2017-09-02

満洲里旅行四日目~その一~

2017年8月14日、約束していた8時半はまだだったが、リュウ・チャオさんは早めに来るだろうと支度に焦っていた。
案の定、8時20分頃にこちらのゲルを覗きに来たのが網戸の向こうに見えた。

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出発すると、彼は私にヨーグルトを一本くれた。
見てみると、ここ黒山頭のものだった。
新疆のヨーグルトもおいしいけれど、ここのもおいしかった。
やっぱりここは放牧の楽園だ。

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朝の黒山頭は、やっぱり依然として曇りだった。
今日は青空の欠片もない。

「黒山頭古城には行ける?」
街から10㎞ほど離れたところに、ひとつの古城遺跡がある。
私が立ち寄りたいポイントのひとつだった。

フルンボイルは、かつてモンゴル帝国を築き上げたチンギスハンの出生地だ。
アルグン河、ハイラル河が流れるこの一帯は、チンギスハンの弟、哈薩爾(カサル)が治めるウルス(領土)だった。
黒山頭古城は、かつてそのカサルが暮らした居城であり、700年以上もの歴史があることになる。
南の根河、北の得爾布拉河に囲まれ、この地は攻めるも守るも地の利があった。
チンギスハン率いる部族が、ここで出陣式を挙げ先祖に誓いをたてたという言い伝えがあるのだという。

「今は道が工事中で行けないよ」
残念だが仕方ない。
中国旅行において、行けない、入れないは日常茶飯事だ。
黒山頭を離れ、先を進むことにした。

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街を抜けて、ぽつりぽつりとモンゴルゲルを見つけた。
現代版ではない伝統的ゲルも目にしたが、やっぱり黒山頭の街からは少し離れており、昨日リュウ・チャオさんは「一緒に見に行ってそれから泊まるところを決めてもいい」と言ってくれたが、そうしてもらわなくてよかったと思った。
私は運転手さんを雇っているはずなのに、なんだか友達が温かく歓迎してくれているときのような安心感があった。
とても親切で、仕事の範囲を超えて旅行中の一切を面倒見てくれた。

ネット上で、「呼伦贝尔 包车」などと検索すると、いろんな車手配の会社やら個人の連絡先が次々出てくる。
これは、この地を訪れる観光客のほとんどがこのフルンボイル大草原を目的としており、ここのまわるのには最低でも三日、範囲を最北・漠河まで延ばせばそれ以上の日数が必要となり、車を手配する必要があるからだ。
車を手配するか、自分の運転で。
そのどちらかになるため、こうした観光客向けの車が非常に多い。
私はその中で、車を采配しているリュウ・ウェイさんと出会い、そして運転手のリュウ・チャオさんに出会った。
他の車がどうかはわからない。
しかし、リュウさん二人に出会ったことは、幸運だったなと今でも思う。
日本人の仕事は確かに落ち度なく完璧かもしれないが、こういう温かさと人間味は、私は中国ならではだなと思う。
人と人との距離が短いのだ。

「現在、モンゴルゲルに暮らす蒙古人はいるの?」
そう私が訊くと、
「今ではいないよ」
そんな寂しい答えが返ってきた。
点在するゲルはみな、観光客を受け入れるために用意されたものなのだ。

そのうち、草原の中に不自然な現代建築の並びを見つけた。

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「ほら、見て。あれは蒙古人が暮らすために作られてるものだ」
人の気配がまったくしないゴーストタウンのような集合住宅があり、違和感極まりなかった。

現代中国は民族団結を打ち出し、さまざまな民族の存在を認め一体となろう、という体裁をとっている。
表向きは。
けれどもそれに反する現状であることは、事情をよく知らない日本人であっても想像できるところである。
内モンゴルのある場所では、遊牧禁止など蒙古人のアイデンティティを奪うような国家的な圧力がかかっているのだという。
近代化により伝統や昔の情緒は失われつつあります、というのではなく、権力者の意思によりそれが失われていくのは悲しいという言葉にも余りある。

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天気は良くなかったけれど、草原は明るかった。
「天気悪いけど」 そう言うリュウ・チャオさんに、
「でも、雨が降るよりはいい、やっぱり私たち“運”がある」
そう答えた。

途中で車を停めた。
そこには馬と羊と牛が放されていた。
他にも道路脇に車を停め、草原に遊んでいる観光客がたくさん。
馬や牛に近づいて写真を撮ったり、草原を思うままに歩いたり。

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「ここには、羊と馬と牛と、どれが一番多いの?」
そう訊いてみると、「羊だな」
蒙古料理は羊肉だ。
一方、ここにいる馬のほとんどは観光客向けに用意されている乗馬のための馬なのだという。
「ここには三河馬、というのがあるんだ」
三河馬はここの名産で、有名な品種なのだそう。
ここでは、羊は食肉、馬は乗馬、牛は酪農。
私が出合っていないだけかもしれないけれど、食用の牛はいないみたいだった。

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天気が良ければ、草原に寝ころんで空を見上げてみたかった。
風そよぐ草原、青い空に流れていく白い雲。
私のあこがれ。

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再びドライブに戻ると、次から次へとモンゴルゲルを通り過ぎた。
現代版のもあれば、伝統的なものも。
「あれは観光客が泊まるゲル?」
そう訊いてみると、
「あれは違う、服を着替えたり休んだりするためのものだ」
そのほとんどが観光客に向けたものといっても、ゲルの中には現地の人が実用的に使っているものもあるみたいだった。

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このように、オボーもたびたび。
積み上げられた石に結ばれた布。
旅の安全を祈るものだ。
このように大型のものから、軽く石を積み上げただけのものまで。
丘の上にそれを見たときもあった。

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意外にも草原はやがて湿原のようになってきた。
ところどころに水の溜まりがあり、それが通常そうなのか雨によるものなのかはわからない。

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海から離れた内陸にも関わらず、そこには多くの水鳥がいた。
カモメのように見える。
世界でもっとも陸からの距離があるという、あの新疆ウイグル自治区の湖にも多くの水鳥がいたのを思い出した。
水辺さえあれば、水鳥はどこにでもいるんだ。
どこかから渡ってきたものかも知れない。
動物にいちいち反応する私を見て、リュウ・チャオさんは車を停めてくれた。
「危ないから早めに戻ってくるんだぞ」
そうして道路に降りてカメラを向けると、あれだけ自由気ままだった水鳥たちは、あっという間にこちらに尾を向けて飛び去って行った。

ドライブ中、頭に飾りのある同じ鳥が、どこにもかしこにもいるのを見た。
日本では目にしたことがない鳥だった。
フルンボイルは鳥の楽園だ。
様々な野鳥、中には希少なものも生息するのだそうで、私は事前にその数種類の写真を印刷して持ってきていた。
戴胜(ヤツガシラ)、蒙古百灵(モンゴルヒバリ)、白腰朱顶雀(ベニヒワ)、三趾啄木鸟(ミユビゲラ)…。
このへんのことは素人なので、インターネットで調べて。
それらしいのがいたら確認できるように、写真を持ってきていた。
キツツキ系は森林にいるものだから、現在の草原ドライブで目にすることはないだろう。
ハイラルには国家森林公園があり、そこにも立ち寄りたいと思っていたが、寄ることなく出発してしまった。
昨日通り過ぎた根河湿地は有名な丹頂鶴の繁殖地なのだそうだが、時期的にも合わなかったかなと思う。
そこには、絶滅危惧種である雁も生息しているのだそう。
珍しい鳥にたくさん出合えると期待していた私は甘い。
先月の重慶旅行の方がよっぽど野鳥に近づけていた。
そんなこんなで昨日はそんなに鳥に出合うこともなかったが、今日はこんな天気にも関わらず、たくさんの野鳥がそこらに遊んでいる。

期待が私に幻を見せる。
あの頭に飾り羽があるようにみえるのは、このヤツガシラではなくて?
手元の写真では、頭から胸にかけて薄茶の羽に、白黒模様の翼に尾、頭にも白黒の飾り羽。
そこらにうじゃうじゃしている鳥は、頭に似たような飾り羽があったが、薄茶ではなく全体的に白黒に見えた。
いずれも走る車の中から見たもので、とてもではないがあてにはならない印象だ。
期待を込めて、運転するリュウ・チャオさんの邪魔をして写真を見せる。
「ねぇ、あの鳥はこれ?」
ちらりと写真を見たリュウ・チャオさんは、即答。
「それはここでも珍しい鳥だからきっと違うだろう」
ほんとうは私自身も違うだろうということはわかっていたのだけど。

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ところで今日走る道、ずっと鉄条網で囲まれている。
特に右側ーつまり北側ーは厳重だ。
本日の目的は、この道路を走ることである。
「辺防公路」 という。
その名の通り、国境の道。
満洲里と黒山頭を結ぶ、中国とロシアの国境に沿った公道だ。
厳重に警戒された北側、もうそこはロシア。
国境にこだわる私にとって、国境線ドライブは念願だった。
向こうに見える山々は、みなロシアだ。
近くに見えた赤い色だったか青い色だったかそんな屋根をもつ建物を指さして、
「あれはロシアの建物だよ」
リュウ・チャオさんは、そう教えてくれた。

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ロシアとの距離は近づいたり遠のいたり。
時々、国境の監視塔も目にした。
簡易な鉄条網に見えるかもしれないが、実はその向こうにもそれはあり、かなり厳重に囲まれている。
「乗り越えたら牢獄の災だ」
そんな恐ろしい警告がひっきりなしに通り過ぎていく。
また現代ならでは、「ドローン禁止」も。

この辺防公路、中国でもっとも美しい道路の別名を持つという。
今日はあいにくの天気だが、晴天だったならばどれだけ美しかっただろう。
そんなふうにも思うけれど、でもこんなどんよりした空も、なんだか国境の厳しい雰囲気を表しているかのよう。
私たちは快適なドライブだったが、少し前までは舗装されていない悪路でなかなか通る人もいなかったんだとか。
また以前は完全には開放されてはおらず、このように観光客が自由に行き来できるようになったのはここ数年のことのよう。

いったいどれくらい、国境ドライブしただろう。
道は国境から逸れカーブし、その先にきれいな花が咲き乱れていた。

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車を降りてみると、それはアザミのような花だった。
一面お花畑になっていて、そこに多くの観光客が侵入して、花々に囲まれる自分の写真撮影に楽しんでいる。
気持ちはわかる、けれど、足元の花はみな踏みつけられて潰れていた。
歩いたぶん花が踏みつけられている姿は、それぞれの写真には残らない。
きれいな花と楽しい自分の姿が残るだけ。
私もそうだった。
草原に足を踏み入れて、一日いったい何人の観光客がそこに足を踏み入れるのかと思う。
積み重なったそれは、間違いなく環境に影響を与えているはずだ。
私も間違いなく、その影響の原因のひとつになっている。
自然地帯に足を踏み入れるすべての人にとって、楽しみと責任の狭間をどこに置くかは、重要な問題である。

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もしかしたら、道路側に咲き乱れる花々は、その向こうに広がる無数の植物たちを守るための、美しき盾なのかもしれない、とも思った。

このお花畑からその向こうに、また蒙古部落を再現したようなゲルが見えた。
「トイレ行きたいから、あそこに寄ってくれる?」
私はリュウ・チャオさんにそうお願いし、車はそこに向かった。
「30元かかるけど、中から景色が見れるからそれでいいか?」
この草原ドライブ、トイレはこうしたところにしかないのでこれは仕方ない。
ついでにその景色を楽しもう。

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ここは地名にして八大関。
この部落テーマパーク、186彩帯河という名がついている。
186とはすなわち、辺防公路を満洲里から186㎞進んだ場所を意味する。
訊いてみればなんのこともないが、なんとも謎めいた名称ではある。

リュウ・チャオさんは外で待っていると言っていたが、トイレから出てくると彼は外で私を待っていた。
運転手ということでタダで入ってこれたのかな。
彼は、景色が見れるところまで行こうと連れて行ってくれた。
186彩帯河には小高い丘があり、そこへは電動車で登っていくことができる。
この電動車の料金はチケットに含まれており、私たちはそれに乗り込んだ。
草原の丘を電動車は進むことができない。
丘の斜面にはタイヤの幅に二枚板を通したような“道”が用意されており、電動車はその上をものすごいスピードで駆け上がってく。
まるでジェットコースターのよう。
風を切ってあっという間に頂上に到着すると、その先には板張りの展望台があった。

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ついでに寄ったというのに、ここからの眺望はなかなかのものだった。
足がすくむような高さから見渡す風景は、人がそこに足を踏み入れることを拒絶しているみたいに完成されたものだった。
「天気が良ければもっときれいなんだ」
リュウ・チャオさんは、すでに何度も口にしたそのセリフをここでも口にした。
けれど、私にとってはこの風景との初めての出合い。
十分だった。

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遠くに蛇行する河がみえる。
あれもまたアルグン河水系だ。
まるで龍が天を駆け上っていく姿みたい。

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「向こうに見えるのはロシアの街だよ」
そう言って、左手を見てみると、遠くにはかすんだ小さな街がたしかに見えた。
「天気が良ければもっとはっきり見えるんだ」

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電動車に乗る前に、「ズームレンズ持った?」と彼が訊いてきた理由がわかった。
杜羅依というロシアの国境の村なのだという。
ドゥルオイ、そんな感じかな。

こちらは国境を眺める観光客がわんさか。
向こうにもこちらを眺める人がいるのだろうか。
私は、国境を隔ててお互いの存在が確認できないこの距離で、興味津々に見つめ合う両岸の人々を想像した。
見えてないのに見つめ合うのはなんだか不気味だ。
でもやっぱり向こうにはそんな人はいないようにも思えた。
想像するに、中国の国境観光が人気になってきたのは近年のことではないかと思う。

私は国境に強い関心を持つが、それは平和を宣言したこの島国・日本において、国境という感覚を持つ機会がほぼないからである。
国境とは、あちら側とこちら側の境界線であり、絶対的束縛だ。
それは個人の意思とはまったく次元の違うところに存在する“決まり”であり、自分の意思では動かせない絶対的支配を意味する。
国境を体感するとは、私にとって、その絶対的支配の存在を再確認することと同じだ。
私が日本人であること。
ここが中国であること。
日本と中国は違う国だということ。
ロシアはすぐそこだけど、もし仮にあと1cmだったとしても、こちら側であるならそれはロシアではないこと。
そして目の前の見えない線を、越えようと思えば越えられるけれど、絶対に越えることはできないこと。
そういう当たり前のことを改めて知ることで、自分の日常を再認識する。
今踏むこの国を再認識する。
今国境を目の前にして、こちら側とあちら側と何が違うんだろう。
同じ風が吹き、草原は続いている。
同じ空が見えて、同じ空気を吸っている。
でも、同じではない。
言葉が違う、衣服が違う、習慣が違う。
それが国が違うということ?
でも国境を跨いでも同じ言葉を話したり、同じ習慣を持ったり、繋がる文化を持っている例は多々あるだろう。
また、今は今ある国境が世界を分けていたとしても、以前は同じ国だった、そんな地域もあるだろう。
では、こちら側とあちら側を隔てるものとは、いったい何だろう。
この見えないラインは、自分が当たり前に日本人だと思っていることに対し、問いかけてくる。
国境とは、目の前を遮る鉄条網でも、国を分かつ一筋の河でも、また国境を示す石碑でもない。
目に見えないこの、恐ろしく分厚く高い、透明の壁である。

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展望台の近くには、オボーがあった。
蒙古にチベット仏教徒はとても多いのだという。
だからこのオボーはどうしてもチベット仏教を連想させて繋げて考えてみたくなるが、実はこれはもともと土着の信仰が起源になったものなのだそう。
私はこの方面に疎いので詳しくない。
けれども想像にかたくない。
この広大な大地で、安全に行き来ができますように。
そうして願いを込めて、石を積み上げた。
そのうちに、祖先に祈るようになった。
そして、チベット仏教が伝わり、重なった。

もともと蒙古人は自然崇拝をしていた。
蒙古では鷹を神聖視しているのだという。
遥かいにしえに、神の使いである鷹が命を受けて地上に現れ、蒙古部落の頭領と結婚し美しい女の子を生んだ。
神鷹は彼女に神術を授け、また自らの羽毛で神の力が宿った衣と冠を作り与えた。
その羽毛の神力により、彼女は天界を飛び回ることができた。
これが、世界で最初の巫女、つまりシャーマンなのだと。

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オボーの横には、蒙古のシャーマンを再現した人。
独特のリズムでえんえんと楽器を打ち続ける。
再現とはいっても、そこだけ違う世界のように独特の空気感があり、私は圧倒されてしまった。

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カラフルな布は風になびいて、なぜだかわからないけれどそれを見て、人間の理解を超えた大いなる意思というものが存在するような気がした。

この丘の上からは、また電動車に乗って降りていかなければならない。
下からそれが上がってくるのを待つそこには。

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「滑草」、ソリに乗って一気に下まで滑り落ちる。
高所恐怖症の私にはとてもではないが耐えられる高さではなかったが、それでも少しだけ心が動いた。
しかし、見ると100元。
なんて高いんだ。
ソリ乗り場は非常に簡易なものだったし、ソリも普通のプラスチック製。
初期投資はそんなになかったはず。
それで今並ぶお客は、何十人…。
コストはかからず、乗せれば乗せるだけ儲かる。
思わずそんなことを考える。

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中国人はほんとうに楽しいことが好きだなと思う。
楽しむときは全力で楽しむ。
私も見習いたい。
ソリに乗ってものすごいスピードで下まで滑り落ちていくのを、仲間が待機し撮影する。

もちろん私は乗ることはなく、やってきた電動車に乗車した。

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しかしこの電動車、登りと同じくものすごいスピードで駆け下り、まるでジェットコースターのよう。
ソリに乗らなくても似たようなものだ。
風を全身に受けながら、先ほどまで小さく小さく見えていたゲルの集まりは、あっという間にすぐそこになった。
「下りるときは早いだろう」
そう言うリュウ・チャオさん。
上り下りする手段だけではなくて、これ目当てにまたここを訪れたいくらいだ。

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私たちはふたたび辺防公路のドライブへ戻った。

車はずっと音楽を流していて、私は彼の選曲が好きだった。
曲も好きだったけれど、やっぱり中国語は美しいなと思う。
そんな音楽たちも、草原ドライブを楽しませてくれたひとつだ。
そんな中、聞き覚えのある曲もあった。
「これ、もともとは日本の曲だよ」
それは、長渕剛の乾杯。中国語のカバー曲だ。
「日本ではなんていう曲なんだ?」
「“干杯”(乾杯)だよ」
そう言うと、「じゃあ中国と同じだ」
そう言って指した車の画面には、「跟往事干杯」の曲名。
「昔に乾杯って意味だ」

他にも、「ロード」や「それが大事」。
「それが大事」は中国ではカラオケからよく漏れて聞こえてくるのを耳にする。
いいなと思う歌は、国を越えてもやっぱりいいと思われるんだなと思った。
中国には日本の歌謡曲がたくさん受け入れられているけれど、一方日本では中国の今どきの歌はそんなに伝わってこない。
映画やドラマなんかもそうだなと思う。
スカパーなんかで一部のを見れるくらいだけど、そういうのを見るのはもともと興味がある人だから。
何か月か前に、友人が「君の名は。」を見たのだと言ってきた。
おもしろくて、日本語のと中国語吹き替えのと両方見たのだと。
日本にいる私はまだ見ていないのに。
日本と中国の間では、そういう面では多少温度差があるなとも思う。

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「あなたはこれらの景色、見慣れているでしょ?」
そう言うと、
「うん、見慣れてるな」
毎日ここを走るのが仕事なのだから。
「じゃあ、いつのフルンボイルが一番好き?」
「9月」
即答だった。
フルンボイルの秋は早くて短い。
9月になれば一気に気温はさがり、秋めくのだという。
SNS上にアップされた秋のフルンボイルの写真を見たことがあるけれど、金色の大地に真っ青な河の対比はそれはそれは美しいものだった。
「9月になれば観光客は減って色々安くなるんだ」
彼はそう言った。
「あんなにきれいなのに観光客来なくなるの?」
「そうだ、来なくなる。寒くなるからね」
「信じられない~」
「10月になれば僕は家に帰るから、ここにはいなくなるよ」
「なんで?」
「10月になればここは寒くなる。冬のフルンボイルはとても寒いぞ」
「どこに帰るの?」
「遼寧省ってわかるか?」
「わかるよ、大連があるところだよね」
「そうそう、そこに帰る」
「遼寧省は冬とても寒いよ」
「フルンボイルの冬は-40度、遼寧省は-20度、-40度に比べたら寒くないよ」
場所によっては-50度にも達することがあるのだそう。
中国でもっとも寒い冬を迎える場所である。
「じゃあ、冬は観光客いなくなるの?」
「人がいなくなるよ、来るのは写真家だな」
「一面まっしろな世界はきっと美しいだろうね」
リュウ・チャオさんは深くうなずいた。
私も機会があれば、もっとも寒いシーズンにこの場所に来てみたい。
「冬はね、服の厚さがこんなになるよ」
そういって彼が指で示した厚さは数cm。
「たくさん着るから」
自分の暮らす場所とあまりにも世界が違い過ぎる。
日本に帰国して今、私のひそかな夢は、いつか40度越えの灼熱のトルファンと、-40度の極寒のフルンボイルを体験することだ。

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昨日は目が覚めるような色濃い緑の草原を目にしてきたが、この辺防公路から望むそれは、どこか黄色がかって見えた。
それが、黄味がかった色合いの植物だったからなのか、それとも秋を目前にして草原の色が変わりつつあるのか、それとも実際は黄色い花々がそこにあったからなのか、そのどれかはわからない。
ただ車窓から通り過ぎていくそれらの色彩を眺め、しばらく時を忘れていた。


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まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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