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2019-07-14

30日間成都滞在〈ウルムチへ〉トルファン・後編

お昼ご飯を食べ終わり、車は出発した。
トルファン市街地を出発して車窓はずっと、乾燥の大地だ。
激しい大地の様相を眺めながら、ときおり隣のシャオミーとおしゃべりしては、窓の外にカメラを向けた。

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向かうのは、トルファン市鄯善県にあるクムタグ砂漠。
その途中で、西遊記で有名な火焔山へ立ち寄った。

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この火焔山、幅9km、長さ100㎞にもわたる広範囲に広がる丘陵で、火焔山の景区に到着するまでに車窓からもうどうどうと見えていた。
景区のチケットは40元だというが、買わなくてもどこからでも嫌でも目に入ってくる。
「チケット買う必要ないね」
そんなことを言いながらも、火焔山のふもとに用意された入場口までやってきて、車を下りた。

この火焔山、中国に興味がない人でも誰しもが、目にしたこと耳にしたことがあるだろう。
西遊記には、三蔵法師一行が燃え盛る山に行く手を遮られ、孫悟空が鉄扇公主と戦い手に入れた芭蕉扇でその火を消したという場面がある。
この火焔山、西遊記にも登場するというよりは、西遊記に描かれなかったら無名だった可能性が高い。西遊記様々だ。
入場したあとの通路にも、西遊記の一場面を紹介したものが並ぶ。

もう一つこの場所を有名にしているのは、その暑さ。
トルファンは酷暑で有名。それはこの地が一帯盆地となっているからだ。暑さの厳しい新疆ウイグルの中で形成されたトルファン盆地は、さらに暑い。
その中でも特に暑いのが、ここ火焔山なのだ。
夏場は気温が50度近くなることもあり、地表温度にもなれば70度を超すのだというから驚きだ。
それでもガイドは言う。
「今日は暑くない日です」
え、すごく暑いけど。みんなでそう言い合う。

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入り口にはハミ瓜を売るおじさんがいた。
甘くなかったらお金は返すよ。
そんな文言を見て笑うと、シャオミーは一つ買うと言う。
「甘いかどうか気になる」
ハミ瓜といえば、楕円で大きなオレンジ色の果肉を持ったもの。
けれどこれはとても小さい。片手で持てる大きさで、しかも果肉は白色に近かった。
この小ささで一つ10元なので、少し高いとも感じる。
シャオミーは切ったものを二つの器に盛るようお願いしてくれて、ひとつを私にくれた。
味はというと、まあまあ甘い。
ハミ瓜の原種かなにかだろうか。

私が気温を調べようとすると、「この先に温度計があるよ」
行ってみると、確かに広場の真ん中に巨大な温度計がそびえ立っていた。

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赤い線は、60度を超している。どういうことだ?
実はこれは、地表温度。
現在の気温は36度、地表温度は60数度だった。
「今日は最高気温が39度でしたから、あまり暑くはありません」
そう話すガイドさん。
たしかに40数度に比べたらそうかもしれないけど…。
私がいつも携帯しているコンパスには簡易温度計がついている。
見てみるとそれは40度近くを指している。

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この広場の手すりにはこんな注意書きが。

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「手すりでやけどにならないよう気を付けてください」
日本人観光客も多い火焔山、日本語表記もある。
そんな注意書きを置くくらいならば金属製の手すりにしないでもらいたいとも思うけど、これもまた、観光客へ向けた遊びなのだろう。

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いよいよ建物を抜けてみた。目の前には火焔山が広がる。
「では10分後に出発しますのでバスまで戻ってください」
え、早すぎないか?と思ったけど、ツアーなんてそんなものだ。
10分では回り切れないほど、ここは広い。
目の前に広がる火焔山まで、あそこまで行くだけで15分はかかりそうだ。

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西遊記が売りの火焔山、大きな孫悟空と鉄扇公主の銅像が立ち、みな記念撮影に順番待ちをしている。

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「特色の烤鶏蛋だよ」と言って売り込んでいたのは、ゆで卵ならぬ焼き卵。
地表温度を利用して加熱した卵ということだと思われるが、下から加熱してないかな?と少し疑う。

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馬車が並び、私が日本人だとわかると日本語で「15分!馬、乗れるよ」
日本人観光客にも大人気の観光地である火焔山だ。
シャオミーとともに「時間ないから」と伝えるも、「15分!15分!」
馬車の中では商売の男性が横になって爆睡している。
「こんなに暑くても寝れるの?」
シャオミーが驚いて訊くと、「もう慣れたよ」笑ってそう話す。

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火焔山、山肌がしわを刻み、燃えるような模様を見せている。これがその名の由来だ。
赤い砂岩で形成されたそのしわは、地殻変動によって造られた。
せっかくここまで来たのだから、近くまで行って見てみたい。
けれども許された時間はたったの10分。おそらくもうその10分ももう間もなくだった。

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海抜0m線を示す看板がある。この先800mだという。
ここトルファン盆地は世界を代表する規模の盆地。
これだけの内陸、世界でもっとも海から離れた場所、にありながら海抜0mというから驚きだ。
私が暮らす海辺の町ですら、海抜は0mではない。
行ってみたいけれど、これもタイムオーバー。
急いでバスに戻ると、ガイドさんが「次の場所に間に合わなくなるところだった」とこちらをじろりと見た。

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車が走るのは、カラカラの大地。
こんな乾燥した大地にも、ときおり場所を選ぶかのように控え目に緑があるのが不思議だった。
やがてオアシスー緑州―とはこのことだ、と納得するような背の低い葡萄畑が広がり始め、道路の脇には木々が姿を現した。
もう鄯善に到着したようだ。

目的地クムタグ砂漠がある鄯善という地名は、シルクロードのロマンに魅入られた人には馴染のある字面である。
失われた湖―ロプ・ノールーに、幻の王国―楼蘭―。
楼蘭は漢の影響で国名を鄯善に変えている。
鄯善という地名を目にすれば、多くの人は楼蘭を思い起こすのではないだろうか。
しかし今回向かったトルファン市鄯善県は、これではない。
楼蘭(鄯善)の都があったとされるのは、ここ鄯善県からずっと南下したタクラマカン砂漠の東まで、冒険旅行をしなければならない。
 ※楼蘭遺跡は外国人旅行者が単独で訪れることは不可能で、許可を得た団体と駆動車、装備、資金などが必要。
しかしそういう繋がりか、クムタグ砂漠の入り口には楼蘭をイメージさせるような壁紙?などがあった。

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砂漠の入り口に到着して、入場。
ここから砂漠の景区までは電動車が出ていて、往復で30元かかるという。
リーリーは、歩いて行けるから30元だしちゃダメ、と言っていたけれど、他のメンバーはこれに乗るよう。
やっぱりみんなと一緒に行動した方がいい。ケチらず私もチケットを買うことにした。

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電動車は、普通のと機関車型のがあった。
みんな「絶対機関車のがいい!」と要望するも、まったく聞いてもらえず普通の電動車へ。
リーリーは歩いて行けると言っていたけど、ここは乗って正解だった。

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これが、私が見たかった砂漠の風景。
去年、寧夏回族自治区の中衛で砂漠で遊んだのを思い出した。
あの時展示室で、中国にあまたある砂漠もみんな砂質が全然違うのを目で確かめたんだった。
一見あのときの砂漠と同じように見えるけれど、違う砂漠なんだな。

景区の観光拠点まで到着し、電動車を下りた。
ここにはちょっとした売店もあり、休むことができる。
ここで、砂漠を駆け抜ける車のチケットを買うことができる。
中国の砂漠景区には必ずこれがあり、ちょっと高いけれど私はこれが大好きだった。
見てみると価格帯は三種類。
130元―砂丘の上まで
160元―砂丘を越して烽火台が見える地点まで
500元―上記を越して烽火台まで
それぞれ、4~8人以上など、人数の縛りがある。一人ではダメということだ。
ほかにも、砂漠のバイクー240元、ソリー30元、など。
駱駝もあると聞いていたけれど、ここにはなかった。
「どうする?乗る?」
人数の問題もあるので、最低4人は必要。
私は乗りたいので「乗りたい」と言い、結局6人みんなで160元の車に乗ることになった。
夫婦はここでソリも借りて、車に乗り込んだ。

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これが、癖になる楽しさなのだ。痛快、という二文字がぴったり。
必ずシートベルトの着用を求められるが、これをしないと車外に放り投げられてしまうほどの勢いがある。
運転手は心得たもので、どのルートで乗客が悲鳴を上げるか知っている。

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私は必死でカメラのシャッターを押すが、無理な話だった。
この迫力とスリルは写真には残せないし、まず撮影できない。スマホの動画も難しいだろう。
時々ものすごい急降下をして、身体がふわりと浮く。快感と不快感の紙一重の感覚だ。

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車はあっという間にずいぶん遠くまで来て、停まった。
するとまた一台が交代で出発し、あっという間に向こうで点になった。

みんな半ば我を失いながらも、各々行動を開始した。
夫婦は下で借りたソリで遊びに。
親子は砂丘のてっぺんを目指して。
シャオミーはここから離れず自撮りタイムスタート。
私は、どうしよう。

私も砂丘のてっぺんに登ってみた。
脚がはまり、すべり、重くてなかなか進まない。

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やっと登り切ってみると、なかなかの高さだった。
遠くに広がる緑は鄯善の小さな街。

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向こうには不穏な空気。
あれは降雨か砂嵐か。

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写真ではお伝えしにくいけれど、実は小さく小さく、向こうに烽火台が写っている。
肉眼でははっきり確認できた。
ずっと向こうには、今や土の塊でしかない烽火台跡がたしかにあった。
購入したチケットは、「烽火台が見える砂丘頂上」。
500元のチケットを買えば、あの烽火台まで行くことができる。
けれど、見渡してみればだれもあの烽火台に気づいている人はいないし、そもそも注目している人もいないみたいだった。
シャオミーに「烽火台が見えるチケットだね」と話すと、「烽火台なんてここにはないだろうから、見えるはずない」という返事だった。たしかに、こんな砂漠の広がりにそれがあるなんて思いもしない。

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砂漠で遊ぶ場合これが必須、足袋。紐が二か所ずつついていて、しっかり結ぶ。
これがあれば砂漠の熱々の砂でやけどしないし、靴に砂も入ってこない。
レンタル料15元で、デポジット15元、30元払って返却時に返してもらえる。
不思議なことに、中国の砂漠観光地のこれは、なぜかみなこの目も覚めるようなオレンジだ。

砂丘のてっぺんでこっそり煙草を吸い、座り込み、しばらく物思いにふけった。
来てよかったな、と思う。
新疆の地に。ウルムチに。トルファンに。この砂漠に。
こころの洗濯。

しかしここからがまずかった。
徐々に風が舞い始めたかと思ったら、それは止まないどころか勢いを増していった。
首から下げたカメラをTシャツの中に抱え込み守り、下に下りようとするも、舞い上がった砂が目を鼻を口を攻撃する。
目を開けることができない。
呼吸をすることができない。
必死になって下りると、下のみんなも同じ状態だった。
いつまで経ってもやまない、砂嵐。
これは一時的なものではないようだ。
私たちは目を開けることができないながらもなんとか集合し、「もう無理だ!車に乗ろう!」ということになった。
私は首に巻いていた紗巾で顔全体を覆い、砂嵐の攻撃をしのいだ。
シャオミーは持っていたストールを頭から被った。

帰りの車は行きよりももっと激しかった。運転手は慣れたもので、サングラスに口と鼻はスカーフで覆い砂嵐をものともしていない。
砂嵐のことがあってかみんなのテンションはおかしくなっており、大声で叫び声をあげながら全力で楽しみながら160元分を満喫した。

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景区拠点の売店でアイスを買い食べ、みな最後の撮影を楽しんだ。
ここにはちょっとした撮影スポットのような、史跡を再現したようなものがあり、私はシャオミーの撮影に協力した。
女優やモデルも顔負けのポージングの数々だった。
彼女はとても美人で、でも一番すてきだなと思ったのはスタイルの良さだった。
撮影を助ける私も撮りがいがある。
「一人旅の良さは、こうして助け合って自分の写真が撮れること!」彼女は笑顔満点で言った。

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再び電動車に乗って入り口まで。
途中このような球体の宿泊施設があった。砂漠のバンガローみたいなものだ。
星空ホテルと銘打っており、ここに泊まればきっと素晴らしい星空と出会えるだろうなと想像した。
「電気ある?スマホの充電はできるのかな?」
誰かが言った。気になるのはまずそこか~と、つい笑いそうになった。

ここから、車に乗ってトルファンまで二時間。
旅行会社が手配したウルムチ行き最終の高速鉄道に乗り、帰る。
ウルムチ站に着くのは23時半になる。

実はここに問題があった。
最初ウルムチの旅行会社と連絡をとった晩、契約書をネット上で交わした。
その内容は、「朝9時にウルムチ站で集合しトルファンへ。帰路は鄯善から高鉄で直接ウルムチへ9時半着」
しかし翌日トルファンの旅行会社の説明がどうやら一人でトルファンに来て、みたいなふう。
さらに鄯善からではなくトルファンからウルムチに戻る切符が手配されている。
間違いではないかと確認するも、はっきりしない返事。
ウルムチから一人で行くのは構わない。しかしどこで集合するのかはっきりしないと動けない。
さらに、鄯善から高鉄に乘れば早いものの、どうやら二時間かけて車でトルファンに戻りそこから高鉄に、しかも最終便で帰るような切符になっている。
リーリーに相談すると、「それはおかしい、無駄が多いし、契約書と違うのだから契約書通りにさせる権利がある」とウルムチ、トルファンの旅行会社両方に電話してくれた。
しかしウルムチの旅行会社は結局最後まで、一度も電話がつながることはなかった。
トルファンの旅行会社は電話に対応したが、自分たちはどのみち鄯善からトルファンに戻らなければならないので、それならお客を乗せて一緒に戻り代金をその分乗せれば儲かるのだから、切符を変更するつもりはない、と主張した。
リーリーはその言い分に怒り、譲らなかった。「契約書通りにしなさい」と。
長い電話のあと、トルファンの応対者は切符の変更に応じた。
鄯善発の高鉄に変更すると。
しかし、変更された様子がないので、何度か確認した。
また彼女は言う。「わかった、必ず変更する」と。
しかしツアー当日になりガイドに確認してみると、トルファンから帰るという。
私が説明すると、「それは契約書の方が間違いで、こちらの手配の方が正しい」と言う。
私はリーリーに連絡し、リーリーからは、切符の手配を変えるよう今度こそ約束させたと返信が来た。
しかし私はこの様子を見て、おそらく変更はされないだろうと諦めていた。
結果、やっぱり何事もなかったように、鄯善からトルファンに戻るような流れで進んだのだった。
私たちがトルファン北站に到着してから手配された最終便まで、二時間の待ち時間があった。
私たちは二時間ものあいだ、なにもない駅で時間を持て余したのだった。
駅窓口で切符の変更を申し出てみるも、すでに最終便以前の切符は売り切れていた。
ガイドは話していた。
時間はかなり無駄になるけど、最終便にしておけば乗り逃すことがないので、それで保険をとっていると。毎回、こうなのだと。
私がみんなに「鄯善から高鉄に乗っていれば、車移動の二時間も今の待ち時間もなくすでにウルムチに着いていたよ」
そう言うと、「そうだよね」と今気づいた、というふう。
みんな、大きくため息をついた。
私は、夜遅くなるのも、トルファンから帰るのも、本当はべつに構わない。
しかし納得がいかなかったのは、
ひとつは、いつもこのような手配ならば契約書の内容は最初から正しくないということ。
国際旅行社を名乗っているならば、言葉もままならない外国人旅行者もいることだろう。
そういう場合、ちょっとした問題が大きな問題に発展してしまう可能性がある。
もうひとつは、トルファン旅行社が、数度「必ず切符を変える」と約束したにも関わらず、なんの連絡もないままスルーしたこと。
するつもりがないなら約束すべきではないし、約束したならば実行すべきだ。
そしてもうひとつは、ウルムチの旅行社が電話を無視したこと。
彼女には何度も電話をし着信を残したが最後まで折り返しはなかった。微信を見てみると、彼女は休暇で遊んでいた。本人が休暇対応が嫌ならば、代理が対応すべきだ。
私はこうしたことが通用すると思っては欲しくなかったので、最終的に翌日、‟投诉”(専門機関に悪質な業務を訴える)した。
投诉は成功しウルムチの旅行社からは丁寧な対応(責任者から電話があり、業務を改善することを約束し、無償で観光地を案内するかお土産を送ると言ってくれた。もちろん丁重にお断りした)があったが、トルファンの旅行社からはその後なんども私の携帯に電話がかかり要領を得ない話を繰り返した。
彼女は自分の非だということにしたくなかったのか、「ガイドのどこに不満か」を繰りかえした。
私ははっきり何度も、「ガイドの業務は良く問題はなかったが…」と問題点を指摘した。
それでもまだ成都に戻ってからも、「私たちは改善します。ガイドのどこが不満でしたか?」を繰り返すので、「ウルムチの旅行社がすでに対応したので問題はない、解決した、もう連絡しなくてよい」と放り投げた。
ガイドさんとは一日みんなと楽しい思い出を残した。ガイドに文句を言った、という形では終わりたくなかった。

トルファン北站に着き、ウルムチへ帰る組と駅に向かい、ガイドさんには「ありがとう」と手を振って別れた。
事務所でお茶でも飲んでいけばと誘ってくれたけど、私たちは駅構内で休むことにした。
ガイドさんは「気を付けて」と私たちを見送った。

構内で二時間をつぶすのはなかなか大変だった。
私はビールを飲むも、連日の寝不足と水分不足がたたったのか、少し熱があるみたいだった。
調子が悪く横になりたい。
仲良くしてくれたシャオミーとおしゃべりしても、会話が上の空になってしまう。
彼女は私がホテルに着くまで、心配してくれた。
たまたま、一日ツアーで一緒になった6人。それなのに別れる時はさびしかった。
こうした出会いはなにも中国やその他海外ではなく、日本にもよくあるものだ。
けれども、私自身の心境もあったのか。
いつにも増して、旅の出会いって温かいなと感じた。

明日はいよいよ、ウルムチを発つ日。
もう間もなく成都へ戻り、日本へ帰国する。
そのとき私はいったいどういう心境でどういう状態だろう。
もうまったく想像ができなくて、不安いっぱいだった。
ホテルの窓から今夜が最後となる街の夜景を、いつまでもいつまでも眺めて、惜しんだ。

〈記 7月7日 自宅にて〉

⇒ 30日間成都滞在〈ウルムチへ〉最終日 へ続く


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中国の理不尽にイライラしないでね

中国では、契約が守られないことは日常茶飯事ですが、そんなに中国の人は、悪いと思っていないと思いますよ。日本人は、契約はきっちり守られるものと考えているけど、中国の人は、許容範囲ならOK (今回の場合、その日のうちにウルムチに帰れればOK)くらいに考えていると思う。故にこの類のことが日常的に発生し、被害者の中国人は、許容範囲ならば、大騒ぎせず従い、許容範囲を超えていれば、SNSや投诉を駆使して猛烈に抗議する。ただし、これは、中国のローカルルールみたいなもので、まゆさんが書かれているように外国人には通用しない。当事者は、国際旅行社の看板を掲げていても、そんなことは、これっぽっちも考えてもいないだろうが、このようなことがあると、中国、中国人の評判を確実に落としてしまう。そのような現状を一番嘆いているのは、中国人そのもので、今回の場合は、リーリーさんだったのではないでしょうか。中国で仕事、特に国有企業で仕事していると、毎日あることでした。これから中国で働くまゆさん、良い意味で、これに慣れてくださいね。

Re: 中国の理不尽にイライラしないでね

そうですね、日本人の感覚では…を持ち込むのでイライラしたり困ったり落ち込んだりするんですよね。
中国旅行を始めたばかりの頃、「中国では騙された方が悪い、日本では騙す方が悪い」という話をよく耳にして日中の環境の違いを感じました。
日本では基本的に消費者は守られるべき立場にあるわけですけど、中国では悪意のあるなし正しい正しくないに関わらず、自分が困らないために自分がしっかりする習慣ができていますよね。遠慮なく確認するとか、要求するべきことは主張するとか、気にしなくて済むことは気にしないとか。
今後むこうで生活するのだから、しっかりするべきところはしっかりし、流せるところは流さないと、ストレス溜まってしまいますよね…。

Zhenさんのおっしゃるように今回のことは私よりリーリーが怒っていました。それは当事者が外国人である私だったからこそ、中国人として、あれだけ反応したのだと思います。「私の友達が向こうではぐれたらどうしてくれるの!」って言ってました、そんな姿頼もしくてかっこよかったです。
3月にもジャオユーさんが中古車販売業者を訴えましたが、中国はこの点、日本よりも先を行ったな、と感じました。
日本にも昔から消費者窓口等はありますが、どこに相談していいかわからない人も多く、また相談は結局相談の域を出ない、その上日本人の性質からするとそうした類の訴えは敷居が高い。
一方で中国の投诉は110や119みたいにシンプルで、また確実な対応と速攻性があり、素晴らしいと思いました。二件の投诉はともにその日のうちに訴えた相手から反応がありました。
まず電話で訴えましたが、微信を登録して再度問い合わせるように言われたんです(本人確認にもなり、悪質な投诉もこれで防げる)。微信では「ただいま6人待ち」なんて表示も出て、名前と簡単な内容を伝えただけですぐ了解され、日本のように「何度も説明、たらいまわし」もない。微信の画面で進捗状況も確認でき、中国で悪質な業者が減っているというのが納得できました。
そういう意味でいい勉強、経験になりました。

向こうでの生活が始まったら、やっぱりきっと悩んだりイライラしたり、あると思います。それを受け入れたり解決したりしながら、たくましくなっていくのかな。その山を乗り越えたら達観の域に到達できるのではないかと、不安あり楽しみな気持ちあり…です。
プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国が大好き。お酒も大好き。
中国へ行く度に、スケールの大きさに圧倒されます。各地を旅行し街歩きし、体感したことを綴っていきます。

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