2016-09-06

庫車旅行五日目~その三~

15分をきっかり守って、車まで戻ってきた。
車は少しだけ走り、大きな橋のたもと、多くの人で賑わう市場のところに停まった。
周辺には漢方やウイグルの工芸品なんかを売る小さなお店が並んでいた。
「マーヨーズ、ここで何か買う?」
そう言ってくれたので、少し歩いてみる。

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この賑わいの中心にはこの清真寺があった。
“热斯坦清真寺”の文字。ロースタン寺、といったところだろうか。
このイスラム寺院の礼拝堂の外に、ちょうどこれらのお店が並んでいる。

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上に僅かに見えるのが礼拝堂の屋根かと思われる。
入り口で訊ねたら入れなかったので、その内部を知ることはできなかった。

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このように香辛料が詰まった麻袋。
そのうえに無数に乗せられているものは、一昨日も市場で見た、ナンに模様をつける器具だ。とげとげの針がたくさんついている。

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これも薬に使うのだろう、乾燥トカゲ。
なんともあられない姿となって干されている。

汚れた金色のスプーンをお土産に悩んでみていたら、
「そんなのよりこっちだよ」 とヌアーが別のものを勧めてきた。
木を削って作った丸いスプーンですごく簡素なものだ。
手で削ってあるから、形は少しいびつ。
日本にも田舎にいくとこういうのが売られていたりするよな、とどこか懐かしい気持ちになる。
ウイグル族が手で作ったんだなと思うと、少し心が動いた。
「これも伝統工芸品だよ」 と見せてくれたのは、
木で作られた櫛だった。
日本の櫛とは違い、両サイドに歯がある。
作りは立派なものではなかったが、珍しいと思った。

けっきょく買い物はせずに車まで戻ってきた。
「じゃあ、これから空港まで送るよ」 という。
「え?まだ早いよ」
現在時刻は17時半にもなっていない。
今夜クチャ空港からウルムチへ発つフライトは22時50分。
けっこう遅い。
クチャ空港は市街から近いし、辺境の空港はすることがないほど何もないので、21時過ぎにここを発てば十二分に間に合う、というのが私の算段だった。
今日はスタートも遅かったので、たった3日の滞在の最終日がこれではあまりにもったいなかった。
21時でもまだ明るいから、まだまだやれることはたくさんある。
「飛行機は10時50分のだからまだ早いよ、まだ時間あるよ」 私が言うと、
「早いけどもう空港へ向かう」 ヌアーも譲らない。
「9時に出発すれば間に合うよ、それまでクチャを回りたい」
あの辺も散策したいよ、そう言った。
だって、今空港へ行って、5時間もどうしたらいいんだ?
もし仮に北京首都空港だったとしても暇になる。
ましてやクチャ空港は、おそらく飲み物も食べ物もあるかわからない。
寝て待つしかないと思われる。
そんな無駄なことはしたくない。
「あなたは遊びたいかも知れないけど、私たちはもう帰りたい」
ヌアーはそう言った。
そういうことか、飛行機に遅れては困るから、という話ではなくて、彼らは早く帰りたいだけなんだ。
今までのことから、一人で動いた方がよほど自分にとっては有益だということを感じていたので、これはこれでいいと考えた。
「なら、あなたたちは帰っていいよ。私は時間まで一人でぶらぶらする」
「空港までどうやっていくの?」
「タクシーに乗るから大丈夫だよ」
「荷物はどうするの?」 正直、荷物はしんどかったが。
「持ってくから大丈夫」
「OK、なら私たちはもう帰るよ」
こうして最後は意見が合って、ここで3人と別れることになった。
「ここから空港まで遠くないよね?」
「うん、9時…いや、8時半にここを発てばいい」 運転手のカイサイアーは時計を見ながらそう言った。
3人と笑顔で握手をしながら、ここで「再见」した。

色々と不満を言い、今でも悔しい思いは残っている。
それは、私にとって旅行は一回一回が勝負で、多くの旅費をかけていくものだから、残念な思いを残したくないという思い入れがあるからだ。
しかし、彼らを人として嫌だったわけではない。
一緒に時間を過ごせば情も湧くものだ。
単に、支払った費用に対する仕事に満足がいかなかったということ。
それから、自分がこの旅行でしたかったこと行きたかったところ、そういう要求が果たされなかったこと。
ただそれだけだ。
3人と笑顔で別れたとき、私は心の中も笑顔だった。
しかし、あとから微信に発信されていたヌアーのコメントと写真を見て、少し溜め息が出たけれど。
そこには、「今日は仕事を早く切り上げるから、できるだけ早く帰ってパーティーに参加するね」と色っぽい自分自身の写真と、ハートマークまで付いていた。
スバシ故城が30分だったのも、庫車大寺が15分だったのも、17時半にもう空港へ送ると言ったのも、全部友達とのパーティーの為だったわけだ。
私はまた、高額なガイド費を思い出して、こう思った。
いい報酬を得たい人、ここでガイドすれば楽してこんなにいっぱいお金もらえるよ!

ヌアーにはここクチャで購入して帰りたいものをいくつか伝えており、「帰るまでに用意しておくよ、問題ない」と答えてもらっていた。
しかし、それは果たされることなく終わった。
おそらくもともと用意する気はなかったかもしれない。
そういう訳で、ぶらぶらしながら見つけたら買って行こう、と思った。

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この賑わいのすぐそばには、大きな橋があった。
「団結大橋」だ。
片側には中国語、もう片側にはウイグル語で記されている。
同じように、中国語とウイグル語でこの橋の由来が書かれた石碑があった。
その由来というのは、読むまでもない。
この団結大橋の下には巨大な河が通っていたが、一滴の水も流れていない。
天山の雪解けの頃には水が流れるのだろうか。
この橋一帯が、庶民的な賑わいが溢れる場所だった。

橋のたもとには赤いテントが軒を連ね、小さな果物市場が展開されていた。
今朝から一滴の水も一口の食べ物も口にしていなかった私は、あるおじいさんのところで何か買うことにした。
大きなハミ瓜。
チャン・イーが微信で言っていた。
「今回、マーヨーズは不運だった。食べたハミ瓜はどれも甘くなかった。普段はどれも甘いんだよ」
だから、クチャで買って食べればいい、そう言った。
そこでハミ瓜の価格を訊いてみると、
「1㎏、2元だよ」
なんて安いのだ。中国ではこうなのだ。
しかし、新疆人にとってはそれでも内地の果物はみな「美味しくないし高い」ということになるよう。
果物が安くて多彩な中国、その中でも新疆はそのメッカである。
おじいさんは、一切れを「お金要らないよ」と切って試食に差し出してくれた。
それを食べてハミ瓜を一個どかんと購入した。
それから今食べていくように、葡萄を一房。
合わせてたった、8元。
うち、ハミ瓜が2.5㎏で5元だ。
重たいハミ瓜を、キャリーバックを広げ収める。
道は悪く、でこぼことして、重いキャリーバックを転がしていくのはなかなか困難だった。

あてもなくその辺を歩いていると色んな発見がある。

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路地に入っていって見つけたのはまたひとつの清真寺。
「库车回民大寺」の文字。回民とはイスラム教徒のことだ。
扉はかたく閉ざされていた為、そばにいた女性に入れないか訊ねてみた。
「私はわからないよ、あの人に訊いて」
そう言って向いた方向には、一人のおじさんがいた。
「いいよ」 そう言って快く鍵を開けてくれる。

内部は廃墟化のようだった。
しかし、そうした廃墟のような建物の先には、古い礼拝堂があった。

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礼拝堂は小さかったがきれいだった。

清真寺を出て、おじさんが「どこの人?」 と訊いてきた。
「日本人だよ」 と答えると、
「清真大寺は行った?」 と先ほどの女性が重ねて訊ねる。
「さっき行ってきたよ」
「中まで入った?」
「入ったよ」
「それなら良かった」 女性は言った。
先ほどの庫車大寺のことだ。

残念だが、一人になってようやく「いつもの旅行の楽しさ」になってきた。
クチャを訪れて三日目、もうすぐ帰るというときになって、ようやく。
こういうのが、私が旅行に求めるものだ、と今更ながらに実感した。

そのままひたすら歩き回り、旧市街から市街地へ向かい歩いて向かうことにした。
このまま一昨日も訪れた一番古い市場へ向かう。
少し離れているが、歩いて向かって行って、ちょうど空港へ向かう時間に間に合うだろう。

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途中、賑やかで砂埃にまみれた市場にも立ち寄り。
そこでは羊の解体も見た。
見慣れない私には少し辛いものがあったが、途中からだったのでまだ大丈夫だった。
足と頭を切り落とし、おなかを開いたあと羊毛のついた皮を袋のようにして内臓を包んで持って運んでいく。
普段食肉を食べても特に動物に感謝する気持ちを持っているわけではない。
けれどこういうものを見ると、そういうことに気づかされ恐ろしくなる。

大通りをまっすぐ一本進んで行くと、道を逸れたところにまた清真寺を見つけた。
12日、コルラでリュウ・レイに訊いたのを思い出した。
「コルラにはいくつの清真寺があるの?」
「わからないよ、でもたくさんある」
大きなものから小さなものまで、本当にたくさんあるんだな、と実感する。

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美しい模様の下には、「萨克萨克清真寺」の文字。
サクサク清真寺、といったところだろうか。かわいらしい語感だ。

入れなさそうだなぁ、と思って考えていると。
「マ…ユ…コ…」
そんな呟きの繰り返しが聞こえ、驚いて振り向いた。
こんなところで私の名前を呼ぶ人なんているわけない。
中国人の友達だって、誰一人日本の呼び方で呼ぶ人はいない。
みんな、中国語の読み方で私の名前の漢字を読む。
「まさか、お化け?」
そんな風に思ったのもオーバーな表現ではない。
後ろを振り向くと、ウイグルのおじいさんが腰をかがめて私のキャリーバックを覗き込んでいた。
私のキャリーバックにはアルファベットで名前のシールが貼られていたのだ。
おじいさん、ローマ字読めるんだ!

「この清真寺、入れる?」
いい機会だと思い、そのおじいさんに訊いてみた。
「入れるよ」
おじいさんは笑顔を見せた。

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中は立派な清真寺だった。
礼拝堂は大きく、上には葡萄の葉がいっぱいになって絡まっていた。
ひとすじ葉が降りている。
規則性を持っているかのように、葉が左右に並び下に向かって徐々に大きさを変えながら降りている。
偶像崇拝の禁忌から幾何学模様や唐草模様が発達したイスラム文化。
この葡萄の葉は、そうした事情をわかっているかのように美しい模様となっていた。

礼拝の為に男性が数人入ってきては、礼拝堂の前に跪き何度も頭を床につけた。
礼拝の時間に女性が敷地に入っていることは禁忌だ。
帽子を被ったウイグルの男性たちはみなこちらを訝し気に見ていく。
髪をストールで覆っているとはいえ、問題になってはいけないと慌てて外へ出た。

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大通りを歩いて、こちらは理髪店。
クチャには理髪店をたくさん見かけた。

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こちらは市街に戻ってきて、昨日夕食をとった辺り、文化広場。
ここには楽器を奏でる像がいくつも並んでいた。
その中でこの「五弦琵琶像」。
一昨日、キジル千仏洞で見た壁画。
かつて栄華を極めた亀茲伎楽。五弦琵琶は時代と共に衰退し完全に失われた。
失われたことで、伝説となった。
この五弦琵琶は、失われてはならないすべての美しい伝統文化に対する警鐘だ。

しかし、この像の持つ五弦琵琶。
スタートは確かに五弦なのだが、いつのまにか七弦に増えている。
どこで増えているんだ?とよく見てみるも、わからない。
下から登ると12段、上から降りると13段。
なんていう学校の七不思議みたいだ。

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こうして、お馴染になった一番古い市場に到着した。
この市場、この水色の大門が目印だ。
時刻は20時半、予定通り。

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門のすぐ脇には、こんな道路標識。
手書き感がなんともいえない。
「严禁 畜力车通行」 畜力車は通行厳禁

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最後にまた市場内に入り、見物していく。
でこぼこの地面を重いキャリーバックを引き歩いていくのはたいへんだ。
みんな、なんだなんだとこちらを見ていく。

朝から何も食べていないのでおなかが空いていたが、お店に寄って食事をする時間はなかった。
ちょっと軽く食べれるものはと探す。

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ここで西瓜の切り売りを選んだ。
甜瓜もあるけど、それも大好きだけど、リュウ・レイが「西瓜食べた?」としきりに訊いてきていたのを受けて、口の中は西瓜の受け入れ態勢ができていたのだ。
細い切り売りだけど、細長い分なかなか量がある。
私はその場でかぶりついた。

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この市場、入り口が一カ所、出口が一カ所。
それ以外は高い柵で覆われているため出入りに不便だった。
金属探知機が設置されているが、働いているのかは疑問だ。

こうして、もう21時。
そろそろタクシーを停めて空港へ向かうことにした。
タクシーはすぐにつかまった。
ウイグル人の男性だった。
中国語がまるでダメな私が言うのもなんだけど、彼が話す中国語は下手だった。
簡単な言葉も何言ってるか全然わからない。
中国内地で人によって話すことが聞き取りにくい、というのとはまた違うようだ。
しかし、空港は近いし、道も簡単だ。
おそらく問題はあるまい、と思っていたら問題だった。
この人、なんだかおかしかった。
そしてこの質問。
「クチャは良かった?」
私は言いようもない恐怖が湧いていた。
この質問、間をおかず連続で5度目である。
車はようやく空港への曲がり角を曲がった。

旅行社で車を手配したらこんなにも高かったので、それならばタクシーに乗ればいい。
そんなふうにも思ったが、それも怖いものだ。
今まで、良くないタクシーにあたったことはあるが、今回のようなおかしいタクシーにあたったことはない。
新疆でウイグル人のタクシーに乗車したこともわずかあるが、同様だ。
タクシーのこと、ガイドのこと、含め、
「ウイグル人は信用できない」
Q先生についそう言ってしまったのは、今回の私の個人的感情と偏見があっただろう。
しかし少なくとも、中国の領土内だからといって、都市部で出会う中国人とはやはり違うと感じた。
私はウイグル人のなにも知らない。
何度かこの地を訪れ、挨拶を交わした、その程度なのだ。
けれど過去会ったことのあるウイグル人の中には、確かに日本人が感覚的に引く「線」を、なんのためらいもなく簡単に越えてくる人もいた。
日本人の感覚としては、それは非常識であり、また不気味なことだ。

ウイグル族の中国での位置づけは非常に微妙な問題である。

もともとここに暮らす人々の利権を奪い、行動のすべてを束縛している国家。
かつてウイグル他多くの少数民族が暮らしていたこの地には、今では漢族など多くの内地の人間が送りこまれ、生活上の優位を奪うかたちとなった。
貧しいウイグルと、裕福な漢族。そういう図式ができた。
金銭的な問題だけでなく、あらゆる利権において、その図式は成り立った。
宗教的な問題よりも、ウイグル族はその権利を守る為に独立を主張し、それがテロ行為となり民族問題にまで発展した。
しかしその一方、あらゆる問題をこのウイグルのテロ行為に結び付けることで、国家はこの地をより堂々と束縛できるようになったという第二の悲劇が生まれた。
中国にとって、このウイグルの地は外交的な面でも資源的な面でも、失ってはならない地域だ。
ウイグルの独立運動は、皮肉にも逆利用されたとも言える。
これが、日本でウイグルと中国との関係を語るうえでの、模範解答だ。
そして、今でも私はこの模範解答はそう間違っていないとも思っている。
しかし実際に何度か新疆を訪れて、新疆の人々と交流し始めてみると、実態は複雑に絡み合って模範解答ほど単純ではないと思うようになっていた。
どちらかの立場に立てば、もう一方が悪くなる。
しかしそれではどちらに立つかだけの問題になり、真実の姿は見えてこない。

ウイグルは被害者、そういう見方はひとつ間違いではないだろうと思う。
けれども、だからかわいそうと思うだけでは、この民族の民族性は見えてこない。
私が一瞬ぎょっとするような感覚になるウイグル人は、思い返してみればみな20代くらいの若い子だった。
たまたまそういう人だった、もちろんそう言い切ることはできるだろう。
しかしその背景には、ウイグル族の中国での微妙な位置づけがあるのではないかと考えてみた。
それは私の個人的な想像、感覚、あるいは偏見でしかない。
いずれにせよ、私はたった数度しかこの地を訪れたことがないのだ。
しかもごく一部の場所しか。
軽々しいことは言ってはいけないし、決めつけてはいけないとも思っている。
それにこういうことを言えるのは、平和な環境で貧しさとは無縁に暮らしているからこそなのだ。

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クチャ亀茲空港が見えて近づいた時点で、「ここでいい」とすぐタクシーを降りた。
天候は雲行きがあやしくなり、ぽつぽつと雨が降り出した。
風も強くなってきて、なんだか嵐の予感。

急いで入口のセキュリティチェックを抜けて見ると、チェックインカウンターは閉まっている。
もしかしてもうクローズした?
そう思って人に訊いてみると、自動チェックイン機でやるように、とのこと。
こんな僻地の小さな空港にもそんなものがあるんだ。
やり方がわからず手伝ってもらうと、画面に私が購入した、クチャーウルムチと、ウルムチー北京のフライトが表示された。
ところが、22時50分発、天津航空GS7480便の時刻が、00時50分発になっている。
私、買い間違えたのか?
「時間、変わった?」
そう手伝ってくれた人に訊いてみると、なんと2時間の遅延がすでに決定しているのだった。

中国で飛行機の遅延・キャンセルは珍しいことではない。
がっくりだけど、帰国便は明日なので、無事帰国できるだけでもありがたい。
空港の近くにホテルはとってあった。
明日は7時に空港へ着いていないといけないから、6時か6時半の送迎バスに乗るとして…。
今夜ウルムチ空港に着くのは1時40分。
そこからホテルに向かい…。
考えたくもないが、逆算してみる。
どう考えても寝る時間はなく、力が抜けてどっと疲れが襲い掛かった。
ウルムチ空港に迎えに来てくれるフェイフェイ夫妻に、「来なくていい」と連絡するも、私たちにはいろいろと用事があったのでやっぱり来てもらわなければならなかった。

周りを見渡せば、椅子に腰かけて時間を持てあましている人がたくさんいる。
私は朝から葡萄と西瓜しか口にしていなかったので、たった一軒あるカフェにダメ元で、
「食べれるものある?」 と訊いてみた。
すると、麺があった。
「ビールある?」 と売店をくまなく探しながら訊くと、
「え?ビール飲むの?」 と売店の女性は驚きながらも、1本出してくれた。
最後のというより、唯一の1本だった。

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このラーメン、いわゆるインスタントラーメンそのものなんだけど、なんて美味しいんだろう。
身体にしみる温かさだった。
窓の外は、もはや嵐だった。
風が吹きすさび、ガラス面を雨粒が激しく打ちつける。
新疆旅行でこんな嵐に遭うとは。

ここで、昨日「思ったよりガイド費高いよ」と言っていた私に対して、ロンさんから返事がきた。
「ガイド費はそこでは本来、6000元~10000元はかかる」
むしろ私のガイド費は安くまけているのだ、とも。
目を疑った。
10000元とは、現在の元安で考えても、日本円にして約16万円。少し前の元高であれば、20万円にもなる。
私のこころは疲れてとても弱っていた。
「理解できない」 私はそう言った。
ロンさんに同調してほしかった私は、共感を得られずさらに気持ちが沈んだ。
以前にも中国でガイドを雇ったことはある。全て中国人のガイドだった。
しかし、そのすべては私を満足させるものだった。
あの敦煌でさえ、ガイド費はずっとずっとこれより安かった。
新疆ウイグル自治区が特別なのか?

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0時40分嵐の中、飛行機は無事飛び立ち、2時前にウルムチ空港に降り立った。
フェイフェイの旦那さん兄弟に迎えに来てもらい、彼らが私に渡すもの、チャン・イーの代理で私に渡すもの、そういうあれこれを済ませ、別れた。
ホテルでは代金支払い済みにも関わらず部屋がないと言われたり、最後までばたばただった。
チャンさんがいてくれて本当に助かった。
こんな遅い時間なのに終始明るい表情で接してくれて、疲れたこころが温まるようだった。
フェイフェイは来ていなかったが、優しい言葉をかけてくれた。
しかし受け取った荷物は私の許容量を超す量。
それは私がチャン・イーから購入したものだった。
コルラで受け取らず、ここで受け取るように采配してくれたのだ。
なんとかせねばと部屋で格闘し、時刻は3時4時とあっという間に過ぎていく。


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酷すぎる話…

う~ん、完全に騙されています。正直、僕なら相当なトラブルになると思います。日本で旅行をコ-ディネ-トした人物は信用出来ぬ人物であるとしか言えません。僕は家内と旅行をしていたので新疆の物価がどのようであるか知っています。それから考えても1万元は法外です。車の一日チャ-タ-を運転手付きで1日千元であれば食事付きとなるのが当然で僕なら500元/日からの交渉とします。当然、運転手やガイドの食事は別とします。ガイドと運転手は兼用とし、女性ガイドでなければ運転手は一人、彼等の宿泊費は1日100元/一人、もし食費込みなら150元/一日、各遺跡等の入場料は自腹とし、中途のガイドは漢語のみとし、ガイドをしないと最終的な支払いの時に10%カットするガイドの時間はきちんと定めます。それでも1日辺りのト-タル・プライスは千元以下となるはすです。そして、それを書面で取り交わします。かなり酷いコ-デネイトとアテンドで読んでいて怒りが込み上げます。ただ、女性の一人旅と言葉の壁がある以上、安全を考えれば、この行動は決して誤りではありません。ただ、中国人とは常にビジネスライク以上に親切になる必要はなく、僕なら旅を途中で切り上げ一度、安全な場所まで戻り、彼等を解雇したと思います。当然、日本のコ-ディネ-タ-とは相当揉めると思います。ただ、まゆさん自体の落ち度もあります。厭な言い方になりますが、脇が甘いとしか言えません。ウイグル族は男尊女卑で弱い物に強気できます。皆、グルとなれば身の危険すらあったとも言えます。そのためにも中国人の友人と常に連絡を付け、彼等を保険にする必要があつたと言えます。しかしながら、今回の失敗は次の旅への少し高い授業料であったと思えるようにしっかりと学んで下さい。読んでいて本当に無事であって良かったと思えてなりません。僕は良きにつけ悪しきにつけの中国人を知っています。その中でも新疆だけは漢族にとつても外国人にとってもアウェイであることに変わりはありません。とにかく無事で良かったと思えてなりません…

Re: 酷すぎる話…

ガイドに対してはもちろんですが、自分にも苛立ちます。
問題は二つあります。
1、面倒より穏便を選ぶ私の性格、強く言えないところ。(これがやっかいな問題で…)
2、語学力の低さ
中国語が例えある程度できたとしても、ネイティブじゃないと足元を見られる。ましてや私のレベルの低さでは。
私は今まで、強い態度に出ても甘く見られてるな、と感じることがありました。
toripagonさんがおっしゃるとおり、不満に感じた時点で解雇すべきだし、いつも友達の友達を紹介される時も「友達を気にしないで、合わない時には別れて」と中国語の先生も常々私にアドバイスしてくれていました。
でも、未熟な中国語でそのやりとりをするのがすごくしんどくて、躊躇ってしまった。

このガイドたち、日本で私が手配したのではなく、ウルムチの友人が手配してくれたものでした。
最初は流れがわからず友人と彼らが知り合いなのだと思い、私がガイドたちと揉めてその友人に影響が及ぶのを懸念したのもありました。
でも、そんな遠慮は無用だと、今ではわかるんですけど…。
本当は私も運転手一人でOKなんですが、まさか3人いるとは思わず、3人対1人は、ほんとこちらには分が悪かったです。
あと、解雇するにしても、toripagonさんが具体的なことを書いて下さったようなこと、それには経験とノウハウが必要です。
こうすべき、こういうべき、注意すること、確認すること…。
そういうのが、すらすらと浮かんでこなかったんですね、この時の私には。
やっぱり、まだまだ経験が足りないなとつくづく実感しました。

旅行前に、能動的に行動する、自分の身は自分で守る、でなければ危険だ。
そういう話をしていたのに、それができなかったわけです。
危険がなくて良かったんですが、これからもそうだという保証はないですよね。
実際、クチャ空港まで乗ったウイグルの運転手は、ちょっと怖かったです。
今回のガイドの件、ほんと授業料としてこれからに活かしたいです。でなければ悔しい。

ただ、金額の高さはおいておいても、一番悔しかったのは仕事とは言えない仕事内容でした。
新疆はほんと動きづらい場所だ、今回今までとは違う意味で実感した旅行でした。

無駄ではありません

とかく相手が悪かったとしか言えません。3人ついたのは明らかに確信犯で最初の時点気付くべきことでした。何より女性である弱みをついた悪質さが極めつけです。とかく新疆は安全ではないのでトラブルを避けるためのまゆさん行動は、あれで良かったとは思います。但し、その友人等には、あった事実と不愉快な旅にあった事は言うべきで、僕なら二度と彼等を頼ることはしません。何故なら今回の出来事で足下を見られた感が否めないからです。結局、彼等との付き合いがより深い危険な道に足を踏み入れる可能性があるからです。まずは自分の身を守るには小さな事象である内に切り離すのが鉄則です。僕は基本的に物を代理購入であっても無心する人間とは余程の仲でも警戒します。老婆は多くの友人から個人輸出を依頼されお小遣い稼ぎで行っていますが、手数料として正価の2倍程度で請け負っています。しかしながら、それでも彼女は良心的で外の人は3倍以上で請け負っています。更に事前入金がなければ請け負いません。これが中国人の人付き合いの原則なんです。それをみてもまゆさんは、彼等に随分と利用されているのがわかります。なんか余計な事を言っているのを承知なんですが悪意はありません。気分を害されたらお詫びします…

老婆の話…

今回の事を老婆に話すと中国人として恥ずかしいのまゆさんが可愛そうでならないと言っていました。彼女曰く、新疆は外の中国とは全く違う危険な地域でそれを肌身で知る自分としては、もし日本人のしかも女性が一人で彼の地に足を踏み入れるなら止めるし、友人なら絶対に行かせないと言い切ります。漢族の彼女にとってウイグル族は異文化の徒であり、ある意味、敵対関係にある関係であるとの認識が潜在的にあるようです。僕と二人で旅行した際も僕が入ったウイグル料理の店は、今更ながらに自分なら絶対に入らなかったと言い、僕が入ったのを気が知れぬと思っていたすら言います。彼女の大学の友人は、新疆へ武警として派遣されており、僕らが新疆にいる時は毎日、所在を連絡するように彼女に言い、烏魯木斉より西域には絶対に来てはならないと念押しをしたそうです。事実、その後、西域各地でテロがありました。

言葉の問題は、ネイティブな発音は何処を起点にするかで大きく変わり、標準語の実例が曖昧な中国では気にする必要はありません。そもそも広東人の普通語や上海人の普通語は、東北人に言わせれば訛の強い言葉となり、その逆も然りです。特に湖南から福建にかけては、地方語の坩堝で隣接する隣村同士で言葉が繋がらぬ事も儘あるほどです。

僕はアル化が苦手で華南風の言葉で話しているので北京では「何処から?」と訊ねられると「湖南」と答えると「だからか…」と妙な納得をさせられます。逆に華南では下手なアル化を交えて話すので「山東」からと言うと同様に納得しています。僕は今以上に中国が下手な時、北京のタクシ-の運転手に行く先を告げると「普通語で話せ!」と高圧的に言われ、「俺は外国人た。発音が悪いのはしかだがない事だ。それより、おまえは北京国際空港の発音も聞こえないのか、時間がない!さっと行け」と捲し立て、徐に煙草に火を付け踏ん反り返え、窓を開けると運転手は急に大人しくなり、空港に着くと荷物を下ろしてくれて、あり得ないことに「謝謝」との声まで掛けられました。僕は不機嫌を装いながら立ち去りましたが、この時の経験はその後あらゆる場面での一定のバロメ-タになっています。とにかく臆すること無く、意思を伝える気持ちが無ければその時点で負けです。これは中国に限ったことではなく、欧米でも同様で僕は英語を使うときでも発音は気にしません。文法もわからなければブロ-クン・イングリッシュでも自分の意思を伝える努力をします。結果は徐々にセンテンスや語彙も増えて行きます。日本人はとかく、発音だ文法だと届かぬ目標に向かい、本来の目的を忘れて挫折します。しかしかなが、言語が自らの意思を伝えるツ-ルと割り切れば違う用法に目覚めるはずです。

話は脱線しましたが老婆は、今度、まゆさんが中国に行くなら私の友人を紹介するから伝えくれと言います。僕がブログだけの知り合いだから無理だよといってもきかないので気持ちだけ伝えます。そして本当に申し訳ないとも何度も行っています。彼女は6割の中国人は信じてはいけない。3割人間は近づいてはいけない。1割の中に本当に良い中国人が少数いると言っています。この言は僕もそう思います。そんな中国人に一人でも多く会える事を祈っています。でも1割でも日本の人口以上なんで確率は高いと思いますよ(^^)

Re: 老婆の話…

今回のガイドへの不満は友人へも伝えたし、その周辺の友人にも伝えています。
もともと余程の僻地でなければ、私はガイドも車も雇わない、それに内地だったら自分の責任で手配しているし、ほんと新疆は特別なパターンです。
オフシーズンに入りますのでしばらく新疆行きはありませんが、次回行く時は今回の経験を生かして慎重にやります。
しかしながら、そう、安全を考えたら多少の不満意があっても仕方がない場合もあります。
今回要領が悪かったのは、「どっちが結果、安全?」という苦悩もあったからです。
ガイドもウイグルタクシーもそうですが、下手な態度にでると思わぬ危険があるかも知れないという恐怖感はあり、それは内地の旅行ではそうそうない感覚でした。
中国では、そして特に新疆では何よりも安全最優先です。
だから、旅先で私はあまりお金にこだわりすぎないようにしています。
ただ、今回のようなパターンは当然予想できる状況でしたので、私の反省点はもうたくさんあるんですが。
基本この地では騙された方がバカなのですから…。

代理購入の話ですが、すごい、2倍3倍…!
私はというと、利益なしとはいいましたが、人によっては1割、あとは断っても上乗せして入金してくれる人もいます。
というのは、その方がお互い頼みやすいというものあるからです。
そして、ほとんどは私の方から持ちかけることが多いです。誰に対してでもなくやはり自分がこの人、と思った人だけです。
今のところトラブルはないですし、多分これからも大丈夫かなと思っています。
利用している、という話をすれば、私も彼らを利用している、という話になります。
物質的なものだけではなく、色んなものを貰っている、色んなことをしてもらっているからです。お互いさまなんです。
それにこういうやり取りの中で、本当に色々なことを学ばせてもらっています。
向こうがというより、私が好きでやっていることです。
それに、その友達たちがみんな好きなんです。
彼らが本当のところどう思っているかは一生わからないかも知れません。
でも私が楽しい、彼らが好き、喜んでもらえるのが嬉しい、そういうことです。

toripagonさんが、おっしゃっていることはよくわかるつもりです。
極論を言えば日本ですら言えることですが、人を信じることというのはリスキーなことでもあります。
中国に潜在する危険も承知しています。
もちろんまだまだ知らないことだらけですが…。
ただ、知識として頭で知っているのと心で知っているのとでは違います。
私はやはり、知識で知っていても心でまだ知っていないんです。
最低限の防御はどこ行くにしても誰と接するにしても、心の中に用意してありますので、もうしばらくこのまま進んでみようかなと思っています。
アドバイスいただけるのはありがたいことです。心配していただいてると言うことなので、ありがたいことです。

奥さんもありがとう(^_^)でももうしばらく大丈夫です。何かあったら相談させてもらいますね。
いいことも良くないこともありがたい経験。
中国のことは好きなまんまです。

そう、言葉の話ですが、toripagonさんの場合はどこの訛り?という話でしょう?
私のは全然そういうレベルではなくて、外国人だとわかってしまうのが、そこでもう負けている感じです。
なめられるときは私が女性というのもあるけど…。
臆すること無く、意思を伝える気持ちが無ければその時点で負け…これはほんと同感ですね。
私に欠けているとこです。臆してしまうので、気持ちで負けてる。
下手でも間違ってても、伝わるものです。一方、正しい文法発音でも伝わらないものは伝わらない。
あれ、語順違ってるよな、なんて思うと伝えたい中身よりうわべに頭がいくから伝わらない。
某TV番組の出川さんなんですが、あれちょっと笑いごとじゃないですね、あれで伝わるんだから。
秦皇島のタクシーのおじさんが言ってました。
自分も上海の人が早口で話すとわからないって。
なら外国人で未熟な私が下手なことを気にするのってほんと意味ない。
toripagonさんの経験談をきいて励まされました。
気持ちで負けないことが大事ですね。
間違いを怖がらないで話すこと聞いてみること、これが今の課題です。

人生には無駄はない(^^)

良いことも悪いことも最悪に至らなければ全て後に繋がる経験です。僕も海外では相当な危険な目に遭っています。実はそれらを無事に乗り越えたのは単に運だけで本当は偉そうな事は言えません。まゆさんの言う目先のお金に囚われぬ事は本当に大事な事でそれを理解していれば相当なリスクは回避できると経験的に強く同意できます。

今回の事を持っても中国が好きなのは本当に中国が好きな証左であり、中国と関わりの切れぬ僕や僕の家族にとって感謝に堪えぬ言葉です。

中国は人も自然も社会も混合玉石な世界で、その中にある何かに魅せられられたのは僕も同様です。その何かが分かり次の次元に行き着くまでまゆさんの中国の旅は終わらぬのではと思っています。

誤解無き中国を日本人に発信するのは未来の日中関係の礎になる事と僕は信じています。それをしてくれる人だとまゆさんを僕はみています。娘が大人になる頃、今より少しでも日中の関係が好転する努力をしなければならぬのは、彼女の生を生み出した僕ら夫婦の責任だと二人で時々話します。できる事は小さいけどその小さな一歩を日々進んでいます(^^)

老婆がまゆさんのブログをみたいと言っていたのでいずれお邪魔するかもしれません♪

Re: 人生には無駄はない(^^)

そこにある何かに魅せられた…そうなんですよね、何かというしかなく。
シルクロード、三国志、それとも山水画のような幽美な風景、少数民族の文化…それが好きで中国が好きです、とはっきり何に魅力を感じているかわかっている人も多い中、私はよくわからないんですよ。
全部と言えば全部なのかも知れなく、具体的にあれこれと自分を魅了するものは浮かんでくるんですけど、どれも答えじゃない。
玉石混交とは言い得て妙で、中国のその混沌の中に答えは埋もれているんだろうな、とも思う。
では玉が良くて石が良くないかと言えばそうではなくて、その両方が混在して同居しているから、それがいいんだと思うんです。

この数年で中国に行く回数が増えましたが、いつから中国に惹かれていたかというと多分すごく幼い頃からなんです。
でもやっぱり中国に頻繁に来るようになって、そして中国語を少しは使えるようになって、見方や考えはみるみる更新されていく。
5年前の私とか、1年前とかでさえ、今とは考えてることが違うんです。当然、知っていることも。
だから、toripagonさんが私にアドバイスしてくださる心境は、ちょっとわかる気がするんです。
おそらく10年後には、10年前の自分なにやってるんだ?何言ってるんだ?ってなる部分もきっとある。
でも経過があってのそれなので、私は今思うことや見えることを、そうだと思うしかない。
この旅行記ブログというのは、一番は自分のためで、そういう記録みたいなつもりなんですよ。
それだけに、自分の旅行を通して、たとえ小さな些細なものでも、日中友好の何かになるのなら嬉しいです。

今回北京空港の本屋で、日本について書かれた本をたくさん見つけました。
そのすべてが親日なもので、日本伝統文化を讃えて学ぶものや、若い人向けの「日本人って理解できない」という、だから面白いねという本まで色々。
抗日運動もあれば外交問題もありますけど、自分が旅行して肌で感じるのは、将来日中関係の未来ってそう悪くないんじゃないかな、なんてふうにも思うのです。
これからの未来を築いて行くのは、若い人。
きっと、お子さんは日中友好の架け橋になってくれるはずです。
だからこそこれからの世代へは、正しい知識と見方を伝えていかないとですね。
旅先で小さな子供をみると、そんなことも思います。

奥さんぜひいつでも覗きに来てください(^_^)
嬉しいです。
残念なのは、中国人の方に見ていただける機会がほとんどないことなんです。
プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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