FC2ブログ
2016-02-17

北京旅行一日目

2016年2月4日、春節直前の北京へ。三泊四日、母と二人です。

まだ真っ暗の羽田空港へ向かう道中、スピード違反で警察に停められ、がっかりした気分でのスタート。
搭乗ゲートを通過し機内へ乗り込もうという時、ビールを飲んだ空港内の飲食店にコートを置き忘れたことに気づきバタバタし。
なんともすっきりしない旅行の始まりになってしまった。

今回も、よく利用する羽田午前発のJL021便、北京行き。

先月もJALを利用したが2月になってJALの冊子が更新されているな、と機内でめくってみた。
蒼弓の昴などで有名な浅田次郎さんが連載をしているのをいつも読んでいる。
すると、「よく利用する羽田午前発のJL021便、北京行きで」と、冒頭からそんな書き出しだった。同じではないか。
びっくりして読み進めてみると、取材で北京を訪れるときのあれこれが書かれている。
その取材とは、浅田氏がシリーズとして多数執筆している清朝末期を舞台とした小説の数々に関わるものに違いなかった。
今回北京旅行では、それらの小説で描かれたあれこれの舞台を巡ろうと思っていたから、なんだかまるで奇遇だった。

そのJL021便で北京首都空港に到着したのはお昼過ぎ。

実は今回も現地で人と会う予定があった。

ウルムチの友人が北京へ物を送ってくれるというので、「安排がわからないから、ホテルに送ってくれればいいよ」と何度も何度も伝えていたのだけれど、「友達に荷物を送るからもてなしてもらえばいい」と譲らない。
とうとう、「じゃあ、ホテルの住所教えて」 という話になったので住所を送ると。
「もう友達に送ったから安心しなさいよ」
ということで、やはり人に会うことになった。
「観光客がなかなか見つけられない北京小吃を食べさせてもらいな」 と言うので、
「今回は一人旅じゃない。母は中国語ができないからそういう交流を望んでいない」 そんな風に返してみると、
「おいしいものに言葉はいらない。交流不要。問題ない」 とばさり。
けれど、事前に本人と色々連絡を取っているうちにやはり会うのが楽しみになってくるから私も自分自身がよくわからない。
何はともあれ、老若男女様々な人たちと出会わせてもらえることは、自分にとって何よりも貴重な経験には違いない。

到着ロビーに出ると、ひと目でわかったモンさん。
母の荷物を全部運んでくれる。
母は慣れない様子だったが、中国では高齢者に対して親切な人が多く、また男性は女性に対し優しい人が多い(と思う)。

空港を出発し、連れていってくれたあるお店。

1602041.jpg

一品はこちら。
卵とトマトのスープ、に見えるけれど実はこれは麺だ。
中にはお米より少し大きいくらいの粒々が沈んでいる。日本人にはこういうものが麺だという感覚がないけれど、小麦粉から作られたそれは麺だ。

1602042.jpg

もう一品はこちら。「褡裢火烧」
こんなお皿を三品注文してくれた。
それぞれ中には違った菜っ葉の具が入っていて、それらを一つひとつ説明してくれた。
小白菜虾皮、韭菜鸡蛋、荤香鸡蛋。
一つ目はチンゲン菜とエビの殻、二つ目はニラと卵、けれどもう一品がなんなのかよくわからなかった。
母が、「これが一番おいしい」と、小白菜虾皮を指して言うのでモンさんにそう伝えると、
「日本人の嗜好に比較的合っているし、自分もこれが好きだ」 とのこと。
「锅贴(焼き餃子)とどう違うの?」 そう訊いてみると、
「大差ないけど、锅贴は焼くときにひっくり返さないけど、これはひっくり返す」 確かに。

「日本人には食べれないものがあることを知っている。だからそういうものがあったら教えて」
そう何度も言ってくれた。
「私はその土地の本来の表情が見たい。好きか嫌いかは問題ないよ」 そう言うと、
その度に、「問題はある。あとからわかる」 そう返ってきた。
「北京ダックとしゃぶしゃぶは食べようと思っているよ」 母の希望だった。
「北京小吃はそんな簡単なものじゃないよ。一言では語れない」

このお店、食べ終わるのを待たずに店じまいを始めた。
「ここ明日から春節休みだったから、良かったよ」 モンさんはそう言った。
そう、単に自分の日程の問題だったのだけれど、今回の旅行は春節直前で、楽しみな一面不安な一面もあったのだ。
中国では春節を盛大に祝う。
あらゆる場所が営業を停止し長期休暇に入り、またあらゆる人々が移動する。
私は一応なんとか春節を避け、大みそかにあたる除夕に帰国する日程を組んでいた。

お店を出て、ホテルに向かう前に「什刹海」の辺りに行ってもらうように伝えてあった。
母が“醇王府”へ行ってみたいと言っていたからだ。
数日前そんな話をしていると、モンさんは「恭王府のことではなくて?」 と言った。
観光地として有名なのはそちらだったが、行きたいのは清朝、醇親王が暮らしていた王府の方でそれではない。
しばらくして「宋慶麗故居のことだね」 と返ってきた。
醇王府は現在お屋敷の方は、国家宗教事務局として使われており、公開されていないということだった。
しかし、その庭園の方は醇親王のお屋敷でなくなったあとに宋慶麗の住居となり、現在では「宋慶麗の故居」として開放されているのだそう。

その宋慶麗故居へ向かう途中、北京中心部の北側を走ってもらった。
“元大都遺跡”を見たかったからだ。
旅行前のやり取りで、モンさんは元大都遺跡も見てみるといいよ、と言っていたからだ。
情報がなかったので色々訊いてみると、元代の城壁跡が現在は公園になっているらしい。
「何㎞もあるから全部は歩けない」
そういうことだったので、「少しだけ車を停めて」 とお願いしてあった。


元がのちに北京と呼ばれる地域に都を構え城壁を築き初めそれが完成したのは、1276年のことだった。
周囲28.6㎞、面積50k㎡。
北京がいわば中国文化地域の中心地となった最初の出来事だといえる。
その後に元が滅び明が起き、永楽帝のときこの都は再整理された。それが後の紫禁城だ。
都の規模は三分の二に縮小され、その際、北側の城壁を若干南下させた。
その棄てられた北側が、この、「元大都遺跡」というわけだ。

北側の城壁跡であるから東西に細長い。
北京中心部をぐるりと四角く一周する地下鉄2号線、その北一辺に沿ってこの城壁跡は伸びている。
モンさんに教えてもらってガイドブックの地図を見てみるが、まったく触れられていなかった。
来てみてわかった。

1602043.jpg

知らなければ、一体なんなのか全然わからない。
ここはその長く伸びる城壁跡を道路が貫通している場所だ。
このように僅かに盛り上がった小さな丘のようなものが、えんえん東西に伸びている。
「何㎞もあるから歩けないよ」 と言っていた意味がよくわかった。
城壁跡と言っても、現在はほとんどその姿の痕跡を残していない。
ただの細長い公園と言ってもいい。

1602044.jpg

近くには川が流れていたが、このように見事に凍っていた。
ここ数日の北京の最低気温は-10数度~-20度にも及んでいたため寒さが怖かったが、来てみるとそうでもなかった。
「そんなに寒くないね」 そう言うと、
「零下3度」 とのこと。風がなければけっこう大丈夫そうだ。
「私たちが住む静岡は10度いかないくらい」
「零下10度?」
「違う、違う!10度!」

ちなみに空気も澄んでいる。
「日本では毎日中国の空気が悪いってニュースで言っていたけど、空気悪くないね」 嬉しいことだった。
「冷たい風が吹くと、空気は良くなる。風が吹かないとすぐ悪くなる」 モンさんはそう言った。
今日は全然風がないけれど、悪い空気は風で一掃されているようだ。

車に戻り、公園に沿って走ってもらった。
えんえん、小さな丘は細長く伸びていた。
ふと道路標識を見てみると、「北土城东路」。
元の城壁は土で造られた為、土城と呼ばれたのだそうで、それは現在地名としてこのように残っている。

車は北京中心部の北側を走り、やがて旧城内へ方向転換した。
「德胜门だよ」

1602045.jpg

威圧感があり奇怪な形状をした徳勝門をぐるりと回り、城内へ。
するとすぐに什刹海エリアだ。
什刹海は、西海・后海・前海と呼ばれる小さな湖からなるエリアで、ここが都だったころから親王や位の高い人々がお屋敷を構えていた地域。
目的である醇王府(宋慶齢)故居は、この后海に面した場所にある。
ところが車を停めて行ってみると。

1602046.jpg

扉は固く閉ざされている。
「閉まっているよ」
告知がされていた。
春節休業の為、2月4日~2月26日まで閉館しているとのこと。
これではどうしようもない。
それにしても長いお休みだ。

なぜここに来たかったかというと、醇王府はラストエンペラーとして有名な愛新覚羅溥儀が生まれた場所だからだった。
醇王府とはすなわち清朝・第8代道光帝の孫であり、また第11代皇帝・光緒帝の異母弟にもあたる、醇親王が住んでいたお屋敷だ。
宣統帝・溥儀は醇親王の長子であり、このお屋敷で生まれた。
溥儀の弟である溥傑に嫁いだ日本人・愛新覚羅(嵯峨)浩の自伝、「流転の王妃」にも、この屋敷がたいそう豪華だったという感想が書かれている。
お屋敷が国家宗教事務局として非公開だったとしても、庭園だけでも覗いてみたかったが仕方ない。

ちなみに、醇王府というと「南府」と「北府」があり、そのどちらかを指す。
「北府」が、現在訪れているこの后海に面したお屋敷。
ここにお屋敷を移す前には、天安門の少し西南あたり、復興門の近くにお屋敷を構えていた。
それが「南府」だ。
最後から二番目の皇帝・光緒帝はこちらの「南府」で生まれている。
その後、光緒帝が即位したために、お屋敷は后海へ移った。

醇親王の庭園であり宋慶齢故居でもあるこの場所からそのまま進んでいくと、現在は非公開の「北府」がある。

1602047.jpg

何も知らない外国人観光客を装い入ってみるも、内部の建物は閉じていてそれ以上は進めなかった。

1602048.jpg

目の前には完全に凍り付いた后海。
なんとそこは天然のスケート場となっていた。多くの人々で賑わっている。
その遊具も多様で、転ばないように補助が着いた自転車や車椅子のようなもの。

モンさんにホテルまで送ってもらい、そこでウルムチの友人からの荷物を受け取る。
しかし、実は私も三つの郵便物があった。
モンさんに発送するのを手伝ってもらうように頼んであったが、まだ包装が済んでなかったために「帰国日に」ということにして、ここで一旦お別れ。

今回、ホテルは「東交民巷」にとってあった。
東交民巷は、清代に各国の公使館などが置かれ外国人が滞在していたエリアだ。
浅田次郎の「蒼穹の昴」では、このエリアは動乱の渦中として生々しく描かれている。

1602049.jpg

ホテルでしばらく休憩して散策してみると、物足りないくらい静かなエリアだ。
車はこんなふうに通るものの道行く人は少ない。

16020410.jpg

こちらは「天主堂」、教会だ。
中を覗いてみたかったが、ちょうど閉められてしまった。
この辺り一帯にはかつて日米西欧諸国の建築物が建てられていたが、文革時期にその大部分が破壊されてしまったのだそうで、それでも今もそのいくつかは残り、役目を変えて現在も利用されている。

16020411.jpg

こちらは旧フランス郵政局。
営業はしていなかったが、飲食店になっているよう。
石造りの建築が照明に照らされてきれい。

16020412.jpg

こちらは旧横浜正金銀行。
見てみると、現在は中国法院博物館とのこと。

ここを進んでくと、「旧日本公使館」がある。
これら外国公使館は清朝末期、義和団事件の際には激しく攻撃され、各国公使館員などが籠城したのだという。
日本公使館も例外ではなく、私はぜひその建物を見てみたかった。
しかし、確かにあったのだけれど。
カメラを向けたら門で警備する怖そうな人に鋭く注意された。
あまりにも怖い雰囲気だったので、スパイ容疑なんかで捕まったらとんでもないと思い、そのあとカメラを向けることができなかった。
旧日本公使館は、現在、北京市政府機関となっている。

けれどそのまま壁伝いに進んで行くと、こんなもの。

16020413.jpg

「人民来訪接待室」
最近、日中共同制作ドラマの「大地の子」の再放送録画を見たばかり。
あの中で、戦争孤児である陸一心の冤罪を晴らす為に、育ての親である陸先生が北京を訪れ順番をひたすら待つ、「人民来信来訪室」というのがあった。
似ているけど、これではないかな…そんな風に想像しながら。

この辺りには中国共産党北京市委員会、なんかもあって、なんだか厳しい雰囲気があった。
カメラを持つのもはばかられ、夕ご飯を食べる為にそのまま王府井へ向かうことに。
何度か訪れている北京。
前はこんなに厳しい雰囲気ではなかったような気がする。

16020414.jpg

故宮東側に位置する、昔からの繁華街、王府井。
もうすぐ春節を迎えるということで、新年をお祝いするイルミネーションなどがたくさん。

16020415.jpg

老舗が立ち並ぶ中、こちらは帽子の専門店。
中にはさまざまな帽子。
いかにも中国です、といった感じの人民風の帽子からふわふわの女性向けの帽子まで。

16020416.jpg

入り口には、こんな貴重なもの。
左から、50年代に周恩来の為に作られた帽子。真ん中が93年に李端環、そして右側が50年代に劉少奇の為に作られたもの。

日中はそんなに耐えがたいほどの寒さではないなと思っていたけれど、さすがに夜は堪える。
つらいので温かい涮羊肉を食べようと、老舗の東来順へ。

16020417.jpg

羊肉と牛肉を注文。
銅製鍋の真ん中の突起には中に炭が入っていて、スープは常に熱かった。
たれはいつも自分が入るお店のようにセルフサービスではなくて、数種類から注文してもってきてもらう。
いつものゴマダレと、香油にニンニクがたっぷり入った二種類を頼んでみたが、この香油ニンニクがすごく美味しくてびっくりした。

しゃぶしゃぶを堪能したあと、王府井の小吃街へ寄り道。

16020418.jpg

こうした小吃街は各地どこにでもあるが、こうして改めて北京王府井のものを見てみると、やはりちょっと盛り付けや並べ方なんかが洗練されている気がした。
気のせいのような気もするけれど。

16020419.jpg

王府井と言ったら、やっぱりこうした「虫」だ。
サソリとかムカデとかあとよくわからないもの。こんなのがたくさん並んでいる。サソリなんかだったらまだいいが、ムカデだけは絶対に食べたくない。
「写真禁止」の文字がありますが、目に入っていませんでした。店員さんも注意することなく。

16020420.jpg

これは「油炸冰淇淋」。つまり、揚げアイスクリームです。3つで25元。
すっごく寒かったのですが、依然に日本で食べたアイスクリーム天麩羅が美味しかったので、それを思い出し買ってみた。
店員さんは、衣で包まれた凍ったアイスクリームを目の前で油で揚げてくれた。
表面熱々、中身はやわらかアイス…を想像していたら。
揚げていたことが信じられないくらい全部がコチコチに凍っていた。
お店にはこの揚げアイスがそのまま並べられている。
気温は氷点下だから冷凍庫なんかいらないというわけだ。

そろそろホテルに帰ろうという時。
王府井から東交民巷にあるホテルまで、1㎞くらい。
歩ける距離だったが、母がいるのでタクシーで帰ることに。
ところが、捕まえたタクシー。
「フィフティー。50元」
耳を疑う金額で言葉もない。
初めから英語で金額を言ってきたところから、外国人に対してはこのようにぼったくりを常習しているよう。
北京はこういう話が多いからめんどうだ。
いつもぼったくりを受ける私でもこれは嫌で、仕方なく歩いてホテルへ戻った。

母が、「ここにあるお水ってタダ?開けちゃったけど」
そう言って、部屋に置いてある50元のエビアンを指した。
こっちに無料のミネラルウォーターが二本あるというのに。
先ほど回避した50元は、ここであっけなく振り出されてしまった。

16020421.jpg

ここでもまたしても、青島ビールそっくりのビールを発見。
超純ビールというらしい。

各地のビールを味わうことが、私の中国旅行の意義のひとつ。
色んなビールを飲んできて、現在ではこの燕京ビールが1位2位あたりをうろうろしている。
着目ポイントは以下の通り。

・度数 中国のビールは度数が少ないものが多いので、3%以下は話にならない。
・風味 中国のビールには酸味を感じることが多く、日本のものにはない風味なのでそれが良い。
・デザイン 燕京ビールはレトロ柄がかなりのお気に入り。同じビールでもデザインが多々ありおもしろい。

総合点重視だが、度数は必須項目だ。

⇒ 北京旅行二日目~その一~ へ続く

クリックしていただけると励みになります☆
↓↓↓
にほんブログ村 旅行ブログ 中国旅行(チャイナ)へ
にほんブログ村
スポンサーサイト



プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国四川省宜賓市にて生活を始めました。
旅行記に絞ったブログ、一つひとつは旅のあしあとです。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
最新トラックバック
クリックしていただけると励みになります↲