FC2ブログ
--------

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
2018-08-23

38日間周遊 〈26日目〉 酒泉

2018年7月25日、ホテルの周りに食事をするところがあまりなかったので、散歩がてらに鼓楼の方まで歩いていき、そこで牛肉麺のお店に入った。

1807251.jpg

これで7元とかそこらなのだからありがたい。
おかずもつけて、おかずの方は一皿1元。現在のレートで17円ということになる。
数種類の中から好きなものを選んでよそってもらう。

おなかいっぱいになって、いよいよ今日は楽しみにしていた壁画墓の観光。
嘉峪関でも壁画墓を観光したが、ここ酒泉郊外にも同じ魏晋期の古墳群があり、ひとつ公開されているということで、行ってみようと思っていた。

鼓楼周辺は賑わっていて人も車も多く、タクシーを拾うのはそう難しいことではなかった。
タクシーに乗り、「丁家閘古墓」と行先を告げると、
「50元」
丁家閘古墓は市区から西に7㎞ほどのところにある。
50元ちょっと高いなと思ったけれど、時間ももったいないし交渉の余地はなさそうだったので、
「向こうで見終わるの待ってくれる?」
そう言うと、不本意な様子。
「往復で100元でどう?」
片道50元なのでそう提案してみたが、自分で言っておいてなんだけど高い。
結果、往復100元でOKが出た。
丁家閘古墓はゴビ灘の真っただ中にあると思われたので、行くだけ行っても帰ってくる手段がない。だから帰りもお願いしないといけない。

やがて街を抜け、建物がなくなり、だだっ広い大地へ出た。
走っていくと何やら巨大な建物がある。
博物館のようで、大地にこれだけどかんと建っているさまは違和感きわまりないが、中国ではままあることだ。
その博物館は閉まっていて、旧館というよりは閉鎖されているよう。
運転手さんはナビを使いながら、この博物館の周辺をうろうろし、通りがかりの人に道を訊ねた。
「ここがそうらしいぞ」
少なくとも言えるのは、この博物館はあの壁画墓ではないということだ。
「私ちょっと裏まで見てくるよ」
そう言って、車を降りた。

1807257.jpg

博物館は「絲綢之路博物館」と名がつけられていて、その下に英語がふってあった。
「シルク‟ルート”ミュージアム」
‟ロード”じゃなくて、‟ルート”なんだ。
目から鱗が落ちるような。
貼り紙がしてあり、「現在改修中につき閉館中、ご了承ください」の文字。
しかし私の勘だが、営業再開のめどはたっていないよう。
永遠に改修中かもしれない。

裏手に回ってみると狂暴そうな犬が二頭つながれており、こちらに向かって激しく吠えた。
博物館と古墓の番犬だろうか。
万が一鎖がはずれたら命はないだろうというような勢いで吠えながら跳ねる二頭。
この二頭をやりすごしさらに裏手に回ると、そこに広がる殺風景な大地の中に、それはあった。

1807252.jpg

「酒泉 丁家閘古墓」と刻んだ石碑。

1807253.jpg

こちらがその丁家閘古墓。
ごらんの通り、施錠されている。
中にある建物は墓の内部に入るための下り口だと思われるが、それらもすべて施錠され、交渉するもなにも人の気配はかけらもない。

1807254.jpg

1807255.jpg

こちら、左にこんもりしているのが、墓だ。
上に墓標が建っている。
右手の建物の内部に入り口があり、そこからこの墓の真下まで下る回廊があるはずだった。
内部には壁画があるということで楽しみにしていたが、墓である以上ほんらい人が踏み込んではいけない場所であるはずだった。
そう考えると、こんなふうに外から眺めるのがもっともと言えばそうかもしれない。

1807256.jpg

見渡せば遠く向こうには酒泉の街並みが確認できた。
タクシーを逃してしまい帰る手段がなくなってしまったとしても、目視できる以上最悪歩いて帰れるな、と意味もない想像をした。

博物館の裏手には管理棟があり、そこの二階に上ってみると人がいた。
書籍などが並び、研究している人かもしれない。
自分が外国人観光客でわざわざここまで来たことを含ませながら訊ねてみると、やっぱり「現在非公開」とのことだった。
開館しそうもないシルクルート博物館が営業再開する頃には、公開されるのかもしれない。

タクシー代100元を無駄にしてしまったような気にもなったが、実をいうと私はあながちこういうのが嫌いではない。
あらゆる情報を簡単に与えてくれる再現されたものや完璧に補修されたもの、または博物館や観光地よりも、私はこのように忘れ去られたような遺跡の方が好きだ。
そうした遺跡は、あるものは朽ち果て、またあるものは人を拒み、私たちにほとんど情報を与えてくれない。
ただ僅か、残された外観という限られた最小限の材料を与えてくれるのみだ。
けれどもそれこそが本来のすがたではないかと思う。
本来、墓の内部に入ることはできないし、本来、朽ち果てたものが当時どのような姿だったのか時を経てそれを目にすることはできない。
ただそうしたものは、生々しいリアリティーを持ち迫ってくる。
その生々しいリアリティーというのは、私たちに自由に、そして無限に、想像する権利を与えてくれる。
情報があふれた現代のものに、そうした無限の想像の余地はない。
用意されたそれら情報というのはかぎりなく真実に近いものなのかもしれない。
自由で無限な想像というのは、かぎりなく虚像に近いものなのかもしれない。
けれども、その想像力こそが五感を刺激し、感動を与えてくれるものなのだと、私は信じている。

そういうわけで、これはこれで満足し、市区へ戻った。
運転手さんにお願いし、昨日行こうと思って行く時間がなかった公園で下ろしてもらうことに。

1807258.jpg

「西漢酒泉勝跡」、普通の公園だが、ここには酒泉の名の由来となった泉があるということで行ってみたかった。

1807259.jpg

公園内部はかなり広くて、本当はその泉は入ってすぐに通過していたのだけど、うっかり通り過ぎてしまった。
あまりの暑さにめまいがし、途中で水を買いながら公園中を歩き回った。

中には涼とは無縁の、ぬるそうな池が広がる。
そしていたるところで芝生から激しく放水し、その被害に遭った。
見てみると、周りの人もみな被害に遭っている。

18072510.jpg

18072511.jpg

こうして一周ぐるりとまわり再びもとの場所に戻り、そこに目的の泉があったことを知った。

18072512.jpg

先ほどのぬるい池が信じられないような透明度の水が湧いていた。
今すぐにでもここに飛び込みたい。

18072514.jpg

この泉には伝説がある。
紀元前2世紀、河西回廊で匈奴討伐に成功した霍去病に、武帝は10樽の酒を送りねぎらった。
兵士たちと喜びを分かち合いたかったが、兵士の数は20万にもなりとてもではないが足りない。
そこでその泉にそれらの酒を注ぎこむと、泉は芳醇な美酒に変わり、兵士たちがいくら飲んでも尽きることがなかったのだという。
それ以来、この泉は酒泉と呼ばれ、やがて街の名前となった。

初めてこの伝説を知ったのは、学生の時シルクロード関連の文章からだった。
その時思ったことには、武帝のご褒美に10樽は少なすぎるのでは?
それから、今もその泉は酒なのか?
伝説は伝説だけれど、お酒好きの私にしてみたら酒泉の名前はこれ以上ないほどに魅惑的な語感を持っている。
歴史うんぬんを抜きにして、名前だけでいつか行きたいと思い続けていた場所である。
こうしてその酒泉が生まれた場所に来ることができて、感慨もひとしおだ。

18072513.jpg

泉の前には、霍去病らの石像。
酒を手にしている。

18072515.jpg

ここから公園の外に出ると、そこにはお花畑が広がっていた。
ラベンダーの花畑である。
ラベンダーと言えば、新疆ウイグル自治区イリ地方が有名。
いつか行ってみたい場所のひとつだ。

ここから距離はけっこうあるが歩いて帰ろうと近くの住民に道を訊ねてみたが、方言がまるで外国語のようでさっぱりわからなかったので、大通りまで歩きタクシーを探して拾った。

タクシーの運転手さんに話しかけられ、一人旅で今26日目なのだということを話すと、「すごい、すごい」と感心してくれた。
「明日は寧夏の中衛に発って、そこで沙坡頭に行く」と言うと、
「なんで中衛に行く、それなら敦煌に行くべきだ」
「敦煌は行ったことがあるから」
そう言うと、また関心しているようす。
「祁連山脈も車で四時間で行けるから、行ってみるといい」
そう勧めてくれたが、残念ながら時間はない。
遠く向こうには、雪をかぶった険しい山の連なりが、この猛暑とはまるで別世界のようにどうどうとしていた。

ホテルに到着し、お金を支払おうとすると、
「お金はいらない、送っただけだ、無料だ」という。
こんな経験は初めてだったので、驚いた。
さっそくジャオユーさんに言ってみると、
「自分も同じような経験をしたことがある」という。
バイク旅をしている時、やっぱり「すごいすごい」とお店のご主人は関心し、お金を受け取らなかったのだそう。
「その運転手さんはきっと、マーヨーズが女性で一人旅をしていることに関心してサービスしてくれたんだ」

18072516.jpg

夜は鼓楼近くの屋台街に出て、夕ご飯を食べることにした。

18072517.jpg

毎日麺や肉類で少し食傷気味だった。

18072518.jpg

チャーハンが食べたい!ということで、ちょっとつまらないけれどもチャーハンを。
それからジャガイモが食べたい!ということでジャガイモ炒めを。
それからビールは黄河ビール。
おいしくいただいた。やっぱりチャーハンはおいしい。
賑やかな屋台街、暑さもやわらぎ、開放感があって気持ちがいい。

18072519.jpg

一人旅に戻ってから、徐々に考え出していたことがあった。
私はいま中国にいるのに、このまま日本に帰っていいんだろうか。
毎日離れながらも私のことを心配してくれるジャオユーさんは、「不愉快なことがあればいつでも成都に戻って構わないから」と言ってくれていた。
さらに西安に向かう途中にも、「もしトラブルがあればその次は嘉峪関まで送る」と冗談ながらも言ってくれた。
「その先の行き先でも、トラブルがあれば迎えに行く」と言ってくれた。
けれども一人旅は私が決めたことで、彼は私の意思を尊重して「行くな」とは言わなかった。
私は断ったけれど、この次日本から成都に来る際には航空券の費用を持つ、とも言ってくれた。
それなのに私は自分の計画だけを考えていていいんだろうか。
せっかく中国にいるのに、このまま一人で北京に戻り、最終日に帰国するつもりなのか、私は。
長い間たのしみにしていた中国ぐるり旅だったけれど、今の私は完全に予想外の状態だった。
それならば、計画外の行動をしたっていいのでは?
思い切って、成都に戻ってみようか。
そんなふうに思い始めていた。

列車券を調べてみると、この先の行き先である呼和浩特から成都まで、25時間半。
列車は一日たった一本だが、寝台車はすでに完売していて、一番安い硬座しか残っていない。
硬座25時間、過酷であるがやっても構わない。
さらに成都から北京へ戻る列車も調べてみると、こちらも22時間半。
しかも寝台車は売り切れ、硬座しか残っていない。
硬座22時間、過酷だがやれないことはない。
さて、どうしようか。

〈記 7月31日 エレンホトにて〉

参考:
宿泊費 353元
西漢酒泉勝跡 無料


クリックしていただけると励みになります☆
↓↓↓
にほんブログ村 旅行ブログ 中国旅行(チャイナ)へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
最新トラックバック
クリックしていただけると励みになります↲
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。