2017-01-19

黄山旅行三日目~その二~

あとはほぼ下りになると思われた。
そう考えると気が抜けて、だらだらとこの白鵝嶺で休憩してしまった。
大きな荷物を背負っての登山だったとはいえ、あまりにも情けなかった。
中国の名山には登山客の偏りがない。
男も、女も。
子供も、大人も、お年寄りも。
本格派もいれば、買い物にでも来たのかと思うようなおしゃれした女の子。
ザックをしょっている人、ショルダーバックの人、手ぶらの人。
一人を決め込んでいる人、カップル、団体でわいわい。
そんなみんなを見て、いつも自分が情けなくなる。

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目の前には立派な黄山松が生い茂っていた。
腕を広げるようにしている。
ふと気づいた。
片方だけに枝が伸びた松が多いこと。
片半分には枝はほとんどなく、日が当たる方のみ伸びている。
松が集まっているからわかりにくいけど、そのようになった黄山松は多かった。
日光を受けるための松の工夫か。
横の松を避けて成長したのか。
それとも人為的な手が加わっているものかは、わからない。

下を見下ろせば、石階段がうねうねと下りている。

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そんななか、次々と階段をあがってくるのは運び屋のおじさんたちだった。
実は黄山で感動したたくさんのものの中のひとつが、彼らだった。

この白鵝嶺をあとにして一番下へ下りるまで、幾度も幾度も、彼らとすれ違った。
一本の竹の端に、提げられるだけ提げた荷物。
野菜からお酒から、何から何まで。
その上には自分の上着と水が乗っけられている。
それを肩に担いで、ゆっくり一歩一歩。その一歩が見ているだけで重い。
全身汗だくで、少し進んでは休む。
肌は日焼けで真っ黒だった。

天秤棒は登山道を塞ぎ、登山客がどいてくれなければ進むことはできない。
みなわかっているから、どの登山客も運び屋が近づいてくると、階段から脇に下りてその通過を待った。
おじさんたちも真剣で、
「どいて!」 と声を絞り出す時もあれば、
「行けない。進めないから先行って」 と息絶えそうな声を出して休む人もいた。

毎日これやってるんで、慣れたものですよ。
そんな感じかと思いきや、全然そんなことない。
毎日が戦いのようだ。
当然だ。担いでいる荷物が一体どれくらいの重さなのか想像したくもない。
山頂で必要なあらゆるものは、こうして運び屋が毎日運んだものだ。
帰りは帰りで違うものを持ち帰るだろう。
片道何時間もかかるのだという。
ロープウェイは?
物資を運ぶ場合はロープウェイ無料にして運べばもう少し楽になるのに。
運び屋の運賃がいくらかはわからないが、そうなったらそうなったらで、彼らの賃金が減ってしまうだろう。
見てみると若い人はあまりいないみたいだった。
みんなおじさんだった。
いつかはこうした仕事をする人もいなくなるのかもしれない。
山頂での宿泊や食べ物が高いとか、快適でないとか、これを見てどうして言うことができるだろう。

下山を再開してしばらくすると、右手を見上げている登山客がいた。

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近くには看板がある。
“天狗望月”。
その命名を見て、「天狗」を思い浮かべ?になった。
何が天狗?
これ、天狗ではなく犬(狗)が空に向かって吠えているように見える、というネーミングだったよう。
手前に生えている岩の上に、小さな粒のように見える部分。
隣りで見上げている登山客は、全然違う別の岩を見て、あれだこれだと言っている。
名前が付けられた怪石の中には、わかりにくいものも少なくない。
それなら人が名付けたものではなく、自分ならではの名前を付けてみるのもいい。
想像力をかきたててくれる怪石は、そこらにごろごろしているから。

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ある分岐点では、左が登り階段、右が下り階段。
下山方向は左。
看板の矢印は左に向いており、「登山线路」の“登”の字が“下”の字に上書きされて、「下山线路」に直されている。
たしかに、下山なのに登っていくのは変で、間違えて右に下る人はいるかもしれない。

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こんな下り階段がえんえん。

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こちらは振り返って。
次第に人も少なくなり、やがて一人になった。
気づけば右手には小さな渓流が見えた。
透き通るような水で、きれいすぎるのか魚がいる気配はない。

ここで小さな問題があった。
携帯の微信がほぼ不通になり始めた。
「つながりません」 の文字。
電波悪いのか?
でも繋がらないのは微信だけなのだ。
8月のクチャでも同じ事態が起こりすごく困った。
ミンさんからの、「今どこ?」という質問に答えることができない。

実は、このあと荷物を預けたホテルでミンさんと落ち合わなければならなかった。
ミンさんを紹介してくれた新疆のロンさん。
彼が私に送りたいあれこれの品と、私に渡したいお金をミンさんに預けていたから、そこで受け取らなけらばならないのだ。
「今、徒歩で下りている。夕方にはホテルに着く」
かろうじてそう送ると、
「なんでロープウェイ乗らないの?時間がないから待てないよ」
どうやら、今もうホテルで待っているようなのだ。
ロープウェイ乗らないって、前から伝えてたんだけど…。
「荷物はそのままホテルに置いてくれればいい、お金はいつでもいいから工商銀行のカードに振り込んでくれればいい」
そう言うと、中国の携帯が鳴った。
が、バッテリーが切れる寸前で反応が悪く、出ようと思っても電話が反応しない。
「なんで電話通じない」
速攻でメッセージが続けざまに鳴る。
焦る私に、近くにいたおじいさんがよりによって突然話しかけてくる。
「そのカメラいいね、どこの?」
とても自由だ。
しかし、せっかく一瞬つながった微信はその瞬間ふたたび不通になった。
電話をかけ直すと、
「どこにいる?」
…わかるわけないよ。左は山、右は川、その向こうも山だ。
「わからない、右に川がある」
それだけ言った。
私の中国語レベルは非常に低い。電話であれこれ話して解決なんてできない。
音声も悪いし、状況も読めないし、表情も窺えないし、ジェスチャーは一切通用しないし。
コミュニケーションが全然とれていなくてミンさんが苛立ち始めたように感じたので、私は電話を切った。
「先に帰っていいよ」 そう送ると、
「いいよ、やっぱり待ってる」
そんなのを、繋がりにくい微信でやり取りしていると、もうそこはすでに登山口だったのだった。

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後山の登山口、“雲谷寺”。
休憩した白鵝嶺から6.5㎞の道のりだった。
時刻は15時半。

ここから、ミンさんが待つ湯口のバスターミナルまで向かう。
行きと同じ19元。
登山口から湯口までの間にも停車するので、このバスに乗る時には行先を告げるか、あるいは降りる時にそれを伝えなければならない。
「降りる所は自分から伝えてください」
バス内にはそんな案内もある。

無事に荷物を預けたホテルまで戻ったのは、16時過ぎだった。
「これ、どうやって持って帰るの?」
目の前にある大きな段ボール箱をさして、呆れるようにミンさんは言った。
覚悟はしていたことだった。
「彼(ロンさん)はね、私の腕が二本しかないことを知らないの」
フロントに預けていたキャリーバックとボストンになんとか段ボールの中身を詰め込む。
それから、お金も受け取る。
お金は私の中国の口座に振り込んでくれればいい。
荷物も予約しているホテルに直接送ってくれればいい。
それなのにこんなふうにいつも人を介するのは、なるべく現地の人と関わる機会を持たせたいという、彼の好意なのだ。
ミンさんがロンさんと携帯で話している。
「しっかり交流してね」
ロンさんの声が電話から漏れて聞こえてくる。

ホテルを出て、ふたたび車が行き交うところまで出てきた。

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登山口からのバスを降りた辺りには、これから私が向かう老街“屯渓”までのバスが出ているはずだった。
「20元で行けるよ」
そうミンさんは言うが、私の荷物の多さを懸念してタクシーを停めたいようだ。
背中には40Lザック、石を詰めたように重い大きなキャリーバックに、パンパンになった巨大ボストン。
ところが少ないタクシーはどれも乗せてくれない。
ミンさんでダメなのだから、一人だったらなおダメだったろう。

しばらく色んな人に交渉し続けた。
そうしたら。
「じゃあ、先に帰るね」
ミンさんが通りがかったバスに乗り込み、帰ってしまった。
え!私の面倒みてくれるんじゃないの?
すると、先ほどミンさんとおしゃべりしていた男性が、
「車探してあげるよ」 と温かい声をかけてくれ、それこそかなり長い間粘ってくれた。
しかし、全滅。
タクシーがダメだとどうすればいいんだ。
時折むこうから下りてくる屯渓行きのバスはぎゅうぎゅうで、とても乗れそうにない。
助け船を出してくれた男性も最後は根を上げ、
「向こうでバスに乗りな」
という話になった。

バス乗り場に行ってみれば、
「屯渓行きのバスはもうないよ」 と今度は非公認タクシーの勧誘。
価格を訊いてみると、屯渓までは230元。
バスは20元だと思うと悩むが、そのバスも人が多くて乗れそうになかった。
金額に渋っていると、別の男性が150元を提示してきた。
「乗合で安くしたい」 というと、他の人を呼びこんでくれたがどうしてもダメだった。
結果、私ひとりを別のおじさんが引き受け、そのおじさんが100元、先ほどの男性が50元紹介料を受け取ることで話がついたようだ。

車で1時間から1時間半の距離。
150元は悪くない。
運転のおじさんは私を降ろしたあと、また戻らなくてはいけない。
途中で、運転手仲間と隣の車線で信号待ちになった。
窓を開け、「そっち、何人?」
「そっちは何人?」
「一人だよ…屯渓まで100元」
おじさんはとても残念そうな表情で相手に言う。
なんだか申し訳ない気分になった。
それでも、ホテルに着いたらこの重い荷物をみんなフロントまで運んでくれた。
湯口からのバスは、ここから離れたバスターミナルに停まるから、やっぱり車に乗せてもらえて助かった。

宿泊するのは、老街の入り口すぐそばの華山度假客桟。
予約したのはこの名前。
ガイドブックに見つけたのは華山飯店。
実際に来てみてホテルに掲げられているのは華山徽宴酒店。
全部同じホテル。なんだかややこしい。

チェックインすると、大量の荷物を見てボーイさんがキャリーバックとボストンを持ってくれた。
私が宿泊するのは離れのようで、まず本館から5階へ昇り、そこから外に出ていくつもの階段を通過、一番奥の建物に辿り着くとそこにはエレベーターがなく歩いて登り、その先廊下の一番奥へ。
ボーイさんはこんなに荷物が重いとは思っていなかっただろう。
到着したときには息も絶え絶えになっていた。
なんでこんなに遠い部屋なんだ!

答えは、私が豪華部屋を予約していたからだと思う。
見てみるとオフシーズンで、豪華な部屋も安かった。
ので、たまにはいいと思い予約してみた。

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入って感動、こんなに広いと思わなかった。
広い窓からは夜景がきれいで、室内のしつらえも品があって良かった。
窓の外にはベランダがあり、出て行けるようになっている。
お風呂はバスタブとシャワーが二カ所あり、洗面台も二つあった。
それらがみな必要かといえば、必要はないんだけど。
片方のテーブルには造花が飾られ、もう片方には茶器が用意されていた。
これで二泊940元だ。
明日の晩もあるから、ゆっくりここでくつろごう、そう決めた。

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ホテルの横には川が流れ、その向こうに流れる川とT字に合流している。
横江、新安江、率水河、この三つが合流する場所に、老街はある。
ホテルを出て、右手に流れる横江には、それは立派な石橋がかかり、多くの人が行き来していた。
初めて見ても、長い歴史この街とともにここにあり続け、人々の暮らしとともにあったことがわかる。
「鎮海橋」
そう刻まれている。

右手に石橋を見ながら道を渡ったすぐ向こうに、老街の入り口がある。

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石畳に建ち並ぶ古い建物。
老街に足を踏み入れた瞬間、好きになってしまった。

この老街、だいたい1㎞にわたって古い安徽建築、いわゆる“徽派建築”(または徽州建築)を残している。
それらはみな、現在も店舗や住居などとして利用されている。
一歩踏み入れて、目に入る建物すべてがかなりの歴史を持っていることがひと目でわかる。
宋・明・清の建物が残るのだという。

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石造りの基礎に木製の扉、瓦屋根。
どれにも立派な扁額がかかっている。
一階が店舗として、二階は住居のようだが、二階までそのまま今も使われているのかは旅行中は知ることができなかった。
なぜなら、店が閉まるとこの一帯はすっかり真っ暗になり、眠ったようになってしまった。
住居ならば、店舗が閉まったあと、今度は二階に灯りがともるはずだと思うからだ。

入り口から石畳のカーブを曲がると、その先には明るい賑わいが続いていた。
そのすべてが、お店。
特に目立っていたのは茶葉や名産を売るお店だが、その中でも目立っていたのが。

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この老街にはふたつの色彩があった。
ひとつは、漆黒。
ひとつは、この黄色。

これ、“徽州皇菊”。
袋にぎっしり詰まったものが、そこかしこ店先に並んでいる。
これ、どうするのかというと。

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こんな風にグラスに入れてお湯をそそぐだけ。
そうするとまるで花開いたようになる。
お茶みたいして飲むのだそうだが、見た目だけでも楽しい。
グラスがジョニーウォーカーなのはご愛敬だ。

お土産に買ったものを今見てみると、書いてることには。
海抜1300m以上の山に生育し、手をかけ収穫する。
この徽州皇菊の産地は、海抜が高く昼夜の温度差が大きい。平地のものよりも生育に時間がかかるが、その分栄養が豊富で風味も甘くなる、とのことだ。

今まで色んなところを訪れてきたが、そのすべてを気に入っている。
どの都市も、どの街も、また訪れたいと思いながら後にしてきた。
けれど、その中でも、時々ひと目で夢中になってしまう場所がある。
びびっと来た。
そんな言い方は古いかも知れない。
でも、そんな風に一目惚れしてしまう場所がある。
それはもう理屈ではない。
美しい景観?歴史?保存状態?
どれも違う。
一番しっくりくる説明をつけるとすれば、「空気感」だ。
この空気感が好き。

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この屯渓の老街に一歩踏み込んで、今の私はまさにその状態だった。
何も買わなくても、何も食べなくても、誰とも話さなくても。
ただそこを歩いているだけで充実した。

中国には古い街並みを保存した、あるいは再現した文化街なるものは多く、各所にある。
そういう場所は中国に行くならばぜひ立ち寄ってみたいところ。
けれども、ここまで古いまま残されているものは珍しい。
たいていが、新しくなっているか、逆に古すぎて今にも壊れそうか、どちらかだ。
ここは、古くありながらも、平遥や麗江に見るような危うさはなかった。
そして、店舗もみな特産品を売るお店で、古めかしい雰囲気を損なうような場違いなお店はない。
つまり、そこにあるべきお店がそこにあった。
たとえば隅っこにはカフェがあったりバーがあったり、そんなのもあったけれど、メインストリートにはなかったし、それらも景観を邪魔することなくつつましやかにお店を構えていた。
この雰囲気は、思い返しても初めての経験だった。

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暗いが明るい。
矛盾しているが、このことが雰囲気に大いに影響している。
ここに限らず私が中国で好きな風景は、この暗さと明るさの同居だ。

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こちらは、書に関わるものを売るお店。
この老街で特筆すべきは、これだ。
文房四宝と言われる、硯・墨・紙・筆。
それらはみな、ここの特産品だ。
ずらりと、これらを売るお店が軒を連ねているのは圧巻。
先ほど言いましたふたつの色彩。
もうひとつの漆黒とはこのことです。

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筆も紙も、ピンキリ。
はらいや止めなど、習字の練習ができる紙も。
写真では見にくいですが、右のがそれです。
線をなぞるだけで、習字の基礎を習うことができる。
日本でも学校でこれ使えばいいのに。
子供が練習するレベルのものから、書道を極めた人が探すようなものまで。
書に関わることならば、誰でもここにくれば何かが見つかる。
門戸は広い。
素人でもプロでも大歓迎だ。

けれども墨と紙に似合わないにおいがあちこちで漂っている。

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これは醤菜。
いろんな種類があって、そこらで木桶にスコップを差し込んで混ぜて作っていたり、石臼みたいので豪快につぶしていたり。
材料はいろいろだと思うが、なんともしょっぱいような辛いような香ばしいようなにおいが漂ってきておなかが空いてくる。

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また忘れてはいけないのは、茶葉。
ここはお茶の産地で、歴史がある。
黄山毛峰という茶葉はここの名産で、茶葉が日本の緑茶よりずっと長い。
もう一つの名産、太平猴魁は、茶葉というか野菜炒めでも作るの?思ってしまうような幅と長さを持っている。
初めて見たとき、なんだこれは、と思ってしまった。
また、ここは緑茶だけではない。
ここ屯渓のすぐ近くには“祁門”がある。
そこで収穫される茶葉こそ、世界三大紅茶・キーマン(祁門)紅茶だ。
もともと紅茶の起源は中国にある。
屯渓老街には、これらの茶葉が、目に入らない時はないほどあちこちで売られている。

見ていて飽きない。
けれども、お茶に墨に筆。他の文化街、老街にあるような「ちょっと美味しいもの」がない。
さきほどの醤菜は買ってつまみながら歩くというわけにはいかない。
あまりに文化的過ぎて、そのへんの今時感がないのもここの特徴だ。
実際もう少し行けばちょっとした食べ物街があったのだけど、この時はそれを知らないから、途中で曲がってみた。
大通りに出た角のところに徽州料理のお店を見つけ、さっそく入店。

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「臭桂魚」と「黄山野生石鶏」。
けっこうな値段しましたが、せっかくなのでご当地のものが食べたい。
それから、迎客松ビール。昨日みた迎客松。

「臭桂魚」は、またの名を臭鳜魚というそうで、こちら安徽の看板料理のよう。
当然のこと、魚は川魚。
これを発酵させた料理だという。
ということで頼んでみたものの、そんなに強烈な感じがしない。
臭くて食べるのに勇気がいる、と聞いていたのだけど。
もしかしたら臭桂魚にも程度が色々あるのかもしれない。
味は、とびきり美味しいわけでもまずいわけでもなかった。
私が頼んだお店のは発酵が足りなかったのではないか。
次回は違うお店のを食べてみたい。

「黄山野生石鶏」は、ここら名産を炒めたようなもの。
地物の石鶏と石耳がいっしょに炒められていて、これはけっこう美味しいが骨が多くて食べるのがたいへんだった。
どこの徽州料理店にも、この石鶏と石耳を使ったスープ「双石湯」なるものがあるようだった。
石耳はキクラゲに似たキノコ。
では石鶏は?
鶏肉のようだが骨が細かく、また黒い魚の皮のようなものが張り付いている。

今回、何かの時のために、地球の歩き方の一部をコピーして持ってきた。
そこに双石湯が紹介されており、石鶏はカエルの肉だと書いてある。
そこで、新疆の友達に訊いてみると、
「石鶏は雉の一種だよ」 とのこと。

石鸡
(百度より)

これかぁ、なるほど。
そう思いつつも、どこかひっかかるものがあったのでインターネットで検索してみると、この雉もカエルも両方出てくる。
この徽州料理の石鶏についても、日本語の情報には、カエルだと書いたものと雉と書いたものと両方がある。
これは現地人に訊くしかない、とこのあと友達になった安徽人に後日訊いてみた。

石蛙
(百度より)

「石鶏は鶏肉じゃないよ、蛙肉だよ」
そうして送ってくれたこの画像。
あの黒い皮は、これだったんだ…。
こうして結論は出た。
「黄山の料理は食材に凝ってるんだ」 そういう友達。
蛙肉は鶏肉に似てるっていうのは本当だった。


実は徽州料理は中国を代表する料理で、中国八大料理のひとつに数えられる。
中国の友人はしょっぱいのが特徴だと言っていたし、このように発酵したものがあるのの特徴だろう。
けれども日本ではほとんど知られてはいない。

中国にある22の省、4の直轄市、5の自治区、2の特別行政区。
その中で、安徽省はもっとも日本人に馴染みがない省名ではないだろうか。
あんきしょう、と言って漢字で書ける人。
地図でどこと指させる人。
どんな有名なものがあるか言える人。
そういう人って多くないのではないかと思う。
実を言えば、私もまっさらな中国地図を渡されたら、正確な位置を指差す自信がない。
昨日今日と登山した黄山は世界遺産に登録されているが、黄山は知っていてもそれが安徽省だと知らない人も少なくないのではないだろうか。
日本人にとって、よく見れば縁はいろいろあるものの、よく見なければ知らなければ、なかなか馴染みがない省だ。

しかし、そんな地味さ(失礼)に相反して、安徽の歴史と文化はなかなか胸張れるものがあるのだ。
それを示すものとして、「徽学」という学問がある。
これは、徽州文化ー芸術、徽州料理、徽派建築、徽州茶道などー、また徽州の歴史について研究する学問で、中国三大地方学のひとつに数えられる。
地方学ってなんだ?というと、他のふたつは敦煌学と蔵(チベット)学、といえばだいたい納得できるだろう。
不本意ながら、敦煌と西蔵を引き出すことで、安徽に縁遠い私たちも、「それはすごい」と知らずともうなずける。
黄山にしても、そうだ。
中国人にとって古来、精神そのものだった聖山。
そこにあった迎客松は中国を代表する松だ。
こんなすごい場所が、日本人にとってはけっこうマイナーなのは不思議なことだ。

そういう意味も含めて、日本人の口に合うかどうかは別として、もう少し話題にあがっても不思議ではない、徽州料理だ。
料理が知れ渡ることとと、その土地との距離感は無関係でないと思う。

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食事を終えて外に出てみると、老街はすでに閉店しかけていた。
たくさんいた観光客の数は減り、ほとんどのお店は戸を閉め、すっかり暗がりになっていた。

その中で、まだ開いていた書のお店を覗く。
私は書道をやらないけれど、墨に施された細工がすてきで、欲しくなってしまった。
松の絵が描かれ雲がたなびいている。
「裏はこうなっているよ」
お店のおじさんが見せてくれると、裏には黄山の文字。
きっと高いだろうな、と値段を訊いてみるとなんと「10元」。
書道をやらない私には宝の持ち腐れ。
つくった人も売る人も、実際に使って欲しいと思う。
物は、使ってこそ意味があると思うから。
それでも、お土産に買ってみた。

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こちらは別のお店にて。
干支を象ったものの多く、12個セットになっている。
使わないのに、また欲しくなってしまう。
新しいものも、不思議とアンティークな雰囲気がある。

老街をふたたび入り口まで戻り、ホテルに戻るのは味気なくて、目の前の古い石橋を渡ってみた。
多くの人が行き交っているということは、向こうにも何かあると思ったからだ。

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古い牌楼があった。
その先には古い建物、雰囲気を利用した若者向けの歩行街のようなものが続いていたが、すでにそのすべては閉店し灯りを落としている。

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左手には今風にお店が並び、右手には古い建物が並んでいる。

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こんなのがどかんどかんと三棟ほど続いていた。
けっこうな古さに見受けられ近寄ってみると、これは昔のお金持ちの邸宅のよう。
昼間であれば、内部を見学できるような雰囲気があった。

古い石橋を戻り、付近のマッサージへ寄った後、深夜にホテルの部屋に戻った。
広い部屋は、寒かった。
エアコンの設定を最大の30度にしたのは、ぜんぜん効かないからだった。
シャワーを浴びてでてきても、震える寒さ。
室内気温は15度となっている。
それでも我慢してみることに。
明日もしつらかったらフロントに言おう。

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これは山中で買った黄山の地図。
私にはミンさんがくれたルート図があったのでこれは活用していないが、記念に買った。
数回きてもまだ見きれないというのが、これでわかろうというものだ。

そして、今日、ホテルを発ってしばらくしたところにある北海賓館近くの売店で購入した絵葉書を取り出した。

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二種類購入したうちの一種類だ。
迎客松、飛来石、そんな黄山の絶景ポイントが絵葉書になっている。
購入の決め手はこれだ。

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新年を記念する年賀状みたいになっていて、2017.1.1の判を押してくれたのだ。
一枚一枚、写真に対応した判になっている。
購入したとき、周囲の人はみなその場でメッセージを書きそこで投函するみたいだった。
そこらで腰かけ書き込んでいる人たちがいた。
年賀状みたいで楽しい。
お年玉くじまでついている。
私には中国の友人に年賀状を出す機会はない。手紙を書く機会もあまりない。
よし、これを機に旅行中に中国から送ってみるのもいいかも知れない。
ちょうど、何人かの住所は手元にあった。

そこで書き始めたのは4通。
ところが、書いているうちに手がかじかんできた。
寒い。
絶対寒い。
息が白いのは気のせいか?

書き終えてベッドに入ると、悲しくなるほど冷たかった。
しばらくすれば温まるから。
そう考えるも、少し身動きとれば声をあげそうになるほど冷たい。
寒い、寒い、寒い…。
一晩中そればかりがぐるぐるとし、寝たんだか寝てないんだかもわからない。



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まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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