FC2ブログ
2019-01-02

15日南方周遊〈7日目〉 貴陽

2018年12月17日、今日はこの貴陽を発ち、いよいよ複雑な思いのある成都へ向かう。
今回の旅は、どこでもいいから自分を励ましてくれる場所へ出掛けたかった。
北は寒い、だから南方へ。
そんな考えの背景には、やはり成都へ立ち寄りたいという気持ちがあったのだと自分で自覚している。

成都へは四日間の時間を用意した。
その背景には、立ち寄る用事があったことがあるけれど、やっぱり一つは大好きになった、思い出がたくさんたくさん詰まったあの街へもう一度行きたかった。一人でも構わない、もう一度あの街を歩き、見慣れた街並みを見たい。
そうしてもう一つは、やっぱり正直言えばジャオユーさんにもう一度会いたかった。
けれどもこんなのまるでストーカーみたいじゃないかとそれだけは嫌だったので、友達宣言をした彼にはちゃんと伝え、結局憎み合って別れたわけでも嫌い合って別れたわけでもないので、「ご飯食べよう」とそれだけ約束した。
滞在するのは火水木金とまるまる平日なので、彼は仕事がある。
煩わせることもないだろうと思った。
彼は自宅のほかに二つのマンションを持っていて、民宿として滞在客に貸し出していた。
そのうちの一つを貸してもらうことをお願いし、その時にはその話はしなかったけれど、きちんと宿泊費も払うつもりだ。
成都站へはまだ夜も明けない早朝6時過ぎに到着する。
ジャオユーさんはその時間を聞いて、迎えに来てくれるという。
私は遠慮なく甘えることにした。
たとえどんな関係であろうとも、友達としてでも、会ってリスタートをしたい。
今回の旅行の出発が近づくにつれて、そう思うようになった。
けれどもいざ旅行が始まって成都行きが間近になってくると、突然不安になってきた。
彼はいったいどういう表情でどんな様子だろう。
私はいったいどんな感情になるだろう。
予想がつかなくて不安になった。
10月24日あの日から、初めて顔を合わせることになる明日朝。
この二か月はとてもとても長かった。
ようやく一区切りがつくだろうと思ってみれば、ふと、区切りどころか新たに苦悩のスタート地点に戻ってしまうような不安感を覚えた。

貴陽站を出発するのは13時38分。
11時くらいには駅に到着していたいので、朝早く起きて午前中軽く市内観光をするつもりだった。
けれどもやっぱりだるくてベッドから起き上がれず、観光を放棄した。

18121701.jpg

10時半、ようやくホテルをチェックアウトしてホテル前の過橋米線のお店へ。
なんだかさっぱりして、そして温かいものが食べたかったのだ。

注文して席で待つ。
テーブルには過橋米線の食べ方の説明が。
過橋米線は雲南省の名物で、現在、中国の比較的大きな都市であればどこにでもこのお店を見つけることができる。
この麺の特徴は、まずライスヌードルに鶏だしの熱いスープ。
そして別添えになった、たくさんの具材。
スープに具がすでに投入された状態で出てくる場合もあるが、基本的には別添えになって提供され、席でスープに投入する。

18121702.jpg

この説明書きによると、熱々のスープにまずウズラの生卵を投入する。
過橋米線にウズラの生卵は必需だ。
その次に投入するのは鶏肉やハムなど。
その次にネギなどの野菜類を投入する。
そして最後にライスヌードル。
具材は生だが、スープの熱で加熱する。

18121703.jpg

いよいよテーブルに運ばれてきた。
手順に沿って具材をスープに放り込む。
この過橋米線の由来はさまざまだが、共通しているのは「橋を越えて運んでも冷めない」という点だ。
働きに出ている旦那さんに、または科挙の勉強をしている旦那さんに、毎日食事を作って運ぶ奥さん。
けれどもいつも、橋を越えるまでに冷めてしまうのが問題だった。
ある時奥さんは、鶏だしの熱々スープの米線を作って運んだ。
すると浮かんだ鶏の脂が蓋になって、旦那さんのもとに届けてもまだ熱々のままだった。
旦那さんは喜んでおいしくこれを食べたという。
これが過橋米線の由来と言われているストーリーだ。

18121704.jpg

具材を放り込んで完成した過橋米線。
これじゃおなか一杯にならないかなと思うけれど、具材が豊富なので意外とおなかにたまる一品だ。
濃厚な鶏スープはおいしくて、スープもたくさん飲んで満腹になった。

18121705.jpg

ホテル前には、繁華街を貫く大通り中華中路。
近くのバス停を見てみると、たくさんの路線が停まる。
17路が貴陽站まで行くようだったので待っていると、来た時に乘った2路バスがやって来た。
2路バスは駅を通過する循環バスなのでこれに乗って向かうことに。

18121706.jpg

貴陽站に到着したのは12時前。
13時38分に出発したのち、明朝の6時14分に成都站へ到着する。
17時間の道のりである。
今日の午後いっぱいは夜行列車内で過ごすことになるので、駅の商店で買い物をした。

18121707.jpg

買ったのはこちら。
青島ビールに白酒の小瓶。
成都行きのちょっと緊張している自分への励まし、というのは昼から飲んだくれようとしている自分への言い訳かも知れない。
それから子弟というポテトチップは、夏の列車旅で昆明に立ち寄った時に出合ったもの。
私の記憶の中では、このポテトチップは北方では見かけたことがない。
子弟は昆明のメーカーが高地の工場で製作したもので、低地では袋がしぼんでしまう。
厚切りのギザギザタイプのポテトチップで、カルビーに引けをとらないおいしさだと思う。

18121708.jpg

18121709.jpg

こうして定時、いよいよ列車は貴陽を離れ出発した。
私のベッドはまたまた上段。
同室はまたまた大きな泣き声を上げる小さな子供を連れた夫婦で、今回旅行の夜行列車はみんな眠れない旅になるのかと心配になったが、数時間後に彼らは下車することになる。

18121710.jpg

列車の女性スタッフは、乗車の際に私のパスポートをチェックしているので私が日本人であることを知っていた。
彼女から伝わったのか、洗面所からおしゃべりが聞こえてくる。
「韓国人?」
「違う、日本人」
「中国語できるの?」
「中国語できるなら英語もできるでしょ」
「簡単な英語なら私でもできるよ」
初めは聞こえないふりをしていたけれど、ついに振り向いてみた。
彼女たちと一人のおじさんは、笑った。
「旅行で来たの?」
「どこへ行くの」
次々と話しかけてくる。
その後も彼女たちは時折私を覗きにきては「問題ない?」と親切に声をかけてくれた。

18121711.jpg

外はほとんどが山景色。
昨日まで見た真っ青な空はどこへ、一転、真っ白な世界に。
通路の簡易座席に座り、部屋から漏れてくる子供の、まるでこの世の終わりのような泣き声を聞きながら、流れる山景色をながめた。
「今日、成都は完全な好天気、あと数日はこれが続くみたいだから、マーヨーズは幸運だ」
ジャオユーさんからメッセージが来た。
7月も8月も、そして9月10月も、私が滞在している間成都も四川省もみごとに雨か真っ白な空で、ほとんど青空を見ることがなかった。
私が去ったあとには真っ青な青空が現れるので、私たちはこれをいつも笑った。
外は白い空。
ほんとうに、真っ青な晴天の成都が私を待っているのだろうか。

「用事がダメになって、四日間時間が空いてしまったよ」
博物館でもパンダ基地でもいい、なにか成都を楽しむアドバイスがあったら教えて。
私がそうジャオユーさんにメッセージを送ると、返事がきた。
「明日は一日部屋で休むといい、その後の数日は時間があるからマーヨーズに付き合うことができる、周辺に遊びに行こう」
前回30日間滞在した時、彼は会社の管理部に今年の有休があと三日残っていることを教えられた。
ジャオユーさんは有休を使いきってしまったと思っていたので得した気分で、私が滞在している残り数日のうちに、この有休を使って出かけようと話してくれた。
けれども私たちの関係は時々悪化し、結局それは実現しなかった。
ジャオユーさんから返事がきたとき、私は彼がこの有休三日間を使って時間を用意してくれていることを直感した。
明日の6時14分に成都站に到着する。
私たちが初めて出会ったのも、その成都站の出口だった。
たとえどんな関係であろうとも、もう一度同じ場所で出会いなおして、新たなスタートがきれるといいな。
そんなふうに思う。
けれども、過去というのはすでに起きてしまったこと。
なかったことにはならない。
出会い直し、ではなくて、今だからこそできる出会い方というのがあるのかも知れない。

18121712.jpg

夕方になり、気づけば列車は高所を走っていた。
山の上に線路が通っているようで、時折視界が開けて下に小さく村や町が見えた。
九江のホテルのサービスでもらったビスケットを食べようと取り出してみると、張り裂けそうにぱんぱんに膨らんでいる。
いったい、今どこを走っているんだろう。
成都までの距離はどれだけだろう。

子供を連れた夫婦が下車し、そのあとに同室に乗り込んできたのは親父さんだった。
この親父さんはしゃべりが止まらなかった。
私は部屋の正面の簡易椅子に座って景色を見ていたが、親父さんは部屋の中から話しかけてくる。
こうしたコミュニケーションは旅の楽しみでもあるけれど、私は正直ちょっと面倒だな、と思った。
風景を見ながらしんみりしたいのに、質問が止まらない。
「日本から一人で旅してるなんてすごいなぁ!」
会話の内容自体は悪いものではなく、このおじさんも決して悪い人ではない。
「今はちょっと放っておいてほしいな」
そんな私のテレパシーは結局届くことはなかった。
「なぁ、そのカメラは日本のか?」
「そう、オリンパスだよ」
「おう、日本のか!日本製品は中国製品より品質がいいだろう?」
「そうかな?」
「なぁ、日本のカメラはいくらするんだ?」
「5万日本円くらいかな」
かなり適当に答えてしまうと、
「日本と中国、どっちが好きか?」
急に話題が変わる。
「どっちも好きだよ」
「なぁ、こっちに入ってきてしゃべろうじゃないか!」
どう答えようと考えたところで車内販売のカートがやってきて、親父さんの注意はようやくそちらに向いた。
「ビールはあるか?どのビールがあるんだ?」
ビールを買っているのを見て、私は手元のバックに隠れているビールをどうしようか困った。
私がここでビールを開けたら、親父さんにつかまってしまうこと間違いなしだ。
かといって親父さんのマシンガンのような質問の中で座席を変えるのも気まずい。
私が出した結論は、今まで利用したことのない食堂車。

今まで列車内での食事はいつもカップラーメンだった。
お弁当売りも回ってくるけれど、それも買ったことがないし、食堂車も利用したことがなかった。
これを機に、初めて利用してみるのもいいかもしれない。

18121713.jpg

夕食時だというのに、食堂車はがらがらで、テーブルを占めているのはみな列車のスタッフだった。
私が座席に座ると、お客待っていましたというように、コックのおじさんが近寄ってきた。
「注文する?」

18121714.jpg

見せてくれたメニュー。
どれもおかず、ご飯、スープのセットで。45元から55元という価格は今の私にとってはちょっと痛い出費だった。

18121715.jpg

私が頼んだのは、青椒肉絲のセット。それから持ち込んだ青島ビール。
味はおいしかったけれど、ボリュームが多く食べきることができなかった。
この食堂のスタッフも、みな私が日本人だということを知っては、話しかけに来る。
「何か問題があれば言ってくれればいい」
「ご飯おいしかった?」
友好的な雰囲気で、それはやっぱり嬉しいことだった。

18121716.jpg

しばらくビールを飲みながら食堂車の座席から真っ暗な夜景を眺めた。
食堂車は明るく窓ガラスは反射しほとんど見えなかったけれど、時折、街の灯りが通り過ぎていくのがわかった。
私の手元にはまだ、白酒の小瓶があった。
50度の白酒は今夜のメインである。
ところがあろうことか、飲みたくない。
どういうことだ?
いつのまにか、私の眼は熱くひりひりし、身体は重くだるかった。
意識は軽く朦朧とし、関節にわずかな痛みを感じた。
そしておしゃべりをしたくない理由がわかった。
高い声が出ない。大きな声が出ない。
喉が腫れぼったく、声を出したくない。
昨夜の予感が確信に変わる。
私、風邪をひいてしまった。
私にとってとても大事な意味を持つ、成都行き。
なんとこのタイミングで体調を崩してしまうとは。
私にとって、お酒はひとつの健康のバロメーターである。
体調が悪い時でも、お酒は飲める。
ちょっと体調が悪い時であれば、お酒はまるでガソリンのように、私に力を与えてくれる。
お酒が飲みたくないとは、これはもう相当に体調が悪いという証なのだ。
私にとって。
なんてことだ。
私は大慌てでベッドに戻り、キューピーコーワゴールドを飲み、一秒でも早く眠るべく横になった。
ところがまたもや。
おしゃべりが止まらなかった斜め下の親父さんのいびきは、いびきのコンテストがあったら参加してみたら?と勧めてみたくなるほどの見事ないびきだった。
耳をふさいでも布団をかぶってもダメ。
どうしよう、眠れない。
数時間いびきと戦い。
「起きて、もうすぐ着きますよ」
乗務員さんが、がらっとドアを開けた。
目に刺さるような眩しさは、けれども今の私にとっては救いの光だった。
親父さんは寝ぼけながらベッドから降り、そして下車した。
時間を見れば、3時過ぎ。
あぁ、二時間は眠れる。

〈記 12月26日 自宅にて〉

参考:
朝食(過橋米線) 16元
2路バス 1元
貴陽 → 成都行き列車券 348元
夕食(青椒肉絲定食)45元


クリックしていただけると励みになります☆
↓↓↓
にほんブログ村 旅行ブログ 中国旅行(チャイナ)へ
にほんブログ村
スポンサーサイト

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

最新記事
最新コメント
カテゴリ
月別アーカイブ
最新トラックバック
クリックしていただけると励みになります↲