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2014-03-22

◇◇ 網膜剥離闘病記 ◇◇

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網膜剥離闘病記~はじまり~

網膜剥離闘病記~入院前半~

網膜剥離闘病記~入院後半~

網膜剥離闘病記~そのあと~

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2014-03-22

網膜剥離闘病記

2014年1月末、右眼が「網膜剥離」という病気にかかっていることがわかりました。

3月に2週間入院・手術し、現在リハビリ中です。

この闘病記は、その入院中に左眼を駆使して書きとめたものを中心に載せています。

眼の病気で何をやっているんだ、という話ではありますが。

しかし私の性分として、文章にするということが物事と向き合うことであり、それにより有意義な入院生活を送ることができました。…単に暇だった?!


網膜剥離は命に関る病気ではありません。

しかし、「生きること」とは、単に生命活動をすることだけではないのです。

光を失ったら人生に意味はなくなってしまうのか。

そうは、思いません。

今、目の前に見えているものや、これから目にするもの。

見てみたいもの。目に映るもの。

また、見えないということについて。

そうしたものについて改めて考えさせられたという点で、自分の人生に意義のある経験ができたということなのです。

闘病記、という言葉を宛がうわりに苦労はしていないのですが、どなたかの参考になれば幸いです。

また、私自身が忘れない為に。

あくまで、私の主義主観で書いたもので、そしてまた「私の場合」のお話です。


中国旅行とは直接関係ありませんが…

退院後も、その後として書き加えていければな、と考えています。

⇒ レーシック手術 へ続く
2014-03-22

レーシック手術

2014年1月25日、レーシックの手術を受けるべく、東京へやってきました。どこのクリニックかは伏せておきます。

軽く考えていたわけでなく、何年も前から気になっていたレーシック。コンタクトの辛さに耐え難くなって、本当に様々な要因が重なり、手術を決めました。
ただ、このタイミングというのは本当に偶然がもたらしたものでした。

午前中から、流れ作業でたくさんの検査。
そのあまりの「軽さ」に、不安より、そんなに重く考えなくていいんだという、安心。良い方に考えることに。

16時半からの手術、その僅か1時間前になって、初めて眼科医師の診察。
若手の医師からは営業かと思うほど、お金の話しかでてこない。
私の左目は変わった形をしていて、プラス30万円のオプション手術(角膜のフタを開けて紫外線を照射する)をしなければ、レーシックは施せないのだという。そして、今手術しなければ、近いうちに眼のどんな手術もできなくなるのだと。

予定していた手術料金は20万円でした。
オプション手術をつけて割引を適用して、46万円。私にとっては安い金額ではない、というか高額過ぎる。

手術をやめるのなら、あと30分で決めないといけない。そしてやめるのなら、検査料や他費用が免除されなくなるため、お金は払うだけ。

今から考えればバカな話。自業自得以外の何物でもありません。
しかし、私の思考回路は麻痺し、完全に冷静な判断を失っていました。



手術後、ほとんど見えません。
これはレーシックを受けた人は全てそうなのだそうです。
徒歩5分のホテルに辿り着くのに、40分もかかってしまいました。何せ携帯の画面も見えない。
夜中、痛みで何度か目を覚ましました。

翌日、再びクリニックに検診に。
見え方の状態は昨日よりはいいけれども、見え方は良くない。特に左目が。重ねて、痛い…
視力検査の結果、左目0.3、右目0.7。
目が痛いです、と伝えたのですが、「あとは静岡の提携眼科で見てもらってください。」で軽く終了。

時間がたてば良くなるよね…と帰静するもふらふらで、ばたり。

⇒ 網膜剥離診断 へ続く
2014-03-22

網膜剥離 診断

2014年1月30日、この4日間あまりにも目の調子が悪く、仕事が終わったら、街の眼科に行くつもりでした。
しかし仕事が区切り悪く、駅近の眼科に駆け込んだのは18時ぎりぎり。

もう目が痛いし見えないし疲れるし…で、仕事がどうにも大変で苦痛でした。
術後1週間の検診には早いけど、眼科に行こう。

もちろん視力検査の結果は良くはありません。

けれど、ドライアイによるところが大きいそうで、目薬を3種、処方してもらいました。角膜の状態は良いらしく、レーシックの失敗は見受けられないそうです。

それより、お医者さん、つらくない右目ばかり長い時間、診察しています。
特に「右上見て」を繰り返す。

「右眼、網膜が剥離しているね。」
「あ、そうなんですか…」

「手術しなきゃいけないよ」
(レーシックやったばかりで嫌だなぁ…もう遅い時間だけど、これからやってくれるのかな)

「入院が必要だからね。これから大きな病院に紹介状書いてあげるね、優秀なお医者さんがいるからね」
(え、そんな大袈裟な…会社休めないよ)

私の呑気な反応が予想外だったのか、ちょっと諫めるように
「手術しないと、失明するよ」
「えー!!」

「いつまでに、病院に行った方がいいですか?」
「すぐ行かなきゃダメだよ!明日の朝一番に行きなさい。すぐ入院だと思うから」

「旅行を控えているのですが」(蘇州旅行)
「運が悪かったね。キャンセルしなさい」

しかし、この期に及んで、(即入院、手術するとして、蘇州旅行の前日に退院できれば、旅行行けるかな…航空券のキャンセルかけない方がいいかな)などと考えていました。

とりあえず、混乱のさなか、会社の上司と先輩に、数日休む可能性があることを伝えたのでした。仕事の臨時の引き継ぎで、要点をパソコンでまとめたりしているうちに、深夜。
眼の病気だけど、眼を休めることはできません。

⇒ 総合病院初心 へ続く
2014-03-22

総合病院 初診

2014年1月31日、総合病院に行きました。
街の眼科で「網膜剥離」と診断されての、翌日になります。

左眼の不調が支配している中、右眼を診てもらう不思議な感覚。
先生は、大きな病院で医療の最先端にいる医師、といった雰囲気いっぱいで、私は萎縮してしまう。
左眼も診てくれたけれど、やはり左眼は問題ないようです。
右眼は時間をかけて、何度も何度も「右上見て」「右見て」

私の目にレンズをかざして、ライトを当てて色んな角度から。
他にも眼にレンズを直接つけたりといくつかの検査をしました。

「4分の1ほど剥離しています」

先生、あまり余分なことは言わない先生みたいです。シンプル。

ただ、若年層の網膜剥離は、進行が遅く、すぐ手術しなくても大丈夫みたいです。
私の網膜剥離も、もしかしたら数年前から発症していた可能性があるとおっしゃっていました。
今月いろいろ検査して、3月に入ったら入院することになりました。


網膜剥離は痛みがないため、なかなか発見されないのだそうです。
「今回のような偶然見つかる場合」がほとんどなのだとか。

レーシックとの因果関係は否定されていて、レーシック後に網膜剥離が発見されるのは「ただ単に近視だから」
網膜剥離の原因には、加齢の他、強度近視があるのだそう。近視だと眼球のかたちが変わって網膜を引っ張ってしまう。
けれど、近視=網膜剥離になる、ではありません。

また、原因のひとつとして、外的要因。
「前に事故にあったり殴られたりしたことはありませんか?」
…酔っ払いの私にはいろいろある。転んだり落ちたり…記憶がなかったり…


そういえば問診票の「お酒飲みますか欄」
看護士さんと話しながら、
「何飲むの?」
「ビール、焼酎、日本酒、ワイン、ハイボールも最近よく飲みます」
全部そのまま書き込んでいく看護士さん。
「すごいね~!どれくらい飲むの?」
「ワインだったら2本は飲みます…焼酎だったら1本かな。日本酒だったらとっくり5本は…」
「じゃあ、2リットルにしとくか?!」
と、用意されていた単位ccをリットルに書き直す。

この問診票を、先生は一瞥してパサリ。
なんにも触れてくれないならくれないで、寂しい…クールな先生。


何はともあれ、私の網膜剥離はいつなんで発症したのか謎のままです。

「レーシックの不調はどうですか?」
「さぁ、ここではそういった角膜の手術はしないので。ただ、角膜はキレイですよ」

冷たい感じ…
正統の眼科医さんは、レーシック反対というのは本当みたい。

「レーシックなんてものに軽く手を出して、困っただなんて自業自得なうえにわがままじゃないか、まったく健康な角膜にメスいれるなんてバカだ」
…と言われたわけじゃないけど、テレパシーでそう受信した私。


今日は散瞳して目が見えないので、このまま出社することなく、お休み。
まだ手術は、先だし、気楽~な感じです。

⇒ 網膜剥離とは へ続く
プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国四川省宜賓市にて生活を始めました。
旅行記に絞ったブログ、一つひとつは旅のあしあとです。

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