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2015-07-30

南京旅行一日目~その一~

2015年7月18日、三連休を利用して南京へ一人旅です。

南京というのは思い付きに近いもので、三連休でどこなら行けるかな~ということでふと思いついた場所でした。
南京の夏は中国の中でももっとも厳しい酷暑ということで有名。
だからこそ、真夏の南京を体感しに行こう~となったのでした。

朝3時に起きて高速を飛ばし名古屋国際空港へ。
「京都通行止め」の文字。愛知県へ入ると土砂降りに襲われたけれど、台風と重ならなくて本当に良かった。温帯低気圧へと変わった元台風は、依然近畿・日本海付近に大雨をもたらしていた。

ワインをお替わりしながら幸せ気分で上海浦東空港へ到着したのはお昼。
地下鉄2号線から1号線に乗り継いで上海站へ。ここから、和諧号で南京へと向かいます。

上海站前の広場に降り立ってみると、もわんとしたぬるい空気に雑踏があった。
時間は1時。広場の真ん中にある時計台の向こうに南京銀行の巨大な文字が見えた。

G7056次、一等席。
席に着き、窓に先ほど購入したビールを置いた。

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富士山仕様の三得利ビール、つまりサントリーですが、味は中国ビール。
それに、定番の青岛ビール。このデザインは初めて目にした。

日本ではすでに失われた旧型のプルタブ。どうしても開けるのに派手な音を発してしまう。
日本では乗車して缶ビール~は珍しいことではないけれど、ここ中国ではちょっと恥ずかしい。隣の男性をこっそり窺いながらさっそく始める。

上海から南京まで高速動車で約2時間。

新疆の友人、リュウレイと微信でチャットをしながら。彼はかつて仕事で南京に暮らしていたことがある。
私の「和諧号でビール」に笑いながら、ふと、
「南京では注意した方がいい。意味わかる?」
私はちょっと考え黙った。
「日本人を好きではない中国人がいるかもしれないってこと?」
「そう。みんなちょっと感情的だから気を付けて」

南京は反日の象徴だ。
中国でテレビを見る機会はほとんどないが、今までマッサージのお店では中国版ミリオネアか反日報道番組のこの両者どちらかであることが多かった。
そして、反日番組であった場合、えんえん南京、日本、この単語が飛び交う。
南京と言ったら歴史ある場所なのに、両国にとって負のイメージが強く先行してしまっているのは悲しいことだ。
中国の中に私が行きたくないと思う場所はひとつもないが、南京はたしかに行きたい場所リストの上になかなか上がってこなかった。
その理由が、こうした負のイメージであることは言うまでもない。
反日感情を恐れているわけではない。
ただ、戦争のおぞましさを連想させるから、それに近づき難かっただけだった。
「夏だからいっそのこと暑い場所に行ってみよう~」
そんな思い付きは私の足をようやく軽くした。

「私は中国が好きだから多分大丈夫だよ」
「うん、でもやっぱり気を付けた方がいい。他の場所とは違う」
僅かに持っていた不安がほんの少しだけ増えた。

時刻は16時前。南京站はちょっとした空港ターミナルかと見紛うくらい大きく近代的な駅だった。

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駅前には前衛的なモニュメント。
そこから南京站を振り返って。

このモニュメントを通り越したその先には、“玄武湖”が広がっていた。
地図により南京站のすぐ前にはこの湖があることを知っていたけれど、当初はそれを素通りして、駅から地下鉄ですぐ市街地へ移動してしまうつもりだった。
けれど移動中のチャットで、リュウレイが「玄武湖に寄るといいよ」 と言ったのを受けて、気持ちが変わった。
「城壁があって登ることができるよ」

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玄武湖の向こうにそびえる街並みは大都市、南京のもの。
辺りにはおのおの好きなように寛いでいる人たちがたくさん。
とてものどかだ。
曇り空で空は暗いけれど、私の気分はうきうきで明るくなった。

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玄武湖には色とりどりの花が咲いていた。
この写真は違うけれど、蓮の花がきれいで。一面に咲き誇っていた。
小さな女の子が蓮の蕾を握って歩いてきたのをみて、造花だと思った。あまりにも見事な蕾だったから生花だと思わなかったのだ。

玄武湖はあまりに広大で、徒歩で行けばかなりの時間がかかるのは一目瞭然だった。
けれどまだ夕方だし、と行けるところまで気ままに歩いてみることに。

南京站を背にして右に進んでみた。方角で言えば湖の西岸になる。

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高い城壁がずーっと向こうまで続いていて、気が遠くなりそう。
夏の玄武湖は緑でいっぱいだった。


南京は、武漢、重慶と並んで中国三大火炉のひとつとされている。
夏の酷暑は厳しいもので、この時期の旅行は避けた方がいいと言われるほどだ。
武漢を訪れたことはあるが、11月だった。
だからぜひ、三大火炉の暑さを体感してみたかった。

この旅行記を書き始めた今日、新疆ウイグル自治区のトルファン火焔山の地表温度は95℃を記録したのだという。
市街地の気温でさえ54℃まで上がったのだそう。
シルクロードや新疆は酷暑の砂漠地帯だ。
しかし友人が言うには、「南京より新疆の夏の方が過ごしやすいよ」と。
これもまた言うまでもないが、その違いは湿度だ。
以前に訪れた敦煌は乾燥していて過ごしやすかったのを思い出した。

南京に着いて曇り。
気温は全然高くない。
真っ青な空に、うんざりするような日差しでぐったりするのを期待していたが、その期待が裏切られたことがすぐにわかった。
気温は高くないが湿度が高くすぐにべたつく。これでは嫌なとこ取りではないか。

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城壁には一面に緑がからみついている。
鳥のさえずりが忙しないけれど、城壁に沿って小さな森が続いているかのようで、その姿を捉えることは難しかった。

ふと、「天空の城 ラピュタ」 を思い出した。

ラピュタは私の冒険ロマンの原点だ。
幼い頃、好きでたまらなかった。
宮崎駿さんの作品には、ナウシカやもののけ姫など、文明と自然の対立をテーマにしたものがある。
ラピュタは非常に高度な文明を持っていたけれど滅んでしまった。
けれどその遺跡には緑が息づき鳥がさえずり、人間が失われたあとも生命が「そのあと」 を受け継いでいた。

石レンガの古城壁にからみつく植物は、あのラピュタの風景をふと思い出させた。
中国で古城壁を目にしたことは一度や二度ではないけれど、このように一面緑に覆われたものを見たのは初めてだった。

がらがらとキャリーバックを引きずる私をみんなが不審そうに見てゆく。
先ほどの不安を思い出し、張り付いたままだったJALの長いバーコードシールをさりげなく剥がした。

一時間ほどのんびり歩いて行くと、急に賑やかになった。
右手を見上げてみると、立派な城門がそこにはあった。

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こちらは城門を抜けてから。「玄武門」
電光掲示板が映り込んでいますが、雷雨の文字。今日の天気が写っています。

実は南京に着いてがっかりしたのは、すでに予期していたことなのでした。
出発する前に見た天気予報は、見事に滞在する三日とも雷雨だった。
雷雨でないだけ、喜ぶべきだ。

この玄武門のすぐ脇には城壁へ登る階段があった。非常に古いものだ。
ところが、入場は17時まで。登ることはかないませんでした。
それにしても驚くべきは、この城壁にチケット窓口が作られていたこと。
中国でいつも驚くのは、歴史的遺物にこうして観光の為の改築を施してしまうこと。
日本だったら、チケット売り場は別に新たに設置するはずだ。


城門からすぐのところに地下鉄「玄武门」があったので、そこから繁華街「新街口」へ。
新街口は南京の中心、もっとも近代的な区域だ。

ホテルはこの新街口近くにとっており、どんくさい私は「行けばわかるでしょ~」という気構えだった。
いつものことながら、そんな簡単にいくわけない。思った以上に広い、いつものことなのに。
さらに印刷してきた住所はアルファベット表記だったため、漢字がわからず…。このあと迷いに迷ったのでした。

やっとのことホテルへ辿り着くと、フロントは英語。南京は都会だ~。

チェックインを無事済ませ、郵便物があることを思いだした。
浙江省から友人がこのホテルへ红枣干を送ってくれていたのだ。
無事に荷物を受け取り、ほっとした気分で、「私も郵便を送りたいのですが」
まるでダメダメの中国語でも、全部英語で返されるとさすがに落ち込みました。
送り先は新疆。
これらのことを済ませると一安心。ようやく観光へ向かうことができる。


すでに時間は怪しく、タクシーを利用して“中華門”へ。
南京を取り囲む城壁の中で、もっとも大きな規模を誇る城門だ。

タクシーのおじさん、「韓国人?」と聞いてくる。
おそるおそる「日本人」と答えてみる。
おじさんはにこにこしたまま。良かった~。

一年生の教科書みたいな会話を、私に合わせてしてくれる。
「何歳?子供はいるの?」
「いないよ、結婚してない」
「あ~ごめん、ごめんね~!」

私は助手席。おじさんとの間にはプラスチックの防犯壁があるから、おじさんの声がくぐもって良く聞こえない。
おじさん、プラスチックの隙間を覗き込んで伝えようとしてくれる。運転危ない~。

「勉強してるけど中国語全然できない」というと、
「我、和、你、一起去、你、不会说、汉语、没问题」
一緒に行けば中国語ダメでも大丈夫と言ってくれた。
「大不了」 大丈夫、というと、「そうか、そうか」とまたにこにこ。
さっきまであった不安はすっかり消えた。

“中華門”へ着くともうすぐで黄昏時、という時刻だった。

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「中華門」の文字は蒋介石のもの。


南京の街をぐるり取り囲むようにして城壁が築かれたのは、明代。
現存するものは清代に再建されたものなのだという。

周囲33.676㎞、その広大な城壁に造られた13の城門のうち、もっとも南に位置しかつ最大の城門が、この中華門だ。
中国には数多くの古城壁が今も残っているけれど、その中でもっとも保存状態が良く、かつ最大の規模を誇る。
南京城で最大、中国でも最大。
他の城門も登ることができるようだったけれど、調べる時間がなかった。

中華門は重厚な見事な石造りだ。門と言うよりトンネルで、それがこの先みっつ奥に続いている。
もはや、門という感覚はなく、これ自体がお城の一角のようだ。
それもそのはず。
城壁自体が防衛の意志のもと建設されるものだけれど、これはその色が特に濃い。
言ってみれば要塞のようだ。軍事色が強い。

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こちらはそのトンネルのひとつ。
門一つ一つにはこのように内側に溝があり弧を描いている。
これは千斤関門というもので、何かというと、敵が城内に侵入してきた際、この溝から木門を下ろし、敵兵を閉じ込めてしまう。
こうした門が重ねて造られているのだから、容易には入城できない。
こちらの説明文には、「ツボの中でスッポンを捕まえる」ようだと喩えられていた。適した表現かは疑問にのこるが、当時防衛に有効だったには違いない。

中華門の先に三枚つづく小城郭。
それぞれには中央のトンネルを中心にして「蔵兵洞」が配されている。

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藏、は中国語で隠れるの意味。
つまりこの一つひとつは兵士が隠れる為に造られたものだ。

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そのいくつかは入ってみることができた。
もうすでに日が落ちて暗くなり始めていたので、少し怖い。一応軍事遺跡なので。

中に足を踏み入れてみると、ひやりとした。
まるで地下道のように水がどこからか染み出して流れている。
電灯があるからいいものの、なければ昼間でも真っ暗なはず。

この蔵兵洞、どれもかなりの容量を持っているようだった。
まずその奥行に驚く。奥は行き止まりだが、貫通していればまるでトンネルだ。
そしてその高さに圧倒される。

蔵兵洞は、この中華門には全部で27存在する。
それらに約3000人の兵士を収容することができ、また食糧であれば50万㎏を収めることができたそう。
軍事的に重要な拠点だったのですね。

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奥まで行きつくと、中央の貫通したトンネルに繋がっていた。

壁面は常に水が流れているのか、まるで鍾乳洞の内部のような不思議な肌色をして滑らかになっていた。それがまた時間の経過を感じさせる。

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行った時間が遅かったせいか、人がまったくいなかったというのも、私の気分に影響したかも知れない。
まるでタイムスリップしてしまったかのよう。
でも私の想像は明代ではなかった。
清末期~日中戦争の遺跡として、私の肌は歴史を感じていた。
自分の勝手なさじ加減だけれど、明代は「むかしむかし~」で、近代は生々しい人間のにおいがある。
つまり私はこの軍事要塞に、歴史ロマンーつまり空想の領域ーではなくて、現実的な人間の足跡を見た気がしたのだ。しかもついたばかりの。

1937年、南京攻略戦の際、ここ中華門でも交戦が繰り返されたという。
そして、12月13日、日本兵はここ南京を陥落させた。
南京を落とした日本兵は城壁に登り、街を一望しただろう。

いままでこの地球上でどれだけの戦争が起きただろうか。
しかし歴史はその流れの中で個人をかき消していく。20万、30万という数が戦争を表す。
赤壁の戦いについて、現代人はわくわくすることができるし、そこに涙する必要はない。
それらと、近代の戦争はどう違うのか。
それはまだ個人がかき消されていないことだと思う。
私たちはまだかの戦争について、命を奪われたり傷ついた人たちのことを思うことができるし、命を奪ったり傷つけてしまった人たちのことを思うことができる。
私はこうして軍事遺跡を歩きながら、ここを防衛したり戦った人たちのことを現実として捉え想像することができる。
ふたたび日本が過ちを犯さないために何が必要かと言えば、最後の戦争について現実性を失わないこと、だと思う。

蔵兵洞を一つひとつ覗きながら出てくると、もうだいぶ日が暮れていた。
目の前には城壁へ登る階段が続いていて、登ってみた。
中央が階段でその両側にはバリアフリー、戦車や馬車が登る為のものだと思われる。

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上部にも先ほどと同じような蔵兵洞。
下から見た時にはこれが貫通していない行き止まりだとは思わなかった。
ライトアップされた石レンガは、情緒いっぱいだった。

ここからさらに登って行くと城壁の上に出ることができる。

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けっこうな傾斜の向こうにはきらきらした街並みが見えた。

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遥かむこうまで城壁は伸びている。
あまりにも広大すぎて、歩いていく気も起きなかった。
西安の城壁は赤提灯が艶やかで、古都の雰囲気を演出していた。ここにはそうした華やかさは少ない。

この中華門、東西に118.5m、南北に128m、その高さ20.45m。
南京の街を取り囲む城壁のごく一部分でこれだけの圧倒感。
城壁の全体図を見たけれど、よくあるように四方形ではなく、いびつな輪郭をとっていた。
時間があれば城壁の他の部分も見てみたかった。

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このようにレトロな自転車タクシー。昼間はこれに乗ってまわることができる。
時間が遅く営業していなかったけれど、電動カートなんかもあるようでした。

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遠くに輝く南京の夜景を眺める夫婦。平和な風景。

都市中心部の新街口より数㎞南下した位置に、この中華門はある。
離れているとはいえ、城壁から眺める南京の風景はけっして派手なものではなかった。
けれど、それがかえってこの街の大きさを感じさせるみたいだった。

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見下ろしてみるとこんなふう。
軍事遺跡は陰惨な歴史を持つけれど、すぐ真下からは賑やかな音楽が流れてきて、中国の他のどこともたがわず大勢でダンスに興じるおばちゃんたちはまるで真逆の風景だった。ああ、現代なんだな、と実感した。
城壁の下はこんなにも賑やかに人で溢れ返っているというのに、城壁の上は暗く人もほとんどいなかった。

下へ降りてきて、近くにバス停を見つけた。
49路のバスが付近の繁華街“夫子廟”へ行くようだったので、乗ってみることに。

⇒ 南京旅行一日目~その二~ へ続く

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プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国四川省宜賓市にて生活を始めました。
旅行記に絞ったブログ、一つひとつは旅のあしあとです。

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