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2019-01-02

15日南方周遊〈9日目〉 楽山

2018年12月19日、目覚めるとすっかり慣れた寝室だった。
なんだかこの二か月がなかったみたいで、そのままあの30日滞在の続きをしているような錯覚をした。
けれども横を向いてみれば、大きなベッドの端っこに、こちらに背を向けるようにしてスマホを見ているジャオユーさん。
やっぱり今日は今日で、あの時とはまったく違う。
しばらくしてようやく起きだし、ジャオユーさんは麺を作ってくれた。

18121901.jpg

ジャオユーさんが作ってくれる辛い麺は、冷製で食べてもおいしいのではないかといつも思う。
「今回はあれとあれが足りなくて使わないで作ったから、完璧じゃない」
今まで、自分が作った料理に100点満点をつけたところを見たことがない。
必ず、「5分早かった」とか「塩が少しだけ多かった」とか、そういうことを言う。

今日から三日間、水木金と、ジャオユーさんは今年残っている有休全部を使って私に付き合ってくれる。
「重慶に行ったっていい、楽山に行ったっていい」
ジャオユーさんはそう言った。
国慶節連休の最後、彼が重慶に行くと言い出したことがあった。
私は楽しみにしていたのに一向に行く気配がないので、「今日行くんじゃなかったの?」と訊いたら「重慶は遠いし面白みもないから行くのやめた」といい軽く揉めたんだった。
「私は楽しみにしてたのに、行かないと決めたなら教えてよ」
私はそう言い、
「だから今教えたじゃないか」
彼はそう反論した。
あのことがあったので、重慶を行先にあげたのだということはわかった。
「重慶は行かなくていいよ、でも私はどこだったいい」
私はそう答え、結局私たちはこの四日間旅行を楽山からスタートすることにした。

支度をする。
私は数日分の旅支度を。
ジャオユーさんは、今回私がお土産に渡した和柄の渋い巾着をさっそく使ってくれるよう。
「こういうのを入ればいいんだろう?」
そう言って見せたのは下着と靴下。
「そうそう、そういうのでもいいし、お菓子を入れてもいいよ」
それから忘れずに用意したのは、昨夜買ったお酒。
白酒にブランデー。
こうして支度を整え、出発した。

「実は今日は運転してはいけない日なんだ」
現在中国の大きな都市では、それぞれの都市の規則に従って、車のナンバーごとに運転制限が設けられている。
今日は偶数ナンバーがダメ、奇数ナンバーがダメ、というふうに。
変な話で非常にやっかいだが、目的というのは排気ガスによる大気汚染を軽減するため、ということになっている。
なっているがそれにより環境改善への効果があがっているのかは知らない。
むしろ交通不便による害の方が悪影響を及ぼしているのではないかとも想像する。
本日成都では、ナンバーの末字が‟3“と‟8”の乗用車が運転してはいけないのだという。
彼の車のナンバーは末が3だった。
「成都市区を抜けさえすればいんだ」
郊外に出てしまえば、この規則からは解放される。
「監視カメラがないところをすり抜けられないの?」
そう訊くも、「それは不可能だ」
現在の中国は、日本でも報道されるように監視カメラ大国である。
公道にはまるで枝に並んで留まるムクドリのようにカメラが取り付けられており、また交差点、なんでもない歩道、公園、ひいては細い裏道なんかにもカメラは隙なく設置されている。
監視カメラに映らないところといえば、もう家の中だけかもしれないと思う程。
数年前までは、天安門広場とか、新疆とか、そういう警備が厳戒な場所に監視カメラが多い印象があったが、今では全国どこでもこうである。
「じゃあ、どうするの?」
彼はあらかじめこの方面の友達に確認していた。
早朝であればまだこの数字の縛りがないから、それより早く出発しようとしたのだという。
けれども、朝9時くらいからかと思いきや、6時から制限がかかるという。
私たちは諦めてイチかバチか運転してみることにした。
「監視カメラは、なにも自動で検知しているわけではなく、人が映像を見て拾い集めているんだ」
だから、チェックする人がうっかり見落としてくれさえすれば、問題はない。
「担当者が昨晩飲み過ぎているといいね」
私は励ましにもならないようなことを言った。
「もし見つかってしまったらどうなるの?」
「罰金だ。来週の月曜日に連絡がくるはずだからその時に結果がわかるだろう」
結果がどうだったのか、私は今でも知らない。

私たちは出発し、数日分のおやつとしてパン屋さんによりパンを大量に買った。
それに果物も車に乗せ、高速に乗り成都を抜けた。
「昨日の話、一生友達で将来一緒に旅行もできるって話」
私は切り出した。
「正直な話、それはできないと思う」
今まで私は一人行動が好きだった。
一人旅が好きだった。
結婚願望もなく、特に彼氏が必要でもなかった。
でも今回のことがあってようやく気付いたの。
私は一人が怖いし、一人が嫌だ。
一人が好きだと言えるのは、本当は一人じゃないからそう言えたんだっていうこと。
一人旅が好きなのは、本当は一人じゃないから。
この二か月、とても孤独を感じて寂しかった。
一人がつらいと思った。
今回15日間の旅行をスタートしてみて、今までの一人旅とぜんぜん違う。
寂しくて、つらかった。
そして、楽しかったけれど、実はつまらなかった。
こんなふうに思ったこと、今まで一度もなかったんだよ。
私はやっぱり、一生彼氏もいなくて結婚もしないのは、寂しいと思う。
だからあなたと別れた以上、別の縁がまたあることを望んでる。
日本の感覚でいうとね、彼氏や旦那さんがいるのに、友達といっても以前の彼氏と旅行に行くのは浮気みたいなものでダメなことなんだよ。
あなたに奥さんや彼女がいてもそう。
お互いいつまでも一人なわけではないでしょう?
だからやっぱり、寂しいけれど、10年後に一緒に旅行に行くことはできない。
私がそう話すと、「中国だってそれは同じだ」
ジャオユーさんはぼそりと言った。
「自分だってマーヨーズと同じ考えだ。10年後旅行に行くことはないだろう。あれはマーヨーズを慰めるために言ったんだ」
「慰めるために言ったの?じゃああれは本当じゃないの?」
そう言うと、彼はだまって頷いた。
寂しさなのか悲しさなのかよくわからないけれど、心がしぼんでいくのがわかった。
けれどもせっかく久しぶりに会えたんだ。
彼はわざわざ私のために時間を用意してくれたんだ。
これから始まるんだ。
だから楽しまなければ。
不思議なことに、意図的にでもハイテンションを演ずれば、身体はだまされて軽くなった。

高速道路の風景は真っ白で、霧なのか大気汚染なのかもはや判断がつかない。
咳が止まらないのも、風邪が治らないせいなのか空気のせいなのかもわからない。
私が成都に到着する前日、成都は完璧な晴天なのだとジャオユーさんから連絡がきた。
それが私が到着したとたんこうだ。
「成都の神様は本当に私が嫌いみたいだね、それか雨の神様が私のことを大好きなのか」

本日の目的地である楽山は、成都の南約170㎞にある小さな都市だ。
この場所を有名にしているのは、「楽山大仏」。
岷江に向かいそびえる岸壁に建造された、世界最大の石刻大仏だ。
私はまだ訪れたことがなかった。
またこの場所をひそかに有名にしているのは、観光ビザだ。
私は夏に成都の出入境管理局で観光ビザの手続きをし、そのためにおよそ一週間の時間を要した。
ところがこの楽山の管理局では、一日あれば観光ビザ30日の延長が、他所に比べ簡単に下りるのだという。
そのため、観光ビザ取得を目的にわざわざこの場所を選んで訪れる観光客も少なくないよう。
「私もここでまた、観光ビザを30日申請してみようかな」
冗談で言いながら、そうできたらいいなと思った。

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高速を下りて、真っ白な空に霞んだ空気が続く。
この街がどんな風貌をしているのかもよくわからないまま、気づけば目的の楽山大仏まで到着していた。

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駐車場につき乗ったのは、三輪タクシー。
親父さんは私たちをカップルと見たのか、乘ったところで写真を撮ってくれた。
二人肩をくっつけた写真をよく見てみると、ジャオユーさんは口をへの字に曲げて、へそを曲げた子供のような表情であちらを見ている。

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「楽山はあなたを歓迎します」
自転車はたしか10元ほどで、ほどなくして楽山大仏の入場口まで到着した。

入場口の前には客引きがいて、彼女は岷江から船で大仏を観光するチケットを案内した。
「山から見るのと船から見るのとどっちがいいか、マーヨーズが選んでいいぞ」
ジャオユーさんは船からは大仏を見たことがあるけど山の方からは見たことがないと言ったので、私は山から行きたいと言った。
「あ、でもジャオユーさんの体力が心配だから船でもいいよ」
冗談でそう言うと、
「何が体力だ。今日は霞んで見えないから船に乗っても意味がないだろう、山から行くぞ」
そういうことになった。

18121905.jpg

入場券は券売機で。一人40元。
ジャオユーさんは自分の身分証を使って入場券を購入した。
中国では時々こうして中国人の身分証を使って入場する場合があるけれど、外国人の場合はどうやって購入するんだろう。

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こちらは楽山大仏の入り口。
楽山大仏は、大渡河と青衣江が交わり岷江となる地点に穿たれた石刻大仏だ。
唐の713年に岷江の水害を治める目的で仏像建設が始まり、およそ90年の歳月を経てようやく完成した。
楽山の西に位置する峨眉山と合わせて世界遺産に認定されている。
私は写真では見たことがあるけれど、その巨大な様は実際はどんなふうなのか、写真からはおよそ想像もつかなかった。

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入り口をくぐってすぐ、ゆるやかな石階段が続く。
右に岷江、左に山肌を見ながら進んでいくと、山肌にはかつて穿たれた仏龕の残滓が残る。
あるものはもうそれがなんだったのかわからない様で、あるものは仏さまの輪郭を残すだけに却って無残な印象を受けた。
「これらは文革時代に破壊されたものだろう」
ジャオユーさんは吐き出すように言った。
「あの時代、たくさんの古いものや素晴らしいものが失われたんだ」
「竜門石窟も、こんなふうに文革の被害を受けていたよ」
中国の西域ではかつてイスラム教によって仏教石窟などはことごとく破壊され、仏教は壊滅した。
一方内地では、近代文革時代、紅衛兵により片っ端から史跡、特に仏教史跡が破壊された。
仏教がおおいに栄えた中国だが、残された史跡は歴史の光と影、その両面を伝える。

18121908.jpg

この岸壁はほか地域の石窟とは違い、赤土のようだった。
もろくてさらさらとし、雨でも降れば崩れてしまいそうだった。
「破壊された部分もあれば、こうして自然に壊れていった部分もあるんだ」

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こんなふうに比較的すがたを残す仏像も。

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こうしてやがて向こうに門を見た。
この門をくぐると広場になっており、その先に仏像の‟頭“があるはずだった。
楽山大仏は座像で、岸壁に座し岷江を臨んでいる。
私たちは岸壁の上から仏さまを拝むことになる。
ところが。

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これはなんだろう。
もしかして、この中に仏像があるのか?

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ぐるりと回ってみた。
緑色の幕の上に、わずかに仏さまの頭頂部、螺髪が見えた。
なんてことだ、補修中だった。

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下を見下ろしてみればこんな感じ。
この楽山大仏、座りながらしてその高さ71m、肩幅28mという大きさである。
しかしながら、私が目にすることができたのは‟つむじ“のあたりのみ。
「仏像、緑の服を着ているね」

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ちなみに、本来はこのような姿。
「でもこれはこれで来た意味があるよね」
中国も遺跡に対してちゃんと保護をしているって、帰国したら旅行記に書くよ。
私がそう言うと、「現在はまだいい、昔は大事にしてなかったんだから」

大仏が向かう岷江には、オレンジ色の救命具を身に着けた観光客を満杯に乗せた遊覧船が幾度も行き来する。
「天気以前に、これじゃあ何にも見えないね」
船に乗り大仏の正面に回ったところで、見えるのは木組みと緑色の幕のみ。
わずかな螺髪が間近に見えるだけ、こちらの方がまだましだろう。

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大仏のすぐ背後には、人為的に穿たれた洞窟のようなものがあった。

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中を覗いてみると部屋のようにも見えるけども何もない。
ここは「海師洞」といい、洞窟自体は後漢時代に墓として掘られたもので、後にこの楽山大仏の建設を始めた海通禅師が祀られたのだという。

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先を進んでいくとこの景区はそれなりに広くて、建物がいろいろと続いていた。
けれどもそのほとんどが改修中で、トイレに焦っていて案内表示を頼りに向かってみるとそのトイレまでが改修中で、がっくりきた。

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こちらは現在の改修中とは関係なく、かつて改修というか新しく作られたもの。
まるでペンキ塗りたてで、ぴかぴか。
左側はもともとの姿で、白石造り。
それに比べて右側はペンキ。
「変だね、どうしてこんなふうに作っちゃうんだろうね」
ジャオユーさんも呆れながらも写真に残している。

ほとんど封鎖されていたので、私たちはふたたび改修中の大仏の頭を通り過ぎ、入場門まで戻ってきた。
入場門は二手に分かれており、私たちは門を出ずに先ほど向かわなかった方に散歩してみることにした。

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もうすぐ閉門という時間で、こちらは大仏もなく、観光客は皆無でひっそりとしていた。
背の高い竹藪がトンネルをつくっている。
「7月に一緒に上里古鎮に行った時を思い出すよ」
あの時途中で竹藪が作り出す天然のトンネルを越したね。
二人とも写真を撮って、私はそれをSNSにあげたんだった。
そう言うと、「平楽古鎮にもこういうところがあったな」
しばらく会話もなく、静かに歩いた。
ふと、気づいた。
私の右側を歩くジャオユーさんは、左腕をまるでマグカップの取っ手のように曲げている。
なんだ?
「ん」
「なに?」
「ん」
「え、なに?」
まるでとなりのトトロのカン太みたいだ。
「自分たちはたとえ‟偽の“カップルだったとしても、カップルの真似してもいいんじゃないか?」
どういう意味だ。
‟偽の“なんてつけて欲しくなかったけれど、私は素直に腕をまわした。

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駐車場まで戻った時、もう入場門は閉鎖していた。

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岷江の対岸には楽山の市街地がわずかに確認できる。
「楽山の街はこんなに小さいの?ビルあんなに少ないね」
「もっと大きいよ、ただ霞んで向こうの建物が見えないだけだ」

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「今夜はここから峨眉山へ行ってそこに泊まろう」
すでに暗くなり始めている。

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楽山からすぐ西隣にある峨眉山市に入ったとき、すでに夜を迎えていた。

小さな街だった。
市街地に入ってからジャオユーさんはインターネットでホテルを探し、100元ちょっとのホテルを予約した。
「部屋、別々にとる?一緒の部屋にする?」
一緒の部屋がいやならばそんなふうに訊いてこないだろう思い、
「一人は寂しいからいやだ」と答えた。

ホテルに荷物を置き、市街地をぐるぐる回り、夕ご飯の場所を探した。
私は意見を言わない。
ジャオユーさんに任せた方が、間違いがないからだ。
彼は知らないお店を選ぶとき、お客が少ないお店には絶対入らない。
今夜も、「ここはダメだ」「ここもダメだ」
そうしてようやく決めたのは、モール内の火鍋店だった。

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入り口にはクリスマスツリー。
もう間もなくクリスマスがやってくる。
火鍋店の赤々とした照明と不思議となぜかよくマッチしている気がする。

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この火鍋店、実はなかなかよかった。
頼んだ牛肉には、大量の唐辛子がまぶしてある。
こんなの見たことがない。
火鍋に投入すれば唐辛子は落ちてしまうのでは?と思ったけれど、味がしみ込んでいるようで、辛いながらもとても美味しかった。
「ここの火鍋店はなかなかだ。食材はみな新鮮で味もいい」
ジャオユーさんはそう言った。
彼がそう言うときは、本当にそうだなと思う。
お酒は進み、私たちはおしゃべりに花を咲かせた。

ホテルに戻り、部屋でも白酒を飲んだ。
まるでガソリンを切らしてはならないように飲んでいるようだなと、ふと思った。
さて寝ようという時、また昨晩みたいに端と端に離れて背中を向け合って眠るのかなと思ったら、意外にも意外。
「おいで」と言う。
気まぐれだなとは思うけれど、私は素直に潜り込んだ。

〈記 12月27日 自宅にて〉

参考:
楽山大仏 40元


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Author:まゆ
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中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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