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2019-11-13

西寧旅行二日目〈市内観光〉~後編~

東関清真寺を後にして次に向かったのは、街はずれにある北禅寺だった。
西寧市街地はそう広い範囲ではない。
さすがに徒歩では回り切れないけれども、それでも時間さえあればそれも可能かもしれないと思うほどの広さしかない。

ここに来て西域に来たなと実感させるのは、その市街風景である。
大都会ではないけれども、高層ビルが建ち並ぶ都市風景だ。
そのビルや車が行き交う交差点、大きな道路、そのすぐ向こうには乾燥した山々が頭を覗かせている。
乾いた砂や岩を剥き出しにし、かろうじて生きているようなわずかな緑が張りついている。
鋭い日差しに相反して吹く、冷たく澄んだ風。
透き通る青空に、不思議な心地よさを呼ぶ乾燥した空気。
もうただのビルを眺めているだけで、ここが広い広い大地のど真ん中にいるのだということを感覚的に教えてくれる。

このそう広くない西寧の市街地にあって、すぐ北面には低くなだらかな山が見える。
嵐でも吹けば砂が舞いそうな山である。
その山に、北禅寺はある。
うまくこちらから向かえるバスが見つからなかったので、タクシーに乗り向かった。
タクシーはやがて都市風景を抜けていかにも街はずれ、人気はあるけれども不便そうな場所に出た。
帰りのこともあるので道順など注意深く確認しながらいくと、ゆっくり歩いて帰ってくることもできそうだった。

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こうして少し木陰になったところでタクシーを降りると、道は右か左かのようだ。
標識を見てみると北禅寺のルートは左方向のようだが、「只今工事中にて立ち入り禁止、東門から入るように」と張り紙がしてある。
指示の通り右ルートを選び歩いて行くと、すぐのところに東側の山門が現れた。

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この北禅寺、地球の歩き方には西寧最古の道観として北禅寺と紹介されていた。
しかしここに来てみると、この一帯は「北山土楼観」の名称の方が通り名として通っているよう。道路標識もそのようになっていた。
この北山土楼観、道観というよりも山全体に広がる寺院や山肌に穿たれた石窟が有名なようだ。その石窟が、土楼観の名称の由来だろう。

そもそもの始まりは106年に寺院が創建されてから、北魏明帝の時代、紀元3世紀のことだった。ある僧がこの北山の山肌に石窟を掘り、仏像を作り納めたり壁画を描いたりし、徐々に仏教の名刹になっていったのだという。
その後道家や仏家がこの山に集まり暮らすようになり、さらに石窟が穿たれ仏像が納められていった。
孔子廟もどこかにできたのだろう、そうしてここは仏、道、儒教、三教合一の聖なる地となった。
つまりこの場所で最初に宗教活動を始めたのは仏教だ。
しかし地球の歩き方には、通り名として通っている土楼観でもなく、仏教寺院名でもなく、「西寧最古の道観」を紹介しているその訳は、やはり人は最古、その「最」の字に弱いからなのではないだろうか。

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国慶節であることを忘れるなよ、とでも言わんばかりの国旗が、こんなところまで完璧に行き届いている。
山門をくぐったその先のお堂の前には、ちょうどいい場所に国旗を掲揚したポールが気持ちいいくらいにどうどうと景観を邪魔している。

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国家成立70周年を記念する垂れ幕。
最初は遠くから見て、なにかありがたい仏さまの言葉なんかが書かれているのかと思い近づいてみれば。

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北山にはこのように、山肌に沿って寺院道観が横並びになっているよう。
それにしても道が一本に通っているわけではなく、お堂を裏に抜け、登り、そしてまた裏に抜け、なんて進んでいっては次の建物を見つける。
順路というものはないようで、どう進んだら私が期待する山肌の石窟に到達できるのかさっぱりわからない。
見上げれば上には、かなり高い位置に穿たれた石窟が、ぽつりぽつりと穴をあけ並んでいるのが見える。
地球の歩き方には、「急な階段を上るが市街の眺めは抜群だ」と書かれている。
ここを有名にしたかつての名もなき僧の信仰の痕跡を目にしてみたい。
そして、そこから抜群の眺めというのを見てみたい。
急な階段は、来るときにタクシーから一瞬ちらりと見えた。あれはどこにあるのだ。

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建物一つひとつはおもしろくて、壁などに古い絵が描かれているのがどれも趣があった。
絵は非常に精緻で、淡いところと精密なところ、力強い線と繊細な線、色彩をもつところともたないところ、そんなところが見事に描き分けられていた。
山肌に生える松、ぼろをまとった男性、神様が立つ高欄、空駆ける牛に舞う鶴。
人物が手にする花に扇に剣。
そんなもの一つひとつがまったく異なるタッチで描かれているのは素晴らしく、しかもこれは紙に描いたものではなく、壁に描いたものなのだ。
人物の姿も表情もそれぞれ細かく描かれており、おそらく何か基になるストーリーがあるのだろうけども、わからなかった。

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ここには非常にたくさんの寺院や廟が並んでいて、あの道進んではこの道進んで、というふうに入り込んでいった。
どこまで行ったらあの石窟へ繋がる階段へ出るのか。

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しかしとうとう一番奥まで来てしまった。
ここまで来ると観光客の好むようなものはなさそうだった。鳩が飼われており、そこらじゅうに羽が舞っていた。

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こんな注意書きを見たのは初めてだ。
「犬に注意」、日本でいえばかつてはよく見かけた猛犬注意のシールみたいなものか。
中国ではどこでも犬を見かけるし、怖そうな犬が放し飼いにされていることも少なくない。鎖で繋がれている犬も檻に入っている犬もいるけれど、でも犬に注意の看板は初めてだ。

ここに来て、残念な結論が出てしまった。
お寺の関係者と思われる人、数人に「どうやったら上がれるの?」と訊ねたが、皆から「上がれない」という返事をもらってしまった。
これはもう確実なようだ。
中国を旅して頻繁にこういうことはある。
古い建築物、とくに危険な場所にあるものなどは、数年前までは開放されていたとしても、非公開や立ち入り禁止になっているものが非常に多いのだ。
急な階段、乾燥した山の側面に穿たれた高所の石窟。古い寺院の数々。
立ち入り禁止になる要素が揃っている。

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見上げると、屋根の向こうに石窟の並びが遠く見えた。
初めはそれぞれ独立した石窟だと思ったが、よく見るとそれぞれが繋がり、一本の通路が内部に通っているみたいだった。
相当細い通路のようだ。
岩肌の凹凸により、いったんそれが途切れたような箇所があった。しかしよく見てみると、なんとそこには細く小さな欄干が通っているではないか。
中国では、なんでこんなところに、どうやってこんなところに、そんな歴史の足跡がたくさんある。
まるでそれは、困難であればあるほど、危険であればあるほど、尊いかのようだ。
現在立ち入り禁止である以上、私があの場所に足を踏み入れることは永遠にないだろう。あの中にはいったいどんな塑像が納められどんな壁画が残るのだろうか。

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そこから元来た道を戻りながらも、往生際の悪い私は諦めきれず、登るルートがないか探した。
すると二か所、上へ続く石階段を見つけた。しかしいずれもこのように、立ち入り禁止。崩落の危険があるということで、厳重に封鎖されている。
中国では「こんなんでいいのかな」と思うようなルーズなことがたくさんある。でも私がルーズさを求めるような時には必ず、ルーズどころか少しの隙もないのだから。

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急な階段を登っての抜群な眺めは得られなかったが、ここからの景色もなかなか気持ちがよかった。
西寧の市街地を南に見る。

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こちらの建物もなかなか立派で大きかった。一つひとつをゆっくり回れば得るものも多かっただろうが、この時の私はそれらを軽く通り過ぎただけだった。

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最初登ってきた方面、つまり東側には城隍殿があった。1990年に改修されたというこじんまりとしたお堂である。
城隍廟もまた中国各地で見られる道観だ。
城隍神は道教でいう、土地、街を司る神。つまりその土地の人々にとって一番身近な神様のひとつといえる。
遠い仙境や雲の向こうにいるのではなく、すぐそばにいて見守ってくれる神様。

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しかしそんな神様も人々と共に進化するのだろう。
お賽銭は電子マネーでどうぞ。微信も支付宝も銀聯カードも使えます。
お賽銭は「ちゃりん」と音が鳴ってこそ、神様の元に届くのだと思う。
そう思いながらも、ああ現代の中国では硬貨はあまり普及していないんだったと思い出した。

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北山土楼観を後にして、しばらく歩いて振り返ってみた。
ここから望めば、あの真っ直ぐに架かる急な階段を眺めることができた。
ぽつりぽつりとした石窟に未練。
激しい地層を剥き出しにした乾いた山肌の上には、巨大な「緑色発展 幸福西寧」の文字が見えた。
歴史ある石窟の上に、あろうことかあんな巨大な文字を置かなくても。
歴史のロマンも景観も台無しである。
崩落の恐れがあり立ち入り禁止にするような場所に、あんなものを配置していいものなのか。
そしてこんなセンスと行動が、果たして「緑色発展」を目指せるのであろうか。
しかしこれは、非常に中国らしさを表した一コマなのだった。

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ここから数歩もいかないところに、今度はシンプルな教会を見つけた。
御影石、ではないけれどそんなようなピカピカの石材で造られた教会である。
鉄門は閉じられていて、だれもいないのかなと思っていると、小さな子供を抱えた男性がやってきて、門を開けて入っていった。
東関清真寺でイスラム教に触れ、北山土楼観で仏教、道教、儒教の寺院お堂を見、そして今度はカトリックの教会に出合った。
非常に他宗教な一日だった。

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時間もあるので散歩がてらのんびり歩いて行くと、すぐに一条の川に出た。
これは西寧市街北側に西から東へ流れる湟水という名の川である。
これを越す橋はなんと、「長江路橋」。
まったく別の大河の名前を橋につけるとは、大胆なセンスだ。
長江は私が暮らす街、宜賓を流れるアジア最長の大河。
青海省に源流を持ち、やがて大きな河川に発達した金沙江は、宜賓から名称を長江に変える。
まったく別の川とはいっても、ここ青海省から流れ出る水流なのだから、まったく関係ないともいえないか。
しかしこのあと知るが、私が今歩く道路はこのあと長江路を名乗りだす。
つまり、湟水に関係ない大河の名を橋につけたのではなく、ただ単に通りの名を橋につけただけなのだった。
この長江路のほかに、黄河路も見つけた。
また土楼観があったあの場所は、祁連路だった。祁連山脈は青海省と甘粛省の境界を形成する巨大な山脈で、そこから産出される玉は夜光杯の原料だ。
このように、中国の都市の名は工夫がないといえばないかも知れないが、しかし注目してみるとなかなかおもしろいともいえる。

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えんえん歩き、ホテル周辺まで戻ってきた。
ホテル近くに見つけた祁連酸奶というお店で、手作りヨーグルトを食べた。
ひとつ4元だったかと思う。
中国西域や内モンゴル、チベット方面の草原地帯など、そうした大自然地帯に来たならば、ヨーグルトがおいしい。
かならずこうしたヨーグルトを売る人やお店があり、それらはみな手作りだ。
少数民族が作るヨーグルトの場合、民族により風味も異なりおもしろい。
ここ西寧でももうそこら中に売られている。
青海省で特筆すべきは、ここはチベット領域であり、ヤクが特産であることだ。
青海省ではそのヤクの乳を使ってできたヨーグルトを食べることができる。

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このように黄色い膜が張っている。これがヤクだからなのか、手作りゆえかはわからない。
スプーンですくうと、湯葉のように剥がれた。
このお店では砂糖か氷砂糖かを訊かれた。二種類あるようだ。私はどちらを食べたのだったか…。
甘くてみずみすしくておいしかった。

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こちらが私が宿泊するホテル周辺。
右側にある西百賓館がそれだ。

ホテルから飲食店が賑やかな清真寺方面へ向かってみると、その途中に十大字という場所がある。
北大路、南大路、西大路、東大路が十字に交わる交差点だ。
このすぐ近くから南に曲がったところに、小さな飲食店が賑やかに建ち並ぶエリアを見つけた。
四川へ来て一カ月、そしてこの一年間、四川の麻辣は飽きるほど食べた。
とくに大好きな火鍋。
私は火鍋が大好物だったが、すべてが麻辣火鍋だったため、北京式火鍋が食べたかった。
四川重慶火鍋と北京火鍋の大きな違いはまずスープだが、具も異なる。
北京火鍋が薄切りの羊や牛、野菜を主にしているのに対し、四川火鍋に羊はなく、牛肉のほかに魚、牛の内臓、鴨の腸、鴨の血などの具材がある。具材が異なればタレも違う。麻辣火鍋には香油をたっぷりつけて食すが、北京火鍋は香油のほかにゴマダレがある。ゴマダレは四川火鍋では使用しない。
ここ青海は羊の産地であるから、北京火鍋を食べることができる。
清湯に、羊牛の薄切り、それにゴマダレ。
そんな北京火鍋がめちゃくちゃ食べたい。

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ところが見渡してみると、北京ダックに麻辣烫、中国各地のグルメが集まる。
ここで痛感した。
四川の魅力はなんといっても、四川料理である。
しかし私にとっては、それはまた同時に落とし穴でもあったのだ。
中国人は地元の食に誇りを持ち、それは日本人の理解を超えているかもしれない。そして四川はそれに何倍もの勢いをもって四川料理を愛し慣れ親しんでいるのだ。
どこに行っても各地の美食に手を伸ばすことができるようになった、現代中国。
その中で、私はある時ふと気づいた。
四川にはなんと四川料理の多いことか。
四川火鍋、成都串串香、綿陽米線、宜賓燃麺、自貢冷吃兔、楽山焼烤、各地の地名が付いたお店が建ち並ぶ。
そうして気づいたのが、他の省に比べて他地域のグルメが圧倒的に少ないこと。
もちろん、あるはある。北京ダックだって東北餃子だって過橋米線だって、それに日本料理店だって、あるはあるのだ。ただし、決して多くはない。他の地域に比べ、割合が全然違うのだ。
成都にしてそうなのだから、地方都市ならなおさらだ。
魅力的な四川グルメに囲まれながら、私はこころの中でそれを「四川の魔」と名付けた。
四川以外の味覚、それが四川を脱出した今の私にとって、このうえない魅力だった。

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ぶらぶら歩きながらこんなものを見つけた。
「厕所串串」
厕所はトイレ、というか便所といった方が近いかもしれない。厕はつまり、厠である。
串串は、串に刺した肉や野菜を調理していただく料理。どうして飲食店に便所なんて文字を使うのか。
実は成都には数カ所同様の、「厕所食堂」がある。
もともとはあるお店のことだったようだ。そのお店は人が一人二人なんとか通れるぐらいの小ささ狭さで、それゆえ店名を掲げるスペースもなく名無しだった。しかしそのお店はとてもおいしく評判で、やがて有名になった。有名になったが店名がない。そこで、人々はその食堂の隣にちょうど公衆便所があったことから、「便所の隣の食堂」と呼ぶようになり、やがて通称「便所食堂」になった。その話が有名になり、それに便乗して、成都では便所食堂を名乗るお店が出たのだという。
串串は成都の名物だから、やっぱりこれは成都の便所食堂に乗っかったものだろう。しかしこのお店の隣にもちろん便所などない。

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またこちらはヤク肉を売るお店。
中国では牛だろうと豚だろうと鶏だろうと、冷蔵庫に収めて売られている姿は大型スーパーでしか目にしない。
こうした専門肉屋はみなこんなふうに、生肉を晒した状態で、鉤に吊るしてまたは大胆に肉塊を並べて売られているのが常だ。
今まで牛や羊などの肉屋は見ても、ヤク肉屋を見たのは初めてだった。
ヤク肉を始めて食べたのは、新疆の友達が送ってくれた干し肉だった。
その後、成都のチベット料理屋で食べ、今ではすっかり好きになってしまった。肉は引き締まり旨味は濃厚。こちらに来たらぜひ口にしたい美味だ。

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厕所串串の隣に便所はなかったが、公衆トイレを見つけた。
こちらの看板には中国語とともにチベット文字が書かれている。
西寧にはまた、たくさんのチベット族が暮らす。

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辺りを散々散策して、なかなか清湯ゴマダレ火鍋を見つけることができなかった。
火鍋屋さんはたくさんあったが、そのどれもが麻辣火鍋だった。
重慶、重慶、重慶…。
かと思えば、蜀だと成都だのの文字。
真っ赤な外装に赤ちょうちん、鍋が設置された木製の四角いテーブルに木製の横長の椅子、炎のような装飾を見たならばもうそれは間違いなく麻辣火鍋である。
おそるべし、四川に重慶。
ここ青海省を征服してしまったかのようだ。
諦めきれなかった私は、アプリで「火鍋」と検索した。
すると近場の火鍋屋さんがリストアップされるが、これもまた重慶、重慶、重慶…。なんてことだ。
清湯の火鍋も出てくるが、清真の文字。
清真(ハラル)はすべてとはいわないが、イスラムであるからお酒も煙草も不可である可能性が高い。
それでも見ていくと、北京式火鍋を見つけた。
少し遠かったが、辛抱強く歩いて向かってみた。
しかし到着してみると、「清真だからお酒はありません」。
もうだいぶ街の外れまで歩いてきたというのに。
悲しい思いでしばらく立ち尽くしていると、隣にもう一つ別の火鍋屋さんを見つけた。
回転寿司ならぬ、回転火鍋である。
そこもまたお酒はないようだったが、空腹に負けてとうとう入店した。

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嬉しい嬉しい、清湯火鍋に、ゴマダレ。しかし羊肉はなく、仕方なく牛肉だけを取った。

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お酒がないので、せっかくなので国家成立70周年記念ラベルの炭酸飲料を。

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回転火鍋はなかなかおもしろかった。
回ってくる具材は多彩で、それぞれが串に刺さっているので、少しずつ色んな味を楽しむことができる。おひとり様に最適だ。

9月は仕事が忙しくて、食事を摂る暇もない日もあり、わずかわずか痩せたようだ。しかし一カ月分を取り戻すかのように、くるったように食べてしまった。もう今日一日で体重は戻ったかもしれない。
ニンニクをたっぷり加えたゴマダレ、食欲を呼ぶ牛肉。大満足だった。

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こうして夜の静まり返った東関清真寺を通り過ぎ、裏道へ入り曲がりまた曲がり。
西寧の夜、第一夜。
初めて訪れる街はただそれだけで楽しい。
歩きまわっても飽きることを知らない。

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こうして戻ってきた西百賓館。
近くの商店でいろいろたくさん買い込んできた。

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部屋に戻り電気をつけようとすると、間違えてテレビのスイッチを押してしまった。
テレビが映し出したのは、青海省各地のお天気と映像。チベット文字が、旅気分を盛り上げる。

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こちらが買ってきたもの。
星座に羊の柄がなんともすてきな、青海ビール。
昨年西域を旅した時に気に入った蘭州の煙草。四川ではなかなか手に入らない。
それから、寧夏回族自治区のワイン。お店の人にその場で開けてもらい、運んできた。
これから四晩をこの部屋で過ごす。楽しみな気持ちでいっぱいだ。

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大きなガラス窓の向こうは、西寧の煌びやかな夜景が広がっていた。
いつもいつもホテルからの眺望を重視する私。出会った街を夜いつまでも眺めて痛いから。
それを知っていて神様がこの部屋を決めてくれたのかな。
「辛苦了」
そんな言葉が聞こえた気がした。
赤、青、金、銀…。
くるくる、くるくる、カラフルな灯りがビルを彩り回る。
それを眺めながらワインを飲み、渋い苦みが体に染みわたるのを感じる。
23時、さっといくつかのビルの灯りが落ちた。
またしばらくして、さっといくつかのビルの灯りが落ちた。
残ったわずかな灯り。
黒々とした西寧の街。
見下ろしてみると、大通りをひっきりなしに通るのはタクシーばかり。
「辛苦了」
今度は私がかれらに言葉をかけた。
こころのなかで。

〈記 10月9日 宜賓にて〉

参考:
市内バス 1元
東関清真寺 無料
北禅寺 無料
北禅寺までタクシー 12元
宿泊費 158元
レトロ菓子パン 14元
ヤク乳ヨーグルト 4元
回転火鍋 63元

⇒ 西寧旅行三日目〈タール寺〉~前編~ へ続く

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やっぱり教会が気になります

クリスチャンというより教会マニアの僕からすると、やはり北山土楼観近くの教会に注目、釘づけです。宣賓の日記で紹介されている教会にも行きたくてどうしようもなくなっていますが、北山土楼観近くの教会も魅力的です。やはり行きたいです。
前の日記の清真寺もそうですが、宗教施設が、リアルな祈りの場でなくなり観光施設になったものは、はく製みたいなものだと思います。
観光ガイドブックに掲載されなくとも、個人的には素晴らしい発見だと思います。

Re: やっぱり教会が気になります

やっぱり教会が気になりますか。ごくごく普通の教会でしたが、Zhenさんにとっては有名で規模のある教会よりもこうした地元で信者だけが集まるような教会の方が魅力的かもしれませんね。
哈爾濱の教会のように形だけが残り内部に立ち入れなくなった教会はどれだけ美しくても剥製といわざるをえないのかもしれません。ですが、西寧の東関清真寺のようなモスクは、私は剥製だとは思いません。今も生きたモスクです。
プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国四川省宜賓市にて生活を始めました。
旅行記に絞ったブログ、一つひとつは旅のあしあとです。

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