2016-05-22

伊寧旅行六日目~コルガス一日目・後編~

ホテルを出て、私たち3人は歩いて先ほどの口岸へ向かった。
「さっきタクシーで往復15元もかかったよ」
そう言うと、
「往復ならまあまあ、かな」
そうなの?こんな僻地だし、距離もすごく近いのに。
やっぱりここは特別な場所なのかな。

「ところで、ジーさんて何をしてる人?」
ずっと気になっていたことを訊いてみた。
私からみたジーさんはただ者ではない感じがしたが、それだけでなくみんなの態度もちょっと違うものを感じた。
呼び方も“先生”(男性に対する“さん”)ではない。
シュー・イーハンが教えてくれた。
ジーさんはここの偉い人だった。
…やっぱり。
「だから公安も警察もぜんぶ思うままなんだよ」 フェイフェイが付け足す。
だから公安の車を自由にできたということか。
よかった、奪った車ではなかった。

口岸に着き、再び先ほどのイミグレーションを通過する。
また私のところで止まる。
「中国語話せるのか?」
毎回こんな感じだ。
フェイフェイは自分の中国のパスポートを私に見せてきた。
「見て、一度も使ってない」
査証欄はすべて空白だった。
それでもこういう場面で必要なので取得してあるということかな。
今度日本に遊びに来る時に使えばいい。

建物を抜けると、シュー・イーハンがこっちだよと私たちをいざなう。
「国境へ行くよ」
フェイフェイが訊いた。
「マーヨーズ、歩いてく?それとも車で行く?」
「どれくらい?」
「1㎞ちょっと」
「あなたたちは?」
「私はどっちでも」
「じゃあ、歩く!」
そういうことに。のんびりおしゃべりしながら歩いて行く。
国境は望めないと先ほどの会話で聞いていたので、思わぬサプライズだ。
やがて左手に見えてみたのは。

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左右に中国の国章が配されている。
これでも私はまだわかっていない。
ここを左に曲がり進入していく。

近づいて行きようやくわかった。

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中国とカザフスタンの国境だ。中哈边境。
赤いラインが中国側、青いラインがカザフスタン側。
せっかく来たのにあっけなく飛び越してしまった。

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カザフ側の国章。

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「哈萨克斯但」とはカザフスタンのこと。
発音はハサクスタンに近く、カタカナで表記する場合、カザフではなくハサク、あるいはハザクとする場合もある。
こちら側はもうカザフスタン側だ。

近くに中国人買い物客が一組。
男性が、
「ここはカザフなのか?それとも中国なのか?」
とこちらに尋ねてきた。
「カザフでしょ」
フェイフェイが素っ気なく答える。
確かに男性の疑問もわかる気がした。
ここはどっちでもないといえばどっちでもない。
「両方の場所だよ」
シュー・イーハンが私にそう言った。
パスポートを提示して、私たちは今、免税適用エリアにいる。
その限られたエリアは中哈国境にまたがりながら、厳重な柵と鉄条網に囲まれている。
ここにはカザフスタンからやってくるカザフ人と、中国からやってくる中国人がいる。
安いものやお互いの国のもの、あるいは近隣諸国のものを買い求めにやってくるのだ。
印象で言うと、カザフ人の方が多いようにも感じたが、実際はどうだろう。
だから、ここは「両方の場所」というわけだ。
もし、万が一ここで事件が起こったならば、どちらの国が主導権を握り法を適用するのだろう。
そんなことをふと考えた。

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ふと横を見ると、昨日新源で見た天山红花が咲いていた。
昨日は雨に打たれてどれもうつむいていたが、今日は風に吹かれて揺れている。

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あちらはカザフスタンだ。
荒涼として果てしない大地が広がっている。

なぜ私が国境にこだわるのか。

日本は島国で国境という概念に対する意識が薄い。
言ってみれば実感できる国境がないので、これは一種の憧れなのかも知れない。

国境は、人間がそれぞれの都合で勝手に引いたラインであって、そんなのなくとも大地は存在するのである。
もし知らなければそのラインがどう存在するかもわからない、いわば見えないライン。
しかし、この見えないラインは人間を束縛し、そしてまた守る、絶対の存在だ。

“こちら”と“あちら”は、全く違う世界なのだ。
同じ言葉を話すかも知れない。
同じ民族かも知れない。
同じような文化を持っているかも知れない。
しかし、そこに見えないラインがある以上、それは絶対の境界線なのだ。
例えあと一歩でも、その一歩は遥かな距離感を持っている。
“こちら”にいるか“あちら”にいるか、それは神さまの些細な気まぐれなのかもしれない。
しかし、その気まぐれによって運命は大きく変わってしまう。

日本は平和な国だから、こうした意識を持つことはあまりない。
国境を意識するということは、自分の立ち位置を意識することに似ているような気もする。
もしそうならば、そうした意識が薄いということは、自分や自分の国に対する意識もまた薄いということにはならないだろうか。
私の国境への憧れは、自己完結しているような日本の文化から広い世界への、欲求なのだ。
そしてまた、旅とはそれを仮想体験することができるひとつのツールともいえる。

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赤と青のラインを越えても、特に楽しいものがあるわけではない。
私は感慨でいっぱい、胸いっぱいだったが、二人はまあまあな感じだ。
ということで、再び国章のところまで戻って来た。

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ふたたび、ラインを越えて、中国側へ。

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フェンスも見えないラインを表している。
左がカザフスタンのフェンス。
右が中国のフェンス。

中国側へ戻ってきて、また先ほど同様にショッピングモールを巡る。
ラインを越えてわかったことだが、これらのショッピングモールはすべて中国側にあったのだった。おそらく。

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こちらはトイレを探していて。
この案内には、中国語、ハザク語、そしてウイグル語も見える。
こうした状況というのも、日本にいてはあり得ないものだ。
新疆ウイグル自治区は多数の少数民族が存在する。
言語もまた多々。
日本人にしてみたら、非常にややこしい状態に思える。

広い敷地を私たちは歩いて行く。
車に乗らなくて良かった。
3人のおしゃべり散歩は本当に楽しかった。
喫茶店でコーヒーを頼むみたいに、この移動はおしゃべりの建前だ。
私は人見知りが強いのだが、彼らに対しては最初から自然体でいれた。
気を使わないで素の自分でいられるのが楽ちん。
それは彼らがまた自然体だからだ。

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敷地の周囲はこのように厳重な鉄条網で囲まれている。
その向こうには、「霍尔果斯口岸」と文字を掲げた公的機関が見えた。
鉄条網ごしに一生懸命写真を撮っていると、シュー・イーハンが向こう側からちゃんと撮影できるから、と教えてくれた。

この写真に見られる右二棟は、免税ショッピングモールかなにかのビルだ。
左の一棟はまるで廃墟のようだ。
新しい建物に混じって廃墟のような建物があちこちに点在している。
これは異様であり、また私の目にはとても中国らしく映った。

ふたたび、例のイミグレーションを通過する。
私でストップがかかることはわかっていたので、フェイフェイとシュー・イーハンは私を先に並べ後ろに続いてくれる。
「中国語できるのか?」
ぎろりと審査官は言った。
言ったが、声が小さかったために聞こえなかった。
「え?なに?」 そう訊き返すと、
「中国語もできないのにこんなところ来るなよ」
と悪態をつくようにそう吐いた。
それは聞こえたよ。
フェイフェイが後ろから、
「少しできる。私友達」 そう説明した。
「なんで今日、二回も来てるんだ?」 おかしいだろ、というように審査官はまた吐いた。
「ご飯食べに一回出たんだよ」
無事、通過。
通り抜けたあと、フェイフェイに訴えた。
「听不懂じゃない、听不到だったんだよ!あの人、声小さい!」
わからなかったんじゃない、聞こえなかったんだ。

口岸を出て、長閑な道を行く。
何もない…わけじゃない。
周囲にはぽつりぽつりと建物が向こうに見えたし、でもまた空き地も広がっていたけれど。
いつもの中国旅の風景、感覚とは違うものがあって新鮮だ。
それはまた、隣に並ぶ友達の存在もあっただろう。

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こちらもまた廃墟、に見えるがこれら廃墟はみな単に建設中のようだ。
日本とは建築工程が違うのだろうか。
こんな風景は日本にはない。
だから、中国らしいな、と思うのだ。
口岸内、その周辺、いたる所がこんな骸骨ビルだった。
ショッピングモールになる予定のものもあったし、ホテルを予定しているものもあった。
「今年はこんな感じだけど、来年くればここはすごくキレイになっているよ」
フェイフェイもシュー・イーハンも、何度かそう繰り返した。
しかし、私は今の風景の方が好きだ。
来年のキレイなコルガスを期待するような感情が湧いてこなかった。
これは単なる個人的な好み感覚の問題で、独善的と言われようがこう感じてしまうものは仕方ない。
けれど、「そうなんだね」 私はそれだけ答えた。

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コルガス滞在中数度通った道だ。
この旅行記を書いている今も懐かしい。
たった二日滞在しただけなのに、この街に対してなんだかまるで暮らしたことがある場所のような親しみを感じる。
暮らしたどころか、ほとんど見ていないというのに。
左に写るのは橋のようなものだ。
実際に橋だったか、それとも橋もどきだったかは定かではない。
向こうにはやはり建設中の建物がいくつも見える。

私たちが向かっているのはワイン屋さんだった。
彼らは私がお酒好きだということを知っている。
こんな僻地にも関わらず、お店はとってもおしゃれだった。
僻地にもというか、ロシアに近くカザフと接しているからこそのこうした雰囲気だったかも知れない。

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赤ワインを中心にたくさんのワインがあったが、どれも見慣れたものとラベルの雰囲気が違う。
なんとなくクラッシックで格式高く、根拠は不明だが私はルーマニアを連想した。
素敵なラベル、と思い見たものはどれも日本円で1万2万のものだった。
赤ワインも好きだが、ここ数年私は赤から白時々ロゼに方向転換をした。
「ピンクのワインはない?」
若い女性店員さんに訊いてみると、あった。

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高いものだけではなく手頃な150元~200元くらいのものもあった。
これを購入。
「口岸に免税のがあるけど、ここで買っても大丈夫?」
せっかくの出会いなので、ここで購入することに。

女性の店員さんは、私が日本人だとわかると、恐縮なくらい感動してくれた。
彼女はなんと日本語を勉強しているのだという。
なんとこんな僻地、人口も少ない街で日本語学習者二人目とは本当に驚きだ。
しかし、ほとんどできないに等しいふう。きっと勉強始めたばかりかも知れない。
感動しながら、私の拙い中国語に対して「話すのうまい」と何度も繰り返した。
彼女の感動の仕方はお世辞ではなかった。
下手だと言われることが大概だし、それは自分が一番わかっているので、こんなに褒められると変な気分だ。
おそらく、日本語学習の難しさを感じているからこそ、そういう感じ方をしたのかもしれない。

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こちらは購入したワインのラベル。
ロシア語でもないし、ぐにょぐにょしてなんの字か全然わからない。
訊ねてみると、「格鲁吉亚」とのこと。…わからない。どこの国だ?
地図を見せてくれた。
上にロシア、下にトルコだ。
グルジアという国だったが、私はこの国に対してなんの知識も持ち合わせていない。
しかし、ルーマニアを想起したのはあながちとんちんかんでもなかったようだ。
このお店はフランス産もイタリア産も置かない、グルジアワインの専門店だったのだった。

女性店員さんは、携帯の翻訳アプリを使って私に見せた。
「忙しい時に時間をとらせて申し訳ありません。ありがとうございました」
そう日本語で表示されていた。
店員さんと微信を交換し、お店を出る。

ここから歩いてホテルに戻り、あのイケイケお兄さんと合流し夕食に向かう。ジーさんはまだ姿が見えない。
すでに20時半を回っていたが、景色は昼間だ。

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入店したのは烤鸭のお店。
そう言えば、昼間にジーさんがそんなことを言っていた。
ここに来て烤鸭とも思ったが、私はこれが大好きだし、こんなに羊ばかりもなんだった。

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フェイフェイがワインを2本取り出す。
「口岸で買ったワインだよ」 嬉しかった。
「私、お酒酔いやすいよ」
「大丈夫、大丈夫、私たちが面倒見るからいっぱい飲んで」

しばらくしてジーさんがやって来た。
息子さんを連れている。10才前後だろうか。
ジーさんが入室すると、みんなすばやく立ち上がり彼を上座へ勧めた。
私はその隣り、フェイフェイたちは円卓の向こう。
シュー・イーハンは私の左手に。良かった。
ジーさんがどかりと腰を掛け、「みんな、座り給え」という合図のもとにみな一斉に椅子に座った。
張り詰めた空気である。
フェイフェイがジーさんに話しかけ、沈黙はないものの、やはり張り詰めた雰囲気だ。
私は石のようになった。
こ、これではまるで社長の飲み会のようではないか。
いや、ジーさんは社長よりずっと身分の高い人だ。

ジーさんが白酒の瓶を取り出した。
それを見て、フェイフェイがさりげなく先ほどのワインを下げる。
「写真撮ってもいい?」 シュー・イーハンに訊くと、
「彼女、白酒の写真を撮ってもいいですか?」 とジーさんに。
「よろしい」

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白酒と乌苏啤酒、とヒマワリの種。
料理が遅いのでジーさんがヒマワリの種を所望したのだ。
中国人がヒマワリの種を食べることは知っていたが、まじまじとそれを見ることはなかった。
左手にひと掴みし、驚くべきスピードで食べていく。
私が一つ食べる間に、ジーさんは10粒は食べた。
白酒は高級な白酒だと思う。四川のものだった。
四川は白酒のメッカだ。

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やっと運ばれてきた烤鸭。
「さあ、食べなさい」
一番に私に勧めてくれる。
たしかにとっても美味しかった。

しかし、これは社長の飲み会だった。
私は固くなり、失礼を恐れて何も言葉を発しなくなった。
固まり、たまたま前に回って来た料理をほんの少しだけ取って食べた。
イケイケお兄さんとシュー・イーハンは、社長の飲み会の若手社員の役割を担っていた。
気を利かせてあれこれする。

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こちらは烤鱼。イーニンから新源へ向かう直前にルオさん一家と食べた。

さて、今夜の晩餐のメインイベントは何かというと、言うまでもなく白酒だ。
私は自分自身で酒飲みのハードルを上げていた。
しかし、少し緊張していた。
緊張によりほとんど食べ物を口にしなかった。
4月からの体調不良がここに来てまだ治っていなかった。
時々呼吸困難なるほど咳がひどかった。
そのため数種の薬を飲んでいた。
睡眠不足が出発前から続いていた。
疲れがピークだった。
体調が悪い周期だった。
まずこうした前提があったことを明記しておきたい。
しかし、この白酒晩餐を、私は心から楽しみにしていたのだ。ほんとうに。

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白酒の隣りに写るのはジーさんの煙草、河南省のものだ。
「これ、くれるの?」
あろうことか私はそんな発言をし、そしていただいたのであった。

「さあ、乾杯といこうではないか」 ジーさんがそう声をあげた。
白酒をグラスに用意したのは、ジーさん、イケイケお兄さん、吉さんの部下らしい人、チャンさん、そして私だ。
フェイフェイはお茶。お子さんももちろんお茶。
シュー・イーハンはお酒が飲めないようだが、乌苏啤酒といくようだ。
「コルガスへようこそ、乾杯!!」
グラスを一気に飲み干す。
50度ちょっとの白酒を飲み干すのは小さなグラスとはいえ、きつい。
私は今まで女性で外国人ということで、乾杯を促されても「少しずつ少しずつ」と失礼させてもらってきた。
しかし、酒飲みマーヨーズの名は独り歩きしており、私のお粗末な見栄と、ジーさんへのびびりから、今夜は失礼できまいと乾杯を貫く決心だった。

結果、一杯目で酔いが回った。
長く酒飲みをやっていると、自分の酔い具合とその日の調子がわかってくるものだ。
明らかに今日は飲むのに向かない日だったが、私はそれを気付かないふりをした。
結果、3杯か4杯くらい乾杯したところで、「これはまずい」となり進退窮まった。
くらくらして視界が定まらない。
話す言葉もテンションもいっさい湧いてこない。
何度か対面のフェイフェイと目が合った気がしたが、視野がぐらぐらしているのでそれもはっきりしない。
しかし、彼女は私の様子がおかしいことに気づいていただろう。
耐え切れずトイレに逃げ、戻るとさらにグラグラが増した。
さすがに戻ってすぐまた席を外すのは変だ。
冷汗が止まらない。
記憶がなくなるほど泥酔するのはいつものことだったが、冷汗が出たりなんかしない。
おかしな冷汗だった。
3杯4杯なんて、度数は高くとも大した量ではない。これはおかしい。
中国の宴席で泥酔はご法度だ。
日本とは違うのだ。
ダウンすることは日本ではそう変なことではないが、ここ中国で、しかも偉い人の席でそれは場の雰囲気を壊してしまうだろう。
白酒の瓶が空き、私たちはビールを飲み始めたが、度数の低いビールもペースがあがらない。
ビール数口ですでに真っ赤になった隣りのシュー・イーハンに、
「飲み過ぎた…」
そうこっそり伝えたつもりだった。…が、円卓を囲むすべてのメンバーにそれは伝わってしまった。

宴会はしばらくしてお開きになり、ジーさんを残してみなイケイケお兄さんの運転でホテルへ。
お兄さんは白酒をがんがん飲んでいたが、運転大丈夫か?
相変わらずのスピードで、私はさらに気が遠くなりそうだった。

車を降りて、言い訳のように言った。
「今日、体調悪くて。風邪もひいてる」
それを、あとから言うなよ、と今になって自分に思う。
「ワイン2本あるよ」
フェイフェイが言ったが、1秒でも早くトイレに駆け込みたかった私は、
「飲めない」
と一言放ち、部屋に戻った。
ひとりになり、トイレでたくさん戻してしまった。
せっかくのごちそうにお酒、ごめんさい。
「明日、二日酔いでダメになったらやだな」 そればかり思い、水をたくさん飲んでみた。
フェイフェイとシュー・イーハンから心配の微信が入る。
「大丈夫」と返信。
「コーヒーとチョコレートを一緒に食べると風邪にいいよ」
そうシュー・イーハンから。
「今はないから、日本に帰ってから試してみるね」
そう返す私。

宴会でたくさん飲んで盛り上がったあとに、フェイフェイの部屋で一緒にくつろぎながらワインを飲む。
こんな楽しい機会を自ら逃してしまったことを、すごく後悔している。
せっかく彼女が用意してくれたワイン。
体調が良ければこんなんではなかった?
白酒乾杯をしたら、またこんなふうになるのではと、トラウマになりつつあるほど私にとってショックな出来事だった。
お酒大好きと豪語していた自分が、恥ずかしくてたまらない。
やはり、自分の器に合わないことはすべきではない。
私は酒好きだが、強いわけではないのだ。
強いと人から言われるのでいい気になっていただけだ。

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部屋の窓からは予想外にきれいな彩りが見えた。
今日通った、「橋、あるいは橋もどき」がイルミネーションになっていて虹色に色をくるくると変えていた。
それ以外がみごとに真っ暗なので際立っている。
くらくらする視界の中で、それが最後の記憶となった。


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プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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