2016-10-13

銀川旅行四日目

2016年9月25日、まだ暗い中ホテルをチェックアウトして、銀川空港へ。

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7時45分発、中国東方航空 MU2121便で北京首都空港へ。
銀川ー北京間、空路で約2時間。
あっという間に大都市北京で、銀川で過ごした時間が嘘のよう。

ここ北京でひとつ、用事があった。
7月に友人を通して不要な中国スマホを譲ってもらった。
ところが旅先の秦皇島でも北京の携帯ショップでも、私が求める契約ができなかった。
そこで、北京首都空港のお店で手続きすることに。
到着したターミナル2の中国移動のお店には店員さんが一人。
条件を説明したら、ものの5分で契約が完了してしまった。
私は知らなかったが、外国人の、つまりパスポート処理が要る手続きができるお店はごく限られるのだそう。
私の条件は三つ。
同じ電話番号を使い続けること。
月額使用料がもっとも安いもの。
インターネット不要。
これで無事契約完了。
月額5元、通話料は0.35元/分。安いものだ。
ところが、日本に帰ってからあるうっかりに気づいた。
海外対応で契約しなかったのだ。
心当たりはあり、私が聞き間違えた。
日本でショートメールを受け取ることができないため、電話番号を使ったあらゆる処理が日本でできないことがわかった。
ここから先は次回だ。
なんとも要領が悪いが、これでよい。
私にとって、中国旅行は毎回「初めてのおつかい」なのだから。

ここ北京でもうひとつ、目的があった。
8月のクチャ旅行。
新疆ウイグル自治区クチャ郊外、天山神秘大峡谷。
大自然の真っ只中で、ある北京人の男性と知り合った。
彼はずっと昔に日本に暮らしたことがあり、話は弾み友達になった。
その男性、ワンさんはこの日北京市内で友達の娘さんの結婚式があるとのことで、状況を見て会えたら会おうという話になっていた。
私の時間もかなり厳しいものだったが、携帯の手続きを終えて連絡をしてみると、まだ式場にいて抜け出せないとのこと。
残念だけれど、またの機会に。
旅行の度に、交友の度に、また会いたい人が増えてゆく。

時間がぽっかり空き、空港にいるのはもったいないので、やっぱり予定通り北京市内へ出てみることに。
チェックインカウンターはまだ開いていなかったので、荷物預け場所へ荷物を預け、地下鉄へ乗りこむ。
時間はない。
駅下りてすぐ観光できる場所でないと帰りのフライトに間に合わない。
行きには地壇公園を観光したが、今度はちょっと違う場所に行きたい。
ということで、胡同が多く残る、鼓楼・鐘楼エリアへ。

地下鉄2号線へ乗り換えて、鼓楼大街站で下車。
地上へ出て、「やっぱりここは大都市だ」と実感した。
もういっぱいの人。
現地の人。中国人観光客。欧米人観光客。

北京の地図もガイドブックも持っていないため、進むべきルートがわからない。
このエリアは二度観光したことがあり、通りがかったこともあったが、大都市は苦手だし胡同は迷路だ。
そのまま大通りを行き、勘で曲がる。

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北京は観光地だ。
古びた街並みはみな一様に、演出されている。
あちこちに古い民家を利用した、雰囲気あるカフェなんかがたくさん。
ただの街かどもなんだかおしゃれに見える。
胡同の名前を示す標識も、レトロな字体で雰囲気を演出している。

胡同とは、古き良き北京の風景だ。
かつてここが王城だったころ、一帯には迷路のような路地が入り組みそこで人々が生活していた。
その路地のことを、胡同をいう。
北京オリンピックを機に多くが取り壊され、現在ではその一部が残るのみだ。
その中でも、この鼓楼・鐘楼エリアは胡同の風景がよく残る場所として有名。
その為、北京を訪れる観光客のほとんどがここを訪れる。
人力車に乗り巡るツアーもあり、いつも多くの観光客でにぎわう。
しかし、観光地であるがゆえ観光客向けに開発されたり修復されたりで、風情がないという意見も。
観光客が多いので、ひっそりと静かな胡同本来の魅力はすでに失われてしまった部分もある。
それでも、北京の表情を覗いてみたいならば、ここは一度は訪れるべき場所だ。

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胡同には一つひとつ、名前がある。
けれども、そこに暮らす人を除いて、外部の人間からはどれも同じに見える。
胡同が迷路だと呼ばれる所以だ。
あの道を曲がって、この道を曲がって、この胡同を通り過ぎて…。
そうやって考えて歩いてきたつもりでも、迷ってしまう。
あれ?ここはさっき歩いた胡同だろうか、それとも違う胡同だろうか?
私もかつて、違う胡同で迷いに迷ったことがあった。
胡同はある種、とても排他的である。
よそ者を受け付けない。
現在このように多くの「よそ者」が歩き回ることができるのは、ここがすでに本来の意味での胡同ではなくなったからだ。
路地のかたちは変わっていないのになぜ?
それは、胡同とは単なる路地と路地の交わりではなく、住居の並びではなく、そこに張られた結界のようなものだからだ。
かつての人々にとって、生活はそのまま生死だった。
胡同とは、ここに暮らす人々が生きていく為に張った結界だった。
生活が変わり、環境が変わり、北京は世界に名を連ねる国際都市になった。
ここでかつての胡同が生き残っていくことは不可能だ。
現代の北京は、この排他的な結界の存在を許さない。

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くねくねと歩いて行くと、とうとう向こうに鐘楼が見えた。
前回ここに観光に来た時には、時間が遅く入場できなかった。
鐘楼と鼓楼は南北に並んでいる。
チケットは両方セットで30元。

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登り口の階段は恐るべき高さと角度だった。
高所恐怖症の私は、手すりにしがみつきながら必死で登る。

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上からの景色は気持ちがよかった。
すぐ南側には、鼓楼が見える。

この鐘楼、創建は明代で、清代に改修されている。
かつて胡同が胡同であった時代、この鐘楼の鐘の音でみなに時を知らせた。
実際に使用されていた銅製の鐘が今もここにのこる。
欧米人の観光客が夢中になってみていた。

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周囲にめぐらされた欄干は古いもので、その背景は現代の北京だったが、それでもよくなじんでいた。
摩耗したもの、模様がよく残るもの。
一つひとつの装飾にはばらつきがあって、それはそのまま時の流れを表していた。

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次は向こうの鼓楼へ。入場門には古い石碑が残る。

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鼓楼は鼓楼でも、銀川で見た鼓楼とはまったく印象が違う。
まるで紫禁城の中の宮殿みたいだ。
ここもまた登り口は急な階段。めげそうになるが必死で登る。

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この鼓楼、元代に建造され、太鼓を打ち鳴らすことで時を告げていた。
明清に改修を受けている。
階段を登り切ると、そこには破れた古い大太鼓が展示されていた。
かつてこの鼓楼には一つの大太鼓と、24の小太鼓が設置されていた。
24の太鼓は旧暦の24節気を表していたが、今ではその一つとして形を残していない。
ここに展示されていたのは、レプリカだ。
すべて1900年に八カ国連合軍が北京侵攻した際に、破壊された。
この破れた大太鼓は唯一姿を残したもの。
しかしこのように無残なすがた。刀痕も残る。

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鼓楼の上から南を望むと、まっすぐ先には景山が、そしてその頂には万春亭がかすかに確認できた。
あの山の向こうにはかつての紫禁城、故宮博物院があるはずだ。
そうしてさらにまっすぐと、天安門、そして天安門広場と続く。
みごとなまでにまっすぐだ。
この南北を貫くラインこそが、北京の中心、すなわち中国の中心だ。

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あのかすんだ景山の向こうには、かつてもっとも高貴なひとが暮らしていた。
王城を取り巻く胡同に暮らす人々にとって、あの山の向こうはどんな存在だったのだろう。
手の届かない雲の上の存在だったのか。
憧れだったのか。
それとも、そこに向けたのは負の感情だったろうか。
それとも、希望だったろうか。

ふたたび北京首都空港へ戻り、無事日本へ帰国。


銀川を旅先に選んだのは、ほんの気まぐれだった。
西夏王陵と西夏文字は確かに魅力だったけれど、他の数ある旅先候補を押しのけるまでの勢いがあったかというとわからない。

ひとつ言うならば、名前が好きだった。
銀川。
それはもしかしたら、太陽の光を受けてまばゆく黄河を表した地名かもしれない。
この地に移り住んできたタングート族は、黄河を見て白くて大いなる国、とその輝きを讃える名を名乗った。
けれど私がこの地名から連想するのは、輝く黄河ではない。
思い浮かぶのは夜空にまたがる銀河だ。
とうぜんのこと、銀川を訪れたことはないから、この地がどういう場所で、夜空がどんなかなんて知りはしない。
ただ単純に、地名からの連想だ。
けれどこうした意味のない連想もそう悪いものではない。
だって、輝く星々、流れるような銀河。
この地の回族文化にぴったりのイメージではないだろうか。

文字には不思議な吸引力がある。
魔力のように、人の感覚をコントロールする力を持っている。
私たちは知らず知らずのうちに、そうした文字の力に左右されていることがあるが、気づくことはない。
たとえば。
西夏文字は少なからず漢字の影響を受け作られていて、対応する漢字というのがある。
しかし、同じ意味を持つ文字であっても、西夏文字と漢字とでは持つ魔力が違う。
ゆえに違う文字なのだ。
同じ内容の同じ意味の文章があったとしても、それを示す文字が違えばそれは違う言葉なのだ。
同じ内容同じ意味であっても同じ概念ではない、その概念の違いを生むのがすなわち文字の魔力だ。

新たに西夏文字という独自の文字を開発した西夏王国。
彼らは宋からの独立を果たしたかったわけだが、その実、民族意識としてアイデンティティーの確立を目指したのではないだろうか。
中原の文化をうまく吸収した彼らだったが、大切にしたい民族精神というのはあり、それを文字に託したのではないだろうか。

そういうわけで、私は「ぎんせん」でも「yin chuan」でもなく、「silver river」でもまた西夏語の銀川でもなく、漢字の「銀川」という文字の魔力に引き寄せられた。
引き寄せられた結果、私はその文字の魔力を確信した。
そうして、私はこの街を好きになった。
気まぐれで訪れた場所が、これから何度も訪れる場所に変わる。
そのきっかけがこの銀川という美しい地名であったならば、そんなインスピレーションもそう悪くない。



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過去、現在、未来、それらはいつも同時に存在する。



〈9月22日〉
羽田北京 地壇公園 - 銀川  [銀川泊]

〈9月23日〉
玉皇閣 ー 三関口明長城 ー 西夏王陵 ー 賀蘭山岩画 ー 拝寺口双塔 ー 南門広場  [銀川泊]

〈9月24日〉
南関清真大寺 ー 新華清真寺 ー 南門広場 ー 承天寺塔 ー 海宝塔寺 ー 黄河軍事文化博覧園  [銀川泊]

〈9月25日〉
銀川北京 鐘楼・鼓楼 - 羽田


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 今度弾丸でイリ・ウルムチに行くのでネットを見ていたら辿り着きました。
 で、イリのことではなく、銀川へは2014年5月にカラホトに行った際、当時住んでた上海へ戻る経由地としてバスで10時間以上揺られて辿り着きました。ライトアップされた鼓楼が懐かしい。西夏王陵には時間が無かったので行かなかったのですが、せっかくカラホトには行ったんだから、今更ながら西夏王陵にも行っとけばよかったなと。。
 ちなみにカラホトがある内モンゴルアルシャー盟エジン旗へは旅行許可証が必要なので気を付けて下さい。私は知らずに行ってしまい、ホテルで公安を呼ばれて事情聴収をみっちり行われ、翌日一番のバスでこの地域から出ていきなさいと言われてしまいました。。

Re:

初めまして!
カラホト、もう数日あれば足をのばせるのに…旅行中ずっとそんなふうに悔しく思っていました。砂漠の中の遺跡群見てみたいです。
旅行許可証が必要なんですね、覚えておきます。
中国辺境はこうした類の問題がありますね。
外国人非公開地区も多く、それでも公開されるようになったりもして…許可証の話なんかも、状況がころころ変わるから行ってみて入れませんはあり得るだけに怖いですね。
シルクロードのラインは、私のように点で訪れるのではなく、訪問者さまのように時間をかけて移動で実感するのが醍醐味だと思います。バス10時間以上は大変でしょうけど私もそんなふうに旅行してみたいです。
プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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