2016-10-13

銀川旅行一日目~その一~

2016年9月22日、三泊四日の一人旅。
向かうのは、寧夏回族自治区の首府、銀川。

寧夏回族自治区それ自体、どこ?という人もいるだろうし、中にはその名前すら知らない人もいるかも知れない。
内蒙古自治区、西安有する陝西省、敦煌有する甘粛省、このきっての観光地に囲まれて、真ん中に小さくこじんまりとしているのが、寧夏回族自治区だ。
形状からしたら甘粛省に合併してしまった方が自然なのでは、そんな風に思えるほど、細長い甘粛省の東の先っぽにめり込んでいる。

最初は、秋ごろ蘭州に行こうかと考えていた。
シルクロードラインに惹かれていたということもあるし、本場の蘭州拉麺を飽きるほど食べてみたかったということもある。
それがいつの間にか旅の目的地は、甘粛省・蘭州から少しだけ東北、寧夏回族自治区・銀川に変わっていた。
いつなんでそうなったのかは、覚えていない。

ここのところよく利用するJL022便で乗換えの北京首都空港へ降り立ったのは、ちょうどお昼頃。
羽田ー北京で空路4時間。
この行きの4時間がいつも楽しみだ。
CAが回ってくるまで、持ち込んだビールを飲みながら、座席に挟まれた冊子を読む。
その後、2~3本ワインをお替わりする。
映画を見たりはしない。
目の前の画面は必ずフライト情報。移動を実感しながら、これから行くべき場所に思いを馳せる。
それがいつもの習慣だった。

ところが、搭乗し目を開けると、すでに飛行機は雲の上。シートベルトサインも消えていた。
いつのまに。
ワインを頼むものの、飲みながらふと再び目を開けてみると、飛行機はすでに降下を開始していた。
この私がたった1杯飲みきらなかったという異常事態から、この銀川旅行はスタートした。

この数カ月プライベートが忙しく、ほとんど眠る時間がなかった。
特に8月の庫車旅行から帰国してからのこの一カ月は、文字通りほとんど寝ていなくて、目まぐるしい一カ月だった。
その疲れがここにきてどっと出てしまったのだ。
銀川という目的地は、私にとってなかなか重要な場所だった。
事前にしっかり準備し楽しみにその時を待つはずが、出発直前までろくに準備もされないままだった。
昨夜の飲みが過ぎたのか、頭も少し痛い。
こんな適当な感じでスタートするべき旅行ではなかった。

銀川へ向かうフライトは17時50分。
時間があるので、少しでも北京市内に立ち寄ってみようと考えていた。
北京空港はターミナル間の移動もあるし、保安検査なんかも激込みなので時間がかかる。
地下鉄機場線で乗換えの東直門まで約30分。
それらを考慮してできるだけ短時間で観光を終えられる場所として、東直門から2号線に乗り換えてすぐの“地壇公園”を選んでみた。
そこはかつて皇帝が祭祀を行った遺跡だ。

チェックインカウンターで先にチェックインだけしてしまう。
長期旅行用のキャリーバックに巨大ボストン、それから巨大な段ボール箱は私の許容量ぎりぎりだったので、預けてしまわねば動けない。
ボストンには機内預けできないものが入っていた為、これだけ担いで地下鉄2号線、雍和宮站まで。

雍和宮站を降りて地上に出てみると、すぐに一本のまっすぐな川を見つける。
2号線に重なるようにして直線に伸びている。
この川を越してしばらくもしないところに、“地壇公園”の入り口があった。
入場料2元を支払い、入場。

緑豊かな公園内を、どちらに進むべきかわからないまま、赤い壁沿いに進んでみた。
すると、その壁沿いに白石でできた門を見つけた。
説明板がある。
「方泽坛」
方澤壇、つまり“地壇”のこと。
この長い壁、地壇公園の主役、祭祀場所を囲む塀だったよう。
ところがこの門は隙間なく閉じられている。
「改修中につき未開放、ご理解ください」 の張り紙。
行くところ行くところで、この改修中という旅行客にとって残酷な経験をしてきている。
またかぁ、そんな風にがっかりしながらも、この壁の「四角さ」だけでも見ないと。
そう思って一周してみることに。

1609221.jpg

「天圓地方」という古くからの考え方がある。
中国では古来、天は丸く地は方形をしている、と考えられてきた。
空を天球として見たり、また方位を東西南北の四点で表したり、こうした考え方は中国に限ったものではないだろう。
「地方」という場所を意味するこの言葉、この天圓地方思想が由来となっていることは言うまでもない。

この“地壇”、明・清の皇帝が地の神を祀る儀式を執り行った祭祀遺跡だ。
地の神を祀る場所だから、「四角」となるわけだ。
一方、“天壇”という祭祀遺跡も存在する。
故宮を真ん中にして、地壇は北に位置し、天壇は対照的に南に位置する。
これもまた天南地北という思想に基づいた配置だ。
地壇のあらゆるものが四角なら、こちらの天壇はあらゆるものが丸い。
北京を訪れる観光客の多くはこの天壇に足を運ぶが、地壇に足を向ける人は多くない。
というよりも、そもそも知らない人が多い。
しかし天壇と地壇は陰と陽の関係そのものだ。
対になりお互いがまたお互いの存在を意味している。
どちらか一方だけではダメなのだ。
片参りではなく、時間が許すならばぜひ両方訪れたい所だ。

天壇には、4年前の2012年に訪れた。 
確かにあの祈年殿の円形には、一度見たら忘れない強く残る印象があった。
天壇を訪れたから次は地壇へ。
だいぶ時間は開いたけど、比較してみるのを楽しみにしていたのだ。

諦めてこの塀の角を曲がっていくと、先ほどよりも大きな棂星門があった。
チケットを購入して入場した方角から、この方澤壇をちょうど反対側まで歩いてきたことになる。
そこに入場5元の文字。
三つの通路を持つ棂星門の一番右だけ開いている。
どうやら、先ほどの門からの入場はできないが、改修中とはいえこちらからは入場できるもよう。

1609222.jpg

5元を支払って棂星門をくぐると、その先にももうひとつ。
この方澤壇、二重になっていて、改修につき外側の層へは進入することができない。
中心の祭壇がある空間のみ進むことができる。
しかし、用があるのはこの祭壇。外側の空間には特になにもない。
周囲には赤い壁を模したあからさまなはりぼて。
このあからさまさがなんとも中国らしいが、印刷が粗い壁のはりぼては、聖なる場所を一気に俗なるものにさせるパワーを持っていた。

中央には二段になった祭壇がある。
上にあがっていくと、そこはがらんとしていた。
たったひとつの青銅製の香炉があるのみ。
天壇があれほど豪奢だったのに対し、礎石だけが残ったものなのかと思うくらい、シンプル。
けど、このシンプルさこそ大地の神聖さを伝えているような気がした。

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四角い二重の壁に囲まれた四角い祭壇。
この四角さを写真に収めたいのだけど、難しい。
四角か丸かだけではない。
ここ地壇は階段の数などが偶数に統一されており、一方天壇の方はあらゆるものが奇数に統一されているのだそう。
けれども、説明を見ればなるほどとは思うものの、ふらっと訪れて「なるほどみんな偶数だ」なんて実感はするはずもなく。

この祭壇の上、見るべきものはほとんど何もない。
ここは何かを見に訪れる場所ではなく、感じる場所だ。

中国の史跡の多くは見きれない程のあれこれで埋め尽くされている、というのが常だ。
その一つひとつがまた豪奢で、これでもかというほど手を入れ技術の限りを主張している。
それもまた美しいのだけれど。
あまりに美しすぎると、見るものが多すぎると、人の心はその美に支配されてしまい、見ることしかできなくなる。
目の前に見えているものにしか、意識がいかなくなる。
そうして結局、見えていたものがなんだったのかもわからないまま、何を見たんだったか記憶もあいまいに、そこを去るのだ。

けれども、ここには見るべきものはほとんどない。
何かを見ようと思えば、ぐるりと囲む赤い壁に、石造りの祭壇。
邪魔するものが何もない、広がる大空。
見るべきものもなければ、することもない。
誰もいない、この地壇の祭壇の上で、私はただ立ち尽くしているだけだった。
それなのに、なかなかここを去ろうという気分にならない。
見るものはなかったが、感じるものならばいくらでもあったからだ。

1609224.jpg

祭壇の先には、棂星門、その先にお堂があった。
階段を向こうに降りて行く。

1609225.jpg

こちらは再び祭壇を振り返って。
かつて、幾代もの皇帝が儀式の折に通った道だ。

1609226.jpg

地壇を抜けて、向かいの建物に入るか迷った。
「皇祇室」と書かれた真っ青な扁額が見える。
入り口には入場5元の文字。
また追加料金かぁ、と思いながらもこれだけの金額を出し惜しむほど貧乏旅行ではない。
5元を差し出すと、携帯をいじりながら「向こうでチケット買った?」と門番の女性。
どうやら、地壇入場時のチケットでここも見学できるよう。

1609227.jpg

門をくぐってすぐ右には、不思議な、そして少し不気味な実がたくさんなる一本の木があった。
なにが不気味かというと、まず色。
色素を塗り付けたような人工的な赤。
それからそのかたち。
丸い実が溶けてくっついたような形は、今まで見たこともない。
「白玉兰」(白玉蘭)という名札がかかっている。
いずれ白い蘭のような花を咲かせるのだろうか。
地壇公園の敷地は広大で、私はそのすべてを見ることはなかったが、園内には様々な木々が訪れる人々の目を癒している。

この皇祇室、かつては皇帝が地の神々を奉った場所なのだという。
内部は現在、祭祀道具などを展示する展示室となっていた。

1609229.jpg

どのように使用したのかわからないが、地名や山の名が書き込まれた木札が、歴史を感じる石の彫刻に収まっている。
地壇では祭祀の際に、五岳、五鎮、五陵山、四海、四渎などを祀った。
それら一つひとつの説明が書かれているが、読んでいる時間はない。
五岳は、泰山、衡山、嵩山、華山、恒山。
道教の聖山だ。
五鎮は、沂山、吴山、霍山、会稽山、医巫閭山。
歴史があり風光明媚な五山。
五陵山は、五つの聖なる皇帝の陵墓なのだが、どこが選ばれていたのか記憶があいまいで、後から調べてもわからない。
四海は、東海、西海、南海、北海。
四渎は、長江、黄河、淮河、済水。

ここには地壇の復元模型があった。

1609228.jpg

先ほどの地壇は上空から見るとこのような形だ。
当時の儀式を再現している。
先ほど見た風景と当時のものは、ほぼ変わりないことがわかる。
今いる皇祇室は、奥に見える黄色い屋根の建物だ。
儀式のルートはおそらく、今日の私と同じ。
北側の棂星門から入り、祭壇の上で儀式をし、そしてまっすぐ進み奥の皇祇室に神々を祀る。

この展示室にはもう一つ、模型があった。
緑に覆われた小山に、石質の数層の祭壇が一つ。その奥にもう一つ。
いずれも方形をしていて、まるでマヤ文明の遺跡のようだ。すごく平たいけれど。
これは、中国にただ二つ現存する地壇のもう一つ。
南京紫金山に残る、地壇だ。
南宋の武帝の時代に作られたもの。
当然、ここ北京の地壇よりもずっと古い。
その存在を示す資料はいくつもあったが、現物が見つからず、発見されたのは1999年のことだったという。
中国にはとんでもなく大規模な遺跡が、意外と近年発見されたものであることが多い。
これだから中国はすごい。

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地壇公園内には、他にもいくつかの建物が残されていた。
見るからに古いもので歴史を感じたけれど、どれも現在はなにかに使われており公開されていなかった。

時間がそろそろ危ういので、急いで地下鉄駅まで。

16092211.jpg

駅のすぐ向こうに見えるのは雍和宮。
清代に雍正帝が建てたチベット仏教寺院だ。

こうして無事に17時50分発の中国国際航空、CA1263便に乗り、銀川へ。

16092212.jpg

あっという間に日が暮れていく。
雲の上の日没は劇的だ。


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お久しぶりです

まゆさん、銀川にも行かれたんですね~。
羨ましいです。私も、中国旅行の行きたい候補に入ってます。地名がキレイですよね。まゆさんの記事を読んでますます銀川が魅力的になりました。

今年の私の一人旅は7月に北京を経由して内モンゴルの満州里に行きました。小さな街だけホントに人々が優しくて楽しかったです。両替でトラぶって、某大手のホテルのフロントの方に聞いたら一緒に銀行まで連れてってくれて今じゃ友達になりました。
今年の年末はハルビンと漠河に行きます。マイナスの世界だけど気合いれて行ってきます。

まゆさんのステキなブログまた更新待ってます。

Re: お久しぶりです

由紀さん、こんにちは!
満州里へ行ってきたんですね、実は私の友達の故郷で今すごく行きたいところの一つなんです。
いいな~!そんな話を聞いてますます行きたくなりました。
そういう出会いっていいですよね、旅先って人の温かさが身に沁みます。さらに友達になってしまうなんて。

年末にハルピンですか、極寒ですね。
飛行機の心配があるので冬季の旅行はそういう場所を避けています。
でも、できることなら冬にこそ行ってみたい。
雪に埋もれたロシア建築、風情あるんだろうな。
私も年末には中国に。黄山周辺を予定しています。
プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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