2017-09-02

満洲里旅行三日目~その一~

2017年8月13日、朝8時半にホテルのフロントで待ち合わせの約束だったが、20分に部屋のドアが鳴った。
これから三日間一緒にまわってくれるリュウ・チャオさんだ。
もうすぐ降りていくと伝え急いで支度し、出発した。

昨日この街にはいったとき、そこはすでに夜景だった。
陽の光に照らされたハイラルの街は、まるで別の場所のようだった。

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昨日は、ロシア語がなくて中国語と蒙古語ばかりだねという話をしたばかりだけど、明るいこの街並みを見てみるとモンゴルの雰囲気があるようにも感じられない。
商店に乾燥チーズや干し肉など、モンゴル特産が売られているくらいで。

「ここにはモンゴル人は多いの?」
そう訊いてみると、
「モンゴル人は少ない、ほとんど漢族なんだ」
リュウ・チャオさんはそう言った。
「じゃあ、蒙古語を話す人はいるの?」
街中の表示は、どれも漢字のとなりに蒙古語が並記されていた。
「とても少ない」
「あなたはわかるの?」
「わからない、わからない」
「じゃあなんで、蒙古語があるの?」
「少ないけれど、わかる人がいるからね」

新疆を思い出した。
ウイグル語と漢字、それからほかの少数民族の言葉が生きる街。
ウイグル語しかわからない人がいて、中国語は話せるけど書いたり読んだりすることができない人がいて。
それでも中国語は国の言葉だから、それを勉強しないと生活していけない。
人々はなにもなければ、ウイグル語を用いウイグル語を使う。
そこに漢字が、すごく大きな態度で割り込んでいる。
ここは中国だぞ、とでも言うように。
けれどあの場所で一番いきいきしているのはウイグル語であり、またそれぞれの少数民族の言葉だった。
言語が存在するとは、そういうことである。

内モンゴルの隅っこの小さな街にやってきた。
しかも昨晩ようやく到着したばかりだ。
私はこの場所の何も知ったわけではない。
それでも、少なくともここにはもう生きた蒙古語はなく、瀕死の言語は失われかけているのだと思った。
それでも、リュウ・チャオさんが言う「わかるけどとても少ない人」がいる限り、死んではいない。

街を抜けようとするとき、ハイラル駅を目にした。
爽やかなペンキの色がまぶしい、ハイカラな駅だ。
行程に影響がでるほど悪かった天候だったが、ここに来て青空にめぐまれた。
鮮やかさよりも爽やかな色合いのこの街は、青空と太陽の光に映える。
明るいお日様の下この街をもっと散策したい、そう思ったけれど、ものの10分もしないうちに車は街を抜け自然地帯にでた。

まっすぐにのびる公道の向こうに、小さな白い塔が確認できた。
「两塔一寺?」 そう言った私に、
「一塔两寺」 と速攻で訂正。
ハイラル郊外には、二つの寺院と一つの白い菩提塔があり、合わせて一塔两寺と呼ばれている。
昨日のハイラル空港に降り立つ前にも、上空から確認できた。

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入場20元。
リュウ・チャオさんは、「自分は運転手だから」と伝えたが、ただにしてもらうことができず外で待つことになった。

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門をくぐると、大きなお堂が三つ並んでいた。
このお寺、達爾吉林寺。
两寺、つまり二つのお寺のうちのひとつだ。

ここ一塔两寺の二つのお寺は、一つはチベット仏教寺院、もう一つは漢系仏教寺院となっている。
こちらはその、チベット仏教寺院の方だ。
扁額には漢字とともに、蒙古語、そしてチベット語が記されている。
仏教寺院の方は、たぶん少し離れたところにあるかと思う。
ここからどれかわからなかったが、飛行機から見えた。
そちらの方は現代になって建てられたものだそうで、観光目的であれば立ち寄らなくてもいいかなとも思う。

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お堂のまわりを囲んでいたのは、マニ車。
中に経典が収められていて、回せばその数その経典を読んだのと同じ功徳を得られる。
が、私はまわさず先を進んだ。

お堂の中はたいそうりっぱで、大きな仏像が三体中央に安置され、その前には僧侶が7~8人向かい合い並んで座り、お経を唱えている。
お堂内部の仏画や装飾も、鮮やかで華やかで威厳ある感じ。
仏像の目の前の一段高い座布団に座っているのが、どうやら一番格の高いお坊さんのよう。
主旋律をそのお坊さんが唱え、他のお坊さんがそれにかぶせる形で延々お経を唱えていく。
息継ぎをするタイミングもないまま繋げられていくお経の大合唱に、ついお堂を出るタイミングを失った。
天井の高い堂内に、迫りくるような読経は響いて、それはまるで人の声ではないかのよう。
日本のそれに、似ているなと思った。

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お経のお堂の先にはひっそりとしていて、でも堂々とした豪奢な建物があった。
遠目に見たら漢系寺院と似た印象を持ったけれど、近づいてみれば趣が異なる。

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向こうには遠く白い塔が見えた。
ここから写真を撮っている人もいたけれど、そのまま向こうへは通り抜けられないよう。
一度寺院を出てリュウ・チャオさんと合流して、一緒に向かうことに。
達爾吉林寺の左手には長い階段が上に伸びていて、その先にあの真っ白な菩提塔はあった。

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真っ白な塔は青い空によく映える。
「今日は天気がよくない」
リュウ・チャオさんはそう言ったが、雷雨からの青天は私には奇跡のように感じられた。
この菩提塔、高さ88m、内部には10万もの仏像が安置されているのだそう。
しかし入り口は閉じられ、そこにいた人も入れない、と言った。

振り向けばそこからの見晴らしは素晴らしかった。
180度見渡せるその風景は、山はなく、ビルはなく、ずっと遠くまで見渡せる広さだった。
緑のたいらな大地のなか、正面遠くにはあのハイラルの街が見えた。
そこに一本のびる煙突からあがる煙が、まだここが文明の場所だということを示しているかのようだった。
フルンボイル大草原を巡る旅、それはまだ始まってもいないんだよ。
そう言われているような気がした。

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それでも、辺り一面草原の風景になるのにそう時間はかからなかった。
点々とする白いモンゴルゲル、草をはむ馬、群れる羊。
まっすぐにのびる道。

モンゴルゲルは、それぞれかたまりになっていて、車はそのかたまりを次々と越していった。
中には観光客が車を停め、そこで馬に乗る姿も多くみられた。
これらのゲルのかたまりは、ほとんどがこのように観光客に向けたものだ。
中にはけっこう大規模なものもあり、観光客向けにかつての集落を再現したようなものも。
そのたびに、「どうして通り過ぎてしまうんだろう~」と残念に思ったものだけれど、それはそうしたものがきりがないほどあるからなのだということを、このあと知ることになる。
ただこの時は目に映るものがみな珍しくて、子供の好奇心のように身を乗り出してしまった。

そうしていると、向こうにひときわ大きなゲルの集まりが見えた。
だんだんそれは近づいてきて、多くの観光客がそこに車を停めているのが見えた。
「行きたい?」
そう訊かれて、もちろん「行きたい」と答える。

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ここは「金帳汗蒙古部落」。
金帳汗は黄金のゲルを意味するのだそう。
観光客向けに昔の部落を再現したもので、中にはゲルの形をしたいろいろな“施設”があった。
入場して目の前にはひときわ大きなゲルがあり、それがここの中心部のようだったので入ってみた。
入り口には衣装を着た女性が、入場者に赤いリボンを配っている。
リボンを受け取って内部に入ってみると、そこはモンゴル民族やこのフルンボイルについて紹介した展示になっていた。
ゲルは中心に四本の木の柱が立てられ、いくつもの山羊の頭蓋骨がかけられている。

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展示物のメインのように場所をとっていたのが、この馬車。
当たり前といえばそうだけど、中原で見るものと全然違う。
チンギスハンもこういうものに乗っていたのかな。
このあとにも、蒙古部落のところどころで車輪を飾ったものを見かけた。
車輪の発明は古代においてもっとも大きな発明だったと言われているが、その有効性は当時にしてみたら神がかっていたのかもしれないと思った。

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そのほか、かつての蒙古人が祭祀に使用したものなど、なかなか目にする機会がないものがさらりと展示されていて興味深い。

ここには現代版モンゴルゲルが多数あり、お土産屋さんあり飲食店あり、さらにバーまであった。
観光地化がつまらないという感覚は私も同様だけれど、それでもそう悪くないかなと思った。
というのは、草原があまりにも広すぎるのでこれらはそう景観を損ねるものにはなっていなかったし、それどころか当時の雰囲気を伝えるものになっていたからだ。
よく見ればそれは現代の技術をもって作られたゲル風建物だったりもするけれど。
でも遠目に見れば、それはかつての蒙古部落だ。
ずらりととまった車を見なければ。

ここに来てよかったなと思ったのは、現代版ゲルの集合の向こうに広がる大草原が素晴らしかったから。

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望めば、どこまでもその足で歩いて行くことができる。

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たくさんの馬と少しのラクダが繋がれている。
観光客はこの馬に乗って、ずっと向こうまで行くこともできる。
あとでリュウ・チャオさんに訊いてみた。
「フルンボイルにもラクダはいるの?」
「ラクダは砂漠の動物だよ、ここのはよそから連れてこられたものだ」
たしかに。
この爽やかな草原にラクダは似合わない。
馬はわかる。どうしてここにラクダを連れてこようなんて考えたのか。

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なだらかな低い山が遠くに広がる。
肉眼ではかろうじて確認できるような白い点々があちらこちらに。
あれは羊の群れだろう。

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時折、観光客が乗った小型飛行機が空をかすめた。
この飛行機人気なようでここ以外でも見かけたが、「乗りたい?」と訊くリュウ・チャオさんに「乗らない」と答えてしまった。
「危険だからね」 彼はそう言った。
私は高所恐怖症だし、ならなおさら乗るべきではないが、でも上空から風を浴びながら見下ろす風景はまた格別だろうなと思う。
今から考えると、乗ってみればよかったとわずかな後悔がある。

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端の方にはこのように石が積み上げられたもの。
これは、敖包(オボー)。
モンゴル各地にはこのように積み上げられた石、繋げられた布でつくられたオボーが大小多数あるのだという。
今回の旅行でも、このように大がかりなものからささやかなものまで、幾度もそれを目にした。
以前はそれをチベット仏教のそれだと思っていた。
実際、モンゴルにはチベット仏教信者が多く、積み上げた石もカラフルな布もチベット仏教を彷彿とさせるものだが、これはもともと土着の信仰のあとにチベット仏教が結びついたもので、順序は逆になるのだそう。
そもそもは道しるべとして存在したものが、やがてモンゴルのシャーマニズムに結び付き、そして祖先への祈りの場になった。
この周りを左回りに三周するのが通例のようで、観光客がそれに従っている。
覆うように結びつけられた布。
先ほど配られたリボンを好きなところに結ぶことができる。
「ここには山がないから」
リュウ・チャオさんはそう言った。
それとの繋がりはよくわからなかったけど、石を積み上げて山にして、そうして天に近づくという意味なのかな。

金帳汗蒙古部落をあとにして、ふたたび走る。

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道は舗装されたものではなくて、それがよかった。
「雨が降るとこの先の道とおれなくなるから急ぐよ」
雲はあるとはいえ、晴天。
「雨降るの?」 疑いそう訊く私に
「多分、降らないけどね」
そう答えたけれど、自然地帯の天候は変わりやすいからこの天気が続くとは限らないな、と思った。
ならば、天気がいいうちにできるだけまわりたい。
なにしろ、旅行前一週間ずっとチェックしていた天気予報は、そのどれひとつも晴れを予想していなかったのだから。
雷雨、雷雨、雷雨。
にわか雨、にわか雨、にわか雨。

決まっていたかのように、途中で車はとまった。
見晴らしのいい場所だ。

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ところどころで観光客向けに馬が用意され、それを楽しむひとがいる。
かつてはモンゴル人と生活、生命をともにしていた馬だったが、今ではそのほとんどが観光客のために用意されたものなのだという。
草原と馬、それがそろえばいいのかといえばそういうわけでもないと思う。
たしかに美しい風景だし、乗馬体験も楽しい。
けれど、ここはもうかつてあった本来の草原の姿ではない。

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「黒くなっているところがあるだろう?あれが何かわかるか?」
リュウ・チャオさんは言った。
「雲の影だね」
草原や低くなだらかな山には、ところどころ雲が影を落としていた。
同じ場所同じ時でも、風景は刻一刻と表情を変える。
「空が低いだろう」
彼が言ったように、空はとても低く感じられた。
それは草原に影をつくる雲のかたまり、色濃い青空がつくりだした感覚だと思う。
草原と空の距離が近い。
秋にはこの空も高くなるのかな。

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緑の風景の中には、溝を掘ったような一筋の川が蛇行して流れていた。
「莫日格勒河」だ。

フルンボイル大草原の北には、大きな山脈が横たわる。
この一帯すべての自然はこの山脈の恩恵を受けている。
大ヒンガン嶺山脈だ。
莫日格勒河は、この大ヒンガン嶺山脈からフルンボイル大草原を通り、呼和諾爾湖へ流れ、そしてハイラル河へ合流する。
その長さ294㎞にも及び、天下第一曲水の呼び名を持つ。
フルンボイル大草原を巡る旅というのは、すなわちこの大ヒンガン嶺水系を巡る旅だ。

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道はでこぼこして舌をかみそうだ。
けっこうな悪路だが、それが楽しいのだと思う。
それは一本の道ではなく、時に曲がり分かれ、また合流した。
時々馬が道をふさいだ。
車なんておかまいなしだ。
「なんでみんな頭を垂れているかわかるか?」
「わからないよ」
「暑いから、虫がわくんだ」
暑いとはいっても、日本のそれとは比較にならないと思った。
これが、雨が降れば一気に気温が下がるのだという。

ある時、前を行く車を指してリュウ・チャオさんは言った。
「あれは同僚の車だ」
同じく、観光客を乗せたドライバーなのだという。
「どうしてわかったの?」
「車を見ればわかるさ」
その車を抜かすとき、窓を開けて挨拶した。
「そっちは何人?」
「こっちは一人だ」
そんな会話を交わし別れる。
「一人旅をする人は少ないの?」 そう訊いてみると意外なことに、
「少なくないよ」
「では、日本人は?」
「ロシア人なんかは多いけど、日本人は少ないな」
でも自分が乗せたことないっていうだけで、他の車は乗せているかもしれないけど。
自分が見ても、中国人なのか日本人なのかはわからないからね。

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草原の中を自由に駆け回っているような気分が味わえるが、実はちゃんと道がある。
車が通れば、草は傷む。
保護のための鉄条網がなければ実際は好きに車を進めることができるが、それでも理由がなければその道を通る。

次に車がとまったのは、ちょっとした丘だった。
フルンボイルを流れる河を見るのには、上から見下ろすのが一番いい。
先ほど抜かしたドライバー仲間のおじさんともまたここで会った。

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ここからの眺めは最高だった。
これも先ほどと同じ河、莫日格勒河だ。
同じように、溝を掘ったような河が蛇行しながら草原を抜けていく。

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カーブのところどころで、馬や羊が水を飲んでいる。
ここからでは、黒い点や白い点の集まりにしか見えないが、それらは少しずつ移動し動いていた。
それぞれは人間が飼い、放牧しているものなのだという。
こうした放牧は新疆旅行でもたびたび目にしているけれど、その印象は全然違う。
「羊には人間がつくけど、馬にはつかない、ほったらかしだ」
「迷わないの?」
「迷わないよ、羊にはああやってバイクに乗った人がついてるから」
よく見ると、あの白い点々のかたまりの近くには確かに小さなバイクに乗る人がいた。
そのバイクが羊を追い立てて誘導している。
「バイク!新疆では馬に乗る人だよ」
「うん、昔は馬に乗る人だったけど今ではバイクになった」
バイクは羊を追い立てて、白い点々は水辺からあがり草原を移動しはじめた。
しかし数頭どんくさいのがいて、そちらに合流できないでいる。
バイクはそれを誘導しようとするが、追い込めば追い込むほど変な方向に行ってしまう。
「新疆とこことどちらの方が羊多い?」
そう訊かれて、答えがすぐにでなかった。
あちらも羊の文化で、どこに行っても羊だった。
ただあちらは自然環境が過酷で、このように草や水に自由にのびのびとしている感じがしない。
「…同じくらいかな」
「新疆の羊とここのとでは、種類が違うんだ。体の大きさが向こうの方が大きいんだ」
羊といえばみな同じなのだと思っていた。

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まっすぐに一本の川が流れていくのではない。
まるで草原一帯を這いまわるかのように、蛇行しまた蛇行し。
傾斜がない場所を流れるからこのようになるのだと思う。


呼倫貝爾(フルンボイル)大草原。
世界三大草原のひとつ、世界でもっとも美しい草原といわれているのだそう。
大ヒンガン嶺山脈の西に、約10万㎢にもわたり広がっている。
その広大な範囲のなかに、大小3000余の河がうねうねと様々な方向に流れ交わり、500余の湖が点在する。
ちょっと信じられない話だけれど、こうして訪れてみてみるとほんとうのことだなと実感する。
豊かな大地の場所だ。

このフルンボイルには一つの伝説があるそう。
昔々、この草原一帯に風と砂の妖魔がはびこり、美しさ豊かさを瞬く間に奪っていった。
草は育たず家畜は絶え、水は失われ枯渇し、やがてそこは死の場所になった。
ある蒙古部落に勇敢な男女がいた。
歌舞に才ある美しい女性・呼倫(フルン)と、武芸に秀で勇敢な男性・貝爾(ボイル)。
二人は愛の力で草原を救うべく魔を追い払った。
そうして草原には再び生命が戻り、かつての美しい姿を取り戻したのだという。
愛の力でどのように魔を追い払ったか気になるところだが、とにかくこの草原は一度失われ再び取り戻された奇跡の場所であり、そんな想像をしながら眺めてみるとさらに美しい。

今目の前にはひとつの史跡もない。
寺院も、城壁も、烽火台もない。
ただ大自然が広がるのみ。
その中には人家さえも、ない。
そんなこの場所で、不思議と悠久の歴史を感じた。
長い長い時間の経過を感じた。

まだまだずっとここにいたい気分だったけれど、天候も心配だったため出発。
しばらくしてリュウ・チャオさんは、それでも道の体裁をとっていた自然道から方向を変え、大草原のど真ん中に向かい始めた。
向かったのは川辺だった。

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ここには車が数台とまっていて、アウトドア用品が並べられていた。
川の中には西瓜がひとつ、浮いている。
そこにいる人たちがやっていたのは、長縄大会だった。
子供も大人も一緒になって楽しんでいる。
中国人は楽しむことに力を惜しまないなといつも思う。
日本人もアウトドアやるし、ビーチバレーやったりバトミントンやったりもするだろう。
でも、長縄までは持って行かないし、やろうという発想がない。
彼らは、足を引っかけては抱腹絶倒している。
ここにいたのは、先ほどのとは別のリュウ・チャオさんの同僚ドライバーだった。
「そっちには乗るな、こっちに乗ってけ」
そう冗談を言って笑う。

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先ほどまでの道では時折他の車に出合うことがあったが、徐々に車にも人にも出合うことがなくなった。
ここには自分たちだけしかいないみたい。

草むらから時々、小さな動物がひょいっと顔を出した。
プレーリードッグみたいな動物で、立ち上がってはきょろきょろと辺りを見回す。
「あ、動物!」
そう騒ぐ私に、「老鼠(リス)だね」と彼は言った。
リスじゃないと思うんだけど、まぁ大差ないといえば大差ない。
そんなリスがそこらにいた。

すると、次は向こうに一羽の猛禽類を見た。
ここには様々な猛禽類がいるだろうから、その種類はわからない。
その猛禽類は向こうからすいーっとやってきて、車が走るすぐそばまで降りてきた。
こんなに近くで目にすることはないのでこれもまた興奮して見ていると、その猛禽類は草原のすぐ上をぐるぐる旋回し始めた。
その高さ、10mもないと思う。
こんな低空で獲物を探すとは思わず驚いた。
「リスを捕ろうとしているんだ」
リュウ・チャオさんはそう言った。
リスといえば、先ほどのプレーリードッグだ。

途中で車を降りて、草むらの中に入ってみた。
そこには様々な形の葉があって、よく見れば小さな花も咲いていた。
車の窓の外を流れていく草原風景は、近づいてみれば実はこんなに多種多様だったんだ。
その中には、私がまだ知らない動物や生き物もたくさんいるだろう。
先ほどのプレーリードッグ風の動物のように、草むらに隠れていれば私たちはそれに気づかない。


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まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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