2016-09-06

庫車旅行四日目~その二~

大小龙池をあとにして、次の目的地は“天山神秘大峡谷”。
本日一番の目的だ。
宿泊している庫車飯店の一階ロビーには、この大峡谷を描いた巨大な絵画が飾られていた。

大小龙池からクチャへ戻る方向に1時間程ドライブをして、風景はすっかり変わった。
岩山に張り付いていた緑はなくなり、ふたたび燃えるような色をした地層の風景に。
狭いV字の渓谷も、開けた道路に変わった。

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車は突然、道路から逸れ右に停まった。
右手には巨大な峡谷の入り口があった。
今日の一番の目的地、“天山神秘大峡谷”に辿り着いたのだった。

ところが、車を降りたのは私とヌアーだけ。
(二人は行かないのかな…)
なんて思っていると、ヌアーが言う。
「マーヨーズ、写真撮って。撮ったらすぐ行くよ」
うそ!
耳を疑った。

目の前には、天山神秘大峡谷への「入り口」があった。
門があり、チケット売り場がある。
ここでチケットを購入し奥に入って行き、ようやく向こうに続く大峡谷を観光できる。
ここからでは、ずっと向こうにある巨大な峡谷の入り口が遠く拝めるだけだ。
「中に入らないの?」
「ここで写真撮るだけ。撮ったら行くよ」
ヌアーは、チケット売り場の横にある、「天山神秘大峡谷」と書かれた石碑を指して、それを写真に撮りなと言った。
これではなんの意味もない。

うそでしょ?ここが今日の目的地じゃなかったの?
ロンさんが私に示してくれた、本日の日程。
大小龙池へ行った後、神秘大峡谷に行く。
道すがら民家にお邪魔して持参した奶茶を飲み、見学させてもらう。
この「道すがら民家」が結果的に果たされなかったことは言うまでもない。
彼女たちはロンさんには任務遂行を報告するかも知れない、いや、するだろう。
実情は私しか知らないということになるだろう。
だから、嫌な顔をされたとしてもここは譲れなかった。

「なんで?せっかくここまで来たのになんで入って見ないの?」
「入りたいの?」
それこそ信じられないという風にヌアーは言った。
「もちろん、入って見たい」
「じゃあ、一人でチケット買って見てきて」
そう言って、私はチケット代45元と駐車場5元を支払い、彼女は車へ戻って行った。

私が考えるガイドとはこういうものではない。
来るだけなら車の手配だけで良いのだ。
行く先々の配慮や、見所、各地の説明などが欲しいからのガイドだ。
ここにはこういう歴史があって、こういう場所で、そんな話も聞きたいし、一人旅に必須な雑多なことを省きたいからのガイドだ。
それがないなら、もともと一人旅が好きな私が人を雇う理由はない。
高額なガイド費を思い出して、苦い思いになった。

さらに、ここで事態は悪化した。
調子の悪い携帯は、たまに充電開始が成功する時もあり、なんとかバッテリーをキープしていた。
しかしそれだけでなく、ここでカメラが壊れてしまったのだ。
カメラが壊れるとは、私にとってもうすぐ帰国したいほどの無気力を与える残念な出来事だった。
カメラが光を感知しないようなのだ。
画面に映る映像は実際よりも暗く写り、なかなかシャッターが降りなかった。
シャッターボタンを何度押しても、無反応なのだ。
たまに撮影できても、ピント機能がおかしくなっているのか、画像はおかしかった。
まったくなにもできないよりはマシ、そういうレベルだった。
携帯で撮影をすることも考えたが、バッテリーが心配でそれもなかなかできない。

泣きたいような気持ちで入場し、その先にあるほんとうの入り口に着いた。

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あのV字までまだ、ごつごつした岩を越えていかなければならない。
チケットの裏には簡易な地図があった。
一通り見るのにこれはけっこう時間がかかりそうだった。
待たせているヌアーたちに悪いとは思ったが、これは私にとって一生に一度の経験なのだ。

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あの向こうに見える巨大な岩山と岩山の間が、これから進むべきルート。
幾組かの観光客のグループが、先を進んでいた。
それでもとてつもない広さに、やがて散らばりひとりになり、また観光客を抜かしては、ひとりになった。

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まだ入り口だというのに溜め息が出るような景観になかなか先に進まなかった。
ここ天山神秘大峡谷、ウイグル語では“克孜利亚”(クズリア)、赤い山を意味する。
その名の示す通り、一面燃えるような色だ。
先ほどの天山ドライブではずっと曇り空だったが、ここにきて青い空。
燃えるような岩肌とこの目が覚めるような青い空の対比。

ひとりになって、今が「いつ」なのかわからなくなった。
1億年前、1千年前、50年前。
人間の歴史を軽く超えるような遥かな時間の経過がここにある。
そしてそれは今も続いている。
1億年前も、この赤い大地は真っ青な空に向かって伸びていただろう。

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入場門を通り越してからは、ここが観光地だということを忘れる。
ただただ自然の偉大さがそこにあるだけだ。
写真左側を観光客が登っている。
こんな風に、登って向こうまで行くのだ。
ここで人はなんて小さいんだろう。

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これが、この峡谷のハイライト。
ここから日光遮る岩山と岩山の間を縫うようにして進んで行く。
この風景、庫車飯店の一階ロビーに飾られていた巨大な絵画の風景だ。

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庫車飯店ロビーの絵画

やっぱり入場しなければ意味がなかったじゃないか。
ここでそう確信して、待たせてるからちょっと入って適当に戻ろうと考えていた私は、「行けるところまで行ってみよう」と開き直った。
と同時に、「入り口で写真撮るだけ」と言ったヌアーたちに苦い思いがぬぐえなくて、まともに機能しないカメラと使えない携帯とともに、沈んだ気持ちになった。明るい風景とは裏腹に。
せっかくの素晴らしい景観なのに、私の心は半分楽しんでいなかった。
今でも後悔している部分だ。
自分がこうしたいという欲求、それにカメラに携帯。
旅に出て解放されているはずが、それどころか色んなものに心を縛られていることに気づく。
一度、何も持たずに出かけてみるのもいいかも知れない。

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岩山と岩山の間は、ある程度広いところもあれば、体ひとつ分の隙間のところもあった。
地面には幾筋も水の流れがあり、避けながら歩きつつもすぐに足はぐしゃぐしゃに濡れてしまった。

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あの、微妙な高さの高台。
「安全島」 の文字。Safety Island のルビ。
表現がなんとも言えないが、一昨日行ったあのコルラ郊外の大峡谷にも避難台があったことを思い出す。
あそこみたいに、ここも雨が降ったら洪水になるとか?
けど、もしここで雨が降ったらそれよりも落石が怖い。
おそらく、ぜんぜん安全じゃないだろう。

チケットの裏の簡易は地図を見ると、隙間なく景観に名付けられた名称が並ぶ。
藏宝洞、玉女泉、金字塔、卧佛神石…
なんだか興味そそられる名前がずらずら続いている。
ところが、気落ちしていたのと待たせていることの焦りから、ろくに見てもいないし、またそれを見つけても先を急いですたすた進んだ。
何しろ思った以上に奥は深く、あまりに待たせすぎるとヌアーたちは帰ってしまうんじゃないかとの不安もあった。
問題は、今携帯のバッテリーが切れる寸前で使えないということだった。
そういう訳で、もったいないなと思いつつ速足で進む。
あとから説明書きを見てわかったことだが、ここは全長5㎞にも及ぶのだそう。

大きな後悔があった。
チケットの裏の地図にも色を変えて目立つように書いてあったのに、全然気にしていなかった。
「阿艾石窟(千佛洞)」の文字。
なんてことだ。どこで見逃したんだ?
こんな太古の風景のようなこの場所にも、文明の形跡が残されていたのだ。
ここには盛唐に築かれた石窟があるのだそう。
しかも、壁画と漢字が残されているのだと。
古代亀茲文字ではなく漢字。
亀茲文字が滅んだあとに書かれたものか、それとも長安からやって来た人間が書いたものか。
石窟があったことに気づいたのは、クチャへ帰ってからだ。
本当に大きなチャンスを逃した。
つまらないことに対する雑念の報いだ。

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写りの悪い写真を見ると、まるでディズニーランドにいるようだ。
大いなる自然の力に感動しながら、人工物に喩えるなんてつまらないが、実際私にとってこういった風景は現実のものではなくて空想の世界のものだった。
ここに来てなお、何か異世界に紛れ込んでしまったような感覚があった。

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急ぎ足で歩いて行くと、行き止まり。
少し広い空間になって、向こうは巨大な岩石が積み重なって通れないようになっている。
「この先、危険。行くなら自己責任で」
中国語とウイグル語で書かれた注意書きが掛けられていた。
ということは、ここが最奥ではないということか。

入り口からここまで、すでに1時間が経過していた。

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岩壁と岩壁に挟まれ薄暗い峡谷だったが、見上げれば陽に当たった部分が燃えるように際立っていた。
西日かと思うほどの色合いだけれど、すでに19時に近づいた今でも西日という時刻にはまだ早い。
これは陽の光が作り出した色ではなく、この場所がもともと持っている色合いだ。

待たせている焦りがあり、ここに留まることなくすぐに引き返すことにした。
カメラはすでにほとんど無用の状態だった。
電源を押すと、ブブーンというような蚊の羽音のような異音がした。
その嫌な感触のあとは、シャッターボタンが押せない。
通常であれば、反押しでピント調節しもう一度押し切ることで撮影できる。
けれども、まずピントを調節しようともしないし、ボタンは反押しができなくなっていた。
何度か試みて諦めて手を放すと、5秒後くらいに勝手にカシャッとシャッター音がして、確認してみるとぐにゃぐにゃ混ざったような何を写したのかわからない映像が残されていた。
うんざりだった。
小さな小さなあれこれが溜まっていて、期待が大きかった旅行だけにがっかりも大きく、沈んでいた。
唯一の救いが、問題があったのは私の状況に関することだけで、訪れた場所、見たもの、それ自体はほんとうにほんとうにみな素晴らしかったのだ。
観光対象に関するがっかりは一切なかった。
ただただ、私自身に問題がいろいろとあっただけだ。

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基本ほぼ一本道といって構わないが、それなのに迷路に迷い込んだような錯覚に陥る。
観光客はまばらにいたが、それでもふと、自分一人しかいないような感覚にも陥った。

少し開けた場所に出て、そこには幾筋もの水が流れていたので、それを避けつつ進んでいた。
すると、一人の男性が大きな一眼を構えていた。
ゆっくり撮影している様子なので、それなら私はさっさと通り抜けてしまおうとそのまま進む。
すると、「撮影しているので向こう側を進んでもらえませんか?」というようなことをおそらく言われた。
私は黙って、カメラの視界に入らないように反対側の岩壁に沿って進んだ。

しばらく歩いていると、後ろから
「日本人ですか?」
と日本語で声をかけてくる人がいた。
先ほどのカメラの男性だった。
新疆でも日本語に出合うことは非常にまれだ。
クチャでもかなり、驚くだろう。
ましてや、こんな大自然のど真ん中、激しい地形の岩壁と岩壁のあいだで。
信じられなかった。
「そうです」 そう答えると、
「やっぱり、ひと目見てわかりました」 と日本語で返ってきた。
おじさんの話す日本語は確かに外国人だとわかるものだったが、素晴らしかった。
というのも、25年前に東京に暮らしたことがあるのだそう。
「25年、日本語を使っていないから、もうできません」
そう言った。
25年前だ。それでこれだけ話すことができるのは、本当に素晴らしい。
私なんか一カ月中国語と触れなかったら、もう簡単なことも忘れてしまう。

私たちは、中国語と日本語を織り交ぜながら半々で話しながら進んだ。
おじさんはワンさんというそうで、北京に暮らしているのだそう。
ひとりで車を運転して、20日もの日数をかけてここまでやってきたのだと言った。
素晴らしい自由旅行だ。
「だからこんなふうです」
ワンさんは無精ひげをなでた。

話を聞いてみると、ワンさんが25年前に住んでいた場所というのは、なんと私の妹が暮らしている近辺だった。
ほんとうに不思議な縁である。
「多分、街の風景はすっかり変わってしまってるよ」
私はそういいながら25年前の東京を想像した。
ワンさんは、日本をとても懐かしんでいるみたいだった。
そして、とても驚いているみたいだった。
だって、こんな場所で日本人と出会うなんて、私だって嘘だと思う。
私の方も、旅先で中国人観光客と出会うことは少なくないが、こんな場所で北京人と出会うことはかなりの驚きだった。
今、私は北京から、東京ー北京間よりもずっと遠い場所に来ている。

この成り行きのおしゃべりはとても楽しかった。
ヌアーたちと共に行動していても、彼女たちは基本ずっとウイグル語を話していた。
私と中国語で会話する時も、必要最低限の会話しかしなかったため、会話を楽しむということがなかった。
こういうのこそが、旅をしていて楽しいところだ。
ワンさんとおしゃべりしながら、今更ながらに実感した。
今までの旅行もこうだったじゃないか。
今回の旅行に欠けていたものを、今見つけた。

ワンさんは所々で、私の写真を撮ってくれ、あとから送ってくれると約束してくれた。
さすが大きなカメラを構えていただけあって、上手な人が撮るとやっぱり違う。

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これは残念ながら私の壊れたカメラで撮ったもの。
シャッターボタンが押せないので困っていた。それはそうだ。

カメラの調子が悪いので、途中私の携帯でも撮ってもらった。
「これ、日本語でなんて言いますか?」 携帯を指してワンさんが訊いた。
「手机」(中国語で携帯電話のこと)
そう答えた私は、もう完全にこんがらがっている。
「うーん…、スマホ」 そう、答え直した。
携帯でもいいかな。
ワンさんが日本にいた時には、当然こんなものなかった。

後日談:のちに改めて送ってくれた写真はどれもとても思い出になるものでした。本当にありがとうございました。

せっかくの機会なので、もっとゆっくり戻りたかったのだが、頭には待たせてしまっているヌアーたちのことが気にかかっていた。
すでに1時間30分ほど経過していた。
もしこれがいつもの一人旅なのであれば、もう少しワンさんといることができただろうが、今は早く戻らなければならない。
ワンさんは思わぬところで私という日本人と出会えたことを喜んでくれたが、私もまた嬉しかった。
人柄というのはなんとなく伝わってくるものだ。
また、とても勝手な見方ではあるけども、美しい写真を撮る人は心が美しい、と思っている。
私が今まで旅先で出会った人たち、旅を通して交流が深まった人たちの中には、写真を愛好する人が何人かいる。
そんな中で出来上がったひとつの見方だ。

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最後にカメラを向けてみると、調子よくシャッターが下りた。

新疆の自然風景は、さまざまな喜怒哀楽のようだ。
穏やかな微笑みのような豊かな緑。
恐ろしい怒りの表情のような地形。
果てのない哀しみのような荒涼とした大地。
喜び溢れる色とりどりの花。
では、今私たちを取り囲むこれらの景色たちはなんだろう。
湧き上がる情熱か、あるいは大地の怒りか。

この天山神秘大峡谷、雄・険・幽・静・神、これらが一体になった場所なのだと、説明文に書かれていた。
なるほど、言い得て妙だ。

急いで車まで戻ると、グリミルが「心配したよ!」と怒ったように言った。
私もこんなに時間がかかるとわかっていたら、それでも行ったとは思うけど、それでもそれなりに言ってから行っただろう。
携帯が使えないのも問題だった。
申し訳なかった。

私もワンさんも、携帯のバッテリーがなくここで連絡先を交換することができなかった。
私は個人用の名刺と、それには微信の番号がなかったのでメモ帳に微信の番号を書き、手渡した。
ワンさんの携帯番号とQQ番号をもらう。
ワンさんは、ヌアーに説明をした。
「“縁”があってね」
でも、ヌアーはぴんと来ていないふう。
普段の生活の中にも、”縁”はたくさんあるだろう。
けれども私たちはその中に埋没してそれに気づくことができないし、気づいたとしても実感することは少ない。
ところが旅に出ると、人との出会いの不思議さ、ありがたさ、そういうものに気づかされる。

沈んでとげとげしていた私の心は、気づけばいつの間にか明るくなり、そして軽くなっていた。
クチャへ戻る道すがら流れる風景も、心なしか神々しく見えた。
目に映る風景は、そのまま自分のこころだ。

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行きにあれだけ延々と続いていた赤い山々も、あっという間に遠くうしろに去っていった。

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そうしてまたあっという間に、すでに馴染みすら感じる盐水沟へ。

クチャ市街地へ到着したとき、時刻はすでに21時だった。
ちょうどもうすぐ黄昏時を迎えようとしている。
西日が向こうのビルにあたり、オレンジ色に輝いていた。

私は烤羊肉串が食べたいとリクエストしていた。
そうして、一番美味しいのはこのお店だよ、とあるお店に連れてきてくれた。

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まず出てきたのはこのナン。
新疆といったらナンだが、今回それを口にしたのはこの一回のみだ。
このナン、ふっくらとした厚みがあり、中には羊肉が入っていた。
中に羊肉が入ったナンを食べたのは初めてで、とても美味しかった。

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こちらは大好きな烤羊肉串。
やっぱり出来立てはすごく美味しい。
大振りの脂ののった羊肉は、ジューシーで最高だ。
けれど冷めたらダメ。
熱いうちに、が鉄則だ。

実は今日の夕飯はこれだけ。
寂し過ぎるといえば寂し過ぎる。
でもこれはこれでいいかな、とも思った。
少ない分おいしく感じたのも事実だ。

美味しかったが、ここでもお昼と同じだった。
「マーヨーズ、58元。早く払って」
私はロンさんに報告も含め、
「食費はあとから加算というけど私は今日彼らのも払ってるよ。あとでちゃんと精算する」 と微信を送った。
でもレシートもないのにどうやって精算するんだ?

そのあと、近くの公園、クチャ文化広場へ。
中国の他の場所とたがわず、夜の公園は多くの人でとても賑わっている。

ヌアーがロンさんと電話で話している。
今日の報告をしているようだ。
「だって“听不懂”だから」 話していることがわからないから。
ロンさんの話していることは聞こえないが、ヌアーはそう言った。
待てよ、なんの話をしているかはわからないけど、私の消化不良や疑問を“听不懂”で片づけようとしているなら、それはやめてほしい。
そもそも旅程をこなすだけならそう難しい中国語は必要ない。
今のところ、“听不懂”によって生じた問題はなかったはずだ。だってそんな深い話はしていないから。
たとえ聞いてわからない言葉があっても、書いてもらえばいいだけだ。
都合のいいように報告されている気がして、公園を歩きながら少し寂しい気持ちになった。

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公園には大きな石碑があった。
美しい天女が楽器を手にし舞う。
その中央には「亀茲歌」が書かれている。
易中天という人が書いたクチャを賛美する詩のよう。
内容までは細かくみていないが、こうしてみると古都・亀茲国だったクチャに相応しい石碑だ。

カメラが壊れているのに、なぜこんな夜の写真が撮れたのか。
実は、クチャ市街地に入った時点ですでに、カメラは光をほとんど感知しなくなった。
その為、先ほどのナンや烤羊肉串の写真は携帯で撮ったものだ。
この公園に来て、やけになってレンズをはずしてみた。
すると、レンズをはずしてまた装着してみると、10回に6回ほど、一度だけ光を感知した状態でシャッターを押すことができる、ということに気づいた。
それがわかったこれ以降、撮影の度にレンズを一度はずすことになった。

ホテルまで送ってもらった時、時刻はまもなく22時半という頃だった。
「明日は10時に迎えに行くよ。下まで降りなくていい、部屋まで行くから」
ヌアーが言った。
「…あ、違う、12時。12時に迎えに行く」
すぐさま言い直す。
「10時?12時?どれとも11時?」 確認すると、
「北京時間12時」 とヌアー。
「10時じゃなくて、北京時間12時に来てくれるんだね」
「そう」

実はこの会話、私たちが使用している時計が違うことからきている。
しつこいようだが、中国は全土、北京で設定された標準時間を採用している。
一番東も一番西も、同じ時は同じ時刻というわけだ。
しかし、中国は広大だ。
北京と、内陸の新疆ウイグル自治区の首府・ウルムチとでは実質-2時間以上の時差感覚がある。
その為、この地には「新疆時間」なる非公式の現地時間が存在する。
北京時間-2時間が、この新疆時間だ。
しかし実際には、この新疆内でも時差感覚がある。
例えば、新疆最東のハミと最西のカシュガルでは、実質3時間の時差がある。
これだけ広いのだ。
新疆では「北京時間」なのか「新疆時間」なのかを確認することは必須だ。
列車やバスの時刻などは一律北京時間表示だが、そこにもかならず「北京時間」だと明記がされている。
ところが、新疆を旅行する中で、私は今まで新疆時間に触れたことがなかった。
それは、漢族初め、ウイグルなど現地の少数民族以外の民族は、みな北京時間を使用しているからだった。

「北京時間12時」
運転手のカイサイアーはそう言って腕時計を見た。
その腕時計は、私が思う場所とは全然違うところに短針があり、一瞬混乱した。
けれどもこれで、ウイグル族はやっぱり「新疆時間」を使っているということがわかったのだ。
些細なことだろうが、私にとってこれが旅なのである。

それにしても出発が随分遅いな。
明日はクチャを発つ日だ。時間がもったいない。
クチャ滞在二日目。
まだ、私にとって一番の目的地には行っていなかった。
“苏巴什故城”(スバシ故城)。
郊外にある、クチャ最大の仏教遺跡だ。
この為のクチャ旅行といって、まったく差し支えない。

「いつスバシ故城に行くの?それでは間に合わないよ」
実は一昨日からこの質問、何度も繰り返してきた。
いつ、スバシ故城に行くの?と。
そのたびに、「もちろん行くよ、15日に行く」と返事が返ってきた。
最初、ロンさんから送られてきた大まかな旅程では、初日にそこに訪れる予定だった。
そうして二日目にキジル千仏洞で一泊をして、最終日にクチャ市街地を観光する。
しかし予定が変わり、確かに最終日である明日にこのスバシ故城へ行く、というふうになっていた。
でもこちらがしっかりしなければ、リクエストも適当に流されてしまう雰囲気があったので、不安になり何度も訊ねた。
「いつスバシ故城に行くの?それでは間に合わないよ」
私はヌアーに訊ねた。
「間に合うよ、スバシ故城は遠くないから問題ない」
私は安心した。

何はともあれ、今日の夜はゆっくりできる。
明朝はのんびり起きればいいからだ。
彼女たちがホテルを去って、私は迷った。
夜の散策に出てみるか、ワインを買って部屋でくつろぐか、ホテル裏に見つけたマッサージ店に行くか。

どの道また今夜飲むワインは買わなければいけないので、外に出てみた。

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このホテル、本当になんにもないところにあるのだ。
散策する場所もない。
しばらく歩いてみても、交差点をふと横に見てみればそこには果てしない闇が広がっていた。
こんな闇はそうそう出合わない。
かすかに、広がるポプラ並木の気配があった。
この街は、ほんとうにぽつりと自然の真ん中に存在するのだと思った。
本来であれば、さぞ素晴らしい星空が広がっていただろう。
けれどもどうやら曇っているようだ。
新疆の大自然の中で満天の星を体感する。
なかなか私の夢は叶えさせてもらえない。

しかたなくホテル周辺に戻ったものの、つまらない。
ロンさんはなんでこんなところを選んだんだ?
人で賑わう場所は危険も伴うから?
そうかも知れない。
それとも、そんな場所にホテルをとったら私が出歩いてしまうのをわかっていて?
それもそうかも知れない。
少なくともそこには彼の善意があった。結果これで良かったのだ。
私はおとなしく昨日と同じ商店で同じワインを買って、レストランはもう閉まっていたのでフロントにオープナーを借りて、部屋に戻った。

部屋に戻り、チャン・イーが送ってくれた小包を開けた。
中には大量の干果とプレゼントが入っていた。

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ストールに肩掛け。ひと目で気に入った。
私は彼女たちからたくさんのものを貰ってばかりだ。
それは物とかお金に換算できるものではなくて、じゃあなんなのかと言われるとよく説明できないんだけれども、形を持たないものを貰っているのだ。

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これは、12日にコルラ郊外でリュウ・レイとチャン・イーが拾って「はい」と次々と私に渡してきた石。
360度地平線が見渡せるような広大な風景だった。
そこで次々ときれいな石を見つけては寄こしてきた。
今でも思い出すとおかしい。
二人は軽い感覚だったとは思うが、私には一生の思い出なのだ。
ビニール袋に入れて持つと、それはずっしりと重かった。



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まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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