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2016-01-24

江門旅行一日目

2016年1月8日、今年初めの中国旅行は、広東省・江門。3泊4日、一人旅です。
8時50分発、JL087便。
羽田から5時間のフライトでまず辿り着いたのは、広州。

中国の世界への玄関口として、北京、上海と並ぶ国際都市。
しかしながら、今までこの広州を旅の起点として利用することはなかった。
昨年9月のコルラ旅行の際は、北京経由で旅程を組んでいたが、トラブルにより急遽広州を経由して帰国することになった。
その記憶はまだ新しくて、広州白雲空港に降り立った時、楽しかった旅の思い出と苦い思いが思い起こされた。

その計画外の利用を抜きにすれば、この空港を利用したのは、2010年の広州旅行、一回のみ。
初めての中国一人旅だった。

目的地は、この広州から南南西に下ったところに位置する、“江門”。
けれども、初めて一人旅をしたこの都市にもう一度立ち寄ってみたい気もして、地下鉄で寄り道していくことに。

江門へは市内の長距離バスターミナルを利用していく。
私が利用したいバスターミナルは、広州站すぐ近くだった為、まずそこへ。
空港バスを利用して広州站行き。
しかしながら、大都市。

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なかなか、すぐそこ、という感覚ではなかった。
やっと広州站を右手に過ぎると、「省站」、「市站」という看板が見えてくる。
省バスターミナルに市バスターミナルだ。
この巨大な列車站の近くには、向かい合ってこれまた巨大なバスターミナルが並んでいるのだ。
まったく巨大な都市だ。

今回、荷物の量が史上最多だった。
私自身の荷物は少ない。
中国の友人に送る荷物だ。梱包済の巨大な段ボールは両手でも持つことが不可能な為、キャリーカートに固定し持ってきた。
キャリーバックの中身はずっしり。それに、大きなボストンはファスナーが閉まらず開けたまま持ってきた。
右手に、段ボール箱にボストンを載せたキャリーカート。
左手に、重いキャリーバック。
肩からはこれもまた閉まらない斜め掛けバック。
これでこの人混みを歩いていくのは、それはもう本当に大変だった。

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必死の形相で利用予定の省バスターミナルへ辿り着いたのは、観光の前に荷物を預けたかったからだ。
荷物預け所があるかどうかは知らなかったが、きっとあるだろうとの目論見だ。
けれど、係員に尋ねてみると、「エスカレーターを一階に降りて右にしばらく歩いていったところ」
中国のエスカレーターは狭くて速くて危ない。
とてもじゃないけど無理なので、一つひとつ運ぶ。
こんなんで江門へ辿り着けるのだろうか?

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荷物を無事預けたものの、係の人は私のすごい荷物を持て余し、苦労して向こうに運んで行った。

すっきりしたところで地下鉄を利用し向かうは“西关大屋”。
広州の主な観光地は5年前に観光済で、それ以外にと気まぐれにガイド本を見て決めたのがここだった。
地下鉄2号線と1号線を乗り継いで簡単に行ける。

“西关大屋”とは、荔湾区に広がる古い邸宅や住居が今も残る地域。
すぐ北には“陳氏書院”、すぐ南には“沙面”があり、すぐそこには枝分れした珠江が流れ込んでいる。
5年前に歩き回って観光したエリアだったが、その時は西关大屋を知らなかった。
あの時はこの辺りで道に迷って苦労したのだった。

地下鉄駅「长寿路」を降りると、その辺りは生活感いっぱいの古い街並みが広がっていた。

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縦長の住居やお店が隙間なく窮屈に肩を並べている。
それぞれが違ったデザインをしていて、よくみると美しい模様を持っている。

ここには「到達点」がない。
お寺だとか大きなお屋敷だとか、目的にすべき一カ所がない。
いわばこの街並み風景そのものが観光対象で、ここ一帯を総じて「西关大屋」と呼ぶ。
だから決まった順路があるわけではなく、どこまで行けば終わりというものもない。
博物館があるようだったがすでに夕方だったし、かつては大きなお屋敷も残っていたそうだが今ではほとんど失われてしまっているのだとか。
街並みに興味がなければ、なんの面白みもないかも知れない。

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ふと足を止めてみると、古い住居にはこのように保護文化財である旨の表示があるものもあった。
そして所々にこのようにお札やお線香や小さな小さな廟などを見ると、華南地方に来たなと実感する。

歩いているのは宝源路。
地下鉄駅からこの通りをまっすぐ歩いてきた。
目的地がないので、気の向くまま歩いてぐるりと一周回って戻って来よう。

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広東省は中国南部にある為、一年中温暖だ。湿度もあり、一年中豊かな緑や花々を見ることができる。
まるで森の中にいるような感覚になる街路樹。
5年前の広州旅行の時にも何度も目にした濃いピンクの花が咲いていた。

宝源路を突き当たると、住居の並びから打って変って賑やかな繁華街に出た。
ここを左に曲がっていく。

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建築様式の一つの特色は、このように二階がせり出しているところ。
屋根が伸びているのではなく、一階部分の表側が穿たれているかのような形をしている。

さらに、ステンドグラスが多用されていること。
5年前に広州の街中でそれらを見た時、なんとも言えないノスタルジックな感覚になったのを思い出した。
一階部分はお店になっているものも多く、結果的に二階三階部分にそれを見ることが多かった。

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純中国建築でもない。
かといって西洋建築そのものでもない。
単に西洋と中国を足して割ったものでもない。
この独特の世界観は、かつて日本にあったものにも似ている。

私は色ガラスが大好きなので、その一つひとつに見とれていく。
西洋の教会に見るような荘厳なステンドグラスではないし、これらはどれも古びて汚れていた。灯りの灯っていない閉じられた窓には何の輝きもなかった。
ここに暮らす人は私がどうしてこれらにカメラを向けているのか訝しんでいるようにも見えた。

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よく見るとこのように細かな模様がある。
どれも同じ模様を持っているようで、同じガラスを使ったものだろうか。

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けれどもここは近づいて見るよりも、遠めに全体を眺めた方がいい。
花模様や幾何学模様が浮き出たコンクリートの建築群は、日本人にも郷愁を感じさせるものかも知れない。
けれどもこんなにも肩を寄せ合っているところはやっぱり中国ならではだ。

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夕方の賑わいで、ふと時間を見るともう18時を過ぎていた。
広州から江門まで、バスで二時間かからないくらいだということだった。
ここから地下鉄で広州站に戻って、バスに乗って…、このままでは江門に着くのが遅くなってしまう。バスの最終も気になるところだ。

地下鉄駅に戻る途中。

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新年ということで、たくさんのカレンダーが売られている。
去年の年越しは友人と上海で迎えた。そこで買った福の字がみごとなカレンダーを一年使ったもので、今年もぜひそうしたかったのだけれど、何しろ荷物を増やすことができなかった。
そこでお店のおばあちゃんがあれこれと出してくれた封筒、ポチ袋をいくつか購入してお店を出た。

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歩いて行くと、一番の繁華街、下九路が先に伸びていた。懐かしい。

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こんな風に現代の若者の界隈だ。急に風景が変わった感じ。

5年前の広州一人旅。
決して初めての中国ではなかったけれど、あれもこれもが珍しくて、ひたすら歩いていたら道に迷ってしまった。
この下九路の向こうに見える中国ネオンの下には、広州土産のお菓子がけばけばしくたくさん売られていたはずだ。
パッケージには煌びやかな珠江が描かれていて、こんな機会はないとたくさん買い込んで帰国したものの全然口に合わなくて困った。
あの時ならまだわかる。
たくさんの旅行を重ねた今、未だに「あれもこれもが珍しくて」 なのは不思議なことだ。


実は今回も江門で人と会う予定があった。
今回持ち寄った膨大な荷物のひとつ。大きな段ボール箱は新疆ウイグル自治区のウルムチへ送るものだった。
ところが出発数日前になり、ウルムチの友人が「江門にいる知人に渡して欲しい」 と言ってきた。
最終的に送ることには変わりないが、その友人を通して私をもてなしてくれるのだという。
そうした善意はとても嬉しかったが、おそらく私の一人旅は遂行されないであろうことを予期した。

中国人にはどうも「一人旅」というのを理解してもらえない。
同行する相手がいなくて止むを得ず一人で行くのではない。
一人だから寂しいというのでもない。寂しいならば一人では行かないだろう。
不便な道行きが嫌なら個人旅行はしていないだろう。
日本人にもなかなか理解してもらえる人は少ないが、日本人なら「なら、わかった」 というところが、中国人の場合、親切心が強いというかなかなか相当に「わかった」とはならない。絶望的なほどに。
この譲らない強さは、私が興味を持つ国民性であり、多少疲れる部分でもあり、半ば諦めている部分でもある。
だがこの彼らの強さのおかげで私が得たものもたくさんあるのだった。

出発数日前に微信を交換したインインは江門で茶業を営んでいるのだそう。
連絡を交してすぐに、優雅で品のある女性だということがわかり、そして彼女には小学生の息子さんがいるということを知った。
「今日、イタリア人の友人がうちに来てね、息子が“これ日本人の姐姐?”って訊いたの」
どうして日本人の姐姐がイタリア人の叔叔になっちゃうのか…
そんな微信の文章を見て、会うのが少し楽しみになった。
息子さんは私に会うのを楽しみにしてくれているのだそうで、それも初めての経験で嬉しかった。

広州省バスターミナルから19時25分発、52元(内2元保険料)。

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江門バスターミナルに到着したのは21時過ぎ。
薄手のニットのワンピースで気持ち涼しいかなという気候。

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バスを降りると案の定、タクシーの勧誘が声をかけてくる。ところが。
なんの漢字を言っているのか全然わからない。
「打车」でも「出租车」でもない。
彼らは広東語、またはその他の現地語を話しているのだった。中国標準語である“普通話”とは発音が全く違う、いわば外国語のようなものだ。

到着の報告を入れると、インインが迎えに来てくれた。
長い黒髪の彼女は美人で、直感で「あの人だ」とすぐにわかった。旦那さんの運転で来てくれた。
「私たち今、普通話を話しているから聞き取れるでしょ?」 そういう彼女。
普通話を話しているのはわかっているが、普段もうまったく勉強していない日々が続いているのでこれはこれでわからない私なのだった。

予約したホテルは昔ながらの繁華街にあるホテル。
「ずっと安い中国的なホテルがあるからそっちにする?」 と言ってくれたが、そのまま予定通りのホテルに。

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実は新疆ウイグル自治区・コルラの友人に私が欲しい物をこのホテルに送ってもらっていたのだ。
荷物が二つ無事に届いていることを確認し、夕食を求めに辺りを歩く。
私はおなかが空いていなかったし、もう23時になろうとしていたので「いらない」と言ったのだけれど、「だったら買ってホテルに持ち帰ればいいよ」という話になった。
インインは小さな食堂で牛肉汤面と咖哩鱼蛋を持ち帰りで買ってくれた。

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戻る途中の角にある小さな商店で。
サトウキビのジュース。圧縮した生ぬるい搾り汁は、自然を味わっているという感覚が楽しめた。
この商店、一坪かという驚くべき狭さだったが、三晩お世話になることになる。

インイン夫妻に段ボール箱を委託し、彼女たちは家に戻って行った。

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こちらは先ほどの牛肉汤面と咖喱鱼蛋。
咖喱鱼蛋とは字面通りカレーのスープに煮込まれた団子。
江門すぐそばにあるマカオを訪れた時にも、カレーおでんがあちこちにあったのを思い出した。

ミネラルウォーターが部屋になかったので、再び降りて行くと辺りはもう真っ暗だった。
気づけば日付はとうに変わっている。

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ネオンも電光もなく、あまりにも真っ暗な江門の夜だった。
先ほどの小さな商店でおじさんから水とビールを買い値段を訊くと、たかが数字なのに聞き間違えた。
私がとんまだったのか、おじさんの普通話の発音が独特だったのか、どちらなのかは今ではわからない。

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残念ながらアメリカのビールのよう。それから8月の平遥旅行で一度出合ったことのある健力寶というドリンク。

広東省は温暖な気候で冬でもそう気温は下がらない。
でもそうはいっても、深夜は肌寒かった。
部屋の窓は数センチ程空いていて、壊れているのか閉まらなかった。
部屋を替えてもらう気力もなく、防寒具もなく、肌寒さに耐えながら残りの友人への荷物の荷造りをした。
明日は朝早いのに、まだまだ眠れない。

⇒ 江門旅行二日目~開平碉楼・前編~ へ続く

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まゆ

Author:まゆ
中国四川省宜賓市にて生活を始めました。
旅行記に絞ったブログ、一つひとつは旅のあしあとです。

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