2016-05-22

伊寧旅行五日目~新源・後編~

先ほど歩いた敷地内には、大きな塔がある。
登ってみることに。

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一面に白酒の入った酒壺。
その向こうに見えるのが先ほど見学した工場。

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ここは新疆でもっとも早くお酒を造りだした工場。
この敷地内には、「西域酒文化博物館」という名の付いた展示館がある。
酒造りより、伝統と歴史を展示する、そういう意義の方がもしかしたら今では先行しているのかも知れない。

その西域酒文化博物館の建物に入っていった。
中にはよくあるような、お酒の歴史を展示したものから始まって、特色ある酒器、各地のお酒など。
ごく普通の展示だったが、写真不可だった。
お酒の一番最初は果実が自然に腐って発酵したところから始まった、そんな展示からスタートし。
酒器の展示では、なんと人の頭蓋骨を器にしたものまで。

そうした展示を抜けていくと、小さなグラスが一面に置かれたテーブル。
「酒厂に行ったらたらふく飲みな」 そう話していたロンさん。
ここで味見をさせてくれるよう。
ルオさんは運転以前にお酒は飲まないようで、断っていた。
ヤンさんは飲めるようだったが飲まないよう。

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二つの白酒。
「味、違うでしょ?」 品酒師さんがそう言うと、
「うん、たしかに違う」 さもわかったように言ってみたが実はよくわかっていない。
「どっちが美味しい?」
「うーん…、こっち」
私が選んだのは、浓香型の方だった。これは不正解だ。
もうひとつの方が、酱香型。
私はお酒が好きでも、“通”ではないのだ。
酱香型の方が52度、浓香型の方が50度。

「まだ、飲む?」
品酒師さんはありがたいことを言った。
しかし、「もう、いいです」と言った私の声はかすれて裏返ってしまった。
実は、4月のあたまからずっと体調を崩し、GW前から呼吸器系がひどくなってしまい薬を飲んでいた。
そんなのもあり、声がかすれてしまいさらに咳き込んでしまったのが辛そうにうつったのか。
「さっきあのお酒とこのお酒も飲んで、これが50度、これが53度だし、仕方ないか…」
そんなふうにルオさんとヤンさんが、二人でこそこそと話しているのが聞こえた。
ルオさんは間違いなく、「マーヨーズは酒飲み」とロンさんから聞いている。
期待に沿えず“酒豪”をやれなかったのは不本意だったが、私はべつに強いわけではないのだ。

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「じゃあ、こっちはどう?」
と出してくれたのは、リンゴ酒と紅棗酒。
原料本来の味が楽しめる。
実は先ほども屋外でこれをいただいていた。
紅棗酒は初めて飲んだので感動した。
紅棗の自然な甘さがあるが、付け加えた甘さではないのでしつこくなくさっぱりしている。
色もきれいだ。
日本では出合えないのでこれは本当に嬉しかった。
白酒は気管支系に刺激があったが、これならソフトで飲める。

この夜、微信でロンさんに、紅棗酒を造るよう強くお願いしたが、
「マーヨーズの為の杏酒はすでに濾過にかけ葡萄酒とブレンドしている。間に合わない」
そうじゃなくて、今後…。
しかし、紅棗酒は難易度としては高くないようで、彼は複雑なものにチャレンジしていきたいようだった。

品酒師さんにお礼を言い、酒工場をあとにした。

ウルムチ空港には至る所に白酒の広告があり、市内どのお店にもここイリ地方の白酒が置いてある。
いろんな銘柄があったように思うが、ひとつ思いつくのを言ってみた。
「伊力特白酒はここの?」
ルオさんは違うと言った。
「それはここからすぐ近くにある別の工場のだよ」
私たちが見学した肖尔布拉克酒业は1949年で新疆でもっとも早期の工場。
あちらのはそれより少しあとで、そこは政府が出資したものだとか。

すぐ出たところで、お昼を食べる。
新疆料理の定番、大盘鸡を。

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白酒がないね、ということでヤンさんが外に走って買ってきてくれたのは、あろうことか「二锅头」。
河北省の有名な白酒だ。
「よりによって、それ?」 ルオさんが笑う。
ヤンさん1本、私1本。
しかし、私はやはり中国の酒文化があまり馴染めない。
中国では「今日の成功に!」、「みんなの健康に!」などと、挨拶を交して相手とあるいはみんなで一緒に乾杯し、そしてそれを飲み干す。
以前、日本と同じつもりで自分で勝手に飲んだら、「あ~あ」となってしまい苦笑されたことがある。
好きなペースで飲めないのが馴染まない。
また、白酒を乾杯するのもきつい。私には干すのに少なくとも二口三口は必要だ。
私は少しずつ、しかし途絶えることなくえんえん飲んでいくのが、自分に合ったスタイルなのだが、これは中国の酒文化とは正反対なのだ。
ということで、度々ヤンさんと「ようこそ新疆へ~」と乾杯…と言っても瓶は飲み干せないので大きくひとくち飲んでいくのだが、そのタイミングでいっぱい飲むのは大変で、必然的に私の方のは減りが少ない。
私のがまだ上の方に隙間ができたくらいの時、ヤンさんのはすでに半分空いていた。
中国の人は全然飲めないかすごく強い人か極端に分かれるように思う。
お酒が好きな人は白酒をがんがん飲んで行くわけだから、強くなければやっていけない。
という訳で、私のはけっこうな量が残ってしまったので、
「道々飲んで行くよ」
と、ザックのわきのポケットに瓶を入れた。そういう飲み方の方が私らしい。

食堂のおばちゃんはこちらをちらちら見ていて、とうとう話しかけてきた。
「彼女、日本人でね」
そういうと、携帯で一緒に写真を撮ってほしいという。
外国人が珍しいんだと思う。
中国を旅行していると一緒に写真を撮ってと言われることは時々あることだ。
けど今回の旅行はいつもとは雰囲気が違う。
純粋に外国人が珍しいんだと思う。
撮られるだけじゃなくて、私のカメラでも一緒に撮れば良かったと後悔している。
今回の旅行の後悔のひとつは、様々な出合いがあったが、それを写真に残せなかったことが多かったことだ。

ロンさんに確認していた。
「私、どうやって今日新源からコルガスに行けばいい?」
彼から返信が入っていた。
「新源のバスターミナルからイーニンに行って、イーニンのバスターミナルからコルガスに行けばいいよ」
新源からのバスについては、ルオさんが面倒みてくれるから、あなたは何にも心配することはない。
その返信内容をルオさんに伝える。
「私は今日はイーニンで留まって、明日朝に出発してコルガスに行くことを勧めるよ」 ルオさんはそう言った。
本当のところを言うと、早くコルガスに行きたいという本音があり、迷っていた。
「イーニンの長距離バスは何時からかな?」
「8時」
下手に深夜にコルガスに着くよりその方が効率的か。
ということでルオさんの提案を受け、今日はイーニンまでにすることにした。

食堂を出た時、すでに16時を過ぎていた。

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再び車を走らせる。
一面見渡せる風景の中、果てしなく向こうにまっすぐ続く道。
窓の外を眺めれば、草をはむ馬が途絶えることはない。
先ほど見たような菜の花畑をいくつも通り過ぎ。
やがて1時間ほどしたところで、車は停まった。

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ここは「天山红花」の景観地だ。
雨はしとしと降り続いているが、一面赤い点々が広がっていた。

天山红花は、旅行前にリー・リーからその話は聞いていた。
ウルムチでの夕ご飯の時、彼女は教えてくれた。
「天山红花は野生の罂粟花なんだよ」
固有名詞がわからず字を見せてもらう。罂粟がやはりわからなかった。
莫奈、梵高。こう書いてくれるが、これもわからない。
画家だよ、ということで、莫奈はモネだということがわかったが、梵高はわからない。
画像を見せてもらい、ゴッホだということがわかった。
彼らが描いた花だよ。
で、罂粟花って?
私は美術はぜんぜんダメなのだ。
「薬にもなるけど、身体には悪いものだよ」
これはなぞなぞのようだ。
「麻醉、鸦片(アヘン)の材料」
これでようやく答えに。
「けしの花だ」
天山红花は单瓣(花弁が複雑になっていない)で、毒に使われるのは多瓣(花弁が多数重なっている)の罂粟花を加工したもの、なのだそう。
「赤い花が開花したよ」
そういって、友達が撮ったという咲き誇った天山红花の写真を送ってくれたのはイーニンに着いた晩だった。

「天山红花が開花したようだよ」
ルオさんと新源に向かう前に、そう話してみた。
「見てみたい?」
「見たい!」 もちろんそう答えるに決まっている。

そんな経緯があってここに連れて来てもらった。
この風景区の周囲は、簡単な囲みがしてあり、入り口から入っていく。
入り口にはカザフのテントがあり、そこでは羊を焼いていた。
観光地的な要素はただそれくらいだ。
数人の観光客がいるが、この広いお花畑にほとんどなんの邪魔にもならない。

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あいにくの雨で、花々は元気がなかった。
どれも下を向いている。
観光客が踏みつぶした跡が少し残念だが、私たちもそうやって中まで侵入してきている。

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雨は残念だったが、これもまたこの風景との出合いだ。
旅では出会いを大事にする、がモットー。
友人たちと出会わなければ出合うことがなかった風景や物事。
私の旅の中で、これに勝る収穫はない。

時刻は17時を過ぎていた。
「そろそろ帰らないと、間に合わないね」
ということで、新源市街に戻る。
バスターミナルの建物らしきところに車を停めたが、私が乗り込んだのは長距離バスではなかった。
人を集めてイーニンに行く車のよう。
すぐに乗客は集まった。
ルオさんから「70元だけどいい?」と言われた。
300㎞先まで70元なら安いものだ。
もし私一人だったらもっと高い金額を要求されていたはずだ。
他の乗客は降車時精算だったのに、私だけ先に支払だった。
「お金、先」
「え?何?」
「お金先にちょうだい」
不愛想な運転手さんに気後れする。
こうして、ここでルオさんとヤンさんと慌ただしいお別れとなった。
ありがとうございました。

18時に新源を出発して、イーニンに着いたのは21時だった。
ちょうど夕方だ。
時間がもったいないので、一昨日と同じ、邮电宾馆へ宿泊することに。
フェイフェイは、「またここに来ることがあっても、もうここは泊まらないよ」 と言っていた。
衛生的じゃない、顔をしかめてそう言った。
ランクは低いホテルだが、私としては最低合格ラインだ。

フロントへ行き、空き部屋を聞くと大丈夫なよう。
「私、一昨日もここに泊まったんだけど」 そう言うと、
「わかってますよ」
わかっていたようだ。
しかし、少し揉めた。
「入境許可番号を教えて」
多分そんなことを言っていたんだと思う。
「え?入境番号?そんなのないよ」
一度渡したパスポートを借り、ここだよと今回の入国スタンプを見せたが、それでもないよう。
服務員は、私の以前のロシアビザを示し、「ここの番号のこと」という。
中国は14日以内の滞在であればビザは必要ない。
それに一昨日は泊まれたわけだから。
服務員は二人で一昨日の書類なんかを探してばたばたしている。
国境近くなると色々あるということか。
しかし結局無事、宿泊となった。

念のため、フロントに長距離バスターミナルを確認しておく。
バスターミナルは一つしかないようで、ここからも近いということがわかった。

「夜は一人で行動しちゃだめだよ」
という言葉がよみがえり、さっさと夕ご飯を食べに行くことに。
時間としてはもうけっこういい時間にはなっていた。
結局、一昨日フェイフェイたちとご飯を食べた辺りで回族のお店を見つけ入店した。
店員さんももちろん回族で、中国語は微妙な感じだった。

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食べたのは大好きな过油肉拌面。
隣りのテーブルで男性が乌苏啤酒をたくさん空けていたので、「ビールはあるの?」と訊いてみたら、
「外の商店で買ってきて」
中国ではこうした飲み物の持ち込みはOK。そこが日本とは大きく違う。
そこで荷物だけ持ち、近くの商店に買いに行く。
レジで蓋を開けてもらい、開いたビール瓶を持ってお店に戻る。
女性外国人旅行客、しかも一人でこんな様子はたいそう滑稽だっただろう。

ホテルに戻り、昼間の二锅头白酒の写真をロンさんに送った。
「まさか、今飲んでるのか?」
彼は以前、「私の友達と一緒に行動している時はいいが、一人の時には白酒なんか飲んではだめだ」 と言っていた。
きっと慌てているだろうなとふと笑いそうになったが、ちゃんと昼間のだと説明した。

今夜のロンさんはご機嫌で話が弾んだ。
「彼(ルオさん)は20年来の親友なんだ」
ルオさんからも奥さんからも、同じ言葉を聞いたものだ。

「実は事情があり7年間お互いに連絡がとれなくなった時期があったんだ」
どこにいて何をしているかもわからない、そんな7年間だったんだという。
いつも探していたんだという。
そうして、やっと彼の名を見つけ、それはまさしく本人だった。本当に嬉しかったんだそう。
それが今年の1月のこと。
2月末、ルオさんはわざわざロンさんに会いにウルムチまで来てくれた。
7年振りの再会だった。

「彼には一切の問題がない。だからマーヨーズの面倒を見させたんだよ」
2月末とは、私がロンさんに「イーニンに行きたいけど誰か人いる?」と尋ねた頃だ。
さらに当初は新源は頭になかったが、どうしても行きたくてその後ロンさんにそうお願いしたのだ。
さらに元々このGWはできればホータン方面に行きたいと考えていたのをイーニンに軌道変更したのだった。

ロンさんとルオさんの再会はなんて奇跡的だ。
この中国の広大さを考えればさらに奇跡的だ。
しかしまた、私とルオさんとの出会いも不思議な縁だなと思った。
「缘分(縁)はほんとうにかけがえのないものだね」
ありふれた言い方かも知れないが、やっぱりそれ以外の言葉が思い浮かばなかった。



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まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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