2017-01-19

黄山旅行五日目~その三~

もうすぐ15時という頃、最後の目的地“西逓”へ到着した。
西逓は本日最初に訪れた宏村とともに世界遺産に認定されている。
もともとは昨日行ってみるつもりだったが、人が多いからというチョンさんのアドバイスを受けて今日にした。
結果、それは正解だった。

西逓は11世紀北宋の時代に川の西に作られ、そこに郵便駅(逓)があったことからそう名付けられた。
チケット104元。
今回さすがにこのチケット代が痛かった。思った以上の金額だった。
中国のチケット代はよくわからない。
見どころいっぱいでも安かったり、小さいのに高かったり。
今回のは村の人々の暮らしや建物がこれで維持されるなら本望だが、これが村に還元されていないとしたら望まないことだ。

チョンさんはここに着く前に、
「ちょっと待って、ここのガイドを探すから」 と言った。
「ガイドいらない」 かぶせるように断った私に対し、
「違う違う、ちゃんと聞いて。ガイド連れてけば安くチケット買えるんだ」 と言う。
しかし結果ガイドはつかまらなくて、正規料金で入場することになった。

村の入り口には大きな牌楼。

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“胡文光刺史牌楼”。この村のシンボルだ。
この牌楼、この村の出身である胡文光の活躍を称え皇帝の許可のもと明代1578年に建造されたもの。
官僚、富豪など、成功者が故郷に錦を飾って豪邸を造った。
また、村から輩出された立派な人たちを誇る祠や牌楼ができた。
中国は祖先、故郷、血縁、コミュニティーをとても大事にする国だ。

この牌楼の素晴らしいのは、その重厚さだ。
通常の牌楼にはこのような屋根の重なりはない。
まるで楼閣のように見えるため、楼閣式と呼ばれる様式だ。

ここを抜ければもう西逓。

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ほかの村々と同じく、石畳が美しい。
昨日は多くの観光客で賑わっただろうが、それが信じられない。

この西逓、人口1000余、かつては600程の建物があったが、現在は約300棟が残りうち124が重要文化財として保護・公開されている。
ゆっくり周れば一日かかってしまう。
もし一人であれば、そんな風になってしまったかもしれない。
けれど、ポイントがわかっているチョンさんはこの辺の道はただの通り道に過ぎないとでもいうように、まっすぐすたすた進んでいく。
実を言えば、私自身もすでに今までの村々で十分満足していたから、新鮮な驚きが少なかったといえば少なかった。
ここは観光客が必ず訪れるというこの地域の目玉だったが、正直に言うと私の心の高ぶりはすでにピークを過ぎ下降していた。
また、ほとんど観光地色がない南屏を訪れでからここを見ると、どうしても先入観が働きどこかで比較してしまうのだった。

すたすたと歩いていたチョンさんが、急にある建物の中に入っていった。
見どころのお屋敷、という風でもなく、なんだろう。

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この中、骨董を並べ売るお店だった。
彫刻みごとな椅子に、掛け軸。
木彫りの木像に毛沢東の写真。
古いのか新しいのかもわからない石像に、毛沢東のお皿。
すごく高価かすごく安物かどちらかのような壺に、毛沢東のティーセット。

ここに限らずどこの村にも、骨董はそこらじゅうで売られており、そのうち実に3分の1は毛沢東グッズだったのではないかと思う。
黄山に限らず、中国の骨董屋では少なからずどこでもそうしたものは売られていてさして珍しいものではない。
しかし、共産党がらみを非常に多くみることになった今回、余計に目につく。
本当に毛さん、毛さん、毛さん、だ。
とりわけ多かったのが、毛沢東と林彪が並び、最高の同志だと銘打った陶器。お皿だとかカップだとか。
それを見てなんとも複雑な気分だ。

初めはチョンさんは私に見物をさせるために入ったのだと思った。
しかしどうやらそうではなかったようだ。
彼はお店のおばちゃんと熱心に話し出し、私がお店のものを見飽きてもまだ話している。

彼らが見て話しているのは、これ。

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見事な木の彫刻だ。
だいたい両手をいっぱいに広げた幅がある。
「友達がこれを買いたいから、交渉してたんだ」
お店を出て、そう言った。
チョンさんと友達はおとといここに来たんだとか。
「いくらなの?」
「3万人民元」 (日本円で現在のレートで約50万円)
なんと!
「それをね、2万5千まで値切った」
なんと!もともとの金額が大きいとはいえ、この値引きは大きい。
「それ、友達が買いたいの?2万5千元?」
「うん」
しかし、このあと彼はもっとすごいものを買おうとするのだが、この時の私はまだ知らない。

いくつかの建物を覗いていく。
構造は今まで見てきた徽派建築と同じ。

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石造りに飾り屋根のある入り口をくぐると、家屋へ続く石畳があり、その先に四角い空が覗いた応接間がある。

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こちらはかつて商人だった人のお宅、“瑞玉庭”。
中央にかかる掛け軸がおもしろい。

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数々の篆刻が、「寿」の文字を形成している。

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ここだけ切り取って「日本だよ」といえば、疑わない。
たくさんの植木や盆栽が一見秩序ないようだけど、ここにはここに暮らしてきた人たちの歴史がある。
この石が美しくて、この花が好きで。
この木には毎年季節が訪れると実がなり。
そうした積み重ね。
新しく家を建ててこういう美は存在しえない。

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“惇仁堂”、こちらも清代の建造。
中には骨董品が並べられ、これらも売り物だろうか。

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それ自体よりも、これだけのものがどこから出てきたのかとそちらの方が気になる。
私の口出しできることではないけど、売れてしまったらなんだかもったいない気がする。
これらはここにあってこそのものだと思うから。

いくつかの村を周ってきて、いつも目についたのがこれ。

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こんなのがあちらこちらのお宅の入り口にかかっていた。
つまり、規律を守っています、ということ。
上のは「十星级文明户」。
十個の星がそれぞれ、衛生、団結、文教、新風、科技…なんてのになっている。
具体的な内容は不明だが、十個星がそろっていれば文明的、というわけだ。
こんなところに中国らしさを感じる。

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こちらは“履福堂”。
派手な彫刻がない分、とても落ち着いて見える。
横には古い写真が掛けれらていて、かつてのご主人のよう。

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ふと脇を見ると、立派な「寿」の字。
福とか、寿とか、漢字は単に意味をかわすためのツールではなく、それは一種の信仰ではないか。

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こちらは奥の部屋で。
上にかかる扇みたいなの。
「これ、なんだと思う?」 チョンさんが言う。
昔版、扇風機だ。もちろん手動だけれど。
ご主人は何もしない。お付きの人がひっぱって動かしてくれるのだ。

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こんなところにも、ペンキのあと。
白壁と瓦のモノクロの風景にこの赤と黄色を見て目を覚ます。
こんなのがどこにでもあった。

西逓の観光は簡単なもので、あまりじっくりとは見なかった。
というのも、この二日十分じっくりまわったことで満足していたからだ。
最後に通りがかったのは、これ。

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“繍楼”、未婚の娘の部屋だ。
この小さなベランダみたいなところから、刺繍毬を投げて受け取った人がその娘と結婚できるという中国の風習。
ドラマでも見たことがあるけど、私だったらそんなやり方嫌だ。

上に掛けられた額。
左の「山市」は、清の進士・祝世禄が書いたもの。
右の「桃華源裏人家」は、これもまた清の書道家の書。

この「桃花源里人家」は西逓の別名で、そのまま西逓のひっそりとした美しさを表している。

ここからは帰り道。

今夜は、黄山站を20時8分に発つ夜行列車に乗って、上海へ戻る。
黄山站は小さくて何もないから早く行く必要はない、とチョンさんは言っていた。
だから少し前くらいに着くとして、と逆算して17時くらいには屯渓に戻りたいと伝えていた。
最後に老街を歩いてご飯を食べて。
それから、お土産のお茶を買うのに、チョンさんがちゃんとしたところに連れていてくれると話していた。
「老街ではちょっとした物を買うのはいい。でもお茶はダメ」
何度もそう言っていた。
老街のはあまり物が良くないし、コストパフォーマンスが良くないから結果、高い。
それに、人へのお土産に買っていくならいいものを買っていかないとね、と。
「自分のにもいいのを買っていきたいよ」 そう言ったら、笑った。
「あと、焼餅も買ってはダメだよ」
“やきもち”では、ない。
焼餅(シャオピン)は、こちらの名物のお菓子だ。

車の中で、チョンさんは突然訊いた。
「マーヨーズは仏教を信じてる?」
答えに詰まった。
質問が唐突だったのと、どう答えるべきかわからなかったからだ。
「信仰はしていないけど、寺院を見るのは好きだよ」
そう答えた。
「私はね、信じてはいない」
彼はこう答えた。
なんだ、そうだったのか。てっきり、信仰しているからこその質問だと思った。
「仏教は信じてないけど、その教えの中には正しいものがある」 そう言った。
それにね、仏教は信仰していなくても、“縁”は信じている。
彼は人との縁を一番に大事にする人なのだ。
だから、この二日間楽しかったんだなと思った。
宗教を信仰はしていないけど、縁は信じている。
私もまったく同じだった。

屯渓への帰路、何もないような風景に突然、二つの「亭」が見えた。
私が見たいと言うと、チョンさんは車をそちらに向け、停まってくれた。
そこは木材処理場で、何人かの人が今も作業をしている。

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向こうとこちらに一つずつ。
「これ、友達が買おうとしているんだ」
予想もしていないことを、チョンさんは言い出した。
買うって、これを?
聞き間違いかと思い訊いてみるも、やはり買いたいのだという。

この木材処理場の対面には彫刻みごとな建物があった。

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今度はこちらに来て車を停めた。
ちょっと、隣の「医院」の文字が気になったけれど。
屋根の下にペンキで軽く書いた感じで、「医院」とある。ここが病院?
彼は、「ちょっと見てごらん」と言ったけれど、私を置いてそこにいる人とずっと話し込んでいる。
どうやら、先ほどのを買う話をしているようだった。
いくらかは訊かなかったが、今になって気になる。いくらするものなんだ?

この建物、石だとか木を彫刻するところのよう。
「徽派古建三雕文化产业」 と書かれている。
あちらこちらに見事な石像や木の彫刻。

徽州三雕、すなわち木彫、石彫、レンガ彫。
ちなみに徽州三絶は、牌楼、古民居、祠堂。
これらを目いっぱい体感した二日だった。

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こんなふうに。
徽派建築も、こうした技術によって守られていくんだろう。
素晴らしいことだ。

ホテルに戻る途中に、約束していたお茶専門店へ。
上品な店内には個人用の一般品から贈答用の超高級品まで。
私はちょっと考えが甘かったことに気づき、金額を見てお土産の数を絞ることにした。
一級、特級、さまざまなランクがある。
確かに日本のお茶を考えてみれば、あれだって普通のでも一缶何千円もする。
試飲させてくれるが、次第に余計にわからなくなっていった。
「太平猴魁は安いのはダメだし、いいのはすごく高価だから買えない」
買うとしたら祁門紅茶と黄山毛峰がいいとアドバイスをもらった。
そうして先生や友人に祁門紅茶を、自分用に黄山毛峰を数缶購入した。
中国茶は日本人の想像するお茶に比べずっとスケールが広く、受けるかどうかわからない。
一方で世界三大紅茶のキーマン紅茶であれば誰でも知っているし、話題の種にもなる。
「有名なキーマン紅茶のキーマンの近くに行ってきたよ」 と。

ホテルまで送ってもらい、時刻は18時前だった。
19時20分にここで待ち合わせしよう、ということになった。
身支度を整えて、最後の老街へ。

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月曜日の老街は人少なで静か。
まるで昔にタイムスリップしたような気分を味わえるけど、やっぱりこういうところは賑わってこそだ。
お店の人もなんだか退屈そう。

この老街、“宋城”の別名があるのだという。
12世紀初、北方の金による侵攻を受けて宋は南部・臨安へ遷都した。これがいわゆる南宋の始まりだ。
南宋は金に対して消極的だったが、そんな姿勢とは裏腹に臨安周辺は栄えた。
臨安、現在の杭州である。
その杭州とここ屯渓は車で3時間程の距離。
商業などで臨安を訪れた当時の商人が、その様子を真似てここに建築したことから、この“宋城”の名があるのだそう。

チョンさんはホテルでご飯食べれるよと勧めてくれたが、この流れでそのまま老街で食べてしまうことに。

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温かいものが食べたくて、餛飩、つまりワンタンを。
それから迎客松ビール。

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それからこの油餅。
これが本当に美味しかった。
時間がなかったので急いで食べてホテルに戻らなければならない。
私が食べたのは地元の人オススメのお店ではないだろうから、次回にはぜひ本格安徽料理を体験してみたい。


19時20分、ホテルフロントで預けていた荷物を受け取り、チョンさんと再び落ち合った。
フロント横のサービスデスクに、
「写真撮ってもらえませんか?」 とお願いした。
すると、間髪入れずに
「聞き取れません」 取りつく島もない。
「ほら、听不懂(わかりません)。サービス悪いだろう?」 チョンさんはこのホテル否定派だ。

中国は各地の言語があまりにも違い過ぎて、外国語のようだ。
南部は特に標準語である普通話との開きが大き過ぎて、例えば北京人が南部地方に来て現地語を聞いても理解できない。
標準語は北京語を基に作られたから、余計に南部との開きが大きい。
この二日、チョンさんは何度か電話をとった。
話している言葉はまるで外国語で、「アラビア語?」とすら思ったほどだ。
「中国語じゃないよね?」 そう言うと、
「現地語だよ、わからないでしょう?」
何か単語を話してくれたが、さっぱり。
発音の仕組みからして違うように聞こえる。

そんなわけだから、このサービスデスク、普通話が聞き取れない人だったのかもしれないが、そんなわけもないと思う。
村のおばあちゃんとだって普通話でコミュニケーションできたのだから。
やっぱり、やる気がなかったんだと思う。

「まだ時間があるから、街並みを見せてあげるよ」
と、周辺をドライブしてくれた。
私は中国のなんでもない街の風景を見るのが好きなので、実はこれがけっこう嬉しかった。
すでに夜景になった黄山の街はきれいだった。

「***って知ってる?」
チョンさんは何かを言ったが、わからなかった。
「500年前のおじいさんのおじいさんのおじいさんなんだ」
どうやら、人名のよう。
そこで、携帯を使って百度のページを見せてくれた。
「程大位」
そこにはいかめしい昔の肖像画があった。
「ソロバンを発明したのは日本だと思われてるけど、実は中国なんだ」
程大位、明代にここ屯渓に生まれた人で、ソロバンを発明した人だった。
チョンさんはその子孫なのだそう。
「なら、あなたは理系?」 そう訊いてみると、やっぱり理系だった。
レートの計算とか早いなと思ったんだ。ソロバンの血筋なら納得だ。

ここ黄山地区には偉人がたくさん輩出されているようだ。
村巡りの途中で、チョンさんはまた別の歴史人物について話していたが、私はその内容を理解することができなかった。
「王直って知ってる?」
知らなかった。
ここ黄山の出身で日本に来たことがある、という部分しかわからなくて、想像で近代革命期日本に亡命した人なのかと思った。
チョンさんは、日本に帰国したあとにその人について書かれた文章を見せてくれた。
この王直、黄山出身で、明代倭寇として日本と密貿易をした頭目だった。
当時朝廷は海禁政策をしており、取り締まりから逃れ日本へ来たこともある。
最後には罪人として処刑されてしまうが、この王直、ポルトガルから日本に鉄砲が伝来する際に仲介として貢献したといわれるそう。
だから、中国では罪人、日本では偉人になった。

黄山、なかなか奥深い地域だ。
歴史、文化、芸術、地理、ざまざまな角度から見ることができる。

黄山站に到着したのは時間ちょうどぴったりだった。
站に着いて、チョンさん何やら大きな紙袋を私にくれる。
見てみると、安徽名物の焼餅だった。お土産までくれるなんて。
だから、「焼餅買わないで」と言ったんだ。

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その後も、大量の荷物を全部持って駅構内まで、さらに検札を越してホームまで、と思ったら私の寝台車のベッドまで荷物を運んでくれた。私の荷物は膨大なものだったから、本当に助かった。
本当にいろいろありがとうございました。

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20時8分発、K8420次、上海行き。
ベッドは初めての下段だった。
寝台車、上段と下段では天と地の差。特に私は荷物が多いから。
なのに上段しか経験したことがない。
ネットで購入すると上下段を選択することができないのだ。
今回はラッキーだった。
なにせ、上海まで12時間の乗車。けっこう長い。

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テーブルもあるのでくつろげる。
私は、飲んでなかった黄山白酒の瓶と、買ってあったビールとお菓子を取り出し並べた。

ザックのポケットにこの白酒を入れていたら、チョンさんはそれを見て驚いて笑った。
確かに外国人の女性が白酒の瓶を持ち歩いていたら、変な光景ではあるだろう。
実は道々飲んでいこうと思っていたものだ。
チョンさんはお酒をかなり飲むそう。中国人の男性には酒飲みが多いので(しかも度数が高いの)、わりとお酒は話題にもなりコミュニケーションのツールになる。

隣りの下段ベッドは中国人のおじさんで、私が白酒を飲むのをちらりと見たが、携帯で映画を見るのに夢中だった。
上段の二人は体格のいい欧米人男性二人で、他の部屋のもう一人と三人組のようだった。
なかなかグローバルな部屋だ。
彼らは夜中まで片手にビール、片手にポテトチップと盛り上がっていた。
一方私も白酒にビールとみな飲み終えてしまった。

私は迷わず上海ー黄山路線を選択したが、実は北京ー黄山にはすでに高速動車が開通していたよう。
北京の方がずっと遠いにも関わらず、高速動車で5時間。
ちなみに上海から長距離バスで黄山へは5~6時間。
列車で12時間とは、この開きはなんだろう。
チョンさんに訊いてみたら、列車は南京まで迂回していくため時間がかかるのだそう。
来年か再来年かには、上海ー黄山にも高速動車が開通するようだ。
そうすれば格段に交通の便はよくなる。
それでもやっぱり、私はこの寝台列車がいい。


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まゆ

Author:まゆ
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中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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