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2019-01-02

15日南方周遊〈14日目〉 成都

2018年12月24日、今日は月曜日。
ジャオユーさんは私の為に用意してくれた五連休を終え、出勤していった。
ドアまで行き、「気を付けてね」と見送る。
昨日の羊パーティーでは、
「マーヨーズは毎日朝とお昼に‟気を付けてね“ってドアまで見送ってくれるんだ」
ジャオユーさんはそれが嬉しいのだと言った。
「日本ではみんなそうなのか?」
とそういう話題になった。
今日は最後の一日、最後の「気を付けてね」。

ジャオユーさんが出勤したあと、気持ちが落ち込んで出掛ける気にならず、ベッドでずっと寝転んでいた。
明日は朝5時半に起床し空港へ向かう。
実質、今日が最後のこの部屋。
次にいつ会えるかはわからない。
そうしてようやく起き上がってシャワーを浴びお化粧をして荷物の整理をして、もう少ししたらジャオユーさんがお昼休みで戻ってくるなという時。
スマホを見ると、連絡が入っていた。
「今まだ中国にいますか?面接の希望が入っています」
実は就活の中でも大学、高校などの日本語講師方面で仕事を探していて、しかし状況として難しかったので半ばあきらめかけていた。
いくつかは直接メールで、また中国の仲介業者を通して申し込んだところもあったが、うまくいかない。
その仲介業者さんとは連絡先を交換し連絡をとっていて、中国にいることも伝えていた。
連絡をもらったのは、成都からは離れるけれども四川省内の大学だった。
「明日帰国しますが、今日なら伺うことができます」
そう送ると、先方の上司が今日は不在だという。
大学の担当者の連絡先をもらい、直接連絡をとることになった。

ジャオユーさんが帰ってきた。
「面接はいった!どうしよう!」
私がそういうと、今日は仕事が忙しくなくて午後お休みを取ったから、車で大学まで一緒に行ってくれるという。
「とりあえず、先にご飯を食べよう」

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お昼ご飯はジャオユーさんが作ってくれた。
パラパラでおいしい炒飯と、昨日のおかずを再利用したもの。
それから昨日残った羊肉鍋。
おいしかったけれども、急に面接の話が出て混乱し、しゃべっては手が止まりまた手が止まり。
「マーヨーズ、先にご飯食べなさい。でないと面接に間に合わないぞ」
大学担当者と連絡し、午後に大学へ向かい会ってもらえることになった。
「羊スープ、飲んでもいい?」
ダシが濃厚で温かな羊スープを飲み干すと、落ち着いた。

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ジャオユーさんに車を出してもらい、高速に乗った。
「どうしよう、緊張する!」
そう繰り返す私に、
「私の名前は、**‟緊張“です…違った、…**‟緊張しない”です、違う違う!」
こんなんじゃダメだぞ!
ふざけてくる。
「マーヨーズ、腕を出すんだ」
私が腕を彼の方に伸ばすと、思い切り手刀をくらった。
少々荒々しいが、彼らしい励まし方である。

空は相変わらず真っ白で周囲の風景もはっきりしない。
「天気かなぁ、それとも空気かなぁ」
私の風邪は未だ治らず、特に咳が悪化していた。
こんな声で面接だなんて、どうしよう。
「マーヨーズ、大丈夫だ。おしゃべりしに行くんだ、面接じゃない」
大学の担当者との連絡は、日本ではありえないようなフレンドリーな雰囲気だった。
絵文字もついてくるし、中国には日本のような敬語がないので、最低限気を付けるべきところを気を付ければ、友達とそう大差ない雰囲気で会話ができる。
たとえ年齢差があっても中国人と仲良くなりやすいのはこうした部分のおかげでもある。
面接を控えて緊張はしていたけれども、そういう点ではおおいに助かっていた。

高速を下り市街地へ向かい、やがて大学へ到着した。
担当者のチャン先生は正門で寒い中待っていてくれた。
その後大学の敷地内に車を停め、
「一緒に行く?それとも一人で行く?」
ジャオユーさんはそう訊いてきて、本来であれば一人で行くべきとは思ったものの、チャン先生の雰囲気から彼が同行しても大丈夫かなという雰囲気を感じたので、せっかくなので同行してもらうことにした。
こういうところも、日本ではありえないかなと思う。

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チャン先生はこの大学の日本語学科で教師をしている先生の一人で、日本語ができる。
ジャオユーさんもいるので、私たちは中国語と日本語の両方を使いながら会話をした。
まず事務室に行き、給料などの待遇、条件などの説明を受けた。
それらは予め聞いていた話とまったく同じだったので、私はだいたい了解していた。
やがてチャンさんの上司で、おそらく管理的な業務を行っているというワン先生がやってきて一緒に話すことになった。
私が拙いながらも中国語ができるとわかると、「日本語できないからよかった」と喜んでくれた。
日本から履歴書や職歴書などの資料を持ってきていたので、中国語版のものをここで提出した。
日本語版のものは仲介業者を通してすでに送っていたが、彼女の手元には届いていなかったもよう。
話の内容は、大学についてと、今後どのように手続きを進めていくか。
当大学を選んだ理由はなんですか?
なぜ講師をやろうと思ったのですか?
どのような形で授業を行いますか?
そんな質問がきて、「はい、私は…」なんて答えるものだと思っていたので拍子抜けしたくらい。
本当におしゃべりのような雰囲気で時間は過ぎていき、友好的な二人に対し、すっかり緊張はほぐれていた。

「では授業がありますので5分程準備の時間をいただいてもいいですか?」
授業の様子を見学させてもらえるのかな?
そう思っていると。
「大丈夫ですよ、緊張しなくて、20分やってもらいますが超してもいいですから」
どういうことだ?
なんと、今から私が授業するのだという。
なにも準備をしていないし、いったい何をすればいいんだろう?
「学生の日本語はどれくらいのレベルですか?」そう訊くと、
「発音を聞いて、自分で判断してみてください」
どうしよう…。
急に激しく緊張してきた。
ジャオユーさんを見ると、彼も焦っている。
「彼女、何の準備もしていません」
そうチャンさんに言うも、「大丈夫ですよ」の返事。
大丈夫じゃない…。
ただし、講師を目指す以上授業ができなければ話にならない。
またジャオユーさんを見ると、私よりもあたふたしている。

時間が来て私たち四人は階段を上り教室へ入った。
教室内にはすでに30人ほどの学生がすでに席についている。
一年生でみな18歳なのだという。若い。
チャンさんとワンさんは隅の座席に座った。
ジャオユーさんも一緒になって座ろうとするので、
「あなたがいると余計緊張するから、見ないで」
と教室から追い出してしまった。

模擬授業が始まり、まずは自己紹介から。
黒板に書く文字はもちろんすべて日本の漢字。
それから学生のレベルがわからないので、すべてにふりがなを入れた。
話をし黒板に文字を書きながら、私は致命的なことに気づいた。
漢字が書けない。
文系でありながら。
普段パソコンやスマホで入力するのに慣れ、簡単な漢字なのに「あれ?」となってしまう。
これには焦った。

それから私の出身地を紹介し、何があるとかおいしいとかそういう話をする。
時々質問をふりながら、学生さんたちは友達と顔を見合わせながら小さな声で答える。
なんだか日本の子とぜんぜん変わらないようにも見える。
今まで、中国には人見知りも少なく元気に積極的に発言する子が多いのだと思っていた。
けれども反応が少なく、質問を振り発言を促してもみな恥ずかしがっているふう。
やる気がないのではなく、ただ恥ずかしがっているだけなのだけれど。
かつて学生だった頃にはこんなの何も気にしなかったけれど、反応がもらえない授業というのは、先生もたいへんだったんだな、と今更ながらに実感した。

意見を言う人がいないので、しかたなく指名することにした。
すると、みんな指されたくなくて下を向く。
私が指名すると、「あ~指されちゃったよ」というように困ったような表情をした。
「どうして日本語を勉強しようと思ったのですか?」
ゆっくりと質問すると、
「私は、日本の、アニメが、好きで」
一生懸命答えてくれた。
一年生なのでまだまだこれからといえども、こんなにきれいに発音するとは思ってもいなくてびっくり。
この質問では三人指名し、三人ともアニメ、また日本文化が好きだということを話してくれた。

最後にチャンさんが、
「何か質問ある人!」と問いかけた。
けれどもみな恥ずかしがっている様子。
しーんとしている。
「先生は中国語ができるから中国語で質問してもいいぞ!」
すると、教室がざわついた。
聞き取れなかったらどうしよう。
そう心配していると、このクラスの中では一番積極性がありそうだと感じていた一人の男の子が、日本語で質問してくれた。
「先生は、中国でどれくらい生活していますか?」
「中国では生活したことはありません、でも中国が大好きでたくさんたくさん旅行したことがあります」
夏にはぐるりと一人で一周しました。
そんな話をし。
その男の子は引き続いて質問してくれた。
「今度、沖縄に行ってみたいです。おすすめはありますか?」
「海鮮がおいしいです。それから、沖縄そばは牛肉麺に似ていておいしいですよ」
私は黒板に「沖縄そば」と書いた。
今から思えば、他にもっと勧めるべきものはあっただろうに、ど緊張で頭は真っ白。

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(ジャオユーさん撮影)

こうして模擬授業は終了した。
「初めてとは思えない素晴らしい授業でしたよ」
チャンさんはそう言ってくれたが、私は穴があったら入りたいような情けなさを感じ、猛反省していた。
いくら準備なしとはいえ、反省点だらけ。
「中国の学生がこんなに人見知りな感じだとは思ってもいませんでした」
私がそう言うと、
「いや、中国の学生もこうですよ。ただ時間が経てばみな慣れて質問してくるので大丈夫です」
ちょうど英語の先生と行き会った。
紹介してもらい、
「私たちでも未だに緊張することがあります。これから学生と一緒に成長していけばいいですよ」
何よりも、学生たちはみなかわいいですから、教学は楽しいです。
そんな優しい言葉をいただく。

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その後、私がまだ時間があると言うと、チャンさんは大学を案内してくれた。
私たちがいた外国語棟を出て、ぐるり。
外国語以外にも様々な学部があるそう。
巨大なホールあり、大きな食堂あり、グラウンドに体育館。
「プールはありますか?」
そう訊くと、「今はありませんが、建設の計画を進めているところです」

雑談をしながら回っていく。
「今、大学生でも恋愛するんですか?」
「しますよ、ただ隠れてします」
日本では堂々と恋愛できる。
「一緒に勉強しているうちに恋が始まるんですね」
「そうですね」
中国では学生が恋愛できないイメージを持っていたけれど、今では自由のよう。
「高校では恋愛できるんですか?」
「高校はダメです。禁止です」
日本では中学でも高校でも恋愛自由だ。

やがて私たちは団地のようなエリアに出た。
「ここが教師棟です」
つまり、教師の宿舎だ。
その後ろには少し色配分が違う同様の建物がたくさん続いている。
「後ろは学生棟です」
中国では、ほぼすべての学生、教師は大学の敷地内にある寮で生活する。
日本では大学の付近にアパートを借りたりして通学するのが一般的だが、中国は違うのだ。
私もこの大学で働くことになれば、寮に入ることになる。
生活=職場、とはどのような感覚だろう。
「部屋はそんなに広くはないですが、一人であれば十分ですよ」
チャンさんは言った。
ちなみに、部屋代は無料。
電気ガス水道代については一定額まで無料、インターネットも無料、食堂や購買で使えるカードも支給される。
日本の感覚でいえば月給は少ないけれど、生活費がほぼかからないのはありがたい。

こうして、ふたたび外国語棟まで戻り、車を停めたところで私たち二人はチャンさんと別れた。
今日は都合がつかないという話だったのに、時間を合わせてくれた上に丁寧に応対してくれた。
感謝を伝えて大学を後にした。

「もし成都に残っていなければ、面接できなかったからよかったな」
ジャオユーさんは言った。
確かに、元の計画のとおり21日に成都を発っていたならば、大学を訪れることはできなかった。
また、明日は早朝に出発してしまうため、今日の午前中に連絡をもらえたからこそ、大学を訪れることができた。
日本から中国の大学講師に応募する場合、実際に面接することはできないから電話面接になることが多いのだそう。またはスカイプなどもあるだろう。
けれども私は中国滞在していたため、実際に大学を見て、教員の方々などに会い、模擬授業を通して学生と交流する機会を得た。
このあがり症で能力も低い私が、いきなり中国へ引っ越して初めて見る場所で来週から授業、なんて想像するとかなり厳しい。
事前にこういう機会が得られたことはよかった。

中国の新学期は3月1日から。
日本の新年を控え、その後には春節も待っている。
大学側は新学期から授業がスタートできることを望んでいるので、私の返事を急いでいた。
就業までにはさまざまな煩雑でたいへんな手続きがあるからだ。
私は一週間以内に返事をすることを伝え大学を去った。
帰国するとき、正式に内定が下りた旨の連絡が入り、三日後私は働かせていただきたいと返事をした。
現在は年末年始を挟み必要書類をそろえることができないため、手続きを進めることができない。
まず中国で労働許可を取り、その後労働ビザを申請していくことになる。
だからまだ、働けることになったと言い切ることはできない。
書面での契約も交わしていない。
けれども嬉しかったし、課題は山積みだけれども、一歩前進した気がした。
私に一日付き合って行動してくれたジャオユーさんにも感謝だ。
この一歩前進に、ジャオユーさんはとても喜んでくれた。
私は頻繁に成都に遊びに行くだろうし、またジャオユーさんも「この付近に民宿開こうか」なんて言ってくれる。

成都に戻り、私はお土産に頼まれていたベーコンとソーセージを買いに行った。
10月にも購入したお店で、ジャオユーさんのお勧めのお店だった。
前回はちょうど今年製造した分が終わるころで、新しいものがなかったけれど。

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来てみれば新しいソーセージがいっぱいに干されている。
腊肉(ベーコン)と香腸(ソーセージ)は四川の名物で、古鎮を訪れれば必ず出合う。
日本のそれとは違う風味は、伝統的な手法で作られた手作りだからこそ。
味もそれぞれあり、ソーセージを選ぶときに、
「麻(山椒の痺れる辛さ)辣(唐辛子の辛さ)咸(塩味)甜(甘い味)、どれにする?」
と訊かれた。
麻辣に塩味はともかく、甘い味もあるのか?
甘い味のソーセージなんて想像できないと言うと、ジャオユーさんは後で一本食べてみようと、お土産とは別に単品で一本だけ購入した。

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「最後の夜は、伝統の重慶火鍋を食べに行こう」
と話してくれていた。
けれどもいいお店が見つからず、ソーセージのお店で近くのお勧めを訊いて行ってみた。

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私は、火鍋店に多いこうした中国っぽい雰囲気が好き。
外は寒いけれど、中はたくさんの湯気を上げた火鍋で暖か。

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「伝統的な火鍋の特徴はとにかく鍋が大きいことなんだ。それから中に仕切りがあること」
残念だけど、ここの火鍋はそうした火鍋ではなかった。
けれども十分に嬉しい。
10月の最後の夜は、成都のとっておきの火鍋店に連れて行ってくれたのに、私が台無しにしてしまった。

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頼んでくれた具材は、四川人が火鍋を食べる時必ず頼むという牛の胃。
それから血を固めた血旺。
私がウズラの卵が大好きなので、それを頼んでくれたのはジャオユーさんの配慮だ。
写真には写っていないけれども、毎度おなじみの牛肉と魚も。
私は肉が好きで、ジャオユーさんは肉を一切食べないから魚を。
けれども気づけば、毎日のように一緒に肉を食べてくれている。

白酒を飲み、ビールを開けた。
「マーヨーズの前途に乾杯!」
「それからメリークリスマス!」
今夜は24日、クリスマスイブである。
明日は遅くとも5時半には起き6時までには出発して成都双流空港へ向かう。
最後の時間がどんどん近づき寂しくていっぱいになっていたけれど、思いもかけず大学へ行くことになり、ばたばたの半日になった。
そうして寂しかったことも忘れ、それどころかこれからの人生にわくわくしている今。

「これからのことなんて誰にもわからない」
私が今まで、これから一人なのが寂しいと言ったことに対して、彼は言った。
「だって、二人の関係だって、今こんなにいい関係じゃないか!」
ジャオユーさんは両手を広げて言った。
私たちは一度離れてよかったかも知れない。
「やり直そう」なんて言っていないし、今までとまったく同じになったわけでも戻ったわけでもない。
けれども、戻っていない代わりに新しいスタートを切ったみたいだ。
「二人、毎回‟邂逅“している」
ジャオユーさんが言った。
邂逅という言葉は日本語にもあるけれど、彼の意図が読めなかった。
「どういう意味?」
そう訊くと、スマホに文字を打って送ってくれた。
そこには、「男女の出会い」と書かれていた。
7月に出会い12日間旅行し、8月に一人旅を放棄して成都に戻った。
来年の生活を見越して9月10月に30日間一緒に生活した。
そうして、今回。
「毎回、出会っているんだ、わかるか?」

火鍋を食べ終え、「今日は寝なくたっていいんだ」
ジャオユーさんはそう言って一緒に飲もうと同僚を誘った。
けれどもまもなく22時。
今から飲み始めれば遅くなってしまうということで、やっぱりお誘いを撤回し二人で軽く飲みに行くことに。

すでに何度も来たことがある開発中の飲食街。
私の誕生日にも最後ここに飲みに来た。
いくつかお店を当たって、結局誕生日の時と同じお店へ。

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今日はクリスマスイブ。
クリスマスツリーが雰囲気を作る。

ジャオユーさんは先にトイレに行ってくるというので、注文は私に託された。
「ビールだけだ。ビール以外のウイスキーとかはダメだぞ」

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成都には私が大好きな酒吧がたくさんある。
大好きなカクテルが飲める酒吧も見つけた。
今回一人だったら行ってみようと思っていたけれど、その楽しみは次回に。

マンションに戻り、荷物の整理をした。
ジャオユーさんはたくさんのお土産を持たせてくれる。
私がキャリーバックにそれらを詰めると、「そんなんじゃダメだ」と詰め直す。
気が付けば、もう寂しくなかった。

〈記 12月31日 自宅にて〉

⇒ 15日南方周遊〈15日目〉 成都 へ続く

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まゆ

Author:まゆ
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中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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