鸭肉?」
まず大きさからして違うのはわかってるんだけど、訊いてみた。
「うーん…、空を飛んでいる鳥だよ」
…確かに、そんな感じだ。

後日談:中国人の友人が写真を見て教えてくれました。これは鳩だそうです。

他にも数品。
インインはスタイルの良い女性で、食も細いみたいだった。
ジュー・シュオくんは、ちょっとだけ食べて、「もう食べない」と携帯に夢中。
食べる役は私にかかってきた。…食べきれない。
しかしそのどれもが、本当に美味しい。
広東料理は世界に誇る美食だ。

ジュー・シュオくん、話しかけても単語が返ってくるだけで、スマホに夢中。今時な感じだ。
「小学生が携帯もってるの?」 驚いて訊くと、
「みんな持ってるよ」 当たり前じゃん、とでも言うように笑った。
さっそく、ジュー・シュオくんとも微信を交換。小さなお友達ができた。

「“吃饭”って、日本語でなんていうの?」 という話になった。
「ゴハン。ゴ、ハ、ン」
返事はない。…伝わらなかったかな、と心配になっていると、私のスマホがピピッと鳴った。
微信を開いてみると、ジュー・シュオくんから。
「孤寒?」 との文字。
…なんのことだ?と一瞬混乱したが、gu han、つまり中国語の発音での当て字だ。
「そうそう!」
そうしたら、しばらくまたスマホに夢中。
また、ピピッ。
「うまいか」
なんと平仮名で。翻訳機能か何かを使ったようで、思わず笑う。
「どっちがすき」
「香りがいいですね」
次々と不自然な日本語が届く。
こうして無言の会話がしばらく続いた。
円卓で食事をしながら、みんなでスマホをいじりながら、沈黙。
水面下で会話をしているとは誰も思わないだろう。

「時間がないからね、もう行くよ」
そう、確かに時間はない。
もうすでに13時半。このあとに行く茶坑村と小鸟天堂はここから少し離れているし、どちらも時間をかけて回りたい場所だった。
でも今から行けば、なんて思っていると、向かったのはインインのお宅兼お店。
お茶をごちそうしてくれるのだそう。
とっても嬉しいけれど、時間大丈夫かな…。

インインはシャッターをあけて中に入れてくれた。
すごく品のある立派なお店だ。
彼女はお茶を仕事にしている。
ウルムチの友人は、彼女から中国の伝統的なお茶の作法を見せてもらえると話していた。
私はてっきり、みんなで集まりお茶を楽しみながらおしゃべりができる「茶館」か、または中国各地で見る茶葉を売る専門店だと想像していたのだが、じっさいはそのどちらでもなかった。
彼女は中国茶道の先生だったのだ。
いくつかの受賞歴を証明する盾も。

16011021.jpg

準備をしてくれている間、お店の中を見物。

16011022.jpg

昔のお茶のラベル。清代のものまであり、驚き。

16011023.jpg

こちらはどうやら復刻版のよう。

ここのパンフレットを見せてもらったが、養成費用は目が飛び出るような金額だった。
「すごく高いね!」
「うん、お茶の勉強はお金がかかる」
お茶の勉強ができる女性はお嬢様だ。
お茶に関する知識や技術だけでなく、身の所作なんかも備わっている。
インインは何気ない姿勢やしぐさがいつも優雅だった。
お茶の飲み方も、「指はこうして、こうやって飲むときれいだよ」 と教えてくれたが、どうやっても私にはできないのだった。

16011024.jpg

手慣れた手つきでお茶を淹れてくれる。

16011025.jpg

「私が住む静岡も、お茶で一番有名な場所なんだよ」
そのことは知っていたみたい。
でも、「日本のお茶と中国のお茶はやり方が違うね」 と話すと、
「うん、日本は抹茶だね」
ウルムチでお茶を飲んだ時にもそういう話が出たんだった。
中国人から見ると、日本人のお茶は抹茶になってしまうのかな。
実際にほとんどの人が接しているのは、“普通のお茶”なんだけど。
それはともかくとして、日本のお茶の種類に比べたら、中国のお茶の多彩さは想像を絶するものだ。
葉だけでなく様々なものもお茶になるし、製法も様々。
お茶の王国だ。

インインはインターネットのページを見せてくれた。
そこには、日本と中国の茶道の違いについて書かれていた。
内容までは読まなかったけれど、日本の茶道は厳格にしきたりを守るもので、一方中国の茶道は伝統は受け継ぎながらも変化していく、というような内容だったと思う。

しかし、お店に着いてからもう一時間以上が経過して、現在すでに15時を過ぎている。
今から移動して、茶坑村を散策して、小鸟天堂を巡る。
時間ないよな…。
何度も「茶坑村と小鸟天堂行ける?間に合う?」 と訊くも、インインは「急がないとだよ!時間足りない」 といいつつなかなか出発まで行かず。
私はおとなしく座って待つことにした。

ようやくインイン、旦那さん、ジュー・シュオくん、そして私の4人で出発した。
まず向かうは茶坑村。
市内バス103路の終点でこの村まで行けるようだった。
旦那さんの運転で、途中ジュー・シュオくんの学校を通り過ぎる。
けっこう街から離れて他に何もないようなところにあるんだ。
日本とは比較にならない大きさだ。

16011026.jpg

村の入り口に辿り着いた時、時刻は16時。

この茶坑村、「2015年中国十大美しい村」 の一つに選定され、昨年末に山東省で表彰式が行われた。
その内訳は以下の通り。

・山東省 沂南県 常山庄村

・重慶市 武隆県 豹岩村

・四川省 郫県 青杠樹村

・河北省 館陶県 寿東村

・内蒙古自治区 西ウジムチン旗 諾干宝力格噶村

・陝西省 興平県 家坡村

・新疆ウイグル自治区 アルタイ地区 禾木村

・雲南省 徳宏州 喊沙村

・広東省 江門市 茶坑村

・浙江省 安吉市 高家堂村

先日表彰されたばかりで、話題もまだ温かい。
広東省でひとつ選ばれたこの茶坑村へぜひ行ってみたかった。

先ほどの茶庵寺ではインインがお坊さんに、この村が名誉ある賞を受けたことを説明していた。
お坊さんはそのことを知らなかったようだ。

車を降りると、「梁启超故居」が。
梁启超はこの村から輩出された思想家だそうだが、私は全然興味はない。
この故居、無料で開放されているが、こういうところよりあちらの村の生活区域に行きたい。
とりあえずここでトイレを借りたいと言うと、
インインは「私はゆっくり入ってるから先にここを一回りしてて」
彼女を待っている間、早く向こうに行きたいのを我慢して部屋を一つひとつ回ってみる。
旦那さんとジュー・シュオくんは車の中で待っているという。

16011027.jpg

まず、中央にあるのは石造りの建物の中でひときわ明るさを放っている西洋建築。

16011028.jpg

入場して左手には梁启超が生活していたエリアに入って行くことができる。
興味はないけれど、インインはまだ姿を見せなかったので、ちょっと入ってみた。

16011029.jpg

内部はとても狭く、典型的な中国建築。

インインをやっと見つけ、「あっちに行ってみたい」と指さした。
ざっとでいいから一周回ってみたい。
すると、
「ダメ、ここで終わりだよ。時間がない」
うそ!!
「ちょっとでいい。行ってみたい」
「時間ないよ、小鸟天堂もう間に合わない」
うそ!!
「あの塔まで行けない?」
「行けない!」
この村の奥手には山があり、その上にはそれはそれは美しい塔が立っていた。

16011031.jpg

来る途中、遠くからでもよく見えたほどだ。

16011030.jpg

すごそこには村が広がり、たとえ5分だったとしても一歩踏み入れることはできたはずだ。
しかし、私はその目の前の一線を越えることができなかった。
これを見に来たのに。すごく楽しみにしていたのに。
そして、すぐそこにあるのに。
「さあ、行くよ!」

入り口で写真を撮ることが旅ではないよ…。
刻字がされた石の前でポーズをとることが観光ではないよ…。
辿り着いただけでは、そこを訪れたことにはならないよ…。
こころの中で、呟いた。

もし今朝から一人で行動していたならば、間違いなく最低限散策までは出来ていたはずだった。
しかし、これも何かの縁だなとも思ったのだ。
なりゆきで人と会うことになった。
その人に出会わなければ知らないことや見ることはなかったものがあった。
目的が達成されなかったので、またこの都市を訪れる宿題が残った。
たいへんな心残りになってしまったが、その心残りこそその土地、人と、自分との縁、と呼べるのではないか。

これではどこが「中国十大美しい村」なのかわからないので、非常に不本意ながら公式サイトの写真を拝借。

16011032.jpg
(百度より拝借)

これが登りたかった塔、「熊子塔」だ。
このあと立ち寄ることになる小鸟天堂について作家・巴金が書いた散文、「鸟的天堂」。
その中に、舟を漕ぎながら向うの山の上に塔を見つける描写がある。
それはおそらくこの熊子塔に違いない。

16011033.jpg
(百度より拝借)

こちらは茶坑村の全景。
私はこの村がもつ美しさの何一つをまだ見ていない。

⇒ 江門旅行三日目~その三~ へ続く

クリックしていただけると励みになります☆
↓↓↓
にほんブログ村 旅行ブログ 中国旅行(チャイナ)へ
にほんブログ村
2016-01-24

江門旅行三日目~その三~

茶坑村から小鸟天堂まではすぐ近くだ。
実際、茶坑村まで行く市内バス103路は、少し手前でここ小鸟天堂にも停まる。

ここは枝分れした珠江が入り込み、鬱蒼とした木々が生い茂る、鳥の楽園なのだという。
江門にはどんな見所があるのかな、と調べて行くとここが出てきた。
私は鳥が好きなので、のんびり散策してみたかった。

作家・巴金がかつてここを訪れて、「鸟的天堂」という散文を残したことから、“小鸟天堂”と呼ばれるようになったそう。
この鸟的天堂、今でも小学生の教科書には載っていて、知らない人はいないんだとか。

〈鳥の天堂〉 巴金

巴金は近くの小学校に勤める陳や他の友人と、日暮れにここを訪れた。
流れ込む珠江の支流にはいくつかの小さな舟があり、それに飛び乗り漕いでいく。
遠くに見える山の上の塔は、友人・叶の地元だ。

穏やかな水面を漕いでいくと、川幅が狭まったところがあった。
葉は幾束にもなって水面に伸びている。
それは生い茂った榕树…ガジュマルの木だった。しかし幹がどこにあるのかもわからない。

巴金が“たくさんの”ガジュマルの木だと言うと、ある友人はそれは一本のガジュマルだと言い、またある友人は二本だと言った。
近づいて行くと、それは一本の大きな木だった。
数がわからないほど枝は分かれ、そのいくつもがまっすぐに泥の中に、また水の中に、垂れている。
遠くから見ると、まるで水上に横たわるひとつの大木のようだった。
その一つひとつに生命力が躍動していた。

舟を木の下に少し停めると、友人がここは“鳥の天堂”だ、と言った。
数々の鳥の巣があり、羽ばたく音も聞いた気がした。
でも注意して見ると、一羽の鳥の影も見えなかった。
“鳥の天堂”には一羽の鳥もいない、そう思った。

翌朝、みんなで舟を漕ぎ叶の地元へ行った。つまり、あの塔のある場所だ。
陳の小学校を出発し、またあの“鳥の天堂”を通過する。

日の光は水面や木の梢までも照らしていた。
あらゆるものが日の光ではっきりとしていた。

舟を少し停めると、にわかに鳥の鳴き声がした。
陳が手を打つと、一羽の大きな鳥が飛び立つのを見た。
続いて、二羽、三羽。
みなで続けて手を打つと、森はあっという間に賑やかになった。
至る所に鳥の声、至る所に鳥の影。
大きいもの、小さいもの、色とりどりのもの、黒いもの。
あるものは枝の上で鳴き、あるものは飛び立ち、そしてあるものは羽ばたいた。

注意して見てみると、目を休める暇がない。
はっきり見えたものもあれば、見逃したり、また次の鳥は見えて、またその次の鳥は飛び去っていった。
一羽の画眉鳥…ガビチョウが飛び出してきて、拍手に驚いて木々の中に入っていくと、小枝に留まり高ぶったように歌った。
その歌声の美しさ。

小舟が塔の下にある村に向かって流れて行く時、後ろ髪引かれる思いで、生い茂るガジュマルの木を振り返って見ていた。
昨日の自分の目は間違いだった。
“鳥の天堂”は、確かに鳥の天堂だ!


(一部意訳と省略をしています)

「塔の下にある村」とは先ほどの茶坑村に違いない。
まるで文章の中の登場人物になった気がした。

小鸟天堂に着いた時、今にも雨が降りそうな雲行きだった。
鳥の楽園と言いつつ、現在では整備されて公園になっている。
駐車場あり、入場門あり、売店あり。
入場門でチケットを買うところがあり、そこで女性が出迎えてくれた。
インインの友達がここで働いているらしく、見たところどうやらただで入れてくれたよう。

まっすぐに舟乗り場へ。

16011034.jpg

ぽつぽつと雨が降り始め、素晴らしい景色とはなかなか言えなくなってきた。
「もし昨日だったら太陽の光があったのに…」
インインは残念そうに言った。
ここでも、おそらく私たちの乗船賃はお友達の計らいでただにしてもらえたよう。
天気が悪い中、数組の観光客がいて、私たちが乗った船にはもう一組の男性客。
巴金の鸟的天堂の雰囲気を想像するなら、ぜひ手漕ぎの小舟といきたいところだが、実際は電動の小舟。
おじさんがハンドルを切りながらブンブンエンジン音を響かせながらゆっくり進む。

16011035.jpg

乗船時間はそれなりに長かったが、ここに載せるべき写真はほとんどない。
このような薄暗い風景を写した写真が数枚残る。
けれども、私は満足している。
楽しい時間や体感した空気は、必ずしもスナップ写真に残るものではない。

インインはここに来る前、「小鸟天堂でお茶を飲む」 と繰り返し言っていた。
それがどういうことかずっとわからないでいた。
茶庵寺でお茶を飲み、インインのお店でお茶を飲み、ここでどうやってお茶を飲むの?
舟は屋台船のようになっていたが、外に出ることができるようになっていた。
雨が降り始め、そこを占領していた男性客たちがどくと、インインは屋外で準備をし始めた。
彼女は茶道具一式をわざわざ持ってきていたのだ。雨が降っているというのに。

16011039.jpg

彼女の生活はほんとうにお茶と共にあるようだった。
雨が降り揺れる舟の上だというのに、お茶を淹れる彼女はとても優雅ですてきだった。
旦那さん、一眼で夢中になってインインの姿を撮影。
私もインインを撮りたかったから、狭い舟の中、旦那さんと場所の取り合いで気まずい。お互い肩がぶつかっても負けない。
一応ここに私という外国人の来客がいるのだが、旦那さんは終始私の存在を忘れているような具合でインインしか目に入っていなかった。
「ほら、二人で写って!」
とか、そういうのを実は少し期待していたんだけど…。
インインに、「こっち向いて!」
ジュー・シュオくんに、「そこに立って!」
…次は私?と思いきや、もちろんそんなのあるはずはない。
…このご夫婦、本当にラブラブで羨ましい。

水上には小島がいくつかあるようで、舟は複雑に進路をとっていく。
鳥の鳴き声は少しは聞こえたが、それは決して鳥の楽園とは言えないもの。
この天候と時間を考えれば仕方ない。
そもそも、エンジン音けたたましい中、野鳥が近寄ってくるわけがない。

16011036.jpg

鳥という目的を諦め、ただ遊覧をたのしんでいると、小島にぶつかりそうなほど近づいて進む。
あまりにも近づくので、写す写真はみなぶれてしまったほどだ。
どうやらこれは、ガジュマルの木のようだ。
思い返せば舟乗り場にも、大きなガジュマルの木が二本植えられていた。

ぐるぐる回っていくと、突如鳥の鳴き声で賑やかな場所を通過した。
いったい何羽いるんだろうという賑やかさだ。
向こうを見ると、小さい白い点々が木々にたくさん留まっていた。

16011037.jpg

結果ここが一番、そして唯一、鳥を見ることができた場所だった。
鳥をスナップ写真に撮ることは不可能なので、諦めてスマホで動画を撮影。賑やかな動画が撮れた。
「見れた?向こうにたくさんいるよ!」
インインとジュー・シュオくんも盛り上がる。
私に付き合ってここまで来てくれた三人だったから、少しほっとした。

数々の白い点々はおそらく鷺類だろう。
私としてはもっと変わった鳥を見てみたかったけれど、天候以前に電動舟の上からではそれは難しい話だ。
鸟的天堂にはガビチョウが登場するが、一度自然界のガビチョウを見てみたいものだった。
籠の中のものはよく目にするけれど。
けれど、巴金がここを訪れたのは1933年なのだそうで、当時と同じ姿を見ることは不可能だ。

16011038.jpg

お茶の準備をし、遊覧を楽しみ、あと少し余るだけ、時間があった。
舟が乗り場に戻るころ、雨は少し強くなっていた。
お茶は結局飲むことはなく、写真を撮るだけで終わってしまった。

この小鸟天堂、この遊覧だけではなく見所は多々あるようだった。
鳥が観察できる遊歩道。
鳥関係の展示がある博物館。
巴金広場。
観光客が遊べる農場。
どれもゆっくり回りたかった。
だから7時半開門と同時に入場したかったのだが、他人をそれに巻き込めないだろう。

すでに閉園間近。時間の問題もあったが、雨はだんだん増してくる。
「昨日だったら、太陽の光があったのに。明日だったらもっと時間をとれたのに」
こればかりはどうしようもないが、そう言ってくれる彼女の言葉は、同時に一緒に楽しんでくれているということでもあった。

敷地を出ようとすると、壁に大きなパノラマな絵が描かれていた。

16011040.jpg

写真には写しきれないが、非常に大きな水上の森。
これは、巴金の鸟的天堂にも登場する「一本のガジュマルからなる小島」だ。
一本のガジュマルだとはにわかには信じがたい森。
「そういえば、これどこにあった?見つからなかったよ?」
私は言った。
「あったよ、近づき過ぎてわからなかっただけだよ」 そう教えてくれた。
あれかぁ。一度小島に近づき過ぎて、カメラが舟のスピードにぶれて写真がうまく撮れなかった場所だ。
舟は操作の加減であんなに近づいてしまったのだと思っていたが、あそこが見どころだった為に近づいたのだった。
あの時はあれが「一本の木」だと思わなかった。
あまりにも大きすぎて、水上に孤立したものではなくて単に対岸だと思っていた。
この一本のガジュマルの森。
実に380年前、一本のガジュマルが死ぬ直前に一つ芽生えた芽によってできたものだという。なんてことだ。

16011049.jpg

中国旅行初期、中国人との交流なんてできるとも思っていなかったし望んでもいなかった。
だから、中国語をたとえわずかでも勉強してみようとか使ってみようとか、少しも思っていなかった。
中国語ができなくても、あるレベルまでの個人旅行ならば、やり方を考えればなんとかなるからだ。
やがて、中国語ができないならできないなりの交流もなかなかいいなと思い始めた。
非常に拙いながら、中国語というツールが旅行に取り入れられたとき、それでも中国人との深い交流なんてするとも思っていなかったし、そこまでは望んでいなかった。
ところが何かのいたずらで、いやきっと自分自身が気づかない深層でそれを望んでいたのかも知れないけど、いろんな交流がスタートし、わずかわずかそれは輪を広げている。
それは一人の中国人、Q先生との出会いからスタートした。
この出会い、たまたま、だった。
このたまたまがなければ、私は相変わらず交流をそんなに求めないままだっただろうと思う。もともと私は消極的な人間なのだから。
人との出会いは、人生までも変えてしまう。
だから、これからも新たな出会いを繰り返すごとに、私の人生は予想外の方向に進んでいくのかもしれない。
実際のところ、意思の疎通がうまくいかなかったり、文化・習慣の違いに戸惑ったり困ったり、それはもう色々あるのだけど。
それでも、今交流している中国人、知り合った中国人のすべてが、私は大好きだ。

17時半、これからご飯を食べに行くのだという。
ジュー・シュオくんは明日学校に戻るのだそうで、朝がとても早いとのこと。
小鸟天堂からふたたび茶坑村の方へ戻ると、村の入り口のすぐ向かいには「陈皮村」という刻字の石があり、そこには少し風変りな建物が建っていた。
民族的であるものの、ちょっとした特色あるショッピングモールみたいだ。
村が向かい合っているのかなとも思ったけれど、どうやらこの建物に名付けられた名称みたい。

16011042.jpg

そこには名の通り、陳皮がたくさんあちらこちらに売られていた。
陳皮が特産、だから陈皮村というわけだ。

そう言えば、先ほどの小鸟天堂は天马村にある。
今日インインが茶庵寺に持って行った柑普茶 ー乾燥した柑橘の中に普洱茶が詰められたー には天马村の名があった。
この辺り一帯が、乾燥した柑橘、つまり陳皮の産地のようだ。

「陈皮村でご飯食べるよ」
自分一人だったらこういうところで食事する機会も少ないので楽しみにしていると。
入ったのはガチョウの専門店だった。
厨房にはたくさんのガチョウが吊り下がっている。

16011041.jpg

ガチョウを食べたのは初めて。一番右のがガチョウ料理だ。
当然といえば当然かも知れないけれど、アヒルと似た味と食感でとても美味しかった。
ビールがないことは残念だったけれど。
なんとなく子供ひとりとご夫婦を前にして、飲みたいと言い出せなかった。

昨日、開平を回っていても、ガチョウと鶏の数は驚くべきほどだった。
もう、それはもうすごかった。
山道の中、突然現れた池に何千羽というガチョウが、私の乗るリヤカータクシーが通過したのに驚いていっせいに向こうに逃げて行くのは本当に壮観だった。
新疆は羊に山羊に馬に牛。
こちらはもっぱら鳥だ。

ホテルに送ってもらい、時刻はまだ21時だった。
なんだか得した気分で、周辺をふたたび散策してみることに。

昨日も歩いてみた、长堤风貌街へ。
江门河には古い橋と新しい橋が架かっていた。
古い橋は封鎖されており、そのすぐそばに架けられた新しい橋に登ってみた。

16011043.jpg

こちらはその橋から古い橋ごしに长堤风貌街方面を見て。
雨は小ぶりで、それも風情があったが、南京旅行の際に大雨でカメラが壊れたのを思い出し、少し焦る。

16011044.jpg

私は街歩きが好き。
昔ながらの街並みを歩いているだけで幸せだし、旅行に来る大きな意義の一つだ。
観光地巡りができても、街並みの散策ができなければ、私にとってそれは旅行にならない。
そしてこうした街歩きは一人でしたいので、友人と旅行にきていても、夜はひとりで抜け出すのだ。
中国南部は個人的に興味が薄いので、よって見慣れない。
だから新鮮な気持ちで散策ができる。

16011045.jpg

特に異質な感じを受けたのは、あまりの暗さだった。
数条賑やかな繁華街になっている通りはあったが、それを覗けば一帯ほとんどこんな感じだった。
暗い裏通りに入っても、人々の生活臭がする。活気を感じる。
私にとって中国のイメージはそういうものだったが、それを見事に裏切る。
昨年11月に訪れた大同城内の人気のなさとはまた違う空気感だ。

これらの騎楼は、おおむね一階が何かの店舗になっていて、二階が住居になっているようだった。
一階はもちろんそのほとんどすべてといってもいいほど、閉まっている。
そして、二階にはいっさいの人気を感じないのだ。気配がない。
ここにはほとんど人が暮らしていないみたいだった。
けれど街として放棄されたようにも思えなかったし、それはまるで、突然人が蒸発してしまったみたいだ。

そんな人気のなさで、時々こうしたお店を見つけることもあった。

16011046.jpg

古本屋さんのよう。
しかもとってもアンティークなお店だ。
暗い街並みの中で、こうした明るさはひときわ際立って見える。

雨がとうとう大降りになり、私は騎楼の屋根部分を利用して雨を避けながら繁華街まで戻ってきた。

16011047.jpg

雨のなか、店じまいをしている。漢方のお店と糸を売るお店だ。

最後の夜、昨日一昨日とお世話になった一坪の商店にふたたび。
おじさん、また、「昨日はこれ買ったね」とか、飲み物を勧めてくる。
しつこさは一切なく、私はこのお店が気に入っていた。
狭い敷地に積み上げられた飲料はどれがどれだか一見わからず、奥の方のを「あれは何?」と出してもらう。
時刻はすでに深夜だった。
何時までやっているのだろう。
夫婦でお店をやっているようで、少なくとも私が滞在している間は、おじさんが「遅番」でおばちゃんが「早番」のようだった。
おじさんは私のことをすっかり認識していたけれど、今夜で最後だ。明日はもう来れない。

16011048.jpg

狭い敷地内、奥の方に転がっていた珠江ビールを見つけ買った。
それから左はパイナップル味のビール。
見たことはあれど買ったことがなかった。
これ、ビールというもののアルコールは入っていない。
どうやらホップを使っているのでビール、とのことみたいだった。
このパイナップルビール、ここでは飲まず持ち帰ってきたが、未だに飲んでいないため、どんな風味かはこれからのお楽しみだ。

部屋の窓は、相変わらず開いたままだ。
外は雨で、時間を追うごとに強まっていくようだった。

微信で新疆の友人リュウ・レイが、今日遊びに行ったと真冬の砂漠の写真を送ってくれた。
ー10℃、ー20℃という砂漠地帯と、コート要らずで温暖なこちら華南地方。
あまりにも世界が違う。
それも当然だ。3千㎞以上離れているのだから。
こうして連絡を取っていると、距離感も何もわからなくなってしまう。
まるで麻痺してしまったかのように。
そんなことを考えながら、ビールをもう一本、もう一本と飲み、気づいたら酔っぱらっていた。

⇒ 江門旅行四日目 へ続く

クリックしていただけると励みになります☆
↓↓↓
にほんブログ村 旅行ブログ 中国旅行(チャイナ)へ
にほんブログ村
2016-01-24

江門旅行四日目

2016年1月11日、本日は観光する時間はなく、すぐに広州へ移動しなければならない。
今朝ジュー・シュオくんは学校へ戻る為、送ったついでにホテルで私を拾い朝食に連れて行ってくれる話になっていた。
待ち合わせは8時半。
インインと、と思ったが迎えに来てくれたのは旦那さんのみ。
彼女はあとから合流するよう。

実は今回、新疆へ送る荷物が三つ、最初の大きな段ボールとは別にあった。
この三つはインインたちに委託せずにホテルから発送しようと考えていたが、昨夜、「できない」と断られてしまった。
そこで、最終日改めてこれらの荷物も彼女たちにお願いすることに。
チェックアウトをし、自分の荷物とお願いする小包を車へ載せて。

インインの旦那さん、寡黙な人だ。
車の中で話題がなく、ちょっと気まずい。
古い騎楼の建ち並ぶ道を走りながら、
「これらの建物、いつの時代のものなの?」 と訊いてみた。
「30年代でしょ」
軽く小さな声で返事が返ってきた。
ともかくとして、古い町並みであることははっきりした。
開平碉楼なんかも含め、この辺りにはその辺りの年代の痕跡が多く残るようだ。

向かったのは長距離バスターミナルではなくて、広州白雲空港直行バスの乗り場。

1601111.jpg

ここでまずバスチケットを買っておく。
二時間かからないから、と10時40分発のものを購入。73元。
だいたい6時から19時前まで一時間に1~2本のバスがある模様。

ここでは空港バスだけでなく、飛行機のチケットや香港などへの船のチケットも購入できるようでした。

朝食はすぐそばで。

1601112.jpg

ホテルの披露宴会場のような雰囲気。
テーブルの数も壮観だ。
この広さのなか、インインの旦那さんは注文の為に何度も服務員に呼びかけるが、声が小さい為にぜんぜん捕まらない。
私が呼ぼうかと思ったほどだ。
やっと注文が通り、やがてインインも到着した。

インインと旦那さんと三人で食事。
「二人はいつも何語を話して会話しているの?」
訊いてみると、二人の時は広東語を話しているのだそう。
「でもジュー・シュオには普通話を話すよ、教育のためにね」

最後の食事、広東の点心を食べさせてくれると話していた。

1601114.jpg

広東料理は世界に誇る美食だ。
中国各地で美味しいものや変わった料理に出合うけれど、やはり広東料理はちょっと種を異にしている。
ひとつはその数。その品数、文字通り星の数だ。
ひとつはその多様さ。広東では、「飛ぶものは飛行機以外、泳ぐものは潜水艦以外、四足は机と椅子以外、二本足は親以外、なんでも食べる」と言われているほどだ。
そして、その味付けは日本人の嗜好によく合うものが多い。

食べるもの全てが美味しくて遠慮なく食べる。

1601113.jpg

一番美味しかったのはお粥だ。
味がしっかりしていて、旨味が強かった。本当に美味しくて。
ピータンのお粥だったのだけど、私はピータンがあまり好きではないので、さりげなく避けながら。

こうして食事が済んで、バスに乗って広州へ。
インイン夫妻は最後まで見送ってくれた。本当にありがとうございました。

1601115.jpg

行く道行く道、移っていく風景を眺めながら。

1601116.jpg

広州白雲空港に着いたのはお昼。
時間に余裕があったので、食事をしながら時間を過ごす。さっきあんなに食べたばかりなのに。

1601117.jpg

初めて中国を一人で訪れた時、この空港を利用した。
しかしこんな近代的で大規模だった記憶がない。
国内でも一人旅をしたことがなかったし、ましてや海外一人も初めてだったので、あの時は何もかもが不安でいっぱいだった。
同じものを見ても、状況が違えば時が違えば、目に映るものも違ってくる。そういうことなのか、単にこの数年の間で改装増築されただけなのか、それはわからない。

今回江門を訪れるにあたって、数年前の地球の歩き方を引っ張り出してきた。広州を訪れた時のものだ。
すると、思いもかけず「カンニングペーパー」が挟まっているのを見つけた。
そこには、買い物やレストラン、ホテルで必要になるであろう中国語がメモしてあり、あろうことかそこにはカタカナで読み方がふられていた。
中国語をカタカナで表記することは無意味に近い。
よくガイドブックには「覚えて使ってみよう~」なんて簡単な中国語会話が載っており、カタカナ読みがふられていることがあるが、それで通じることはまずないだろう。
もし通じたとしたら、テレパシーか相手の推察だ。
このカンニングペーパーを見つけ、なんだかとても苦い気持ちになり、捨ててしまった。
今でもコミュニケーション能力が欠けていることはそう大差ないけれど。

わずか数年前と言うべきか、数年も前と言うべきか、どちらにせよ今の私と以前の私とでは、もし同じものを見ても、感じ方も見方も考え方も、違うものがあるのではないかと思う。
それはどちらが良くてどちらが悪いという話ではなくて。
もしかしたら、今の自分にしか見えないものがあるかも知れない。
また、どれだけ時間を経ても変わらないものもあるだろう。
けれどそれも、見逃してしまえば気づくこともないのだ。






16010933.jpg
名前も知らないこの花を見て、この地に来たことを知る


《中国旅のあしあと》 ☆地域別の足跡はこちら☆

《旅のあしあと》 ☆時系列編の足跡はこちら☆


クリックしていただけると励みになります☆
↓↓↓
にほんブログ村 旅行ブログ 中国旅行(チャイナ)へ
にほんブログ村
2012-05-14

桂林旅行一日目

2012年5月3日、名古屋から桂林に行くことにしました。一人旅です。
日本から桂林までは直行便がない為、どのルートで行くか迷いましたが、一般的な広州での乗換えではなくて、上海で国内線に乗り換えて行くことにしました。

上海浦東空港に着いてから桂林行きの飛行機まで2~3時間空くので、少し上海観光でもしようかとわくわくしていました。

中国国内線の遅延はひどいということで心配していましたが、まさか日本からの、しかもJALでこんなに遅れることになるとは思ってもいませんでした。
初め2時間半の遅延と伝えられていたのが、結局3時間以上の遅延。
なんと桂林行きの中国東方航空の便に乗り遅れてしまいました…。
チケットカウンターで夜到着の便にフライトチェンジしてもらったあと、遅れる旨をホテルに電話しなければなりません。ところが、公衆電話の使い方がわからず何度もチャレンジ、なんとか繋がったものの、拙い英語で必死に伝えるも、電話を切ったあと、ホテル到着時間ではなく飛行機到着時間を伝えてしまったことに気づく。もう嫌!

やっと乗れた上海航空。

201205031.jpg

初めてのローカル飛行機。中国人だらけ。まるで中学生の修学旅行のバスのように賑やかでした。
フライト中でも立ちながら後ろの席の人たちとトランプ。床には食べ散らかし。

ようやく桂林に着いたのは9時過ぎ。こちらは雨期で若干の雨模様でした。
さっそく夜歩きに出掛けます。

201205032.jpg

桂林には欧米人が多く、そのせいかカフェやバーが沢山あり、オープンテラスで飲んでいる人たちが大勢いました。

お土産屋の屋台もたくさん並んでいます。
その中には桂林ならではのものも。

201205033.jpg

桂林といえば“漓江”の川下り。その漓江を描いた油絵です。

201205034.jpg

進んで行くと“杉湖”に出ました。美しい“日月塔”が向こうに見えますが、実は新しい建築物です。

桂林は水の都とも言われ、奇岩奇峰に水蒸気が煙り山水画のような情景を作り出す美しさが有名です。
繁華街の周辺には“漓江”と“桃花江”と二つの川が交わり、そこに入り組むように“榕湖”“杉湖”“桂湖”“木龍湖”(桂湖は宝賢湖、西清湖、麗沢湖に分けられる)という四つの湖があります。湖といっても、実際は繋がった川なのですが、それらを総称して“両江四湖”と呼び、夜には美しくライトアップされるのです。

杉湖を進んで行くと、中山中路という大きな通りに出ました。

201205035.jpg

もっと田舎かと思ったら、高層ビルこそないものの、大きな都市です。

適当に歩いて行くと薬局が。

201205036.jpg

中国で薬を買う気にはなりませんが、このように、薬局に漢方や果物が薬のひとつとして並んでいるところはさすが中国だと思いました。
それにしても中国の薬局や病院てどうしてあんなに暗い雰囲気なんだろう。。。

この日は飲まずにおとなしくホテルへ帰りました。

⇒ 桂林旅行二日目~その一~ へ続く

クリックしていただけると励みになります☆
↓↓↓
にほんブログ村 旅行ブログ 中国旅行(チャイナ)へ
にほんブログ村
プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国四川省宜賓市にて生活を始めました。
旅行記に絞ったブログ、一つひとつは旅のあしあとです。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
最新トラックバック
クリックしていただけると励みになります↲