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2019-12-18

宜賓散歩~冬のはじまり②~

2019年11月29日金曜日、久しぶりに連休ができた週末だった。
国慶節前に事故で入院し別の先生の授業も受け持つことになったが、その先生も退院しこの週からその授業から離れることになり、試験関連の提出も済み、また学期末までの目途もたった。
回り切らず睡眠不足が続いた日々から一転、急に時間が湧いて出てきたような感覚で、ようはそういうタイミングだった。

二週間前、成都のジャオユーさんから連絡が入った。
彼は、なかなかきつい別れ方をした元彼である。
いつ別れたかというと去年の10月末だったといえるし、しかしずっと微妙な関係が続いていたから、決定的に終わった6月だったともいえる。
昨年の夏、38日旅行の途中で出会った私たちだったが、今年の6月に一カ月滞在するために成都を訪れ、そこで振られた私は鬱になるかと思う程まいった。
しかし皮肉なことに、振られたその直後に現在はたらくこの宜賓での就労許可が下り、失恋の混乱を引きずりながらも挨拶に向かったのだった。
思えば、昨年の10月末に一度振られ、なんとか前に進みたくて四川で仕事を探すことにした。
一度は他の都市で内定が出、ジャオユーさんも協力してくれたが、就労許可が下りなかった。
今回ようやく念願の就労許可が下りたかと思えば、それは彼から最後の通達を受けた直後。
よくも悪くも、彼とのことがなければない現在だから、人生どうなるか本当に想像できないものだ。
6月の苦しい一カ月を経て、私は彼にもう関わらないことにした。
絶縁ではない。
しかし、もう連絡することもないし会うこともない。そういう決意だった。
このまま繋がっていたら本当に鬱になってしまう。
こうして諦めたことで、しかしとても楽になった。
私の頭の中は新しい仕事に新しい生活への期待や不安でいっぱい。
「もう抜けた」
そう思った。
しかし、ぽつりぽつりと、彼から連絡が入る。
‟抜けた”私は、「还好」とか「好」とか、これ以上ないほどの短い返事を返した。
8月には、日本に遊びに行きたいと連絡があった。よく日本へ行きたいと楽しそうに話していた彼を思い出して胸が痛んだけれど、その時も「時間がない」と素っ気なく断った。
引っ越して成都から入国したときにも連絡しなかった。
「もう彼氏できたのか?」「何かあったら頼ってほしい」そんな連絡が来るようになったのが最近。
素っ気なく返すと、「恋人ができなくても友達にはなれるじゃないか。なにも仇みたいにすることはない」とくるので、
「今の関係こそまさに友達じゃないの」と初めて五文字以上の返信を返した11月の初め。
あれほど私のことを嫌がって別れたのに、これではまるで逆みたい。
でもわかっていた。
彼は私と恋人も結婚も無理だけど、縁は切りたくない。以前みたいな雰囲気のままで友達ができれば理想的で、しかも理想的というよりは強くそう願っている。
私が「友達じゃないの」と返すと、音声メッセージが入った。
「マーヨーズとの結末がとてもつらいんだ。時々そう見えないかもしれないけど、本当につらいんだ。困った時は頼ってくれ。彼氏がいるならそれは彼氏の役目だけど、いないなら頼ってほしい」
びっくりした。
大男子主義で俺様でたくましいジャオユーさんの、こんな悲痛な声色を聞いたことがない。これから川にでも飛び込むのではないかと思わせるような声色に、「つらいのはこっちだよ、ばか」と思いかけてやめた。
しかしどう返していいかわからずに、結局返したのは「好的(わかったよ)」の二文字。
二週間前とはその悲痛メッセージのあとのことである。

「今週の週末、もしかしたら宜賓に行くかもしれない、いる?」
有休があと一週間ほど残っているので、四川南方旅行を考えているのだという。
「今日はマーヨーズが以前プレゼントしてくれた服を着てる」だの例の悲痛メッセージだのが続いたので、「やり直したいのか?」ふとそんな考えがもくもくと湧いてきて、慌てて消した。
これは妄想の罠だ。
これで苦しんだ一年と少しだった。
彼は決して私と恋人を再開することはない。
ふたたび同じ轍は踏めまい。
せっかく‟抜けた”のに、会えばかならずまた以前の苦しみに戻ってしまう。
それになにより、この週は仕事がつまり無休だったために、事実をそのまま伝えた。
「今週は週末もぜんぶ仕事で埋まっている」
すると「もしかしたら来週の週末に宜賓を通りがかるかもしれない」
返信をためらっていると、「屋外火鍋をやろう。白酒をごちそうするぞ」
本来罵り言葉が大好きなジャオユーさんが、微笑絵文字を連打する。
不気味だが、やっぱりどうしても憎めなかった。
ずっと素っ気ない返信を貫いてきた私だったけど、とうとう微笑絵文字を送った。

こうしてジャオユーさんは、新疆から成都旅行に来ていた私も知る一番の大親友フーさんを連れて、宜賓にやってきた。
南方旅行をしていたわけでもなく、宜賓を通りがかったわけでもなく、成都から宜賓を目指してやってきた。
日曜は午後一から授業があることを伝えると、今日から二泊で遊びに行こう、そういうことになった。

14時半になり、私の暮らすマンション下に彼らは到着した。
少し緊張する再会、こんなふうに笑顔で再会するとは。
「ひさしぶりだね」
そういうと笑顔いっぱいのジャオユーさん。
その向こうにはフーさんがいた。
フ―さんはジャオユーさんの一番の大親友で、話はよく聞いていた。
出会ったばかりのころ、ジャオユーさんは私のことで舞い上がり毎日のように私のことを彼に伝えていた。
新疆の奥地に暮らすフ―さんだから私は会ったことがなかったけれど、微信の交換はしていて、少し交流もあった。
ジャオユーさんは、「他の友達と微信交換はさせないけど、彼のことは信頼しているから」と微信を交換させたのだった。
男の熱い友情ってこういうものか、というほど仲が良く信頼し合っていて、羨ましくもあった。
ジャオユーさんは私のことを嬉しいことから悲しいことまでみんな彼に話していたから、フ―さんはジャオユーさんの苦悩も私のことも、そして私たちの成り行きを誰よりもよく知っている人でもある。
そんなわけだから、ジャオユーさんとの再会とともに、フ―さんとの初対面も私にとっては大きなことだったのだ。
お別れしてから挨拶することになるなんて、少し皮肉だけれど。
フ―さんはにこやかで優しそうな人だった。
文才があり商売の才能がなく、旅が好きでお金がなく、そうして独身でここまできた、そんな人。
しかしそんな優しい笑顔をしながら、ケンカが強いのだそう。
ジャオユーさんはもう見るからにケンカが強い人だけれど、ケンカに関してはフ―さんに勝てない、と話していた。
二人と対面し、これからの三日間がとても楽しみになった。

私は後部座席に乗りこみ、三人で出発した。
すでに見慣れた宜賓の風景をランドクルーズが走る。
不思議な気分だった。
向かうのは宜賓で数少ない観光地、李庄古鎮。
私が暮らす場所からそう遠くない比較的市街地に近いと言える古鎮である。
けれども忙しかったこの三カ月、一度も足を運ぶ機会を持たなかった。
古鎮好きのジャオユーさんも行ったことがないのだという。
走り出した車に、「方向違うよ」と地元民ぶって偉そうに指示をする。

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車内で話題は弾む。
私は大学で中国語を話すことを禁止されているし、日常生活でも中国語を使う機会がほとんどない。ただでさえレベルの低い中国語がもう救いようもないほどまでに落ちている。だからなんだかリハビリのようでもあった。
話題はいつしかジャオユーさん大好きなマナーの話になった。
「中国人は痰を吐くからダメだ。日本にはそんな人は一人もいない」とまくしたてる。
彼がわかりやすいのは、私に対し悪意を抱いている時には中国をやたら褒めるが、私との関係が平穏な時にはこのように中国を非難し日本を褒める。それがまた極端なのだ。
ジャオユーさんがあまりにも熱を上げるので、
「本当?日本にはいないの?」
フ―さんが助手席から振り返って私に訊いた。
「うーん、ほとんどいないよ」
「一人も?一人もいないの?」
そう言うので、「少ないけどいるよ、年齢が高い男性の中にはまれに」
そう答えると、「ほら、いるじゃないか、一人もいないなんて極端なんだ」
「おまえはいつもそうやって断言しすぎる」
そんなフ―さんの言葉を受けて、ジャオユーさんはバツの悪そうな様子をみせた。
「日本だって痰を吐く人はいるよ、ただ道端や店では吐かない。マナーを守ってちゃんと家の中で吐くんだ」
そう続けるフ―さんに、「待って、家の中では吐かないよ」慌てて言葉を挟む。

こうしてランドクルーズは私がまだ見たことのない風景に入っていった。
長江に作られた宜賓港を越し、長江沿いに走り、やがて大きな観光センターが見えた。
李庄古鎮に到着だ。
ここでちょっとお土産を出そう、そう思い手元を探り「あ!」
「“あ!”ってなんだ!?」
私の性格をよく知っているジャオユーさんが睨む。
「言えない」
これでだいたいわかってもらえたようだ。
私は二泊のお泊りセットと日曜日の授業道具を全てマンションに忘れてきてしまったのだった。
近いとはいえ50分近く運転してやってきた。
「だから最初に、荷物そんなに少ないのかって訊いたじゃないか!」
私は公共バスで取りに戻ると言ったけれど、結局ランドクルーズで無駄足することになってしまった。

こうして三度目の長江の風景を見ながらふたたび李庄古鎮を目指した。
道は簡単。
長江を左に見ながら下って行くだけ。

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途中で宜賓港を通り過ぎる。
「万里長江第一港」の文字が見えた。
日本では港といえば海だけれど、大河を持つ中国には川に港がある。
しかし宜賓港といっても規模は小さく、同じ長江の港でも重慶とは比較にならない。
路線バスに宜賓港行きというのがあり、ずっと気になっていた。
特になにがあるでもないが、今度バスに乗り散策に来てみたい場所だ。

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この宜賓港を過ぎれば、李庄古鎮はもうすぐそこだ。
「マーヨーズのせいでおなかが空いて死にそうだ」
怖い顔をするジャオユーさんに、「空腹は一番の調味料なんだよ」と生意気な返事をする。
時刻はもう17時をまわろうとしていた。
到着して大きな観光センターに、「そんなに観光地化した場所なの?」とも思ったが、一歩入り込んでみればそんなことはない。
古い建物が続き、四川特有の古鎮の雰囲気が漂う。
ジャオユーさんは古鎮内の民宿を予約してくれていたがそこまでは車が入っていけないため、車は古鎮入り口付近の小さなホテルに停めた。

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久しぶりの四川の古鎮だった。
先ほど四川特有の古鎮の雰囲気と書いたけれども、それが具体的にどういうものなのか説明することができない。
古鎮とは古い建築古い住居が残った街や村をいうけれど、そういうものは中国各地にあり、またその多くが似た印象を持っている。
石畳、瓦、お店の旗、そんなものは四川だけではないし、では食べ物や特産品だろうか。それに四川ならではといえば、竹椅子?
でもそういうものではなくて、それはまるで匂いのように漂っているのだ。
私が四川に恋してしまったのは、ジャオユーさんとの出会いからだった。そして一緒に巡った古鎮だった。
去年の夏に出会ってから、四川内のたくさんの古鎮を二人でまわった。
古鎮好きは二人の共通点であり、また古鎮で民宿を開くというのは私たちの夢でもあった。過去形だけれど。
四川特有の匂いとは、もしかしたら私の記憶―甘いものも苦いものもーが作り出したまやかしなのかもしれない。
こんなふうに書くと、未練だらけでうざったいだろう。
けれども、李庄古鎮に一歩踏み入れて、その通り未練でいっぱいな自分に気づいたのだった。
ああ、これでは全然だめじゃないか。

それにしてもいい古鎮だと思った。
金曜日の午後。
観光客はそう多くないが、かといって寂れてもいない。
古い建物と中身の店舗の組み合わせに違和感がなく、自然な商売がされているという感じ。
立ち止まり立ち止まり写真を撮る私とフ―さんに、「先に民宿行くぞ」とジャオユーさんが急かす。

民宿は店舗の並びから細い路地に入り込んでいったところにあった。
観光客が踏み込まない住宅地にあるその住宅のひとつが、中を改装して宿泊客を受け入れている。
一見そこが民宿だとは思わない。
またこういうところは外国人は宿泊できないのが普通なので、ジャオユーさんがいるからこそ、いたからこそ、私は今まであんなに楽しい経験ができたんだと改めて気づかされた。

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宿泊するのはこの左手。

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本当に民家そのもので、お宅の一部にお邪魔する。
古い建物のわりにしっかり改装されていて、入り口は暗証番号式。
入ってみるとまるで日本のコテージのようだった。

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まずリビングがあり、その向こうに一室寝室がある。大きくてきれいなベッドだ。

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そしてその向こうにはキッチンまであり、その隣にトイレとシャワー室がある。
トイレもシャワー室もホテル並みの内装で、トイレは最新式のウォシュレットだった。備え付けのゴミ箱もボタンで電動で開閉する。
「すごい!」

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そしてリビングからは階段で上に上がっていける。

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上は寝室のみで、でも大きなベッドがひとつ、その隣に低いけれどまた大きなベッド。
ここにもトイレがあり、これもまた最新式をシュレットだった。
一階の寝室をフ―さんが、二階の寝室を私とジャオユーさんが使うことになった。
今までジャオユーさんと古鎮に宿泊したことは何度もあるけれど、部屋の質は最低限のものなのが普通だった。
泊まれればいい、というものだったから、まさかこんなにきれいな内装と設備だとは、本当に驚いた。
しかしやはり中国、といっていいものだろうか。
入り口側の窓にガラスがはめられていないため、とにかく寒い。寒いがガラスがはまっていないためどうしようもない。
しかも、巨大な暖房があったが、壊れていてまったく動かない。

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二階のエアコンも同様だった。
リモコンがこんな有様でどうしようもない。
私のマンションのエアコンと同じものだったが、これは例え動いたとしても全然効かない。動いても効かないエアコンが壊れているので、もうどうしようもない。
宜賓は四川南部にあり冬は暖かいと聞いていたが、とんでもない。
もうめちゃくちゃ寒くてどこにも暖かい場所なんてなくて、毎日つらいのだ。
エアコンが壊れているだけではなく、窓が筒抜けなのだ。
内装の素晴らしさよりも、窓にガラスをはめエアコンを直してほしい。私はさっそく、最初の「すごい!」を取り消した。

さらに次々と問題は起こる。
二階のトイレはドアが閉まらなかった。閉まらないだけでなく、そもそも取っ手も鍵もついていない。鍵がないのはまだしも、取っ手がないとは。
そうこうしていると、「WiFiがつながらない」と騒ぐ二人。
示されているWiFiのパスワードが違うらしく、しかしこれはオーナーに電話しても結局解決しなかった。
こんなふうに問題はいろいろあったものの、私にとって大きな問題は暖房だけ。
春秋であれば、またぜひ利用したい民宿だ。
この民宿には大きな犬がいて、とても人懐っこくてかわいい。

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こうして民宿を出て散策にでかけることにした。
ジャオユーさんは見たことがないダウンジャケットを着ていて、「マーヨーズ見たことがないだろう、買ったんだ」と自慢してきた。
「ジャオユーさん、タグがまだついているよ」
すごく細かい人なのに、一方でどうしていつもこうなんだろう。ライターでタグを取ってあげる。
そのダウンジャケットの下には、私がサプライズでプレゼントしたシャツを着ていた。
4月の誕生日、私は日本にいて彼の47歳の誕生日をお祝いすることができない。だから3月に遊びに行った時に、マンションの一室に手紙付きで隠しておいた。ジャオユーさんの好きなブランドを知っていたから、そのシャツを送ったのだった。
「これ、マーヨーズがくれたシャツだ」
ジャオユーさんは笑った。

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落ち着いたいい古鎮。
ここ李庄古鎮の名物は、白肉だ。宜賓ではあちこちに「李庄白肉」と名を打った店を見る。
茹でたシンプルな豚肉のかたまりを薄くスライスしたものだ。
李庄古鎮に来てみれば、もうそこらじゅうに白肉のお店がある。
店先に丸太まな板を置き、スライスする様子をお客に見せている。

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歩いていくとすぐに長江に出た。
李庄古鎮は長江のほとりにある古鎮だ。
そこは開けた広場になっていて、ここは古びた建物の雰囲気から一転しいかにも観光地といった雰囲気。

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私が大好きなサトウキビの生絞り。
一杯5元でさっそく買って飲んでみた。
自然の恵みといった感覚いっぱいになる甘さの中のかすかな苦み、これが好き。

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こちらは古鎮から眺める長江。
この大河はこのあとますます水量と川幅を広げ、いくつもの都市を貫き、やがてまるで海のようになって上海から大海へ流れ出る。そのスケールは私の想像をはるかに超える。

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古鎮内に戻り、三人気の向くままにスマホで写真を撮る。

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やがて17時半頃、少しずつ夕暮れに向かう時刻、夕ご飯は白肉のお店に決めた。
本来であれば、着いてすぐ遅い昼ご飯を軽く食べそのあと夕ご飯を食べる予定だったが、私の「あ!」により計画が狂ってしまった。

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こちらは私たちの白肉を切っているところ。
大きな中華包丁で肉塊を薄く薄く切るのはなかなか技がいるようだ。

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こちらが出てきた白肉。
ただの豚肉、そして薄切りが数枚。だがけっこう値段が張る。
少し前に中国では豚肉の価格が急騰した。私は自炊をしないし周辺に肉を売るところもないので実感はないが、学生がその話をしていた。
白肉のお店も商売に影響があっただろうなと思う。

私たちは乾杯をして食事を始めることにした。
ジャオユーさんはエビアンのペットボトルを取り出し、
「マーヨーズ、見ろ!美しい水だ!」
まるで昔に戻ったような錯覚をさせる、いたずらな笑顔を見せた。
蓋を開けてみると。
「ジャオユーさん、これ白酒だよ」
ジャオユーさんはペットボトルのままそれをごくりと飲んだ。
彼は5月1日から禁酒を決めたはずである。
それはかなり強い意志のようで、あれだけお酒好きだった彼が一切飲まなくなった。
「おそらく禁酒はすでに成功した」
彼は自信たっぷりに言い、少なくとも一年は一滴も飲まないと誓った。
いつから禁酒をやめたのかわからないが、誓いが破られたことは明らかだ。
「禁酒するっていったよ」
私がそういうも、彼の耳には届いていないふう。
「多分彼は禁酒したことを忘れたんだ」
大真面目な顔でフーさんが言葉を挟む。
「でも、強い決意だったよ、記憶力悪いよ」
私が言うと、「歳をとってくると記憶力は悪くなるものだよ」フーさんはフォローするように言う。
確かに、強く誓ったことが守られないのは彼にはよくあることだった。

フーさんはそんなに強くないようで、私とジャオユーさんは白酒をなみなみ注ぎ、フーさんは三分の一注いだ。
乾杯した白酒はどうしてこんなにおいしい。
それはきっと、白酒の品質だけの問題ではなかっただろう。
「マーヨーズは俺より酒が強いんだ」
ジャオユーさんの酒飲みは友達ならみなよく知っている。
その彼にこういう言葉で紹介してもらうのが、実はとてもうれしい。

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他に注文したのは、名前とは裏腹にとても辛い水煮牛肉に麻婆豆腐、それにレバニラ炒め。
楽しく乾杯を重ね楽しく食事をしながら、空の色合いはだんだんと夜を迎え、やがてすっかり夜になった。
内陸の四川では日本の時間間隔よりも夜の訪れが遅い。

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食事を終えて、古鎮を散歩して民宿に戻ることにした。
李庄古鎮の夜はとても美しかった。
夜になると全部店は閉まり真っ暗闇になる古鎮も少なくないが、ここは夜も楽しませてくれるようだ。
19時を過ぎ、飲食店だけでなく商店やお土産屋さんなんかもまだ開いている。

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そんなのを物色し、ふと足を止めた。
名物の李庄白糕。
色紙に一つひとつくるまれた様子がなんとも昔懐かしく胸がきゅんとなる。
白糕は、糯米からつくったスポンジケーキ状のお菓子。
オリジナルからゴマ、落花生、それからイチゴ味など様々な味がある。
ジャオユーさんはこれが気になったようで、三人で食べるためにいくつかを購入した。

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さっそく食べてみると、食感も重さも一切感じない軽さ。
味はシンプルで甘さも控え目。余分な味がいっさいしない。
見た目がレトロなら味もレトロ、現代の子供はつまらないかもしれないその素朴さは、でも却って「味とは何か」というものを教えてくれるようなストレートさをもっていた。
二人ともこれが気に入ったようで、「なかなかいい」なんて頷きながら食べている。

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やがてまだ空が明るいころにやってきた長江に面した通りに出た。
古い建物に囲まれたエリアとはまた異なるいい雰囲気だ。
私たちは三人、何を話すでもなく、各々自由に散策しながら進む。

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こうして奥まで行きつき来た道を振り返る。
左側が真っ暗な長江。
ひっそりとしているものの、人気がないわけではない。
すぐ近くでは数人で公園ダンスをする人たちもいて、うるさくもないし静かすぎもしない、ちょうどいい雰囲気。

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ここから細い道に入ると、そこには水深を量る目盛りがあった。
よくみると隣には、いついつの洪水の時の水面が記録されている。
長江はただでさえ水量が膨大、大雨が降ったならばここはひとたまりもないだろう。

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李庄古鎮のすばらしいのは、古い建築の保存状態がよいことだ。
お店が並ぶ通りから一歩入れば、住宅が立ち並ぶ。
古いだけでなくその建築や細工もうつくしく立派だ。

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静かな照明が寒さを際立たせる。
表通りにはぱらぱらと人がいたが、一歩裏に入ればまるで無人の異世界に迷い込んだかのよう。

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石造りの陰影がうつくしい小路を曲がりまた細い道を入っていくと、今度は赤ちょうちんが幻想的な家屋が並んでいた。
これはすべて現役の住居である。
立てられた戸板から漏れる光と賑わい。
生活のにおい。
まるで嘘みたいにうつくしい。

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歩いていくと再び石造りの通りへ。
屋根まで石造りのこの建物はどうやら昼間は参観ができるようだ。

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その先には、ひときわ存在感を放つ建築。
国立同済大学医学院旧址。
もともと別の地域にあった大学医学部が、抗日戦争期にここへ移ってきたのだそう。
12月に旅行した貴陽の青岩古鎮にも同じように戦争期に疎開した大学があった。
古鎮を巡っていると時にそんな戦争の足跡を目にすることもある。

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この古鎮がすばらしいところは、ここが生活の場として生き、またそれが活き活きとしていることだ。
私たちは今、“かつてあった賑わいの残り香”を散策しているのではなく、古くから今に至るまで賑わう現代の風景を目にしている。
「生活大丈夫かな、お客さん来ないと困るよね」
そういう感覚がまったくしないのは、ここが観光に依存した古鎮ではなく、集落として自立しているからだ。

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デートだったらなかなかいい雰囲気になりそうな夜道。
哀しいかな、私たちは親父ふたりにおばさんひとり。
それぞれ自分の世界に浸りながらばらばらに歩く。

ここで民宿に戻り、リビングで三人飲みなおした。
飲むのはジャオユーさんと私の二人で、フーさんはおとなしく座っている。
ジャオユーさんはご機嫌な様子で一人でずっとしゃべっている。
私にとってジャオユーさんは中国人のなかでもっとも交流がしやすい人だったが、それでもだんだん何について話しているのかわからなくなってきた。
そこで私も好きに話す。
中国語がわかる人ならば、私たちの会話が全くかみ合っていないことがわかるだろうが、それなのにどうしてか会話が進む。
それは各々が全く相手の話すことを気にしていないからだ。
彼が何か話せば、私も何か言う。するとまた彼はそれに対し何かを言う。
しかし全く別の話題を。
それを見て、「お前たち二人は永遠にコミュニケーションがとれないよ」
フーさんが呆れたようにつぶやいた。

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ジャオユーさんは「マーヨーズと二人で散策してくる」とフーさんに言い、私をまた連れ出した。
時刻はすでに22時を回り、さすがにほとんどのお店は閉まり静まり返っていた。
私たちはまた先ほど歩いたような道を行った。
白酒を飲んだといっても大した量ではない。
私たちはご機嫌だったがほとんど酔ってはいなかった。

紛れるようにしてカラオケ店があった。
「お、酒吧か?」
ジャオユーさんは入ろうとして店を覗いたがカラオケ店だとわかりやめた。
「ほーら、足元を見てごらん」
カラオケ店に入らなかった代わりに、私はアカペラで歌った。
キロロの未来だ。
先日、大学の外国語学院主催の文化祭が行われた。
その時に私はリクエストを受けてもうひとり別の先生と未来をうたったのだった。
軽く考えていたらけっこうな規模で焦った。
私たちの前に出演したフランス人がものすごいテンションで大声援を受けたために、私は大緊張でひどいありさまだったが、学生がたくさん来てくれてスマホで私の名前を掲げてくれた。

キロロの未来は、中国で「后来」というタイトルでカバーされている。
ジャオユーさんは「この歌知っている」とその后来をスマホで流した。
「やっぱり上手だね、私は下手だよ」
そう言うと、「マーヨーズの歌の方が純粋でいい」
そう、下手な代わりにいかにも‟一生懸命歌っています”という態度で点数を稼ぐという打算もあり、学生からも好評を得た。

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この後、たった一軒開いた商店でビールを買い、私たちは民宿へ戻った。
フーさんの寝室は静まり返っており、静かに階段を上り二階へ上がった。
エアコンが壊れた民宿。極寒の部屋。
シャワーを浴びる気が起きない。
ジャオユーさんは「シャワー?もちろん浴びない」という。
寝巻もなく、今日の服装そのままで寝るようだ。
私もシャワーは諦めることにした。
私は大きなベッドに。
ジャオユーさんは隣の低いベッドに。
しばらく布団にくるまりながらビールを飲み、一緒にスマホの動画を見た。
「マーヨーズ、三人でおもしろい動画を撮って配信しよう」
なんだか6月の悪夢やその後の疎遠が嘘のようで、そんな空白は夢だったみたいだ。
でもちゃんと、わかっている。
ぜんぶ、嘘じゃない。
「晩安」
そういって彼がいびきをかき始めたのは11時半。
明け方に眠る習慣がついていて今日はお昼に起きた私だったから、こんな時間に寝付けるはずがないと思っていた。
それでもどうして、久しぶりの安眠だったようだ。
目覚めたのは朝の6時半だった。

〈記 12月4日 宜賓にて〉

⇒宜賓散歩~冬のはじまり③~ へ続く

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プロフィール

まゆ

Author:まゆ
中国四川省宜賓市にて生活を始めました。
旅行記に絞ったブログ、一つひとつは旅のあしあとです。

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