2017-01-19

黄山旅行六日目

2017年1月4日、携帯のアラームが激しい音を鳴らして目が覚めた。
時刻は6時過ぎである。
上海への到着は8時なので、ぎりぎりまで寝ようと7時に起きようと思っていた。
寝ぼけ眼で混乱する。
腕時計を見、携帯の時刻を見、外を見た。
今、ほんとは何時?
中国と日本の時差はたった、1時間だ。
日本より中国の方が、1時間遅い。
なんのことはない。誰にだって難しくないことだ。
それなのに、これだけ旅行を重ねている私が時々時間を間違える。
思ったのより1時間早く起きてしまうことがある。遅いよりはいいんだけど。

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窓の外を見ると、ちょうど蘇州站に停車しているところだった。
まだ空も明けない。

上海站に到着したのは、定刻の8時だった。
そこから地下鉄で移動し、少し観光してから午後のフライトで帰国しようと思っていた。
寄ってみようと思ったのは、“虹口”。
かつて、日本人居住区があったエリアだ。
下りた地下鉄駅・東宝興路では、大きな荷物を見て駅員さんが横の通路から出してくれた。
上海、親切だ。

そこから歩いて行くのは、“多倫路文化名人街”。
昔このあたりには文化人が多く暮らしていたことから、通りを整備し文化人の銅像なんかも並べおしゃれにした。

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けれど、道がでこぼこで重いキャリーバックを運ぶのが一苦労。それに巨大なボストンも。
そのうちトイレに行きたくなって街並みどころではなくなった。
早くこの道を抜けて、トイレがあるようなデパートに出合いたい。

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こんな古本屋さんも。
時刻はまだ9時。開いていない。

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外に見えるように並べられている古書。
洋書、美術書、医学書、軍遠征記、それから日本版・ロシア語版・英語版の毛沢東語録など。
どれも40年~50年代のもので、中には初版本と記されたものも。

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ようやく文化街を東宝興路站方面から抜けた。
そこには古びた洋館があった。
1920年代に広東人が造ったローマ風建築なのだという。

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出口、というか本来は入り口なんだろうけど、そこには石の門。
ここを抜けて車通りの激しい場所に出た。
建物のあたりをうろうろしていると、あるビルの警備員さんみたいなおじさんが「どこに行きたいの」と助け船を出してくれた。
トイレに行きたいというと、「3階に行きな」とエレベーターに乗せてくれた。
上海、親切だ。
3階のカラオケ店でトイレを借りた後、再び下りて付近で見つけた中国工商銀行で出金と入金確認をした。
その時にも、入り口ではお客のおじさんにドアを譲られ、中でも親切にしてくれる人がいた。
上海、親切だ。

多倫路文化名人街を抜けて曲がったところには、もうひとつの目的地があった。

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ここは、内山完造がかつて1929~1945年の間に開いていた“内山書店跡”だ。
内山完造は、ここで魯迅、郭沫若などの文人と交流した。
また、上海を訪れた芥川龍之介や谷崎潤一郎も、ここで上海文化人たちと交流したのだそう。
現在は下部分は中国工商銀行の跡地になり廃墟のよう。

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特に、魯迅とはかなり親密な付き合いだった。

ここからさらに右手に進み、ごく普通の住宅街を進んだ。
その途中、住宅街の中には“魯迅故居”がある。
入り口にはそれを示す看板もさりげなくではあるが、ある。
その門をくぐれば、マンションの敷地に入りその奥に魯迅のかつての住居がある。

門の前で写真撮影をしている60前後の日本人夫婦がいた。
奥さんはお付き合いのようで、旦那さんの方がここに来たかった模様。
魯迅のかつての住まいは、入場して見学することができる。
通りがかりの若い男性が、
「入って見学できますよ」 と親切に声をかけていた。
言葉がわからなくとも表情と雰囲気でわかる。
それなのにこのご夫婦、男性を無視するように門を少しくぐっただけで、そのまま去ってしまった。
せっかく来たのに入り口だけとはもったいない。
それに、せっかく声をかけてくれたのに。
そのご夫婦に悪気はないと思うけれど、少し残念な気分だった。

マンション敷地に入ると、一番奥がチケット売り場だった。
そのドアの前で、一人の中国人男性が立っている。どうやら同じく観光客のよう。
「10時からだからまだ開いてないんだ」
そう教えてくれた。が、どうやら様子が変だ。
覗いてみるともう入れそう。
ドアを開けて訊ねてみると、「開いている」とのこと。
放っておけばずっと待っていそうな雰囲気だったので、男性に声をかける。
「もう開いているよ」
チケットは8元、係の人が案内する形式だったので、三人で一緒にまわる。

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一番奥のチケット売り場の一個手前が魯迅旧宅だった。
一階から入り、細長い部屋となっており、二階、三階と続いている。
内部は一切撮影が禁止だった。

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なのでこれが外にあった内部の写真と説明。
一階には応接間があり、その奥に食事をする部屋があった。
応接間にあるミシンは日本製のもので、魯迅が夫人へ送ったものなのだそう。
狭い階段を上がっていく途中には、お風呂とトイレがあった。
こんな中途半端なところにあるとは。
魯迅の住居がこんなに狭いとは思わなかったが、狭いなりに空間をうまく使いなかなかいい住まいだなと思った。
二階には魯迅が56歳で亡くなった寝室があった。
三階には客室と子供部屋が。
子供の幼い頃の写真も飾られていた。

魯迅といえば、日本人でも知っている有名な文人だ。小説家であり、思想家だった。
中国近代文学史に於いてまさしく聖人とされている。
しかし、私はその中で「阿Q正伝」と「狂人日記」しか読んだことがない。
けれどもなんとも肌になじめず、魯迅は私に合わないと一切放棄してしまった。
18歳の時だった。
今は少し後悔している。今また読み返してみれば、同じ感想を持つことはないだろう。
そんな肌に合わないと敬遠してきた魯迅の旧跡を訪れようとしたのはなぜか。
それは単なる気まぐれだったとは、少し言いづらい。
チケット売り場のおじさんたちは、資料あるよとパンフレットをくれた。
おそらく、ここを訪れる日本人は少なくないはずだ。

ちなみに魯迅は上海へ移住したあと二度、転居している。
最初と二番目の住居も、最後に亡くなったこの故居からそう離れていないところにあった。
魯迅はその活動により国民党当局から、要注意人物として記され捕まる可能性があった。
その為、友人である内山完造が采配し、内山書店のメンバーの名義でこのアパートを借り潜んだのだった。

魯迅故居をあとにして、もと歩いていた路地をまっすぐ進んだ。
この近辺は日本租界があったところで、かつて10万人以上もの日本人がここに暮らしていた。
今も日本人住居が数多く残るということで、その空気を体感しにやってきた。

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こんなのも日本住宅みたいに見えるがどうだろう。
先入観が働き、そこらじゅうの建物がそれに見える。

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こちらはどうだろう。
説明板があるわけでもないので、なんとも言えない。

ハリウッド映画「上海」では、ナレーションが各国租界を説明するシーンで、「日本租界は決して近づいてはいけない場所」と言い表していたような記憶がある。
太平洋戦争勃発前夜の上海の混沌と闇を描いた作品で、日本租界がおどろおどろしく見えたものだ。
その日本租界が、私が今いる、この虹口エリア。

けれども今私の目の前にある虹口は、多くの人が道を行き交いそこらで人が笑い言葉を交わし、温かい食べ物のにおいが漂ってくる明るい街だった。
大きな荷物を抱えしんどそうに歩く私を見て、向こうを曲がるんだよと声をかけてくれた男性もいた。
私が道を尋ねた訳でもなく、バス乗り場を教えてくれたものか魯迅公園を教えてくれたものかはわからないが、親切な人が一人二人三人…。

地図を確認すると前方左手に大きな魯迅公園があり、その南側に上海浦東空港行きのエアポートバスが着くようだった。
親切な男性が教えてくれた通り、適当なところで左折すれば行けると思いきや、なんだかどんどん離れていく。
とうとう公園の向こう側に出てしまった。
時間が本格的に怪しくなってきたので、魯迅公園の中を突破することに。

ちょうどいいことに、この魯迅公園には魯迅墓があるため、寄っていくことに。

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もともと万国公墓に眠っていたのを、死後20年にあたる1956年にここに改葬した。
この時には急いでいて気づかなかったが、これは単なる魯迅像。
正確にいう魯迅墓はこの裏にあったのだ。
そこにある墓石には毛沢東直筆の「魯迅先生之墓」が刻まれ、その左右には夫人・許広平と息子・周海嬰が植えた松がある、と魯迅故居でもらった資料に書いてあった。
ちなみにこの公園もとは虹口公園という名だったが、魯迅がよく訪れたということから、魯迅公園と改名された。

公園を抜け、エアポートバスが来そうかしばらく待ってみるが、なかなか来そうもない。
近くには地下鉄駅もあったが荷物が多くしんどかったし、時間もなかなか深刻だったので、タクシーで空港まで戻ることにした。
飛行機は遅延したものの、その後無事帰国。



ちょうど一年前、新年を迎え今年は黄山に行ってみようと決めた。
これほどの有名な場所でありながら今まで行き先の候補にあがったことがなかったのはなぜだろう。
とにかく急に行きたくなり、夏に決めた。
けれども予定はかわり、流れで年越しを黄山で迎えることになった。

冬の黄山が一番うつくしい。
そんなふうに言う人は少なくない。
今回知り合った黄山人ミンさんもそのように話していた。
私が体感した黄山が、そんなふうに語られる冬景色だったかどうかはわからない。
雪化粧、粉雪舞い霞む峰々、枝葉から下がるつらら、肌に突き刺さる冷気。
もしそういうことをいうのならば、私はまだ黄山の冬の魅力をなにも見ていないことになる。

けれども、やっぱりこの日この時でよかったなと思う。
黄山のうつくしさは、春、夏、秋、冬の四つでは収まらないだろう。
冬のうつくしさがあるならば、冬のうつくしさだけで、その毎日分があるだろう。
ならば、冬の黄山の中で、この日とこの日の素晴らしさに触れることができた。
それは何にも比較することはできない。

全季節、黄山を体験する。
そんなふうに決意した私だったが、たとえ各季節に黄山を訪れたとしても、それはただ四度だけ訪れたということにすぎないだろう。
「何度も来ているけどまだ見ていないものがたくさん」
そう言った友人の言葉。
それは単に、あの怪石を見ていないだとかあの峰に登っていないだとか、そういうことではないはずだ。
同じとき、同じ場所にいたとしても、そこにいる人が皆また同じものを見ているとは限らない。
奇怪なところから伸びる黄山松。
風吹きすさぶ絶壁から望む、遥かな峰々。
霞んだ岩肌の重なりの向こう。
各々が各々の風景を、そこに感じているはずだ。
ならば、五年後の自分、十年後の自分は、一体ここにどんな風景を見るだろう。
そう考えたならば、一生かかっても、黄山を見尽くすことなどありえないのだ。

黄山はあらゆる景観の美を備えている。
そう賛美され、中国の中でももっとも特別な聖山とされるのは、そういうところにあるのかもしれない。
「五岳より帰り来れば他の山は見ず、黄山より帰り来れば五岳すら見ず」
ならば、もう黄山から離れられないではないか。
だから、今まで黄山を選ばなかったんだ、今になってそう思う。




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目の前に広がる風景はそのまま自分のこころ



〈12月30日〉
成田上海 ー   [寝台列車泊]

〈12月31日〉
黄山 〔黄山風景区〕 慈光閣→玉屏楼→光明頂→排雲楼賓館→丹霞峰  [黄山山頂泊]

〈1月1日〉
〔黄山風景区〕 丹霞峰→白鵝嶺→雲谷寺 - 屯渓 老街  [屯渓泊]

〈1月2日〉
〔安徽古村〕 呈砍 ー 霊山 ー 唐模 ー 徽商大宅院 ー 徽州古城 - 屯渓 老街  [屯渓泊]

〈1月3日〉
〔安徽古村〕 宏村 ー 南屏 ー 西逓 - 屯渓 老街 -  [寝台列車泊]

〈1月4日〉
上海 多倫路文化名人街 ー 虹口旧日本人街 ー 内山書店旧址 ー 魯迅旧宅 ー 魯迅公園 ー 成田


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年末年始旅行、お疲れ様です。
黄山はとてもきれいですね。
まゆさんの日記読みながら行った気分になりました。
私も年末年始、ハルビン経由して漠河の奥、「北極村」に行きました。マイナス30度の世界です。まつ毛は凍り、とてもきれいな雪景色でした。アムール川は凍ってアムール川が国境でロシアの山も見えました。

次はHISで激安ツアー見つけ、2月に職場の人と二人で大連2泊3日に行きます。

その後は脱中国で今年の年末には初モスクワにチャレンジします。

またブログに遊びにきます。

Re:

由紀さん、ありがとうございます~
アムール川越しにロシア!私も行きたい!マイナス30度だなんて、行動力すごいですね。
私も経験してみたい…いいな~
2月の大連も寒そうですね。
そして年末のモスクワも…。実は、ロシアはサハリンで一度経験しているのですが、日本に近い端っこロシアだったので、いつか大陸へ行ってみたいと思ってるのですが。時間もないしお金もかかるし。
でも、あのサハリンでロシアの雰囲気への憧れが強まりました。
今から楽しみですね!
私も今年一年いろんなところへ頑張ります(^^)/

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旅行記時々拝見させて頂いております。
私も昨年5月に西安&蘭州旅行か黄山と宏村周辺の旅行を検討した事がございまして、今回のまゆ様の旅行記をとても楽しく拝見しました。
いいですね~行きたくなりました。
次の旅行記も楽しみにしています。


Re:

Kyubeyさん、ありがとうございます。
そうだったんですね、何かご参考になれば幸いです。
今回黄山へ行きまして、他の季節にもまた訪れたくなりました。春夏の色彩のある黄山・古村はきっと素晴らしいと思いますし、暖かければ動きやすいかと思います。けれど、冬の黄山には山そのものの魅力がダイレクトに伝わってくるような雰囲気がありました。でも冬は非公開の場所も少なくありません。
だからせっかく行くのであれば、どのシーズンを選ぶのかも大事かと思います。
宏村には宿泊施設もあり、何人かにそこで一泊することを勧められました。そんなのもいいかも知れません。

魯迅

 以前に北京の盧溝橋 のことでコメントしたものです。非公開コメントとしましたが意味を勘違いしていました。今回は公開コメントです。
 私も数年前に上海の虹口エリアを訪れ、魯迅故居、魯迅記念館などに行きました。上海自体が中国の街の中でも独特の雰囲気を持っていると思いますが、旧日本租界一体もまた独特の雰囲気を持っていると感じました。
 魯迅の小説「阿Q正伝」と「狂人日記」は、寓話的な内容で私もわかりづらいと感じています。それよりも「藤野先生」「故郷」を読まれると良いと思います。「故郷」は魯迅の小説の中で私がもっとも好きな作品です。幼少の頃の美しい思い出と現実の中国が重なる形で叙述されています。魯迅記念館に生原稿が展示してあって感激しました。
 

Re: 魯迅

hirachanさん、魯迅がお好きなんですね。
hirachanさんのように魯迅文学への理解がある人こそ、これらの史跡を訪れる意義があるはず。私は思い付きで軽い感じで訪れてしまいましたが、せめて再読してから行ってみれば感じ方も違ったなと少し残念に思います。
もともと社会的な思想色が強い作家があまり得意ではないんです。でも中国を知るうえで避けられない作家ですよね。
記念館には生原稿があったんですか、今回は立ち寄らなかったけれど、次の機会にはぜひ自分なりにでも作品に触れてから訪れたいものです。
このエリアはさまざまな意味で日本人にとって関係深い場所ですね。
プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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