2016-10-13

銀川旅行三日目~その二~

承天寺塔をあとにして、急いでタクシーに乗った。
なぜ急いでいるかというと、今日は市内観光のあとに黄河を見にでかけたかったからだ。
昨日行動を共にしたリーさんは都合が合えば付き合ってくれるということで、次の目的地“海宝塔寺”に着き連絡をとってみた。
しかし、シャンさんの時間が合わず車を出すことができないそうで、黄河まではやはり一人で行くことになった。

16092417.jpg

海宝塔寺は、別名北塔。
旧市街北側に位置する。少し街はずれといった感じだ。

先ほど街中で購入した梨と小さなリンゴ。
それらをかじりながら歩く。
向こうにはもうここから仏塔が見える。
入場料は20元。

16092418.jpg

ここでチケットを購入して入場していくのだけど、この入り口からして目を惹きつける。
たいてい中国の観光地、寺院仏閣を含めて入り口は雰囲気を演出してはいるもののそこから重要文化財であることはそう多くはない。
けれど、ここのは入場門からして当時のすがたそのものだった。
屋根の細工は細やかで、中央で瓦は色を緑に変えて模様を作り出している。

16092419.jpg

三間一戸の両側には仁王像、ではなくて石の彫刻があった。
彫刻は見事で、けれども何を表したものなのかはわからない。
かつてはこの空間には仏像が収められていたのだろうか。

16092420.jpg

内部に入るとさっそく左右にこのように古い建築物。
時間がないので近寄ることなく先を進んだけれど、鐘楼か何かだったかなと思う。

正面にあるお堂を横に抜けるとその先に仏塔がそびえていた。

16092421.jpg

圧倒的迫力と安定感があるな、と感じた。
この海宝塔、創建年代は不明で、5世紀初め五胡十六国時代に夏の国王・赫连勃勃が再建したものだという。
ちなみにこの夏の国というのはタングート族が起こした西夏よりも先に「夏」を名乗っていた別の国。
5世紀初めに再建されたのち、清代の地震により倒壊、乾隆時代1778年に再建。
現在のものはこの清代に再建された姿だ。

16092422.jpg

高さは54m、四角形9階建て基層と最上層を含めて11層。
内部は9層までは登ることができるそうだが、非公開となっている。
登れないのは残念だったけれど、この塔、下から見上げるだけでもとても充実した気持ちになった。
各層、片面にそれぞれ三つの窪み(中央が窓で、両脇は仏龕?)がある。
中央が突き出た形になっていて、それが四角形の塔を重厚に見せている。
装飾的要素はあまり見られないが、堂々として美しい塔だな、とため息がでる思いだった。

16092423.jpg

頂部の緑が唯一の色彩。
こういう冠のようなかたち、色彩を持ったものは珍しいように思う。
イスラムの緑と同じなのは偶然だ。そもそも宗教が違う。
けれどもこの地にはこの緑がよく似合う。

16092424.jpg

塔の裏手にはまだ仏殿が続いている。
奥には臥仏像が安置されている仏殿があった。
巨大で黄金の臥仏像だった。

16092427.jpg

防火の水桶には鳩。
鳩にとってはここは水飲み場のよう。
落ちたのか水浴びしたのか、濡れてぼさぼさになった羽。
なんだか平和な風景だった。

16092425.jpg

この海宝塔寺の裏手は、原っぱが広がって長閑。
銀川はすっかり現代の街だったが、そんなに大きな街ではない。
ちょっと外れへ出れば、建物もまばらで静か。

このあととりあえずホテルまで戻り、そこから黄河へ行くためにタクシーを停めた。
リーさんに、
「黄河へ行きたいと言えばいいのかな?」 と訊いていた。
というのも、黄河は長い長い川なわけだし、そのどこの場所へと指定しなくて大丈夫かなと心配になったのだ。
***大路へ行きたい、と言ってもタクシーの運転手さんは納得しないのと同様に。
けれど、そう言えば問題ないとのこと。
この近辺で黄河を見れる場所というのはだいたい限られてるのかな。
そういうわけで、タクシーに
「黄河まで行ける?」 と訊いてみると、
「二時間で200元」 とのこと。
昨日は12時から夜遅い時間までで400元だったので、それがサービス料金だったとしてもこのタクシー高い感覚は否めない。
けどこの運転手話が通じる感じではなさそうで、でも銀川にきてタクシーは多いものの乗客を乗せているのばかりで捕まえにくくて困っていたので、そのまま乗ってしまった。
このタクシー、悪い人ではないとは思うがちょっと癖があるというか、自分との相性はよくないな、とは思った。
中国は方言や訛りが強いので、聞き取れないというのはよくあることだ。それプラス私の語学力の低さがある。
けれども、この運転手の話は訛とかそういうのではなくて、なんというか、とにかく聞き取りにくいので向こうはさかんに話しかけてくるが、私は途中で嫌になってしまった。
それでも、「向こうへ行けば黄河がよく見えるよ」というので、任せることに。

16092426.jpg

車はそのうち、大きな橋を通過した。
「黄河大橋」だ。
すでに日は傾いており、右手に見える黄河はまぶしく光っていた。

16092428.jpg

おそらくこの橋からの眺めが一番いいのだろうけど、あいにくこのようにちょうど欄干が川に重なり、見えない。
この欄干を過ぎると、壁が遮りまったく見えなくなった。
せっかくの黄河大橋、なぜもっと眺望を配慮しない?
景色に見惚れて注意散漫にならないように?
この欄干のところで車を降りて黄河を眺めている人たちがいた。
「向こうにもっといい場所があるから」
運転手はそう言う。

橋を降りて、車が向かったところは。

16092429.jpg

“黄河軍事文化博覧園”。
なにかはわからないが、確かに向こうには黄河があるみたいだった。
私はこの施設には用はないが、黄河を見ることができるのならば少しお邪魔しよう。
運転手は言った。
「時間は20分だけ。20分たったら出発する」
でも、それでよかった。
黄河をちょっと見るだけなのだから。向こうにある黄河を見て戻ってくるのに20分はぎりぎりくらいだった。
「今、4時半、だから4時50分だね」
私は確認した。
ところが、チケット売り場にて。
入場料が思ったより高い。
60元、それから電動カート代15元。
「電動カートはいらない」
私はそう言った。なぜなら、ちょっと入ってそこまで行くだけだからだ。
ところが運転手は「これに乗ってまわるんだ、そうでなければ時間かかる」とわめくように言う。
60元だけでも、ちょっと見るにしてはすごくもったいない金額だけど、もう面倒になって75元を支払った。

ところが、問題はここからだった。
入場口にて、「じゃあ50分にここで。待っててね」
そう言って向かおうとすると、運転手はまたわめき始めた。
「先にお金払って」
私はこの運転手にわずか不安要素を感じていたので、先に帰られたら嫌だと思い、
「お金は帰りに払う。今は払わない」 といった。
「金、払え!」
言い方が不快な言い方に変わった。耳をふさぎたくなるくらいの大声でどなる。
「最後に払う。20分後でしょ、待っていて」
「金、払え!!」
他にもまくしたてるが、舌ったらずなしゃべり方は、単語すら拾えなく何を言っているのかざっぱりわからない。
「なに言ってるかわからない。50分に出発でしょ、時間がなくなる」
「金、払え!!」
「私はあなたが先に行ってしまうのが心配、後で必ず払う」
この辺りはタクシーを拾うことは不可能なようだった。なければ呼ぶしかない。
「金・払・え!!」
私は嫌な感情でいっぱいになり、カーッとなった。
おそらく、普通の言い方をして言ってくれればお金は払ってもよかったが、言い方が嫌だった。
なんでこんな大声で何度も何度も怒鳴る。
私は悔しい気持ちで半額の100元だけ渡した。
「こうやって話しているうちにもう時間なくなった、そうでしょ!」
カッとなり言葉にならない言い方でそう怒鳴り返した。
中国人とのやり取りで、たとえ問題が生じたり不快に感じることがあったとしても、私が大声で怒鳴り返すことはまずない。
なぜなら、たいてい自分が気持ちで負けてしまうし、また怒鳴り返すだけの語学力がないからだ。
けれど、怒鳴り返すぐらいの負けん気がなければ中国ではダメだ。
8月のクチャ旅行でも、強気は必要だと実感したばかりだった。
でもこの時はそこまで考えていない。ただ、感情的になっただけだった。
200元と75元が、これではもったいないよ。
もうこの人とは話したくない、そう思って、入場口にいる係員たちの方へ助けを求めるように駆け寄った。
軍事博物館ということで、係員は警察のようなかっこうをしていて頼もしそうだったのだ。
強そうな感じのおじさんと賢そうな女性が二人。
彼らは私のやりとりを見ていてわかっていたので、近づくと笑顔を見せた。
「この人たちならわかってくれそう」
そんな風に感じ、安心したら泣きそうになった。
金払えと何度も何度も怒鳴られて気分はすっかり滅入っていたのだ。
「あの人の言ってることわからない、お金払えというから払ったけど、もう時間なくなった」
自分でもなに言っているかわからない。
まるで子供のようだと、自分でも思った。
彼らは笑顔でこう言った。
「私たちが案内するから安心しなさい」
理性的な言葉を聞いて、私もようやく落ち着いて時間を気にせず入場することにした。
彼らが仏に見えた。
「ここで待ってるから大丈夫だよ」
運転手がそう言ったのが聞こえたが、私はもうそちらを向きたくなかった。

入場してしばらく歩いていくと、電動カートがあった。
お客はほかにいなかったので、おじさんと私だけが乗車して電動カートは園内を進んだ。

16092430.jpg

軍事博物館だというが、園内にはあちらこちらにこんなふうな展示物?があり、色合いは賑やかだった。
それぞれは軍事的なものを演出したものだったが、どうしてか楽しい雰囲気だ。

電動カートはやがてある展示館の前で停まった。
その入り口には女性がいて、どうやら無線で私の到着を聞き待っていてくれたよう。
おじさんと交代して、彼女が今度は私についてくれる。
建物の中は、世界の軍艦に関する展示だった。
ドイツやらアメリカやら、各国の軍艦に関する説明が一つひとつされている。
彼女は、一つひとつ説明して回ろうとしてくれている。
「ちょっと待って、私は黄河を見にここまで来たの」
そう言うと、彼女は少し驚いた。
すぐに再び電動カートまで戻り、「彼女、黄河が見たいんだって」 そうカートの運転手さんに伝える。
彼女も一緒に乗り込んで、カートはわざわざ黄河が見える場所まで行ってくれた。

16092432.jpg

遊歩道のような場所があって、そこから広がる黄河を望むことができた。
向こうには先ほど通過した黄河大橋。

16092431.jpg

「向こうまでどれくらいあるの?」
そう訊いたら、少し違うふうに伝わったよう。
「黄河は5000㎞あるよ」
黄河の全長を教えてくれた。
「そうじゃなくてね、ここから向こうまでどれくらい幅があるの?」
そう再び尋ねると、彼女も答えを持っていなかったようで、電動カートのおじさんに訊いた。
「600mあるよ」
思ったよりも、ない。
黄河はうねうねとカーブを描き方向を変えながら、中原まで続いていく。
ここ銀川ではちょうど、南から北へ黄河は流れる。

「中衛市の沙波頭へは行った?」
彼女はそう私に訊いた。
昨日、リーさんが写真を見せてくれた、あの砂漠の中を黄河がとうとうと流れる美景の場所だった。
その夜、拉麺店で知り合ったヤンさんもそこを「銀川に来たら必ず行くべき場所だよ」と勧めてくれた場所でもあった。
彼女までその場所を口にするなんて、私は残念でならなかった。
けれどどの道今回は時間がなかったのだ。
「時間がかかるんだよね」 私がそういうと、
「そう、行くのに3時間かかるよ」 彼女もそう言った。

「ここからでは黄河があまりはっきり見えないね」
川は平面を流れるものなので、横から見てもはっきりその姿を捉えることができない。
当たり前のことだけど。
「そうだね、あの橋の上からきれいに見えるよ」
そうなのだ、でも、欄干が邪魔だった。
帰りにもう一度チャレンジしてみよう、そう思った。

黄河を見終えて、「どうする?向こうも見ていく?」彼女はそう訊いてきた。
せっかくなので、少し見学していくことに。

16092433.jpg

向こうには軍艦が一艘展示されていた。実物だ。
この黄河軍事文化博覧園の主役のよう。

16092434.jpg

黄河の流れがここまで入り込んでいるのか、こうして見ると大海を進む現役の軍艦のように見えた。
女性と一緒に乗り込む。

ここがレーザーで、ここが厨房で、そんなふうに一つひとつ説明してくれる。
この軍艦ー銀川艦、1970年に建造されて2012年に引退したものなのだそう。
初めて自国で開発されたミサイル搭載式軍艦なのだそう。
全長132m、幅12.8m、高さ29m。
銀川は内陸の地だ。
それなのに海で活躍するはずの戦艦がここにあるのが不思議だった。
「引退して故郷へ帰ってきた」
そう書いてあったので、もしかしたらここで開発され黄河を通って海へ渡ったのかもしれない。

16092435.jpg

ここが船の先っぽ。
映画・タイタニックが流行したのはもう随分前になるが、こういう場所を見ると未だにそれが浮かんでくるからすごいものだ。
でもこれは観光客船ではなく、軍艦だ。

16092436.jpg

これで敵を狙う。
途中二組ほどの観光客とすれ違った。
彼らは私を見て、「日本人なのか?」と付き添いの彼女に尋ねた。
そのたび彼女は答えにくそうに、小さな声で、
「日本人、旅行で来た」 と答えた。
質問した人たちには、私から見ても日本人を嫌がるような感情が見てとれた。
彼女は私を気遣っているように見えた。
普段旅行をしていて、反日感情に出合うことはそう多くはない。
けれども軍事関連の場所となると、やはり反日感情が出るものだろうか。
いずれにせよ、彼女はとても優しかったので、気遣いは嬉しかった。

意図せず軍事博物館へやって来た私ではあったが、それでも色々気にしないわけではない。
ひょっとして、この軍艦で日本と戦ったなんてことはないよね?
その時にはレーザー搭載なんてのも知らなかったので、そんな風に思い、それで年代を訊いてみたものだったのだ。
1970年。
そう訊いて安心。それならば、日本とは戦っていない。

その後、この銀川艦を降りて、先ほどとはまた別の展示館に入場した。
彼女は軽く飛ばしながら、説明をしていく。
ここは銀川艦の歴史などの説明から始まって、中国の軍事について展示したところだった。
武器などか展示されていたように記憶するが、あまり写真を撮るのも気が引けて、というのは彼女はそうは思わなくとも誰にどう思われるかはわからないから、あまりじっくりとは見なかった。
お客はまったくいないはいなかったんだけれど。

ゲームが二つあった。
ひとつは、海の上を次々と敵船が横切り、それを狙って打つもの。
もうひとつは軍艦を操作して、岩などを避けて進んで行くもの。
「ゲームだよ、やってみる?」
そう言って彼女はやり方を教えてくれる。
とりあえず、やってみた。
敵船を打つゲームもなんだか初めはためらいがあったけれど、こういうのって本能なのか気づけば本気になってやっていた。
軍艦を操作するのはまったくダメで、「違う、こっちこっち」と彼女はアドバイスしてくれたが、すぐに岩にぶつかり終わってしまった。センスはゼロのよう。

16092437.jpg

展示館を出ると、地面にはブロンズで中国の地図が埋め込まれていた。
海の上には赤いラインが示されている。
南沙諸島の問題を思い出した。
赤いラインはみごとに中国が主張するエリアを囲んでいた。

16092438.jpg

歩いていくと、かつて使用されていた軍用飛行機や戦車がいくつも展示されていた。
その飛行機の羽の上に乗り写真を撮る観光客も。
私はどちらかというと兵器とかそういうものに興味を持たないし、物騒なのでどちらかというとあまり好きではない。

それぞれの戦車に中国語で説明が書かれていた。
それを見て彼女は、
「日本語ないね」 と残念そうに言った。
「この博物館に来る外国人は多いの?」 そう訊いてみた。
「いないよ」
中国に来る外国人はみな北京へ行く。ここは北京から遠いから外国人は来ないんだ。
彼女はそう話した。
西夏王陵を訪れる日本人は少なからずいるだろう、けれどこの軍事博物館を訪れることはあるまい。
寧夏の美しい自然や歴史に惹かれて訪れたのであれば、こうした軍事展示はまったくの方面違いだ。
そう思ったけれど、
「外国人はここを知らないしね」
私はそう付け加えた。
もし予めこの場所を知っていたとしても、私はこの場所を行先に選ばないだろう。
だから、成り行きでここを訪れることになり、こうして親切な人たちにお世話してもらったのには何か縁を感じた。
ずっと付いて回ってくれた彼女はとても親切で、タクシーで気が滅入っていたことの反動ですごくありがたくて感動していた。
彼女は私が一人で中国をあちこち旅行をしていると話すと、すごいと褒めてくれた。
お礼に持っていた日本のお菓子を渡すと、とても喜んでくれた。

入場門へ戻ると、運転手はそこで待っていて、
「お金もらったんだから待つに決まっているじゃないか、心配する必要ないのに」
と笑ったが、私は笑えなかった。
お世話になった係の人たちに最後のお礼を言って別れた。

再び車に乗り、黄河大橋の上で少し車を停めて欲しいとお願いした。
「橋の上で車を停めると罰せられるからダメだ」
運転手はそう言った。
「さっき停めている人いたよ」
「あの人たちは写真撮ってたんじゃない、ちょっと見ていただけだから」
そう言いつつ、私の気分を考慮したのか、「少しだけ」と停めてくれた。

16092439.jpg

これが、見ることができた黄河の風景。
美景とまではいかないがこれが限界だ。
次回はみなが勧めてくれた沙波頭へ行ってみよう。

再び車を走らせて、運転手は言った。
「2時間の約束だったが結果3時間になった。本来であれば増額しなければいけないが、増額はしないよ。喜んでもらえたならそれで十分」
けれどそんなに感謝する気持ちは湧き上がってこない。
そもそも初めの200元が少し高めに感じたものだし、実際3時間なんてかかっていないからだ。
先ほどの怒鳴り合いが嘘だったみたいに、ご機嫌な様子で、別れる時には握手まで求めてきた。
私は正規タクシーで失敗したなと思うことはほとんどない。
不快な思いをしたこともほとんどない。
ただ、色んな人がいるのでこういうこともあるだろう。

タクシーと別れて、夕飯探しに街を散歩してみた。

16092440.jpg

こちらはヒマワリの種のお店。
日本人には驚きだが、中国ではヒマワリの種は食べ物。
このお店にはいくつもの種類のヒマワリの種があり、この炒り機で加熱するよう。
お店の女性に「写真撮っていい?」と訊くと、笑顔でOK。

16092441.jpg

こちらはケーキ屋さん。
最近では都市部を初め、随分おしゃれなケーキ屋さん、洋菓子屋さんが増え、中国も変わってくなと実感する。
だからこういうザ・中国みたいな昔ながらのケーキを見ると少し嬉しい。
日本よりも派手で色味が強いケーキが中国らしい。
一度食べてみたい。

銀川に来たら買って帰りたいのは、枸杞(クコ)。
ここの特産で、いたる所でこれを売っている。
街を歩けば、枸杞、枸杞、枸杞、こんな感じでどこで買えばいいかわからないほど。

16092442.jpg

あるお店に入ってみた。
お店の女性は親切で、「先生が枸杞が好きでお土産に買って帰りたいんだけど、どれを買っていいかわからない」と言うと、相談に乗ってくれた。
これは一番いいものだから、そのまま食べるのがお勧め。
これは料理に使ってもOK。
袋を開けて、ひとつくれた。

買うものを決めてふと横を見ると、「八宝茶」なるものがあった。
実は銀川に来てからすでに何度も目にしていた。
小袋に包装されており、一袋一回分。
中には、氷砂糖、紅棗、桂圓(龍眼)、干し葡萄、枸杞、ドライフルーツ、茶葉、胡麻。
枸杞が入ったものには枸杞八宝茶という商品名がついていて、このお店には枸杞が入ったものとそうでないものとがあった。
せっかくなので枸杞八宝茶を購入。
健康によいお茶であることは間違いない。

16092443.jpg

気づけばもう辺りは真っ暗だった。
銀川の夜景は、中国らしさいっぱいですっかり好きになっていた。

16092444.jpg

例えば、こんなふうな。
中国の真っ赤な提灯の向こうに見えるネオン。
古き良き中国のど派手ネオンだけど、そのてっぺんには小さな三日月。
ここが寧夏だという証だ。
このように一見気づかなくても、よく見るとモスクを象ったスライム型など、中国とイスラム文化が融合した風景になっている。
それが独特の雰囲気を持っていて、だから中国なのにどこかお話の世界にいるような、不思議な感覚があって新鮮だった。
新疆ウイグルは同じくイスラム文化圏だけども、このような中国色はほぼないに等しい。こんなネオンもない。
寧夏は西域だといっていいしイスラム教徒が暮らす地域だから、新疆と似たような場所かな、と思っていた。来るまでは。
けれど、全然違う。
ここにはここの「色」があるな、と思った。
それをどう表現しようかずっと考えてきたが、答えは出ていない。
次にまた寧夏を訪れるときの宿題にしようかと思う。

歩き回っていると、もうあちこちで夜市が展開されていた。
そこらじゅうがお祭り状態だ。
賑やかで、どこまで行っても屋台が尽きない。

16092445.jpg

ウイグル族らしき人の売るハミ瓜。
一本2元で購入した。
これが次から次へと飛ぶように売れていく。

16092446.jpg

ここ独特だな、と思ったのはこうした屋台。
各地で見るのは赤い屋台が多いかなと思うが、ここのはみなこのように緑。
清真(ハラル)の証だ。
ここはほとんどがイスラム教徒のため、清真を意味する緑の飲食店や屋台が多かった。
こんなに緑の屋台がずらりと続くのは初めての経験だった。

16092447.jpg

本日最初に観光した、南関清真大寺。
電飾がきれいなこの建物はなに?と思ったら、昼間に見たモスクだった。

16092449.jpg

カラフルな電飾がどこまでも続く。
それらは目まぐるしく色彩を変え、とても忙しそうだ。

16092448.jpg

ここにもまたヒマワリの種。それからナツメなど。
ポン菓子のようなものがあって、それを作ると思われる古びた機械のようなものがあった。
日本ではもう見かけないよな、そう思って写真を撮ろうとすると「写真ダメ!」と言われてしまった。
でもここのはお米ではなかった。

さて夕飯は何しようとずっと迷ってきた。
昨日の火鍋を食べたいのが本音だったけれど、それではつまらない。
そこで、老舗レストランのような立派なところに入ってみた。
その名も仙鶴楼。

16092450.jpg

中国にはよくこうした雰囲気のレストランがある。
私はこういうところも大好きで、一人でも平気で入店する。

一昨日の銀川に到着した夜、リーさんにここの美味しいものを訊いたところ、
「手抓羊肉でしょ」 と返事が返ってきた。
手づかみで食べる羊肉だ。
ではそれにしようと注文する時に、「食べきれないから」と量を半分にしてもらえないか頼んでみたがダメだった。

16092451.jpg

奥のが、その手抓羊肉。
蒸した羊肉はほろほろと柔らかで簡単に骨から離れた。
肉質はよい。さすが老舗だ(多分)。
それを、酢につけてもいいし、添えられた味付き塩で食べてもいい。
私は断然この味付き塩派だった。
かなり、美味しい。
だが残念なことにやっぱり食べきれない。

汁ものが欲しいと、酸湯素揪麺というのを頼んでみた。
平打ちの麺を細かくしたものだ。
美味しいけどこれも食べきれない。
すぐ横のテーブルのお客が覗き込んで「これなんて名前?」と訊くので教えると、速攻で3椀注文していた。

お供のお酒は、枸杞酒にしてみた。
お酒どれにしようと悩んでいたら、注文係の女性がこれを勧めてくれた。
私にとって枸杞のお酒は初めて。
ワインよりも口当たりがよく飲みやすいと感じた。
梅酒や杏酒のような甘ったるさはなく、ワインのように渋さや酸味など主張する味覚がない。
けれども軽すぎるわけではなく、芳醇な味わいがあり気に入った。
1本98元とのことで、ここでお土産に買い2本持ち帰ることにした。
けれどその後、残念なことに1本は空港で割ってしまった。

中国には私が好まない味覚、料理も少なくない。
けれども、時間がかかろうとお金がかかろうと、現地まで行って食べたいと思わせるものもまた数多い。
日本では絶対に味わえない味覚。
中国をまだ知らない日本人の多くが知る「中華料理」との距離がありすぎて、説明することができない。
それらはまったく別物だ。
今回の旅行の収穫のひとつは、口にしたものがすべてうなるほど美味しかったことだ。
冒険して失敗することも少なくない。
そんななか、今また食べたいくらいどれも美味しかったのは嬉しいことだ。
といっても滞在時間が短かったため、この地の食の一部すら知ったとは言えない。
三度の牛肉拉麺に火鍋では。
もし叶うならば、せめて一カ月くらいここに滞在して、寧夏菜を片っ端から味わってみたいものだ。

16092452.jpg

ホテルへの帰り道、玉皇閣から向こうに鼓楼を見て。
明日は7時45分発のフライトで北京へ戻る。
遅くとも5時には起きないといけない。
昨日購入した西夏王ワイン。
残念だが諦めて日本へ持ち帰ろう。


クリックしていただけると励みになります☆
↓↓↓
にほんブログ村 旅行ブログ 中国旅行(チャイナ)へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

凄い!!

 今まで反日感情を感じずにこれだけの地区を旅行出来たのは、ある意味奇跡にも近い事だと思います。僕の経験からすると地方に行けば行く程に無知な愛国主義者もどきに出会うことがあります。老婆と結婚する前に寝台車で北京から長沙に行く途中で同室となった中年の中国人男性に国籍を問われ答えに苦慮していると彼女が日本人だと迂闊に答え「おまえは日本人がどんな民族か知っているのか!」と凄まれたことがありました。
 まずいなぁ、と身構える僕を押しのけ「私は高校、大学と日本文化と言語を専攻してきた。だからあなたより日本の事は知っている。あなたが言いたいのは戦争のことでしょう。そんな事は当然知っている。けど、私も彼も生まれる以前の事で私たちには何も関係無い。それに今の日本はあの時代とは全く違う!!」と毅然と言い返しました。その後、少し会話を続けるも圧倒的な教養の違いに降参したのか彼は布団をかぶって寝てしまいました。

 僕は老婆に「僕が日本人である事を迂闊に話してはいけない」と諭すも納得がいかぬと涙目になるので「自ら危険を招く真似は愚かしい、それに、あなたに何かがあれば僕が後悔するから理解して」と言うと小声で「何も間違っていないし、私は日本が好きで沢山勉強してきた…」と泣いていました。
 彼女も幸か不幸かそれまで反日を身近で感じることはありませんでした。しかしながら、その現実がある事をこれがきっかけで知ります。

 僕は2010年以降の反日暴動を身近で経験しているので彼等の負の感情も知っています。しかしながら、その逆も知っています。日本人が持ち合わせる他を許す文化は半島人や中国人は少なく、更には政治的な思惑手で常に醸成されています。
  ただ、半島人と比べると中国人には救いがあります。彼等の中に左右されぬ視点を持つ良心的な人が必ず存在する事実です。中国は曇りなき眼で真理を見極めようとした人物を輩出してきた歴史があります。その身近な例は戦後の残留孤児を敵国の子と知りつつ守り育てくれた人の存在です。日本人はこの事実を忘れがちですが、僕はここに希望の光があると確信しています。
 ただ、短期的に見ると希望だけに溺れては現実の中国で痛い目に遭わされるのも事実であり、常に細心の注意も必要です。

 今回、運転手とのやりとりは、まゆさんにとって試練であったと思います。しかしながら、軍博物館の職員を背に身を守りつつ、ある一定の主張をした経験は、この先、中国人と対峙する際には絶対に役に立つと断言できます。そしてもう少し賢い立ち回りもできると思います。
 軍関係の博物館に限らず博物館は、基本は公務員なので、その場で外国人に危害が及んだり、まして女性に危害が加えられ可能性は低いと言えます。逆に保護してくれる公算が高いです。
  
 僕なら、まず運転手を無視して窓口に行き「私は外国人の旅行者です。彼の言っていることがわからない。今、この奥にある黄河の写真が撮りたい。直ぐに戻って空港に行くので、彼に待っていて欲しいと言って欲しい」と言えば助けてくれるはずです。
 ただ、このやり方はこのシュチュエ-ションのみ有効な手段で外は常にケ-ス事に対応しなくてはなりません。老婆は「私ならそんな運手すぐバイバイします。窓口にたのんでタクシ-呼んでもらいます」と怒っていました。
 その運転手の口を塞ぐ手段は沢山ありますが、一番は「わからない、ちょっと待って」と助けを呼ぶのが一番だったと思います。

 心穏やかに旅はしたいと思うのは当然ですが、そこは異国の地、時には戦う気構えも必要です。そうすることが自然と自分を強くし、隙がなくなるのだと思います。本当に頑張ったと読んでいて思いました。

Re: 凄い!!

運転手トラブルもいつものことも、自分にも責任があるんですよね。
通じない相手にいらいらする気持ちもわかるし、めんどくさいのもわかります。
これはモラルとマナーの問題とは別の話ですが…。でも行く先々で色んな人に面倒かけているのは事実なんですよね。
多くの人は親切にしてくれるけど、面倒としか感じない人もいる。日本もそうです。

反日感情に出合ったことがほとんどないというのも、実は語学力がないから気づいてないということもあるかも知れません。
戦争の話や日中の関係がよくないことを振られることはたまにあるのですが、わからないという態度をすればそれ以上はないし、私はいつも中国が好きだということを言いながら旅行をしているので、ほとんどの場合友好的にしてもらえます。
ただ、以前のような反日暴動に出くわせばそこに理性はないですから、そこで通用するとも思いません。
今まで平気でやってこれたのは今後も大丈夫だというなんの根拠にもならない。
やっぱり語学は自分の身を守る為に必要だなと思うけど、もう全然勉強してない…。

それでも「わからない、ちょっと待って」だったら言えますよね。
ちょっと自分が情けないですね。
それに旅行先に連絡先を交換している人がいるパターンも少なくないので、最悪そういう人たちに助けを求めることもできる。
極力無難に事を済ませようとして、結果無難になってない。
柔軟に色んな選択肢を思いつけるようにならないとです。
海外にいるときには私、日本にいる時以上に頭が固くなっているということに気づきます。
選択肢がいくつか浮かんだとしてもなにが正解かわからなくなってしまうという心理もあります。
けど、毎度いろいろ勉強、経験になって満足しています。

それにしても、奥さん情が厚い方なんですね。
中国人という立場で日本のことで涙してくれる人というのは思い出してみてもなかなかそこまでの人というのはいないです。
私の中国語の先生もそうなんですが、日本のことをよく理解している中国人の存在というのを、個人的にもすごくありがたいなと思うし、日本と中国の関係においても貴重な存在だなと思っています。
そういう理解とか気持ちというのは、得ようとして得られるものではないし、一朝一夕のことでもない。

昨日まで金沢に旅行に行って来ました。
そうしたら前も後ろも横も、中国人観光客だらけでもうびっくりしました。そこらじゅう中国人でした。
金箔ソフトにはしゃいでいたり、着物を着て自撮りをしていたり、そんなのを見ていたらやっぱり嬉しかったです。
テレビで偉い人が、日中友好とか中日友好とか言っていても、なんだか全然そんな気がしない。
本当の友好って、小さくてさりげないところに落ちていて、そこから始まっていくんだと思います。
そこに深い理解とか感情とかまではお互い求めることはできないけれど。

一方で私の周りには中国のことをひどい言葉でののしる人も少なくありません。
中国人が日本人を嫌っている、ということばかり日本では言われるけども、私はそちらが目につく。
でも、中国をののしる人の多くは対して深く考えないで言っているのかなとも感じます。
友好って"互相"であって初めて成り立つと思います。
中国人が思う存分日本を満喫しているのを見て嬉しくなり、日本人が中国人をののしる言葉を聞いて悲しくなり、複雑な気持ちになりました。
プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
最新トラックバック
クリックしていただけると励みになります↲