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2016-01-24

江門旅行二日目~開平碉楼・後編~

先ほど行けなかった马降龙はあとにして、先に“赤坎古镇”へ行くという。
地図を見ると行って戻る形になるので時間ロスになるが、工事で道が寸断されていたのだから仕方ない。

锦江里をあとにして30分後、赤坎古镇へ辿り着いた。
この赤坎古镇、今まで見てきた農村とは違う。
一帯は小さな街になっている。
緑広がる田舎風景から、急に一転して古い建物がひしめく旧市街のようになり、リヤカータクシーの中から見とれてしまった。
一帯は田舎なので、旧市街という言い方は少し違うかも知れない。
あとでこの街の裏側をたくさん散策しよう!とわくわくした。

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いよいよ一番賑わう場所に到着して。
さあこれから、という時、リヤカータクシーのおじさんは言った。
「時間がないからすぐ戻ってきて」
時計を見てみると、16時半を過ぎている。
このあと、先ほど行けなかった马降龙と南塔へも行かなければならない。確かに時間はかなり厳しい。
「どれくらい大丈夫?」
「向こうに行って戻って来るだけ!」

この赤坎古镇、潭江によって南北に分かれている。
北側が写真に写る城市、南側が村になっている。

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今回はこの潭江沿いにお土産屋さんが建ち並ぶ表側を軽く見るだけ。
広州の西关大屋や江門でも見た、二階が飛び出て一階を覆いアーケードのようになっている建築様式。
二階部分にはレトロな鈍い色彩を持つステンドグラス。
「騎楼」といいこの辺りの特徴なのだそう。
厦門を訪れた時にも、こうした建築様式があり目を惹いたけれど、あの時には騎楼という言葉を知らなかった。
厦門は広東省お隣の福建省。少し離れるけども、繋がる部分はあるのだろう。

こうして近くに寄ってみると確かに中国なんだけれど、遠目にこの城市を眺めてみると、まるでヨーロッパのどこか古くて小さな旧市街をみているようだった。
ここはよくテレビの撮影なんかにも利用されるようで、おそらくここ数年でこんなふうにお土産屋さんや飲食店が並ぶ観光地になったのではないかと思います。
けれども、建物自体にはほとんど手を入れておらず昔ながらの街並みを楽しむことができる。

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奥まで歩いて行くと、時計台。
と思ったら図書館だった。
時計は正しく今の時刻を指している。

この図書館のすぐ横にはチケットがないと入れないようになっているエリアが。
よく見ると、その先は映画撮影地でした。
時間がないのでもちろん入場はしなかったけれど、向こうには様々な建築物が並んでいるのが見えた。

潭江沿いに並ぶお土産屋さんに小吃。
見たことがない乾燥植物、漢方のようなものも。

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おなかが空いたので、買ってみた。
烧饼、5つで5元。
急いでリヤカータクシーまで戻り、おじさんに「食べる?」と訊いてみたが「ありがとう、大丈夫~」

急いで出発。
今回の移動、常にガタゴト。
道が悪かったり、整っていない細道だったり、それでもタクシーだったらそんなでもないんだろうけど、ぼろぼろのリヤカータクシーは頻繁にバウンドし、しゃべることはおろか呼吸をするのも大変だった。舌を噛みそうになる。
メンテナンスがかなり心配になる車体。
悲鳴を上げていそうなエンジンに、どこかネジでも外れて放り出されるんじゃないかという座席。

次に向かうは後回しになった马降龙古村落。
主要ルートが通行不可能だったため、回り道。
長閑な農道のような小道をガタガタと進む。
南方の植物を見ながら。全然見たこともない何かわからない巨大な木の実も見た。

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道が悪い為か、注意を促す道路標識が絶え間なく続く。
制限速度20㎞。
けれどこれらの標識、それらしく見えるが全て手書きだった。うまく作るものだ。なんだかまるで小学校の出し物みたい。

马降龙までもう少しという時、リヤカータクシーは再び停まり、「どうするんだ…」というおじさんのつぶやきが聞こえた。
見てみると、緑広がる風景の中道路がカーブを描いて向こうに続いている。
そのカーブを全面的に作り直しているではないか。道路は出来たてで立ち入ることができない。
このカーブを曲がって行けば、目的地、马降龙古村落があるようだった。

「行けないの?」
そう訊いてみると、「歩いて行けるからここで待っている」 とのこと。
リヤカータクシーを降りて、作り途中道路の脇を進みながら行く。
この工事現場のすぐそばには川が流れ、橋が架かり、対岸には家々が見えた。
夕日が薄ら雲の向こうに見え、日没はもうすぐだった。

カーブを抜け進んで行くと、のどかな農地。
畑が広がり、様々な野菜が植えられ、それらはどこかに売りに出すものではなくてこの村で消費する為のもののようだった。

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ところどころで何かを燃やす煙が立ち上がり、その向こうには緩やかな山々が見えた。
なんだかまるで、日本の山間風景みたいだった。相変わらず存在感の南方植物を覗けば。

しばらく歩いて行くと村が見えて来た。

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家々がきれいに整列している。
前の広場には洗濯物や薪などが干されていた。

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建物の間にはこのように細い通路。ここを進んで奥に行ってみる。
この马降龙、五つの村が合わさっている。
表札を見てみるとこれはそのひとつ、永安村のよう。
古い住居はどれも立派でその中にひときわ立派な装飾のお宅もあった。
村と言えば、貧しいイメージ。
けれど開平の村々は華僑をたくさん輩出しており、裕福な人もたくさんいたよう。

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すぐに一つの碉楼を見つけた。
「天禄楼」
1925年にこの村の29戸の黄氏一族による共同出資で建てられたものなのだそう。
七層あり、一階から五階までに29の部屋があり、六階が共同部屋、七階が展望台。
夜間には各農民はここに上がり夜盗に供えたのだという。

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窓が閉められるとここを襲うものは登ることも進入することも不可能だ。
シンプルな壁面も、見上げてみると意外なところに装飾があったり。当時の村民の美意識を見ることができる。
1960年代には大規模な水害が三度発生しており、その際に農民はみなここへ避難し難を逃れたのだそう。

ここから進んで行くと竹林が続く。
鬱蒼とした林の中、いくつかの碉楼が姿を現すが、今まで訪れた村と違い、隠れるようにして存在した。
見つけては写真を撮るが、林の中に紛れている感じなので、なかなか全体を写すのも難しいくらいだった。

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こちらはその一つ、「昌庐」。
1936年に建てられたものだそうだが、どの国の華僑のものかはわからない。
その前に見つけた「骏庐」はカナダ華僑のものだったがどうだろう。
碉楼というよりは大きなお屋敷に見える。
これらにはもう人は住んではいない。

もう日は沈んでしまっただろうか。
残る目的地は南楼だったが、なかなか距離がありそうだった。
間に合わないかも知れないが急ごうとするも、竹林の中、道があちこちに続いているのですっかり迷ってしまった。
奥に続くいくつかの村を抜けて、少し開けた場所に出ると。

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「北门楼」
村の監視の為に建てられた簡素な建物。階段が上まで続き、銃眼もある。

急いで戻りたいのだが、各村とも似ているので迷う。

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整列した住居の壁面は、ほとんど剥がれているが赤く塗られていた…と思いよく見てみると、どれも愛国フレーズが書かれていた。
薄れてよく読めないが、「爱国家」とか「共产主义」とか。
文革時代に書かれたものだろうか。こんな場所にまで。

急いでリヤカータクシーに戻り、おじさんは猛スピードで駆け抜けたが、あと少しで開平市内という場所に位置する“南楼”へ辿り着いた時、すでに18時半、日は沈みだいぶ暗くなっていた。

それでも入れてはもらえたし、まだ完全には暗くなってはいなかったので、肉眼ではそれを見ることはできた。
ところが、私のカメラは光を一切感知してはくれず、何度シャッターを押しても意地でもカメラは作動してくれなかった。

この南楼、1912年に建設された七層もの高さを持つ碉楼。
開けた場所に目立つようにそれだけ建っている。
照射器などが設置された、防衛の為に築かれたもの。
日中戦争の際には、使徒7兄弟がここに立てこもり日本軍に応戦したのだそう。
8晩9日の抵抗の末、全員が戦死。想像を絶する。
その為に、ここはひとつの愛国施設、抗日の象徴になっている。
写真に写すことはできなかったけれど、壁面にはいくつもの銃弾の跡や破壊の跡を見ることができた。

「長距離バスターミナルへ行って」
最初に出発したところ、と伝えるもよく伝わっていないよう。
「江門へ戻りたい」 そう言うと、到着したのは行きとは違うバスターミナルの様子。そうやらもう一つ、长沙バスターミナルの方へ着いたみたい。
リヤカータクシーへ「500元だよね」 と値上がってしまった今日の料金を払おうとすると。
「違う、600元」
な、なんで。
疲れていたし、これ以上のやり取りをして嫌な気持ちで終わりたくなかったので、払う。なんてことだ。
でもあとから考えても、500元→600元についてはもう少し言い返しても良かったな、と思う。

バスターミナルで、自分が乗るバスのアナウンスがかかった。
すると、普通話のあとに広東語のアナウンスが。まるで現地語と英語、みたいな感じで。
19時40分発の江門行きのバスに乗り、ホテルに着いたのは22時。
インインに再び連絡を入れると、遅くなければそのままうちでお茶でもと思い息子さんと三人で起きて待っていてくれたのだそう。
…ごめんなさい。

さすがにもう行けないので、ホテルの部屋で昨日受け取った友人からの小包を開封したりしてから、一人周辺街歩きへ。

古い街並みはまだ人出も多く、賑わっていた。
この賑わった界隈からすぐ近くには、江門河が流れている。
その江門河に沿って提中路という道がある。
この辺りは、“长堤风貌街”と名付けられ、古い建築群が並び美しいのだそう。
ということで行ってみることに。

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確かに一直線に古い騎楼が並び、趣がある。
賑わった先ほどの界隈とは打って変り、人も少なく静か。
江門河沿いに飲食店なんかも少し並ぶ。
しかし、私は好きだけれど、「特に観光地」という感じでもなかった。
何故なら、このような趣、古さの建築群はこのあたり一帯にたくさんあったからだ。
一階に入るお店も、観光客に向けたものではなく、地元の人の必要品を売るお店。

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大きな橋が架かり、対岸はライトアップしてきれいだった。
日本人には「風情がない」と不評かも知れない。けれど、私は中国各地で見るこのわざとらしいライトアップが好きだ。
ちなみにここは「小広州」と呼ばれているのだそう。…自称、かも知れない。
私は、わざわざ広州の名を語らなくても、ここにはここの良さが十分にあると思う。

この长堤风貌街から、一歩裏に入って散策してみた。

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大好きな縁起物を売るお店。真っ赤だからすぐわかる。
都会ではあまり見ない。こうした古い街並みで出合うことが多い。
もう店じまいだ。

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賑わっているいくつかの通りを除いて、この辺りは真っ暗でほとんど人の気配がしなかった。
どこまでも続く騎楼建築は、なんだか終わりがないような気さえした。
オレンジ色にライトアップされるのも美しいけれど、こんな風に何も手を加えないそのままの姿も風情があるな、と思った。
こんな雰囲気もなかなか味わえるものではないなと思い、色々まわってみた。

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二階を支える「柱」には、一つひとつにこのように広告?が。
本日行ってみた赤坎古镇も、こんな風に現代版ではなかったけれど、柱には文字がたくさん書かれていた。
これがずーっと向こうに続く様はなかなか迫力がある。
何故かはわからないけれど、香港を思い出した。

夕食を食べていなかったので、繁華街に戻り、あろうことが重慶料理の小さな食堂に。

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そしてあろうことか、どこにでもある番茄鸡蛋面を。10元。
挑戦ではなく、とにかく間違いなく美味しいものが食べたかったのだ。
写真にはないけれど、食べたことのない鸭肠(アヒルの腸)も。食べきれないからと半分にしてもらった。こちらは15元から10元にしてくれた。
それから珠江ビールも。

ホテルに戻る前に、昨日もお世話になった一坪の商店に寄った。
「ミネラルウォーターと、ビールはどれ?」
おじさんは私のことを覚えているようだった。
「昨日はこれを買ったね。これはいらない?」
中国ではコンビニや商店で買い物をしても、頼まなければビニール袋に入れてもらえない。
それなのに、こんな小さな商店で、頼まなくてもおじさんはきれいな袋に入れてくれた。小さな驚きだった。

ホテルの窓の外は真っ暗で、ネオンも電飾もまったく見えない。
あるのはわずかにどこかの部屋の灯り。それさえも二つ三つしか数えることができなかった。

⇒ 江門旅行三日目~その一~ へ続く

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プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国四川省宜賓市にて生活を始めました。
旅行記に絞ったブログ、一つひとつは旅のあしあとです。

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