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2018-08-23

38日間周遊 〈1日目〉 北京

2018年6月30日、今まで行ってきた旅行の中でもっとも長い一人旅の実現となった。
その期間、38日間。実に中途半端な日数ではある。
今日この6月30日は、8年勤めてきた職場の在籍最終日だった。
5月の半ばからすでに有休消化に入っており出勤はすでにしていなかったが、籍があるうちはと思い、退職日から長期旅行に出発しようかと考えていた。
一生に何度もないだろうこの自由時間を使って、夢だった中国ぐるり旅をしてみたい。
ところがざっとルートを立ててみると、数カ月もの旅行になってしまいそうだった。
それはできないなと絞ってみるとなんとか40日間ほどまで縮んだ。
8月の上旬に日本に帰ってくることになるが、お盆までには帰るべきかなと改めてルートを絞り、結果38日間となったわけだった。

ルールはひとつ。
飛行機も高速鉄道も利用せず、寝台列車と長距離バスのみで移動すること。
親には「意味わかんない」と言われたが、こうしてゴトゴト移動してこそ、中国の広大さを体感できるというものだ。長年の夢だった。
そう言うと、「じゃあ歩いて中国一周すれば?」と冷ややかな一言が返ってきた。

ここでまた一つ問題があった。
ビザである。
中国は15日以内であればビザ不要で滞在することができる。
今まではビザが必要な旅行なんて夢だったから考えたこともなかったが、38日間であれば当然、ビザがいる。
ところが中国のビザ申請はなかなか厳しい模様。
観光であれば、30日ビザと90日ビザを選択することができる。
現在中国のビザは個人での申請を受け付けていないため、専門の代理店に依頼することになる。
さっそく問い合わせをしてみると、現在中国のビザ審査はとても厳しく、特に90日ビザとなると大変審査が厳しいため、申請を受け付けていない代理店もあるよう。
私が依頼した代理店も、審査が下りない可能性を承知の上で、という念押しがあった。

後日談:8月末に東京の中国ビザセンターを訪れたところ、現在90日観光Lビザの受付自体すでに一切行っていないとのこと。
5月より規定が変わったためで、今回40日ビザとして30日を超えるビザがおりたのは例外だったという話だった。

必要なものは以下の通り。
規定を守った証明写真
上記を貼り付けた申請書
日程表
理由書
現地人からの招聘状
招聘人の身分証コピー
往復の航空券
宿泊証明書

航空券が無駄になってしまわないように、これ以上できないという程念に念を入れて用意した。
日程表も理由書もかなり詳細に作成し、申請書の補足資料も作った。さらに宿泊証明書も全日程用意した。
こうして申請したのは6月の初め、先月のウルムチ旅行から帰国したあとのこと。
すると書類一式を大使館に提出したその日、代理店から連絡が。
「中国大使館より、一旦保留との連絡が入っております」
ひやひやしていると、その翌日。
「90日ではなく40日ビザでしたら発行できるとのことです」
40日だったら十分だ。
こうして念願の長期旅行実現となった。
もっと長い日程だったら、もしかしたらビザが下りていなかった可能性もある。

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ビザが無事おりて今回の長期旅行が決定した。
今回の旅行記は38日間の旅の記録である。
しかしここで旅が始まる前に、ひとつ記しておかなければならないことがある。

以前この旅行記上でも書いたとおり、天津の中国人男性との結婚を予定していたが、すべてを取り消すことになった。
それが決定的になったのは、4月の第一周目。
インターネットというのは難しいツールで、詳細を書かなければいけないが、書くべきではない、書けない状況もある。
一言で表せば、先方の人格は崩壊しているとしか思えず、身の安全のためにはこれ以外の選択肢はなかった、と書くしかない。
これは断じて、文化の違いだとかコミュニケーションの問題だとか、そういう話ではなく、それ以前に人としての問題だった。
結婚予定を伝えておきながら、このタイミングまでそれをこのブログ上に書くことができなかったのは、まだこの問題は解決しておらず、不安要素が多々あったからである。
さらに言えば未だ完全な解決をしておらず、先方の存在は私にとって恐怖以外のなにものでもない。
けれども今回の旅は私にとってひとつの区切りの旅であり、やはりここで記しておかなければならないと思った。

お祝いの言葉をくださった方々、激励してくださった方々、見守ってくださった方々には、たいへん申し訳ない気持ちでいっぱいです。
皆さまのお言葉は嬉しかったですし、そして私のひどく個人的な旅の記録をいつもご覧になってくださることにもとても感謝しています。
インターネット上には書くことができないことや、書き方を考えなければならないことがたくさんありますが、基本的には嘘になることは書かないという信条を持っています。
ですので、今後もどのようなことがあるかわかりませんが、一つひとつの旅行記に対して、自分なりにまじめで正直な姿勢を持ちながら、取り組んでいきたいと思っています。


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6月30日、無事38日間旅行の始まりを迎えた。
前日空港付近で遅くまで前夜祭をやり、飲みすぎというわけではないがスタートからよたよた。
今回は長期で移動も長いため、自分の荷物は極力コンパクトにまとめてきた。
いつもの最大サイズのキャリーバックではなく、一回り小さいサイズ。
というのは、でなければ寝台列車のベッド下に収まらないからだ。
さらに巨大な荷物があった。
巨大な荷物というのは中国友人の買い物である。
実は毎回あるのだけれど、今回はキャリーバックに分けて入れることができなかったため、巨大な段ボールを抱えて出発した。

北京空港に到着したのはお昼前で、ここから早速荷物を手放したいが、空港には郵便局しかない。
郵便局は個人的に嫌いだったしチェックが厳しいのでパス。
宅急便の順豊快逓を呼ぼうとサービスセンターに電話したが、自動音声が早くて何番を押せば繋がるのか聞き取れなかったため、空港スタッフに頼んでみたが、
「宅急便を呼ぶのは我々の業務ではない」と一言で終了。
もういいや、北京站で探せばいいやと空港バスに乗り込んだ。

北京站に到着して、荷物の送り先であるチャンイーが調べてくれた最寄りの順豊快逓へ向かった。
北京はタクシーのぼったくりがひどかったし、地図を見れば北京站からまっすぐ進んだところで近そうだったので、荷物を抱え抱え向かってみた。
ところがこれが大変なことになってしまった。
歩道橋に地下道に、死にそうになって格闘していると、通りがかりの人が手を添えてくれる。
33度の蒸し蒸しした北京。
汗がぼたぼたと滴り落ち、ワンピースは絞れそうなほどに汗を吸い込んだ。
今夜は寝台列車だからお風呂にも入れないし着替えもできないんだよな、そんなことを思いながらも、なんとでもなれ!と開き直りながら。

途中でめげそうになったとき、順豊快逓の荷車が通りがかった。
「あ!待って!これ送りたい!」
そうして無理やり引き留めるも、
「今**がないから荷物引き受けられないんだ」と無情な一言。
あと50m、いや100mいかないくらいのところに支店があるから、そういう配達員の言葉に励まされ再度頑張るもダウン。100mなんて絶対うそだ。
ダウンしたところで、そこにあった理容院のおばちゃんが、
「すぐそこだから一緒に行ってあげるよ」と助け船を出してくれ、ようやく到着したのだった。

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ここで手放した荷物、合わせて15㎏以上。
なんでそこまでするのと言う人もいるが、私は彼らに助けてもらうことも多いし頼み事も多いから、おあいこなのだ。
いい運動になったなぁと達成感も得られる。
順豊快逓は日本でいえばヤマト宅急便みたいなもの。
運賃は少し高いが大手なので信用できるし早いのでよく利用する。
スタッフの対応もよかった。
なんて思っていると、日本でもテレビで報道されたみたいに、荷物が球技みたいに放り込まれる。

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宅急便を発送し終えて、送り状番号と運賃を先方に伝え、ふたたび北京站に戻った。

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途中には古い何かの史跡もあるが、それがなんなのかもわからない。
こうした大都会にも紛れ込むようにしてまだ残る古いものたち。

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駅前もチケット受取場も、大混雑だった。
7月から夏休みが始まり、今中国は多くの人が家に帰ったり旅行に行ったりと大移動シーズンである。
チケットも軒並み完売している。
実をいうと、私はまだ全行程のチケットを確保できているわけではなかった。
列車券は30日前からネット上で購入することができるので、8月以降のチケットがまだ確保できていない。事前予約してもチケットが手に入らず、発売開始と同時に完売完売完売…、まいっていた。
というわけで、どうしようかな、と困り果てているまま旅行はスタートしてしまった。

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大粒の雨が降り出してきたので、まだ時間はあったが急いで駅構内に入場した。
セキュリティーチェックは同様に駆け込んだ人々で大混雑。

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まずは中国のどこにでもある李先生というチェーン店で夕ご飯。
大好きな牛肉麺は安い出来だったが、それでも疲れた身体に温かく美味しい。
卵をトッピングしてビールも注文。
カラカラに乾いた喉、なんて美味しいんだ、このビール。

今回は列車の旅である。
38日間のスタートはこの北京站。

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19時57分発の北京始発、合肥行きのT63次。この列車に乗り、まずは終点の合肥に向かう。
到着は明朝の7時40分。
11時間40分の道行きだ。
ちなみに今回の旅行、これはまだまだ少ない乗車時間にあたる。
本当はこまごまと回っていきたいけれど時間がない。
夜行列車で大移動しながら一周することができるのみ。
やっぱり中国は巨大だと、始まる前から実感した。

「もう入場できるから進めなんて言う他人の言葉を信用しないでください」
そんな電光案内に中国らしさを感じながら、改札を通った。

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私は中国の寝台車が大好き。
不便なところはたくさんあるけど、だから楽しいというのもある。
寝台車には、二段ベッドになって一室四ベッドの軟臥という高いチケットと、三段ベッドになって一室六ベッドの若干安い硬臥がある。
私は奮発して極力軟臥を選んだが、今回は残念、不便な上段にあたってしまった。ネット購入の場合、こちらで指定することができないのだ。

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同室は夫婦と小さな子供だった。
親切に、私のキャリーバックをベッド下のスペースに入れてくれた。
下段でなかった場合キャリーバックの置き場所がないというのは、未だに解決しない個人的に大きな悩みだ。

下段であればテーブルもあるが上段にはもちろんそれもない。
今日の旅行記はどこで書こうかな、と食堂車に行ってみると満席。
そこでやむなく、寝台車両の狭い通路の簡易椅子で、たびたび姿勢を変えながら書き始めることにした。
燕京ビールL缶を一気飲みしてから。

旅行中に旅行記を書いていくというスタイルは、先月のウルムチ旅行で試したばかり。
二週間でけっこう大変だったから、38日旅行でそれを貫けるか不安はあるが、やれるところまでやってみよう。

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ごとりごとり、と列車は揺れる。
時折、大きな金属音を上げて重たく停車しては、新たな乗客が乗り込んできた。
通路はとても狭く、人がやってきては立ち上がり退いた。
人がすれ違うのもやっとの狭さである。
ふと顔をあげると、各所に設置されている簡易椅子は、この狭さにも関わらずみな乗客で埋まっていた。
少し疲れて一服をしにデッキに出てみると、砂にまみれたガラス窓の向こうには浩々とした月が見えた。
同じ速度でどこまでもどこまでもついてくる。

〈記 6月30日 合肥行き寝台車にて〉

参考: 
空港バス 30元
北京ー合肥行き列車券 423元

⇒ 38日間周遊 〈2日目〉 合肥 へ続く

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プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国四川省宜賓市にて生活を始めました。
旅行記に絞ったブログ、一つひとつは旅のあしあとです。

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