2017-07-28

重慶旅行三日目~その三~

人民大礼堂の向かいには、三峡博物館があった。
巨大な近代的建築だ。
私は箱物にはそう強い興味を持たないのだけど、ワン・ヤンは三峡博物館を何度も推していたので入ってみることにした。
暑さで疲れていたのでその休憩も兼ねて。
ここもまた、無料だ。

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入り口天井の涼し気なブルーのガラスは、おそらく長江の豊かな水を現したものだろう。
内部はとても広くて、各階ごとに展示の趣旨が違う。
一階は、この博物館のメイン、三峡についての展示。

展示室に入ってみると、薄暗い館内は太古から始まっていた。
中国の博物館の多くはこのように時系列に進んでいくことが多い。
それで古代、例えば石器時代などから近代まで展示があるので、一通りみるのもけっこうな労力なのだ。
足を踏み入れて、太古の動物たちが生息する森。
これは先はまだまだ長い。

足元はガラス張りで、その下は川の流れを演出したものだった。
つまり私たちは川の流れの上を進みながら、展示を見ていくことになる。
この川とはもちろん言うまでもなく、長江をイメージしたものだ。
展示一つひとつはおもしろいものだったはずだが、この時の私はバテていてそんな元気もない。
ただ足元の川の流れに涼みながら。
展示を見るふりをして、冷房に休む。

真面目に展示を見ていなかった私だったが、突然目に飛び込んできたものがあった。
這いつくばりながら、苦悶の表情を表す人々のブロンズ像。
苦しさに顔をゆがめ、まるで岩に這うような彼らの姿を見て、何かわからなかった。
とても普通の状態ではない。

その奥の展示に進んで、ようやくわかった。

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これは長江を下った船を、上流に戻す人たち。
あの苦悶のブロンズ像はこれだったのだ。

水運は便利な手段だ。
水路は快適でもあるだろう。
けれど、当然のことながら、下ればまた登らなければならない。
その苦労を考えると、それでも便利なの?と思ってしまう。
帰国してそのことをQ先生に話すと、
「中国だけでなくどの国もそうですよ」
そうかもしれないけど、でも少なくとも日本の川下りとは規模が違う。
河の大きさ長さ、そのものが、中国のは巨大すぎる。
「歌があってね、その歌を歌いながらリズムをとって登るんですよ」
私はほんとうに苦労を知らない世代だと思った。
現代の三峡クルーズには下りがあれば上りもある。
でも、エンジン搭載。
かつての苦悶の表情とは無縁の船旅である。

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長江沿いに作られた桟道の写真も多数展示されていた。
ここに限ったことではないが、中国に限ったことではないが、でも難所にルートを切り開いた最初の人たちは偉人だと思う。
後世生きる人はなかなかそれを改めて実感することはないかもしれないけど、その恩恵は計り知れないものがある。

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こちらは晩唐のものとされる仏龕。
ダムの底、水深135mのところにあったのを切り出されてここに展示する、レプリカではない実物だ。
多分、三峡ダムのことかな。
この仏さまも切り出されたくはなかったと思うけど、ダムの底に沈むのも嫌だったろうなと思う。
ほとんど削られて形をなさないのは、人為的なものなのかそれとも水中にあったためか。

一階の三峡展示を見終えて、二階に行ってみた。
二階は重慶の歴史についての展示だった。

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古い地図やお城があったころの模型など。
城壁がどのような形で囲まれているかはっきりわかる。
現在の地理を少しでも把握したうえで見てみると、適合しているところがあってとてもおもしろい。

この先は、昔の街並みを再現したつくりになっていて、博物館というよりちょっとしたエンターテイメントになっている。
飲食店などのお店が簡単にではあるけれど再現されていて、日本にもある「懐かし昭和記念館」みたいな感じ。

やがて時代は進み、近代へ。
産業の発達だ。

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重慶は工業の街だ。
鉄鋼業、重工業が発展し、工業の街となった。
重工業だけでなく、軽工業も。
かつて使用された織機の展示もあった。

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これはその当時の重慶のようす。
これをどう感じるかは人によって違うかなと思う。
産業の発展によって失われたものは多い。
現代になってようやく認識され始めた弊害もある。
でも、かつての人々の汗があって今の私たちの生活があるのかと思うと、私はこの時代にとてつもないエネルギーを感じ、親しみさえ湧く。

工業の発展ののちには、軍事産業が伸びた。
銃などの武器がここ重慶で量産され、戦時使用されたのだそう。

この先の階には陶器だとか書だとかの展示物があるようだったが、これまでの展示で十分満足したため、博物館を出ることに。

ここからどうしようと考えたときに、昨日も行ってみた朝天門にもう一度行ってみたかった。
タクシーに乗り、昨日半島の先っぽに向かい歩き始めたのと同じ長江側の地点で車を降りた。
少し歩き始めたあと、この先なにも物を買う場所がないからと、思い出して再びタクシーを降りた場所まで戻り、ひとつの商店に駆け込んだ。
お金を支払いお店を出ようとした瞬間。
バケツをひっくり返したような雨が、落ちてきた。
まるで急襲である。
激しい土砂降りに、店を出れば0.5秒で水没まちがいない。
どうにもこうにも動けない。
あちらこちらにも同様の人。
激しい大粒の雨に、長江の対岸がかすみ、やがて見えなくなった。

「イベントをやっているからおいでよ」
紹介してもらっていた人の一人、ジアさんが微信でそう誘ってくれた。
「でも大雨で動けないよ」 そう言うと、
「雨?雨降ってるのか?」
「大大大雨が降ってるよ」
「こっちは太陽すごいよ」
同じ重慶市区にありながらなんてことだ。
これは超局地的大雨らしい。
確かに、土砂降りの空は不気味に明るく、太陽は隠れていないようだった。
しばらく待っていれば、きっと止む。
そう信じてどれくらい待っただろう、雨は止んだ。

渝州半島は山城の別名を持つ。
そのひとつの小さな山に、平地はほとんどなく、あちらこちらが斜面だ。
その斜面を、ものすごい勢いで濁流が起きた。
私がいた商店は山のもっとも低い位置にあったため、流れてきた雨水はあっという間に溜まっていった。
土砂降りに疲れた私は、朝天門に向かう気力をなくし、坂を登って嘉陵江側へ行ってみることにした。
雨がやみ、動き出した人々。
街並みを登っていくと驚いたことに、大雨の痕跡はそこにはすでになかった。
街路樹からはぼたぼたと水滴が落ち、私の髪を濡らした。
道路の隅々は濡れていた。
しかし、そこに水溜りのひとつもなく、さらにはしばらくして道路は乾きはじめ、初めてそれを見れば雨が降ったことを知ることができないまでいなった。
そこらが傾斜なので、水はけがいいのだ。
雨水はあっという間に斜面をくだり、流れ去る。
さらに猛暑により、道路はあっという間に乾いていく。

やってきたのは、嘉陵江側。
昨日韓国人観光客に道を尋ねられたあの“洪崖洞”までやってきた。
洪崖洞は夜こそきれいで楽しいのだというし、私もそれはそうだなと思ったけれど、昼間に一度行ってみて、夜また行ってみることにした。
ワン・ヤンと今夜火鍋を食べにいくが、「そのとき重慶の夜景と夜の洪崖洞を写真に撮りたい」とリクエストしていた。

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これは実はさきほどタクシーで朝天門に向かうときに車内から撮影した洪崖洞。
中国南部の伝統建築に赤ちょうちんが、情緒を誘う。
けれど、私にとっては現代的なアミューズメントに見えた。

土砂降りの長江側から山を越えて反対側、嘉陵江まで出た。

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千厮門大橋。全長720m。
昨日タンさんが連れて行ってくれたご飯は、この橋を向こうに渡ったものだった。
この橋から見る重慶の夜景はそれは見事で、嘉陵江はさんで両岸とも違った雰囲気を持っており、改めて中国の都市の多彩さを感じたものだった。
しかし残念なことに、車の上から夜景を写真に収めることはできない。
だから重慶最後の今夜、どうしても夜景を見に出かけたかったのだ。

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これは嘉陵江を西に見て。
本日観光した周公館も、昨日観光した磁器口も、この先にある。

ちなみにこの写真、さもどこかの建物の上階から撮影したみたいだけれど、実はそうではない。
普通に歩いてやってきた道路の上から撮影している。
これは重慶の魔の一つだ。
山を越えて向こう側に出てみたら。
目的地はこの下に。どうやって下まで行けばいい?降りる道はどこ?
ある時は目的地はその上に。どうやって上まで行けばいい?登る道はどこ?
こんな調子。
降りていく方面の道を見つけ降りていけば、今度は降りすぎてしまい、出たかった道は頭のうえ。

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これは上から見た洪崖洞。
大勢の観光客がここに集まっている。
この内部は観光客向けに開発された商業施設だった。
お土産屋さんに食べるものから飲むもの。
エレベーターや階段を使って下に降りていく。

下に降りてみると、「古道」の文字を見つけ、誘われるように入ってみた。

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洞窟みたいになっていて、向こうに続きやがて街中に出るみたいだった。
かつて人が半島内を行き来し、例えば内側に暮らす人が河まで生活用水を取りに行くとき、また物資の移動のために、こうした通路は利用されたのだという。
これはそれが現代に残るもののようだけど、内部には海賊の作り物があちらこちらに配置され、まるで某海賊アミューズメントのよう。
なんでこうなっちゃうのかな。

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こちらは古道から少し離れてみて。
伝統的建築様式、岩、生い茂る植物、高層ビル、斜面、工事中…。
私が重慶に対し持った印象が詰まっている気がする。

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いにしえの情緒は、すでにここにはない。
けれど、毎日たくさんの人がここに集まり遊び、外国人観光客もみな必ずといっていいほどここに立ち寄るだろう。
これもまたこの街の表情のひとつだ。

時刻は16時過ぎ。
先ほども少し高い位置の道路から見下ろした、嘉陵江に渡る千厮門大橋に行ってみようと考えた。
昨夜はあの橋を渡り対岸の江北区でご飯を食べた。
橋から望む両岸の夜景はため息が出るようで、くるくると動く電飾のビル群は、なんだか命を持っているみたいだった。
車の中からほんのひと時だけ目にしたあの大都会の迫力を、もう一度見てみたい。
橋の上には歩道があるみたいだったし、真ん中らへんまで歩いて行って、そこから両岸を眺めるのはぜいたくだなと思った。

ところが、重慶の魔にはまった。
どう歩いても、橋の上か下の道に出てしまう。
直下に繋がる道や階段がないので、あの道この道と行ってみるのだけど、やっぱり違うところに出てしまう。
重慶の魔と勝手に名付けて、実は方向音痴の言い訳だったりするのだけど、でもやっぱり特殊な地形と道だなと思う。

とうとう諦めて、ホテルに向かうべく長江側を目指すことにした。
ところがここでもまた迷う。
やがて長江側に出て、「湖広会館」に出くわした。

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先ほどの洪崖洞とちょうど半島挟んで長江側に、清代建築が数軒並ぶ場所がある。
湖南湖北、または広西出身者が建てた湖広会館以外にも、周辺地域出身者が建てた建築が並ぶそうだが、総称して湖広会館と呼ぶ。
時間があれば立ち寄ってみようと思いつつも、かなり早い段階で諦めていた場所だった。
時刻はもうすぐ17時という時で、すでに閉館していた。
重慶の魔に憑りつかれて、歩けど歩けど思うようなところに行けず気持ちが疲れていた私だから、たとえ閉館していなくても見学しなかったかもしれない。

ここを通り過ぎて、長江沿いの一本道をひたすら進むしかなかったが、いくら歩いても繁華街へ入っていく道に出ない。
とうとう最後はタクシーに乗ったが、走り出してみてやっぱり車で正解だったということを知る。
あのまま歩いていたら日が暮れてしまうところだった。

こんなふうにして、解放碑のホテルに戻った。
一階のサービスデスクのおじさんに訊ねるも、今日届くはずの荷物はいまだ届いていなかった。
発送してくれた友人に頼み問い合わせてもらうと、持ち出しがかかっておらず重慶配送センターに残ったままとのこと。
私が外国人で明朝出発することを伝えると、今夜配送してくれるということになった。
友人は、あと一時間しても届かなかったら電話してみな、と言った。
「これから夜まで出かけてしまうから」と私は答えたが、そもそも電話で荷物の話のやりとりをする自信がなかった。
「ホテルマンに頼めばいい、宅急便の人みんな重慶語きつかったから、その方がいい」 と彼女は言った。
そうすることにした。
三日にわたって彼らと荷物の話をしているので、だいたい状況はわかってくれている。

部屋に戻って、夜火鍋に行く約束をしているワン・ヤンに連絡をした。
「ホテルまで迎えに行くのは効率的じゃないよ」 と彼女は言った。
彼女の家からホテルまでは少し遠かったし、また解放碑周辺は渋滞がひどいエリアだったので、地下鉄駅のどこかで落ち合おうという話がでた。
けれど結局はそれもうまくなくて、あと30分で迎えに行く、という話になった。
急いでメイクだけし直し、シャワーは諦める。

ホテル前に迎えに来てくれたのは、ワン・ヤンと旦那さんだった。
「あなたは火鍋と夜景って言ったけど、連絡するのが遅いよ」
先に火鍋を食べてから夜景を見に行こうと思ったけど、時間がなくなったから両方同時にできる場所に行く、と言う。
車を走らせている今現在、時刻は18時半。
そんなに予定を押しているとは思っていなかったが、中国人がもてなしてくれる時、食事が短時間で終わるわけがないというのを失念していた。
そういう訳で向かったのは、「南山」。
半島を抜けて、東の対岸、南岸区に私たちは向かった。
「南山は、夜景も見れて火鍋も食べれるんだよ」
任せとけ!といった感じで、彼女は頼もしく言った。

菜園坝長江大橋を通過した。
「昨日ご飯行ったときもこの橋通った?」
昨日は正反対の千厮門大橋だった。
昨日は半島の北側へ、今は半島の西南から対岸に渡り、そしてぐるりと回って東側に向かう。
「多分、通ったのは違う橋だよ」 そう答えた。

大都会の迫力に圧倒されながら、車はやがて山道に入った。
山道を進みながら辺りは徐々に暗くなり、だんだん夜に近づいていく。
ある程度の高さに登り、ちらちらと視界に入ってくる半島の夜景は、まるで星のかけらみたい。
くねくねとした山道のところどころにはたくさんの大小の火鍋店があった。
それらを見ながら、ワン・ヤンと旦那さんはいろいろ相談し、そしてどこか一軒のお店に電話を掛けた。
予約をしてくれているみたい。
「これら、みんな、火鍋のお店なんだよ」
「すべて?」
「そう、すべて」
この一帯だけで、20もの火鍋店があるのだそう。
すごい、南山なんて呼ばずに火鍋山と呼んだらいかがだろう。
大小と言ったけれど、そのほとんどが比較的規模の大きい、一見宿泊施設かと思うような大きさだった。

やがて辿り着いたのは、「枇杷園」という火鍋店。
これが、すごい。
何かのテーマパークかと思った。
めちゃくちゃ広い駐車場には車と人がいっぱいで、ここがたった一軒の飲食店だというのがにわかには信じられない。

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写真には写りきらない。
パノラマ写真でないと無理です。
180度に広がるその大きさもさることながら、幻想的な赤ちょうちんと電飾と。
今日はなんのお祭り?

驚いている私の姿は、ワン・ヤンの目論見どおりだ。
「ここには一体、いくつの火鍋テーブルがあるの?」
呆然として訊く私に、
「500はあるね」
とうなずく、ワン・ヤンと旦那さんの二人。
「ここはね、南山で一番大きな火鍋のお店なんだ」
他にもいろいろ説明をしてくれる旦那さんだったが、
「いい、いい、とにかく一番大きくて美味しい、それだけわかれば十分だ」
最後にはそう締めくくった。

それにしてもすごいお客の数で、すでにほとんどのテーブルは宴もたけなわ状態だった。
ここは一人旅でふらっと寄れる場所ではないなと思った。
まずここを知らないし、それにここまで来れないし、これだけ混雑していれば空席の保証はないし、そしてやっぱり一人で食べる雰囲気ではなかった。
ワン・ヤンたちにはほんと感謝だ。

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用意された席に座る。
このようにテーブルは一つひとつ植物で囲まれた半個室ふうになっている。
赤ちょうちんに、夜の空気に、にぎやかな雰囲気、深まる夜。
それに、とびきり美味しい火鍋に、お酒。
それに、旅の縁。
ここには私が大好きなものが勢ぞろいしている。
涼しい夜風とくればさらに最高なんだけど、そこは中国三大火炉。
風はないし相変わらずの蒸し暑さで、何もしていなくても汗ばんでくる。
それでもやっぱり外で食べるのは楽しい。
「よそから友達が来るとね、いつもここに連れてくるんだ」
ワン・ヤンはそう言った。

「ここには枇杷があるの?」
昨日朝天門で立派な枇杷を買ったことを思い出して、そしてこの枇杷園の店名を見て、そう訊ねた。
「うーん、たぶんあるでしょ」
そういう話を受けて、席について目の前の木から葉を一枚とり、私に見せた。
「ほら、これ枇杷の葉だよ」
「枇杷の葉は漢方で、喉の痛みに効くんだよ」
夫婦で説明してくれる。

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これが待望の火鍋。
私は中国火鍋が大好きなのだ。
でも本場の重慶火鍋を食べるのは初めて。
「辛いの大丈夫?」
そう気遣ってくれるのは、重慶火鍋が激辛で有名だからだ。
大丈夫だと答えたけれど、旦那さんは辛くないスープも用意してくれた。
真ん中の白いのがそう。
「重慶人も辛くない火鍋食べるの?」
「そういうわけではないよ、でも子供とか辛いのが食べれない人もいるからね」
そう答えたのは旦那さん。

タレは、風味が最高においしい香油だった。
私はそれに大量のニンニクを投下した。
最初に、牛肉を食べてみた。
最高においしい。
「おいしい?」
「幸せ!」

他に頼んでくれたのは、センマイみたいのとか、アヒルの腸。
それから川魚の切り身に、うずらの卵、ジャガイモ、つくね、などなど。
私はお肉だけでいい、というくらいだけど、このセンマイと腸がほんとうに美味しかったのは驚きだった。
「これは10回、しゃぶしゃぶする」
ワン・ヤンはセンマイみたいのをスープにつけた。
つけて、そして上げて少し冷ます、そしてまたつけて。
「これは8回、しゃぶしゃぶする」
彼女は今度はアヒルの腸を同じようにやってみせた。
「何回かわからなくなっちゃったよ」 そう言うと、
「大差ないから大丈夫!」

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飲んだのは重慶ビール。
「冷たいのと常温のとどっちがいい?」と訊いてくれたが、
「どっちでもいいよ」 と答えた私に対し、その両方を用意してくれた。
ワン・ヤンも一緒にビール。
彼女は、私に彼女を紹介してくれた友人・ロンさんに電話をした。
「彼女どれくらいビール飲めるの?」
そんな質問に対し、電話の向こうで彼が何かを答えたのを受けて、
「じゃあ、私には付き合えないな」 なんて言っている。
私のお酒好きは中国の友人もみんな知っていることだけど、ロンさんはなんて答えたのかな。
ビールは美味しかったけれど、火鍋をそれはたらふく食べていたから、酔いが少しもまわらないうちに苦しくなってしまった。
電話を代わり、
「ワン・ヤンは大学の後輩だから、遠慮するんじゃないぞ」と話すロンさん。

ロンさんとの電話のあとは、彼らの娘さんと電話で話始めた。
「娘はね、日本のアニメが大好きなの」
ワン・ヤンは、「あなたと話したいって」と電話を代わった。
電話の向こうはとてもかわいい声の女の子だった。
「機会があったら今度会おうね」

娘さんは今、夏休みで帰ってきてるのだそう。
そういえば、昨日の中国・シンガポール・マレーシア四カ国のご飯でもその話が出た。
各国休みが若干違うみたいだった。
中国の夏休みは日本よりちょっと長いみたい。
娘さんは今15歳で、「南開」に通っているのだそう。
「南開?」
「私も南開を出ているよ」 ワン・ヤンはそう言った。
まだ考えている私に、
「周恩来の母校だよ」 と教えてくれ、ようやく想像ができたものだった。
この地を代表する著名人と同じ学校に通うのは誇らしいことだと思う。

娘さんは、名探偵コナンやハローキティが好きなんだそう。
中国人が日本に興味を持つのは、みんなアニメとかコスプレとかあるいは日本製製品ばっかりだなと実は少し寂しく思っている私だけれど、それも悪くないな、と思ったこの時だった。

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お店を出るとき、苦しくて苦しくてたまらないほどだった。
心行くまで火鍋を堪能させてくれて、ありがとう。

こののち、下山する途中に「一棵樹観景台」という夜景スポットがある。
そこまでの道は、まるで今日はゴールデンウィークかというほどの混雑ぶりだった。
みな火鍋を食べ終え下山する人、夜景を見にここに立ち寄る人。
ところが、駐車場に入りチケットを買おうとすると、
「11時までだからもう閉まった」と言うスタッフ。
時計を見ると、なんと11時1分。
「彼女、外国人なんだよ」
ワン・ヤンが頼んでくれたが、スタッフにそもそもサービス精神などなく、取りつく島もない様子。
「悪かったね、11時までだって知らなかったんだ」
そして、「火鍋ちょっと長く食べ過ぎたね」とつけ加えた。

いやらしいことに、駐車場の半島側には木が生い茂って、やっぱりどうしても入場しないと美しい夜景が見れないようになっていた。
木々の隙間から覗く重慶の夜景は、それはそれは素晴らしいことがわかったのに。
南山下山の途中もそう。
向こうに広がる夜景がどれだけ素晴らしいものかわかっていながら、木が邪魔して見えない。
山だから仕方ないんだけど。

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これは三峡博物館にあった半島対面から見た重慶の夜景。
加工してあるでしょと思うかもしれないが、実際これよりもきれいだと思う。


「他のところもきれいだから、ただ南山ほどではないってだけでね」
ワン・ヤンは私を励ました。

そうして私たちは平地に下りてきて、旦那さんがほどよい場所を見つけてしばし車を停めてくれた。

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これは、半島の先っぽ、朝天門を対面より見たものだ。
建設中のビルが暗闇に際立つ。
先ほどの写真とは、ただ高度が違うだけで方向は同じものだ。
実は、もうビルはほとんど明かりを落としてしまっていた。
「あの建設中の建物があるから今はちょっと夜景がきれいじゃなくなった」
前はもっときれいだったんだけどね、ワン・ヤンはそう言った。

けれどこの夜景も私は悪くないと思った。
右手奥に流れるのが嘉陵江、手前が長江である。
よく見ると、水の流れが違う。
嘉陵江の水流はゆるやかで水面は鏡のようだったのに対し、手前の長江は水流が少し波立っていて、その合流地点が暗闇の中でも見て取れた。
昼間は両江の交わりを視覚的に知ることができなかったが、予想外にこんな真っ暗な中でそれを見た。

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こちらは半島南側に来て。
目の前を流れるのは長江だ。

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ビルはもうすでにみな、明かりを落としていた。
「明かりがあれば、本当はもっときれいなんだ」
ワン・ヤンは何度もそう言った。
けれどこの感覚、好きだなと思った。
眠りについた重慶の夜景は、それでも大都市の息吹を感じさせた。
巨大なひとつの生命のようだ、と思った。

二人は私をホテルまで送ってくれ、そこで別れた。
「また、来てね」
温かい歓迎をありがとう。

お土産の為の火鍋底料やそのほかたくさんの調味料。
私がワン・ヤンに頼んで買ってきてもらったもの。
お金はいらないといって、その言葉に甘えてしまった。

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こちらは火鍋底料。
私だったらこれを見つけて買うことはできなかった。
きっとおいしい火鍋になる。

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豆豉などなど、たくさん。

明日は午前中にもう帰路につく。
ちょっと気軽な感じで旅行してみよう、そんなふうに思うのに、いつも帰路につくころには色んな経験したこと、感じたこと、手にしたもの、目にしたもの、手に入れたもの、かけがえのないもの、そんなもので両手がいっぱいになっている。
こんなにたくさん、また持ち切れるだろうか。
そんなことを考えたが、その時もうすでに日付は変わり、帰国のその日は今日になっていた。


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見たことのない懐かしい風景…

洪崖洞の写真を見てドキっとしました。と言うのも家内の前に付き合っていた彼女のカメラの中に入っていた写真の風景だったからです(当然、結婚後は消去した写真です)。彼女は蘭州から重慶を経由して麗江を経由してシャングリラへ旅をしていました。私は北京、台北、金門島、厦門、昆明、大里、麗江そしてシャングリラへの途中、麗江の中国人ツア-に紛れた時に彼女に出会いました。そのシャングリラへの一泊二日の旅で彼女に出会い、その後、深浅に行ったもののQQで連絡しあう内に蘭州に来ないかと誘われ訪れました。そして、空港での別れの際に彼女の頬を伝う涙に一度、北京に戻るも何か大きな忘れ物をしたと切ない思いに駆られ再び蘭州に戻り恋に落ちました。
たぶん、あれが最後の恋だった思います。あの年の出来事は一生忘れられない淡い物語です。あの出会いと別れがなかったら今の自分はいなかったと思っています。小蓉がどうしてるかは今となっては記憶の中で止まっています。そしてそれは再び動く事無い時計のようなもので二度と会うことはありません。

あの時程、国の違いや言葉の違いに苦しんだことはなく、来日、そして齟齬、北京での別れとあれ程の辛い思いは無かったと思っています。でも、時が過ぎ、思い出すことも忘れた時にあの写真を再び目の当たりするとは…

今思うは、彼女が幸せな人生を送っている事を願ってやみません。私も伴侶を得て娘を設けて遅ればせながら人として全うな人生の歩みをさせてくれたのは彼女の出会いで本当に感謝しています。

前妻の裏切りで二度と女性を信じぜずいた十数年、大病を患い死地を彷徨い、その後も後遺症で社会復帰も儘ならず人生を投げ出す寸前で出会、私を現実に押し戻してくれたのが彼女でした。それ故に結ばれなかった悔しさは、筆舌しがたい出来事でした。でも、その先に今の家内がいてくれたことをきっと教えてくれる出会いだったと思っています。私の中国の旅は正に人生の転換期でもありました。

その思い故に私の中国への思いは人とは異なる部分が多く、自分が中国の有り様非難しても他人が言うと何も知らぬ癖にと怒りが込み上げます。勝ってな思いなんですけどね…たぶん、縁(えにし)が中国に繋がっていたと馬鹿げたロジックで考えることがあります。ホント馬鹿ですけど心の底では確証すらしています…
色々な意味で中国を嫌う日本人が多くいる現在、彼等の理由はわかっていても、私に日本人として強い矜持があれど何を言われても私が中国を愛する気持ちがあるのは事実で否定はできないのだと思っています。

なんかノスタルジックな話になって失礼しました…

Re: 見たことのない懐かしい風景…

toripagonさん、以前にもお話伺ったことがある方のことですね。
私は旅に関しての縁だとかそういう運命論には心の中で強く信じている部分があるんです。
人と人との縁、場所との縁。出会う人、出合う風景、出合う事柄は、すべて出会うべくして出会ったものだと信じています。
それはまた、1ミリでも何かが違ったら出会うことのなかったものでもあります。
例えば今回は重慶を選びましたけど、もし仮に悩んで決めた行先だったとしても、毎回「この時行くと決まってる場所」を選んだに過ぎない。よく「呼ばれた」なんて言い方するけど、それに近いかな。
タイミングもそうで、去年や先月であってはいけなかったわけです。

それから、縁は連鎖していると思っています。
ここに行ったから、ここにも行くことになった。
あの人に出会ったから、この人にも出会うことになった。
その細かい細かい連鎖の集合が、人生かななんて思います。
旅先だけでなく、こうした私の旅行記を訪れてくださる方々もまた縁で、私自身まさかtoripagonさんの昔の思い出の一場面…しかも写真を通しての、とは思いもよらないわけですけど、これもまたひとつの縁かななんて…。
その女性はやはり出会うべくして出会った方だったんですね。
その出会いがあったからこそ、今の奥さんとの出会い、現在があるという感謝の気持ち、今の幸せは、たとえ伝えることはできなかったとしても、その女性にとってもまた幸せなことだと思います。
もしかしたらその方も今どこかで同じように感じているかもしれませんね。

tripagonさんとは経験も状況も全然違いますが、中国とのかかわりが自分を変えた、そこに縁があったという考え方は私も共感するものがあります。
時々辛辣な言葉を使うのも、思いがあるからこそだと思っています。
好き一色ですべてを肯定する、また嫌い一色ですべてを肯定する、そのどちらでもないのは愛情と理解がある、または理解しようとする気持ちがあるからだと。
だから言葉一つひとつは重みがあるなと思うし、私もそうでありたいなと思います。

時々、私の旅行記をご覧いただき、昔行ったことがあって懐かしい、と言って昔を思い出してくださる方がいます。
自分の旅を通して誰かの人生にわずかでもクロスすることができたということなら、それもまたとても嬉しいことです。
それもまた縁だと思うからです。

日本は重慶を爆撃していた訳ですが、
あの街を爆撃だけで陥落するのは無理ですよね。
行ってみるとよく分かります。
一方的に爆撃していたのだと思ってたんですが、高射砲で迎撃して墜落させた事もあるみたいです。
歴史を客観的に見るというのは、当事者の主観対主観、をそれぞれ知った上で俯瞰で現代から考えるのが客観的だと思います。
特に、情報の非対称性というのは現代以上にあったわけですから。それは、今でこそ分かる事実です。
 
僕が重慶でしたことと言えば、朝天門に行ったことと長江に掛かるロープウェイに乗ったことくらいです。
町歩き好き殺しの坂の街なので長居は無用だと一泊で成都に帰りました。(^^;
中国でお土産を買うときは、ウォルマートかカルフールに行きましょう。
店内にはたくさんおばちゃんが居るので、各コーナーでお勧めを教えてくれますよ。
全て値引き販売なので安いです。
まぁ、買うモノは少ないですが調味料やお菓子類を買いますね。
移動が少ない旅であれば、初日に行けば水やらお菓子やらを買い溜め出来ます。
個人的には气泡葡萄酒を買います。
まゆさんが乐事をお勧めしてたので、そんなに美味しくないでしょ
と思って買ってみたら
予想以上に美味しかったので最近は毎回買ってます。
源味も良いですが、キュウリとかタコスとかも美味ですね。
僕も最近は鍋底料を買っています。
現地で火鍋を食べると、一人でも最低200元は掛かるので、日本で作った方が安いと思います。ただし、羊肉はなかなか無いですね。
成都では肥牛の方が多いですよ。

成都人曰く、「重庆有坏人好多」だそうです。
具体的にはよく分かりませんが、黒社会が跋扈してるんでしょうか。
プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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