2017-02-27

鳳凰旅行三日目~その一~

2017年2月12日、昨日と同じく、競うように鳴くニワトリの声で目が覚めた。外はまだ明けきらぬ空。
今日は9時か9時半に出発するバスで、ミャオ族の集落に行く。
出発の時間も場所もはっきりしていなかった。
手配をとってくれたリージュエンは、ガイドと連絡とりながら教えるから、微信から目を離さないでね、と何度も念を押していた。

その時間までに行っておきたい場所があった。
昨日はいつどこでかはわからないが、中国の携帯をなくしてしまった。
リージュエンはその電話番号に何度も電話をかけショートメールを送ってくれたが、一向に反応はないみたいだった。
最後の希望で、昨日立ち寄った時にすでに閉まっていた、あの衣装屋に行ってみることにした。
北門城楼の沱江はさんでその斜め向かいにある、木橋のすぐ近くだ。
時刻は9時前だったがすでに扉は開いていて、二人の男性がパソコンに向かっていた。
事情を話すも、やはり心当たりがないよう。
知ってても言わない可能性もあるけれど。
室内を探させてもらってもやはりないので、もういよいよ本当に諦めることにした。
所詮、ものはもの。
また買えばいい。

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鳳凰大橋から見下ろす、古城。
橋の上にはカメラマンがいく人か。

日本の携帯を確認すると、リージュエンから微信にメッセージが入っていた。
連絡を取り合い、彼女と民宿の付近で落ち合った。

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古城の昔ながらの街並みも素晴らしいけれど、私はこうした現代のにぎやかさも好き。
観光地としてお店が並ぶ古城にはない、人々の生活の活気がこういう場所にはある。

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彼女は朝ご飯をごちそうしてくれた。
米麺に上に載せる具を選べる。
温かくてとてもおいしいが、散らばる唐辛子を噛んでしまいたいへんな思いをした。

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通りには馬も行く。
人を乗せるのかなと思ってみていると、みんなこんなふうにブロックを掛けられていく。
ブロックのあたる場所が禿げていて、痛そう。
重そうにゆっくりと進みどこかへ行った。

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朝ご飯のあとは、彼女の民宿に行きどのツアーに参加するか最後の確認をし、ここでツアーの基本料を支払った。
一人180元。
おそらく追加料金が現地でかかるだろうということだった。
夜まで参加するタイプの方が、追加料金がかからないから安いと話していた。

民宿の前までバスは来てくれて、私たちは歩かずにバスに乗り込むことができた。

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このバスに乗り込む。
小型のバスには10数人のツアー参加客が乗り込んでいた。
「わからないことがあったら微信で連絡してね」 とリージュエン。
バスはすでにいっぱいだったが、運転手さんの横が空いていた。
みんな友達や夫婦で参加しているから、この席には座らない。
私には好都合だ。
前の景色見放題の特等席に座る。

行先は、“苗人谷”、鳳凰周辺に点在する苗寨のひとつ。
鳳凰古城から西に23㎞のところに位置する。

ほぼ時間通りに出発して、のどかな山道を進む。
一時間もしない頃、バスはちょっとした集落に停まった。
ツアー客はみな降りて赤い旗を持った元気なガイドさんについていく。
はぐれたら終わりなので、バスのナンバーとフロントに掲げられた運転手の電話番号も控える。
携帯はないんだけど。

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この日が晴れて良かった。
やわらかな青空に、田んぼが広がる。その中に点々とする民家。
歩くのも楽しい。

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やがて辿り着いたのはこんなダムみたいな場所だった。
昔々とした村に突然こんなものが現れるからびっくり。
手前にはトイレがあり、その前には村人たちがお土産を広げて売っていた。
ミャオ族の刺繍なんかはわかるけど、靴とかどこにでも売っていそうなものまで。
きっとここで靴ダメにした人なんかが買うんだろうな。

ここでまた料金を回収。
ガイドさんはノートのメモを見ながら順番に呼んで徴収していく。
先ほどリージュエンに支払ったのはツアー料金で、これは入場料と思われる。
記憶が不確かだけど、一人120元をたしか支払った。
価格が書かれた看板によると、苗人谷68元、舟20元/回、苗族博物館68元。
博物館には行っていないし、舟は計2回乗った。
あと、食事代も含まれている。
だから、ちょっと価格の明細がわからない。
事前にリージュエンは、「苗寨に行くのに客引きにかかってはダメ、高いチケット買わされるから」と話していた。
地元の人は安いチケット買えるからと。
中国ではどこもそれなりにある話だけれど、こうした観光地化した少数民族の地はとくにぼったくりの例が多いようで要注意だ。

ここからいよいよ入場しダムのような設備を越すと、その向こうにはエメラルドグリーンの湖が広がっていた。

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舟に二回乗るからと事前に知らされてはいたけれど、こんなにきれいな風景の中とは知らず、感動する。
「蚩尤湖」というらしい。
周囲は特徴的な岩肌をしていて、説明板があった。

「蝶母崖」 と名がある。
この岩肌は浸食により削られて両岸に分かれたものだが、白い岩肌が両側に分かれた様は蝶が舞い踊るよう。
ミャオ族はかつてここに、“蝴蝶妈妈”の伝説を映し見たのだという。
蝴蝶妈妈の伝説とは?
蝴蝶妈妈は楓の木が生んだ蝶々、この蝶々は12個の卵を産み、その卵は姜央、雷公、龍、虎、蛇、象、牛などの12の兄弟に孵化した。これが、ミャオ族のルーツであると、そういう伝説があるそう。
だから、楓はミャオ族にとって神聖なものであり、蝶々とともに重要な図柄なのだと。
この伝説は歌にもなって語り継がれているのだという。
ミャオ族は文字を持たなかったので、そうした歌で物語を伝えたんだそう。

いかだの上に屋根が設置されているような、そんな舟に乗りこんでゆっくりとゆっくりと湖の上を進んだ。
ガイドさんはとても快活で、そのしゃべりが止まることはない。
いつもの一人旅であれば、しっとりとしたこの静かな風景と緩やかな流れにひたるだろう。
けれど、ガイドさんのかしましさに思考は働かない。
こんなのもたまにはいいなと、不思議とそう悪い気がしなかった。

いかだが寄り付いた先には、巨大な洞窟があった。

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その入り口には牛の骨。
魔除けかな、と思う。みんな約束事みたいにそれに触れて中に進んでいく。

途中途中には看板が立て掛けられ、ミャオ族の言葉を紹介していた。
「我爱你」 私はあなたを愛しています
このミャオ族の言葉を中国語で表すと、「歪彦木」。ワイヤンムー、といったところ?
「我不爱你」 私はあなたを愛していません
これは、「歪介彦木」、ワイジエヤンムーといったところ?
介が否定になっているのかな。
ミャオ族は文字を持たなかったので、書いて表すには中国語を用いるしかない。
いかだの上でもガイドさん、いろいろミャオ語を紹介していた。

銅仁空港から鳳凰までの車中、
「ミャオ族は普通話(中国語の標準語)がわかるの?」 と訊いてみた。
「若い人は出来る人が多いけど、お年寄りの中には出来ない人がいるよ」 そう旦那さんは答えていた。
実際来てみると、古城で観光客を誘う人たちはみんな中国語だった。
現代、普通話ができなければ生きていけないだろう。
こうして少数民族固有の言葉はどんどん失われていく。
例え理解する人が残っていたとしても、使われなくなったらそれは死んでしまったも同じだ。
今回の旅行で、生きたミャオ族の言葉を耳にする機会はなかった。

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洞窟の内部は天井がとても高くて、距離感がわからなくなった。
エメラルドグリーンの水面が差し込む光をとり込んで、神々しい。
ミャオ族はここを神聖視したのだそう。

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左手を見上げれば、このようにさらなる穴のようなものが。
かなりの高さにあるが、こんなふうに段になっているところに当時のミャオ族は潜み、敵を迎え撃ったよう。
天然の要塞だ。
ここにはかつてミャオ族の王が駐屯(?)したので、「王営」とも呼ばれるそう。

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一番奥にはすごい迫力の滝がふたつ。
その高さ、なんと120mにもなる。
水量がそう多いわけではない。
細かな層を刻む岩肌にぶつかりながら、零れ落ちる。

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周辺の岩石はみな細かい層を重ねるかのような形状をしていた。
こうした岩石はおそらく薄い板状に切り出すことができて、そしてそれらは塀だったり壁だったりに利用されていた。
母は、「ミルフィーユみたいだね」と言い表したが。
玄武岩の板状節理、というのが答えのよう。

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来た方を振り返れば。
人間がとっても小さい。
現代の整備された通路を私たちは進み奥に入ってくることができる。
けれど当時にはこんなものはなかったはずだから、どうやったものだろう。
舟を利用して、というのはまだわかるが、先ほど見上げた「潜伏場所」、あそこに登るのは一苦労だ。

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行きはいかだに乗ってやってきたが、帰りは端に通った歩道を歩いて戻る。
けっこうな距離があるように見えたが、すがすがしい風景に時間を感じない。あっという間にもとの場所に戻ってきた。

バスまで歩いて戻る道、古い民家には洗濯物が干されていた。
小さな子供のサイズのミャオ族の衣装。
よく見ると、ファスナーが付いていて現代風。
これはおそらく、観光客向けに子供に着せるためのものだ。

実はあちらこちらにおばあさんと子供がいた。
到着したときにも、「これ買って」、「お金ちょうだい」。
なんとも悲しい気持ちになった。
花を編んでつくった冠。「3元だよ」
きっと、今朝摘んだばかりのお花なんだろう。色鮮やかで、とてもきれいだった。
鳳凰古城内にも南方長城にも今日まわったどのルートにも、この花冠を売るおばあちゃんはいた。
そういえば、四川・黄龍渓に行ってみた時にもこんなお花の冠があって、とってもきれいだったから買ってみたかったけど、一人旅だしとやめたのだった。
あの時にはこんな気持ちにならなかったのに。
私の少数民族に対する勝手な色眼鏡だ。
でも、花売りのおばあちゃんはともかくとして、やっぱり子供の姿は胸が痛んだ。

バスを降りた辺りまで戻ってきたが、そこにバスの姿はない。
ツアー客たちはすでに散り散りになっていて、さてどうしようかと思っていると向こうからやってきて安心。
連絡方法を持たない私たちは、はぐれたら終わりだ。
ガイドさんは、ツアー客に番号をふり、名前ではなく番号で点呼する。
「518!」
「はい、いるよ」
「320!320、どこ?」
10数人しかいないので、どんな基準でこんな番号を割り振っているかは不明だが、終始この番号で呼んでいた。
私たちには、番号はない。ただ「日本人」だ。

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バスが次に向かったのは、付近の村落だった。
途中、別の苗寨を示す標識も。

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この入り口も、先ほどみたいな湖だった。
ふたたびいかだに乗り、向こうへ。このエメラルドグリーンの向こうに待っているのはどんな風景だろう。
いかだの上では、ガイドさんが元気よく歌う。ほんとうに元気。
日本人もだれでも知っている童謡だったけれど、なんの歌だったのかは覚えていない。
もちろん中国語、そのためリズムも中国風。
歌い終わって、ガイドさんはツアー客にも一緒に歌うように促した。
みんなものりよく一緒になってうたう。
私も参加したくなったが、歌詞がわからないのが残念だった。

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いかだが到着したのは、山間にあるいかにもといった村だった。
いかだを降りて石の階段に足をかけると、そこには三人の子供がふさぐようにしている。
村の子供で、日焼けで真っ黒だった。
子供たちは、お客が到着すると一斉に歌いだして私たちを出迎えたが、どうもやらされているふうが否めない。
歌っているのはミャオ族の民謡のようだった。
私は、カメラを向けた。
子供を撮ろうとしたのではなく、行く道行く道を撮影していくのが私の習慣だった。
けれども、図らずも子供は両手で顔をふさいだ。
絶対に写りたくないというふうに。
先にも、歌で出迎える子供がいた。
その子供も、私のカメラを見てとっさに何かの袋を顔に被った。
その姿がなんとも無感情に見えて、胸が痛くなった。
こんな村にこんなに小さな子供がたくさんいることは嬉しいことなのに、複雑な感情の方が勝ってしまう。
旅先の子供にこんなふうな反応をされたのは初めてだった。

階段を登って行くと、木造のぼろぼろ小屋が見えてきた。
「射鶏」
弓矢が用意され、その先に囲われた鶏が数羽。
一回10元だという。
この先のお店で料理できます、なんて文面も。
鶏に逃げ場はない。なんだか、かわいそう。

その射鶏の隣りでガイドさんは待っていた。

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そこに広げられていたのは、この「刺梨」。
それをお茶にする、刺梨果茶。
ビタミンCが豊富で、ビタミンCの王といわれるのだそう。
ここで村の特産を売ろうというわけだ。
一袋500gで50元なので、ちょっと高い。
けれど、せっかくなので一袋を購入した。
試飲もできて、特別おいしくはなかったけれどまずくもなかった。濃い茶色をしたお茶だった。
他の観光客はもっとたくさん購入している。
購入したら袋に番号を書き、預かってくれた。

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木漏れ日がやわらかで、暖かい気候ではなかったけれど、雨でも曇りでもなくてすがすがしい。
やがてちょっとした広場に出た。
前方は斜面になっていて、その斜面には古い家々が建ち並んでどこまでどんなふうに広がっているのかここからは伺えない。

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こんな大きな木造の建築物。
夜にはここで火祭りのイベントが催されるのだろうか。

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中央の石階段を登るとすぐのところにある一軒の家屋。
ツアー客たちはみなその中に入っていくので、私も遅れまいとあとに続く。
無料で見学できます、の文字。

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日本人の感覚としてレトロ。
けれど、私は今まで中国でこういう色合いに出合ったことがないような気がする。
なんだか、開化絵のような色合い。

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ここは古くからあるお宅で、現在も人が暮らしているみたい。
アニメを映す液晶テレビの前にはこたつがあり、写真には写っていないけれど子供がここでテレビを見ていた。
テレビの裏には大きな立派な絵が飾られていて、そこにはまさしく繁栄といった(多分)鳳凰の様子が描かれている。

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左手を見れば、煙でくすんだ美しい図柄の戸棚や台所。散らばる食器。
屋根組が露出した天井からは鉄瓶がさがり、そこには囲炉裏があった。
そこには豚肉が幾本も吊下げられ、まるで墨のように真っ黒なすがたで乾燥している。
天井の梁はどれも木材をそのまま使用していた。
以前に古建築の本で読んだことがあるが、まっすぐに加工したものより、木材本来の形状を利用した方が耐久性があるのだという。

村は全体傾斜しており、斜面に家々が建っていた。
だから進むには傾斜のきつい石階段を登っていかなければならない。

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途中脇を見下ろせば、瓦屋根の下にはミャオ族のお土産ものが並び、何人かのミャオ族のおばあちゃんが並んで座っていた。
眠そうだ。
私たちはツアーでまとまってここを訪れたが、そんなにたくさんの観光客がやってくる様子ではない。
観光客のどれだけがこうしたお土産物を手にするのかと想像すると、おばあちゃんたちも眠くなるだろうな、と思う。

ツアー客はみな目の前の建物に入っていく。
ここでお昼ご飯を食べるよう。
まだ準備ができていないようでうろうろしていると、別のツアー客があっちに「古炮亭」があるよ、と声をかけてくれた。
一緒に登って行ってみると、そこには現代造られたふうの偽物の大砲があり、的が用意され遊べるよう。
10元で6回、安全な球を使っているから安全だよ、と書かれている。
ミャオ族の伝統的な武器だと書かれていたが、なんとも胡散臭い雰囲気の大砲だった。

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大砲の前の古い民家。
玄関先には小さな子供が三人遊んでいた。
日本ではこうした田舎の村にはお年寄りばかり、子供の姿はどんどん減っている。
だから、今回こんなにたくさんの子供を目にし、とても驚いた。
ガイドさんは言った。
「村にはお年寄りと子供しかいません、若い人は出稼ぎに出ているのです」
子供がいる風景はほんらい微笑ましいはずなのに、なんだか商売道具にされている気がして、さらに子供はそれさえ気づくことなく与えられた「仕事」をこなしているみたいだ。
将来、「子供の頃はおばあちゃんにこう歌え、こうお客に接するんだ、なんてやらされたものだな~そんなのも懐かしいよ~」なんてふうであればいいけれど。

お昼ご飯の建物に戻ると、二つの丸テーブルが私たちツアーには用意されており、私は奥のを選んで座った。
気まぐれで参加した現地ツアーだったが、こうして一日行動したのも一緒に食事をするのもひとつの縁だ。

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おかずは色々、火鍋がふたつ。
ひとつは燻製が効いたベーコン、もうひとつは米麺。
ほかにも色々。
ご飯が出てきて、ツアー客のメンバーが取り分けてくれる。
米麺なんかはスープなので、お箸で自分のご飯の上に運ぶのはとても難しい。お箸をつけては、するするとお鍋に戻ってしまう。
それでもみんな遠慮なく自分のお箸をつけてどんどん食べていく。
いろんなおかずもそう。
お箸を遠慮なくおかずにつけていく。
中国の食事はみんなこんなふう。
いいな、と思う。
日本では、お箸は汚いもの。
食事も遠慮するのが根底にあるから、例え親しい間柄であっても相手の箸の進み具合や、どれに箸をつけるかなんてのもけっこう神経をつかう。ばくばく食べたら、呆れられてしまうこともある。
それはそれで素晴らしい文化だなとも思うんだけど、私は疲れるのだ。
そんなのとは真逆の食事風景だ。
おかずはあっという間になくなり、特にベーコンが人気でお鍋もおかずもどんどん追加された。

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ベーコンは日本の手を掛けられたものとは違って、肉そのもの味がした。
おいしかったし、初めての味わいだった。

食事と一緒に出てきたのは、私が大好きなお酒。

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真っ白な米酒だ。
とっても甘い。度数を訊いたら、10度くらいとのこと。
私は甘いお酒があまり好きではないのだけど、お酒自体が好きなので楽しんで飲んだ。

ところでこのお酒、ヒョウタン型に入っている。
このヒョウタン型のお酒、あちこちで見かける。
実は、先ほどの蝴蝶妈妈の伝説には続きがある。
ある時、雷神が捕えられた。
その雷神をある兄妹が水を与え解放してしまう。
すると雷神は兄妹にヒョウタンを与えた。
そのあと雷神が引き起こした洪水により、兄妹以外のすべての人間ー蝴蝶妈妈が生みだしたーは死んでしまった。
しかし兄妹だけは、このヒョウタンに逃れ助かった。
助かった二人は肉塊を産み、それを細かくすると人間になった。
これが、ミャオ族のルーツだというのである。

みんなは食べ終えて、次々と外に出ていった。
ガイドさんは私の隣りに座っていた女の子に私たちを指して、「二人を頼むね」と託した。
私たちにも、「彼女についていきな」と言った。

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私はのんびりと、厨房を覗いたり。
やっぱりカゴが多用されているよう。

私たちはのんびりと周囲の景色を楽しみながら、バスまでの道を進んだ。
この時には名前をまだ知らないが、彼女の名前はシェン・チゥユンといった。
チゥユンは隣りの隣り、雲南省に住んでいるのだという。
一人で旅行をしているらしい。
頭に花冠をかぶり、とてもかわいい。

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途中、こんな衣装が並べられた建物が。
観光客向けの貸し衣装だ。
ミャオ族の衣装だけれど、本物ではないだろう。

一言にミャオ族といっても、言語、服飾などから様々に分類することができそれぞれを違う民族ととらえることもできるそう。
たとえば、赤ミャオ、青ミャオ、黒ミャオ、など。
これは衣装の色を表している。
古城などに散らばっている衣装屋が持つ衣装は赤がメインだったけれど、青や白なども色もあり人気だった。
本物ーつまりミャオ族の女の子がお祭りの時にまとう姿ーを目にすることができなかったのは残念だけど、それも当然の話だ。

ミャオ族にはお祭りがある。
その中でも毎年春に開かれる姉妹飯祭というお祭りでは、若い女の子たちが華やかにこうした民族を身に纏い、家宝ともいえるような素晴らしい細工の銀の装飾をじゃらじゃらと身につけ歌うのだという。
昔、同族の婚姻はタブーだったため、娘たちは村の外で結婚相手を見つけなければならなかった。
しかし、なかなかそんな機会などない。
そこで、お祭りを開き身を飾って、よその村の男性を呼んだ。
帰り際にはお土産におこわを持たせた。
それがきっかけになって男性たちはまた女の子たちに会いにくるようになり、恋愛のきっかけになるというものだ。
つまり、出会いの為のお祭りだ。
きっと華やかなお祭りなんだろうな、と思う。

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こちらは、衣装と一緒に並んでいた、銀の冠。
もちろん偽物だけれど、ミャオ族がどれだけ精巧な銀細工を持っていたのかを知ることはできる。
銀はやわらかい。
ぐしゃりとやってしまったら大変だな、とつまらないことに頭がいく。



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まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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