2017-05-31

喀什旅行二日目~その一~

2017年5月2日、目いっぱいの寝不足を抱えて、目が覚めた。
まだ暗い北京だ。

北京首都空港からウルムチへ。
ここでふたつ、ちょっとしたトラブルが発生した。

その一つは、チェックインの時だった。
北京空港はそれはたいへんに混雑しており、順番を待つだけで時間を消耗した。
搭乗時間は間近に迫っており、焦ったところに。
「荷物の重量がオーバーしています」
たしかに、荷物の量は尋常ではなかった。
なにしろ、今回は空港で友人が出迎えてくれるため、より多くの荷物を持って行けると頑張ったのだ。
けれど、今までもこれと大差ないものだったし、なんだかんだで二つは預けることができ重量オーバーを宣告されることがなかったので、今の今まで一度もそれを恐れたことがなかった。
「預けられる荷物は、20㎏まで」
カウンターに示されたデジタル数字は、無残にも38㎏を示している。
18㎏分なんとか手荷物に回せないかとやってみたが、もともと手荷物でしか運べない物、預け荷物でしか運べない物、を仕分けていたので不可能だった。
手荷物のボストンもぱんぱんだ。
となると私の荷物は総量でいったい何㎏になるんだ?
そのほとんどが友人のために持ってきたものだ。すごいことだ。
仕方なく、支払カウンターに行き、超過18㎏分の料金を払う。
約400元。
余分な出費だったけれど、思ったほどではなくて安心。

と安心していると、二つ目のトラブル。
それは保安検査を通過する時だった。
「これは持ち込めない」
保安検査官にそう示されたのは、レンタル移動WiFi。

周知のように、現在全世界的に飛行機に乗る際に持ち込むリチウム電池・リチウムイオン電池に制限がかかっている。
例として、携帯電話、デジカメ電池、モバイルバッテリーなどがあげられるが、器機内蔵電池はいくつまで、予備電池はいくつまで、と決まりが設けられるようになった。
各国で差はあるのかもしれないが、中国もどうやら同様の基準のよう。
リチウムイオン電池類は、預け荷物はいずれも不可で、手荷物として持ち込むことができる。
手荷物としては、パソコンなど器機内蔵電池は160Wh以下であれば数量制限なし。
モバイルバッテリーなど予備電池は、100Wh以下であれば数量制限なし、100を超え160Wh以下は二個まで可、160Whを超えるものは一切不可。
しかし現実的に、これを超えるような状況はまずありえないため、ほとんどの乗客は神経質になる必要はない。
私は毎回、予備電池としてモバイルバッテリーを二つ携帯している。一つでは足りないからだ。
しかし、二つあわせても30Whにも満たない。数量制限なしの部類だ。
今回不可とされたレンタル移動WiFiは器機内蔵電池にあたるのではないか。表示は忘れたが、規定の数値をオーバーすることはあり得ない。これもまた、数量制限なしのはず。

保安検査官は、対応カウンターにて別の係り員にこれを引き継いだ。
「今まで持ち込めた、問題ない」
そう言うも、断固受け入れない。
搭乗時間が迫っていることを伝えても不可。
隣りの看板に書かれた、「160Wh」を指差し、超えているからダメだと言う。なんてことだ。
レンタルWi-Fiの器機は手元にある。
そのアンペアなどが表示された箇所を係員は示し「超えている」というが、計算どうなっているんだ?
証拠は手元にあれど、相手は認めない。
「これがないと、困る!」
現地で連絡がとれないのは致命的だから、海外パケットし放題を使うしかない。となると現地Wi-Fiを利用しても一週間で3万ほどにもなり、バッテリーの消耗も激しくなる。
また、レンタル会社から器機弁償させられるのでは?
「捨てるか、宅急便で送るか、どちらかだ」
そう言い放つ係員。
しかし搭乗時間は目前で、日本に送り返すあれこれなんてやっている余裕はなく、ダメなら放棄するしかない。
搭乗時間まであと5分となり焦った私は、「先にトイレ行ってくるから待って」とトイレに行った。
戻ってくると、驚くべきことに係員は「持って行きなさい」と器機を返してきた。
中国において、こうした対応もまた珍しいことだ。

今回の旅程、片道三回、往復六回、飛行機に乗る。
東京ー北京、北京ーウルムチ、ウルムチーカシュガル。
辺境ほど空港は厳しくなるから不安でいっぱいになった。
結論からいうと、残りのフライトでこうした事態は起きなかったが、今後が心配だ。

そういうわけで焦りに焦った搭乗となった。

北京首都空港から7時20分発、海南航空 HU7245便で四時間。
新疆ウイグル自治区首府・烏魯木斉(ウルムチ)へ到着したのは11時半。

ウルムチには友人が複数おり、今回出迎えてくれることになっていた。
その中の一人、ロンさんは私の面倒見役で、今回の旅行の相談あれこれをして協力を仰いでいた。
到着した一階から二階の出発ロビーにあがり待っていると、彼らはやってきた。
久しぶりの対面だ。

ウルムチ在住のロンさんに、その奥さんチャン・イー。彼女はわざわざコルラからやってきてくれた。列車で六時間の距離だ。
運転してきてくれたのは、去年のイーニン旅行で一部旅程を共にして友達になったチャンさんの弟で、彼は昨年のクチャ旅行の際には空港の送り迎えをしてくれた。
チャン兄弟は河南出身で、チャン兄の奥さんフェイフェイ、かれら三人はここ数カ月ウルムチを離れ河南に帰郷していた。
車を運転して三日をかけウルムチに戻ったのは、つい昨日のことだった。
会えることができてうれしかったが、出迎えにフェイフェイ夫妻の姿はなく、チャン弟のみ。
今夜私はウルムチに一泊するので、夜会えるのを楽しみに待つことにした。

チャン弟が運転をし、その隣にロンさん。
後ろにはチャン・イーと私。
トランクに大量の荷物を載せ、高速道路を走る。
外はかすかに雨が降り出していて、天気はあまりよくない。
ウイグルとイスラムの情緒たっぷりのウルムチ市内へ向かうと思いきや、外の風景はそれとはどんどん離れていくよう。
「どこへ行くの?」 と訊いてみると、
「昌吉へ行くよ」 とチャン・イー。

昌吉はウルムチ隣りに位置する、回族の街だ。
三年前初めてウルムチを訪れた時、つまりこの友達たちと初めて出会った時に、晩秋の胡楊を一緒に見に行った街だった。
街から郊外に抜けて、夕日に輝く黄金色の胡楊を見た。
風景区に着いて小さな土丘を登り見渡すと、目の前には雄大な大地が広がっていた。
大地、という言葉を初めて実感した瞬間だった。
一面の綿花畑に、眩しい胡楊。
あっという間もないくらいに、大地の向こうに色濃い太陽が落ちていった。
あの風景、感覚を今でも忘れることはないし、あの黄金色の風景は私のひとつの原点になった。

あの時、私の中国語は今よりもっともっとダメだった。
つまり、会話もろくに成立しない私に対し、話が合うとか考えに共感したとかそんなことはありえないわけで、それなのにこうしてあれ以来今でも仲良く交流を続けてくれていることは、ありがたいというか不思議なことだ。
あれから色んな中国人と交流し、友達になったことも少なくない。
しかし、そのすべてが良い結末だったわけでもない。

昌吉は空港から30㎞ほどなのだという。
ウルムチ市内からだと少し遠いが、空港方面なのでそんなに時間がかからない。
その通り、間もなくして小さな街に辿り着いた。

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車を降りて道を行くと、横断歩道の向こうから学生がうじゃうじゃと渡って来る。
子供はどの国もかわらないけれど、教育環境はぜんぜん違うなと思う。
こうしてみな揃った制服を見てみると日本の子供の方が自由のようにも見えるけれど、表情を見ればそんな考えも消えていく。

この道あの道を、尋ねながら進んで行く。
途中で道端で売られているヒマワリの種を買い、私たちはそれを食べながら歩いた。
慣れないとなかなか食べにくいので、やがてそれに集中し、置いていかれる。

私たちが向かっているのは、お昼ご飯を食べるお店のよう。
ウルムチの友達、リー・リーはそこで待っていてくれているのだそう。

「ずっと前からわからなかったんだけど、北京では12時がお昼、ここは時差が二時間あるけど新疆ではお昼は何時なの?」
私はかねてから曖昧だったことを訊いてみた。
中国は広大な大地にも関わらず、全土が北京の標準時間に統一されている。
そのため、同時刻に北京は夜中、新疆では昼間のように明るい、なんてことになってしまう。
その不都合を解消するため、ここには新疆時間と呼ばれる現地時間が存在する。
新疆時間は北京時間からマイナス二時間だ。
しかしここに暮らす漢族はみな北京時間をそのまま使用しているようだったので、お昼といえばやっぱり時刻を優先して12時なのか、それとも実際の感覚を優先して2時なのか、ずっと疑問に思っていたのだ。
「12時だよ」
まだちょっとはっきりしなかったので、重ねて訊いてみる。
「では、新疆では何時にお昼を食べるの?12時、それとも2時?」
「北京時間2時」
なるほど、そうかぁ。
「じゃあ、北京時間2時に中午好(お昼時間の挨拶)なの?」
「そうだよ~」
新疆では、時間についてやり取りする際、北京時間と新疆時間とそのどちらのことをいっているのか注意しなければならない。間違えれば、いらぬトラブルを引き起こしかねない。
さらにいえば、新疆時間は北京時間マイナス二時間だが、新疆ウイグル自治区自体がそもそも広大であり、その中にも感覚的時差が生じる。
私の新疆ウイグル旅行はこれで五度目になり、その都度旅行記にこのことを書いてきた。
毎回読んでくださっている方には少々くどいが、それでも前提として触れておかなければならない。
ちなみに、いわずもがな日本と新疆の時差は三時間ということになる。


やがて私たちはリー・リーたちが待つお店に着いた。
民族料理のお店ではなく、火鍋のお店だ。
私は火鍋が大好きで、別の友人からも「毎回毎回、火鍋食べて、そんな火鍋好きなのか?」と言われたこともある。
私が選んだわけではなく、歓迎してくれる友人たちのもてなしの結果だったけれど、彼らは私が火鍋を好きなのをわかっていると思う。
お店の人たちとロンさんたちはみな顔馴染なのだという。
お店で待っていたリー・リーと、もう一人ルオさんという女性が加わり、ここで6人のメンバーとなった。

お店の窓からは、街の風景が見渡せた。

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明るい街だ。
あんなにどんよりとし細かい雨まで降っていたのに、昌吉に着いた途端に青空が見え始め、街路樹は陽の光を受けて眩しいほどになった。

この街には、ウルムチや新疆の他の街のように、雑多としたウイグルの雰囲気がない。
整列として明るくて、まるで内地のどこかの都市のよう。
新疆ウイグル自治区には各地それぞれいろんな表情がある。
けれども、こんな民族くささのない街はここでは異質に感じられた。少なくとも私にとっては。

「ここにはウイグル族はいないの?」
訊いてみると、「少ないよ、ここにいるのはほとんど回族」
「ウルムチとは雰囲気が違うね」
「うんうん、そうだよ」
今目の前を道行く人々は、おおざっぱにぱっと見れば、内地に暮らす人々とそう変わらないように見えた。
髭をたくわえたおじいさんも見えなければ、鮮やかでエキゾチックな衣装に身を包み、頭髪をストールで隠す女性も少なかった。
「回族はムスリム(イスラム教徒)なのに、ムスリムいないの?」
「みんな全部、ムスリムだよ」
「ストール巻いていないよ」
「ここにはストールを巻いていないムスリムもいる」
女性が頭髪を隠さないでいいのかな?
「じゃあ、どうやって回族ってわかるの?」
「顔見れば、私たちにはすぐわかるんだよ」
昌吉回族自治州、その名の通り、ここは回族の街。
回族はイスラム教を信仰する民族だ。
わからなくとも、道行く人はだいたい回族でありイスラム教徒だと思って間違いないかもしれない。

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とうとう、待っていた火鍋がやってきた。
火鍋といえば日本人はしゃぶしゃぶを思い起こすが、中国で火鍋という場合、決して必ずしもしゃぶしゃぶタイプというわけではない。
ようは、鍋の料理をすべて火鍋と呼ぶのだ。火にかける鍋、火鍋。
私が好きなのはしゃぶしゃぶタイプの火鍋。
好きなタイプの火鍋で嬉しい。
みんな、食べな食べなと私のタレの器に、具材を放り込んでくれる。

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みんなで同じお鍋に箸をのばす。
私の箸の使い方を見て、誰かが言った。
「日本にもお箸あるの?」
「あるよ~でも形がちょっと違う。中国のお箸は少し長くて使いにくい」
そう言うと、
「ほら、こうするために中国のは長いんだよ」
と、お箸を鍋にのばして具材をすくった。
それを見てみんなが笑う。

「日本ではご飯食べる時、話する?」
私があまりしゃべらないので、そう訊いてきたものか。
実はみんなの会話についていけず、傍観者のようになっていた。
でもマイペースでいられるのが楽なところ。
「もともとは、ご飯食べる時におしゃべりするのはダメ、マナーがない」
そんなふうに言ってみたものの、激しく実際は違うよな~と思いながら。
日本だって、食事は会話を楽しむ時。
「子供の頃は、食事中はしゃべってはダメ、テレビ見てはダメ、なんて教えられる」
と言ってみたものの、それはいつの時代のどこの家庭の話だ。

みんなせっかく私に気を利かせて話題を振ってくれているし、これは日中文化相互理解のよい機会であるはずなのに。
それなのに、いつも真面目に考えた挙句、結局とんちんかんな答えを言ってしまう。

「日本料理はおいしいと思う?」
今度は私が質問してみた。
「おいしいとは思う。でも高いから」
おそらく、彼女たちが食べたことがある日本料理というのは中国にある日本料理。
日本人の感覚でいったら100%日本料理そのものではないだろうし、刺身とか天麩羅とかトンカツとか鉄板焼きとか、そういう定番だと思う。
けど確かに、日本の外食は高い。
居酒屋なんかに行ってもレストランに行っても、小さな一品一品が高い。
10元前後で麺が、数元で小吃(屋台などで売られる手軽な食べ物)が食べられる中国の感覚で言ったら、出費は大きいだろう。
「友達とお酒を飲みに行く時には一人5000円から10000円はかかってしまうよ」
ランチだって1500円とか2000円とか。
お刺身を頼めば、小さなお皿に盛られた数切れでで800円とか。
和牛のなんとか、なんて頼めば2000円とか。それでいて、ちょっとだったり。
隣りのチャン・イーは驚いていたけど、日本の料理は繊細で、材料から料理、盛り付け、器まで細部にこだわる。
だから妥当な金額なのだ。
それに、日本にも安い食べ物はたくさんある。
たらふく食べて飲んで3000円というような昭和居酒屋が私は大好きだし、カレーにおそばに500円というような食堂もある。
私の説明は明らかに足りなくて、やっぱり日本の本当の姿を伝えていない。


今回、リー・リーに会うことができてよかった。
彼女はあさっての4日には、故郷イリ地方へ帰郷する予定だったので、ぎりぎり会うことができた。

彼女はウルムチで和田玉(ホータン玉)の専門店を開いている。
ホータン玉は中国では最高級、最重要とされる宝石だ。
新疆ウイグル自治区西南部・和田(ホータン)が主要な産地とされることからその名がある。
新疆全域、青海、韓国、ロシアなどでも産出されるが、やっぱり新疆が本場だ。
古来シルクロードを渡り交易された産物のひとつでもある。

二度目に新疆を訪れた時、彼女からホータン玉の指輪を購入した。
三度目に訪れた時には、オーダーメイドでピアスを作ってもらった。
今回、オーダーメイドでブレスレットを作ってもらおうと彼女に相談したのは一カ月前。
私のいう通りだとうまくいかないかも、と修正してもらって出来上がりの写真を見せてもらったのは出発数日前だった。
写真を見せてもらい、嬉しくなった。

火鍋を一通り食べ終えたところで、彼女は私にそのホータン玉のブレスレットを手渡してきた。

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国を跨いで複雑なオーダーメイドは難しいので、頼むのは必然的にシンプルなデザインとなる。
手前の六粒の玉の両端は固定されていて、中間の四粒はくるくる動く。
留め金にぶら下がった一粒はリー・リーのアイデアで、私はひと目で好きになった。
玉はすべて、ホータン玉の中でも最高級ランクとされる羊脂玉だ。
ホータン玉の魅力のひとつはそれに彫刻を施すことだが、それには費用も多くかかるだろう。
いつかそういうオーダーメイドも彼女に頼んでみたい。
また、彼女は宝飾品のデザインも始めていて、それは素晴らしいのだ。
だからいつか、彼女のデザインした宝飾品を買うのが私のひそかな夢だ。

ホータン玉はとても高価だ。
「ホータン玉は中国ではダイヤモンドよりも高価」
そんな言葉があるけども、ダイヤは小さくても価値を持つのに対し、玉はそういう使い方をするものではないし、歴史や思想なども織り込まれ、この両者は“高級”であること以外、比較することは不可能だとも思う。
中国では場合により、このホータン玉は金額に換算できない価値を持つ、それだけ特別な存在だということだ。

私は自分の支払える範囲で、手の届く範囲でこの玉をリー・リーから買っている。
今回は小粒のみを使用したこともあり、思ったより安かった。
本来は玉とは、このように少量小粒を使って華奢につくるものではない。
その価格も、もし北京などの内地であれば価格はもっとあがってしまうし、安くそして安心して買えることに感謝だ。
中国ではどこでもこのホータン玉が売られているが、高価なうえにだからこそ、偽物や品質が良くないものも多い。
私が、リー・リーから三度にわたり玉を買ったのは、
ひとつは、彼女が友達だから。
ひとつは、彼女の知識や能力を私が知る機会が少なくとも、それが素晴らしいものだと感じるから。
ひとつは、彼女の玉に対する愛情を強く感じるから。
今後も、私がリー・リー以外の場所でホータン玉を購入することはないと思う。

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こんなふうに、鑑定書もしっかりついている。
鑑定士のサインやデータが記載され、裏には新疆ウイグル自治区の公的機関や中国の認可マーク。
代金は事前に用意してきた。
前回は紅包(中国のお年玉袋)にお金を入れてきたが、今回は日本の祝儀袋に用意してきた。
「これは日本の伝統的なもので、お祝いの時に使うものだよ」
本来自分の名前を書く場所にリー・リーの名前を書いてきた。

火鍋を食べ終えたとき、時刻は16時半、現地時間感覚では14時半ということになるから、やはりそれでも遅い時間まで昼食を食べていたことになる。
私の普段の生活でこの時間にこのおなかの苦しさであれば、「今日は夕飯なしでいいや~」となり、お茶づけかなんかで済ませたくなる感覚だ。
友達のところを訪れると、メインは観光より食事になる。
私は一人行動の時には、食べる時間や機会がなければ食事を抜くことも多い。
しかし友人にもてなしてもらう時には、観光の時間がなくなったとしても食事だけは時間をしっかりとる!これが基本になる。
最初は戸惑ったが、今では少し慣れた。

お店を出たのは、空港で出迎えてくれたメンバーにここで合流したリー・リーとルオさんを含め計6人。
女性組と男性組とに分かれ、私はリー・リーが運転する車に乗り込んだ。
二台の車が向かったのは、そう遠くない「回族小吃名街」。

こんなちょっとした小吃街にも入り口にはしっかりしたセキュリティーチェックがあり、荷物なども検査機に通して通過する。
新疆ではあらゆる場所がこんなふう。
ここは中国で治安維持にもっとも力を入れて入るエリアなのだ。
ちなみに旅行中パスポートはホテルのセキュリティーボックスに、なんてのもダメだ。
新疆ウイグル自治区ではこうしたセキュリティーチェックの度にパスポート(中国人は身分証)が必要になり、なければほとんど行動できない。
検問はもちろんのこと、公安などに尋問されたときにパスポートを携帯していなかったら相当めんどうなことになる。
新疆に限らずとも、中国ではパスポートがないと列車や長距離バスのチケットが購入できないので、ここを訪れる人にそういう人はいないと思うけれど。

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回族小吃名街の正門はこんなにも立派。
中華式門にちりばめられた、青や緑、月にスライム形といったイスラム色は、ここが回族の街であることをそのまま表している。

「ここ、三年前にも来たね」
三年前、昌吉郊外の風景区に出掛け胡楊を見た帰り。
たしか風景区は19時までで、ぎりぎり入場することができたんだった。
風景区に入り目的の場所に到着するともう日が沈む寸前で、そこに滞在したのはほんのわずかな時間だけだった。
でもそれは絶好のタイミングだった。
そんなだったから、再びもと来た道を走り昌吉に戻った時には、もう真っ暗だった。
その時立ち寄ったのが、この回族小吃名街だったのだ。
この美しい回族の門は、記憶も鮮明だった。
「そうだよ、あの時はもう閉まっていたね」
ほとんど閉まっていたけれど、まだ開いていたお店で回族のお菓子を買って帰ったんだった。

私のザックはチャン弟が持って歩いてくれた。
おかげで楽に歩き回ることができた。
また、革ジャンもロンさんが貸してくれた。大きかったけれど。
ウルムチに到着した時、まるで冬の寒さで手が痺れた。
私の服装は軽装だった。
それを見てチャン・イーがロンさんに「貸してあげな」と一言。
ロンさんはこの冬の寒さの中、シャツ一枚になってしまい絶対に寒かったと思うが、終始「問題ない」と言い貸してくれた。

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公園ほどの敷地の中に、数十件もの店舗がこのように並んでいる。
お土産屋さんだったり、お菓子屋さんだったり。
それらの建物はみなこんなふうに、石壁に細かい彫刻が施されている。
その細かさには目を見張るものがあり、すべてが手彫り。

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葡萄の彫刻。
砂漠のオアシスは葡萄の楽園。
ここならではの題材だ。

ここにはこうした内地ではなかなか目にしないような題材もあり、しかしやっぱり中華的題材で溢れている。
新疆を旅行していて、中華文明的雰囲気に出合うことは非常にまれだ。
少なくとも私の数少ない旅行経験の中では。
けれども、中華式屋根といいこうした彫刻といい、ここにはそれがある。

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「マーヨーズ、見なさい」
ロンさんが私を呼んだ先には、中華式建築物があった。
「昔のお寺だよ」
再建したものかと思われる。
隣には立派な仏塔があり、同じように中華的色彩で彩られている。
その向こうには黄金色の宝珠の屋根が見えた。あちらは完全なイスラム建築だ。

「イーニンに行った時、ウイグルのモスクと回族のモスクは様子が違ったよ」
「そうだよ」
ウイグルのモスクは純イスラムで、回族のは中華式モスクだった。
その差異は明確で、ひと目でそれとわかるものだった。
「回族は漢族みたいなものだから」
ロンさんがそう言ったのに対し、チャン・イーがすぐさま反論した。
「回族は漢族じゃないでしょ」
回族はもともとアラブ由来の外来民族で、中華圏に移住してきたのち混血等により長い年月の末、漢族とそう大差なくなったものだ。
以前は漠然とイスラムを信仰する少数民族をそう呼ぶ、と間違った認識をしていたが、昨年の銀川旅行の際に教えてもらった。
銀川のある寧夏回族自治区もそのほとんどを回族が占めるエリアだ。
そういう訳で、回族のモスクや建築はみな中華式なのだった。
街の景色も内地のよう、というのもうなずける。

寧夏には街中にアラビア語の標識があった。
私は始めそれを見慣れたウイグル文字だと思ったので、ウイグル語なのかと訊いてみた。
しかし回族はアラブ由来の民族なので、これはアラビア語だよ、との返事だった。
新疆ウイグル自治区で広範囲に使用されているウイグル語は、トゥルク系つまりトルコ系言語でトルコ人とウイグル人は会話が通用する(と思う)。
一方、現代ウイグルで用いられる文字は、アラビア文字を改良したものである。
現代のウイグル語とは、トゥルク系口語に対しアラビア系文字を用いた言語といえる。
そのために、そのような疑問を持ったのだ。
「回族はウイグル語を話すの?それともアラビア語?」
それを思い出して、私は訊いてみた。
新疆ではウイグル語が実質公用語みたいなものだから、回族は回族でもここのはやっぱりウイグル語を理解するのかなと思ったのだ。
「ウイグル語は話さない、中国語を話すよ」
そうなんだ!
中国は広大だ。
この民族あの民族といっても、様々。地域にもよる。
複雑で難しいけど、理解しなくともちょっと体感してみるだけでも旅行の意義は大きく違ってくる。
だからやっぱり現地に行ってみたいのだ。

漢族に近しい民族となったイスラム系民族回族。
中華式建築物を見ながら思った。
「ここには仏教徒はいるの?」
この西域のエリアは、もともとは仏教の地である。
仏教はインドからシルクロードを通過して中国、朝鮮半島、そして日本へと伝わった東漸の歴史である。
新疆ウイグル自治区にはいにしえの仏教遺跡が点在している。
かつての仏教王国を旅していて、遺跡は訪れるも現代の仏教寺院に出合うことはない。
少なくとも自分の旅の範疇では。
この地は、イスラム系王朝の征服によりイスラム化が進み、今ではすっかりイスラム教ばかりになってしまった場所だ。
実際のところ、現代はどうなんだろう?とかねてから疑問に思っていた。
現在の新疆ウイグルは漢族流入が進み、治安悪化により状況は変化したかもしれないが、漢族の比率は以前より格段に増えている。
「とても少ない」
ロンさんは短くそう言った。
「ここはすでに仏教は消え去った場所なんだ」
そう、付け加えて。

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さっきまであんなに天気がどんよりとしていたのに、眩しいくらいの青空。
気づけば向こうでみんなが何かを囲んでいるので、私も行ってみた。

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インコやオウムや、名前も知らない鳥が大きな鳥かごの中に。
不自然なくらい鮮やかでカラフルなインコは、この地に合っているのか合っていないのかよくわからない。
みんなで、「你好!」と声をかけてみるが、インコは無視。
私も「谢谢」とか言ってみるが、やはり無視。
みんなで向こうの鳥かごにも行ってみようと離れかけた時。
「二―ハオ」
背後から流暢な中国語が聞こえてきた。
なんだ、しゃべるじゃん!とまたみんなで話しかけてみるが、戻ってきた途端また反応しなくなった。
「言わないね、行こう」
そう言って立ち去ろうとすると、また背後で「二―ハオ」。

この回族小吃名街に来た目的は、回族のお菓子だ。
見渡せばそのほとんどがお菓子のお店。

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出来合いなのではなく、お店でこんなふうに作っている。
見たところ、どれもみな揚げ菓子のよう。
当然のことながら、すべて清真(ハラル)だ。
回族のお菓子は初めてここを訪れた時に経験済みだったが、どれも甘くて脂っこい。
中東の人たちは昔から甘いものが好きだったようで、そういう文化があるよう。
回族のお菓子もその影響を受けているのだろうか。

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みんな次々と買っていく。
「はい、これ食べな」
次々と分けてくれる。
私が食べたのは揚げアンパンの遠い親戚のようなもの。中身は胡麻餡だった。
餡の量は少なくて、生地は少し平たい感じ。

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お店の入り口にあったのは、こんなもの。
ねじりにねじった縄みたいなのが、とぐろを巻いて巨大なお菓子タワーになっている。
これもまた揚げ菓子だが、こんなのどうやって揚げたのだろう。
有名なもののようで、あちらこちらにあった。
こんなのをどうするのかというと、上部から少しずつ切り取って売るのだ。
壁には、青空の下、軽自動車ほどの大きさのものに台を使って上から切り取る回族のおじいさんの写真が飾られていた。
このねじりタワーのお菓子、馓子というのだそう。

みんな、次々と買ったお菓子をくれる。
「道中、食べていきな」
それはこんなに食べきれないというほど。


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新疆

楽しみにしていました。新疆に填まっていますね♪友人の弟が烏魯木斉の地下鉄工事の関係者で現在、在住(瀋陽人)しています。カシュへの渡航は随分と難儀していたみたいですけど、当局の達しが覆ることはなく、その理由はイスラム系のテロが根底にあります。ただ、テロは許し難いが、そこまで追い詰め虐げた漢族側にも相当の問題が是非を簡単には問えない問題であると認識しています。イスラム系に言わせれば、「約束の地を穢したのは漢族で神の報いを受けるべき」との思いは理解できぬのではありませんが…漢族対イスラム諸属との単純な対立構図で語る程、世界的にみれば単純な構図にならぬ思いが個人的にはあります。

さて、入境可能地域で外国人立ち入り規制が最も厳しいのが新疆だと思います。ロンさんではありませんが、飛行機若しくは鉄道で移動できる範疇以外は個人で旅行するには厳しいものがあります。旅行会社経営する友人は「独りふらふら旅行して武警に拘束されたら解放されるまで相当大変だから止めておいた方が無難」と諭されました。中国は明記されてはいない外国人立ち入り規制のある都市や町、村、区域があります。不用意に立ち入ると諜報行為を疑われ拘束される可能性すらあります。それを回避するには事前に色々と詳細を調べる(これには限界がある…)かガイドを同伴させるのが無難です。

ただ、それでは旅そのものが求める形と異なる物見遊山になるので私は何となく脚が遠のきます。秋に老婆と娘と帰省するのですが、家族を祖父母に預け私は第三国に向かおうと計画しています。世界的な閉塞感は中国では歪な形で更に変化を遂げて蔓延しています。今の中国の空気感は厭でなりません。時の流れも人の情緒もゆっくりで雑多であったからこその中国が好きでしたが…私の好きな中国は過去のものとなりつつあります(>_<)

Re: 新疆

今回は思う通りにいかない部分が多々ありましたが、無事に帰国できたことが何よりでした。
立ち入り規制、治安状況等の情報は、個人レベルで事前に正確に把握することは難しいですね、ほんと限界があるといった感じです。
現地情報に詳しい友人の協力があり、なおかつ行先につてがあってもこういうことが起きる…。
タシュクルガン入境については、私の準備が甘かったというしかないですが、一方で仕方ないかなとも思います。
昨日の状況が今日もそうであるとは限らない…。
辺境とくに新疆では、個人行動と現地ガイド依頼と、うまく使い分けて旅行を計画していきたいなと思っている現在です。
toripagonさんのいう求める旅のかたち、というのは私もそうなんですけど、私の場合は仕方ない部分(自分の能力的に)があります。

また新疆や辺境の場合、拘束される(またはそれ以上の事態の可能性も)不安というのもありますが、大自然の存在も素晴らしい風景の一方で危険の可能性になりえるなと思います。
その自然の規模が半端でないので、そういう意味でも新疆旅行には危険意識が必要だと思うし、個人行動は危険だなと思います。
例えばタクラマカン砂漠は一度入ったら生きては出られない、という意味を持ちますが、現代にあってもその自然の驚異は変わらない。

中には、私の旅行記を呼んで「大げさな、恐怖をあおって」とお思いになる方もいるかも知れません。
比較になる話ではないですが、今回OKなはずの移動WiFiが持ち込み不可と言われた。
これは小さな例ですが、こんなふうに中国は、正しいかどうかではなく、権利を持った人がそうだと言えばそうなる、といった面を持ちます。
だから、否がない人間だろうと検問が問題あると判断すれば問題があることになる。つまり私にもそういう話は無関係ではない。
私が新疆を危険の可能性がある場所とするのは、ひとつは暴動の可能性、ひとつは自分が問題を持つ人間と判断される可能性、そして大自然、この三つが大きいです。
カシュガルは危険で旅行できないような場所かと言えば、安全に行動すれば大丈夫かと思います。
けれど、やっぱり危険を持ってるかなと思う。

toripagonさんは私が知らない昔の中国をたくさん体感されていますので、失われゆくものへの失望が強いかと思います。
私でさえ感じるのですから。
ウルムチの地下鉄工事と言えば…住んでいる人にとってはインフラ整備は大事なことですので私にこんなこと言う権利はないんですけど、ああ新疆もどんどん秘境でなくなってくのかな、なんて寂しく思う私の勝手な感想があります。

秋は中国からどこに行かれるんでしょうか?(^^)
中国に帰省して他国へ旅行というのも、一般の人にはなかなかない話ですね。

中国…

まゆさんの旅行スキルは、中国旅行では十分以上だと思います。生意気な言い方かも知れませんが新疆における危機管理は肌身でその空気を知らずには言えぬものがあります。それ故に決して誇大表現ではなく的確な評価だと思います。逆に拙い経験を元に安全であるかの様に言う輩の方が問題があると思います。

今後、中国に限らずイスラム系の影響下ある国家への渡航は相当な下調べをするか最悪のアクシデンドを覚悟する必要があるように思います。インドネシア、マレ-シア、タイ(マレ-国境付近)、シンガポ-ル、ミャンマ-(北部)、フィリピン、中央アジアは、イスラムの大祭やラマダンを避けなくてはならぬと思います。同様に中国も不用意な旅行はさける時期に近づきつつある様に思えてなりません。理由は割愛しますが当局が政治目的で日本人を拘束している異常事態は、先の反日デモ時の拘束より恐ろしい感があります。

第三国は、ラオスへ陸路で入境して苗族の伝搬ル-トと分散したモン族を観に行きたいと思っています。中国で有名な苗族は、自らを「モン」と言います。このモンの末裔は中国西南域周辺からタイ、ミャンマ-まで広く分布しています。ベトナムでは、黒モン族や赤モン族が広く知られていますが、ラオスやミャンマ-北部にも分布しています。その中でも東南アジア最貧国の一つであるラオスには、文化的な素養を残したモン族がいるので是非、観に行きたいと思っています。

ラオスには、雲南を経由すると1日で行けるので第三国抜けにはとても便利なんです♪

Re: 中国…

そうですね、海外自体がハードル高くなりつつあるのは残念なことです。
私は当分、中国以外の国を旅先に選ぶことはなさそうです。
中国への渡航は続けるつもりなのですが、十分に注意していこうと思っています。
ただ注意しても避けれないことがあるから怖いという話なんですよね、これに関しては覚悟しかないです。
今回の旅行で実感しましたが、自分はよくても周囲の人間に迷惑をかけるので、こんな考えもどうかなと思うのですが。

ラオス、toripagonさんはアジアの秘境(という表現が正しいかわからないのですが)に嵌っていますね。
民族にはもともと現在引かれている国境はなかったのですから、そんなふうに広域でとらえていくのがその民族への理解といえるのかもしれません。
かといってとても複雑で私には難しいのですが…。だから、タジク族なら中国のタジク族といったふうに一点に絞って見てしまう。
ラオスにも苗族(モン族)がいるんですね、きっと中国のような観光化をしてない受け継がれてきた民族ありのままの姿がそこにはあるんでしょうね。
陸路越境は、辺境好きの私には魅惑の言葉です、楽しそうです。
プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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