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2016-01-24

江門旅行三日目~その一~

2016年1月10日、8時に起きてみると、外はくもり。天気予報通り今日は雨が降りそうな予感。

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窓の外はこんなふう。古い家々がずっと向こうまで広がる。
本日はインインたちと出掛ける話になっていた。
息子さんと旦那さんは午前中は学校の用事で、お昼から一緒するそう。まずはインインが迎えに来てくれる。
携帯に遅れるという連絡が入ったので、それまでちょっと朝の散歩に出てみることにした。

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朝のホテル周辺。
夜まで賑やかだったこの辺りも、この時間は静か。
向こうには今風の教会が見える。

うろうろしていると、小高い丘へ登っていく階段を見つけた。
門には「中山公園」の文字。
中山とは孫文のことだ。孫文は日本亡命をきっかけに孫中山と名乗った。
中国にはどこに行っても「中山公園」、「中山路」なんてものを見つけるが、孫文は広東省出身だからよりこちらの方が本場だ。
そんな訳で、気まぐれに登ってみた。

公園自体はおそらくとても小さい。
階段を登っていくとダンスをしているおばちゃんたち。

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「中山紀念堂」があった。
この中山紀念堂、孫文に敬意を表して1927年に建てられたもので、その後数度に亘り改修されているのだそう。
そういえば、広州にも立派な中山紀念堂があった。
あれもまたこのように多角形を用いた建築で、正面には孫文像を配していたのだった。
懐かしい思いで入っていく。

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内部はこのように会場になっている。
現在でも公式な会議や行事にはここを使うのだそう。
内部には孫文についての資料が展示してありました。

この小さな公園からは、街の風景が見下ろせてとても気分がいい。

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ちょうどホテルの部屋から見えた辺りだ。
のんびりしていると、インインから連絡が入った。
ホテルに来てくれたとのことなので、急いで戻る。

途中で落ち合って、彼女の車で街を出発。

この江門旅行の目的は開平碉楼だった。
では残りの時間はどこへ行こう…と考えたが、観光地情報がろくになかった。
調べて見ると、作家・巴金が訪れたという“小鸟天堂”があり、一つはそこへ行くことに。
その他、離れた場所にはいくつか寺院初め名所があるようだったが、情報が少なく時間をかけて外国人が行くほどのものなのかは疑問だった。
その中で興味を持った、“茶庵寺”をもう一つ選んだ。
一人旅のつもりが、ところが出発数日前に江門人のインインと会うことになった。
その段階でも一人で行動するつもりだったので自分の旅行予定を伝えたところ、彼女はインターネットの記事を転送してくれた。
それは、江門市内にある“茶坑村”が、「2015年中国10大・美しい村」に選ばれたというものだった。
それは小鸟天堂すぐ近くにあるようだったので、一日でその村と合わせ三カ所を回ることに。

そして結果、この日に彼女たちとそれらを回ることになったのだった。
小鸟天堂と茶坑村は少し遠かったので、5時頃に起きて頑張って三カ所を回るつもりだったので、一緒に回ることになって「大丈夫かな…?」と若干、いやかなり不安に。
「小鸟天堂では鳥を見たいのでかなり早くに出発するよ」 そう伝えた。
だから、午前中から一人で小鸟天堂と茶坑村を回り、午後戻ってから一緒に茶庵寺へ行こうと誘ってみた。
茶庵寺は彼女たちの家に近かったからだ。
自分の中で、出発は6時くらいを予定していた。
実際、鳥を見るのには早朝が適していて、日が高く登ったら鳥は観察しにくくなるからだ。
ところが、やはりなのだが。
「鳥を見るのに朝行ってもダメだよ」
どうしても私の言葉が届くことはなく、彼女の提案通り、午前中から茶庵寺へ行き、夕方に茶坑村と小鸟天堂へ行くことに。
調べていくうちに、この三カ所には必ず行きたいと思い始めていたので、「大丈夫かな…絶対、無理だよな…」 と暗澹たる気持ちでいっぱいになった。

そんな訳で、彼女と落ち合ったのは10時頃だった。
全部回るのは厳しかった。

茶庵寺は、ホテルのある蓬江区のすぐ隣り、江海区にある。
市内バス、25路で行けるようだったので、一人だったらそのバスで向かう予定だった。

インインが運転をしてくれて、茶庵寺のてっぺんまで車で登ってきた。
茶庵寺は小高い山のてっぺんにあるのだ。
調べたところ、25路のバスは山のふもとに停まるようだったので、もともとは下から登って行こうと思っていた。

一気に上まで登ると、本堂の裏手に駐車場がありそこに車を停めた。
すると、黄土色の法衣を着た年配のお坊さんが迎えてくれた。
インインの知り合いのようで、とても歓迎されている。

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本堂はなかなか立派だった。
彼女はそこで熱心に祈りを捧げ、膝をついて長い時間祈った。
私も倣いお線香をし、お祈りをするも単なる真似に過ぎないので中身が伴っていない。
いつも各所の寺院を訪れても、観光だけでお祈りをしない自分。
非常に熱心に祈りを捧げるインインの姿を見て、自分の心が少し動いた。
たとえ無信心の私でも、やっぱりこれからはお祈りしよう、そう思った。
堂内には金ぴかの巨大な仏像があった。
けれど、インインの姿を見て、ここではとても写真を撮ることができなかった。お坊さんもいることだし。

もしかしてこれで終わりなのかな、と不安に思っていると、二人は脇にある建物に下りて行く。

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ここで修行するお坊さんたちの住居だ。
その一室に入って、私たちはお茶を始めた。

私にとって、これはすごい経験だった。お坊さんの部屋に入れてもらえるなんて。
入室してすぐに、インインは再び、壁の仏さまに膝をついて手をこすりながら何度も何度も頭を下げ、長い時間祈った。
私たち日本人も、寺社仏閣に祈る機会はある。
けれども、神さまや仏さまに対する信心というよりかは、形式上だったり、「いい一年になりますように」だったり、そんなところなわけで。
日本人にもいろいろいるように、中国人にもいろいろいて、一概には言えないんだけれども。
少なくとも、私は彼女のことをとても美しい人だなと思った。

お坊さんの部屋は、思っていたより普通だった。
もっと厳格で倹約的で世俗的ではないような部屋を想像していたけれど、いろんな生活雑貨があり立派なお茶台があり…。
仏さまや仏道関連の物があることを除いてはごく普通だった。

大きな椅子の方を私たちに勧め、ご自身は下座に座った。
席に着くとお坊さん、おもむろにスマホを出した時は驚いた。
あとから考えればなんの不思議もないことなんだけれども、黄土色の法衣から立派なスマホはなんだか不釣り合いだ。
インインが私の微信の番号をお坊さんへ転送した。
するとお坊さんから私の微信に登録申請が。
なんとお坊さんと微信を交換してしまった。
スタンプが送られて来たのを見たら、「南無阿弥陀仏~~」
立派な仏さまのお姿。かなり本格的なものだ。
仏門も今の姿だ。

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インインはお茶を仕事にしている。
手慣れた様子でお茶を淹れてくれた。
茶碗に茶葉を淹れお湯を注ぐと、蓋をずらして器用に一杯目を捨てる。
その後は繰り返し各々に、同じように蓋をずらしてお茶を注いでくれる。

「これ、烏龍茶みたい」 そう言うと、
「違う違う!」
“白茶”だそう。
製法で分類された中国六大茶のひとつ。
紅茶もそのひとつだ。烏龍茶は青茶にあたる。私はお茶に疎いので全然わからない。

インインはお坊さんにお茶の包みを渡した。
その中に入っていたものは。

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乾燥した柑橘、いわゆる陳皮の中に、茶葉が詰まっている。
茶葉は普洱茶(プーアール茶)のようだ。普洱茶は黒茶。
「これ、みかん!?」
びっくりして訊く。
この陳皮の中に普洱茶が詰まったものを、「柑普茶」といい、江門市新会区の特産のよう。
またこの辺りは陳皮の産地でもあるようで、昨日開平であちこちで売られているのを見た。
南方のお茶、普洱茶と名産の陳皮が手を組んだというところだろうか。

日本人の“お茶”のように、一杯のお茶でずっとおしゃべり~なんてしない。
美味しいうちに飲み、美味しいうちに次のを淹れる。
中国茶の飲杯はとても小さくて一口二口。
だからゆっくり長く飲むことができる。
こんなところも日本のお茶文化と違います。

お湯が切れ、新しいお湯を用意する。
ふと、インインが湯沸しの横にあった銅製のケトルを手に取った。職人さんが銅を打ってできたような美しいケトルだ。
「これどこの?」 みたいな話をしている。
わからなくて書いてもらう。
「衡阳」
衡阳は湖南省の地名で、お坊さんはここの出身なのだそう。
「衡岳があるとこ」
そうなんだ~、私は去年、五岳の泰山と恒山へ登った。
そう言うと、「すごいすごい」 と褒めてくれた。

ここで出身の話になった。
インインはもともとは江門人ではないのだという。
だから、その出身の言葉も話す。
“潮汕話”。
この潮汕話、潮州市と汕头市で話されるのでそう呼ばれるのだそう。同じく広東省だ。
だから、インインは毎日三つの言語を話すのだという。
広東語、普通話、それからこの潮汕話。
中国人同士、言葉が通じないということも普通にあるこの国の中でも、南部は特にそれが激しい。
昨日も長距離バスターミナルで、男性が近くの女性に何か訪ねてきた。
「*****?」
「はあ?何言ってるの?」
「だから、*****?」
「なんの意味?」
「もういいや」
女性は、意味わかんないね、と私に同意を求めてきた。
しかしながら、私が一番わかってない人だ。

お茶を飲みながら三人で、と言いたいところだけれど、私はほとんど会話に参加することができなかった。
二人は普通話を使って会話をしてくれたが、なかなか理解できなかったのでそのうち諦めて頷き役に徹した。

このあとの予定が気になり始めた頃、私がトイレに行きたいと言ったのをきっかけに、お茶の会はお開きになった。
トイレから戻ってくるとインインはまだ戻っていないようで、お坊さんと二人。
「このお寺って有名なの?」 訊いてみたら、
「あ?」 と、先ほどの笑顔はどこかへ行ってしまったような無口な雰囲気。
どうやら、外国人に対してどう接していいかわからず困っている様子でなんだか可笑しい。

この“茶庵寺”、特に有名な観光地がなさそうな中、なぜここを選んだかというと。

ここは、唐代に天文学者でもある僧・一行(張遂)が滞在し天体観測を行った場所なのだという。
私は星が好きなので、そこに惹かれて行ってみようと思った。
そして一行高僧が庵をつくりお茶を飲み過ごしたことから、この場所は茶庵と呼ばれるようになった。
明代にこれを敬い寺院が建てられ、「茶庵寺」と名付けられたのだという。
ならば、茶庵寺でお茶を飲み過ごしたことも、なんとも意味深いではないか。

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鮮やかな彩色のお堂には、龍が彫られた立派な柱があった。
改修を重ね古い寺院ではないようだったけれど、歴史は古く美しいお寺だと思った。
それらをゆっくりまわりながら。

茶庵寺を上から降りて行く。

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寺院は山のてっぺんにあり、なかなかの見晴らしだった。
下からではなく上からのスタートだったので、この景色には驚いた。
お堂にはお参りの地元民がたくさんいたが、ここにはほとんど誰もおらず、それが余計に広さを感じさせた。

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振り返って。
とても立派なお寺で、やっぱり来て良かった。
何かの縁があり呼ばれたのだと、そんな風に思った。

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降りてきた階段の中央には、石碑に隠れこんなものがある。
御影石のような石に、金で南無阿弥陀仏の文字。なかなか迫力がある。

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駐車場に戻ってきました。
周囲は漢字で埋め尽くされた赤い布で覆われていて圧巻。
お坊さんがスマホで写真をいくつか見せてくれた。
何か「イベント」がある時にはここを利用するのだそう。
もうこれで帰るのかなと思ったら、車で下まで降りて茶庵寺の下側を観光させてくれた。

たくさんの木々が生い茂り癒しの空間。
その中に、小さな井戸があった。

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「无叶井」
これは一行高僧の為に掘られたもので、井戸の上にどれだけ緑が茂ってもけっして井戸の中に葉が落ちることはなかった。
みんな覗き込んでみると、葉っぱは水面に浮かんでいたけれど。

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一行高僧の像。
この奥の小さなお堂でもお祈りする。
尼さんがいて、インインと親し気に話をしていた。
「お参りしない人はご遠慮ください」 の表示。
それはそうだよな、私はどこでも観光気分だけど、信仰の場では弁えないといけない。

茶庵寺を抜ける時、門で小規模な法会?のようなものを行っていた。
前でお坊さんがお経を唱え(もちろん日本みたいのではなくて)、後ろで一般の人たちが小さな本を見ながら一緒に唱えている。
そこを突破するのがはばかられて待っていたところ、ここを車が通過していったん中断したのをチャンスに門を抜ける。

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門には、「毎月9日から15日は佛七」 と書かれた布が貼られている。
今日はちょうど10日。
「9日から15日って書いてあるね」 そう言うと、
お坊さんは「うん」 と深くうなずいた。
お寺を開いてから七日間をそういうそうで、この法会のようなものはそれだろうか。

この門には「六祖道場」の文字がある。
茶庵寺は別名・六祖寺という。
中国禅宗六祖である慧能は、ここ広東省の新州という土地に育ち、この茶庵寺にも訪れている。
それにちなんでの名称らしい。
ちなみに孫文もここを二度訪れている。

いよいよ茶庵寺を去ることになって、お坊さんとはここでお別れ。
お坊さんに対して、再见という挨拶もどうなのかという気もして、困った。
思わず、黙って合掌し一礼。

⇒ 江門旅行三日目~その二~ へ続く

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プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国四川省宜賓市にて生活を始めました。
旅行記に絞ったブログ、一つひとつは旅のあしあとです。

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