2017-01-19

黄山旅行五日目~その一~

1017年1月3日、7時に起きてみると外は昨日と同様にどんよりとした天気。
今日も一日、古い村を巡る。

8時にフロントへ下り、チェックアウトをした。
フロントの女性は私を覚えており、「宅急便、呼ぶんだよね」と宅急便を呼んでくれた。
その場で送り状に書き込み、昔ながらといった感じの天秤棒で重さを測る。
その後荷物を預けていると、チョンさんはもう到着していたようで、奥から姿を現した。

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朝の石橋。
中国の夜は遅いが、朝も早い。
すでに橋の上には人の往来があった。

車に乗り出発したのは、予定通りの8時半だった。
今日は、宏村、南屏、西逓、この三カ所を周る。
昨日まわった場所が屯渓の東側なのに対して、今日のコースは西側エリア。
昨日よりも若干遠い。
30分か40分か、それなりに走ったなぁという頃、チョンさんが突然言い出した。
「困ったな」
どうやらエンジンの調子が悪いようだ。
しばらくそのまま走ったものの、とうとう車を停めた。
エンジンをちょっと見てみたもの、
「危ないから、戻って車を替えてもいい?」
早めのスタートでよかった。
「1時間、無駄にしてしまったよ」
チョンさんはそう何度も言ったが、私はあまり気にしていなかった。
それよりも、急におなかが痛くてどうしようもなくなってしまった。
チョンさんは度々話しかけてくるが、私は辛さで頭がいっぱいで、「うん」くらいしか返せない。
時間ロスとこれは関係ないんだけど、チョンさんは少し気遣うふう。
おなかが痛いことを伝えて、車交換の際に家のトイレを貸してもらった。
お宅はとても広くて、テーブルには息子さんが書いた練習書きの書があった。
みごとな達筆だ。
12才だというが、この年齢でここまでの字が書けるとは、やはり書道の地だ。
日本の金賞、銀賞とはちょっとレベルが違う。

昨日話していた、もうひとつの大きい車に乗って再スタート。
「大きい車の方が乗り心地がいいから好きなんだ」という。
豊田、本田、三菱、日産、日本の車も中国にはたくさん走っている。
でも日本のはあまり好きではないんだそう。
好きなのはアメリカ。
なぜかというと、頑丈な分ぶつかった時に安全なのだという。
そんな話をしていると、すごいタイミングで衝突した二台の車に出合った。
車はぐちゃぐちゃだけど、人は無事みたいで、降りて揉めていた。
「彼らは時間を見るからいけないんだ」
チョンさんは、それを見てそう言った。
「運転する時には時間は見てはいけないよ」
確かに、彼の運転はのんびりだった。とはいえ、多分日本ではこれが普通なんだけど。
スピード運転が普通の中国では違和感を感じる。
私が言ったのより出発時間を早めたチョンさん。
もうすでにそれなりのところまで走ってしまっていたにも関わらず、引き返して車を替えた。
それでもスピードは変わることなく。
中国ではめずらしい安全運転で、人柄を見るようだ。

そんなこんながあったが、11時半、ようやく最初の目的地“宏村”に到着した。
チケットは104元、やっぱり高い。
チョンさんは無料で一緒に入場する。
「これがあるから」とカードを見せてくれたがよく見えなかった。
地元の人はチケット買わなくていいと言っていたから、そういうことなのかも知れない。

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入場してすぐ、目の前には大きな水辺。
“南湖”、明代に掘られた泉に川の水を引き込んだものなのだそうで、つまり人口湖だ。

この“宏村”。
絵にしたような美しさから、中国画里郷村と呼ばれる。
11世紀北宋の時代に、ここに暮らしていた汪氏により結成された集落だ。
140余りの清代建築が残る。
本日最後に向かう西逓とともに、世界遺産に登録されている村だ。

もともと、二つの世界遺産の村は昨日訪れる予定だった。
しかしチョンさんの提案により、今日と予定を入れ替えた。
昨日周った村は観光客も少なく、その度に「今日、宏村と西逓に行っていたら人いっぱいだったよ」と言った。
今日は月曜日だ。
目玉観光地である宏村も、閑散として落ち着いた雰囲気だった。

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湖に対岸の古い家々が映る。
あまりにも見事で、天然の鏡のようだ。
水面には枯れた蓮が浮かぶ。
周辺の木々はすべて枯れ枝だ。
これはこれで冬の風景だが、春や夏にここを訪れたならばさぞ美しいことだろう。

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真ん中にかかる石橋を渡って村に入っていく。

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こちらは橋を渡ってすぐのところにある、古い家屋を利用した商店。
アヒルが吊るされ、ドラム缶の上では芋かなにかが焼かれていた。
そのドラム缶の横で温まる猫。

この商店から南湖沿いに曲がると、古くて大きなお堂のようなものがあった。

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またこれも祠かな、と思っていると、そこは学校だった。
“南湖書院”、昔の学校だ。

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内部には木製の机がいくつか並んでいる。
天井はやはり四角く開いていて、天然の灯りだ。

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一番奥には孔子の掛け軸が祀られていた。
孔子は中国すべての人にとって、先生だ。

南湖から村の内部に入っていくと、路地は狭い。
石畳の狭い通路には清らかな水路が流れており、二人並んで歩けるかどうかといった感じ。

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こんな風にあちらこちらで肉が干されている。
干されているのはだいたい豚かアヒル。

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その横にはおなじような感じで、手作りのソーセージが干されていた。
色合いはなかなか生々しく、日本人には慣れない。

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周ったすべての徽派建築で見ることができた、馬頭墙。
こうして火事の際の延焼に備えた。
石造りやレンガ造りが多い徽派建築だけれど、それでもやはり火事は怖かったんだ。

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数分で狭い路地の先の風景が変わった。
チョンさんはそれまでは特に見るものはないといったふうに、ノンストップで進む。
その先にあったのは。

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突然風景は開けて、池が現れた。
ここは宏村観光のハイライトだ。
“月塘”という名称は、この池が半月のような形をしているからだろう。
こちらから見て、左側に弓の柄があり、右側にまっすぐな弦がある。

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昨日はここも大勢の観光客が来たはずだという。
人少なで写真を撮るのにも場所を選ばない。

この月塘の正面、私が今いるエリアはちょっとした広場になっていて、台のうえには様々なものが売られていた。
肉塊だったりキノコだったり。
それは私が買えるようなものではなかったけれど。
そのテーブルの上には、おばあちゃんのお昼ご飯がのっていた。
どんぶりに白いご飯。
その上には、菜っ葉と豆腐と肉切れ。それにお箸がぐさりと刺さっている。
日本でもこういうご飯、やるなぁ。日常の一コマを見たようだ。

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この月塘、生活用水のようで、ここで野菜を洗うおばちゃん。
洗っているのは、赤いカブみたいなの。
ついでに器もここで洗う。

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他の村々もそうだったが、至る所で野菜が干されている。
菜っ葉みたいのや、芋の切れ端みたいなの。
でもそれらがなんの野菜だったのか、わからない。

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肉といい、野菜といい、果物といい、基本乾燥だ。
今では冷蔵庫なんかもあるし、食材の流通も便利になって、いつどこでもどんなものでも簡単に手に入るようになった。
食材の扱いが楽になった。
食材の乾燥はいにしえの知恵だ。
食べ物が今よりずっとずっと貴重だった頃の工夫だ。
それは同時に、食材のありがたさも意味している。
こうした村々を周って、ただ昔の建物や生活が維持されているだけではない。
私たち都会の人間が忘れた大事な大事な感覚もまた、ここには残されているのだと思った。

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ここで少しおなかが空いてきた。
日本ではそれなりに仲良くなり打ち解けていないと、買い食いなんかも少し気を使う。
初対面だったら、やっぱり「ちょっとこれ食べるから待って」とは言いづらい。
けれど中国に来て楽なのは、初めて会った人でもそういうところではあまり気を使わないところだ。
チョンさんはとても気さくな人で楽だったということもある。

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これを食べてみた。
古代米みたいなのにナツメ。藁を編み込んだのに詰められて蒸されている。
これに似たのを、平遥でも食べたことがあった。
あの時にはもっと違う具があって、砂糖をかけて食べたんだった。
一個10元。温かくてシンプルな味わいは美味しかった。何よりもヘルシーだ。

チョンさんは入るべきところとルートを熟知しているので、私は何も考えずについていくだけだった。
最初に入ったのは、“敬修堂”。
清代の建設で180年前のもの。

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入り口入って振り返るとこんな感じ。
入ってすぐに部屋があるのではなく、まずワンクッションある。
なんとなく日本家屋の美意識と共通するものがある。

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こちらは応接間?といっていいのかわからないが、そういう部屋。

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天井にも細かな模様が描かれている。
なんだか一見西洋のアンティークにありそうな繊細な柄。けれど花と蝶はやっぱりアジア柄だ。

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こうした間には必ずといっていいほど掛け軸が架けられているが、こんな風に題材を見てみると、みな徽派建築を描いたものだった。
訪れた名のある古村だけでなく、道々山間に点々とする集落も、それからそれだけでなく現代になって建てられたような住居も、みな一様にこうした徽派建築に倣っていた。
土地固有の建築や文化に誇りがある。
そういうところが中国の魅力的なところであるなと思う。
日本のように、山間にいきなりメルヘンな家を見たりするとここはどこだと思ってしまうが、そんなのも現代では慣れてしまった。
ただ、いずれ日本固有の家屋はどんどん消滅していくだろう。
一部の観光名所を除いて、みんなそろって現代住宅になる。
それぞれの勝手で私にどうこう言う権利はないが、寂しいことだ。
そんなことを思った。

次に覗いたのは、“承志堂”。
清代1855年の建造だ。

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梁などに彫られた彫刻が見事で目を惹く。
左右を見れば、閉じられた扉。そんなところにも見事な細工。
色彩が今も残る。
ちなみに、差し込む光は同様に自然光。
こんな曇天にも関わらず、室内は明るい。
もしこれが蛍光灯の灯りであったならば、これらの彫刻もここまで美しく感じられないだろう。

奥に、小部屋があった。
チョンさんと入っていく。

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「ここ、なんだと思う?」
「…わからない」 家族会議の部屋とか?
なんと、マージャンをする部屋なんだという。
そういえば、昨夜私が泊まった部屋にもマージャン部屋あった。

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部屋と部屋の間にりっぱな石彫刻の壁。
徽派建築の特徴は、石、木、レンガの三セットだ。

マージャン部屋のすぐ近くにあったのは。

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長椅子だけが、ある部屋。
「これ、なんだと思う?」
「…わからない」 
チョンさんは、椅子の上に寝そべって、ぷかぁ~っと煙管の真似をした。
「ああ、“タバコ”吸う部屋?」
そう言うと、笑った。
以前にも、アヘンを吸うための見事な細工の長椅子を見たことがあったのを思い出した。

このお屋敷はどうやらなかなか娯楽を大事にするお宅だったよう。
「民間故宮」と呼ばれる豪華さなのだと書かれていた。

目を惹いたのはこれ。

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色の違いでわかる。
ところどころこうしてまるごと新しいものが混じっている。
こうして、次世代に受け継がれていくんだ。
見事な再現だ。

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お屋敷エリアを抜けて、食堂や民宿などで少し開けた場所にでた。
黄山のミンさんも、時間があるならここ宏村で一泊するといい、と言っていた。
ここには郵便局があり、1日の夜に凍えながら書いた黄山の絵葉書を投函した。
ホテルのフロントでは受け付けてもらえなかったからだ。
回収は明日の夕方。

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村の一番奥には、大木。ここで終わり。

実はこの宏村、村全体を牛の体に見立ている。
そしてこの大木は、その牛の角にあたる。

宏村全景
(百度より)

こちらは村の全景。
左上に角にあたる大木があり、先ほど立ち寄った月塘は胃袋、流れる水路は腸、南湖はおなか、村の前後の橋は足、なのだという。
ちょっと、わかりづらい。
村を歩いていても、牛の形を実感することはない。

この牛のおなかにそって、車まで戻る。

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カワセミがいた。
近づいても逃げることはない。

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そして最初に渡った石橋が見えてきた。
車に乗り、再び出発。

次に向かうは、もう少し西に進んだ“南屏”という村。

山間の風景から、少し街に出た。
「ここでご飯食べるけどいい?」
麺を食べるという。願ったりだった。
中国は北は麺、南はお米の文化。
現代ではどこに行ってもなんでも食べれるようになったが、それでも麺類が少ないなと思っていた。
麺好きの私はどこかで温かい湯麺を食べたいと思っていたので、ちょうどいい。

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入った小さな食堂。
こんな風に具があり、厨房でこれとこれ入れて!なんて指定する。
テーブルは四席あり、他のテーブルでは男性がご飯にこれらのおかずをのせて食べていた。
私はもちろん、麺。
牛肉をのせて牛肉麺にする。
チョンさんは豚肉も頼み、私はいらないと言った。

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温かくておいしい。パクチーは味のアクセントだ。
「これが、快餐(ファーストフード)だよ」
つまり、スピーディーに食べれる時短食堂。
日本ではファーストフードといったらハンバーガーくらいだけど。



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まゆ

Author:まゆ
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中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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