2017-05-31

喀什旅行四日目~その一~

2017年5月4日、眠い眠いと思いながらも気合を入れて起き出したのは、北京時間で9時のことだった。
日本時間を示す携帯の時計を確認し、「えーと、昨日は日本時間で4時過ぎまで飲んでいたから、寝たのは5時間ちょっとか」なんて頭を整理した。
せっかくの旅行、大寝坊してしまった気がして不安になるが、窓の外を見ればカシュガルの街並みは朝霞だった。

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窓の外には薄茶色で四角いかたちをした民家が広がっており、その遠く向こうには、横たわる砂漠の山があった。
新疆の都市、街、村は、すべて「点」である。
改めてそうしたことを実感させる光景だ。
その点は、砂漠なり、山岳地帯なり、草原なりがそのほとんどを占める大自然の中に、ぽつりぽつりと点在する、人間が生活することを許された限られた領域だ。
その点と点を結ぶのが、道であり、鉄道であり、だ。
この新疆で、人間は基本的には、この点かそれを結ぶライン上でしか行動することはできない。
このことは、このエリアを訪れるにあたって実はとても重要なことだと私は思っている。

昨夜は随分遅くまで起きていたが、窓はそのまま開けたままだった。
これは私のこだわりで、その街の空気や音やそれらすべてをできるだけ多くの時間、感じていたいのだ。
だから窓の開かない部屋だった時のがっかり感といったらない。

開けたままの窓から、威勢のいい掛け声が入り込んできた。
大勢が気合をいれるような感じで、叫んでいる。
隣りは人民公園に人民広場。
昨晩のロンさんの言葉を思い出した。
「明日は人民公園なんかも行ってみるといい。だが、真面目に訓練している軍人に間違っても【写真】なんか撮るなよ」
電話を切ったあと、送られてきた微信のメッセージだ。
【写真】と記号で協調してあった。
「わかってるよ、間違っても写真なんか撮らないよ」
中国を旅行するなら必ず守らなければいけないこと。
軍事関係(場合により国家機関に関わるもの、つまり国にとってナイーブな場所)のすべてのものに対して、カメラを向けてはならない。
「前に軍事行進していたのを撮ったらフィルム没収されてしまったよ」
なんて話はましな方だ。
拘束されてもおかしくないので、これは絶対に気を付けなければならない。
特にこの場所では。
軍事施設に見えない軍事施設もあるので、これは旅行者の意識が必要。例えば軍人の家とか、旅行者にはわからない。
悪気なく写してしまったとしても、それは通用しない。
とにかく、外の掛け声を聞いて、
「あぁ、これが“真面目に訓練している軍人たち”なんだなぁ」 なんて思った。

一時間で支度をし10時頃、今日はカシュガル市内を観光するぞ、とやる気満々で一階に下りていった。
昨日はタシュクルガンに行く予定が途中の検問でとんぼ返りになり、まともな観光はほとんどできていない。
カシュガル旅行と題打っている以上、今日が本番だ。
明日はアトシュという街に行くし、明後日はもうウルムチに帰る。
今日観光しなくていつ観光するのだ。

そうしてロビーに下り、面倒なセキュリティーチェックの横をすり抜けて外に出ようとした。
入る時には面倒だが、出る時には避けて出ればいい。
ところが。
「外に出てはいけない」
検査官は私の行く手を遮った。
「なんで?」 私、なんか問題あった?
「今、“ヤンリェン”しているから。みんな、だからここで待っているんだよ」
検査官の言葉を受けてロビーを見渡してみると、確かに多くの人が時間を持て余すようにして椅子に座ったりしていた。

よくわからないが、出てはいけないらしい。
ということで、私は入り口横の大きなガラス張りの前に置かれた小さな丸テーブルに腰かけて、出てもよくなるのを待つことにした。
ここは一面ガラス張りで、手前に木が生えているものの、人民公園と正面を横切る大通りの様子がよく見えた。

人民公園には何台もの軍事車両が並び、多くの軍人がテレビで見るみたいに整列し移動していた。
ホテル前には黄色い路線バスが数台脇に停まり並んでいたが、それらはすべて無人で気味が悪かった。
街からは一般市民が消えうせ、ホテルの前にも大通りにも、至る所に武装警察だとか公安がうじゃうじゃして、なんだか見張っているみたい。
そうしている間に、大通りを幾度も幾度も、様々な形の軍事車両、軍事装甲車、公安車両が何台も連なって通過していった。
装甲車からは機関銃がのびていて、その後ろに乗った数人の軍人たちもまた銃を四方に向けて構えていた。
その方向がこちらを向いた時の感覚は、いいものではない。

「これ、なに?」
丸テーブルに相席したおじさんに訊いてみた。
「ヤンリェンだよ」 やはり、同じ回答。
ヤンリェンとは、演練、つまり軍事パレードだった。
ロンさんが「間違っても写真撮るなよ」と言ったのは、このことだったのだ。
良かった、戦争でなくて。
「毎日、これやるの?」
「そうだよ」 おじさんは慣れたふう。
「何時に終わるの?」
「あと30分くらいかな」
まだまだ暇な時間は続きそうだ。

それにしても、異様な光景だった。
街から人が消える。
そんなことがあるのだ。
人っ子ひとり、いなかった。軍事関係者をのぞいて。
ちらばる武装警官、公安には、少しの隙もないみたいだった。
そして、これだけの軍事車両、戦車、軍人が、いったいどこに潜んでいたのだろうと疑問に思うほどの数。
ほんとに、こんなにたくさん、どこから湧いて出たのだ?

興味津々で見入っていると、隣のおじさんは、
「外国人なのか?」 と訊いてきた。
「そうだよ、日本人だよ」
そういうと、なんだかうれしそうでしきりに話しかけてくる。
「これ、日本ではいくらするんだ?」
おじさんの腕には、カシオの時計。
うーん、カシオにも色々あるからなぁ。
以前に新疆の友達に頼まれて買ったのに似ていたから、
「5万~10万くらいかなぁ」 と答えたが、幅広すぎる。
「それは人民元でいくらなんだ?」
「うーん、1元今、16.5日本円くらいだよ」
携帯の電卓で計算するおじさん。
「こんなもんか?」
そう画面を見せたとき、ロビーで待っていた人たちが一斉に立ち上がって出口に向かった。
「お、終わったぞ」
おじさんはそう言うと立ち上がり、私の存在など忘れたように駆けていった。
みんな、いつもこんなふうなよう。

物々しい軍事パレードが終わった途端、今度はどこにそんなに潜んでいたのかと思う程、人があちらこちらから湧き出した。
バスは動き出し、大通りには車が通りだした。
活気、という言葉を思わぬところで実感した。
数分前と今では、それはまるで別世界のようだった。
まるで止まっていた時間が、ふたたび動き出したかのよう。

私もホテルの外へ出て、ヤオさんのお店を目指すことにした。
ホテルを出て人民広場の正面には、巨大な毛沢東の像があった。

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「ここは中華人民共和国であるぞ」
そう主張するように片手をあげている。
自由、平等、そうでかでかと並ぶ言葉に感じたことをあえて書かないが。

ここを通り過ぎてまっすぐ進み、ヤオさんのお店に辿り着いた。
ヤオさんはロンさんの友達だし、今回私の面倒をみてくれるのだから、当然どんな予定になったよとかその辺の情報はいっているものと思っていた。
ところが全然聞いていないふう。
「昨日タシュクルガンに行けなくてね、今日はカシュガルを観光するよ」
ウイグルの女の子と回りなさい、と言っていたので、彼女を借りることをお願いする。

ホテルのフロントにはカシュガル市内の地図があったので、もらってきていた。
「私が行きたいのはね、」 と回りたい場所を説明する。
エイティガール・モスク、職人街、老街、高台民居、バザール、アパク・ホージャ墓…。
そうしたらさすが現地人、こうして回るといいよと地図でルートを示してくれた。
ここから一度ホテル方面に戻り、そこからエイティガール・モスクへ。
その周辺の職人街を周り、そこから東方面に広がる老街を散策し、そこを抜けた先に高台民居、バザールがある。
アパク・ホージャ墓は少し離れているから、そこから車に乗るといいよ、とのこと。
一筆書きで行けるのは、とても観光し易い。

ヤオさんにプーアール茶をたっぷりごちそうになったあと、私はグリパイルを連れ出発した。
ホテル方面に戻り向かったのは、昨夜ご飯を食べて散策した、あのウイグルの賑わいだった。
建ち並ぶ屋台はそのままだが、中身はない。
昼間は閉店だ。
その屋台街の道路わたった正面に、最初の目的地、エイティガール・モスクはあった。こんなに近かったなんて。
大通りには地下通路があり、下りて向こうに渡って行くことができる。

広い広場の向こうに、クリーム色がさわやかなモスクが見えた。

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昔見た写真は、もっとぼろくて古めかしい感じだったから、塗り替えられたものかも知れない。
あの二本のミナレットは、実は左右でかたちが違う。
左右対称でないのは、それぞれ信者からの寄進によって造られたものだからなのだそう。
モスクは、対称的に造られた建築物だという印象が私にはある。
二本あるいは四本のミナレット、四角く囲まれた壁に精巧に施された幾何学模様やアラベスク、そんなのなんかも数学的な均衡を重視しているかのような対称的な造りになっている。
だから、このアンバランスな二本のミナレットは私には意外に感じられた。


艾提尕爾清真寺(エイティガール・モスク)は、新疆ウイグル自治区最大のイスラム寺院であり、中国全土でも最大規模を誇るモスクだ。
1442年に墓地を備えた寺院として建築され、その増築されていった。
中国のモスク巡りを趣味としている私にとって、いつかは必ず訪れたい場所だった。

周囲には観光客らしき人は私たち以外皆無のようで、ウイグル族たちが思い思いに和んでいた。
腰かけて雑談するおじさんたち。
広場で遊ぶ子供たち。
往来する美しいウイグルの女性たち。

青空は気持ちよく晴れ、淡いクリーム色のモスクはそれに映えて天上の世界のように見えた。
しかしこの平和そのもののような明るい広場に馴染まない事件が過去にあった。

2014年7月、このエイティガール・モスクの指導者ージュメ・タヒール師が、このモスクの前で殺害された。
同師は中国政府によって指導者として任命されたもので、政府に協力的だったことから多くのウイグル族や信者から不信・反感をかっていたという。
中国は実質上、言論の自由も信仰の自由もないといって差し支えない。
報道は管理され個人的なあらゆる通信においても監視下にあり、政府が許可する範囲でのみ信仰は許される。
特に新疆はそれがひときわ強化された地域である。
この指導者殺害事件は、単なる一過性の事件ではなく、こうした民族問題、宗教問題、それに付随した問題が絡み合い露呈した出来事であるといえる。

この事件が内包する問題は、いまだなんら変わりなくここにあるものだ。
しかしこの明るい風景と美しい建物を見て、それらがまるでもとからなかったかのようにも思えてくる。

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こちらはその入り口。
くぼみの中にまたくぼみが造られた構造は、シンプルだけど手が入っている。
中央に掲げられているのは、イスラミックカリグラフィー。
隙間がないほど細かい芸術文字は、もはやどこからどこまでが一つの文字で、いったい何を意味しているのかわからない。

ここで入場料を支払って入場する。
私がお金を払おうとすると、グリパイルは「いらない」と言って断固払わせなかった。
「老板が払うんだから、いいんだよ」
そう言うが、それが本当にヤオさんの本意だったかどうかはわからない。
グリパイルと一緒に行動しているとき、食事もチケットもみんな彼女が支払ってくれた。

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内部に入ってみると、緑がいっぱい。
木漏れ日がきらきらと揺れている。
この乾いた土地で、人々は緑のありがたさをよくわかっていたに違いない。
イスラム教徒にとって、すべての恵みは神がもたらしてくれたもの。
その木漏れ日に囲まれて、目的である礼拝堂はなかなか姿を現さなかった。

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ようやく礼拝堂の前に。
イスラム教ではグリーンは神聖な色。
建物にも多用されているが、差し込む光に透かされた輝くような葉の緑も、まるでこのモスクのためにそこにあるかのよう。

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小さな階段を登ると、回廊にはいちめん絨毯が敷き詰められている。
一畳くらいの大きさごとに仕切られ、それぞれにモスクの形が織り込まれている。
これ一つ分が、一人分の礼拝スペースだろうか。

エイティガール・モスク、新疆ウイグル自治区、そして中国最大のモスクだ。
ラマダン明けを祝うローズ祭やイスラム最大の祭日クルバン祭には、数万人もの信者が新疆全土、中国全土から集まる。
ここは中国において、イスラム教の中心的場所であり、聖地だ。
三年前の9月にコルラを訪れた際、クルバン祭に重なり、バザールは開いていなかった。
「みんなホータンの方へ行ってる」
ここはホータンではないが、あの時ムスリムたちはみなここに集まっていたのではないか。
特別なシーズンでなくとも、毎週金曜の集団礼拝時には、6~7000人ほどの信者がここに集まり、聖なる方角ーキブラーに向き跪く。毎週だ。
いくら中国最大といっても、ここにそれだけの信者が収容されるのを想像できなかった。
私は女性であり、なによりもイスラム教徒ではない。
だから、一生その様子をこの目で見ることはない。
ちなみに、エイティガールとはウイグル語で、祭礼の場所を意味する。

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私がイスラム建築を好きなのは、美しいからだ。
教義に対する理解がないためロンさんには否定されるが、私はただ単に美しいと思うから見たいと思う。
美しさは美しさでも、場所だったりその建物ごとにそこにはまた違う美しさがある。

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幾何学模様やアラベスクは、まるで神が造りたもうた曲線やら角度ではないか、そんなふうにも思うほど精緻である。
イスラム教は偶像崇拝を否定している。
その為、こうした建築物には人物だったり動物だったり、そういうモチーフがいっさいない。
それゆえにこうした模様が芸術として発展したわけだが、それにより俗化することなく神性が保たれたのではないかとも思う。

ここは観光地でもあるため、非ムスリムや女性であっても入場することができる。
私はすでにストールを頭髪に巻いていなかった。
礼拝堂の中までは入れないかなと思っていると男性がやってきて、訊いてもいないのに、
「中に入ってもいいよ、写真もいいよ」 と言ってくれた。
でも、礼拝の絨毯には入らないで、とも。
場所によりけりだが、観光地でないモスクでは女性である私が近づくことさえ拒絶したり、遠くから写真を撮ることさえ咎めるところもある。
敷地に入れてもらえても、礼拝堂の階段を上がることもダメだったり、そういうところは当然写真撮影も不可だ。
だから、観光客としてはこうしてウエルカムな雰囲気なのは嬉しい。
せっかく遠路はるばるここまでやってきたのだから。

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こちらは礼拝堂の内部。
観光客に対して比較的緩いところでも、礼拝堂の中に入れるのはなかなかふところが広い。

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こちらは聖なる方角。
白いターバンが下に散らばっているのが気になったが。

イスラムの礼拝において最も重要なのは、その方角。
聖なる方角とはすなわち、メッカの方角である。
礼拝堂にはかならずこのようにその方角キブラを示すへこみーミフラーブーがあり、すべてのムスリムはこの方角に向かい礼拝を行う。
モスクを訪れると、聖なる方角のわりにそれが案外質素であることがある。
それは、重要なのは方角であり、このミフラーブは単なる目印に過ぎないからだ。
言ってみればそれ自体がモスクそのものであり、反対に、聖なる方角に祈ることができるのであればモスクや礼拝堂はなくてもよいのだ。
それにしても、世界中のムスリムがぴったりと同じ方向に向かって跪くというのは、私の想像をはるかに超えている。

エイティガール・モスクを出て、広場を抜けて昨夜の屋台街の方に渡る。
この辺りには昔からの職人街が建ち並んでいるということだったが、場所がよくわからなかったためにそのまま進むことにした。
周辺にはイスラム風の大きな建物が建ち並んでいたから、新しい建物とともにこの辺りの様子も変わっていっているのかもしれない。

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広場の前には、ウイグルのおじさんたちがずらりと並び腰かけておしゃべりに花を咲かせていた。
なんとも和む平和な風景だ。
刺繍の入った緑色の帽子をかぶっている。

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こちらは烤包子。
イーニンで食べて好物になった。
屋台街の屋台は無人だったが、そこかしこでこうした食べ物が売られていた。
「食べたい?」
グリパイルがそう訊き、ちょっと食べるのにはいいなと思い二つ購入した。私はお金払ってないけど。
この烤包子、焦げ目が入った生地の中には、熱々の羊の餡が入っている。
羊は超粗びきで、というよりの数ミリ大の羊肉がごろごろ入っていて、食べ応えがある。
一口頬張れば、じゅわ~っと肉汁がこぼれだしてくる。
さらに心をくすぐるのは、布地に無造作に乗せられているところ。
旅行気分につい買ってしまう。

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無人の屋台がずらりと続く。
この写真ではほぼ確認できませんが、屋根には赤地のアトラスの布。

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例えばこんなふうに。
アトラス織はウイグルの伝統織物だ。
模様は多岐にわたるが、赤、青、緑、黄などの原色に炎のようにも見える模様が織り込まれているのが、もっともベーシックなデザイン。
新疆ウイグル自治区に来れば、必ず目にするものだ。
本来は女性の伝統衣装に用いられるが、このように屋台の屋根だとか敷物なんかにも使われている。

ちなみに本日の私は、このアトラス織を用いて作ったスカートを穿いて観光している。
以前に友達にお願いしてコルラの市場で購入した生地だ。

この辺りから老街、つまり昔からの人々の暮らしが垣間見えるエリア。

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ウイグル族の建物は美に凝っているなと思う。
ここカシュガルは土でできた四角い家々ばかりだと思っていたが、こんな色彩を持った木造建築もあるんだ。

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色彩といえば、これ。
昔ながらの住居の中に、突然ケーキ屋さんがあったので入ってみると。
こんなゴテゴテの色彩。
目が覚めるようなブルーに黄色に紫、黄緑色、私には全然おいしそうに見えないけれど。
「食べたい?」
グリパイルはそう訊いてくれたが、私は「食べない」と即答した。
新疆で見かけるウイグルのお菓子はみんなこんなふうにゴテゴテど派手な色彩だな、と思う。
見ていて楽しいは楽しい。
ウイグルに限らず、中国の昔ながらのケーキもこんなど派手な色彩なのを思い出した。
帰国して中国語のQ先生にこれを見せると、
「最近こういうの流行ってますね、アメリカもこんな感じだったよ」
Q先生は一カ月ほどアメリカに滞在していて帰国したばかり。
この色彩に抵抗がある私は少数派?

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順路は決まっておらず、グリパイルとともに気まぐれに進んだ。
彼女がいるので道に迷うことはない。
新しい道に出る度にこうしたレトロな雰囲気の標識が立っていたが、やっぱり名称が独特だ。
漢字で書かれているが、これらはすべてウイグル語に漢字を当てたもの。

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このように銅を叩く職人。
エイティガール・モスク周辺の職人街を訪れることはできなかったが、こうして別の場所でそれが見れてうれしい。
カシュガルは、職人の街だ。
私はどこでそういう感覚を得たのかは知らないが、とにかくずっとそういうイメージを持っている。
特に、銅製品は有名だ。
ウイグルの職人は、死ぬまで身体が動く限り、働き続けるのだという。

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これはカテゴリーに分けるとしたら、何になるのだろう。
とりあえず金属でできたものあれこれ。
ドアの金具に蝶番、さらにシャベルの先っぽみたいなのも。

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内部はこんなふう。
いったい何年くらい使われている仕事場なんだろうか。
ここの主にとって、ここはもう「俺の場所」に違いない。
十何年も、いや何十年も、ここで物づくりをしてきたんだ。
世界的に工場生産品が一般化している現代にあって、ここは失われつつも誇り高く生き残る職人の街。

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老街歩きはただそれだけで楽しかった。
これは途中で通過した、空中花園。
空中と名がつくだけあって、幾層も部屋が重なってけっこうな高さ。
観光として内部が見学できるのか、空中花園という看板が掛けられていた。
閉じられていて中に入ることはできなかったけれど、きっと豪邸のような部屋がたくさんあるんだろうな。

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砂塵の嵐を心配していたけれど、それはいい天気だった。
日差しは強かったが乾燥しているためだるさはない。
そのため油断して日焼け止めを塗らなかったら、ひどいことになった。
さすがに学習能力のない私も、今回はリップクリームを携帯し小まめに塗っていたが、それでも唇は乾燥でたいへんなことになった。
クリームを塗っているのにひりひりし出し、がさがさに。

青すぎないこの爽やかな晴天は、カシュガルの薄茶色の街並みにとてもよく合っていた。
ここは中国?新疆ウイグル?
どこの国でもない、いってみればどこか遠くの異国、そんな感じがした。
私がSNSで発信したこのカシュガル老街の写真を見て、ある中国人の友達が、
「異国情緒があっていいね」 とコメントしてくれた。
中国人にとっても、ここは異国文化そのものなんだと、改めて思ったものだ。

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砂と土の街。
薄茶色の街、カシュガル。
乾燥がひどく、雨は降らない。
夏は酷暑の砂漠の街。
しかし意外と緑が多い。
土でできた家々には緑が映え彩りを添えていた。
厳しい自然環境だからこそ、この緑を大切にするのだろう。
道端に植えられた木々は木陰をつくり、人々の安息の場所になる。

ところどころに看板があり、その通りの説明が書かれていた。
いちいち読みはしなかったが、ひとつ目にしたものがあった。
カシュガルの街東側には、吐曼河という一本の川が北から南に流れている。
私が今いる老街はその吐曼河のすぐ西側に位置している。
昔、洪水でこの街が氾濫した時、高台にあったこれら老街は難を逃れ残ったのだという。
砂と土の街は、水害に弱かっただろう。
確かに、意識しないとわからなかったが、この老街じつはちょっとした高さを持っていた。
道行けば、建物と建物の間に階段があり、さらにその上があるようだった。
私たちは、登ってみた。

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階段の下とそう変わらなかった。ひとつ挙げれば職人のお店は見かけず、住居のみだったこと。
この、階段の下とそう変わらなかったこと、これは意外と発見だった。
こういう丘が住居を形成している場合、たいてい坂道にならないだろうか。
そうしてその坂から下の街並みが見下ろせたり。
ここは違う。
階段を登ったら、おんなじように平地の住宅街が広がっているのだ。
このように、土でできた。
そして土の家々に囲まれた路地が迷路のように続いているので、見晴らし、というのも特になかった。
言ってみれば、階段を上がってきたことを忘れれば、「高所にいる」という感覚が皆無なのだ。

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丘の上にも、モスクはあった。
街並みに馴染み過ぎていて、うっかりすれば気づかないくらい。
日本人のお寺や神社の感覚よりも人々の生活に入り込んでいる、というか生活そのものが信仰なのだ。

子供がひとり、駆け寄ってきて「二―ハオ」と挨拶してくれた。
まっすぐにこちらを見て。

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適当歩きで、老街を抜けた。
抜けた途端、今までのが高台にあったことを知る。
現代整備されたもので昔からそうだったかはわからないが、この老街は城壁のようなもので囲まれていた。
ここに来てようやく、ちょっとした高みから向こうの風景を見渡すことができる。
「あれがこれから行く、高台民居だよ」
グリパイルが向こうを指した。


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まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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