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2019-07-14

30日間成都滞在〈散歩の日々〉

2019年6月10日から、6月13日まで、毎日あてもなく市街を歩き回った。
成都市区にもたくさんの観光地がある。まだ行ったことのない観光地もある。でもそのどれにも行きたいと思えなかった。
ジャオユーさんのマンションに一人でいると閉塞感で窒息しそうで、孤独感に押しつぶされそうになってしまう。
何をしたいとも思えなくて、でも何もしないのもつらかった。
だからひたすら、歩き回った散歩の日々。

完全に失われてしまったジャオユーさんとの可能性。
彼の態度ははっきりしていて、冷たいといってもよかった。
彼女ではないことを知らしめるためだ、と彼は言った。
少しでもいい態度すれば、まだ可能性があると誤解されてしまうだろう?とも言った。
もう友達ですらもなくなってしまった、と思った。
事々に細かくお金を求めるようにもなったが、彼はお金が欲しいわけではなく、私に関係性を知らしめたかったのだった。
それでも、迷惑だろうにまったく赤の他人になった人間を追い出しはせずにマンションにいさせてくれるのだから、感謝するべきだろう。

いつまでもここにいるわけにはいかない。
けれど行くところもない。今まで行きたいところばかりで旅先をいつも選べなかった私なのに、どこにも行きたいと思えない。
どうしよう…。
そうして結局、私は友人がいる新疆ウイグル自治区ウルムチへ行くことにした。
購入した切符は、17日夜発、19日朝にウルムチに着く寝台列車。
成都へ戻るのは、29日。成都へ戻れば間もなく日本へ帰国する。


6月11日、ジャオユーさんの勧めで市内にある東郊記憶音楽公園へ行ってみた。

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この公園の内部には様々に趣向を凝らしたお店がたくさん建ち並ぶのだそうで、その中の一つ、公園入口にあったのは古い列車を利用したカフェ。

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乗車口からお店に入る。

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なかなかおしゃれで、でもお客はいない。
いつもの私であればここでお茶していきたいところだけれど、お金を節約しなければと諦めた。でも本当は、やっぱり気分の問題だっただろう。
最低限にしか車両に手を加えていないので、鉄道好きな人は面白いかもしれない。

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公園内部はとても広くて、カフェ、バー、楽器屋さん、ユーフォ―キャッチャー、多種多様なお店が並ぶ。
特にバーは中国ではなかなか見ない西洋風な雰囲気で、お酒の種類も豊富な様子がうかがえた。
上海などではそんなのも当たり前だろうけども、中国も内陸や中規模の都市ではなかなか見当たらない。

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どうやらここは、古い工場跡を公園にリメークしたもののようだった。
もともとここには、成都紅光電子管工場という国営企業の工場があったようだ。
園内に残るのは、その工場設備跡。
1960年から90年代までの建物が残り、内部は改装されお店や展示館などになっている。

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私はなぜか、工場を見るのが好き。
特にこのように、かつて活躍した工場。
数十年前、まだ今のように物質的にも生活的にも豊かでなかった時代、必死になって物を生み出し豊かさを目指した、その血と汗を見るような気がするからだ。
もくもくとあがる煙は、とてつもなく巨大なエネルギー。
ただひたすら生み出すことが、正義だった時代。
日本も中国も、数十年前は「もの」こそが豊かさだった。
現代になり、豊かさとはなにか、が改めて問われている。
かつての一心不乱な頑張りの先には、たくさんのそして大きな弊害もまた待ち受けていた。
私たちは反省しなければいけないのだと思う。生み出すことだけを考えたその代償を払うとともに、今になって気づいたその責任を取らなければならないのだとも思う。
けれども私は、こうしたかつてのとてつもなく巨大なエネルギーにある種の郷愁を感じ、また憧れさえするのだ。
それは恐ろしいスピードで複雑化していくこの世界にあって、もっと単純、シンプルでありたい、という私自身の願いなのかもしれない。

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東郊記憶音楽公園を出て、すぐそばの商店でビールを買い飲みながら休んだ。
青空がきれい。
ちょうど一年前に彼と出会ってから、あれだけの時間四川に滞在し、けれども青空に恵まれることはほとんどなかった。
「私は成都の空の神様から嫌われているんだね」
そんな冗談を言っては笑い合ったし、「青空が‟いい天気“なんて誰が決めた?」そんなことも言った。
最後の今になって、毎日のようにきれいな青空を見せてくれるのは、なぜ?

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ジャオユーさんが仕事を終え迎えに行ってもいいと言うので、遠慮なくお願いした。
これが最後になるかもしれない、大好きなバイクドライブ。
成都の街並みを走るのがなによりも大好きだった。

マンション近くに戻り、露天の焼烤店に行ってみた。
露天で食べるのが大好き、と私がいつも言うので、彼なりの餞別なのかも知れない。
焼烤は日本でいう焼肉とかバーベキューみたいな感じ。
おじさんが鉄板を持ってきてくれて、ここに具を乗せていく。

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頼んだのは、牛肉豚肉野菜、それからお馴染みの耗儿魚。
ジャガイモにウズラの卵は、私が大好きだと知っているから頼んでくれたのだろう。ウズラはお替りまでした。
日本のように焼肉のたれではなく、こちらでは調味料の粉につけて食べる。
このお店のは、ひとつは唐辛子メインのブレンド調味料のようなもので、もうひとつは、生春巻きのチリソースのようなものだった。
どちらもとてもおいしかった。
「マーヨーズと一緒にいると太ってたまらない」
また言った。今この状況で単純に傷つく。
「一人でいた方が正しい生活ができるな」
「マーヨーズと一緒にいると不健康なことばかりしてしまう」
仲良しだったころには言わなかった冗談とも本心ともつかないようなことを、頻繁に言うようになった。
「食べるものもなんでもいい、どこでもいい、いつも私はそう言って食べるものはあなたが決めてるじゃない」
私も言い返す。
私は運動が好きだから、彼が望めばジョギングも筋トレも水泳も十分に付き合えるしむしろそれを望んでいた。
火鍋、烤魚、焼烤、香香串、四川で私が大好きなものの多くは不健康なものだけど、毎日食べようなんて思っていない。
「私のせいではなくて、あなた自身の問題だよ」
いつも思うけれど、彼の健康法やダイエット法は極端なうえに正しくないと思う。

夜の散歩に出掛けることにした、と思ったら彼はジョギングしだした。
私も合わせて走るけれども、彼とは違い私はパンプスにワンピースにおまけに肩から重いバッグをかけている。

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やってきたのは市内のある大学内グラウンド。
中国の市街地にある大学は、夜遅くになっても多くの学生、一般市民が運動を楽しんでいて賑やか。
「四周走るぞ」という。
グラウンドを大きく外回りに回り、私はジャオユーさんの前を走り先導した。
すでに体力も筋力もなく悲惨なありさまだけど、学生時代は一応かろうじて長距離選手だった。
彼よりも走るのはうまい自負がある。
それでも、今の私はパンプスにワンピースにおまけに肩からは重いバッグをかけていて、しかも髪は髪留めで軽く留めただけ。
本格的に走るランナーの中で、違和感極まりない。
この夜の大学の風景、好きだったなぁ。様々なことがもう‟さよなら”で寂しい。

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帰りには、桃を買って。かぶりつきながら歩いて帰った。
みずみずしい甘さはまたほろ苦くもあり、あっという間になくなってしまった。


6月13日、この日は木曜日で、あと一日で週末という日だった。
「就労許可通知がおりました」
連絡が来たのはこの日の朝で、私は洗濯や洗い物などをしているところだった。

去年の5月に日本で8年勤めた会社を辞め、秋にジャオユーさんと別れてから成都で仕事を探すことに決めた。彼も私を応援してくれていた。
成都で就職先を見つけることがほぼ不可能に近い状況になり、四川省内に範囲を広げた。
面接が入ったのは、12月24日、クリスマスイブのことだった。
面接先は成都から少し離れた小さな地方都市にある大学で、私はこの時たまたま成都に滞在していて、翌日25日の帰国を控えていた。
ジャオユーさんは私と一緒に大学まで来てくれて、無事内定を得ることができたのだった。
この内定がひとつの転機となり、彼とも徐々に関係が回復していった。
1月は就労許可申請の準備で忙しかった。
外国人が中国で就労する場合、必ず中国が下した許可が必要になる。
これは結婚により居住する場合でも収入を得たい場合は同様で、中国で仕事をする際に必ず必要になってくる許可である。
しかしここ近年新規定発布後、この就労許可はどんどん厳しくなっている。
まず学歴、それから年齢。
またどんな仕事でも許可されるわけではない。
サービス業は論外で、開発職だとかエンジニアだとか、または高いポストについている高収入の人、要は中国にとって有益になるような特殊な高級人材というのが求められていて、一般的な業種ではたとえ内定を得ていたとしても許可されない。
そして就労許可申請にあたっては、自分がその職種のプロであることが証明できなければならない。
たとえば、職歴証明書、または大学の専攻、公的な資格。
私は上記の高級人材ではないけれど、大学の専攻などからアプローチできそうだった。
内定を得た大学は地方都市のものだったが、本キャンパスが成都にあった。
そのため、成都の機関で就労許可申請をすることになった。
全国全土に発布された就労許可システムの規定だったが、地方によりかなり基準や判断にばらつきがあるらしく、一般的に都会は厳しく地方はそれほどでもない、ということを聞いていたため不安だった。
そして2月のバレンタインデーの頃、就労許可が不許可として通知された。
成都の機関窓口が言い渡す不許可理由は申し立ての度に二転三転し、もうどうしようもなかった。
こうして私はせっかく得た仕事の機会を失ってしまった。
「結婚してこちらにくればいい」
ジャオユーさんは一度はそう言ってくれた。
私は嬉しくて、それが必ずかなうものだと信じた。
けれども2、3月に渡航し帰国したのちの宣告は。
「やっぱり結婚できない」
私はまた気持ちを切り替えて、中国で仕事を探すことにした。
中国の就労許可は、都会は厳しく地方はそうでもない。
ならば、もう一度、手続き機関が成都ではなく地方である大学を探して就職活動をしよう。
またダメだったら、もう一度探してチャレンジしよう。
そこまでしてダメなら、日本で就職活動をしよう。
あるいは、しばらくアルバイトで食いつなぎどうするか考えよう。
そう考えていたら、四川省のある地方都市の大学で内定が出た。
それは3月のことだった。つまり内定自体はすぐに出たのだった。
テレビ電話面接をしすぐに内定が出、ところがそこからが長かった。
私はすでに就労許可に必要な書類をすべてそろえていたので、あとは契約書にサインし、大学が就労許可申請をするだけだった。
しかし結局、今回成都に到着した時点でまだ就労許可申請は行われておらず、端午の節句連休明けにようやく申請がされたみたいだった。
そうして今日、「就労許可通知が下りた」と連絡が入ったのだった。
申請のリードタイムは、一次審査に5営業日、二次審査に10営業日かかる。
それを考えると異常に早いが、私が催促すると大学も催促すると言っていたので、やはり地方は多少融通が利きやすいのだろうか。

あれだけ望んだ就労許可が下りた。
ジャオユーさんと出会ったからこそ選んだ四川の地だった。
彼を追いかけるために行先を選んだわけではなかったが、彼がいるからこそ選んだ場所だった。
それがようやく許可が下りた時には、私たちの縁は尽きていた。
縁はとうに尽きていただろうが、私がそれに気づいたのはほんの数日前のことだった。
皮肉だな、と思った。

出勤しているジャオユーさんに就労許可が下りたことを報告すると、
「いいんじゃないか」
ごく簡単な返信が返ってきた。

共通の友達ロンさんに報告すると、
「明日は金曜日だ、すぐにでも大学に行ってこい!」
中国では人事的なものはころころ変わりやすいので、早く行って人脈を作ってこい、という強いアドバイスだった。
「これ以上怒らせるな、誰が中国人だ、お前じゃない!早く行け!!!!!」
挨拶には行きたいけど明日じゃなくても、とのんびり構える私にロンさんは「怒りで死にそうだ」とまくしたてた。
「いいか、そういう人のアドバイスを聞かない性格が、ジャオユーとの今日の結果を招いたんだ!ばか!」
私はすぐに大学に電話をし、お邪魔することにした。

大学の場所は、四川南部の街、宜賓にある。
すぐそこには雲南省、貴州省、重慶という四川の端っこの小さな街である。
正直、宜賓燃麺のイメージしかない。
あとから、私はしょっちゅう宜賓の白酒を飲んでいるということに気づいたが、この時には頭になかった。
夏は蒸し暑く、冬は暖かいのだという。
成都からはけっこう離れていて、まぁでも高速鉄道くらいあるだろうと、
「明日午後に行きます」と約束をつけた。
ところが高鉄の切符を予約しようとネットを開いてみると、普通列車しかない。
しかも数は少なく、片道6時間半もかかる。
中国の高速鉄道開発は、目を見張る、という表現を越すほどすさまじいスピードで広がっている。
だから当然、ある程度有名な都市には高速鉄道が通っていると思ったし、逆に言えば、高速鉄道も通っていないほど田舎なの?と思ってしまう。
大学に訊いてみると、なんと私が到着する明後日の土曜日にちょうど高速鉄道が開通するところだったらしい。
そういうわけで、明日は長距離バスで宜賓まで行くことにした。

ジャオユーさんは昨日から出張に出かけている。
打ち上げ次第で、帰りは今日になるか明日になるか、わからないと言っていた。
帰るとも帰らないとも、なんの連絡も来ない。
一人でマンションにいて、帰ってくるかわからない人を待つのも寂しかったし、彼も待たれても嫌だろうと思ったので、また散歩に出ることにした。

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ひたすら歩き、徐々に暮れていく成都を眺める。
暑くも寒くもない気候が気持ちよく、ときおりさらりと吹いて流れていく風が心地よい。
空が藍色に変わり、群青に変わり、街は鮮やかにカラフルな灯りをともしていく、この時間帯が好き。

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もう遅い時間帯というときになって、私はある露天の串串香のお店に入った。
露天のお店が多いのは、私が大好きな成都の習慣だった。
このお店は、ジャオユーさんとも来たことがあるお店の隣にあった。

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串串香は、冷蔵庫に山のように並べられた具材から好きなものを好きなだけ串を取って選び、店員に渡すと火を通し激辛スープにつけて提供してくれるという成都の味覚。
テーブルでは火をかけないので火鍋とも違うが、火鍋タイプの串串香もある。
火鍋とは違い、色んな具材をちょっとずつたくさん食べれるのが嬉しく、また安い。このお店の物は、串一本1元。
最後にテーブルに残った串を数えて勘定をする。

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私は、ウズラの卵、しいたけ、ジャガイモ、牛肉、センマイ、湯葉などを選び火にかけてもらった。
ビールは新疆のビール、烏蘇ビール。
おいしいし露天は気持ちいいし、賑わっていて寂しくないし、しばし失恋の痛みから解放されていると、ジャオユーさんから連絡があった。
結局、戻って来たらしい。
友達がすごいバイクを買ったというので、一緒に見に行こうという。
私が食事中と断ると、バイクを見せにやってきた。
去年の8月に私も会ったことがあるバイク友達だった。
私に冷たい態度をとり続けている彼だったが、すごいバイクを見た興奮は抑えきれなかったらしい。
たしかにすごいバイクで、日本円で何百万円もするのだそう。
ホンダのバイクだった。
こうして、彼らは興奮してまた帰っていった。

烏蘇ビールはなぜかお酒が回りやすい。
酔いが回りとろんとした目でビルに囲まれた狭い空を見上げると、ひとつとして同じ色彩のない窓の明かりの数々が、まるで満天の星空みたいに目に飛び込んできて、揺れた。

〈記 6月18日 ウルムチ行き寝台列車にて〉

⇒ 30日間成都滞在〈宜賓へ〉 へ続く


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プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国四川省宜賓市にて生活を始めました。
旅行記に絞ったブログ、一つひとつは旅のあしあとです。

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