2017-05-31

喀什旅行二日目~その二~

回族小吃名街を出て、再び車に乗り二台で出発した。
大きな交差点を通過した時、突然大通りの遠く向こうにそびえる険しい山々が目に飛び込んできた。
とがった山々は雪をかぶっていて、陽の光に照らされてまるで輝いているみたいだった。
「あれは天山?」
「そうだよ」
天山山脈は新疆ウイグル自治区に2000㎞以上にもわたり跨る巨大な山脈だ。
この山脈は新疆を抜け中央アジアにまで架かっている。
それはまさしく新疆のシンボルだ。
近代的な街並みと道路の先に、こんな雄大な山脈やら砂漠の山なんかが横たわって見えるのは、なんとも言えない。
私にとっては、現実のものではないような、そんな感覚さえする。
「すごくきれい!」 そう言うと、
「私たちは見慣れてしまってるから」 とみんな笑った。
写真を撮ろうと急いでカメラを向けると、
「後で車降りてゆっくり撮れるよ」 そう言うので、そうすることにした。

私はみんなが次にどこに行こうとしているのか知らなかった。
天山が見えた交差点を曲がると、その道路の先にはだだっ広い土地が広がっていた。
そのだだっ広い土地の上に、とびきり立派な現代建築が乗っかっている。
その違和感といったら。

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「玉ねぎみたい」
実は昌吉に向かう途中にも、高速道路のうえからこの巨大な建築物を目にしていた。
その時にそんなふうに言ったのだ。
「あれはイスラムのだよ」
ロンさんはそう言っていた。
これからこの玉ねぎの中に入っていくよう。

ここに車を停めて降りた。
さっき言っていた天山を写真に撮るチャンスだ。
ところが、誰かが向こうを指さして何か言い、その方角を見てみると。

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向こうからものすごい勢いでやってくる不穏な雰囲気。
「向こうでは雨が降っているよ」

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その反対側先ほどの交差点を振り返ってみると、空は異常に明るく見えて、手前のビルや信号機なんかが逆光でみな墨を塗ったように真っ黒に見えた。
この対比はなんなんだ。
ほんの5分ほど前に目にした、あの美しい天山はもうどこにもない。
道路のあちらこちらで、吹き荒れる風に物が舞い転がっていく。
不穏な雰囲気は私が思った以上にスピードが速く、車を降りて辺りを見回しているうちに、あっという間にこちらにやってきて私たちを飲み込んだ。
大粒の雨が落ちてくる。
私たちはみな、走ってあの黄金色の大玉ねぎの中に駆け込んだ。

駆け込んだのは、チケット売り場のようだった。
ロンさんたちがたった一人いる服務員といろいろ話している。
初めは何を話しているのか聞いていなかったが、どうやら何かの開演時間と現在の時刻が合わないよう。
「マーヨーズ、明日は何時の飛行機でカシュガルに行くんだ?」
「10時45分発のだよ」
「じゃあ、間に合わないな…」
あきらめよう、ということになった。

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ここはどうやら、何やら西域文化のエンターテイメントを鑑賞することができるよう。
一人行動の時に私がこういったものを鑑賞することはまずないので、今となりあらためてどんなものだったのか気になるところ。

大玉ねぎを出ても、まだ大粒の雨は降っていた。
走って車に戻り、再び出発する。
車を走らせて程なくして、
「冰雹!」 運転していたリー・リーがそう言った。
「え、何?」 聞き返す私。
見ると、フロントガラスに跳ね返る、ひょう。
まさか、ひょうまで降るなんて。
ウルムチに到着した時には雨は降っていなかった。
しばらくして細かいかすかな雨が降り出し、昌吉に着いたら青空が広がり日向は暖かになった。
天山がさっきはあんなに陽の光を受けていたかと思えば、数分後、分厚い雲と風が襲い掛かり大粒の雨。
かと思えば、それは、ひょうに。
「変化が激しいね」 そう言うと、
「新疆はね、“一天三変”なんだよ」 と言ったのは、チャン・イー。
新疆の天気は変わりやすく、一日に何度も変わる。
去年、イーニンに向かう道すがら立ち寄ったサイリム湖もそんな感じだったな、と思い出した。
あの時にも、目まぐるしく変化する天候に驚き、最後にはひょうが降ったんだった。
あの時は一日どころか一時間に何度も、だったけれど。

ひょうが車を叩きつける中、私たちは次の目的地に向かった。

空港から昌吉に向かう路上で、ロンさんは助手席から振り返って言ったのだった。
「マーヨーズ、今日はあとで***に行くからな」
***がちょっと長い言葉だったけど、聞き取れなかった、というよりわからなかった。
その中に、er maoと聞こえたので、
「…二毛?二毛ってなに?」 と訊き返してみると、みんな大笑いした。
何かはわからないが、この二毛は正解だったよう。
とにかく、二毛の何かに行くらしい。
「午後に、私たちは、“新疆第二毛紡工場”に行くよ」
第二毛紡工場、略して“二毛”。
いきなり私が略称を言ったからおかしかったのかも知れないが、単にわからなくて聞こえた部分だけを言ってみただけだ。

新疆はその広大な大地と自然を利用して、そこかしこで放牧が行われている。
羊はじめ、色んな毛材が穫れる。
「羊毛の工場?」 私がそう訊くと、
「そうだよ、買えるよ」
私は中国の社会科見学みたいなのが好きなので、工場内部も見学できるのかな、なんてとても期待した。
去年のイーニン旅行では新疆でもっとも古い白酒工場を見学したのを思い出す。

西域エンターテイメントを諦め、私たちは次にこの毛紡工場「二毛」に行くよう。
ところが到着してみると、何やら様子がおかしい。
「もう閉まってるって」
時刻は19時。
あとから追って到着したロンさんたちの車にも伝える。
うまくいかない。
ここでは、日本よりずっと安くウール製品が買えるよ、と話していた。
諦めるしかなかったが、次回はぜひまた、ここを訪れてみたい。

「じゃあ、どうする?」
そういう話になって、私はだまってみんなに成り行きを任せていた。
ところが、烤羊肉がどうとかそんな話をしている。
あのお店、このお店、というような話をしている。
まさか…。
先ほど、火鍋をたらふく食べたばかりだ。
その後に、回族の揚げ菓子を食べたばかりだ。
みんなは、苦しくないのかな!?
私はもう一口も入らないほど苦しかったが、
「これから夜ご飯を食べにいくよ」
みんなはそんなの思いも寄らないふう。

入ったのは清真の小さなお店。
窓際のテーブルに座り、羊の串焼きを次々と注文していく。
外はまだ昼間そのものだ。

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これは羊肉で、これは羊肝、羊心。
そんなふうに部位をいろいろ説明してくれる。
羊の、特に内臓は、日本では食べることが難しい。
だから嬉しいはずなんだけど、心と体がどうしても一致しない。
「マーヨーズ、たくさん食べて!」
どうしよう、みんなの善意はうれしいけれど、もう一本も入らない…。

私には特別に他のものも頼んでくれていた。
大椀のヨーグルトと、烤包子。
新疆ではヨーグルトは定番。それに烤包子は焦げ目がついた生地の中に粗びきの羊肉がごろごろ入っていて、これもまたおいしい。
両方共、私の大好物だった。
好きだけど、おなかいっぱい…。

さらに頼んでくれていたのは、拌面。

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これも、味わってみればとても美味しかった。
私には一椀を頼んでくれ、みんなは他に二椀注文し、二人でひとつといった感じに分けて食べている。
そう、私とみんなは決して同じ量食べているわけではないのだ。
今更その事実に気づき、がくぜんとする。
「マーヨーズ、たくさん食べな」
そう言ってくれる彼女たちに、私はとうとう白旗をあげた。
「食べきれない…」
そうか~いいよいいよ、なんて言いながらも、善意のジャブ。
「でも遠慮しないで、もったいないから」 别浪费!

私はもともと大食いの部類だ。
その大食いの私でこれだけ苦しいのだから、日本の小食な女性とかだったらどうなってしまうんだ?
きっとそもそもそんなに食べないのかもしれないが、私はといえば、やっぱりみんなが選んでくれた料理には一通り口をつけたいし、味わってみたい。めったに食べる機会のない料理を口にするチャンスを逃したくない。
それに、料理を無駄にしたくない。どれもみんなの奢りなのだ。
だから、やっぱり自分の問題でもあるんだ。
新疆に来れば、私はもう、さながらフードファイターそのものだ。

「中国はね美味しいものがたくさんある」
「うん、私は一生かかっても食べきることはできないよ」
「私たちだってそうだよ」

食事を終えて、私たちはロンさんの家に移動した。
街の外れ、坂道のうえにある高層マンション。
マンションの敷地に入り車を停める時にも、入り口でOKが出ないと入れない。
トランクなんかをチェックされ、入る。

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15階の部屋からはウルムチの街が一望できる。
ドアを開けて出てきたのは、フェイフェイとチャン兄の夫婦。
会うのを楽しみにしていたので、会えてうれしい。
ここで、私が持ってきた恐るべき量の荷物、お土産なんかを整理する。

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これは、私が持ってきたお土産の中のひとつ。
ひとつ日本の伝統的なものを入れたいな、と思っていた。
本当は日本の美と季節感が織り込まれた生和菓子を、みんなに経験してもらいたい。
でもそれは難しいので、これにした。
日本風のゼリー菓子。
「若い人はあまり食べないけど、日本の伝統的なのだよ」
写真を撮ったりしてから、みんな食べてみる。
しかし、一部残ってしまっていたから、いまいちだったかも知れない。
それよりも、「シュガーラスクの木」の方が、美味しいと評判だった。

ここにやって来たのには、ひとつの目的があった。
私たちの一部は珈琲愛好家として知り合ったので、ここで珈琲をごちそうしてもらうのだ。
テーブルの上にはサイフォンなどの珈琲器具が散乱し、試験管やアルコールランプなどもならび、まるで実験室のよう。

ロンさんは準備をしながら、私をキッチンへ呼んだ。
「今からヨーグルトの作り方を教えよう」
さっき食事をした時に、私がヨーグルトを作れないという話をしたばかりだった。

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ボールに水を張り、その上に3㎏の牛乳を入れた鍋を載せる。
沸騰したら同じ大きさのボールをかぶせ蓋をし、15分待つんだ。
そのあと、何度の状態でかき混ぜて、なんて話をしてくれたが、今私はそれを再現できない。
記憶が怪し過ぎるので、口頭ではなくてちゃんと確認して、今度やってみようと思う。

こうして実際に牛乳に火をかけ、15分そのままだからと、私たちは部屋に戻った。

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次々と、手慣れた手つきで珈琲が出来上がり、回してくれる。
喉を潤す為の珈琲ではなく、味わうための珈琲なので、小さなカップに少しずつ。
様々な品種の珈琲を飲み比べる。
まるで品評会のようだ。
「これどこの豆?」
なんて訊くと、壁に架けられた巨大な世界地図を示して教えてくれる。
「これとさっきのは同じ豆なんだ。さっきのはサイフォンで、今度のはハンドドリップ」
同じ豆でも、淹れ方で全然味が違うだろう?
そう言って、勧めてくれる。
ロンさんはサイフォン派で、チャン・イーはハンドドリップ派なのだ。
さらに言えば、豆の煎り方とか水の種類でも全然違う。
そんな話をするけれど、私は素人なのだ。
「全部、美味しいよ」
そんな、彼らをがっかりさせるような感想しか出てこない。

「お…し…」
隣りに座っていたチャン・イーがそう言ってくる。
なんだ?なんの言葉?
「お、し…だっけ?」
「え、なに?」
「好喝(おいしい)って、こうでしょ?」
彼女は、私がさっき教えた日本語を言おうとしているのだった。
「あぁ、“お・い・し・い”だよ」
「オイシイ」
「そう、日本語では好吃(食べ物に対する美味しい)も、好喝(飲み物に対する美味しい)も、同じ“おいしい”なんだ」
だから、珈琲飲んで「好吃」なんて言ってしまう日本人もいるかも知れないよ、日本語では区別がないから。
「サヨナラ」、「アリガトウ」、そんな言葉が出てきて、あれはこういう意味だよねなんてみんなで言い合う。
そんなのも嬉しい。

「これ、なんの豆?」
最後の一杯だよ、と回ってきた珈琲に対し、訊ねてみた。
「ジャマイカのだよ」
「あぁ、ジャマイカのかぁ~」 なんて反応をしている私のところに、ロンさんが封筒を持ってきた。
それは、ブルーマウンテン№1の証明書だった。
生産農家のサインや内容の証明なんかが英文で書かれたもので、よく見覚えがあるものだった。
「藍山珈琲!」
「そう、藍山珈琲」
それは、以前に私が地元にあるジャマイカコーヒー輸入専門店で購入し、3㎏生豆で持ってきたものだった。
実は今回も、ブルーマウンテン№1の生豆2㎏を持って来ていた。
高級珈琲豆だ。
この高級珈琲には、最近流行しているような味や飛び抜けた特徴があるわけでもないが、そのバランスがいい。
だから、時代の変化にとらわれることがないのだ。
記憶があいまいだけど、以前そんなことを言っていたような気がする。
サイフォンで淹れた藍山珈琲を、口に含む。
「酸味がわかるだろう?珈琲にとって、酸味はもっとも重要な要素なんだ」
たしかに、酸味がほど良かった。
荷物の重さの一因になっていた珈琲豆だったが、ロンさんの淹れるブルーマウンテンをごちそうしてもらえてとても嬉しい。
もしかしたら、今日の為に最後の豆を残しておいてくれたかも知れない。

新疆は中国の中でも珈琲のメッカと言っていい。
珈琲はイスラム教徒が中東から世界に広めたものなのだという。
かつてイスラムの秘薬とされ豆すら持ちだすことを禁じられた歴史があったが、それでも珈琲の魅力が世界に流出していくのを、止めることはできなかった。
ちょっとおしゃれなイスラム料理店に入れば、珈琲器具が美しく並べられているのを見つけることができる。

部屋の壁には、巨大な世界地図と中国地図が並べて貼られていた。

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左上の茶色く大きなエリアが、新疆ウイグル自治区だ。
明日は空路でその西端まで飛ぶ。

最後に、みんなで集合写真をお願いした。
三脚がない為、交代で撮っていく。
「西瓜、甜不甜~?」 スイカ、甘い~?
「ティエ~~ン!!」 甘~い!!
たくさん撮影したが、この甘~い!の瞬間のみんなの笑顔は最高だった。

いよいよお開きという時になり、私は明日から旅立つ準備をした。
部屋に置いてくもの、持っていくもの。
ものすごい重量だったが、そのほとんどはここに置いていく。あとは軽くて楽ちんだ。なんて思っていたら。
「マーヨーズ、明日持ってく物を説明するぞ」
ロンさんが何やら大きなリュックサックを持ってきた。
パンパンである。
中からは大量の干アンズ、それにカザフスタンのチョコレートに、キャンディーに。
「これは、向こうで塔吉克(タジク)族の家族にあげるんだぞ、これは子供に一人一個ずつあげるんだ」
一つひとつ、そんなふうに説明していく。
現地で行き先にそれぞれ人を用意してくれているロンさんだったが、その人たちに対するお礼だ。
事前に相談して、私も自分のお礼をいくつか用意してきていた。
けど、杏もチョコレートも、めちゃくちゃ重いのだ。
パンパンになったリュックサックを指し、
「空港で預けられるのは20㎏までだ。超過するからこれは手荷物で持ってくんだぞ」
「持ちきれないよ~どうやって持ってく?」 と言った私に、
「前に自分のリュック、後ろにこれを背負うんだ、こうやって。わかるか?」
わかるよ~。

このあと、チャン弟が運転し、ロンさんと二人で私を空港近くのホテルまで送ってくれた。
時刻はすでに、間もなく0時を迎えようとしていた。
ウルムチ市内と空港は、だいたい20㎞ちょっと距離がある。
「家はウルムチの南側にあって空港は北側にあるからね」
ところで、明日以降の具体的な行動を、ロンさんと一切打ち合わせていなかった。
「あとで微信で送るから」
そう言うけど、もう深夜で明日は朝に出発してしまう。
「帰りには烤羊腿を持たせるからな、今度はちゃんと確認して食べるんだぞ!」
ロンさんは助手席から振り返って、険しい顔でそう叱るように言う。
烤羊腿、羊の脚を焼いたものだ。
去年の5月イーニン旅行の帰りにも、ロンさんは「お母さんに食べさせてあげて」と私にこれを持たせてくれたのだが、密封されたアルミ袋には葡萄干のラベルが貼られていたため、気づかず放置してダメにしてしまっていた。
そのリベンジというわけだが、あの時私は繰り返し、「日本の空港は肉類の持ち込みを一切禁止している」と伝え、他の友達はわかってくれているんだけど…。

ホテルに着いて、チェックイン。
「マーヨーズ、だ。マーヨーズ。日本人のだ」
フロントにそう急かす、ロンさん。
ロンさんは私の代わりにホテルの予約をすべてやっておいてくれたが、もしかして私の下の名前だけで予約しているのではないだろうか。
もちろん私のパスポートには姓名が載っている。
少し手間取りながら、チェックインした。
中国のホテルを予約する際には、パスポートの名(英文)なのか、漢字(つまり中国語読み)なのか、もポイントだ。
どっちで予約したのか忘れ、チェックインの際手間取ることがある。
一緒に、明日の空港までのバスも予約する。
出発は9時だ。
ゆっくりな気もするが、もうすでに日付は変わっている。

ロンさんたちと別れ、部屋に荷物を広げた。
明日もまた、気合を入れてこれらを運んでいこう。
急いでシャワーを浴びてでると、家に着いたロンさんから微信が入っていた。

「奥維地図、というアプリをダウンロードしなさいよ」
去年のイーニン旅行でも、彼はグーグル地図を用いて旅の行程を導こうとしたが、私はこうした方面が苦手でほとんど触らなかった。
奥維地図をダウンロードすると、それはグーグル地図を利用した地図アプリのようだった。
私、こういうの大の苦手なんだよ…。
いっぱいいっぱいで、ロンさんの指示通り、地図の設定を衛生地図にかえる。

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今私がいる地点が、△で示された。
現在地、ウルムチである。
なんとなく旅の実感が湧いてくる。今、ここにいるんだ。

「中国辺境でGPSって問題あるでしょ?これは大丈夫?」
「問題ない」
そこから、彼が私の為に作成してくれたファイルをとり込んだ。
カシュガル空港を降りてから、ここに行って、そのあとここに行って…。
そんなルートが示されていた。
「この地図を開けば自分の現在地もわかるし、どういうルートで行くかわかるだろう?」
たしかに。
しかし、すごく俯瞰的な理解だ。私は地上レベルでそれを把握したい。
とりあえず、明日は空港に着いたらバスに乗って市内に行けばいい。

出発する段階で私にわかっていたのは、何日にどの都市に行くのか。

5月2日、ウルムチで一泊
5月3日、午前に空路カシュガルへ飛び、市内へ。その後車に乗換え、パキスタンとの国境の街・タシュクルガンへ。
5月4日、タシュクルガンから車でクンジュラブへ行き、中パ国境へ。
5月5日、タシュクルガンから車でカシュガルへ戻る。
5月6日、カシュガル観光後、夜ウルムチへ。
5月7日、ウルムチから北京を経由して帰国。

ざっと、これだけのことは決まっていた。
向こうでは、タシュクルガンで二泊し、カシュガルで一泊する予定だった。
この日程になったのは、私が強く国境にこだわっていたからだ。
ロンさんは、聞いていないようで私の言葉を覚えていてくれる。口には出さないけれど。
しかし、先ほどロンさんは私に残念な宣告をした。
「確認したところ、現在クンジュラブへは行くことができない」
「え、行けないの?」
「安全の為にだ。君だけではない、すべての人間が行けないんだ」
「今?」
「そう、今。だから、近くのタシュクルガンに行けるだけだ」
そういうことで、中国パキスタン国境そのものには行けなくなった。
それは、今回の旅程で私がもっとも楽しみにしていたことだった。
残念で仕方ないが、どうしようもない。
けれども後から考えれば、この宣告はまるで今回の旅行をそのまま象徴しているかのようだったのだ。

これらの旅程、それぞれどのように行き、どのように観光し、誰・何人と連絡をとり、会うのか。
具体的ことはその都度現地で彼に確認していくことになる。
せっかちで細かいことが気になる私と、おおらかでマイペースなロンさん。
私は今回はそのせっかちさを捨て、その場その場に任せることにしていた。
どんなふうに行動するのか、自分の臨機応変さも問われるかもしれない。
それはまるで、ミステリーツアーのような魅力を持っていた。


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まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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