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2019-11-13

西寧旅行四日目〈青海湖〉~前編~

2019年10月3日、起きたのは5時半である。
目がひりひりして、そしてとても寒い。ぜんぶ放り投げて眠ってしまいたい衝動を跳ねのけて、起き上がった。
今日は今回の旅行の目玉観光地である、青海湖へ行く。
自然地帯であるため、旅行会社の一日ツアーに参加することになった。参加費はチケット代も含めて270元。
もし車をチャーターして回るとなるととてもこんなものではすまないから、やっぱりツアーは便利だ。

青海湖、その名称が示す通り、青海省を代表する景勝地だ。
青海省という省名は青海湖からとったものだろうから、この場所においてどれだけ大きな存在かがうかがえる。
中国でもっとも大きな湖であり、塩水湖。
世界でもっとも高くて広い青蔵高原にあるこの巨大な湖は、中国地図を開いてみても目に付く存在感だ。
西寧市街から西へ約150㎞。
西寧から離れるにしたがって標高は上がり、青海湖の位置でおよそ3200m。
「寒いから厚着をするように。コートを着たっていい」
昨日電話でそんな注意を受けたけれど、とんまな私は夏服で西寧に来ていた。
肌寒いとは思っていたから厚手のストールにパーカーは持ってきていたけれど、西寧市街地でこれほど寒いとは思いも寄らず。
ただ寒いといっても暑くもあり、標高が高いために風はきりりと冷たいが、日差しは鋭い。服装が難しかった。
そうはいっても、青海湖まで行けば寒さ一本であろうことは容易に想像できる。
私は持ってきた羽織もの全部を着こみ、それとあとは自分自身の寒さに対する強さを信じることにした。

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約束の6時45分、西寧の街はまだ夜だった。
王府井百貨店のA1出口へ行くと、もうたくさんの旅行客がバスを待っている。
しばらく待っているとやがて大型のバスと小型のバスが来て、どうやらそれぞれ違うツアーだったようで、間違えずに自分のツアーのバスに乗り込んだ。
バスに乗ると、もうすでに別の場所でツアー客を拾ってきていたのか、ほとんどの座席が埋まっていた。
車窓を快適に眺められるような席はもう空いてはいなくて、少し残念だったけれど後部の窓が狭い席に座った。

まだ眠る西寧の街を走りながら、私たちの一日は始まった。
ガイドさんはこんな時間からよくこうも元気だなぁと感心するくらい、元気な声で説明を続けた。
「今日はたくさんのお客さんが来ていますから、グループごとに番号をつけてそれで呼びます」
そういって、伝えてある携帯電話の下4桁の数字を読み上げ、続けてガイドさんが指定したグループ番号が割り当てられた。
ガイドさんは、グループを「家庭」と呼んだ。
「1234の家庭は?」
該当者が手を上げると、「はい、3番ね」と今日の呼び名が決まる。
私の電話番号も呼ばれ手を上げると、私は一人だけれど、それでも「9番の家庭」に決定した。
以前にツアーに参加した時は、私だけ番号は与えられず「日本人」と呼ばれたが、今日は対等のようだ。

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市街地を抜け乾燥の山々に入っていく頃、もうすでに夜は明けていた。
山間に寺院を見つけては、ガイドさんはその解説をしていく。
昨日タール寺に行くときに通った道路とは違うようで、山の様子がまったく違う。
激しい隆起を見せ、また砂埃舞う乾燥の山というよりは、岩山に木々が張りついたような山景色だ。
その木々もところどころで赤や黄に色づき、紅葉の季節を知る。

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どれだけ走った頃だろう、バスはお店の並びで停車した。
トイレ休憩かな、なんて思っているとガイドさんはまた説明をする。
「これから行く場所では高山病になるかも知れません。ここで買っていくように」

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何を買うかというと、酸素缶。
テレビで見たことがある、あれだ。
標高が高いといっても、青海湖あたりではせいぜい3200m。3000mくらいでも高山病にかかったことは今まで一度もない。去年に四姑娘山あたりをドライブした時には標高4000mを越していたがその時も短時間だったこともあり平気だった。今回もまた同様だ。バスで数時間観光するだけだし、酸素缶なんて必要だろうか。
青海湖を越せば標高はぐんぐんあがっていく。けれど、3200mだったら大したことないのではないか。
そうは言っても、体調などその時の条件もある。
今の私は睡眠不足が蓄積されており、不規則な生活、偏った食生活も続いている。
高山病はつらいという。
…どうするべきか。
ツアー客が次々と酸素缶を買い込んでいくのを見ながら、一度はお店を出たが、やっぱりまた戻り価格を訊いてみた。
「一本80元」
酸素といっても空気じゃないか、たかが空気にそんなかかるのか?
80元は高い。ここを通過する観光客がみなこれを買っていくとすると、これはもう相当儲かっているに違いない。
「下手したら死に至る」なんて訊けば、もう足元見られた商売だ。
一日の食費上限を20元に設定している私。
同僚と食事に行き軽く80元なんてかかってしまえば、数日がまんの日が続くそんな私。
8元の牛肉麺がプチぜいたくの私。
2元のバス代を節約するために40分歩くこともある私。
酸素缶に80元、払うべきだろうか。

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けっきょく買うことにした。
なくて万が一つらい思いをするよりも、いい。この80元の分、宜賓に戻ったらどこかで節約しよう。

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こちらは空気屋さんにあった青海地図。
こうしてみると、今回私が訪れたのは一部分とも言えないようなわずかな部分。今後もっといろんなところにも行ってみたい。

バスに乗り込むと、さっそくシューシュー酸素を吸う音が、あちらこちらで聞こえる。一本80元もするんだ、今それ、必要か?
私は昨晩買ってきた昭和レトロのチョコケーキを食べながら、ドライブを楽しんだ。
外の風景は緑が剥げてしまったみたいな寂しげな様相。
しかし寂しげな表情に見えるのは天候のせいだろうと思う。
青海湖ツアーを今日にしたのは、西寧に到着1日は睡眠不足で、翌日は余裕を持ちたかったからだ。そうして3日の今日にもってきたが、一昨日昨日と気持ちの良い青空を見せていた青海も、今日は一日雨予報。
どんよりとした空は、これから一日少しも回復しそうもない。
しかし予報では降雨確率が60%なんかになっていたから、降っていないだけましだろう。
今日のみどころは寺院でも博物館でも史跡でもない、大自然の草原地帯であり海のように広がるだろう湖だった。
景観に天気の良し悪しは命だ。
どうしてこうも、私の運は悪いんだろう。
以前は天気の良し悪しも旅の楽しみだと思っていた時もある。
雨が不運だというのも違うと思う。
でも今は違う。
景観云々よりも、ただ、青空が見たい。
暑かろうと涼しかろうと寒かろうと、青空の下、風を感じたい。
それは自分がたしかに地球の大地の上にいて、宇宙のなかにいるのだという感覚だ。
その感覚を得たいのだ。

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バスがどれだけ走った頃か、山間を走りながら途中である集落に停まった。
「ここが最初の観光地です」
ガイドは言い、私たちは下車した。
ここは、克素尔藏寨といって、つまりはチベット族の村のようだ。
ガイドさんはそれでバスの中でチベット語をいろいろ教えてくれたわけだ。
入り口では一人の若いチベット男性が出迎えてくれて、チベット語で挨拶をした。ここで本来であればチベット語で「你好」でも言えればよかったのだけど、一言も出てこない。
ツアー客の中には優秀で即座に反応した人もいた。

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この村は観光客を迎え入れることで生計を立てているようなところだった。
駐車場があり看板があり、観光案内のようなものもあり、入り口にトイレもある。
そこにはこのようにチベット語の紹介も。
こんにちは、とか。お父さんお母さんとか。いくら、とか。そういうのはわかるけれど、どうしてかその中に解放軍というのがある。チベット語で解放軍をなんていうか知りたい人が、世の中でどれだけいるかはわからない。

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ガイドの男性に連れられて村に入っていく。
ここには81戸のチベット族の家があるのだという。
家はみな現代建築で、その中のひとつへ。
撮影はここまでで、「自分のプライベートな生活の場所だから撮影はしないでください」と男性は言った。

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リビングに通してもらい、そこに並んだたくさんの長いすに座らせてもらった。
テレビにオーディオに、中国のごく一般の家庭である。
ただ違うのが、壁に昨日タール寺で見た花や祭祀道具などを象ったマークを染めた布、天井を一周するチベットの聖なる五色、それからダライ・ラマか僧侶の肖像が飾られていたこと、仏さまが祀られていたこと。

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「この部屋はどこがみなさんと違うと思いますか?それはガラスです」
ガイドの男性は言った。
確かにリビングの庭に面した部分は天井まで一面ガラス張りになっていて、玄関に続く通路もそうだった。
「ここは一年のうちほとんどが冬です。だから太陽の光がとても大事なんです」
標高ですでに3000m近いのかも知れない。
10月を迎えたばかりでもう間もなく冬を迎えそうな気候である。
冬はほとんど雪の下になるのだという。厳しい気候だ。
「じゃあどうやって生活しているんだ?放牧して生活しているんだろう?」
ツアー客の誰かが訊ねた。
「昔は羊やヤクを放牧していましたが、今ではしていません」
今では自分の家で必要な分だけ、少しの家畜を育てていると話した。
ゲルが禁止され、政府が提供した現代建築に暮らす蒙古族の友人を思い出した。本来遊牧民族だった彼らのアイデンティティだったゲルや放牧も、時代と共にその姿を変えてきている。
「放牧しないでどうやって生活するんだ?」
またそう訊くと、
「工芸品を作って生計を立てています」と言う。
それにチベットではお寺がみなの面倒を見てくれるのだという。「資産はすべてお寺に差し出します。でも病気になったときにはお寺が面倒をみて守ってくれるんです」
チベット仏教の学校に入り、成績が優秀なら偉い僧侶になるし、そうでないなら工芸品を作る職人になる。
彼がそういうと、「中国語うまいなぁ!それも学校で勉強したのか?」と誰かが声を上げた。
たしかにガイドさんは20歳くらいのようだったけれど、標準語である普通話がとてもきれいだった。
でもそんなガイドさんも、このように観光客の受け入れ、そして工芸品を作って生活をしている。
ではどんな工芸品を作っているんだろう?昨日見たような仏具だろうか、なんて想像を巡らせていると。
彼は銀製品の話を始めた。
「チベット族は銀製品を使います」
雲南の銀製品は身を飾るために使います。
けれどチベットの場合は、健康のために使うんです。
みなさん、歴史ドラマは見たことがありますか?皇帝が食事で銀のお箸を使うでしょう?
銀製の食器は、食材になにか問題があれは変色します。たとえばヤクのミルク、ミルクが変色すればヤクが何か病気をかかえているとか問題があるのがわかるんです。
だからチベットでは、装飾のためではなく健康のために銀を身につけるんです。
昔は子供が生まれてからそのまま長くは生きられなかった。だから子供が生まれたら銀の装飾品をつけ、成人するまで身につけていました。
そんな話をしながら、ガイドさんは銀の櫛を持ってきた。
「櫛は髪をとかすためのものではありません」
こうやって、頭をマッサージするんですよ。
そう言いながら、櫛を頭皮に突き立てるようにして刺していく。
「誰かやってみたい人いますか?」
そうして立ち上がった女性は若いお母さんだった。
彼女の頭皮をマッサージしたあと、ガイドさんはたらいにお湯を張りそこに銀の櫛を沈めた。
そうして温まった櫛を今度は彼女のうなじに当て、こすり始めた。
それは一種の経絡治療かなにかのようで、みるみるうちにうなじには赤い斑点が浮かび始めた。それは身体のどこかとつながっていて、胃や腸が悪いと反応があるのだという。

こうしてけっこう長い間ガイドさんのお宅でお話を聞き、次はなにやら別の建物へ移動した。
ここでわかったが、そこは銀製品を売るお店で、中国の観光ツアーなどでよくあるパターンの店舗だった。
民族ふうの音楽がかかり、民族ふうの衣装をまとった女性たちが大勢それぞれのカウンターでお客を待っている。それも割に合わない人数の売り子さんがいるというのも、お決まりだ。

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ガラスのカウンターの中には、まぶしいほどの銀製品。
腕輪、櫛、箸、碗、ネックレスにブレスレット。
細工も繊細でうつくしい。
しかし銀なのだから、高価、私には買えない。こんなものを買うお金があれば、ツアーなど参加せずに車をチャーターしている。
安いものでも三桁元の値札がついている。
興味で覗くと、商品を出してくれるが、絶対に買わないのでなんだか申し訳なくなり、私は離れて隅でうろうろしていた。
ツアー客の中で購入した人がいたかどうかはわからない。
ガイドさんの言う、工芸品で生活をしているとはこのことだったのだ。
この村自体が観光客ありきで成り立っているような雰囲気だった。
この売り場に立つ女性たちもみな若くはなかったが、この村のチベット族だ。
こういう観光客対応になることを、時々「偽物」のように話す人がいる。
かくいう私もそういうことがある。
「観光地化は本来の姿を失ったもうほんとうではない姿だ」
しかし、時と共にあり変わらないものなどないのだ。
村があり、チベットに好奇心をもつ人がいる。
そうして村に来る。
それならガイドをして解説をしよう。
伝統工芸の銀製品がある。これを売ってみよう。
観光客が来るようになったから、こういうセットを用意して音楽をかけて暖房も完備して誘ってみよう。
駐車場も作ってトイレも作って、滞在しやすいようにしよう。
これは当然の流れではないだろうか。
放牧は衰退し、遊牧もできない時代になった。
それならなおさら当然のことだろう。
私たちがよく思う「本来の姿」とは、そのまま私たちが見たいただの理想でもある。
しかし、何が本来の姿かというならば、それは今ある姿それがそのまま真実の姿というしかない。

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私がうろうろしていると、「そっちじゃないよ、あっちだよ」とガイドさんはバスの方向を教えてくれた。
そこからバスまでの通路もまた、おばあさんがお土産品を並べた通路だった。
「見ていって」
こんな寒くて人気の少ない場所で。山奥で。商店もなくて。
一日に何台の観光バスがここを通るんだろう。
10月になりもうすでにオフシーズンに突入した。
何も買わなくて悪いけど、別のお客さんがお茶でもストールでも、買っていってくれるといいな、そんなことを思いながらバスに急いだ。

バスに乗り込むとき、向こうの山に霧の中かすかに羊の群れが見えた。
小さな白い点々が、まるで米粒みたいに剥げかけた山に張り付いている。

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バスの中で、ガイドさんが「高山病はつらいよ、使い方わからないの?」
と言って、私が買ったまま放置してあった酸素缶を指さした。
体調は良好だったが、とりあえず一度吸ってみるかとセットした。
しかしどうも慣れない。
シューっと噴き出すときに息を吸えばいい。
けれども味もにおいもない酸素に、なんだかただ吹き流しているだけな気もする。
吸ったところで気分が良くなったわけでもない。

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旅はいつでもかならず美景と出会えるとはかぎらない、だからこその旅である。
しかし、どんよりとした雲。
そして、観光バスなのにどうしてだ、窓がとても汚い。
特に青海湖ツアーはその時間の大半が車窓観光である。それなのに窓がここまで汚いとは。写真を撮ろうとすると、景色ではなく汚れにピントが合ってしまう。

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ここは本来、秋の黄金色の草原と形容されるべき場所だろう。
もし今日が青天だったならば、どれだけ鮮やかな風景だったことだろう。
そんなことを思っていると、ヤクの群れを通り過ぎた。
慌てて写真を撮るも、こんな始末。

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やがて左手にどっしりとした山々が姿を表した。
雲が立ち込めて不穏な雰囲気を放っているが、その光と影に、巨大なエネルギーを感じた。
その光の中に、まぶしい白さが点々とした山が見えた。雪山だ。
私は反対側の座席だったが、そちら側に座る女性―先ほど銀製の櫛のマッサージを受けた若いお母さんーが、子供のような笑顔で私を呼び、「こっちおいでよ、きれいだからここから写真を撮りなよ」と誘ってくれた。
けれども、視覚では荘厳な雪山も、写真に撮ってみればもうどこに映っているのかもよくわからない。

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牛の放牧を通り過ぎ、菜の花畑を通り過ぎ。
菜の花畑には観光客向けに「留念青海」というでっかい文字がところどころに設置され、あるところでは古びて傾いていた。
写真スポットとして用意したものである。
中国人の性格をよく表していると思う。
日本人からすれば、景観を損ねるそれ。
中国人からすれば、自分の写真を撮るのにいい場所。
時々、彼らにとって景観とは、味わい浸るものではなくて、自分の写真を撮るための単なるセットなのではないかと思うことあある。

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菜の花畑を過ぎ、羊の群れを何度か追い越し、向こうにうっすらとブルーの筋が見えてきた。
いよいよ青海湖である。
ここまできて、一向に天気は回復しない。
「今日は天気が悪いですから、湖の色も灰色に見えるでしょう」
でも、青海湖の本当の美しさというのは、実は色の変化なんです。
ガイドさんはそう言った。
「青、緑、白、黒、灰色、空の色に応じて色が変化する様子を、今日も見ることができるでしょう」

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黄金色と表現したいけれど、ただ黄色に見えてしまう大地。
色のメリハリのない平たい鉛色。
そうしていると、突然雲が動き、太陽がわずか顔を出した。
すると湖面に一筋のエメラルドグリーンが現れ、冷たい群青色と色を分けた。
バス内からため息が漏れる。
「ほら、色が変わったでしょう。太陽が出ると色が変わります」
ガイドさんも得意げだ。
しかしそのエメラルドグリーンもそう長くは続かず、10分もしないうちにいつのまにという自然さで、気が付けばもとの冷たい群青色に戻っていた。

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ここでちょうどお昼になり、左手に見えた建物の並びにバスは止まった。
「ここは食事をとるだけです。食べたら出発します」
寒かったので温かい麺が食べたくて飲食店の牛肉麺などの文字にきょろきょろしていると、ガイドさんはみなを同じ建物に集めた。どうやら好きに食べていいわけではなく、もう食事は決まっているよう。

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大きな食堂に入り、四つの円卓に指示された通りに座る。
私は相変わらず‟家庭9番”と呼ばれたままだ。

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食事はどんどん運ばれてきて、寒かったのとおなかが空いていたのとで、みんな無言で競うように箸をのばした。
出てきたばかりの料理は温かく、それが冷めると誰も手をつけなくなり、また新しくでてきた温かいお皿に夢中になって手を伸ばす。
食事は、おいしくないと言ってはいけないが、そう美味しいものではなかった。ツアーに食事は期待してはいけない。

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食事を終えて外に出て、出発を待つ。
外にはお土産品を売る小さな屋台が出ていて、干しヤク肉や毛皮を売っていた。
干しヤク肉は試食があり、私と同じように食事を終えたツアー客が集まって買うだの買わないだのやっている。
私はヤク肉が好きなので迷ったけれど、麻辣味しかない。原味(プレーン)があれば買ったのに、西寧市街でも売られているのはみんな麻辣だった。

ガイドさんがまた点呼する。
「家庭15番!15番、どこにいる?」
こうして全員集まり出発、本日の目的地である青海湖はもう目の前だった。

〈記 10月15日 宜賓にて〉

⇒ 西寧旅行四日目〈青海湖〉~後編~ へ続く

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プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国四川省宜賓市にて生活しています。
旅行記に絞ったブログ、一つひとつは旅のあしあとです。

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